シチューの鳥かな。
そう、シチューの鳥。
これもなんかね、ことわざみたいなのが一応有縁としてあって。
手の中の鳥。
そうそう。
手の中の、シチューの1話はギャブの中の2話の価値がある。
ということわざがあるらしい。
あーなるほどね。はいはいはい。
鳥を得たいと思っている人は、
ギャブの中から姿の見えない複数の鳥の声が聞こえると、
そちらを捕まえに行きたい気持ちになってしまう。
ただ、1話の鳥を手のひらに掴んでいるのであれば、
不確かな2話を追いかけるよりも、
もうすでに掴みかけている1話を、
しっかり捕まえる方が価値があるんじゃないか、
みたいな話がことわざとしてあって。
これもエフェクチュエーションの中で構成している第一章みたいなものになるんですけど、
今持っているものとか、今の自分がどうだとか、
例えば今ある人脈みたいなところで、
何ができるかっていうのを考えようというか、
考えているみたいなのがこのシチューの鳥の原則で、
結構ここも経営者として、
いろんな事例挙げられてるんですけど、
今自分がこれできるからここやってみようみたいなことから、
それこそいろんなレモネードの法則とか、
いろいろこれからお伝えする他のパーツが掛け合わさって、
進化していくんですけど、
目の前にあるところとか、
今あるものからまずは選択肢を考えよう、
みたいなのがこのシチューの鳥の原則で、
これもコーゼーションと対比してみると、
コーゼーションだと今あるものじゃなくて、
理想的にこういうものがあったらいいなから始まる。
例えばどこどこを目指そうってなった時に、
まずはこういう車が必要だよねとか、
こういう飛行機だったらいけるんじゃないか、
じゃあそれを作ろう、みたいなところから始まるんですけど、
たぶんエフェクチエーションは、
一旦友達に車の運転手いたから連絡してみようかなとか、
そういえばなんかうちの実家で、
こういう乗り物作ってくれてる人いたなとか、
もしかしたらもう今道路にいるんだから、
ヒッチハイクしてみようぜ、みたいな。
予測不能なところに対して、
まず自分の持ってる選択肢をやっていく、
みたいなのがこのエフェクチエーションのシチューの鳥の原則。
これもレモネードとかと似てるというか、
つながってくるんですけど、
僕もこれすごい元々好きな考え方というかで、
ブリコラージュっていう言葉があって、
マネマさんと収録しない場で一回話したことあるんですけど、
それも同じような意味で、
今あるもので何かを作ろうみたいな、
そういうもの。
冷蔵庫の中にあるもので、
ヨークさん作ろうみたいな。
それはまさに本の中で書いてました。
そうなんだ。
分かりやすいから。
その例えでいいんだ。
主婦はカレー作ろうってなった時に、
カレーの素材を買いに行くのがコーゼーションで、
とりあえず冷蔵庫にあるもので何か作ろうが、
エフェクチュエーションっていうのが。
これ最初に話すの良かったな。
なるほどね。
って言われてて、
でも目的はお客さんとか家庭であれば、
家族に美味しい料理を食べさせたいが目的で、
そのたどり着き方はどっちも別に不正解とかないんだけど、
ちょっとアプローチが違うよねっていう話で、
未来が予測不能になってきているこの時代、
コーゼーションよりもエフェクチュエーション的な考え方をしていく方が、
すごく大事なんじゃないかみたいなことがトータルで語られてて、
結構新しいんで、
2024年のマーケティング大賞みたいな受賞してるような本だったりするので、
割と日本にこの考え方来てるの最近だったりもするんですけど、
どうですかこの主柱の取りの原則で何か。
良い話だなと思うけど、
意外とそれって気づかない話でもあるなと思って、
車で移動しなきゃいけないよねみたいな時に、
じゃあ今からレンタカー借りてみたいなこととかって、
もしかしたら不確定なことかもしれないけど、
じゃあそれよりももっとヒッチハイクした方が早くないみたいなこととか、
友達をドライバーにしようが早くないみたいな話って、
手元にその手段があるってことに、
そもそも気づくことが難しいみたいな話でもあったりするじゃないですか。
だからそれに気づけよっていう教えなのかなって思って。
まあ確かにその文脈もあるかもしれない。
自分が何を持ってるかをしっかり知っておきましょうみたいなところも確かにあるかも。
し、たぶんそこを意識的に何かにつながるかもしれないって思って、
すべてのものと付き合っているっていうその態度みたいなものが、
結構そういう経営者的なことの大きなベースになってるよみたいなことかもしれないです。
例えば名刺交換した相手も別に覚えてないじゃないですか。
普通はっていうかそんなみんなみんな。
でもなんかそのあの時のあの人そういえばとか、
あの時のあれそういえばとか、
なんかそういうことのチャンスをいちいちこう自分のものにできるというか、
そこに縁を引き寄せるみたいなことが確かに大きく語られているのかもしれないですね。
なるほどね。
シチューの鳥の原則で面白かったのは
Who I amもこのシチューの鳥の1個だって。
それはそうだと思った。
だから自分がどういう人間で何をやりたいのかとか、
何に喜びを感じるのかっていうのを知っておくことも、
シチューの鳥を増やすというか、1個なんだっていう。
この自己理解についても触れられてて、
それは確かになっていうのも思いましたね。
むしろそれがメインかと思ってましたね。僕も今。
なんかね3つぐらいあって、
何を知っているかとか誰を知っているかと、
自分は誰、何者かみたいな。
その3つぐらいに分類されて語られてましたね。
確かにね。僕も元々PRの出身だったんで、
自分の力で何かがメディアに出るっていうことに
喜びを感じる体になっちゃったんですよ。
っていう自分の自己理解があるから、
自分をPRして、自分を宣伝会議とか雑誌に載せてもらうみたいなことがめちゃくちゃ好きで、
それを趣味でやってたら、それが仕事に繋がってみたいなことになったりするんで、
それもなんか集中の取りよう、自覚してるかどうかみたいな話だね。
そうですね。そこをしっかり把握しましょうっていうところから始まっていくっていうのが、
この考え方なのかもしれないですね。
なるほどね。これはなんかより今刺さったかもしれない。
ちょっと黙りました。
次が許容可能な損失の原則。
出た。いきなり抽象的なやつ。
これ説明しなくてわかっちゃうからつまんないですけど、
これも結構僕とかマネマさんって結構最近行動を起こしがちじゃないですか。
何にせよ。
先にね、行動しちゃう。
リシューアル提案したりとか、自分で何か考えてて、
結構周りからなんでそんなにやれるのとか、すごい行動量あってすごいねみたいなことって結構言われません?最近。
まあね、なんか全然自分の中でエネルギー使ってる感じないんだけど、
ああそうそうそうそう。
言ってもらえることが多いですよね。
なんかどうやってやってるのとか言われるじゃないですか。
なんかそれに対して、いやなんか普通に楽しそうだし、できることやってるなって思って生きてきたというか、最近も過ごしてたんですけど、
ここで教育可能な損失と原則で言われてるのもまさにそんな感じで、
企業とかってすごくこういう準備をしてこれだけの資産があればできることみたいに思われがちだったりするけど、
今のこの未来不確定なこの時代においてそういう企業の仕方ってもう今やってる人いないよみたいなことが書かれていて、
自分がこれだけだったら失ってもなんとかなるっていうところの中で始めるっていうものをみんなやってます。
というのがこの教育可能な損失の原則で、
これは僕も今まさに自分のプロジェクトというか、始めようと思っていろいろ準備してるんですけど、
確かに最初初期費用かかるんですよ。
かかるんだけど、それが1000万ですだったら僕やらないし、やれないですけど、
別に50万でもしかしたらその先に何か新しい種になるかもしれないって思うと、
失敗しても50万だったら別にそんなにダメージあるけど、別に生活できないとかじゃないし、
じゃあやるかって言ってやってるだけなんで、
別にそこになんかリスク取ってやってすごいねとかそういうことじゃないんだよなってずっと思ってたんで、
それがここで語られてて、結構実習企画とかもそうじゃないですか。
なんか損失がない、やったほうがいいって、損失がないし、
シュチューの問いの原則でこういうこと思いついちゃって、
もう提案する相手先もちょっといたから、じゃあやるかっていう感じじゃないですか。
すげーわかる。そうっすよね。
すべてのことに対して1万円でできることもあるし、10万円でできることもあるし、1000万円でできることもあるから、
自分がどこまでだったらポケットマナーでできるかみたいなところでやること決めりゃいいって話だよね。
それは企業にしても自主提案にしても、別に自分がケチで1万円しか出せないって思うんだったら、
別に1万円でできることやりゃいいって話ですよね。
何かを始めなきゃいけないっていうことにハードルを感じてる人に対して、
これ後押しをするようなセクションになってたんですけど、
別にもともとドカーンってやってるわけじゃないよ、みんなっていう。
できる中で、それがお金の話もあるし、時間とかも自分がこの1ヶ月で割ける時間、
これ以上割くと家庭にひびが入るとか、人間関係にトラブルが起きるとかだったら別にやらなくてもいいけど、
ここまでだったらできそうだなっていうところで始めちゃえばいいじゃんっていうか、
そうやってみんな始めてるんですよ、最初の一歩っていうのが改めてここで語られてて、
結構自分が最近考えてることとか、行動してる原理みたいなのに近かったので、
やっぱみんなそうやってるんだってちょっと安心したというか。
なるほどね。これめちゃくちゃ一番刺さったかもしんない、今までの中で。
まだ2個あるけどね。
まだ2個あるけど。まだ2個あるし、タイトル付けはあんまり気に入ってないけど。
でもそうっすよね。めちゃめちゃそうだなと思って。
実習提案の話を最近よくありがたいことに聞かれることが多いんですけど、
その時にまず第一原則として僕も言うのが、
提案することは自分のポケットマネーでケツ吹けることをまず提案しなさいっていうこと言うんですよ。
それと全く同じ話だなって。
一緒っすね。
いやもうめちゃくちゃ刺さりました。
こういうとこから始まって、大きくなってるっていう。
めっちゃ分かる。
今はおっきな会社も最初はそっからだよみたいな。
ところがまあ確かに実習提案からいろいろキャリアを広げていくみたいなこととか。
今編もそうじゃないですか。
確かにね。
損失ないからやっちゃおうぜっていうような。
それってあれじゃないですか。逆に、損失ないからやるっていうことが癖づくと危ないよね。
まあ確かにね。
身銭を切りつつも、そこに耐えられるかどうかっていう覚悟みたいなことも同時に重要かもしれないですね。
確かに。そこの視点を付け加えて心のセクシーを理解しようがいいかもしれないですね。
確かに。確かに。
その次がレモネードの放送。
レモネードね。
これも復習しておくと、新しく出会ったことが予期できなかったものでも柔軟に取り入れようみたいなことなんですけど、
これも許容可能な損失によって始めてみた結果、予期せぬ出会いとか、予期せぬきっかけとか機会があって、
それを柔軟に取り入れていくとまた違う未来が始まっていく。
それって一歩目を踏み出さないと起きなかったことだよねっていうようなことでここが重なっていく。
レモネードの原則によってまた新しい何かに踏み出してみたら、今度は種中の鳥が増えるんです、また。
なるほど。順番になってるところまでとか。
それが相関しながら動いていくっていう感じになってて、だから誰を知ってるかも当然違うキャリアが広がったり、
違う仕事で付き合ってた人とまた繋がったりとか、自分が何かやったことで自分ってこういうのが好きなんだなってより分かって、
それがまた種中の鳥となって次のアクションに繋がっていくとか、そういうことが語られていますっていうのがレモネードの法則。
クレイジーキルとの原則はこれはジグソーパズルと対比されていて、コーゼーションにおいてはジグソーパズル的に何かを考える。
例えばこれはパートナー探しとかっていう文脈で語られがちなんですけど、これもすごい僕共感したところで、
コーゼーションとかジグソーパズルの考え方でパートナーを巻き込むときって、こういうことをやりたいからあなたと一緒にこういうふうにやりたいです。
お願いします。断られる。分かりました。じゃあ大丈夫です。ありがとうございました。
ビジネスの世界でよくある話ですけど、クレイジーキルとの原則はいろんな布切れをつなぎ合わせて、
一つのアートを作っちゃうっていうようなクレイジーキルとっていうところから着想を得ているあれなんですけど、
相手と自分の関係性も分からないから、一旦なんか面白いこと考えませんみたいなぐらいの付き合いで、
いろんな人を巻き込んでいけるかどうかっていうのがこのクレイジーキルとの原則で語られていることで、
とりあえず連絡してみようぜとか、一回なんかこっちからどういうふうに役に立つか分からないけど、
この人と話してみたら面白そうとか、そういうことでつながった結果、一緒になんかこういうことだったらできるかもしれないねっていう、
新しいその想像してないところにつながっていく、そういうルートをでも選択していくのも重要だよねみたいなことが語られていて、
これなんかどうですか。
いやなんかその、なんか他者とのつながりの中で新しい感覚反応が起きるっていうのもめちゃめちゃそうだなと思うし、
あと僕が一個最近めちゃくちゃ意識しているのが、他者を巻き込むことで自分のケツを叩くことになりますよね。
ああ確かにね。
なんか人に話しちゃったからには、なんかやらなきゃダメになっていくじゃないですか。
人って怠惰な生き物だから、人一人でやろうとしたら絶対もう動かない。
家でネットフリ見ちゃうしゲームしちゃうしみたいなことなんだけど、でもその切ると勝手につなげておくと、
この布つなげちゃったから何かアクション起こさないとっていう気持ちで勝手に動いちゃうというか。
その起承の方を僕は結構大事にしてるかもしれないと思います。
確かに。まねまさんいいっすね。この原則に新たな観点を載せてくれてるから、よりなんか余民が深まるみたいな。
ああなるほどね。
確かにそれもありますよね。なんか文中で描かれてて、これまねまさんと重なっちゃって面白かったんですけど、
スティーブ・ジョブズの名言というか過去の逸話みたいなので、多くの人は電話をかけないみたいなこと言ってる。
電話の話。熱いっすね、電話の話。
これまねまさんちゃうみたいになって、ジョブズがもともと子供時代に工作家なんかで電子に興味持ったときに、
なんかこういうこと学びたいってなって、タウンページみたいなものでぶわーって調べて、
たぶんこの会社のこの苗字の人、この街に一人しかいないから、たぶんこの電話番号だって言って、電話かけて、
僕はジョブズって言うんだけど、こういうこと考えてパーツを提供してくれないかみたいなこと言ったら、めっちゃ喜んで面白いやつ来たって言って、
で絡んでくれて、それで結局ジョブズの最初のインターン先とかになって、
でクイックが一緒に仕事するパートナーになっていくみたいな話が書かれてて、
これマナさん言ってることじゃん、よくみたいなこと思いながら、そのパート読んでましたね。
めちゃめちゃいい話ですね。それとあと、その話確かに聞いたことあったかもしれない。ジョブズのね。
それはめっちゃ共感するな。どちらかというと、タウンページ、この街にこの名前のやつ一人しかいないから、タウンページにこの名前のやつがいたら、そいつにかければいいっていう、
その電話かけの手法の方にちょっとときめきちゃうかもしれない。
どうやって探すかっていうのもね、頭が良かったっていうね。
とみたけ 俺もあのテレビのニュース番組の最後に流れるテロップがあるじゃないですか。番組作ってる人の。
あのテロップと見て、そうそう制作見て、で多分このコーナーこの苗字の人が作ってるなと思ったら、
その代表電話から富士テレビにかけて、この誰々さんってこの苗字の人に繋いでくださいって言うと、
あ、知り合いなんですねって感じで繋いでもらえるみたいな。
なんそれ、裏技テクニックみたいな。
とみたけ 電話のテクニックの方にちょっとときめいちゃったかもしれないけど。
面白いですね。
とみたけ まあでもそれもね結局つながりづくりの話ですからね。
だからなんか遠慮しちゃってみんな本当に迷惑にならないかなとか、
これって本当にこっちから行っちゃっていいのかなって多くの人は行動しないんだけど、
そこをなんか別にこっちが何かをお願いすりに行くっていうよりかは、
相手と一緒にその場で生まれる何かを探しに行くスタンスであれば、
そこのハードルも下がるし、そもそもそういうスタンスで人づき合いというか広げていく方が、
可能性がいろいろ広がっていくんじゃないですかみたいなことが書かれてて、
僕もそこはすごいまさにそういう感じだなと思って。
前も話したね、共通の命題をチームで組むときは持った方がいいよねっていうのの、
命題を探しに行くっていうのがまさにこのクレイジーキルトの話なのかなっていうのを重なったりして読んでましたね。
そう、その話めっちゃ今思って、重ねちゃって申し訳ないんですけど、
1個目のシチューの鳥の話があったじゃないですか。
で、シチューの鳥って自己分析、自己理解大事だよみたいな話があったじゃないですか。
で、これとまさに今の話繋がるなと思って、
やっぱその勝手に電話かけて、自分からクレイジーキルト繋げたいって思ってコンタクトしに行っても、
向こうにメリットがなかったら厄介なやつ来たっていう、ただそれだけで終わって失敗体験になっちゃう。
でも自己理解があると、たぶんその少年時代のジョブスは、
子供が大人に熱意を持って話しかけたら嬉しいだろうみたいなことをなんとなく理解してた気がしてて、
だからその自分が子供であるっていう、子供という立場を自己理解した上で、
こんな熱意あるガキがいるぜっていうのをちゃんと出しながら、
その人に電話かけたんじゃないかなと思って。
確かに。ジョブス君が自覚的だったかわからんけど、確かにそうですよね。
だから自分が何者であるかっていうことを、相手に対してどういう取りとして見られるのかっていうことを、
自覚的であるのはすごい重要ですよね。
自分の価値、自分が発揮できる価値を相手に掲示してあげて、
それと引き換えにキルトを繋いでくれっていう交渉をするわけじゃないですか。
主張の通りとクレイジーキルトは、たぶんここ密接にかかってるんだろうなというふうに思いました。
いや、その通りですね。
ベラベラ喋ってきたんですけど、
これがエフェクチュエーションという原理原則みたいなものらしくて、
結構本当に自分自身で、仕事する前からそう思ってたっていうか、
あんまり言語化できてなかったり、
無意識的にそっちの方がしっくりくるなと思ってしてきた行動とかが、
こういう形で書かれてて、
特に今未来が不透明な時代にそういう思考でアクションして、
新しい可能性を獲得していくというのがすごく重要なんじゃないかみたいな本で、
すごく個人的に勇気づけられたというか、
間違ってないんだなみたいなことを思ったので、
ちょっとぜひ、言葉も面白かったので紹介させてもらったんですけど、
いいですね。
総合的にどうでした?
いやなんかこの時代というか、
この時代にすごく大事な書き方だなと思うと同時に、
僕らある沢ぐらいの年代で読む本の、
なんか本読んだ時の感覚として大事だなと思って、
あ、俺が進んでた道間違ってなかったんだっていう答え合わせになることになります。
分かる分かる。
本が。
その感じを入れられてるのがとてもいいなと思って。
確かに僕もすごく背中を押される内容でしたね、と思いました。
確かにね。
本読んで全てが新しい情報だったらなんか、
大丈夫かみたいなね。
あ、そうそう。
それは多分20代前半までなんじゃない?って気がするというか。
確かにね。
まあそういう、これによってね、
エフェクチュエーションというものを今、
シチューの取りとして手に入れたんで、
ぜひね、このリスナーの方々も、
エフェクチュエーション的にはこれどう考えるんだろうみたいなことをちょっと考えて、
なんか意思決定とか行動で迷った時にやってみるといいんじゃないかなと思ったり。
個人的には許容可能な損失の原則が一番好きだったけど、
ネーミングは一番嫌いでした。
クリエイターちゃんとサボんなよ。
そう、サボんなよって。
他全部ちゃんとモノでキャッチーに例えてるんだから、
そこも例えなさいよ。
ことわざとかも一切このパートは出てこなかったんでね。
っていう話もあるんですけど、
っていうことでいろいろ自分もそういう延長でやってきて、
Xでも共有というか、
ご報告したんですけど、
今僕もブランドというか、
立ち上げようと思って、
まさにいろいろ今動いていますと、
いうのもちょっと報告したいなと思ってて、
まさにこのエフェクチュエーションの考え方だなと思って、
僕も自分の地元とか、
自分が好きなもの、
マッシュの鳥みたいなものを活かしながら、
一回始められそうなもの、
いきなりちょっと本当はこういうことやってみたいなっていうのはあるんだけど、
一回自分の今のお金とか時間ででき得るものでやってみようみたいなことで、
ちょっとプロダクトを作り始めていたりとか、
サービス開発し始めていたりするんですけど、
ちょっとそこもまたお話し詳しくしていきたいなと思っていて、
ブランドとして、
僕もこの場っていう名前で、
個人事業主としても、
ブランド支援みたいなことをやってきたんですけど、
そういう自分でブランドを立ち上げていくってなったときに、
この場ちょっと軽いなっていう感じが自分の中でしちゃって、
商品にロゴが載っていったときに、
もう少しどっしりしているものがいいなということとか、
あとあれってクリエイティブワークでコンセプトを考えていって、
言葉で光を灯していきたいみたいなこととか、
そういうことだったんですけど、
もう少し大きな概念として、
ものづくりしていくブランドとして、
谷織っていう名前でやっていこうかなと思ってまして、
谷口の谷と、
あと地元が僕詳細話すんですけど、
織物の町というかで育っているのもあって、
そことの掛け合わせで今ビジネス考えていたりするので、
織物の織とで谷織ですっていうのもありますし、
あと紙とかの山織、谷織みたいな感じで、
思考を内側に、僕内向的なタイプなんで、
山織じゃなくて谷織型で考えているかなっていうのも含めて、
織紙とかの織るも端と端が織らなかったらくっつかないものを、
織るという行為によってくっつけてるっていうことじゃないですか。
なるほど。
これもイノベーションっぽいなと思って、
最初は白紙だった紙を織ることによって組み合わせて、
それで新しい何かを作っていくっていう考え方で、
谷織っていうブランドを立ち上げましたという感じで、
これから本当にうまくいけば法人化とか、
そういうのも目指していきたいなと思ってるんですけど、
これもレモネードの法則とクレイジーキルとの話で、
どんな出会いがこの先あって、
もしかしたら気が変わってまた違うことを言い始めるかもしれないんですけど、
一回そこを許容可能な損失の範囲でやってみようかなと思って立ち上げたので、
エフェクチュエーションのまさに体現という、
体現者として活動していきたいなと思っているので。
すごい。今エフェクチュエーションのすべてを使って説明できましたね。
なるほどね。
人生のね、飛行機のパイロットの気分によってやっていきたいなと思っておりますという、
最後にご報告でした。
自分の人生の操縦感を握って生きていくってことってとっても大事ですよね。
もう今それにしか関心がないです。
いやーわかる。すごいわかる。
なんかもう人の運転してる車の助手席に座って、
こっちの方がいいんじゃないですかってやってることに、
なんかもう飽きてきたというか、
疲れてきたというか、
やっぱ自分でハンドル握って、
瞬間的にこっちなんじゃないかと思った時に、
そっちにハンドルを切れるのって自分で、
で、その車の責任はでも自分で終わらないと、
その意思決定はできないから、
その乗り物を今作り始めたっていう感覚かもしれないですね。
いいですね。いいですね。
そしたらなんか具体的なものとかお披露目されるのはまた今度というか、
そうですね。
次の月でなんですかね。
夏ぐらいには2つくらい、
いろいろ世の中に出していきたいと思っているので、
早速。
ちょっとまたぜひ、
マリアマさんにも相談したいですし、
楽しみにしております。
お披露目させていただければと思います。
はい。ありがとうございます。