ごんの優しさ
3 氷獣が赤い井戸のところで麦を研いでいました。
氷獣は今までおっ母と二人きりで貧しい暮らしをしていたもので、おっ母が死んでしまってはもう一人ぼっちでした。
俺と同じ一人ぼっちの氷獣か。 こちらの物置の後ろから見ていたごんはそう思いました。
ごんは物置のそばを離れて向こうへ行きかけますと、どこかでイワシを売る声がします。
イワシのヤスリだーい。 息のいいイワシだーい。
ごんはその威勢のいい声のする方へ走っていきました。 と、ヤスケの狼さんが裏戸口から
イワシをおくれと言いました。 イワシ売りはイワシのカゴを積んだ車を道端に置いて
ピカピカ光るイワシを両手で掴んでヤスケの家の中へ持って入りました。 ごんはその隙間にカゴの中から5、6匹のイワシを掴み出して元来た方へ駆け出しました。
そして氷獣の家の裏口から家の中へイワシを投げ込んで穴へ向かって駆け戻りました。
途中の坂の上で振り返ってみますと氷獣がまだ井戸のところで麦を研いでいるのが小さく見えました。
ごんはうなぎの償いにまず一ついいことをしたと思いました。 次の日にはごんは山で栗をどっさり拾って
それを抱えて氷獣の家へ行きました。 裏口から覗いてみますと氷獣は昼飯を食べかけて茶碗を持ったまま
ぼんやりと考え込んでいました。 変なことには氷獣のほっぺたにかすり傷がついています。
どうしたんだろうとごんが思っていますと氷獣が独り言を言いました 一体誰がイワシなんかを俺の家へ放り込んでいったんだろう
おかげで俺は盗人と思われてイワシ屋の奴にひどい目に合わされた とブツブツ言っています
ごんはこれはしまったと思いました 可哀想に氷獣はイワシ屋にぶん殴られてあんな傷までつけられたのか
ごんはこう思いながらそっと物置の方へ回って その入り口に栗を置いて帰りました
次の日もその次の日もごんは栗を拾っては氷獣の家へ持ってきてやりました
その次の日には栗ばかりでなく松茸も2、3本持っていきました
