はい、春ですね。私がいるオランダも日中気温が10度を超える日が多くなり、柔らかい日差しがさす日も増え、だいぶ春の気配を感じるようになりました。
道端ではクロッカス、水仙などが咲き始め、花屋さんでは様々な色のチューリップが売られています。
春といえば、卒業式やら新年度といったキーワードを思い浮かべる人が多いかもしれません。
私はというと、春と聞いて思い浮かべるのがスプリングダンスです。
え?何それ?って感じですよね。
えっとですね、そうだな。どこから話せばいいかな。
私は父の仕事の関係で家族でカナダのモントリオールっていう場所に住んでいたことがありました。
このスプリングダンスの話は、日本でいう小学校5年生とか6年生ですかね。
通っていた小学校で春に開催されるダンスパーティーです。
場所は小学校の体育館でやるものなので、そんな大したね、ハリウッド映画に出てくる高校のような華やかなダンスパーティーではないのですが、
まあでもそれなりに体育館もいろいろな飾り付けがされて、体育館の端ではいろいろなフルーツパンチとか、
ドリンクやジュースなども飲める感じのパーティー、そういう形だったんですね。
なんか思い出してくると懐かしい。
当時私が仲良くしていたのが、というかこの日本人移民の私を拾って仲良くしてくれたお友達に、
ソニアというフィンランド人の背の高いスラッとした白い感じの金髪のストレートの髪で色白で、
当たり前ですよね、フィンランド人ですから。
そして目も青くて、濃い青じゃなくて透き通った青の目をしている本当に小学生ながら、
友人の私から見ても美人な友達がいました。
今思い出しても、なんでソニアが私と仲良くなってくれたのかも全然わかりません。
私の通っていた小学校は、その当時から子供たちの間にヒエラルキンがあって、
いわゆるポピュラーグループ、人気のある子供たちとそうではない子供たちみたいな住み分けがあって、
昔、ビバリーヒルズ白書90210っていうアメリカのティーン青春ドラマが日本でBSとかで放送されていたのですが、
あれは確か高校だったと思うんですけれども、あんなような学園ドラマの宿図が小学校にもやっぱりあったんですね。
何を持って人気グループに入れるのかは私もよくわからないのですが、
なんとなく着ている洋服がかっこいいとか、コンバランスの靴を履いているとか、
かっこいいウォークマンを持っているとか、女子だったら見た目がかわいいとか、
男子だったらかっこいいイケメン男子とか、頭がいいとかはそんなに人気グループに入れる重要な要素ではなく、
やっぱりスポーツができてなんとなく目立っている人たち、
なんかそういうこれとこれとこれが基準ですみたいなものがはっきりしてない世界ですよね。
幸いにもこの人気グループに私は入っていました。
でもそれは私がかわいいとかではなくて、今振り返ると私のことを拾ってくれたソニア、
さっきのフィンランド人のソニアが人気者で、ソニアの友達だからみたいな感じで私も人気グループ。
こういう言い方もちょっと語弊があって今は嫌だなーって思うんですが、
わかりやすい表現なのでそう呼ぶことにしますが、そこにめでたく入っていたという記憶があります。
人気グループに入るとですね、例えば通学バスは必ず後ろの方の席に座れて、
前の方の席に座るのはNerds and Geeksっていう感じであまり目立たない。
先ほどの人気グループで描写した感じの子供たちとは、
真逆の世界にいる子供たちが座るっていう暗黙のルールがあったんですね。
私が乗る通学バスの停留所の前がソニアが乗るバスの停留所だったので、
ソニアが必ず私のために後ろの方の席を確保してくれて、
私はそれがあったから無事後ろに座れたと。
今考えると本当にひどいのですが、後ろの子供たちは前に座っている子供たちに
パンの耳とかを通学バスの中で投げたりするんですね。
えーいみたいな感じで前に座っている子供の名前を呼んだりしながら、
おいサイモンとかって投げつけるんです。
日本じゃ考えられないですよね。
あからさまないじめっていうか、パンの耳だけじゃなかったような気がするな。
みかんの皮とか?
でもソニアは全くそういう周りがやっているようなパンの耳を前の席の人に投げるとか絶対やらない子だったんですね。
ソニアもやらないし私もやらないと。
周りの人気グループの子たちもソニアがそういうことに加担しないことを理解してて、
おいもうソニアも投げろよとか言わないんです。
こういうのって本当に面白いですよね。
うーんなんていうのかな。
子供時代の人間関係というか、子供なりにみんな何かをソニアから感じて、
彼女がこういういじめみたいなのに加わらないことを象徴している雰囲気が
私も当時感じ取れました。
ソニアがやらないから私、ゆきもいじめに加わらなくてもソニアと二人で一組みたいな感じに見られてた私だったので、
そのようないじめ的な行為をやらないで済んだという。
うーん皆さんもこういう自分を守ってくれた存在の友達の思い出とかってありますか?
このソニアは男女ともに人気でした。
特にスポーツ万能で口もたって結構言うことがすごい面白い。
だけど全く勉強に興味がなく、それでも先生方にはなんだか愛されてしまう。
ジェイソンっていう人気者がいたんですが、
彼はすごいソニアのことが好きでしょっちゅうソニアのそばに寄ってキスしようとしたり、
あなたは僕のスイートハートだよって。
これなんて訳したらいいんだろう。
スイートハートっていうのは、なんか僕のかわい子ちゃんだよみたいな感じですかね。
日本語で言うと全然雰囲気が変わってしまうんですけど、
なんかそんな風に言い寄ったり、
これ小学校5年生とかですよ。
私小学校3年生でカナダに行って、
それから2年経っているとはいえ、
この混ぜたカナダの小学校の様子になかなかついていけなかったです。
だってね、もう小学校5年生の授業で、
もうセックスとかコンドームとかドラッグとかエイズの話が授業であったりして、
神奈川の田舎の小学校からやってきた私としては、
もうそれこそカルチャーショックっていうか、
今考えると本当にいろいろあったなーって。
誰かの誕生日パーティーに行くと、
必ず変な遊びがいくつかあって、
Truth or Dare 真実か挑戦かみたいなゲーム、皆さん知ってます?
これはね、みんなで輪になって座って、
真ん中に空のワイン瓶などを置いて、
例えば私がそのワイン瓶を絨毯に平行に置いた状態でくるって回すと、
そのワイン瓶の先を指した相手に私がTruth or Dare 真実か挑戦かって聞いて、
相手がそれを例えば真実っていうことを選べば、
私はあなたの好きな人は誰?とか聞いたり、
相手は真実を話さなければならず、
逆に挑戦と答えれば、
じゃあ○○ちゃんにキスしてとか、
それを拒む人たちには罰ゲームとか。
今考えるとよくあんな遊びの中で私はサバイバルしてきたなって、
小学校5年生とか6年生で思いますね。
それで話をソニアに戻すと、
彼女の両親は友働きで、
しかもお母さんが洋服ブランドのナフナフで働いてたんですよね。
ナフナフ。N.A.F.N.A.F.ナフナフ。みんな知ってるかな?
ナフナフって今でもあるのかな?
ちょっとわからないんですけれども、
小学校5年生で友達の親の職業をわかっているってすごいですよね。
やっぱそれだけインパクトがあったんですよね。
ナフナフで何の仕事をしていたのかは全く覚えてないんですけれども、
そのお母さんもスラーリした調子のブロンドで、
いつも忙しそうにしていて、さっそうと歩いていて、
私はそのお母さんが歩くときにフワーッとなびくセミロングの髪の感じがすごく印象に残っていて、
私が遊びに行くと、「あら、雪!」みたいな感じで、
彼女が家にいるときは迎えてくれて、ハグしてくれるんですよ。
そして、ハグすると彼女の香水の匂いがしてね。
対面しているときは香水の匂いはしないんだけど、
ハグするとフワーッて香るみたいな、大人の女性というか、
小学校5年生からしたら周りの女性はみんな大人なんですが、
母とはまた違う人種みたいな。
でも、タバコを吸っていたので、香水の匂いもタバコの匂いと相重なって、
強めなときと香水だけの匂いのときとあったなぁなんて、
今話しながら思い出しました。
そんなソニアの家なんですが、彼女の部屋にはウォーターペットがあって、
私は結構彼女の家に遊びに行くことが多くて、放課後はソニアの両親はほとんどいなくて、
いつもソニアと弟のエリックだけで、彼女の家に行くと、
そのウォーターペットに二人で寝っ転がって、ゆらゆらしながら、
なぜかそのウォーターペットがダブルで大きいんですよって、
音楽を聴きながらたわいもない話をすると。
なんか懐かしい、すごい考えてみると。
それにソニアは自分の部屋に電話があったんですよ。
あの当時はもちろん携帯もなかったし、私の家では今とキッチンに電話があるので、
あそこに行かないと友達と話せないみたいな、もうすっごいやでしたね。
あの頃自分の部屋に電話があったらって、いつも思ってました。
そうして、そのソニアの電話が、今でも覚えてるんですが、
ペプシの缶の形をしている電話で、本当にあの缶そのまま、
で、缶の上の部分、あのピューって開ける、あれなんて言うんだろう、なんだっけ、
まあいいや、分かりますよね。
あの上の缶の部分に番号、番号というか、そのプッシュダイヤルがついていて、
もうそれがすごくかっこよく見えて、でも実際使うと使い勝手悪いんですよ。
だってほら、缶だからね、悪いでしょ。耳にフィットするわけでもないし。
まあそういうのがあった時代ですね。
それにソニアは可愛い服も、もちろんたくさん持ってて、新しい服がいつもあって、
ほら、だってお母さんがナフナフキムですから。
で、当時、アセットジーンズが流行って、アセットジーンズ?アシットジーンズ?
なんていうのかな、日本語では。アセット?アシット?どっちだろう。分からない。
まあいいや。デニムに酸、酸っていうのは酸化剤の酸をかけて脱色してムラを作るみたいな。
若い人はこの話分かるのかな。
そういうアシットジーンズが流行っていた時期があって、
ソニアはそのアシットジーンズのジャケット、ジージャンをいち早く学校に着て行ってましたね。
うーん、そんな色々なことで私はソニアの家はかっこいいなーなんて思ってましたね。
で、春になってスプリングダンスっていうのが開催されることになって、
私は小学校5年生だったと思うんですが、学校が開催するそんなダンスパーティーに行くのは初めてで、
確かそういう学校のダンスパーティーは、5年生、6年生のみ参加だったような気がします。
うーん、だってその前は参加してなかったし、記憶もないので、
で、もうそのスプリングダンスになると、小学生なので、
ダンスパーティーに誰と行くとか、男の子と一緒に行くみたいな感じではなくて、
よく海外のドラマにあるような、男の子が家に迎えに来て一緒にダンスパーティーに行くっていう、
そういうのではなくて、小学生だからね。
ただみんなで体育館に集まって、音楽かかって、学校の先生とかもいて、踊ると。そんな感じでしたね。
で、私は結構今でもそうなんですけど、踊るのが好きなタイプで、
あんまり人前で踊るのが恥ずかしいとかも小さい頃から思わないタイプで、
ステージとかで踊るのは別ですよ。みんなで踊っているフロアで踊るのが好きなタイプっていうんですかね。
ソニアの家でも音楽を聴きながら、ソニアはウォーターベッドで寝て、私は踊っているみたいな光景もありましたね。
それで、スプリングダンスには誰と踊る?みたいなことが結構ダンスパーティー開催前の子供たちの会話というか、
好きな人と踊りたいよね、みたいな。
で、私はギャレットっていう赤毛で緑色の目をしているアイスホッケーをしている男の子が好きだったんですね。
肩幅が広くて、背はそんなに高いわけじゃないんですけど、私より十分高いっていう。
彼が練習していたアイスホッケーのリンクが、うちの近くで試合とかがあると見に行ったりしてました。
私はそのギャレットのホッケーをする姿がすごく好きで、ホッケースティックを持ってパスとかする動作ではなくて、
私が彼の動作で一番好きだったのが、なんて説明したらいいんだろうこれ。
攻めと守りが変わる瞬間、カウンターアタックみたいな瞬間があるじゃないですか。
相手のチームからパックを取って、「よし、さあみんなゴールに向かって走れ!」みたいな。
その切り替えの瞬間、体が前鏡になってスティックを片手に持ってダッシュみたいな。
その初めの一歩の姿勢が本当にかっこよくて、「よし、行くぞ!」みたいな。
かっこよかった。今思ってもかっこいい。おかしいですよね。おかしい。
ギャレットだけじゃなくて、学校の人気グループにいる他の男の子もアイスホッケーをしていたし、
女の子が入っていた女子チームもあったので、応援しに行ったり。
ギャレットは人気グループに入っているという感じではなかったけど、そのグループからある一定のリスペクトがされている存在で、
今で言うととても良い人というか、人気グループもそうでないグループとも渡り合える小学生で、好きなグループに自分でふわふわと飛んでいく蝶のような存在でしたね。
今考えると、小学校5年生にしてそれができるって素敵ですよね。
たぶんそういうのもあって、私は好きだったんだろうなって思いますね。
我ながらいい子を好きになったって、今こう話すと思います。
そんなこんなね、あの子と踊りたい。私はギャレットと踊りたいなぁとなんとなく思っていて、
スプリングダンスの当日、どんな服を着ていくかとか、服を近くのモールにソニアと買いに行ったりとか、それなりに一大イベントですよ。小学校5年生の人生では。
そして迎えた当日、みんなオシャレして、メイクもして、小学校5年生でアイラインとかアイシャドウとか、リップとかマスカラとか周りはしてましたよ。
パーティー30分前の女子トイレは大変みたいな。みんな家からダンスパーティーで着る洋服では出てこれないのか、トイレで着替えて、おへそ出しとか、肩が大きく露出している服とかに着替えて、メイクもしてね。
私とスニアはリップぐらいでしたけど、バタバタ感、今でも忘れられないですね。緊張と興奮が、肺高まってみたいな。若いな。若いというか、幼いですよね、小学校5年生。
でも、みんな一丁前でしたよ。一丁前って言葉、もう死後なのかな。わかんない。そんなこんなで始まったダンスパーティー。先生たちがDJ役をしてくれて、ノリノリ系のダンス曲が流れ、私もスニアと体育館中央で踊っていて、
ブレイクダンスができる男の子とかね、中央で回ったりしたりしてて、楽しいって感じで、最初の30分ぐらい過ぎていったのかな。
すると突然、スローな曲がかかって、それまではミラーボールのようなものとかあった照明が急に落とされて、ちょっと暗がりみたいになって、私はえ、何これって。
そうすると真ん中で踊っていた人たちが、この結構大きなグループが、さーって体育館の端に下がって、中央のフロアが開くっていうか、さーって下がるときに女子と男子で別れてね、
体育館の入り口のドアから見て、右側が女子で左側が男子みたいな感じで、さーって別れていくんです。
え、どうして?みたいな。どうして?どうして?みたいな。何?何?みたいな。
ちょっと暗いから、目が慣れるまで時間がかかって。
で、ソニアがすぐ私の手を取って、体育館の右端のベンチに、体育館の右側の壁に寄りかかるような形で、なんかベンチが、ベンチみたいなのが並んでいるんですけれども、そこに二人で座って。
そして、何が起こるかというと、男子が女子の方に来て、
それで、OKした女子と男子が体育館の中央フロアに行って、チークダンスするんです。
えー!みたいな。小学校5年生で何回も言いますけど。
私、こういう経験が全くそれまでなくて、それを見て、えー!って思うと同時に、
あー、みんなが誰と誰と踊りたいって言ってたのは、このチークダンスのことだったんだーって。
もう、それこそ陸流じゃないですけど、雷が落ちた瞬間、はー!みたいな。
私は、誰々と踊るっていうのは、なんかチークダンスじゃなくて、それまでにやっていた、中央でみんなで各自踊るみたいな、
そんなイメージで、ギャレッツと向かい合いながら各自踊るっていうのが、私の中では一緒に踊るっていう意味で捉えていて、
まさかチークダンスなんて思ってもみなかったっていうか、はー!みたいな。
その時になって、みんなが誰と踊りたいっていうことを言っていたあの興奮具合が理解できたというか、
これだったのかー!みたいな。うーん、衝撃的でしたね。
チークダンスを生で見たこともないし、だいぶ体がくっついているっていうか、
まあそうですよね。チークとチークの頬と頬を合わせる距離だからチークダンスであるわけであって、
えー!これ恥ずかしい!みたいな。私は思って、暗がりの中をチークダンスを踊っている人たちをすごい見ちゃいました。
みんなどこでこんなチークダンスを覚えてくるんだろうっていうか、すごい不思議でしたね。
で、こう2,3曲スローの曲が終わると、また照明が明るくなって、ノリノリ系の曲がかかって、またみんなで楽しく踊るみたいな感じで、
まあそういうのが一晩中というか、8時から11時くらいまであるのかな。
それで、その2巡目のスローがかかった時に、またさーって体感で女子と男子に分かれて、
そしたら、なんと私が好きなギャレットが私に、「Will you dance with me?」って聞いてきてくれたんですね。
もう頭真っ白。だってチークダンスとかしたことないし、踊れるかもわからないし、ギャレットが来てくれたことがすごい嬉しいし、
もうパニック。もう何をどうしたらよいのかわからないみたいな。もう座りながら頭を回転させようとしても何も出てこないっていう感じで、
一瞬間があったと思うんですよね。かなり長かったかもしれない、もしかしたら。
そしたら横にいたソニアが、「ユキ、行ってきなよ!」みたいな感じで、私をつついて、「は?」って我に返って、「Yes, please!」って、「はい、よろしくお願いします!」みたいな。
で、ギャレットに手をつながれて、彼と手をつなぐのも初めてですよ。フロアに出て、そしてここからが大変。
だってティークダンスわかんないから、もう私すっごい緊張していて、構えてしまっていて、
フランケンシュタインポーズっていうか、腕を前に出してピーンって張って、彼の肩をつかもうとしたら、
ギャレットが私の腰に手を回して、彼の方にスーッて引き寄せてくれて、もうされるがままっていうか、
彼の肩に私の顔があり、私の肩に彼の顔があるみたいな、ずっと感覚としてはハグしながら、小さな円を2人で描きながら踊っているというか、
もう何が何だかわからない。心臓に悪いっていうか、ドキドキもそうだし、体温もすごい上がってたし、このドキドキの音が彼にも聞こえてるんじゃないかって思うほど。
その曲が忘れもしない、マドンナのLive to Tellっていう結構暗い曲で、もうその曲が終わったら彼からすぐ離れて、小走りに体育館の右側の女子ベンチに帰って、もうすっごく疲れたのを覚えています。
で、その日は結局ギャレットと3回くらい踊ったんですね。それが彼、優しいなーっていうか、もう全然何もわかってないこの日本人の私。最初に踊った時は、なんかこいつ変だぞって思ってたと思うんですよ。
だってすごいぎこちなかったし、もうなんか嬉しいけど、早く終わってくれじゃないけど、恥ずかしすぎて何が起こっているのか理解できないみたいな。
でも3回目はちょっと慣れてきて、少しはマシに踊れたというか、あの3回目のダンスがなかったら、私とギャレットはその後も仲良くなれなかったと思うし、3回も誘ってくれた彼に感謝ですね。
うん、本当に優しい人でした。
まあ、春といえばそんな淡い春、スプリングダンスの私の思い出です。
はい、それでは番組を終える前にお便りをいただきましたので、紹介させてください。
お便りをくださったのは、ポッドキャスト番組ジャズの入り口案内所という番組をされているなっぱさんからです。
対魔界前後編の感想。
ユキさん、いつもへぇーと聞いております。
今回はこれまでにも増して、へぇーという心の声が実際に独り言として口から出てしまうようなエピソードでした。
ここからは完全に個人的な偏見込みの感想ですので、はしからず。
まず対魔というテーマを扱うことについて、日本在住の配信者がこれほど詳しく話をするのは正直難しいことだと思います。
詳細を語ったり、対魔はソフトなもので依存性は比較的低いなんて話をしたら、
あの人は対魔を使っているとか、対魔推し派だっていうレッテルが貼られるのでは?と思われてしまう気がします。
特に某SNS。
なので、今回はオランダ在住のユキさんだからこそ事実をフラットに語れる、世界から見る日本ならではのテーマだなぁと思いました。
さて、日本では様々な薬物に対してグラデーションなく、絶対薬として扱う空気が強いと感じます。
ユキさんのおっしゃるように罰則を持って取り締まるという仕組みが、薬物イコール絶対的なタブーという価値観を作り出しているのかなぁとも思いますし、
ドラッグの仕様からの社会復帰には制度的にも社会的にもハードルがとても高いと感じます。
それと関係があるのでしょうか。
日本ではタブー視される問題、例えば薬物とか性問題について学校などで取り扱うことにもタブーとしている、またはあまりフラットに扱わないようにしている空気を感じます。
自分で考え、感じで、判断していくためにファクトとしての知識を教えることの重要性を感じましたし、
必要な知識を教えることで、私たちや子どもたち自身がきちんと考えていく土壌を作っていけるといいのかなぁと思います。
長々とすみませんでした。
いいえ、いつも改めて考えるきっかけをいただきありがとうございました。
これからも私たち日本人の当たり前に新しい世界からの視点を投げかけてください。
なっぱより
なんて素晴らしい感想。
なっぱさんすごい。
ありがとうございます。
もうなんか、なっぱさんの文章が知的で素敵すぎて、ちょっと言葉を失ってしまうほどです。
もうこんな素敵なお便り嬉しい。
ありがとうございます。
このタイマー回は前回と前々回の配信なのですが、前後編になっているんですね。
これがなんと世界から見る日本の配信の中でも最速100再生以上を達成した回です。
こんなことがあるんだって初めてです。
テキスト上でもいろいろ感想をいただいておりまして本当にありがたく思います。
きっと何かしら皆さんに響くものがあると思いますので、お時間がありましたらぜひ前編後編ともに聞いてみてください。
そしてなっぱさんのこのジャズの入り口案内所という番組もぜひお勧めしたいです。
ジャズ好きの方はぜひ聞いてみてください。
この番組の何が私が好きかというとパーソナリティのなっぱさんです。
すごく気さくな語り口で飾らないお人柄で聞いていてとても親近感が湧く方です。
一度の配信であるアーティストを取り上げるのですが、
ジャズアーティストももちろんですがアニメソングなどを取り上げる回もありますし、
谷村由美さんなどのフュージョン系アーティストを取り上げる回もあってバラエティに富んでいます。
また番組に付随するプレイリストもあって一つの配信で多くの情報と素敵な音楽との出会いを難しくなく、
さっきのお便りではすごい知的な感じなんですが番組はとても楽しく聞ける最高な番組です。
概要欄にジャズの入り口案内所もリンクを貼っておきますので皆さん本当に聞きに行ってください。
はい、なっぱさんありがとうございました。