うちの長女の第一志望が、ライデン大学という公立大学の心理学部です。
このライデンというのは、オランダの首都アムステルダムより40キロほど南にあるライデン市を指しており、
ライデン大学は、なんと1573年に設立されたオランダで最も古い総合大学です。
そしてこのライデン市は、日本とのつながりも深く、長崎との姉妹都市であるだけではなく、
皆さんが聞いたこともあるシーボルトが日本追放後に住んだところがライデンで、
彼が持ち帰った膨大な日本コレクションがライデンに集まり、シーボルト博物館もライデンにはありますし、
日本研究、いわゆる日本学がヨーロッパで発展する大きなきっかけになった場所なんです。
したがって、ライデン市はシーボルトがつないでくれた日本研究の聖地でもあり、このライデン大学では日本語学科があることです。
うちの娘は将来会社勤めをしたくない、オフィスに9時から5時までいるのは嫌だというタイプで、
心理学を学んで人を助けたい、例えばいろいろな問題がある家庭を訪問し、
その家族を助ける公共機関につなぐソーシャルワーカーのような仕事をしたいと今は思っているようです。
先日ですね、そのライデン大学の心理学の受験がありました。
そしてこれがオンラインなのです。
私これを聞いたとき、え?大学受験ってオンラインなの?とびっくりしてしまいました。
日本では考えられないですよね。
私は昭和生まれなので、もしかしたら最近は日本でも大学受験がオンラインで受けれるところがあるのかもしれません。
しかもライデン大学の心理学部だけではなく、その翌々日にはアムステルダム自由大学の心理学部の大学受験もあり、これもオンラインだったのです。
だからこれはライデン大学の心理学部に限ったお話ではありません。
オンラインって聞くと、え?だったらいろいろ試験中にネット検索なり教科書見たりすることもできるじゃんって思いがちですよね。
私もそう思いました。
それで娘からよく話を聞いてみると、試験時間は3時間で長い。
私の記憶では、確か大学受験って90分ぐらいだったような気がするんですよね。
もしかしたら最近はもっと長いのかもしれません。
それにしても3時間はあんまりないんじゃないかな。
それで、試験はライデン大学でもアムステルダム自由大学でも選択問題だったようです。
えー、簡単じゃーんと思われるかもしれません。
でもちょっと待ってください。
その簡単じゃーんっていう気持ち、これからお話することを聞けばそういう感想にはならないと思います。
というのも、大学受験の3週間前にライデン大学心理学部もアムステルダム自由大学からも受験に必要な資料が送られてくるんですね。
その資料を見て勉強して受験に備えてくださいっていうことなのです。
その資料というのが結構膨大で、動画を何本か、その動画は15分から45分くらいのものもあれば1時間くらいのものもある、ある心理学のテーマに沿った授業みたいな動画ですね。
これが4,5本送られてくるようです。
その他、心理学の成り立ちっていう本の第3章から第6章までを読んでとか、PDF形式で心理学に関する論文のようなものを50ページ送られてきたりとか、
そして心理学だけではなく、方法論統計学のPDF形式の資料が150ページ以上送られたりとか、結構な量の資料が受験3週間前に送られてきて、それを読み込まなければならない。
だから日本の受験と全く違いますよね。
その赤本を1年間頑張って読くとか、模試を受けるとか、全く意味がないっていうことですね。
なぜなら、日本の受験はどちらかというと、それまで高校時代に学習した知識を試される試験ですが、
オランダでは今後大学で学ぶ心理学という分野においての理解をどれだけ自分の知都市に行くとできるかに主眼が置かれているように思います。
だから大学から送られてきた様々な情報を読み込んで、理解し、自分の知識として蓄えて、試験に挑むという感じになります。
それで来年大学の心理学部の受験はオープンブック試験ということで、オンラインでも自分が何かを例えばネットとかで検索したいと思えば検索できるし、教科書を見たいと思ったら全然見れると。
でもその大学側から与えられた資料自体が大学教授が作成した資料で、ネット上には掲載されていないものなので、ネットなどに載っている情報は一般論であって学術的ではないと。
その送られてきた資料とは異なる解釈がされている情報、または全く送られてきた資料とは関連性のない情報にあふれているので、ネット検索すること自体が意味がないと娘は話していました。
もちろん試験中に送られてきた資料を見ることはできるのですが、なんせ何本もの動画や心理学の成り立ちという本の何章から何章までとか、PDF形式で80枚とかの中にある資料をこの3時間でその必要な回答を導き出すのも大変なので、簡単とは言えないと思います。
一方、アムステルダム自由大学の心理学部受験はオープンブック試験ではないため、オンライン上でGoogle検索などしないことを監視するアプリを事前にダウンロードしたりするみたいです。
そのアプリがあるとGoogleで指定されたページ以外を開けないようになっているとか、オンライン試験時にはカメラをオンにしているとか、勝手にいろいろ検索しないでねっていう監視管理がいろいろ設定されているようです。
面白いですよね。どのような問題を出すか、例えば選択問題、記述式、論文など形は様々で、オンライン化、大学に行き受験する化なども大学、また受験する化によって異なりますが、事前に大学からいろいろ資料が送られるっていうのは共通しているようです。
ここまで聞いただけでも、日本の受験とはかなり違うなぁと思われたと思います。
でも、この他にもびっくりすることがオランダではあるのです。
それは、彼女が受けた来年大学心理学部は、大学受験の結果は抽選で決まるということです。
え?抽選?抽選ってどういうこと?と思われるでしょう。私もそう思いました。
ここは難しくはないのですが、ちょっとややこしいので、皆さんしっかり目を立ててお聞き願います。
まず、来年大学心理学部の定員数は600名とされています。
そして、その受験者は4つのカテゴリーに振り分けられます。
高校での成績、確か高校2年から3年の1学期までの成績平均が7.5以上。
10点採点方式なので、7.5以上で受験で合格点を取得した人はカテゴリー1に入ります。
カテゴリー2は、成績平均は7.5未満だけど受験テストで合格点を取得した人たち。
カテゴリー3は、成績平均7.5以上だけど受験テストで合格点未満を取得した人たち。
カテゴリー4は、成績平均が7.5未満で受験テストも合格点未満を取得。
どっちもダメだったというグループですね。
このように4つのカテゴリーに分かれています。
日本ならば、受験だけで高得点取得者から順繰りに定員600名まで合格者として出すと思うんですね。
100歩譲って、この4つのカテゴリーシステムを導入したとしても、
カテゴリー1の人、つまり成績も良くて受験も合格点の人を順繰りに合格者として出し、
このカテゴリー1が終わったらカテゴリー2に行くとか、上から下への一直線だと思います。
しかし、この雷電大学は各カテゴリーから合格者を出すとしています。
これはどういうことかというと、各カテゴリーが全体の何パーセントかの合格者を出すという仕組みです。
定員枠が600名の雷電大学心理学部は、
例えば、カテゴリー1からは全体の50%の合格者、つまり300人を出し、
カテゴリー2からは全体の30%である180人を出し、
カテゴリー3は15%で90人の合格者を出し、
カテゴリー4は5%で30人の合格者を出すということです。
それは受験者が1200人いたとして、
カテゴリー1、つまり学業も優秀で受験も合格点に達している人が600名いたとしても、
受験に落ちるということを指しています。
なぜならば、大学側でカテゴリー1は全体の50%のある300名しか合格者を出さないよということなので、
600名がカテゴリー1であっても、その中から抽選で合格者として選べるのは300名のみ、
残りの300名は落ちてしまうということです。
逆に自分はカテゴリー4の受験者だとしたら、
全体の5%、30人を合格者とするので、
もし仮に30名しかカテゴリー4の受験者がいなければ、
このカテゴリーは全員合格というわけです。
それは、カテゴリー4よりも学業も受験も成功したカテゴリー1の人たちが300名落ちるということがあってもです。
それぞれのカテゴリーの中からエイヤ!というのを抽選で選ばれるので、もう運しかないです。
しかも、このカテゴリーの固定枠配分については、
大学者から受験者に情報共有がされません。
だから、前に私が話したカテゴリー1が全体の50%の300人というのは、
あくまでも一例でどんな配分がされるかは大学側で決め、
その配分枠も知らされず、その後、大学側からあなたは480番ですと連絡が受験後に来るんですね。
600名定員で450番なら合格というわけで、
もしそれが680番だとすれば、その通知の時点では不合格なのですが、
合格者の中でもちろん他の大学に流れる人もいるので、
680番でもまだ繰り上がり合格の可能性があり、
そうなった際には大学側から合格通知が来るという流れです。
それぞれのカテゴリー合格者配分は受験者に明かされないものの、
推測としてはカテゴリー1の合格者配分が一番多いのではとされていますが、
これが事実であるかどうかはわかりません。
何この仕組み、勉強しても意味ないじゃんと思われる人が多いと思います。
そう思う気持ち、私も同感です。
すごく不思議ですよね。
なぜこんなシステムがあるのか、みなさん想像できますか?
これは、来電大学心理学部が学生の多様性確保、公平性を目的としているからです。
もともとオランダでは、大学受験ができるレベルの中高の卒業見込み資格が必要です。
だから、日本みたいに誰もが受験料を払えば、どこの大学でも受験できるというわけではないのです。
受験資格にそもそも制限があるということなんですね。
それでもその中から公平性、多様性を確保したい。
社会には多種多様な人材がいて、心理学でもそのような多種多様な人を相手にする学問であるという背景から、このような選抜方法が取られています。
オランダ最古の大学でこんな受験システムがあるなんていうこと、私も本当に驚きました。
これって多様性の確保なの?これが公平性ってなんで公平性になるの?
日本の方がよっぽど公平だよと思いますよね。
これは受験結果の平等という結果主義の公平性ではなく、オランダ教育哲学の根底にある機械均等という考え方によるものです。
この機械っていうのはチャンスの方の機械ですね。
チャンスを均等に与える機械均等です。
たとえ大学受験可能な資格を得られる中高に入ったとしても、それが都市部にあるエリート高と地方にある予算が少なく設備が整ってない高校では、すでにその時点で格差があるとオランダはしているのですね。
というのも、オランダの高校の学費というのは国が100%負担していて、中央政府が7割を負担して地方自治体が3割を負担し、これが各学校に生徒数ベースで均等に交付されます。
問題は、子供の数が少ない小規模な地方自治体は当然ながらその予算も限られ、その中で施設、教材、教員配置を決めなければいけません。
また、オランダは学生ではなく、全国どこにある中高を選択しても良い仕組みになっています。
そうすると、当然ながら仕事もたくさんある都市部アムステルダム近郊に住む家庭が多く、そこには優秀な学生が集まり、地方校は空洞化するといった現実があります。
だから、同じ大学受験を受けられるレベルの中高であっても、都市部と地方での格差があり、地方校は教師不足だとか施設が古いなどといった状況下で勉強している学生たちは、
当然ながら都市部のリソース十分な中高生と同じような学業平均レベルが得られない可能性もある。
そういう学生たちに文句を閉ざしたくない、機会均等、チャンスを均等に与えたい、これが来年大学心理学部が考える学力編集を避け、多様なバックグラウンドの学生を入学させるという目的につながります。
しかし、こんな受かるかは受からないかが運のような選抜方法ならば、来年大学なんて受けないという学生がいるのでは?と思う人もいらっしゃるかもしれません。
そうですよね、日本だったらそういう考えが出てくるかもしれません。
しかし、この来年大学心理学部定員600名に対して、今年は1200名の受験者がいるようです。
これでもわかるように、オランダ社会はこの多様性確保という選抜方法を受け入れているということがわかります。
それでは、このような来年大学心理学部のような各カテゴリーの固定配分がオランダ受験の主流かといったら、そうではありません。
例えば、うちの長女が受けるアムステルダム自由大学の心理学部は、この選抜優先順プラス抽選式で、ここは4つのカテゴリーではなく3つのカテゴリー分けをされていますが、
カテゴリー1が優先合格となり定員枠が余っていれば、カテゴリー2、3に降りていくという方式です。
しかし、あるカテゴリーの定員枠に対して、それより多くの受験者がそのカテゴリーにいれば、抽選となる仕組みです。
また、キルブルグ大学の心理学部では、学業と受験のみを考慮するのではなく、志望理由、自己PR動画なども考慮され、その配分は25%ずつとなっています。
そして、その総合点で合格が決定するため、たとえ受験で満点を取っても、志望動機が弱いとか、自己PR動画があまりとなると、全体の取得点が低くなり、不合格となる可能性があります。
こう見ると、日本の主流である点数主義とは異なる考え方だということがわかります。
本当に、いくら長くオランダに住んでいても、いろいろわかったようなつもりでいても、こういうふうなことに遭遇し、「え?どういうこと?」とびっくりする場面があるのが、海外移住者あるあるなのかもしれません。
でも、この大学受験における点数主義だけではない、多様性の確保というのは、オランダのみのトレンドではないと思うんですね。
私の友達でアメリカに住んでいて、ちょうどうちの長女より2歳年上のお子さんがいる友達も言ってましたが、確かそのお友達のこの場合、アメリカのSATというテストと高校の平均点の結果がだいたい受験の3割くらいの比重で、
残る7割は、加害活動や先生方からの推薦状とか、エッセイとかで、私は高校リーダーシップを発揮しましたとか、こんな多様性がありますとか、自分が今までの人生で逆境をどう克服したかとかを書くようなんです。
だから、大学側としては学業だけではなく、その学生の人となりっていうんですかね、そういうものが7割も占めているので、学業が悪くても他の要素で逆転の可能性もあります。
これは、先ほどお話ししたティルブルグ大学心理学部と似ていますね。
その他にインドの例なども面白いです。
うちの11歳の次女が仲良くしている友達に、オランダに家族で移民してきたインド人の子、フェディカちゃんがいるんですけれども、彼女の両親はとても優秀なIT系の仕事をされていて、オランダで共働きをしています。
私はそのお母さんとお友達で、いろいろインドの様子などを聞くことが多いのですが、カースト制度ってインドでも有名ですよね。
で、インドの大学でもこの多様性確保が受験であるよということを前に教えてもらったことがあります。
インドの大学では、カースト制度の底辺にいる、いわゆる社会的弱者層の人たちに対して別の予約枠が設けられているんですね。
そしてこれが、なんと憲法で定められているとのことでした。
大学によってその予約枠の割合が異なるみたいなんですけれども、彼女が言っていた高科大学ではそれが3割ほどあったと言っていました。
そこで私ちょっと調べてみたんですけれども、インドではこの予約枠が27%から50%ほどあるようで、大学によってさっきも言ったように異なるようです。
わかりやすく言えば、定員100名のところに社会的弱者層予約枠が50%あれば、カースト制度の中流階級の人が試験に合格したとしても、この一般枠は50名にて、そのトップ50名に入らないと合格できず、
もし51番目で社会的弱者階級の人よりも高得点であっても落ちるということです。
インドの大学における予約枠制度は、古代カーストの差別税制と独立後の社会的公正実現を目的に生まれたとのことです。
しかし、歴史、憲法、政治的経緯が絡み、今でも議論の的のようです。
こう見ると、多様性って何なんだろうって思えてきますよね。
実際の制度を見ると、本当にいろんな形があるんだなぁって思います。