1. 埼玉県しりたがりラジオ『サイタマニアクス』
  2. 埼玉県ってなに?その2【サイ..
2022-09-21 24:24

埼玉県ってなに?その2【サイタマニアクス#02】

埼玉県知りたがりラジオ『サイタマニアクス』

#02「埼玉県ってなに?その2」

パーソナリティ:こけ お相手:はっしーさん


この番組は「埼玉県」というコンテンツを様々な角度からいじり倒して、おもちゃにして楽しんでみようというコンセプトでお届けするラジオです。

埼玉県に馴染みのある方もそうでない方も、この番組を通して埼玉県だけでなく、身近な場所について考えてもらうきっかけになればいいなと思っています。


■番組についてのご意見・ご感想・コメントなどは是非下記フォームからお寄せください。

https://forms.gle/cxQYh7wmZxLNg7p48


音声素材:CoeFont

https://CoeFont.studio

BGM:トーマス大森音楽工房

https://www.youtube.com/c/freemusicthomasoomori

00:06
【サイタマニアクス】続き。
まだ浦和県じゃないですか、今。浦和県なんですけど。浦和県になったはなったんですけど、やっぱり結局埼玉県はまだモザイク統治の状態は続いているわけなんですよ。
ああ、まだまだ。
で、その一つの原因が藩の存在なんですよね。藩。藩寮が多いんですよね。
全国的に見ても、いわゆる政府が管轄するところって元々幕府が管轄してた領地を基本的には新政府が管理しますよって言ってるんですけど、
それって全国の4分の1ぐらいしかないわけですよ。だから全国の4分の3は幕府に直接入ってくる財源じゃない領地になってくるわけですよね。
っていうのと、あとはさっきちょっと言ったように、埼玉県の中じゃなくて外側に本拠地がある別のところにメインの省庁があるような藩が結構多かったりとかして、
管轄が入り組みすぎてて地理的に全然連続してないじゃないですか。
確かに。
だからまあ管理しづらいですよね、そんな。
まあ確かにめっちゃかめっちゃかになりますよね。
なんで藩は消しましょうねっていうことで、教科書でも有名なあれが行われるわけですよね。
あのあれですか、廃藩?
あのあれが、そうです。廃藩地権が明治4年に行われるわけなんですよ。
まああれなんですけどね、その廃藩地権は最初からやっちゃえばよかったっちゃよかったんですけど、
ワンクッション動かないと多分藩とかからクレームとかバッシングとかいろいろ反発があるとかそういうのもあったりとかして、
一旦間に挟んでるのかなと思うんですけど。
廃藩地権が行われまして、
で埼玉県内の主要な藩っていうと、川越、押、岩月っていうのがあるんですけど、
まあそれがそのまま川越県、押県、岩月県というふうに変わるわけです。
なるほど、県にね。
ただまあ当たり前ですけど藩がそのまま県に変わっただけなんで、
それってそのまま飛び地になってるだけなんですけどね、今のところ。
名前が変わっただけで。
なのでこのタイミングだと全国で府が3つ、3府あって、県の数が何県あったと思います?この時。
相当数ですよね。
03:01
相当数ですね。
100ぐらいとかあったんですか?
正解は302県。
予想以上だった。予想以上だった。
まあ大変ですよ、302県は。
てことで、その後すぐに統合しましょうねというような話があるわけですよ。
追いつかないですもんね。
なのでその廃藩地権が明治4年の7月だったんですけど、
明治4年の10月から11月にかけて一気に整理がされて、3府72県まで減ります。
頑張りましたね。
頑張ります。
それでまあその時に埼玉県内のいわゆる飛び地的なところがだいぶ解消されることになるわけなんですね。
で、この時、実はですね、今ある埼玉県は大体大きく2つの県に分かれます。
2つ。
はい、2つです。
で、まあ大きく西側と東側って考えてもらえばいいんですけど、
西と東。
西側が入馬県になります。
入馬県。
はい、入馬県になります。
で、入馬県で県庁は川越県の県庁がいわゆる川越城、今のでいう川越市の多分、川越市役所にあたるところだと思うんですけど、
まあそこにあったんですけど、入馬県になりました。
はい。
さあ、ここで一つクエスチョンがあります。
なんでしょう?
なんで入馬県っていう名前になったんでしょうか?
そこなんでしょうね、それ実はちょっと聞きたかったなと思いつつも。
おお!
え、なんで?入馬ですよね?
うん。
ちなみにこの時、入馬を関した自治体はありませんでした。入馬市とかなかったんです。
関した自治体はなかった。
なかった。
入馬村も…
ない。
入馬村も多分ないですね。
なんかでも、え、いや、全然こうごめんなさい、しろっと考えたんですけど、なんか、
はいはいはい。
間に入るってことですよね。
ああ、なるほど。はいはいはい。
なんだろう。
漢字で言うとね。
ああ、そうですそうです。あの、入馬ってね、そう、入る間って。
何かの重要なところの間に入る何かをつけたのか。
ああ、なるほど。
いや、全然ちょっとごめんなさい、答えにもなってないよね。
いや、いいですね。いい推測ですね。
06:02
全然方向性実は違くてですね。
ああ、なるほど。
これは何でかっていうと、
はい。
さっき言ったみたいに県庁のある場所が川越だったわけですよ。
川越ですね。
はい。
その時の川越の地名って、
うん。
入馬郡川越町だったんですよ。
ああ。
なんで、
はいはいはい。
郡の名前を取って、入馬県になったってわけなんですね。
ああ、そっから。
はい。
なるほど。
はい。
へえ。
まあ、こんな感じで、郡の名前を取って県名にするっていうことが、
このタイミングで結構多く行われたわけですよ。
ああ、もう郡から県になって。
はい。
っていうのも何でかっていうと、
実はこれ県って何って話、一番最初に挙げた質問の内容に実は絡んでくるんですけど、
はいはい。
県っていうのは、
はい。
県庁が管轄するものなんですよね。
っていう。
そうそうそう。
なるほど。
なんで、
例えば、
はい。
えっと、
ここで言う、例えば入馬県の県庁は今川越になりましたけど、
はい。
入馬県っていうのは、
入馬にある県庁が、
はい。
管轄しているものですよ、みたいなイメージが、意味合いがあるわけですよ。
はい。
はいはい。
大丈夫です。
ああ、オッケーです。
オッケーですオッケーです。
ここまでオッケーだったら、
じゃあまた埼玉県全体の話に戻って、
はい。
今埼玉県の西側が入馬県になりましたよね。
入馬県です、はい。
はい。
で、埼玉県の東側が、
はい。
押し県と、
押し県。
岩月県と、
岩月県。
浦和県。
浦和県。
が合併しました。
合併しました、はい。
合併して新しい県ができました。
押し県と、はい、岩月県と、
岩月県と浦和県。
浦和県が合併しました、はい。
はい。
これが埼玉県なんですね。
で、はい。
じゃあなんで埼玉県って名前になったんですかね、ここで。
そこなんですよ、なんでだろう。
えー、何かでもその、押井和月埼玉で、
あーごめんなさい、押井和月浦和で、
うん。
別に何かを取ったわけでもないですもんね、その地名から。
はいはいはい。
埼玉、えーと当時からあの県名というかあの漢字だったんですか。
09:01
漢字はまあそうですね、同じですね。
えー、えー、聞いたわ今の、ますますわからなくなってきた。
いや、これでもめっちゃ単純なんですよ。
単純?
さっきの入馬県と同じパターンなんです。
え、郡があったってことなんですか。
そうなんです。
えー、え、え?
埼玉郡っていう郡があるんです。
えー、どのあたりっていうのは説明難しくないですけど。
どのあたりかっていうと、
簡単に言うと、えーと、埼玉県の東のあたり、東の端を、
えー。
北から南にバンとある感じですね。
えー、あのあたり、えー。
はい。
なんだ、全く知らなかった。
ただ、
はい。
ちなみに県庁はですね、そのまま、あの埼玉県の県庁は浦和宿に、
今、浦和県の県庁さんを扱った形になるんですけど。
あー、なるほど。
うん。
その場所は足立郡なんですよ。
あー、え、足立郡だった。
はい。
え、あー。
だから、本当だったら足立県なんですよ。
になりますよね。
そう。
あれ?
じゃあ、なんで埼玉県になったのか。
実は、岩月が埼玉郡なんですよ。
え?え?
岩月って埼玉郡なんですよ。
埼玉郡だったんですか?あそこの埼玉郡。
あそこ埼玉郡なんです。
あれ?え?うーん。
ちょっとおかしなことが起きてますよね。
うーん。
そうなの?
そうなのっていうか。
はい。
あれ?あれ?あれ?うーん。
あ、な、何か気になります?
あ、そうなの。え、岩月だったの?っていう。
そこなんですよ。
あー、はいはい。
そうなの?
そうなると。
うーん、なんか岩月の立ち位置がなんか今おかしいなと。
そうですよね。おかしいですよね。
うん。
これなんでこんなことが起きてるかっていうと。
うーん。
まずその合併したときに。
合併したとき。
埼玉県庁を、埼玉県の真ん中ぐらいがいいかなっていうことで。
まあ岩月町に置こうとしたと。
なるほど。
うん。
で、なんか法輪寺っていうお寺があるんですけど、
まあそこに仮設置されたなんて話もあったりするんですけど。
はい、はい。
うん。
ただ、なんか知らないけど裏輪にしようってことになって裏輪になりました。
そのあたりですよね。なんだろう。なんだろう。その、うーん。
もともと裏輪にその建物があったから単純にそういうことなのか。
ああ、はいはいはい。
そういうこと?
12:00
確かにそういう説もありますよね。
で、これがですね。
うん。
あの昔の岩月町長がその後年になって、なんかこんな話だったみたいよ、この戦つみたいなことを。
へー。
なんか述べてるのがあってですね。
ほうほうほうほう。
まあ昭和10年とかになんかその話があったんですけど。
はいはい。
まあそのもともと岩月に置かれる予定だったと。
うんうんうんうん。
で、ただですね、その時にえっと、まあその仮庁舎みたいなのも置かれて。
はい。
実際になんかその業務みたいなこともやろうとしていたと。
へー。
で、この埼玉県が設置されたときの初代の知事っていうのが、えっと野村さんって方なんですけど。
野村さん。
はいはいはい。
この人鹿児島出身なんですね。
鹿児島?
はい。
はい。
まあ鹿児島出身ですよと。
ほうほうほうほう。
で、2代目の埼玉県知事になる人は知らね助けっていう、なんかいろいろな名前出てくる人なんですけど。
その人も長州藩市で、山口藩とかそういったところでも業務してたような人なんです。
まあいわゆる、その当時でいうところの、いわゆる新政府にズブズブ側だった藩だったわけですよ。
確かに。確かにね。そっかそっかそっかそっか。
はい。
そうですね。
で、これをですね、その時岩月藩から岩月県に変わってその後埼玉県に変わるじゃないですか岩月って。
はい。
なので岩月の元藩市みたいな人もいて、その人がその廃藩地権の後に、いわゆる武士の仕事っていうのがなくなるわけで。
あー。
なので、いわゆる県庁職員的なところで職員として採用させてもらえないかというような希望を持ってた、有力な家柄の藩士みたいな人がいたんですけど。
はい。
まあちょっと頭があんまり良くなかったので採用されないと。
なるほど。
うん。
で、なった時にその人がどういうことに出たかというと、岩月に作った仮庁舎の前にちょっとした刀を持って、いろんな新政府の悪口じゃないですけど、そういうことをやみったらしく喋ったりとかして、ちょっと軽く暴れたと。
15:02
ほうほうほうほう。
で、それを結構何でしょうね、何日もたぶん継続けたんですね、毎日のように。
はいはいはいはい。
で、それを見てた役人たちが、ここに県庁、まあこんな人がいるところに県庁置かなくてもいいんじゃない?ってなって。
あー。
で、まあ岩月じゃなくて裏輪にしたみたいな説もあるんですよね。
あー。ちょっとね、裏目に出ちゃったというか、なんか。
それはまあ元庁長の話として残ってるので、結構もしかしたら本当に聞いた話なのか、まあどうなのかだったところはありますけど。
なんかこれ新聞とかにも載ったらしいので、この話が。
あー、だいぶ信憑性が高い。
あるのかもしれないですけど。
そう、なんかそんなことがあって。
うんうんうん。
そう、埼玉県に本来岩月に省庁置くから埼玉県になるはずだったのに、埼玉県じゃなくなって裏輪になって。
うんうんうん。
っていうことが起きちゃったわけなんですね。
そのあれですね、事件がなかったら、もしかしたら今の所在地は岩月だったかもしれないと。
最初から裏輪だったらもう足立県だったかもしれない。
あ、確かにそっか。全く違う展開になっていたと。
そうなんですよ。
そう。
なんで、その後まあ、ゆるま県と、まあ今ゆるま県埼玉県がある状態ですけど、ちょっといろいろあって、ゆるま県と群馬県が統合して熊谷県というのができるんですけど。
あ、熊谷に。
はい。で、まあ今の群馬と埼玉の西半分みたいなところが熊谷県になるんですけど。
で、その後に明治9年になって、その熊谷県のうち、もともとゆるま県だった方が、もともとあった埼玉県とぐっついて、一つの埼玉県というふうになったと。
いうことで今の大体の埼玉県の形ができあがるってわけなんですね。
へー。そういう期末が、へー。
だから全然埼玉っていうワード、関係ないっちゃあれなんですけど。
それこそ今の埼玉市とか最初って大宮と浦和と世野が合併して埼玉市になりましたけど、あそこ埼玉っていうもともとのワードと全く縁もゆかりもない場所ですかね。
全然違いますね、確かに。全然端っこの方だし、もともと。
で、その後岩月が合併したんで、まあもともと埼玉郡だった岩月が合併したが、まあギリ埼玉かな。
ギリ埼玉になったかなっていう。そうなんだー。そうなんですよ。
いや全然そこのところ、知らんかったなー地元なのに。
18:05
でもあれじゃないですか、埼玉の地名の発祥みたいなのが、埼玉の古墳群とか埼玉神社にあるみたいな、そんな話は聞いたことあったりするんじゃないですか。
確かに。それはすごい聞いてました。
でもあれもその群の名前の由来になったっていうことなんで。
そっか、そうなんだ。
なんでそんな遠く離れたところが埼玉県っていうその県の名前にまでなったのかっていうと、
まあこんな感じで、県庁の置く場所っていったところが群の名前から取られて、県の名前になるよというような仕組みがあったんだけど、
それがなんかうまいこと行かなかったというか、予定だったものがそのまま行っちゃったと。
っていうので今の埼玉県という状態になったんだっていう感じなんですね。
そういう流れだったんですね。
勉強になります。
すみません、ばーっと喋っちゃいましたけど、いかがでしたでしょうか。
すごい勉強になりましたね。
本当になんか全然こう、そういうところが発祥だったと全然気にも止めてなかったんです。
あ、そうか。でも最終的にその、結局群馬の方もあれですね、群馬に戻るというか。
なんていう。
群馬に戻る。
あ、えーと、群馬と入馬が、あ、ごめんなさい。
あー、はいはい。群馬と入馬がガッチャンコして熊谷県になりました。
で、まあ今となっては熊谷も一つの埼玉県の一部になりましたし、群馬はもう群馬県としてね。
そういうこと。はいはいはい。
あ、もともとですね、入馬県と群馬県ってあれなんですよ。
もともと群馬県っていう県が今の群馬県と同じような感じであって。
で、それに、入馬県の中に実は熊谷入ってるんですよね。
おー。
で、それがくっついたんですけど、入馬県のままだと、まあ入馬って川越えが中心の場所じゃないですか。
はい、そうです。
そこだと、群馬の北の方とかの全然中心じゃなくてもう南寄りなわけですよ。
うーん。
中心が、象徴が。
なんで、もうちょっと北側の熊谷に象徴を置いて、熊谷県って名乗ったっていうことなんですね。
あー、そういうことなんですね、そっかそっか。
そうなんです、そうなんです。
そういうこと。
はい。
なんで、まあもともと入馬県の中には熊谷も入ってたんですけど。
あ、わかりました。
はいはいはい。
そっかー、そんな流れがあったんだなー。
そうですね。
21:00
だから県の名前とかって実はさっき言った軍の名前から来てる県の名前とかって結構あったりとかして。
確かによく考えたら江戸時代に聞いたことない名前がそのままなんでしょう。
急に明治時代になって県の名前に採用されたな、採用されてるな、みたいなのって結構多かったりとかするんですよね。
そういう理由だったんですね。
そういうね。
軍からってことで。
そうですね、だからよく県庁所在地と県名が違うところとかあったりするじゃないですか。
あー、確かに確かに。
あれもまあ全部が全部じゃないですけど、さっきの川越と入馬とか浦和と足立。
まあ足立は実際には採用されなかったですけど、そういうような感じで、軍の名前と都市の名前が違うからっていうので連れてるっていうのもあるんですね。
なるほど、そういう理由だったんだ。
へー。
ってことをちょっと調べたら面白かったんで、ちょっと喋ってしまいました。
いやー、面白いっすね。
なんかそういうの、いや全然本当にその由来というかを気に留めてなく。
いやー、ちょっとこれを機にもう少し詳しく知らないとな。
本当に詳しく調べないとな。
最後にお知らせですが、この番組は各種PodcastとYouTubeで配信されています。
番組あてにご意見ご感想などありましたら、番組説明欄にGoogleフォームのリンクがありますのでそちらから何でも寄せください。
YouTubeでお聞きの方はチャンネル登録、高評価、コメントなど残していただけると嬉しいです。
はい、ということで、最後また振り返りみたいな感じになりますけど、どうですか?
どうでしたか?
いやー、なんかむしろすいません。
本当におやおやと過ごしてた自分が恥ずかしかったというか、そういう流れで埼玉というものが出来上がったということですね。
本当にこの番組のおかげですごく知ることができました。
最初に言っとけばよかったですけど、私全然個人で調べてるだけだったりとかするので、半分あってて半分あってないとか、ちょっと簡単な説明にしてはしょりすぎてるとか、そういうところ結構多かったりするかもしれないんで。
いやいやいや、とても丁寧に分かりやすくいただきました。
じゃあまたちょっと何か話す内容とかあったらぜひ聞いていただけると助かります。
自分でよければ本当にいついても読んでください。
そして何か話したいことがあったらぜひ話しに来てください。
わかりました。歴史とかは全然外観かもしれないですけど、他の分野とかでなんとかできたらなと思いつつ。
はい。よろしくお願いします。
24:00
はい。
ということで、次回もよろしくお願いします。ありがとうございました。
ありがとうございました。
24:24

コメント

スクロール