谷口さん、僕ですね、昔からめっちゃ苦手なものがありまして。
はい。
それが、お化けなんですよ。
あ、意外と?
意外と?意外とだった?
いや、なんか、そういうものが来ないと思ったんで。
あー、なるほどね。
そっち?っていう意外と。
あー、なるほどね、なるほどね。
いやもう、お化けみたいなのめっちゃ苦手で。
確かに、再現性ないもの嫌いって言ってるから、そういう再現性ない自然化学現象嫌いそうですもんね。
確かに、科学的なものじゃない嫌いっていうのは、そうなのかもしれないけど。
はい。
昔からですね、結構その、本当に怖い話とか家族で見てるのがめっちゃ嫌で。
あー、でも僕もホラーは得意ではなくて。
あ、本当ですか。
家で父親がすごいそういうの好きだし、怖がらせようと思ってわざとチャンネルをそれにしてくるっていうのにダメージを食らってます。
でもやっぱ怖いもの見たらさでね、見ちゃう。
あーまあね、チラッとね、見てはしちゃうんだけど、それでまた後悔するみたいな。
っていうなんかその、お化けが怖い少年時代というか、今もそうなんですけど。
このお化けがなんで怖いのか、構造がわかれば怖くなくなるんじゃねっていうふうに。
やっぱり構造で明らかにしようって言ってるじゃないですか。
分からないのが怖いから、分かったら怖くなくなるんじゃないかっていうふうに思ってですね。
まあ我をもすがる思いで、実はふとですね、昔ある本を手に取りまして。
うん。
読んだ機会がありまして。
でそれが、お化け屋敷プロデューサーという肩書きの、ごみひろふみさんという方のですね、人はなぜ恐怖するのか。
あーなんか面白そう、そのタイトルは。
この本がですね、すごく印象に残ってて。
で、今この本がさらにですね、印象深くなってきてるんですが、その理由が、お化け屋敷と広告クリエイティブって一緒やんって、後天的に繋がってきたからなんですよね。
また新しい発見しますね。
そうなんです。で、この先ふと思い出しましてですね、この本自体は読んだの8年前とか10年前とかなんですけど、だんだん身に染みて定着してきてる感じがあるというか。
でも分かる。昔読んだ本が今の何かと繋がってくるみたいなのは、めっちゃ分かる。
そうそうそうそう。そうなんですよ。で、この本を読んで、自分なりに考えてみて、最初的にちゃんとしっかりあんまり怖くなくなってきたなっていう感覚があって。
そうなんですね。すご。
それもね、ちょっと感動したんで。で、今日はこの本をですね、広告クリエイティブの仕事をしてる人間として解釈してみる話をしたいなというふうに思っております。
楽しみ。
はい。以前ちょっとタニムさんからね、タメセイさんの諦める力という本の紹介をしてもらったんで、ちょっと今後こういう本から解釈を広げていくような回答も話せたらいいなと思ってですね。
初の丸山さん側の本紹介コーナーですね。
ですね。全く僕は本読まないんですけど、数少ない本、読んだ本からのレパートリーをですね。
そのうちの一個がそれなんですね。
人はなぜ恐怖するのか。
それくらいおばけが苦手だったという証明になってる。
そうだね。強烈にやっぱりこれ解決したいっていう思いがあったんですけど。
解決したいってあんまり普通の人は思わない気がするけど。
そうなんですよ。ということで改めまして、路地裏クリエイティブの丸山です。
谷口です。
広告クリエイティブの路地裏にルーツを持つ二人がテーマを持ち寄って語っていくこの番組。
今日は人はなぜ恐怖するのかという書籍を解釈する回でございます。
おもろそうでも。
おもろいんですよこれ。
だって怖くなくなるまでを今追体験させてくれるってことですもんね。
できればね、そこまでいけたらいいなというふうに思って。
普通に楽しみだな。どう論理展開されていくのか。
そうなるとハードル上がってくるんでやめてほしいですけど。
まず、谷口さんお化け屋敷ってそもそもどういうのを想像しますか。
このゴミさんっていう人がお化け屋敷作ってる人なんですけど。
お化け屋敷はいわゆる遊園地とかテーマパークにあって、入ったら暗くて、進んでいくにつれて。
日本のお化け屋敷は結構、わーみたいな驚かせ系が多い感じのイメージがあって、それすごい嫌いなんです。
海外とかはもう少し本能的に恐怖感を感じるようなイメージの差はあるんですけど、それぐらいです。
でも子供の時に僕もお化け屋敷行って、結構プチトラウマみたいな感じで怖くて、あんまりそれ以来大人になってからとかもほぼ行ってないです。
そうですね。いわゆる富士急の戦慄迷宮みたいなものを想像するっていうことですね。
あと文化祭とかでも出し物としてやられたりしてますけど。
逆にそれ以外のお化け屋敷があるんですか。
そうなんですよ。ちょっとその話をしたいなと思って。
実はお化け屋敷がこの形になったのって平成なんですよ。
あー面白いな。
ここがもう結構おもろいなと思って。
確かにね。お化け屋敷の概念でいうとそれ以外もありそうだもんな。
そうそうそうそう。お化け屋敷って歴史古そうじゃないですか。
そういうことが平安ぐらいからあったのかなと思ったら、実はルーツは江戸時代かららしくて。
江戸時代からルーツなんですけど、実は今のこの大剣型のお化け屋敷の形に定着したのは平成入ってかららしい。
そうなんや。
なんで、じゃあそれまでどういう感じだったのかってことなんですが、江戸時代から始まったお化け屋敷っていうのは、
端的に言うと大剣とかストーリーっていうものがない形だったんですね。
例えば番長皿屋敷とか四つ屋階段みたいな、知られてるホラーの階段みたいなのがあるじゃないですか。
こういうホラーの展示というか、その博物館的に展示する施設がお化け屋敷という風に定義されてたらしいんですね。
なんでここに大剣はなくて、観賞っていうスタイルだった。最初お化け屋敷という。
お化けというものを知るとか、学習する施設みたいな感じで屋敷っていうものがあったっていうイメージ。
位置付けとしては見せ物小屋ぐらいの感じだったんですけど。
もう少しちょっとエンタメ的ではあるけど、大剣アクティビティーではなかったと。
そうですそうです。なのでその階段として語られているものを視覚化して、それを見て楽しむような形式のものだったというか。
っていうことがまずルーツにあるらしくて。そうすると、これをさらにエンタメ的に普及させていこうとすると、
単なる展示じゃなくて、より没入できるようにオリジナルを加えて売り込んでいくらしいんですね。
誰かマーケティングという概念がない中でそれを考えるやつがいたってことですよね。
そうなんですそうなんです。ただその発展形としても、じゃあこの番長され屋敷とか四ツ谷階段みたいなのじゃなくて、
ある意味現代落語みたいな形で、新しく廃校になった小学校を展示してみるとか、あるいは古ぼけた病院を展示してみてみる。
っていうこの展示のスタイルがいろいろ多岐に渡っていた。なんだけど、これホラーの確かになって思ったところなんですけど、
ネタ切れを起こしてくるらしいんですよ。確かに怖い舞台って限られてるじゃないですか。
病院、学校、うんうん、もうないぞみたいなね。
病院、学校、お屋敷ぐらい?みたいな感じになっちゃう。
差別化できねえみたいな。競合差別化ポイントねえみたいな。
まさにその本の中でも語られてたんですけど、このPR、この施設をPRしていくにあたって、廃校になった小学校とか古ぼけた病院みたいなことしか話せなくなってくる。
っていう風になった時に、ここでようやくストーリーと体験がインストールされたんです。
舞台設定だけだともうこれ以上細分化できなくなって。
そうそうそうそう。まさにまさに。
だからもう例えばね、昔この地には花子さんという人がいて、その人がいじめられて自殺しちゃったトイレがある廃校みたいな。
なるほど。すげえマーケティングとかコンセプトメイキングの話にしか聞こえなくなってきた。
そうなんですよ。面白いでしょこれ。お化け屋敷ってめっちゃクリエイティブだな。
マーケティングやな。
そうそうそうそう。っていう形で、今までの展示というスタイルに縛られていたお化け屋敷という施設が、
このストーリーと体験が持ち込まれることによって、舞台が変わらなくても無限に生成していくコンテンツにできたという革命がまず入ったんですって。
最初に考えた人すごい頭いいな。
そうですよね。この辺りのストーリーと体験を持ち込んだ人が、日本で初めて持ち込んだ人が、まさにこのゴミ博文さんというですね。
その人なんですか。
お化け屋敷プロデューサーの方。
すごい人じゃないですか。
すごい人なんですよこの人。
なんでこんなに知名度ないんだ。僕は知らないだけなのかもしれない。
ネッチな世界。お化け屋敷の世界ではかなり有名な方なんですけど、松子の知らない世界とか確か出てた気がするんですけど。
出てそう。
このスタイルになったのは、なんと1994年が観測史上日本で初めてらしい。
じゃあもう僕らの世代の共にあったものなんですね。
そうそう、まさに。僕はもうドンピシャで生まれが1994年なので、平成6年なので。
でもこの年に初めてこういう概念というか、新しいディレクション、ここでお化け屋敷に初めてディレクションが持ち込まれたんです。
これによって初めてこのお化け屋敷が展示からイマーシブに変わったんですよ。
っていうのもなんか結構イマっぽいというか。
確かに。
今の広告業界が置かれてるような編成に近いなと思ってますね。
長くなるんで喋らないですけど、もしかしたら博物館とかもイマーシブにしていくみたいなのあるんじゃない?
それ確かにめっちゃあるよね。
めちゃくちゃあると思う。博物館って展示じゃないですか。イマーシブにした方がおもろくないですかって普通に思ったんですけど。
確かに。
それ転用しちゃえば。
めちゃめちゃあるな。
転用しちゃえばいいじゃん、他の何か。
めちゃめちゃあるな。
美術館ですらできそうだしね。作品を体験として考えれば。
確かにあらゆる博物館をイマーシブにしていくというか、お化け屋敷横展できる。
そう、いけるいける。
確かに。それちょっとおもしろい。
ここから生まれてしまったかもしれない、新しいイノベーションが。
金吉さんの起業家アンテナがピョポンと反応してましたけど。
基地と基地の組み合わせがイノベーションですからね。
確かに。
っていうようなところがあってですね。
これによって、物語がお化け屋敷の舞台という限られたフレームのネタ切れから解放するっていう革命が起こったんですよね。
このお化け屋敷が人を怖がらせるための演出を持ち込まれた話とか、その演出そのものの話が、さらにクリエイティブにドンピシャな話だなと思って面白かったんですけど。
まずですね、このお化け屋敷の概念拡張の賜物がそもそも越境というものだったんですよ。
それまでお化け屋敷って制作と運営という役割できっぱり分かれてたらしいですね。
すごい知らない裏側出てきた。
展示型の今までの従来型のお化け屋敷は、制作サイドはまず人形を作って、その人形にからくりというか仕掛けを組んで、それを現場に施工する。
というかその場を作る、家を作るみたいな、舞台を作って納品して終わりっていうスタイル。
プロダクション機能ですよね。
そうですね、プロダクション機能。
運営の方は、この天井を見に来たお客さんのオペレーションの方ですね。
このブリッジをしたのが、このゴミさんという存在なんですけど、この二つを両方ともやられてた方なんですよ。
両方をやられてたからこそ、ここ繋いだらめちゃくちゃ革命起きんじゃね?っていうふうに思って持ち込んでみたら、
この日本で初めてお化け屋敷というイマーシブなフレームができたっていう話なんですけど。
まず最初ですね、このゴミさんはお化け屋敷を運営、製作していくにあたって、
このお化け屋敷の体験の中ですごく重要なことに一つ気づきました。
それが距離を縮めることだったんですよ。
対象者とそのホラー物というか、展示物に距離があるんですよ。
展示してるこの状況なんで、しかも怖いじゃないですか、物自体も。
怖いから、この恐怖の対象と人って距離を取るから、遠くから展示物を眺めて怖いっていう状況になっちゃってて、
こうすると恐怖の本質である恐怖体験から遠ざかった状態で、見せ物として回遊することになるっていうことで、
この距離を縮めるっていうことを一つ命題として設定したらしいんですよ、ゴミさんが。
ここでゴミさんがアイデアとして持ち込んだのが、任務を与えるっていうフレームなんですよ。
例えばこの赤ちゃん人形を持って最奥の部屋に届けてきたら呪いが解かれますみたいな。
その被験者というか、体験してきてくれた人に任務を与えて、
無理やりその恐怖の対象物とその人を近づける、物理的に近づけるっていう理由を作るっていう。
このお化け屋敷の今では主流なディレクションを日本で初めて持ち込んだのが、
この1994年のゴミさんのアトラクションということですね。
まさにこれは制作も運営も、ゴミさんが昔から行ったり来たりされていて、
制作のただ納品して終わりっていうところから運営のところまで何ができるかっていうことを考えたときに、
体験しに来てくれた人が持てる赤ちゃんの人形を作ってくださいってオーダーが、
ゴミさんの立場だから初めてできたっていうようなことらしくてですね。
やっぱり越境ってやっぱり時代を超えるんだなっていうのは。
そうですね。あとやっぱり制作じゃなくて運営側からそのアイデアが出る気がするから、
やっぱり現場に答えがあるんでしょうね。
先に現場にあって、現場の観察からこういうものがあった方がいいっていうものにいってるから、
なんか逆は起きない気がする。
まさにまさに。間違いないですね。
だからこの制作のゴミをブリッジしたことで、任務という新しいフレームが生まれたんですよ。
お化け屋敷の中に。で、このお化け屋敷の中に任務というフレームが生まれると、
お化け屋敷が一気にイマーシブな施設になる。
当事者体験に変わるからですよね。観察者だったポジションから。
おっしゃるとですね。
この概念を変革するようなエポックメイキングを起こしたのは、
ゴミさんがプロデューサーという、そのどっちの役割も行ったり来たりする目線だったからこそブリッジできたこと。
まさにおっしゃる通り、お化け屋敷の現場を見て、
もっと恐怖を楽しんでもらいたいけど、どうしたらいいのか。
そうしたら距離を近づけなきゃいけない。
距離を近づけるためには、制作の方から距離を近づける仕掛けを作ってもらわなきゃいけないみたいな、
ここのブリッジができる立場でこそできるということですね。
というような話が、すごくクリエイティブドリブンだと思いました。
もう一つが、お化け屋敷が怖い理由についても話されて、
これもすごい面白かったんですけど、
そもそも、タニベさんに聞きたいんですけど、
お化け屋敷と肝試しの違いってなんだと思いますか。
うーん、肝試しは屋外のイメージがあって、
お化け屋敷は室内。
なるほどね。
あとはなんだろうな、肝試しはどう出てくるかを、
お化けが出てこなくても成立するというか、
それを試されている。
そこを怖い中でいけるかどうかが試されている感じ。
お化け屋敷は出てくるのを前提として言っている感じはあるかなとは思いますけど、
ぱっと思いつくのはそれぐらい。
なるほど。
校舎の答えの方が結構、このゴミさんの回答に近くて、
僕すごいこれ本質的だなと思ったんですけど、
お化け屋敷と肝試しの違いって、不安が解決されるかされないかってことらしい。
あー、確かに確かに。
これいいなと思ったんですけど、
肝試しって施設に行った時もずっと緊張しっぱなしじゃないですか。
出るかもしれない出ないかもしれない。
ほとんどが出ないっていうことを楽しむ状況になると思うんですけど、
その怖い状況って向かっている時も怖いし、
行った時にマックス怖いし、
家に帰ってもまだ怖いし、
この不安がずっとつきまとうという状況に対して、
毅然と立ち向かっていけるかっていう度胸を試すエンターテイメント。
そうですよね。肝を試しているわけですからね。
肝を試しているわけですからね。
逆にお化け屋敷は、言ってみればサウナみたいなもんだと。
はいはいはい。
この緊張と緩和を繰り返すっていうことで、
具体的な恐怖が出てきて、そこから距離を取って安心するっていうことを、
交互に交互に繰り返していくっていうエンターテイメントなんですよ。
これがお化け屋敷と肝試しって、
似てるようで全然違うエンターテイメントの性質っていうところの大きなところっていうか、
具体的な恐怖が出てきて、そこから安心してっていうこの繰り返しって、
まさにサウナの交互力とか、
さらに極端な話をすると、覚醒剤の禁断症状とかと同じメカニズムという。
ちょっと詳しい話なんですけど、
人間の体にホメオスタシスっていう機能がありまして、
このホメオスタシスっていうのは、人間の中のストレス反応とか、
環境への敵を一定に保とうとする機能ですね。
それによって、例えば怪我した時とか、大変な恐怖にさせられた時に、
人はそれを中和しようとしてドーパミンを出したり、
快感物質を出したりして、その状況を中和しようとするって働きがあるんですけど、
確かサウナとかもそれと同じメカニズムだったらしいんですが、
極限の環境に身を置かれた自分が一気に平常の場に戻るっていうことにすると、
このホメオスタシスによって出された頭の中のドーパミンとかが、
そのまま残った状態で平常の運転になるっていうことによって、
このサウナとかお化け屋敷が気持ちよかった、楽しかった、ワクワクしたっていう、
感情になるっていうメカニズムらしいですね。
なるほど。
それ聞くとエンタメ施設として、テーマパークとかに入ってることにすごいしっくりきますね。
そうですよね、そうですね、まさにまさに。
ジェットコースターとかも一緒じゃないですか。
そうだね、確かにジェットコースターも一緒なんだね。
それはめっちゃそうかもしれない。
逆にその覚醒剤の禁断症状とかは、
逆にプラスの方にめちゃくちゃ触れて、すごい快感を得るんだけど、
この快感に対してホメオスタシス、逆のホメオスタシスが取るから、
平常運転に戻った時に一気にドーンとマイナスのラクサが来て、
ものすごく体が痛くなるとか、中毒症状が出るとかっていうようなことらしいですと。
ちょっとそこら辺の話がありまして、
緊張と緩和のラクサとスピードが大きかったり速かったりすれば、
するほど快感が大きいっていうことになると。
ということなんで、このお化け屋敷の怖がらせ方のコツとして、
これすごい面白いなと思ったのが、
お化け屋敷ってずっと怖がらせてたらダメなんですよ。
そのイメージはありますね。
そうそうそう。
恐怖の値を最大化するお化け屋敷っていうのは面白くないんです。
そうじゃなくて、急に怖がらせのパラメータをマックスまで上げて、
急にほっとくっていう、これをできるかどうかっていうのが大事。
一気に緊張させて、その緊張を一気に緩和させるっていう、
このギャップとスピードの世界で成立するエンタメなんだっていうのがありまして、
これめちゃくちゃ本質的だなというふうに思ったところですね。
意外だったり。
この話をさらに普遍化していくと、
イナイナイバーってそれだよねっていう話になりますね。
イナイナイバー、なんかいろんなところに出てくるんだ。
イナイナイバー、イナイナイバー、擦られてるのかな。
センスとは何かっていうね、本にもね、
センスとはイナイナイバーで出てきました。
記憶しやすいね。
イナイナイバー万能説あるな、これ。
イナイナイバー万能説あるな。
何でもイナイナイバーってそれなんですよって繋げることで
リベートできるかもしれない。
でも繋がってると思います。
僕が読んでるその本の言及の内容と今丸山さんが語ってくれていて、
多分今から語ってくれようとしてることは近いと思って聞いてます。
そうだね、そうだね。
まさにそうだと思う。
まさにこのイナイナイバーを、
イナイナイで不安にさせて、赤ちゃんを不安にさせて、
で、バーで急に現れるっていうこの恐怖、ある意味不安と緩和を
いかに早くするかっていうのが大事で、
だからそれを人間は本能的に分かってるから、
イナイナイバーをゆっくり開くをやっていないですよねって話をしてて、
確かになーって思ったんですよね。
これめちゃくちゃ面白いなと思ったと同時に、
これってクリエイティブ一緒だなって思ったという感じですね。
そうっすね。
クリエイティブも、ある意味こう、新聞広告とかでも、
ある意味目にした人に1秒の違和感を与えて、
その違和感を瞬間的に解消するコピーみたいな構造で、
何ていうか、快感を残すことで印象に乗せようとするというか、
っていう構造だと思ってるんですよ。
なのでこの1秒の違和感っていうところが、
本質的には不安だったんだと。
でそれを解消するっていう、
その褒め落ちた質を残させるっていう、
この瞬間的な取り組みによって、
広告を清くさせる、
メッセージをポジティブに残すっていう、
ことをやろうとする取り組みなんだなっていうのが、
このお化け屋敷の話を通じて、
なんか妙に科学的にクリエイティブが構造化された気がして。
なるほどね。
本質は一緒なんですよね。
クリエイティブ そう、これがめちゃくちゃ面白いなと思ったんで、
大きな楽さ×素早いスピード×快感の大きさっていう、
この構図の中で、
お化け屋敷もクリエイティブも、
評価軸を考えられるなっていうふうに思ったっていうですね。
なんかさっき言った本、
正しくはセンスの哲学っていう本で、
センスの哲学、面白そう。
でねこれ千葉雅也さんというね、
東京大学教養学部卒業の方が書かれてて、
なんかね、どっかのタイミングでね、
少し前に流行ってた本で、
東大生がみんな読んでるみたいな、
そういうオビーかなんかになってて、
一時期立読みぐらいで読んでたんですけど、
多分同じような話で、
立読みベースなんであんまちゃんと覚えてないんですけど、
いないいないバーとかもやっぱり、
センスとは何かっていうのはここで議論されていくんですけど、
センスって曖昧なものだけど、
そういう連続性の上での気持ちよさみたいなのがある。
すべては音楽とかも連続性のもの。
だからドレミファソラシドみたいな楽譜を並べたときの、
連続性のリズムとジャンプが気持ちいいっていうことの究極的な例として、
いないいないバーが紹介されている。
全く一緒じゃないですか。
お化け屋敷の話と。
センスっていうのはクリエイティブのセンスも何かっていうと、
要は動画であれば30秒とか15秒っていう限られた、
時間のゲームの中の連続性をどういう形でジャンプして落とすかみたいな、
そこを楽しんでいるし、
企画っていうグラフィックとか、
マリマさんのPRとかだったら、
もう少し時間軸が長かったり短かったりとかあるにせよ、
結論言うのは平坦なものはセンスがないっていうことが、
相似て言えるのかなっていうのは思いましたね。
確かに確かに。
だって普通に考えてホラー映画とか見てても、静かな30秒とかがジュワーってやってバーンって出てくるじゃないですか。
それってそういうことですよね。
確かにね。
徐々に向こうから何か一定のペースで貞子とかがレフテ来たら、全然嫌じゃないですか。
ヌルーって出てきて、いつこれがビャーって画面に来るかわからない恐怖があるんだけど、
遠足直線運動で土管から出てきて、チョンチョンチョンチョンって来るのはちょっと違いますもんね。
面白いな。でもその逆ハックしたホラー映画は面白いから見てみたいけどね。
ゆっくり遠くから貞子が見えてくるみたいな。
それ面白いですね。
そこら辺が人間の大きな根幹的な部分に通じてする円溜めの根っこみたいなものだとすると、
もうちょっとお化け屋敷のソフトな本能のハックの仕方みたいなものもあって紹介されると面白くて。
例えばなんですけど、妖怪とかお化けとかゾンビとかって、結構目と目の間の距離が近いことが多いんです。
確かに。
うん。じゃないですか。あんまり離れ目の妖怪とかってあんまり見たことない。
離れてたとしたらもうめっちゃ離れて異形みたいな感じになってるみたいな感じなんですけど、
結構その寄り目の妖怪が多いらしくて、これが何でかっていうと、肉食動物の目の寄せ方を人間が本能的に忌避してるから、
デザイン的にそれを作ると人間が恐怖を抱きやすくなるっていう理論で説明されてた。
離れてるのは草とか食べる系のね。
そうそう。草食動物とか系なんで。
視野が、狩られる側っすもんね。
そうですそうです。
視野が広い系動物ってね。
まさにまさに。だからその人間が愛顔する動物って結構目と目が離れてるような動物が多くて、
猫とかね、家猫とかはそうだったり。
あとその愛顔動物として品種改良されたワンちゃんたち。
シーズーとかチャウチャウとかって目が離れてて可愛いじゃないですか。
キャラクターデザインとかもね。チーカワとかも、目が離れてるんですよね。
あれがちょっとでも近づくとすごく一気に緊張感が増すというか。
なんか、それでもう笑いが止まらないんですけど。
地獄のミサワは最強の妖怪ってことですか。
地獄のミサワのゆるゆるっとした感じなのに変に緊張感がある感じは、超寄り目だからだと思いますよ。
顔の面積に対してのパーツの集合度合いがね。
地獄のミサワだとそうだよね。あれ寄り目だからなんか気持ち悪いんだって。
なんか緊張感があるな。変に。
確かにね。
あれは怪物の一種だったんだな。人の認知を奪う上で。
その上でシュールなセリフがあるっていうことに対してのギャップもまた落差になっているっていうことなのかもしれないですね。
じゃあ妖怪とかそういう怖いもののキャラデザインには一定のルールがありそうだっていうことなんですね。
そうですね。これを結構デザイン的にも踏襲できそうだなと思った。
僕がこの話をすごく落とし込まれたのが、3年前か4年前くらいのアサヒ広告賞で、僕パインアメの受賞作で妙に印象に残っているのがありまして。
それが猫とか猿とか。
ありましたね。
その動物の可愛らしいイラストの目がパインアメになっているっていう作品で、すごくビビットで可愛らしいイラストだったんですけど。
僕はそこの目にパインアメが置かれた目と目の距離感をずっと見てたんですよ。
ここがすごく狭くなってたんですよね、その絵の中で。
そこまで分析してたんだ。
そう、ここを見て急にこのお化け屋敷というか恐怖の本の話が繋がったというか。
めっちゃ可愛らしいイラストなんだけど、まず目がパインアメになっているっていうこの奇妙な感じと、その目が目と目の間が近いっていうことで、なんか変な緊張が生まれてるというか。
逆の掛け合わせだからいいってことですね。
逆の掛け合わせだから、こう違和感がいい方向に飛んでいるというかですね。
これが、やっぱこの目と目の間がちょっと離れている感じを想像すると、急になんか絵としての映えがなくなる気がする。
確かに緊張感なくなりそうですもんね。
そうなんです。
可愛いだけのイラストに見えちゃうみたいな感じ。
そうそうそうそう。ただ目がパインアメになっている可愛い動物みたいな感じになっちゃうんだけど、
これをちょっと目をキュッと近づけるっていう、これはなんかアートディレクションが素晴らしいなって思うんですけど。
なんかめちゃくちゃ絵にしずるが生まれてるというか、絵に引きつけ力が上がってるというか。
っていう風にしたんですけど、それは人間の不安を煽るソフトの本能の部分をハックしてるんだなっていう風に僕は思ったんですね、その時。
っていう、なんかこれめちゃくちゃ面白いなという風に思った本だったんですけど。
最後に、結局このホラーが怖くなくなった理由なんですけど、
この本の中でですね、ある意味思考実験的にお化けなんていないよねみたいな話をされてたのがすごく妙に印象に残ってて、
これが階段を聞いた後の恐怖の対処法に今なってるんですけど、
じゃあ階段を聞いた後にトイレ行くの怖いっすよねと。
でも思い返してみてくださいよと。
トイレ、まあじゃあ仮に1日3回行ってるとして、じゃあ1年で1095回行ってますよねと。
で、じゃああなた30歳生きたとしたら30年で3万回以上行ってるじゃないですかと。
3万回以上行って1回も幽霊あったことないっすよねと。
確率的に。
確率的に考えたら0.01%をまだ引けてないっていう状況じゃないですか。
だからむしろ会えた方がレアですよみたいなことを言われて、あ、それめっちゃそうだなと思って。
逆になんかその試算をしてから、これちょっと会った方が体験として貴重かもっていうふうに思い始めてしまって。
まあ確かにね、ポッドキャストで話せるネタも増えますしね。
そうそうそうそう。ネタにもなるんでね。それで1回取り下ろせるんでね。
というようなことで、いろんな発見と、あとお化けへの対処法を与えてくれた本ということで、ちょっと人生の中でもですね、結構印象に残ってた本だったのでご紹介させてもらいました。
結構おもろかったんで、その本読みたいな普通に。
おもろいっすよね。
また貸してください。
ぜひぜひ。ごめんなさい、僕はKindleで買っちゃったんで。
あ、Kindleね。ちょっと買いますわ。
でも冒頭でもう少しお化けっていう概念的なものについての話かと思ったら、お化け屋敷っていうことの構造のところからの話だったんで、
お化け自体のメインの怖さ感みたいなのは、僕の中ではまだ残っているかもしれないですね。
そもそもお化けっているのかどうかみたいなことがね、含めて、また喋れたらいいなと思いましたけど。
僕はそこに関しては、お化けっていうデザインそのものが、人の恐怖を煽るように意図的に設計されたものなんだって思った瞬間にあんま怖くなくなった。
まあ確かにね。
結局これは、すべてお化けの絵もイメージも、人が人のためにエンタメとして作ったただの偶像りすぎないんだなと思ったんです。
そんなことを思った回でした。ということで、はい。このちょっとお化け屋敷の興味深い話ということです。
クリエイティブと繋がるなぁと思ったという。
いや結構いろんな話に膨れましたけど、すごい本質的な話をしている回に結果的になった気がします。
結果的にね。
はい、ということでですね。また引き続きですね、こういう面白い解釈ができそうな本に出会ったらお話ししていければと思っておりますので、今回はそんなところでお開きにしたいと思います。
はい。
はい、それではお聞きくださりありがとうございました。
ありがとうございました。
路地裏クリエイティブ。
この番組は事業会社とPR会社という広告クリエイティブの路地裏にルーツを持つ2人が、テーマを持ち寄って自由に語っていく番組です。
取り上げてほしいテーマや2人への質問を番組概要欄のお便りフォームからいつでも募集しています。
リスナー向けLINEオープンチャット、路地裏の裏もぜひチェックしてみてください。
こちらも詳しくは番組概要欄で。
それでは次回の配信もお楽しみに。