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2024-08-05 09:45

蛆の効用/寺田寅彦

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作品名:蛆の効用
著者:寺田寅彦

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サマリー

そのポッドキャストでは、人間に評判の悪い蛆について話しています。蛆は古くから清潔係として知られており、腐肉を綺麗にしています。最近では、蛆が繁殖することで傷の治療にも役立つことが注目されています。

蛆の効用
蛆の効用
寺田寅彦 虫の中でも人間に評判の良くないものの随一は、
蛆である。ウジムシメラというのは、 最高度の刑部を意味するエピセットである。
これは彼らが腐肉や粉体をその体重の落土としているからであろう。
形態的には蜂の子や、また貝子とも、それほどひどく違って、
特別に尊敬的に憎むべく、 癒しむべき素質を具備しているわけではないのである。
それどころか、 彼らが人間から刑部される生活そのものが、
実は人間にとって、 意外な祝福をもたらすゆえんになるのである。
鳥やネズミや猫の死骸が、 道端や園の下に転がっていると、
瞬く間にウジが繁殖して、 腐肉の最後の一辺まで綺麗にしゃぶり尽くして、
白骨とうもうのみを残す。 このような死生の清潔係としてのウジの功労は古くから知られていた。
戦場で負傷した傷に手当てをする余裕がなくて、 うっちゃらかしておくと、
可能してそれにウジが繁殖する。 そのウジが綺麗に海をなめ尽くして、傷が癒える。
そういう場合のあることは昔からも知られていたであろうが、
それが欧州大戦以後、 特に下界の方で注意され、問題にされ、研究されて、
今日では一つの新療法として、 特殊な下化的結核症や
オステオミエリチスなどというものの治療に使う人が出てきた。 こうなると今度は
それに使うためのウジを飼育、繁殖させる必要が起こってくるので、 その方法が研究されることになる。
蛆の治療効果
現に、昨1934年のナツーアウィッセンシャフテン
第31号に その飼育法に関する記事が掲載されていたくらいである。
ウジが汚いのではなくて、 人間や自然の作った汚いものを浄化するために、
ウジがその全力を尽くすのである。 尊重はしても、軽侮すべき何らの理由もない道理である。
ウジが成虫になって、ハエと解明すると、 急に立ちが悪くなるように見える。
昔は、「五月映え」と書いて、「うるさい」と読み、
昼寝の顔をせせるいたずら者、ないしは 臭い者への道しるべと考えられていた。
張ったばかりの天井に糞の砂子を散らしたり、 馬の眼鏡をなめただらして、
盲目にする厄介者とも見られていた。 近代になって、
これが各種の伝染病菌の運搬者、 反腐者として、
その悪名を宣伝されるようになり、 その結果がいわゆるハエトリデーの出現を見るに至ったわけである。
著名の学者の筆になる、「ハエを憎むの字」が 現代的科学的習字に飾られて、
しばしばジャーナリズムを賑わした。 しかし、ハエを取り尽くすことはほとんど不可能に近いばかりでなく、
これを絶滅すると同時に、 ウジもこの世界から姿を消す。
すると、そこらの物陰にいろいろのタンパク質が腐敗して、 いろいろの梅菌を繁殖させ、
その梅菌は巡り巡って、やはりどこかで人間に仇をするかもしれない。
自然界のイクイリプリアムは、 試験管内の科学的並行のような簡単なものではない。
ただ一種の小動物だけでも、その影響の及ぶところは、 計り知られぬ無辺の副因を持っているであろう。
その害の一旦のみを見て、直ちにそのものの無用を論ずるのは、 あまりに浅はかな了見であるかもしれない。
ハエが梅菌を撒き散らす。 そうして我々は知らずに、
年中少しずつそれらの梅菌を吸い込み、 飲み込んでいるために、
自然にそれらに対する抵抗力を 我々の体中に養成しているのかもしれない。
そのおかげで、何かの機会に、 ハエ以外の媒介によって、
多量の梅菌を取り込んだ時でも、 それに耐えられるだけの資格が備わっているのかもしれない。
還元すれば、ハエは我々の五体を ワクチン製造所として放食する、
義士、義手のあるいであるかもしれないのである。 これはもちろん空想である。
しかし、もしハエを絶滅するというのなら、 その前に自分のこの空想の誤尾を、
実証的に確かめた上にしてもらいたいと思うのである。 あえてハエに限らず、
動植鉱物に限らず、 人間の社会に存するあらゆる思想、風俗、習慣についても、
やはり同じようなことが言われはしないか。 例えば、野獣も盗賊もない国で、
安心して野天や明け放しの家で寝ると、 風邪をひいて腹を壊すかもしれない。
丸を抑えると三角が暴れ出す。 天然の設計による並行を乱す前には、
よほどよく考えてかからないと、 危険なものである。
1935年2月 自由学校より
09:45

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