圧とお節介の考察
こんにちは。人生経験豊富で成熟しちゃった癒やし継続者占い師のりっぴーです。
今日はね、圧ってね、必要なのかなっていうお話をしたいなと思って、どういう組み立てにしようと思って考えたら、眠っちゃって朝になってしまいました。
はい。
最近ね、こう、いろんな学びをやっていて、
で、あの、圧ってね、圧を感じることが多いんですよね。
で、私は圧を与えないっていうのはね、すごい大事だと思ってたんですけど、圧って必要なのかなっていうね、感じになってきました。
で、私は人に勧めたり、アドバイスをしたりすることが、相談された時にそういうことをするのがね、お仕事じゃないですか。
でもこっちから見てて、こうした方がいいのになーとか、なんか大丈夫かなーって思って、アドバイスしたいなーって思うんだけど、でも余計なお世話かなーとか思ってね、すごく迷ってしまってね。
で、本当になんかこう、勝手に行くとか、勝手になんかアドバイスするとか、突然言われるとか、嫌かもしれないなーと思って、だからこうした方がいいと思うよっていうの自体が、なんか相手の自由意志を奪っているというか、なんか一生懸命頑張っているところに水を刺すんじゃないかとか、そういうふうに思ってしまって、見守ってしまうんですよね。
なのに、どんどんこうしなよ、ああしなよって言ってね、グイグイ行く人とかもいるじゃないですか。そうすると、うわーなんか、いやーなんかどうなのかなーとかね、思ったりするんですけど、でもそれをされることで、嬉しいとかね、思う人もね、いるのかもしれないですよね。
こんなふうに、私のこと気にかけてくれて、どんどんアドバイスしてくれて、嬉しいとかね、思う人もいるのかもしれないと思って。
でも、そこちょっとちょっとなーってね、私は昔結構ね、こうした方がいいよってね、言うタイプだったんですよね。人が言わないようなこととかも言って、なんか、これは私が言ってあげないときっとこの人わかんないかもとか思ってね。
なんか、善意でね、こっちの方が絶対いいと思うみたいなことを言ってたんだけど、その絶対いいって思うのは私の主観であってね、いろんな捉え方があるんだっていうね、私本当こうあるべきみたいなのがすごい強い人だったんで、そこをね、押し付けてしまうっていうことがね、結構あったんですよね。
だから、それの反省というかね、私の意見は私の気持ちだけど、その人にとっての正解とは限らないから、アドバイスをするとしても、あの、その人の意思を尊重したいし、それにね、これを伝えることでその人の、あの、なんか、ね、本当に余計なお世話かなーって本当に思ってしまっていたんですよね。
だから、余計なお世話と、その喜んでもらえる愛のメッセージとね、その境界って本当に難しいんですよね。
アドバイスの葛藤
で、私は、あの、占いのお仕事をしているので、結局ね、その相談に乗ったりアドバイスするってことは、仕事と同じことになっちゃうからね、そうすると、あの、なんかその、お仕事とお友達の相談との境界が曖昧になっちゃったりするところとかもね、あの、うーんってなる部分でもあってね。
なんかすごく難しいんですよね。
で、でもこう、そういう仕事をずっとしてきたからこそ見えることがあり、だけどそれを伝えること自体は、あの、なんか相談してくれてね、わざわざお金を払って相談してくれる人との差がついてしまう。
まあ平等ではないんじゃないかとか、そういうような、なんか、ね、思ったりとか、そういうのもすごい葛藤がね、あったりするんですよね。
だから、あんまりね、こう、自分からAってね、お伝えしにいけないなーって思ってたりするんですよね。
で、なんか、昔営業職やってた時も、そういう幼い営業っていうのをすごいこだわっていてね、なんか保険屋さんって圧があるじゃないですか。
だから、そういうので、絶対あなたにはこれはもうベストでしょ、このプランが最適ですとか言ってグイグイって言ってね、すごい営業成績を上げていくお友達とかを見ていて、うわーなんて強引な営業なんだと思ってたりとかしてね。
営業これとこれとこれどっち、どれがいいですかね、これがいいと思いますけど、とか言いながら私はもう最後にね、決めるのはお客さんみたいな感じでやってたんですよね。
だから、相手がうーんって迷ってたら、どうぞ迷ってくださいみたいな感じで、どれがいいのかを選ぶのをお客さんの選択。
それが誠実と思ってたんだけど、それじゃなくて、もう分かんないから背中を押してよみたいにね、思うこともあるのかなーなんて思ったりしてですね。
だから、背中を押してあげるのも愛なのかもしれないっていうのもね、なんか最近の学びとかでもすごい思ったりするんですよね。
でも本当に私はなかなか動けないっていうのは、やっぱり余計なお世話って思われたくないっていうのはね、人のために頼られたいっていうのもあるのかもしれないんだけど、
とにかく余計なお世話って思われたくないっていうのがあって、自分からアドバイスをしにいけないのかもしれないなっていうのを思ったんですよね。
で、こうした方がいいと思うよとか、なんか伝えることで、なんか、え、この人なんか下心あるんじゃないのとか、占いの営業とか、なんか講座に来てほしいんじゃないのとか、
そういうふうに思われたりすると、すごい悲しいなとか、なんか思うんですよね。
で、その人に気がついたことを伝えたいとか、人の役に立ちたいとか思ったりね、なんか、そういう正義みたいなものをなんか否定されたりするとすごくなんか、すごく嫌なんですよね。
だから、警戒されちゃったとか、なんかそうやって思われるのかなとか思うのが嫌だから動かないのかもとか思ったりして、
だからその余計なお世話っていうのをね、私も余計なお世話されるのがすごく嫌いだったりするんですよね。
だから、そういうことを人にやっているのかもしれないっていうののすごい、なんていうのかな、自分の、なんかね、罪悪感みたいな。
人の役に立とうとしているのは自分の自己満足なんじゃないかとかね、これただ自分が言いたいだけなんじゃないかとか、これ本当に人のためなのかなとかね、
いやでも絶対役に立つことだと思うんだけど、役に立つと思っているのは自分だけなのかなとかね、これ言われたくないのかもしれないとかね、
愛と営業の関係
なんかその人がこうなのみどみやっているのに、やっぱりこれをただ私がアドバイスをしたいだけなんじゃないかってね、思うと動けなくなっちゃうんですよ。
その人のことを思っているにもかかわらず、それは私がこうなってほしいっていうエゴなのかなとかね、思ったりするとね。
だから来てくれたときにその人に的確なアドバイスをするっていうのは、もうなんか、その方が望んでいるからできることであって、
だから私から行くってことは、私のエゴかもっていうのですごい迷うんですよね。
だからそのためを思っている愛があっても、あったとしても、なんか本当に自分のせい、自分がいけない、やってはいけない、そんなことをしたらいけないみたいなブロックがあるのかもしれないですね。
結局、そうやって伝えたいと思うことは、役に立ちたいってね、思っているんですよね多分ね、その人の役に立ちたいし、その人を導いてあげたいし、その人に良いメッセージを伝えたいって思うんだけど、
それって結局自分が選ばれたいからっていうかね、本当に嬉しいとか、りっびーさんありがとうとか言われたいからなんじゃないのとかね、結局自分自己満足なのかなとかね、思ってぐるぐるするんですよね。
やっぱり仕事も恋愛でもね、選ばれるっていうのが嬉しいじゃないですか。でも自分からぐるぐるいくっていうのは押し売りみたいな感じがするんでしょうね。
今も営業職56年やってきたことでね、押し売りみたいに警戒される態度ですよ。保険営業って保険屋でしょ、保険売りたいでしょみたいな。
だからそうじゃないでしょって言ってね、なんかアドバイスをしてるだけですよっていうような感じでやってきたんだけど、
でもそこで警戒されるっていうのも、でも結局保険営業の場合は保険を売らなきゃいけないわけだから、だからそこに対してのね、葛藤みたいなのがあってね、
その人がすごい古い保険に入ってたり、変な保険に入ってたりするんですよね、これを違う、こっちの方が絶対いいよって言いたいんだけど、
それってその人がすごく大切にしてるというか、昔自分でこだわりで選んだ保険だったりするのに、それを否定してはいけないと思うし、
だからその人が、これは変えた方がいいんだな、ちょっと相談したいんだけどって言われるのを待つみたいな営業スタイルをずっとやってきたから、
やっぱり今もこのアドバイスするっていうこと自体が押し売りだと思われてしまうのではないかっていう恐れがあるのかもしれないですよね。
だからこういうふうにいろんなふうに発信して、私の人と何を分かってもらって、あなただからお願いしたい、あなただから相談したいというふうに思われたいっていうようなね、
街の姿勢だったのかなーっていうふうに思ったりしましたね。
恋愛とかでもね、なんかイケメンがただ立ってるだけだとね、選ばれないじゃないですか。
だからイケメンが歌とか歌ってね、ほらすごいいい声でしょとか優しそうに見えるでしょってやってても、
自分のところが好きかどうかわかんないみたいなイケメンのところになんか行かなかったりすると思うんですよね。
だから、私はあなたのこと気にかけてますよみたいなアプローチ、あなたのこと魅力的だと思ってますよってやることで、
イケメンがとかって言ってね、なんかイケメン、この人と恋愛関係ちょっといいかもみたいに思われたりするわけじゃないですか。
だからやっぱり言った言ったみたいな発信をしてるだけじゃなくて、その人のことは心配だよとか気にかけてるよとかっていうことをすることで、
より好きになってもらえるんだろうなみたいな感じもしてね。
でもそれこそが営業なのか、下心あるんじゃないのとか、選ばれたいからやってんじゃないのって警戒されるんじゃないかみたいな風に思われるのが嫌なんだろうなみたいな。
本当に愛なのに押しつけとかおせっかいとかそういうふうに思われたくないっていうのもあるんだけど、結局その愛の裏側は結局私を占い師として認めてほしいとか、
なんかこう相談したいと思われたいっていうことなんだろうかとかね、そういうような葛藤があるんですよね。
だから見えてしまうことがあるわけですよ。この人はこっち側じゃない方がいいんじゃないかなとか、
こっち行ったほうがもっと早いのになとか思っても、でもそれを言うことでなんかすごい余計なお世話とか思われるかなっていうのがすごい悩んじゃうんですよね。
自己犠牲とアドバイスの葛藤
昔の私は本当にみんなに対しても愛を与えまくるみたいな感じで、良かれと思ったら何でもやってしまうしね。
だから相手のためにいろんなことをやりすぎてしまうタイプで、自己犠牲型のGiverだったんですよね。
だからすごい友達からの相談もすごく多かったし、相談が多すぎてですね、自分の時間がなくなっちゃう。
もう延々にあっちこっちからやたらと相談が来てね、それでも全部ちゃんと対応しすぎちゃったんですね。
占い師でもなかったから全部無料でやりすぎてしまって、これってなんかお金もらった方がいいんじゃないのっていうぐらいに消耗したんですよね。
だから相談をされる人になろう。こうやって恋愛とかめちゃくちゃ相談されるんだから、それをちゃんとお仕事にしようみたいに思ったことがあるんですよね。
だからやっぱり、与えるのは簡単なんだけど、そこに依存を生んでしまったりとかするのもいけないなと思ったりもするんですよね。
だから見守りながら、でもアドバイスするのはすごく抵抗があったりして、与えたいじゃないですか。見守ってて、こうしてあげたいって思うんだけど、
でも延々に無料っていう風にやっちゃうと本当にこのお仕事との境界がすごい難しいんですよね。
だけど、じゃあこのものを買ってくださいと思ってやってるわけじゃないですよ。
だけど、下心があるんじゃないかって思われちゃうんですよね。だから、思われちゃうんじゃないかと思っちゃうんですよね。
結局アドバイスした先に、やっぱり私を選んで欲しいっていう真相心理みたいなものがゼロじゃないんじゃないかって思うと、
じゃあやっぱり下心があって自分は動いているんじゃないだろうか。
エゴとか自分が選ばれたりとか認められたりとか思われたくてやってるのかな。
でもアドバイスしたいっていう気持ちって、何なんだみたいなところでね、やっぱりここってすごい迷うところなんですよね。
だから余計なお世話になりたくないし、嫌われたくないし、警戒されたくないしね。
っていうのがあってあんまり動けないなぁと思ってアドバイスしたいなぁと思いながら、距離感難しいんですよね。
なのでね、圧をかけないとか余計なことしないとか動かないとか遠くから見守るって大変な、つらくなる時とかあってですね。
だからあんまり何もしないっていうことを選んだ方がね、私も楽なのかもしれないんですよね。
何もしないければ嫌われないから押さないし、アドバイスもしないし、でもこれは余計なお世話だと思われないし、消極的な方が自分が守られているのかもしれないですよね。
お手伝いしてあげたいと思っても、お手伝いすること自体がその人が望んでいないのだったら、望んでいるんだったら全力でお手伝いしたいじゃないですか。
私を選んでくれたなら全力でサポートしたいじゃないですか。
だけどそれ自体にやっぱり下心とか警戒とかされることが嫌っているのでやっぱり動かないっていう、それって本当にその人のためになっているのか、動かないことがその人のためになっているのか、
嫌われてもいいから動くことがその人のためになるのかっていうのは本当に自分の心とかを大切にしたいというか、となるとやっぱり動かない方が楽なのかもしれないなとか思ったりしてね。
でも本当に何か役に立ちたい気持ちはすごくあるんですよね。
でも見てるのつらいみたいになってきたりするんですよ。
役に立てない自分との向き合わないといけない葛藤みたいなのとかね。
だから役に立ちたいんでしょうね。
役に立つことが価値っていうふうに自分が思ってきたりしたのかもしれない。
役に立たない私って無価値みたいなところにもなったりするのかもしれないし。
でもやっぱり押しつけがましいとか、おせっかいだとかっていうこと思われることに対する恐怖がね、結構過去のトラウマですよね。
圧と自己成長について
それで友達とかにすごいちょっと傷つけてしまったことがあるから、やっぱりその人の意思を尊重する方が私も楽なのかもしれないなと思ったりしています。
だからね、消極的な感じするよなと思うんだけど。
愛はあるんですけどね。下ごっこがゼロかって言ったらわかんないですよね。
自分でもねゼロじゃないのかもしれないし。
でもゼロでやってるつもりなんですよね。
いや、そんな選んでもらおうと思うんですよ。
ゼロでやってるつもりなんですよね。
違うとこ行っちゃうんだって悲しいじゃないですか。
でも全然いいんですよ。それはその人の選択だから。いいんですよ。
そっかって思うけど別にいいんですよね。そっちの方がいいわけだから。
それってまあそういうもんじゃないですか。
私だっていろんなことしてもらってもそこのサービスを選ばないことってあるしね。
だからそれはいいんだけど、そういう風になるのが怖いから動かないのかなーとかね。
悩ましいんですよね。
自分の中の葛藤があって受け入れのお世話をしないように控えて待って、
頼られたら嬉しいなーって思いながらいるのって、
これって何なんだろうなーみたいなね。カード引けよって感じですよね。
ただそれを昨日とか一昨日とか最近いろんな圧を与えられることが多くてですね。
圧って思うんだけど、その圧の中の愛を感じるので、
いやー圧にも愛を持った圧ならいいのかーとかね。
すごいね、迷ってるところです。
これも私のブロックですね。占い師だってブロックはあるんです。
みんな永遠にね、死ぬまでブロックなんてあってね。めっちゃくちゃたくさんあってね。
それとの戦いなんですよね。
そうやってみんな自己成長とか魂のレベルアップしたりしていくのでね。
はい、なのでこんな迷いのお話をしてみました。
皆さんはどうでしょうか?そういう風に思うことありますか?
はい、あと今日ですね、なんと熟女スナックがあります。
夜の10時から戦略的仮面風のカブさんのチャンネルであります。
概要欄の方にカブさんのチャンネルのリンクも貼ってありますので、
アーカイブはありません。
大人の社交場になってますので、楽しんでね。
発言とか出たり入ったり自由なんで、ぜひ遊びに来てください。
ではでは、今日もいい一日になりますように。
ハッピーを引き寄せましょう。
ではでは。