動物の感覚と倫理的問題
例えば、かわいい犬が虐待を受けているのを見れば、それはひどいって感じる人がほとんどだと思うんですね。
あとは、普段あまり考えずに肉を食べてたりするんですけど、家畜っていうのはひどい扱いを受けていて、
そういうのを見ると、これは何とかしないといけないっていう気持ちになるわけです。
動物愛護、動物福祉という考えが生まれて、家畜やペット、あるいは実験動物として利用するとしても、
なるべく苦しまないように扱わないといけないっていうふうに社会が変わってきて、ルールができているわけなんです。
さらには、動物にも権利があって、そういうふうに動物を利用すること自体が悪いことであるっていう考えもあるわけなんです。
どの動物を動物福祉の対象にするのかっていうところがあるんですね。
つまり、戦匹をするわけなんです。
いろいろ考えがあるんですけれども、苦しんでいるかどうかっていうのが一つの分かれるところなんですね。
つまり、主観的な感情を持つかどうかっていうところです。
それで、痛みを感じている、苦しんでいるっていう動物は、動物福祉の対象にするっていうことです。
ここでいう痛いと感じる、苦しむっていうのは、単に刺激を感じているかどうかっていうことではないんです。
例えば、虫に針を刺したりすれば、その刺された足を動かしてみたりとか、そこから逃げたりするわけなんです。
でも、それは単に刺激に対する応答だとされていて、感情というものがあるとは考えられていないんですね。
だから、主観的な痛み苦しみっていうのは、そういった動物にはないっていう考えなんです。
こういう主観的な感覚のことをセンティエンスって呼ぶんですね。
一般に脳が十分に発達した動物しかセンティエンスは持っていないと考えられていて、
哺乳類、鳥類、考えにもよるんですけれども、広く見積もっても脊椎動物くらいが持っていると考えられているんです。
それで無脊椎動物、虫とかカニとかイカとかミミズとか、そういうのですね。
そういった動物っていうのはセンティエンスは持っていないだろうって考えられているんですけど、
痛みを感じているかどうかなんていう感覚は主観的なものなんです。
だからなかなか客観的に検証するのが難しいっていうところもあって、あまり調べられていないんです。
今日はハチを用いた巧みなんだけどシンプルな実験で、この点を検証していった研究を紹介したいと思います。
ポッドサイエンティストへようこそ、こなやです。
今日紹介する研究はクイーンズメリー大学のマチルダ・ギボンスらによる研究で、
2022年7月にアメリカ科学アカデミー企業PNASに掲載されたものです。
この研究グループはバンブルビー、マルハナバチと呼ばれるハチを使って研究しているんです。
センティエンス、主観的な感覚があるかどうかっていうところなんですけれども、
単に刺激に応答しているだけか、それとも痛みという感覚があるかっていうのの違いの問題なんですね。
痛みっていうものを定義するときによく使われるものがあって、それがモチベーショナルトレードオフがあるかどうかなんです。
これは動機、モチベーションによってトレードオフをしているかどうかっていう意味なんですね。
でもちょっと分かりにくいので、もう少し具体的な例で話していくとですね。
例えば、歯医者に行って、そうすると治療痛いんだけど、でもそれで歯が治って後々利益があると思うから、痛くても我慢して耐えるわけです。
でも、歯医者でもない素人がいきなり歯をグリグリしてきたらすぐ逃げるわけですよね。
だからメリットが得られるかどうかっていう動機づけでもって、痛みに対する反応が変わっているっていうことなんです。
こういうふうなトレードオフがある場合っていうのは単なる刺激への応答ではなくて、主観的な感覚なんだっていうふうに判断するということみたいです。
で、まさにこの歯医者の例みたいな状態に鉢を置いてみるっていう実験をこの論文では行っています。
2種類の餌から選べる状態にしておいたんですね。
蜂における痛みと栄養のトレードオフ
1個の部屋があるんですけれども、餌が飲める場所がですね、2カ所あるんです。
餌が置いてあるところに色がついていて、一方は黄色、一方はピンクなんです。
黄色の方には40%砂糖が溶けた甘い液体が入っているんですね。
もう一方、ピンクの方は実験ごとに濃度を変えていったんです。
同じ40%か、もしくは30、20、10っていうより薄い液を入れておいたんです。
いつも濃い40%の砂糖の液が入っている黄色の方にはホットプレートが設置してあるんですね。
まず最初にホットプレートをオフにしておいて、鉢をこの部屋に入れます。
そうすると動き回って両方の餌を舐めるんですけれども、やっぱり砂糖の濃度の濃い方が好きで、この濃度の高い方で飲むことの方が多いんです。
こういうふうに色と砂糖の濃度を鉢に学習させておいたんですね。
次に黄色い方に設置されているホットプレートをオンにします。
この温度っていうのが55度で、これぐらいの温度だと熱くて多分痛いんで何もなければ鉢はその場から逃げるんです。
でも怪我はしない程度の温度っていうことです。
この状態で鉢が黄色とピンクどちらの方で飲むことが多いかっていうのを調べていったんです。
その結果なんですけれども、55度っていうのは餌がなければ熱いんで逃げる温度なんだけど、我慢してっていうところなんだと思うんですけれども、そこで餌を飲んでたんですね。
しかもそうするかどうかっていうのが、反対側、ピンクの熱くない方の砂糖の濃度で変化したんです。
熱くない反対側の濃度が10%だった時は、ほとんどホットプレートのある黄色い40%の方で飲んでいたんです。
でも反対側が20%とか30%の時は少しはその薄い方で飲んで、熱くない方も40%で、熱い方と同じであった場合には熱くない方、ピンクの方で飲む方が多かったんです。
ということは、蜂は熱くて嫌だ、痛いっていうのと、砂糖の濃さ、つまり栄養の多さとのトレードオフをしているっていうことなんですよね。
反対側が薄くて熱い方で飲むことのメリットが多ければ我慢するけど、反対側の濃度が上がると我慢するメリットが小さくなるので我慢しなくなるっていうことなんです。
これって最初の排砂の例と全く同じようなことなわけで、同期付けによるトレードオフを蜂もしているっていうことが示されたわけです。
こういったトレードオフをすることが感覚を持つことの定義であるのであれば、蜂も感覚を持つかもしれないっていうことなんです。
もちろん蜂がどう感じているのかっていう主観的なところはわからないので、これが蜂が痛みを感じているっていうことの正式な証明ではないと論文の筆者自身も言っていました。
でも今回の実験では、まず蜂に色と砂糖の濃度を記憶させているんですよね。
その結果、行動を変えるっていう高度なことをしているわけで、学習が関わっているならこの現象には脳が関わっているっていうことなんです。
そうなってくると、動物福祉の観点からは蜂みたいな昆虫も保護の対象にしないといけないのではっていう倫理的な問題が生じてくるわけです。
無脊椎動物の感覚の認識と倫理的問題
論文の筆者らもその点を言及しているんですけれども、そうすると自分たちの実験はやりにくくなるっていうのもあるし、その影響っていうのは大きいので、なかなか正義と皮肉に富んだ話だったなと思いました。
実は無脊椎動物でこのような研究が行われたのは初めてではなくて、ヤドカリでの研究もあります。
電気刺激と殻を放棄して逃げるかみたいな実験で、そこでもトレードオフをしているっていう結果だったんです。
こういった研究をもとにイギリスでは甲殻類も痛みを感じると法的に認識されています。
今回の研究で虫も痛みを感じるかもしれないっていうことなんですね。
おそらく今まで調べられていなかっただけで、やってみればもっと色々な動物で同じだっていうことがわかってくると思うんです。
だからこの定義でいいのかっていう問題もあるし、そんな風にわかった上でどうするかとか、色々問題を生じるところなんです。
日本では一寸の虫にも五分の魂っていう言葉もあって、仏教的浸透的な考えだと思うんですけれども、
すべての生き物あるいはすべてのものに魂があるっていう考えもあるんですよね。
だからむしろこういった蜂にも感覚があるっていうことを示した今回の研究っていうのも当たり前のように受け入れやすかったんではないかなっていうところです。
じゃあ今日はこの辺で終わりにしたいと思います。最後までお付き合いありがとうございました。