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#25 "わからないまま保留する"力——「わかってる」より「できる」で判断しよう
2026-10-23 27:09

#25 "わからないまま保留する"力——「わかってる」より「できる」で判断しよう

「わかっている」とはどういう状態なのか? 自分の理解度はどう測ればいいのか? 今回は「わからない」という感覚をテーマに、理解の基準、わからないと認められない心理、そして答えを急がず"わからないまま保留する"力について、へんてこ が kuniwak に聞いてみました。


kuniwak が理解度の物差しとして使っているのは「構成要素に分解できるか」。形式手法やECサイトの在庫・配送を例に、わかったつもりの知識を分解すると「わからない部分」が見えてくる話から、知識の裾野の広さ、AI が"どの分野も平均点以上"の専門家として隣の領域を補ってくれる話、ポアンカレ予想のように別分野の視点が突破口になる話へ。後半は、見栄や白黒つけたい心理が「わからない」を認めにくくしていること、コードレビューで「わかってました」と言われたときの向き合い方、ジュニアエンジニアの学習計画や採用面接で「わかっているか」ではなく「できるか」で判断する理由、そして AI 時代に人間が"理解を手放す"ことと意思決定の関係まで掘り下げます。


▼チャプター

オープニング

「わかっている」基準としての構成要素への分解

知識の広がりとAIによる専門性の補完

「わからない」を認められない心理と保留する力

「わかっているか」ではなく「できるか」で判断する

理解を手放すことと意思決定

エンディング


▼この回で話していること

・「わかっている」の基準とは? 構成要素に分解できるかで理解度を測る

・わかったつもりを防ぐ:分解・例示で「わからない部分」を自覚する

・AI は"全分野で平均点以上の専門家":隣の分野の知識がブレイクスルーを生む

・「わからない」を認められない心理:見栄と、白黒つけたくなる二分法

・わからないまま保留する力(ネガティブ・ケイパビリティ)と知的誠実さ

・コードレビューで「わかってました」と言われたら:ADR のように不採用案と理由を書く

・学習計画・採用面接は「わかるか」ではなく「できるか」で判断する

・AI 時代に人は理解を手放すのか? わからなくても失敗しない意思決定のしかた


▼こんな人におすすめ

・自分が本当に理解できているのか不安になるエンジニア

・メンバーの理解度の見極めや育成・採用に悩むテックリード・マネージャー

・AI に頼るほど「自分はわかっていないのでは」とモヤモヤしている人


▼関連リンク

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くわラジ(もっと詳しく教えてくださいラジオ)は、スーパーエンジニアの kuniwak に一般エンジニアの へんてこ が「もっと詳しく教えてください」と質問しながら技術を深掘りする、ゆるくてディープな技術雑談番組です。感想は X でハッシュタグ #くわラジ をつけてつぶやいてください。


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サマリー

「わかっている」とは、単に用語や数式を知っていることではなく、知識を構成要素に分解し、例示できる状態として測れるのではないかと話します。ECサイトの在庫や配送を分解する例から、理解したつもりでも、掘り下げると未理解の部分が現れることを確認します。知識は横方向にも広がっており、AIが各分野の平均以上の知識で専門家の隣接領域を補うことで、ポアンカレ予想やソフトウェア開発のように別分野から突破口が生まれる可能性も語られます。 後半では、見栄や白黒をつけたい心理が「わからない」と認めることを妨げる一方、未知を保留することが知的誠実さにつながると説明します。コードレビューでは、理解しているかを問い詰めるより、採用しなかった案や理由をコメントやADRに残してミスコミュニケーションを減らすことが重視されます。学習計画や採用では「理解しているか」ではなく、実際にタスクをこなし成果を出せるかを小さな失敗や実践で確かめるべきだと提案します。AI時代には理解を手放す場面が増えるものの、意思決定の形式を整えれば、すべてを理解していなくても失敗しにくい選択はできると結論づけます。

「わかっている」を構成要素への分解で測る
今回は、「わからない」って話していけたらなと思うんですけど、 このわからないっていう感覚、個人的には結構重要だと思っていて、
自分が知識に対して、わからないっていうことをまず持って自覚するっていうことが、 全てにおいての最初の一歩みたいなところが若干あるかなと思ってるんですよね。
そうですね、はい。で、わかる、そう難しいんですよね。 自分がどれくらいわかってるかっていうのを測るのってすごく難しくて、
で、特にそのわかるわからないっていうのは真偽知じゃないですよね。 ブリアンじゃないと、トゥルーフォルスじゃないっていうのがあって、確実にグラデーションがあってのがあって、
じゃあどこまでわかってるのかって言われたらなかなか困ってしまう。 特に前半部分、あんまわかってない時にどこまでわかってるかって言われたら、やっぱり錯覚する人も多いし、
なかなかね難しいですよね。
まあっていうちょっとふわっとした話を今日はしていけたらなぁとは思うんですけど、 まず何かこういう基準があるんじゃないみたいなのがクリアキさんの中にあったりします?
そうですね、よく言われているのは人に教えられたらわかってるとか、 例示ができたらわかってるとかってよく言う人がいると思いますね。
私がよく使うのは構成要素に分解できるかっていう基準をよく使います。 構成要素に分解できるか、その知識があった時にその知識を分解できる限り分解できるかっていうところが、
わかってるかわかってないかのちょっと違いになるんじゃないのかなっていうところ。 そういうことです。例えば具体的にやってみましょうと。
じゃあ多くの人がわかるかわからないか微妙なところだろうというところとして、形式手法をちょっと扱ってみようかなと思うんですけど、
形式手法ってわかりますか?って言われて、わかるって言ったらまあそれじゃバケモノだと思うんですけど。わからないですよね、大体の場合はね。
でじゃあ形式手法を分解してくださいって言われたらどうしますか?って話なんですよね。 で多くの人は形式手法を何か数式とか使って数学みたいな感じなんだよねって思うと思うんですけど、
じゃあ数学から、その形式手法から数学を引いたら何が残るかって言われると困っていると思うんですよ。
なるほどじゃあ数学以外のところは何なのかってところですね。 それはやっぱりわかってないってことなんですよね。
だからわかんない部分だと。なので結構この構成数に分解できるかっていうのは結構いい基準だと思っていて、例えば私だとモデル規範とか
整数規範とかっていろんなのに分けられたりするんですけど、これはある意味その分類ができるってことはわかっている。
その部分に関してはちょっとだけわかっているっていう感じかなって思っています。
でただ、じゃあこの中で整数規範をさらに分解してくださいって言われたらだんだん困るところが出てくるんですよ。
いつか掘り下げていくと困るところが出てくる。そこまで行くと私はわかってないんですね。
なるほど。だからあれですね、よくある本とかで目次があるじゃないですか。
まああんな感じで目次で分けることができたら、ちょっとその流度においてはわかっているみたいなところが言えるという感じです。
ただその中身、その目次の中のじゃあ1個取り出して、Aっていう辞書に対して分けることはできたが、その中でじゃあそのAということについてのもう1個本を出しますと。
でその本を出したときにその目次が割れるかどうかはまた違うよねっていう。
また違う。そうなんですよ。
まあなんか教科書のどうやってこう分割していくかみたいないうところもちょっと若干近しいかなっていうところがあるんですけど。
まあ確かにそうやって見ていくとなんか解像度の話なのかなっていう気がしますね。
物事に対する知識に対する解像度が、粗い解像度だと数式だけとその他ちょっとよくわかんないけどみたいな感じだけど、
まあモデル規範とかちょっと解像度高いと分解できるみたいな話が出てくるっていうところなんですかね。
そうですね。私もよく何かソフトウェアの開発とかをするときに要求分析みたいなのとかするじゃないですか。
分析します。
分析してどこまでわかったかっていうときにまたやっぱり構成要素に分解できるかってすごくよく使えるんですよ。
ドメインの知識とかによく使えて。
例えばじゃあ今から私たちはECサイトを作りましょうってなって、ECサイト構成要素に分解してくださいってなって。
そしたらカートがあって、在庫ありますよね。在庫あって、お客さんに配送しなきゃいけないから配送とかありますよね。
というふうに割っていくとECサイトの構成要素があって、さらにその機能とかも割っていくってことをやっていくと、どこまでわかったかっていうのがやっぱり結構よくわかるんですよね。
確かに。さらに配送の部分の分解も、もしかしたらオペレーションによって必要になるかもしれないし、
配送の時に貼るシールをシステム側がちゃんとサポートしないといけないのかどうかとか、そういう分解にまで出てくるわけですよね。
私は配送で送る先だけ分かっていればできるんじゃねって思ってたんですけど、ただちょっとその分野に詳しい人の話をちょろっと聞く機会があって聞いたら、
パレット、普通その倉庫に入ってくるものっていうのは一つのものが大きな塊になって入ってきてる。
例えば100個入ってるとかっていうのが入ってる。それを100個いるんだったらそのまま出すし、10個欲しいって人が10人いるんだったら10個に分解して出すっていうふうに、分解っていう操作が入るんだそう
です。
確かに、その倉庫の中にある在庫をちゃんと適する形に分解しないといけない作業が必要ってことですね。
そうです。それをちゃんと100入ってきたら、ちゃんと50抜けていったら50残ってるみたいな、そういうふうな在庫管理っていう概念がやっぱり必要になってくるっていうのを言われてみて確かにそうだなーってな
って、これやっぱ分かってなかったってことですよね。
確かに。
そう、だからやっぱりその構成要素に分かってるって気になっても、そこでちょっと足を止めて構成要素に分解したりとか、あるいは例示をしてみると意外と分かってなかったなって気づくことは結構あるんじゃないかな
って感じですね。
確かに。今の話だとその分からないっていう前提で入っているんですけど、分かるって思ってたとしても、じゃあそれを分解してみたら分からない部分が出てくるよねって話ですよね、どんどん出てきて。
じゃあそこについてちょっと深掘ってみたら、より分かるようになってくる。
そうそう、そんな感じですね。
じゃあ、もしかしたら今分かると思っているものだとしても、できる限りちょっと分解してみたら分からないところって結構あるよねっていう。
知識の広がりとAIによる専門性の補完
いや、そうだと思いますよ。私は知識は結構横に広がりがあるものだと思っていて、例えば形式手法ってさっき言いましたけど、形式手法も横に広がりの大きい分野で、
これもギリギリ形式手法ってかっていうと、例えば型システムってすごくライトウェイトな形式手法の一つなんですけど、型システムは型システムで一つの世界が結構ありますよね。
皆さんも例えばタイプスクリプトの型システムとか、使う側のやつとか理論的なものとかいろんな側面がありますけど、それとかっていうのがいろいろあって、これ実は形式手法の裾野の一つなんですよね。
っていうふうなのがやっぱりあって、横に広がっていて、その横はいつか分からないところが出てくるわけですよ。結構そう。っていうのは結構あるなと思っていて、そして私はその横に広がりがやっぱり多ければ多いほど
解けない問題を解ける人が結構いるなと思っていて。
解けない問題を解ける人が? そう。例えば最近の数学の問題をAIが結構うまく解けてるのすごいですよねって話があるうちの一つに、
どれも平均以上の専門家である人ってやっぱり人類でいなかったわけですよ。 なるほど、平均的に高水準の知能を持っている人がいなかったってことですね。
でもAIっていうのが登場してきて、すごく最先端のプロフェッショナルにはやっぱり知識が劣るかもしれないけど、でもどの分野もだいたいその平均点以上は持ってるっていう人が払われる。
8割ぐらいは持ってるっていう。 そうすると専門家がこうめっちゃわかってるけど、わかってない部分を補ってくれるわけですよね。
そうすると新たな道が見つかって、その証明が進むみたいなことが起こっているんじゃないかって言ってる人がいましたね。
確かに。研究者の例だと、自分の研究分野のところは100分かって、それでも分かってないところもあるかもしれないけど、でも100分かってると。
で、隣の領域のことは10しか分かってなかったところがAIを使ったら80分かるようになりました。
これで自分の研究の方に応用することができるってことですよね。絶対的に。で、それによってブレイクスルーが起きるんじゃないかと。
起きるんじゃないかって。結構数学の予想とかにもそういうのが多くて、有名なのがポアンカレ予想っていうすごく難しい問題があるんですけど、その予想は異相規格の人たち、トポロジーの人たちっていうのが専門家だ
ったんですけど、
それを解いた人は異相規格じゃなくて確か微分規科学っていうちょっと違った分野での人たちが、これをその分野で解いたんですよっていうのを聞いて、ああやっぱりそういうところってあるよねっていうのを結構思って
て、今まで繋がってなかった道が別の分野の人が入ってくると繋がって、それでその問題が解決するみたいな。
これ結構ソフトウェアでもよくあると思ってて。あるあるですね。今までこれ実現できないと思ってたら、ハードウェアの専門家が入ってきたら、できんじゃんみたいな。
それ回路側でできるよね。そうそうそう。とかっていうのは結構ある話なんじゃないかなと思っていて、だからやっぱりその分かるっていうのはやっぱり世相論があって、そこから離れていくとだんだん分からないに変わ
っていくんだけど、そこを補うといろいろな道に繋がってくるっていうのは結構あると思うんですよね。
「わからない」を認めて保留する力
めちゃくちゃあるなというようなところですね。今までのところだと周辺領域のところが分かるだったり、どうやって分解していけば分からないというところが自覚的になるのかみたいな話だったんですけど、ちょっと話変
わって、分からないって認めたくないみたいないうプライドみたいなの。
人だったら多分必ずしも何歳の時にはそういうプライドあったりとかしたりするんじゃないのかなとなんとなく個人的には思ってるんですけど、そこら辺のことどう思います?
私は分からないって認めたくなるには二つの心理があると思っていて、一つはやっぱり見栄的な部分ってありますよね。人間って社会的に舐められたら下に扱われるっていうふうな世界観を持っている人からすると、
知らないってことは一種ステータスが低いって思われちゃうからそこをちょっと見栄を張るみたいなっていうモチベーションはやっぱりどうしても誰しもありますよねっていうのがあると思うのと、
もう一つ私は重要な心理があるかなと思って、人間って白黒つけないと気が済まない人って多いと思ってるんですよ。
これはもう白ですと、こっちはもう黒ですみたいな感じで、審議値じゃないですけど。
だけど実際ってそうじゃないじゃないですか。だからその間には分からない、興味がないみたいなものとかが結構あって、例えば日本の経済とかでめっちゃ難しい話をしている人たちがいっぱいいると、その時に知ってます
か知ってませんかって言われたらみんなほとんど分からないって答えるんじゃないかなと思うんですよね。知ってるも知ってないも答えられない、分からないっていう。
それをどれだけ分からないっていう状態を保てるかっていうことが結構大事だと思ってるんですよ。
なんか心理っぽい話ですね。
そうですね。これが分かる分からないのに二軸にどうしても全てのことを分類してしまうと結構騙されやすくなったりとか、いろいろ悪いことが起こると思っていて、その分からないまま保留する能力っていうのが結構重要
だなっていうのが最近私思ってることですね。
なるほど。その騙されるっていうのはなんか詐欺的な。
そうそう。私分かってる、それ分かってるよ、あなたの言う通りだみたいな。そんな感じです。
ちょっと乗っちゃうみたいな話として。
分かってるから分かってるスタンスで最初入っちゃって、そのままズルズルいっちゃって、なんか変な話に巻き込まれるとか。
人間って分かってるって思うと連想ゲームをしちゃって、自分に見えてるものだけを繋げて連想ゲームをしたりするってことがよくあるんですね。
不利な証拠っていうのを知らなくて、それを繋げちゃって、いや絶対そうじゃんみたいな感じになっちゃうっていうのはよくある話で。
だけどよく考えてみたら知らないこといっぱいあるじゃないっていうのは結構認めた方が良くて。
そうするとこれはあいつはそうって言ってるけど分からないな。
ホリウムみたいな感じで。それができるとすごく私は知的に誠実というか、より良い態度なんじゃないかなっていうのは思いますね。
あとは自分の精神的にも良いですよねきっと。
そう。どうなんでしょうね。精神的には不安定な状態ってやっぱりみんな嫌いですよね。
分からないみたいな。やっぱりみんな分からないことって怖いんだと思うんですよ。
未知は怖いですからね。
だからそれをそのまま置いておくってことは一定の忍耐とスキルっていうのが必要だと思ってて。
それが結構私は最近になってナイスだなって思いになりました。
もしかしたら心の強さみたいなところ。
心の強さなんですかね。どうなんだろうな。
でも私は分からなくてもいいんだって思うようにしました。
分からなくてもいいんだという局地にたどり着けるかいなかっていうのは結構心というか、自分の心の持ちように結構インパクトあるなと思ってて。
それが分かっているかどうかみたいな。
分からなくてもいいということが分かっているみたいなことが結構重要かなと思ってて。
コードレビューと「わかってました」への対応
その話に通じるのが例えば技術の話に戻っていくとコードレビューとかで
例えばチームメンバーの人に指摘したときに、それ分かってましたよとか
教えたときに分かってますよみたいな態度を捉えてるけどこれ絶対分かってないよねみたいな時とかって難しいなと思ってて。
そういう方がもしチームメンバーにいたらね。
結構コミュニケーション面でも難しいし、分からなくてもいいのになというようなところもあったりとかもして
そういう自己開示みたいな言うのも必要なのかなというところもあるんですけどどう思います?
私は相手が分かっているか分かっていないかはどっちでもいいと思うんだけど
分からない状態で出してきたら私たちはもちろん混乱する。読み手は混乱するので。
読み手を混乱させないようになぜそうしなかったのかってことはちゃんとコメントに書いて欲しいし
なぜそうしたのかとかコミットメッセージとかに書いて欲しいし
そうしてくれれば私はこの質問をしないで済んだよみたいなコミュニケーションを取ると思いますね。
だから前提としてミスコミュニケーションが若干発生している可能性があるから
それをなくすためにはどういう構造になっていればいいんだっけみたいなところで解決して
そうするとこれがあなたが分かっていたのであれば他の人に対して見たら
あれこれは検討したの?これは検討したの?みたいなことを当然周りは思ってしまうわけですよね
それが見えてないから疑問を持ってしまうというわけなので
それはちゃんと書いてあれば別にこの質問はしなくてよかったし
そういうのは積極的に書いてくれると嬉しいなという感じのことを私は言います
ADRとかで書かれるような採択しなかった案をちゃんと書くべきみたいな
そういう話にもつづるところですね
そうですね、その通りですね
棄却した案をちゃんと書いてちゃんとそこにも理由が書いてあるっていうところが非常に重要だよね
そうですね
多分その時にとはいえ前提知識として背景情報が伝わっているか否かだったりとか
あとはこの知識を形式手法を仮に仕事で使う場合は
形式手法という知識がある一定以上そのチームの中では
同じぐらいの水準を分かってないといけないみたいな時があった時に
その形式手法を知らないんだけど知ったかしてくるみたいな時とかって
どうしたらいいとかってあったりしますかね
いいですね、その問題は私は結構ずっと昔から考えていて
私自身は答えを見つけられなかったんですがある人にいいことを教えてもらえて
理解ではなく、できるかで学習と採用を判断する
まず分かっているか分かっていないかということを
そのKPIというのかな何らかの指標に使うのをやめましょうと
それは計測できないし本人が錯覚もするし
分かんないからね
だから私たちが問題にしなきゃいけないのはできるかできないかそれだけだと
なので何か学習しますとかっていうタスクとかをやって
よくジュニアのエンジニアからキャリアをスタートしてってやっていくと
何々を理解するとか何々を勉強するみたいな計画を立てがちじゃないですか
それって分かってたってことがどうしてもゴールになっちゃってるわけですよね
それじゃダメだと何々ができるようになってる
つまり何かを実際にやってできたんだ
それが達成かどうかのOKMGの判定基準なんだと
私は分かってなきゃいけないというのがあって
分かっていると本人が言ったとしてもやらせてみると思います
なるほど
あくまでも仕事というような大前提ありつつ
タスクがこなせて成果が出せるか否かで判定する
そういうことです
僕C++書けるんでC++の仕事振ってください
で全然できなかったというのはあるかもしれないし
実際にできたというようなこと
そのできたかできてないかで判定する
C++が分かっているかどうかはどうでもいい
そうですね
そういうことなんですね
そういうことですね
実際私はC++できなくて痛い目を見たことがあるわけですけど
ある時はできると思ってた
こんなに難しいと思ってなかったみたいな結構あって
そこでやっぱり初めて分かる
だからマネージャーとしてはどうしてもマネージャーみたいな姿勢になっちゃうんですけど
小さな失敗でそれを見抜くってことが大事ですよね
結構思ってて
できるっていうのは小っちゃなこれをやって
これができるんだったら続きもやってみようみたいな感じで
設計するっていうのが多分大事なんだろうな
あるいはそういうふうなやり方を自分から提案できるようになる
私多分分かっていると思うんでこれはできると思うんですって言って
ここまではやってみるっていうふうなことを提案してみるっていうのがやっぱり大事なんだろうなって思いますね
じゃあ本当に知識があるかどうかというよりかはやはりできるかどうかですね
きっとそれが採用のところとかでも同じ話だと思うんですよ
面接とかで僕C++プロ級なんでみたいないうので採用して
できなかったらできなかったみたいな感じと全く構造としては一緒なのかなと思ったんですけど
それも一緒って感じですかね
私も一緒だと思います
そうですねだから本当はコーディングテストみたいなもの
コーディングテストってやっぱり実験環境なんで嘘つけちゃったりとかするわけですけど
一緒に働いてみて考えるっていう会社さん結構最近あるなって思ってて
ちょっと候補者に負担が大きいんだけれども
そこまでしないと本当に分かってるか分かってないか見抜けないよねっていうのはすごく強く感じるところですね
分かってるか分かってないかじゃなくてできるかできないか
ちゃんと成果として出せるかどうかというところと
あとはチームのフィッティングとかそういうことだと思うんですけど
そういうのが実際に本当にやらないと分かんないよねっていうところ
あとちょっと今話してて思ったのが
AI時代の理解と意思決定
とは言いつつも分かってますって言いつつ
現環境だとAIがあるので8割できますとさっきの話だったら
8割平均的にほぼ全てのことができますと
AIにサポートしてもらってできたというようなパターンもあるわけじゃないですか
ただ本人は特にそこについて理解せずAIの奴隷になってるみたいなパターンもあるんじゃないかなと思って
そこら辺どう見ますか
これ理解をどこまで手放すかっていう話だと思っていて
私は徐々に人間は理解を手放す道を選びつつあるとは思ってるんです
AIの奴隷というよりはAIが判断するのにどんどん傾きつつあると思っていて
それ自体は別に悪いことではないとは思っているんですね
ただ私はこれは意思決定の問題だと思っていて
どこまで理解を手放したとしてその意思決定で重要なこと
つまり失敗しない選択をし続けられるか
その分かっていることっていうのは失敗しないための十分条件の一つ
つまり分かっていれば失敗しない選択ができますよね
だけど実は分かってなくても失敗しない選択をすることができるはずなんですよ
例えばどういうことかっていうと意思決定とかするときに
この選択肢はそれぞれ何に使われて
この選択肢を選ぶとどうなって
そういうことまで含めて教えてくださいってやると
随分その選択肢の解像度が上がると思います
そういうふうなこととかっていうのはその意思決定のフォーマットを整えたりだとか
そういうこととかっていうのが分かってなくても
うまい意思決定をできるための重要なポイントなんですよね
これはすごく私は重要な話だと思っていて
組織の構造から考えるとその上のトップになる人たちって
みんな個別の群馬のすべてを知らないわけですよ
だからそうなると分かってないことを意思決定しなきゃいけないんですよ
上の人たちって
必然的にね
必然的に
そうだけど失敗しない選択をしなきゃいけないんですよ
すごく重大な決断をしなきゃいけない
その時にどうするかっていうことに学ぶといいと私は思っています
なるほど
だからAI使ったら全員がちょっと上の目線になる
そう上の目線になるってことなんですよ
意思決定者になるってことなんですね
結局そうなっていくっていうところと
あとちょっと今話聞いてて思ったのが
失敗を失敗と捉えられるか否かみたいないうのも
結構そこの理解っていうところの重要性なんじゃないのかなと思ったんですけど
それもなんかあったりします?
私は理解と失敗失敗してないとかっていうのは結構独立してるんじゃないかなって気はしていて
例えば何かしたいことがある
実現方法はともかくとしていっぱい世の中あるわけですよね
成功失敗ってのはやりたいことが実際にできたかできてないかっていうのが
基本的に成功したか失敗したかのよくあるパターンだと思っています
それで言うとやり方よくわかんないけど成功したか失敗したかっていうのはほとんど判定できるじゃないですか
例えばそうですねある暗号があってそれをどんな文でも解読できるようにする
これはフォワットはすごく単純
できるかできないかはすごくはっきりしてる
だけどやり方よくわかんないしできたとしてもその方法を教えられてもきっと私は理解できないと思うんですよ
そういうふうに私は別軸なんじゃないかなって気がしていますね
なるほどまたまた全然別軸で理解とあと失敗と失敗してないかっていうところは存在するんじゃないか
っていうことですね
わからないまま実践する誠実さ
この話分からないって話から始まったんですけどどう着地していいか我々自身分からないんですが
分からないっていうことを自覚しつつでもいい話できたなと思うところが
やっぱりその分類できるかどうかだったりとかやっぱりどう自分が理解できているかどうかっていうところの判定
自分の中での判定だと思いますけどねそれをちゃんと持てるかっていうと
あとは他人に対して分かってるか分からないかっていうのはもう外から見たら分からないから
そこはジャッジの審議地に入れる話じゃないよねっていうところが結構はっきりしたなっていうのがありますね
分かってるか分かってないかで人をジャッジするなっていう話だとは思うんですけど
ちゃんと成果出せるかとかタスクが乗せるかとか
いいことちゃんとできてるかどうかみたいなところが一番重要なところ
実は私もう一個だけそれに小さな良いことがあるなと思っていて
人って分かってるつもりでも分かってないことが多いんだけど
やる過程で分かるようになっていくっていうのが必ずあると思ってるんですよ
ありますね多いね
ちょっとならハッタリっていうのかな
本人自覚ないからハッタリなのかとはちょっと違うかもしれないですけど
そのやってる過程で分かるようになっていくっていうのも含めてやっぱりやらせてみるってことはすごく大事だと思うんですよね
その環境を作るみたいな話ですよね
できる環境を作る
本当に誠実にいくんだったら分からないですけどやってみますみたいな
そういうコミュニケーションとか
もしその環境がそれによって得られないのであれば分かりますって言っちゃう
ちょっとやってみてごめんなさいってするっていうことも重要なんじゃないかということですね
でもどちらにしてもそれってちゃんと誠実にしましょうっていう話だと思うんでね
嘘をつこうという話じゃないですもんね
それって元のモチベーションが
ちゃんとやろうという自分のスキルアップもそうだし
会社だったら会社の利益になること
そこに根差したところでやっていこうというところなんで
別に不誠実なことではないよなということですね
かなり重要なところかなと思います
その勇気ですね
自分をそういう環境に持っていくのかみたいなところがかなり重要かなと思いますね
ということで今回は分からないって話をしていったんですけど
次回の話を若干すると
次回はとうとう今回の話でもあとは前回までの話とかでも
ちょいちょい出てきたかなと思うんですけど
形式手法の話
僕自身形式手法全く分からない
本当にゼロ 知識ゼロなんで
そこについての話でしていけたらなとは思ってますのでね
ぜひよろしくお願いしますということで
今回はここまでにしたいなと思います
もっと詳しく教えてください
ラジオ略してくまラジではスーパーエンジニアである国明さんに
エンジニアであるヘントクが技術的な質問を
題称はそれに関する質問をしていく番組になっています
今後もいろんなこと聞いていけたらなと思ってますので
お聞きのプラットフォームで高評価やチャンネル登録やフォローのほうをお願いします
またこんなこと聞いてほしいとかありましたら
コメントいただけると取り上げますのでよろしくお願いします
Xなどで関数つぶやいてもらえるとありがたいです
よろしくお願いします
それでは今回もありがとうございました
27:09

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