ディレクションしてくれる方とかとの撮影 打ち合わせをさせていただいて 実際撮ったのは10月の初めだったんですね
であのロケ版が多分2日間あって撮影が2日間あって 計4日でした
で台風がちょうど 前の日に来て撮影延期するか否かっていう判断もありながら
あの前の日に台風が去ってすごく台風一下の中で たぶん1年に1回か2回ないくらいの最高のロケーションだったんじゃなかったなぁと思います
なるほど じゃあもう半年近くてかまぁそうですね3、4ヶ月とかかけて準備が
取材とかねどういうストーリーで紹介するかとかいろんなこう準備があった上で撮影 しかもパーフェクトのタイミングでの撮影になったと
そうですね はい
やっぱすごくなんか洗練された映像だしなんかすごくかっこいい まあ行ってみたいなーって気持ちにさせるっていうか
みねぎしさんご自身の8列型もそうですけどもこう 仲間の皆さんとかカフェの皆さんとか
あのもちろんご家族の団団とかも素敵な雰囲気だったなと あのやっぱそれだけ
みねぎしさんのことを深く掘り下げた いろんな作業があったんだなと改めて思いました
今回のムービーをきっかけに私もぜひ みねぎしさんにお話伺ってみようと
まずそのみねぎしさんは今地元ということをおっしゃってましたけども
キリュウとの関わりということでいうともう生まれも育ちもこのキリュウっていらっしゃいますか
そうですね生まれも育ちもキリュウで18歳で地元の高校を卒業するまでずっとこの街であの生活して遊んでました
今回ムービーの中に出てきた街並みとか 旗織りのね木の織物で有名なあの街ということで
僕も遊び身学問なんですけどもそういう昔からの雰囲気のある建物であるとか街並みであるとか
そういったものがもう見慣れた風景っていうことになってるわけですかね
そうですね本当に実家もすごく近くて今住んでる家も本当に映像が映っているところ
花屋さんの映像実は僕の友達の家で 友達の家がすごく価値あるものだとはあんまり気づかずに遊びに行ったりとかしてたっていうところで
自然と歴史がすごく隣にある街というか そんな感じですね
今回登場して今走ってらっしゃる姿が映っていたのはこの東山も身近な場所だということだと思うんですけれども
そういう中でやっぱり山とか 行ったりすることも子供の頃から結構あったなじみの山だったりするんですか
そうですね本当に土曜日とか学校が終わるとみんなでお菓子を持って
あの東山に登ってたっていう期間が多分小学校の頃よく登ってたんですよね
一方でその大きくなるにつれて山と自分との距離が離れていった全然登ってなかったところだったんですよね
山を走るきっかけっていうのが多くのトレイルランナーとかの方も同じだと僕と同じような方もいらっしゃると思うんですけれども
やっぱり株主さんの2011年の激走モンブランを見たときにがきっかけで
株主さんのことを調べると実はキリュー出身で高校時代
怪我をして東山を走ってたなんていうふうなのを調べて
ああそうなんだだからこう有意識あるところなんだなっていうふうに思いましたね
なるほどそうですね株主さんもここねクイリューのご出身でいらっしゃって
なるほどですねそういう出会いというかきっかけもあったということですか
ムービーの中ではこれまでのことも振り返っていらっしゃったんですけれども
一旦そのキリューからですかね東京の方に学生お仕事をそういった形でこうやって戻ってきて
それでまぁもやもやして気持ちを抱えていてという時期もあったというような話があったかと思うんですけれども
天気がそこにあったのかなと思ったんですけど何か差し支えのない範囲で伺えれば
はいちょっとまあ自分のライフストーリーの話になっちゃうんですけどさっき言った通り18歳までこのキリュー
という街で生活しててとにかく東京の豊かさというところにすごく強い憧れを抱いていて
その文化カルチャーを感じるためにはやっぱ現地に行って匂いを嗅がないとダメだというふうに思ったんですよ
でその大学進学のプライオリティというのはとにかく東京に出ることとこの街を出ることっていうふうに思ってたんですね
で折しもその年僕の大学の入学の年が2002年から2000大学卒業までが2006年の4年間で
2002年に日韓ワールドカップがあって で僕半信ファンなんですけど半信がなんと2リーグ優勝2回するっていう
なんかすごく素敵な4年間だったんですよね でその当時のその若者の感若者というか僕の肌感覚として
皮膚的な表現になっちゃうんですけどこう日本っていう社会がすごくいろんな課題が抱えて いるっていうことが分かりつつ
その課題がフォーク風船みたいにでっかくなってきていてそれをこう力技でこうパッチワークで こう埋めていく
でそのパッチワークのこの多様さとか色合いとか結構ビビットな色彩っていうのにすごく 独特の世界観があってそこにすごく憧れを持ってたというか面白かったな
というふうに思ったんですよね 僕会を介護関係の仕事をしているまあ福祉関係の仕事をしているんですけど
介護保険制度というのが2000年に始まって 大学卒業したのが2006年でいわゆるその新しい市場でまたかつ
この確実に産業としてでっかくなっていくというところで自分で学んできたことを 活かしてチャレンジして
故郷に行こう認識を上げるじゃないですけど成功していきたいという気持ちがすごく強かった っていうのであったまあ大学卒業後も3年間仕事をしてたんですよね
初めて社会に出る中でもうこうありたい自分というのはすごくビジョンとしてでかくあったんです けれども
やっぱりうまくいかない部分がすごくあってまあこうでしっかりない自分っていう ところの折り合いがなかなかつかずになおかつその自分の能力っていうのがすごく
ちっちゃいっていうふうに思ってなんだろう モヤモヤしてたっていう表現があれなんですけど
東京で学科の大工卒業されて東京でお仕事をされながらなんかこう なかなか思うようにいかないというかまあこの理想とのギャップとかなんですかね
そういうことですねだからそういうところですごく悩んでいて でそういうことって前マイナスなことって夜考えるとなかなか眠れなく
寝つけなくなってきて これはちょっとやばいやばいなって言い方があるんですけどちょっと精神的にも何回あんまり
良くないなというふうに思ったんですよね このままではダメだということではいまあ地元に
戻るというかそこでちょっとこう新規一転しようということになったんですかね そうですねあのやっぱ自分の街があの好きだっていう気持ちでじゃあ何をしたいのか
って考えた時にやっぱ自分が育ってきた街のために何かできないかっていうふうな思いの 一方でやっぱ圧倒的に都知館っていうのが僕の中ですごくあって
あのやっぱ 高校の同級生で東京で頑張ってる一戦でやってるやつもいる中で
俺は帰らなきゃいけないのかっていうふうにちょうど思い出すんですけど3月の31日 まで仕事してて
で車で帰ったんですけど4月1日から新しい仕事に入ったっていうところがあったんです けどそこの切り替えもすごくあの自分の中では
なんだろう圧倒的な挫折感もありましたねー まあそこがその天気になってまーこの地元に戻られたわけですけれども
その頃はもうランニングとかそういうこと登山とかそういうこととかスポーツはどんなこと にされ全然何もしてなくてね
はいでも10キロ多分1時間 走れない1時間切るか切らないかぐらいで
走ってた頃だったと思うんですよねそれこそ次の日動けなくなるような あのその当時多分70キロぐらいあって
今から12、3キロ増え太っちゃったんですよね 東京の節制な暮らしで
そうですね そうするとまあやっぱりじゃあスポーツからもほど遠いしまあなかなか山に行ってとか
っていうこともあんまりなかったのかなと思うんですけど 何かそういう地元に戻ってきて
こう少しずつなんか 生活が変わる中で
走ってみようとか山に行ってみようとかっていう気持ちになるんですね カブラキさんのあの激走モンブランを見て
ものすごい飢えた男の目をしていらっしゃったんですよね ここにもカブラキさんにこう人生を変えられた人が一人
そうなんですよねカブラキさんのそのなんだ本とか読むと自分もその 瀬田に行って箱根に入れずに県庁職員で
あのそれこそお酒やらないやらっていうのがあって で走ってみたら気持ちよかったみたいなそのストーリーっていうのを
あの読ませていただいてなんかすごく自分とカブラキさんを重ねるじゃないんです けれどもすごく
あのそれ多い方なんですけれどもなんて言ったら憧れっていう言葉が多分一番適切 かなと思うんですけどそんな感じですね
自分もなんか山に行けば走ってみれば変わるかもしれないと いうそういうあの飢えた目になれるんじゃないかなと思う
これがキーワードですね
最初にこう足を向けた山そういう経験がどこでどこに行かれたか今でも覚えてらっしゃったりしますか
そうですねやっぱりその東山に最初は行きましたねあの少年時代の思い出があったんで まあ簡単に登れるんだろうなぁなんて思ったら
40分ぐらい多分かかって今のセグあの 先も言ったんですけど東山のセグメントストラバのセグメントっていうのがあって
あのたくさんの人がそこでいろんなタイムとか記録が 積み重なっているのストラバで見ることができますけど
だいたい1.6キロぐらいだったかなそれで標高が320メートル30メートルぐらい上がるっていう感じですよね
かなり急なあのちょっとこう 多分普通にはちょっと駆け上がることなんてとても無理みたいな
動きであのかなり急なところだと思うんですけれどもと言ってみるとただ苦しかった だけですだけでもなかったって感じですけどやっぱりなんかいいなぁと思った
そうですねあの 一つ目3つあると思うんですけどまず一つ目はさっき
夜マイナスなことを考えちゃうというふうなお話をさせていただいたんですけれども 一つ目が身体的な疲労によってすごくよく眠れたっていうのがその
初めて行った日に思ったところだったんですよね あとはいつも朝こうご飯食べる前に行ってて
すげー朝ご飯が美味しくなったっていうのが2点目 で3点目にポジティブなすごく前向きな気持ちになれたっていうのがすごく運動を通して
スポーツを当時して通して私が感じることでした D循環がそこからなんか始まったみたいな
そうですねあの 朝焼けがすごく朝焼けの時間が僕一番好きでこう
夜明け前が一番暗いって言うことがあるように真っ暗な中でこう 東の空が明け染めていく様子がモルゲンロートが見える中でその今まで
すごい暗い人生人生そんな暗くもないんですけど あんまりいい気持ちじゃないところにいる自分もやもやした気持ちを抱えた自分と
ゆっくりこう 日が上がっていく様子っていうところに自分の心情みたいのを重ね合わせて
なんだろうこう これから頑張ろうみたいなところをその景色を見ながら
結構感じてたなーって思いますね 今思い出すと
山その地元の子供の頃から見慣れていた東山がこう 疲れて帰ってきた
にいさん地元に戻ってきたミスをこう まあいい方向にこう
向かわせてくれたっていうそうですねうん いやのムービーの中でご覧になった方もあの
曜日の通りであのもう今やもう 東山にのボル人で見えしいうことを知らない人はいないと
言われるまでにはあのもうなんだろう猫そこをこう言ってあとまあ多分ご自身だけじゃ なくて何にチーム
クラブチームを通じていろんな活動されていると思うんですけれども 東山の1.6キロ320メイトル30メートル登るっていうこの
セグメント今に入りさんとってどんな存在自分の人生をいい方向に向けてきて くれてどんな
存在っていうかそうですねなんか僕の人生において欠かせない存在というか 本当家族のように
まあ思ってるっていうところでやっぱりすごくあず山手紀流の人たちにとってシンボリック なまちあの山で8
小中学校のこの高価まあ高校もそうなんですけれども 効果にその参用っていうのが歌われていてやっぱりその距離的にも心情的にもすごく近い
っていうやっぱシンボリックな山なんですよね で本当にあずま山がきっかけでさっきはささんがおっしゃったように僕自身の成長だったり
とか あと仲間とのつながり作りができたっていう部分においては本当に感謝のしようがないという
ところであって なんかすごく本当にホームマウンテン
僕の心の拠り所の山っていうのが一番適切な表現なのかな またそのセグメントもまあそういったところかなって思います
リースさんにとってもやっぱりコストラバのセグメントっていうのがなんか なんか自分自身のモチベーションだったりとか活用というかなんかされてるかなとか
はいそうですねあの2つの意味が僕あると思っていて 1つ目がその記録の管理っていうところで自分の
努力だったりとか記録がどういうふうに反映されたかっていうのを確認するもの差しじゃない んですけれどもそういった部分と
合わせて先ほどの様子のが一種おっしゃったように仲間とのコミュニケーションっていう ところがすごく大きな要素かなっていうふうに思っています
例えばあのムービーの方に出てきた大蔵くんがストラバ使ってるんですけど あのすごい成長の過程が彼の見えてたりとか
あとは努力をしている仲間とコミュニティメンバーが努力している姿をその
ストラバのアプリを通じて見れたりとか あとはセグメントの分析みたいなところであの
このルートが一番近い 例えば本当50センチ30センチどこの岩に足を置いた方が早く行けるだとかっていう
ところを仲間とこう議論しながら やってるというところでコミュニケーションの一つなのかなっていうふうにその
2つの要素自分の記録の管理と仲間とのコミュニケーションというのがこのセグメントの 意味と価値っていうふうに僕は思っています
フォローし合っている中とかだとこう 通知が来たりしますよねやっぱそういうの見てですね誰かその
ミニさんの仲間の皆さんもまたミニさん今日も行ったんだなぁとか 明日も昨日も行ったなぁとか
何時ぐらい行ったなぁとかそんなことこうなんかこう感じそういうことを思ったりもされてるんですかね 仲間との交流でこういう使い方がなんか面白いとかおすすめしてみたい
ということがあれば工夫とかあったりしますか そうですねやっぱセグメントを探してやっぱ
どんなセグメントその人が行ってるのかっていうのも見るのもすごく楽しいっていうの と群馬のローカルヒーロー牛田さんがストラバ使ってらっしゃってて一時期その
牛田さんがこう 群馬県内のこのセグメントを荒らし始め荒らしって言い方がねなんですけどリーダーボード荒らしみたい
のを1回1回というかやられてた時期があって 牛田さんが来たぞみたいな感じでこう
女のも楽しめたりとかあとはその純粋にその地図が好きなメンバーとかもいて あのそういったところであのここらへんに今度行ってみましょうみたいな話だとか
そういったところもすごく盛り上がったりしてますね
あのさっきそういえばそうあの アズマヨのセグメントをちょっと開いてみたらリーダーボードでも今このインタビュー時点でのトップは牛田さんでしたよね
けど秋ぐらい9月か10月ぐらいですね
その頃に牛田さんが県内のそのセグメントのリーダーボードをセグメント荒らし
すごいなぁ
なかなかトップアスリートじゃないとできないことではあるんですけれども
牛田さんらしいというかコツコツなんか積み上げていく感じがなんか
牛田さんのスタイルに合うなというか
ちょっと話を広げて伺えればと思うんですけれども
ムービーの中でもおっしゃっていたのがこうスカイランニングにすごく力を入れてらっしゃると
クラブチームとかもねご自身が代表を務めてらっしゃるクラブチーム
キリュースカイ481っていう見方でいいですかね
こういった活動もされてるんです
どういうことなんですけれどもスカイランニングのどういう点が行かれるところがあるというふうに思われますか
バーティカルというところでその垂直方向への気持ちっていうのがすごく
面白いトレイルランニングにはない面白さなんかなというふうに思っています
最初はやっぱり株主さんの影響があってエンデュランスっていういわゆるその長い距離のところに
憧れてた部分があったんですけれどもちょっと家庭的な事情で子どもが
生まれてなかなか家を離れられないという中でパンパンって行って来れる
短いいわゆるその楽しみ方っていうのが求められている中でスカイランニングっていう
JSAの代表の松本君と僕同い年で群馬県出身っていうこともあって
彼のビジョンっていうところにすごくこのスカイランニングを一流スポーツにしたい
地域スポーツにしたい障害スポーツにしたいっていうところでそのミッションというか
にすごく共感するところがあってスカイランニングを始めたっていう経緯があります
すいませんうちの息子が
こんにちは
お邪魔してますすいませんパパにちょっとお時間いただいてますすいませんごめんなさいね
スカイランニングっていうスタイル山に楽しみ方されるようになっていって
自分の走ることとの関わり方山との関わり方なんかスカイランニングをきっかけにして変わったこととかって
どんな感じたこととかってありますか
そうですねスカイランニングを通じて変わったことっていうところではやっぱりその山はやっぱり走るべからずっていう中にはいらっしゃる
そういう思いを持った方もいらっしゃる中でやっぱりそのスカイランニングの哲学というのがいかに早くいかに軽く登るかっていうところに
その重きを置いて登山スタイルっていう風に理解をしていて本当に価値観が違う中でこう
どうしても調整しなきゃいけない部分だったりとか妥協し合わなければいけない部分だったりとか協力し合わなければいけない部分というところもある中で
本当に僕自身はやっぱりそのスカイランニングって登山っていうところなのでゆっくり登山することまた登山道の整備っていう部分もすごく重要なファクターだなっていう風に思っていて
今地元の山岳界にもやっぱり私は所属していてよりそのスカイランニングを通じて改めてその自分の登山っていうスタイルと向き合うことができました
みいさんの走ること山との山で楽しむことの楽しみ方の一段広がりが持ったっていう風にことがあるんじゃないかなっていう風に思ったんですよ
地元の山を整備して楽しめる環境を作ろうとか山を通じて地元を盛り上げていこうとかこのキリュウスカイ481
481っていうのは飛鳥山の標高のことですよねチームをみんなと一緒に作られた周りを巻き込もうとか働きかけていくそういう風に一歩進んで走ること
山との変わり方を深めていったっていうのは何かそういうことにきっかけとかもあったんですかね
そうですね主な理由とすると多分2点あって一つがこのキリュウのアドバンテージっていうのがその山と街がすごく近いっていうところで
山はすごく社会資源というか地域資源だなというふうに思っていてこれを活かして
山岳三幹部だからこそできる山岳スポーツっていうところにすごく価値があるなというふうに思っているのが一つです
もう一つがもう僕の完全なあれなんですけどもっとこの早くにこのスポーツに出会いたかったっていうところがあって
やっぱりその株主さんのビデオを見たのが僕が20後半だったんですよね
もっと若い自分からこういう山岳スポーツに出会う機会が環境としてキリュウだったらあったんだけれども
そういうことをやっていらっしゃる方が僕らの知る限りいなかったこのスポーツに触れる機会がなかったっていうところが
僕にとってすごい損失というか残念なことだったなというふうに思っていて
チームを作るきっかけっていうのはやっぱりこのキリュウっていう山と街が近いアドバンテージを生かしつつ
子どもたちにこの山岳スポーツを楽しんでもらいたいという気持ちがあって
このチームを立ち上げたもちろん競技力の向上っていうところもあるんですけれども
その2つの思いでこのキリュウスカイというのを立ち上げたっていうふうに思っています
ムービーの中でもさっきも話題だった大蔵君っていう若い中学生ぐらいの
中3ですね
ご自身の記憶あの美根木さんの記録を抜いてまたこれからもっと早くなるんでしょうかね
若い子どもたちというか集まってくるようになっているというのも
美根木さんがこのクラブチーム通じて活動していらっしゃることの一つの成果ということですね
子どもたちというか10代の若い人たちの反応というか
このスポーツにこういう美根木さんが楽しんでいるスポーツについて
みんなどんなふうに思っているんでしょうね
やってみると楽しいやる前は楽しくなさそうという感じなんですかね
やってみると多分楽しいっていうところなんでしょうね
あまり1回でもいいからおいでよっていうふうにすごく言いたいですね