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飴玉 新美南吉
春の暖かい日のこと。 私舟に二人の小さな子供を連れた女の旅人が乗りました。
舟が出ようとすると、 おーい、ちょっと待ってくれ。
と、土手の向こうから手を振りながら、
侍が一人走ってきて、舟に飛び込みました。 舟は出ました。
侍は舟の真ん中にどっかり座っていました。 ポカポカ暖かいので、そのうちに居眠りを始めました。
黒い髯を生やして、強そうな侍が、
こっくりこっくりするので、 子供たちはおかしくて、
フフフと笑いました。 お母さんは口に指を当てて、
黙っておいで、 と言いました。
侍が怒っては大変だからです。 子供たちは黙りました。
しばらくすると、一人の子供が、
母ちゃん、飴玉ちょうだい。 と手を差し出しました。
すると、もう一人の子供も、
母ちゃん、あたしにも、 と言いました。
お母さんは懐から紙の袋を取り出しました。
ところが、 飴玉はもう一つしかありませんでした。
あたしにちょうだい。 あたしにちょうだい。
二人の子供は、両方からせがみました。 飴玉は一つしかないので、
お母さんは困ってしまいました。 いい子たちだから、待っておいで。
向こうへ着いたら、買ってあげるからね。
と言って聞かせても、 子供たちは、
ちょうだいよ。ちょうだいよ。 と、だだをこねました。
03:07
居眠りをしていたはずの侍は、 ぱっちり目を開けて、
子供たちがせがむのを見ていました。 お母さんは驚きました。
居眠りを邪魔されたので、 この侍は怒っているのに違いない、
と思いました。 おとなしくしておいで。
と、お母さんは子供たちをなだめました。 けれど子供たちは聞きませんでした。
すると侍が、 すらりと刀を抜いて、
お母さんと子供たちの前にやってきました。 お母さんは真っ青になって、
子供たちをかばいました。 居眠りの邪魔をした子供たちを、
侍が斬り殺すと思ったのです。 飴玉を出せ。
と侍は言いました。 お母さんはおそるおそる飴玉を差し出しました。
侍はそれを船のヘリに乗せ、 刀でパチンと二つに割りました。
そして、そーれ、と
二人の子供に分けてやりました。 それから、
また元のところに帰って、 こっくりこっくり眠り始めました。