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皆さんこんにちは。このチャンネルでは、パリ在住8年目企業コンサルタントのSAKIが、パリ生活やビジネス、読書で学んだことを配信しています。
皆さん、お元気でしょうか。
今日も引き続き、バカンス中のロッジの外のテラスからお届けしております。
時刻は23時46分で、夜中直前でございます。
ここ、田舎だから、めっちゃ静かなんですよ。
どれくらい静かかというと、おそらく、今の私の感触では、半径1km以内の人、誰も喋ってないっていう感じです。感じがします。
それくらい静かで、このポッドキャッシュの収録の声、1km先くらいまで届いてるんちゃうかっていう感じの、届いてないんですけど、静かさ、はい、です。
でね、ちょっと余談なんですけど、いつも最終余談なんですけど、今、そのロッジって、キノコ屋みたいなやつですけどね、フランス語ではジットって言うんですけど、農場の中にあるんですよ。
で、その農場には馬とか牛とか鶏とか動物がいるんですね。
で、そういう場所って知ってたから、今回どの本読もうかなと思って、まだ読んでなかった家にある、動物農場っていうジョージ・オエルが書いた本を持ってきたんですね、小説なんですけど。
ジョージ・オエルって1984って有名な本を書いた人で、そのもう一つの代表作とも言われてるらしい本なんですけど、私全然知らなくて、
で、日本帰った時にホルホン市場で見つけて買って持ってきて、そのまま純読してたやつを、これ農場行くしめっちゃおあつらえ向きやんと思って持ってきたんですけど、中身を読んで、ここで読むやつじゃないなって思いました。
で、なんでかっていうのをちょっとネタバレとともにお届けするので、読みたいって思ってる方はちょっとぜひ飛ばして本編に行ってほしいんですけど、私ネタバレは犯罪ぐらいに思ってるので、ちょっと忠告してから中身に行きたいんですけど、今からネタバレします。
で、このジョージ・オエルって1984有名な代表作を書いてて、これも監視社会とか権利社会を風刺というかテーマにした本だと思うんですけど、こっちのこの動物農場も権利社会に対しての本なんですよ。
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で、どういう本かって言うとね、簡単に言うと、まずその農場の動物たちが人間に対して反逆を起こすと、まずね。
で、人間が、その農場の主が動物に追っ払われて農場から出て行ってしまうっていうのがまず始まりで、初っ端から人間いなくなるんですよ。
で、動物だけになりますと。
で、その動物たちだけで、平和な国を作ろうと人間に搾取されて、されまくって、で私たちはもうずっと労働して、そのままの人生を全うするみたいなのはもうゴリゴリだみたいな感じで、人間を追い出して、じゃあ平和に平等にいくんかと思いきや、
その動物たちの中でも、主導権を握る豚たちが、言ったらその人間のポジションにとって変わるんですよ。
で、まあ怖いんですけどね。
最初は、ちょっとずつちょっとずつ平等って言いながら、豚がいる動物たちの中で一番その知能が高いらしくて、私たちがその戦略を練りますと。
その戦略に沿ってみんな動いていこう、そしたらみんながパラダイスになれますというふうなことを言ってるんですけど、でもね、だんだんだんだんその豚の言ってることが変なんですよ。
変で、で、他の動物たちは考えなくて、てか考えられなくて、言われたことを、あ、うーんって思いながらも受け入れて、そしたらだんだんだんだん豚が、なんか私たち規則こんなこと抱えてたけど、そんなこと言ってませんみたいな、政治の社会でよくあるね、
そんなこと言ってませんよみたいな感じで、だんだんだんだん言ってることをひっくり返して自分たちに有利なようにしていくんですね。
で、その他の動物たちは、あ、そうやったかもしれないみたいな感じで、めっちゃ簡単に解き伏せられるんですよ。解き伏せるというか、考えてないんですよ、何も。
で、そうかそうかみたいな感じで、だんだん豚の有利なようにだけなっていくっていうことなんですね。
で、普通にまず、人間が追い出されるっていうところで、あ、怖いなと思って、で、その後に、動物たちの中でも結構残酷な感じになっていくっていうのを見て、わーと思って。
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で、それを読みながら横に馬とかが草食べてるんですよ。で、話の中に馬出てるから、もう重なるんですよね。この人たちが考えてることは、みたいな感じで考えちゃうっていう。
一番読む場所じゃなかったところで読んだなっていう、ファンタジーとして楽しめないというオチでしたっていうことで、読み切ったんですけどね。面白くて一気に読んじゃって、そうそうそういう話がありました。
はい、じゃあ今日のテーマはですね、自責と自分を責めるの違いを話したいなと思います。
この読んで自能ごとくと言いますか、別に書いてないんですけど、ポッドキャストだから、自責という言葉と自分を責めるっていう言葉って使ってる感じ一緒じゃないですか。
っていうのもあるし、割と混ざりがちだと思うんですけど、全然反対のものですよっていうことをちょっと話したいなと思ってポッドキャストを撮っております。夜中の馬が草食べてる横で撮ってます。
馬って夜中も起きてるんですね。いつ寝るんやろ。はい、あっちもこっちのこと思ってると思いますけど。
私はフリーランスとして結構長くやっていて、今年来年とまた新たな挑戦のフェーズに入るかなって思ってるとこなんですけど、
いつもフリーランスでいるときに思うことは、やっぱり自分で自分のすべてに責任を取るっていうことがフリーランスの醍醐味でもあり、やるべきことっていうふうに思ってるんですね。
これは昨日のポッドキャストとかからも続いてるって続いてる話なんですけど、この責任感ということについてみたいなことをちょっと話したいなと思っていて、この自責と自分を責めるの違いがフリーランスをやっていく中で、ちゃんと線引きしておく必要があるなというふうに思っています。
自責っていうのは、自分に責任があるっていうことを自覚するとか、感じるとか、そういうことだと思うんですよね。
自分を責めるっていうのは、なんであの時こんなことしちゃったんだろうとか、なんであの時こんなことを言っちゃったんだろうみたいな、自分のせいにはしてるっていうのは同じかもしれないんですけど、感情的なとこが違うというか、ネガティブな意味合いだと思うんですよ。
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自責っていうのは、なんていうんだろう、ポジティブともまたちょっと形容が違うんですけど、自分に責任を持つという強い意思みたいな、意思があるっていう感じですよね。そこがちょっと違うかなというふうに思っています。
自分を責めるの方は、なんていうのかな、そのフリーランスの話においては、意思を自分で置いてないような感じじゃないですか。なんであんなこと言っちゃったんだろうっていうのは、自分にその時に責任を持ってたら言わないと思うんですよね。
でも、自責だったら、こんなことを言ったけど、自分の意思でそれを言っただったりとか、なんでこんな決断したんだろうとかも、あの時こう思ってこう思って決断したから、結局失敗だったけれども、自分の意思でやったみたいな感じで、そこの違いが結構あるなと思ってて。
で、これ何が違うのかというか、自責がいいなっていう話なんですけど、なんでいいかというと、自責の方は自分の意思が入ってるから、例えばその結果失敗しても成功しても、後悔しないんですよね。
で、皆さんも経験あるかもしれないんですけど、例えばスポーツの競技がありましたと、その時に自分でこうやってこうしてこうしようみたいな感じで戦略立てて、全力で練習して、全力で臨むと。
で、その結果負けたとするじゃないですか、試合とかに。で、その時って負けてもあんま後悔しなかったりしませんか。
で、逆に、誰かから言われたからこういう戦略で、例えばテニスとかでね、スマッシュを打った自分は本当は、何やろうな、ラリーを続けたかったのに、監督が言ってきたからスマッシュを打ったと、自分の考えはそこに入ってなかった、意思は入ってなかったとすると、
結構後悔すると思う。それで負けた場合は、いや私は本当はラリーを続けたかった、そしたら勝ってたかもしれないのに、だったりとか、後悔が結構残るんですよね。意思がそこに入ってない場合。
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で、人のせいにもしちゃうんですよね。で、それと、自責は全然違う。自分で選んだから、全部自分の責任だって思うと、選んだ瞬間もそうだし、選んだ後もそうだし、後悔しないんですよね。どうなっても失敗しても成功しても。
そこが結構違って、フリーランスやっていくときに、この自責っていうのがあると、全部を物にできるし、学びにもできるし、自信もつくんですよね。自分に責任をずっと持ってた場合。
だし、なんて言うんだろうな、めっちゃ軽い言葉にいきなりなるんですけど、人生楽しいなっていう感じなんじゃないかなって思います。だから、そこの違いは結構大きくて、自責と自分を責めるの、線引きをすること。
で、細かい違い内容で、結構後々に響く大きなことなんじゃないかなっていうふうにすごく思います。
ちょっと今日はそんなことを撮ろうと思いまして、最近、責任について撮ってるんですけど、今日もちょっと引き続きその話をしたいなと思いました。
結構なんか私の中でのテーマでもある気がしていて、そうですね、なんか本気で生きるっていうのはどういうことかっていうのは、全部自分に責任を取るっていうことかなっていうふうに思ってて、フリーランスとかもだからこそ自由だなって思うんですけど、その自由の裏側には責任というものがあるからこそ自由だっていうふうに思うので、
ちょっと今日も引き続きその責任ということについてお話をしました。
はい、じゃあ今日はこの辺でお開きということで、また次回のポッドキャストでお会いしましょう。