年度計画と実行機能の違い
実行機能を研究する。
はい、こんにちは、平林です。
こんにちは、イーノです。
意外と疲れるんですよ。
実行機能。
じゃあ、もうこれからは録音で。
はい、ぜひお願いします。
前回から新シーズンということで、実行機能を研究するっていうテーマを始めてみました。
そこでもう少し、実行機能について掘り下げていこうと。
エグゼキュティブファンクション。
エグゼキュティブファンクションですね。
で、私がイーノさんと自分の違いっていうのをよく感じる場面としては、
ちょうど今10月に入ってきましたけれども、
私、10月ってまだ、なんかそろそろエンジンかかってきて、
今年度のまだできてないことやっていこうかなっていう、
例えば、科研のことだとか、研究進めていくので、
まだここのところ進んでなかったから、もうちょっと進めていかなきゃなとか、
そういう、広げていくような段階で、
1月ぐらいになってくると、そろそろ閉まっていく方向にいっぱい行くんだけど、
それがイーノさんとずいぶんズレてるんですよね。
イーノさんは10月ぐらいから、もう今年度の終わりに向けて、
ラップアップしていくっていう感じでしょ?
そんな感じですか?
そうね。
具体的に1年間ってどんなふうに組み立てて、
だいたいこの時期はこういうこと、プロジェクトあるとしたら、
この1年ってどんなふうに組み立ててますか?
なるほどね。
っていうことを聞いてみたい。
なんかこう、
だからさ、一緒に働いてる人がこのポッドキャスト聞いてなきゃいいなって、
ちょっと思いながら話すんだけど、
10月には今年度の締めに向けた流れを具体的に進めていく段階に入ってるっていうのは事実なんだけど、
同時に来年度の計画を立ててる。
4月からの。
つまり、来年度っていうのは10月から始まってるってことですね。
そうね。
で、何でそうなってるのかっていう、
これね、だからね、この個人の研究がそうなってるっていうよりは、
やっぱりそのプロジェクトを回してるから、
そこにはメンバーがいて、複数の。
で、そのメンバーは人間で。
でまぁ結構いろいろなね、
それぞれ性格とか認知的な特徴とかタイプとかあるわけよね。
でも一つ共通してることがあると思ってて、
みんな4月はやる気に満ち溢れてる。
10月になるとトーンダウンしていく。
人によってはもっと早くからトーンダウンしていく。
見失っていく目的をっていうのがあるの。
だから10月に非常に具体的な目標、
例えば6ヶ月後にこれを仕上げといてね。
書いてねっていう。
アウトプットの明確な。
を示すことによって、もう一回エンジンかけてもらう。
で、まだプロジェクトは進んでるわけよ。
そのデータ収集とかね。
で、でも書くっていうことを念頭に置くと、
そこを意識するじゃん。
4月5月はそれぞれ非常にモチベーション高く講習はしようと思ってやってると思うんだけど、
それぞれ結構見ているとちょっと迷い始める。
だから10月にちょっと調整、計画を調整して、
いいこととは思ってないよ、これは。
だけどそのプロジェクトって結構年度末にちゃんと報告書出さなきゃみたいなのがある関係もあるので、
そこを目指して計画を調整してもらったり、
必要な変更してもらったりっていうのをしてもらえたらなっていうのでやってるところはある。
成果物ごとに変わる計画の解像度
それは管理職的な視点ですよね。
そう、ピュアに。
じゃなくて自分、リーノさん自身のプロジェクトを進めているとしたら、
どんな計画で、というかどんな時期なのかも聞きたい。
だからそのプロジェクトが何かによって違うと思うの。
例えば学術論文なのか、それとももっと厳密さが必要ではない雑誌論文、
雑誌の原稿なのか、エッセイなのか、書籍なのかによって違うね。
もうなんかこの時点で違いが明確ですよね。
そう。
だから解像度が高いわけですよね。
計画っていうのはより具体的なものでないと。
というかものについて考える。
だからそれ学術論文なのかエッセイなのかによって、いつ着手するかとか、そういうのが違うっていう、
もうそういう前提が敷かれていて、
なんか私のその初めの質問っていうのは、それがそもそも不明確で、
だから計画っていうのはあまりこう、イメージ的に立ててないと思うんですよね。
だからそういう質問を。
そうだね、するかもしれないけど。
だからもうそれによって、それでも経験も必要で、
こういう原稿を書くんだったらこのぐらい必要だなとか、
このテーマで書くんだったらすぐ書けるけど、
ちょっとこの別のテーマで書くんだったらリサーチが必要だからもう少し書くなとか、
そこは最初に、その依頼を引き受けるときに考えてる。
それって、だから経験が必要なわけですよね。
書籍制作で計画を修正する難しさ
過去にやったことがあったりして、だいたい当たりがついて、
そうじゃないものはどうすればいい?
そうじゃないものは結構苦労する。
例えばね、書籍の中でも新書を出しませんかっていう依頼があったの、数年前に。
で、新書ならすぐできるかなと、1年間ぐらいできるかなっていうふうに思ってたので、
特に私の場合、授業で結構しっかりしたものを書いてたから、
それを元に原稿化すればいいから、書けるだろうぐらいに思ってたんだけど、
書いてましたよね。
書いてはいるんだけど、書いていたんだけど、やっぱりね、
最初の見通しは甘かったなっていうふうに思った。
新書に取り組んでて、やっぱり10章だてなんだよ、計画がね。
それで自分の中では、それがその有機的につながっているイメージを持って、
最初の計画案を出したんだけど、書いてるうちにやっぱりこのパーツ足りないなとか、
授業でしゃべるのと原稿書くのって違うね、新書とはいえ。
このパーツ足りないなとか、ここの部分つながってないなっていうのがボロボロ出てきて、
それで、ちょっとどうしようかなっていうふうに思ってたときに、
仕事のほうも忙しくなっちゃって、ストップしちゃったんでね、その作業が。
だからあれはやっぱり、計画のときに自分に甘さがあったなっていうふうには思った。
なんかね、書籍ぐらいの大きさになると、やっぱりかなり計画を立てても、
修正を求められるっていうか、修正しながらもう一回やってみてっていう作業が必要になってきて、
だから数年ぐらいは見越しといたほうが、自分の納得のいくものは書けるのかもしれないなと。
何でもいいんだったら、寄せ集めでいいんだったら、それは出せるのかもしれないけど。
そうですね。
で、逆にエッセイとかだったら、何でもいいわけでしょ?
なので、1日2日あれば書けるなって思うから、その時間をどこに確保するかっていう話になってくる。
なるほど。だから、より大きいものは、構成とか整合性とか、そういったものを取らなきゃいけないから、
結構まとまった時間をそこで計画として作っておくか、もしくは計画段階ではうまくいかなかった部分を直していく構成とか、
やり直して書き足したりするような時間が必要になってくるっていうことまで織り込まなきゃいけない。
そうね。それをでもあらかじめ、このぐらい必要っていうふうに定められないものなので、
ある程度やって、振り返って、計画立て直すみたいなことを続けてると。
本当はさ、出版業界の話になりますけど、編集者っていう人が、例えば丁寧な人がいて、
そこでその、第1のところ出してさ、で、その足りないところや、っていうところの作業を一緒にやってくれたり、
じゃあ次の計画、もう一回その計画立て直して、
じゃあその忙しさとの兼ね合いで、いつごろできそうかみたいなのをやってくれたなら、もう少しやりやすいですよね。
まあその編集者も今すごいいろんな企画抱えてて忙しい人が多いから、
あのなかなかね、その自分も時間作れないっていうのもあるし、
やっぱりこの全体のその章とかの有機的なつながり、単なる整合性じゃなくて有機的なつながりをどう作り発展させて、
その後半に持っていくかみたいなのは、わかんない、その編集者でもできる人いるのかもしれないけど、
やっぱりそこは書く自分の、書いている自分のクリエイティビティが一番発揮される部分かなとは思う。
人の力と時間が実行を支える
それはそうなんですけど、私今回さ、本を作っている中で、
編集者の人ありがたいなって、やっぱり思うのは自分がそうやってさ、取り組むためのモチベーションのところとか、
あ、そうだ、なんかその後ろめたさとか、自分が取り組めてなくて、
あの企画が遅くなってて、ちょっと申し訳ないなとか、もう忘れられてるかなとかさ、
それをさ、こうなんか、いや大丈夫ですよーって言ってくれたり、もう一回計画一緒に立て直しましょうとか、
内容を一緒に作るっていうよりは、そういう役割、あなたの書いているもの面白いですよーって言ってくれて、
まあモチベートしてくれる。そうそう、そうなんだと思った。
それがやっぱり必要な面、大きい。
私はあんまりそこは必要じゃなくて、やっぱりあるの、明確にね。
こういうものを出したいっていうのがある。時間が足りないだけですね。
ただ、時間が足りないっていうのと、それを形にするのに、まだちょっと手がかりをつかめそうで、
まだちゃんとつかみきれてなくて、これはしっかりこう、そうね、時間をとって考える必要がある。
なんかさ、その人の力っていうのはさ、優先順位を上げてくれるじゃん。自分の。
だから、例えば井野さんだったら1年目の授業があったら、2年目の授業があり、3年目の授業もあるわけだからさ、
その間で、そういうモチベートしたり、もう1回話し合ったり、別にそれはさ、内容をその人がやるんじゃなくて、
自分がそれに取り組むきっかけみたいなのがさ、強制的に現れて、だから何かやるためには人の力が必要になる。
だから、実行するためにはやっぱり人の力も必要って、やっぱり環境ってそういうことでもある。
それはそうなのかもしれないね。
でも井野さんはそれ比較的さ、授業でそれをやったり、フィードバックをさ、してもらったりして、
かなり明示的にやってるけど、それの今難しいなと感じていることっていうのは、時間か。
時間だろうね。
でもちゃんと考えようと思って座って考えれば、情報を並べてできるんだとは思うけどね。
なんか自信はあるんだけど、変な言い方だけど、できるだろうなっていう、
できることしかやらないわけだから、やれないわけだから、できるだろうなっていう自信があるけど、
ちょっと、うん、なんていうのかな、短期的な仕事がちょっと優先されちゃって、
その中長期的に取り組まなきゃいけない本の作業とかっていうのが、やや後回しになりがちっていうのはあるよね。
そうですよね。
そう、だから夏休みとかさ、そのお正月とかにやるんだけど、
今年はちょっと夏休み忙しかったなとかね、そういうのはある。
作家っていう職業だったら缶詰にされて、書き上がるまでこれ以外のことはしちゃいけないみたいな、
できるのかもしれないけど、いろんなことやるから難しいですよね。
でもいろんなことやる中で、その材料はたまっていってるから確実に、
それをどう結びつけて発展させていくかっていうか、の部分だろうなと。
だから全然前に進んでないっていう感覚はなくて、
そろそろちょっと真面目に風呂敷の中に包んであったものをちょっと出して並べて、
どういう構成に仕立て直せるか考えようかなみたいな感じかな。
ちょうどね、先日もその編集者の方が来られてましたもんね。
それはある。
ちょっと中途半端な話になっちゃったけど、また引き続き。
そうです。
どんな風にやってるのか。
だから今日はその計画の解像度がちょっと違うんだなっていうのが分かったってことですかね。
そうそう。
私はやっぱり計画立てながらやってないのかもしれない。
計画立てずに何をしているのかが不思議だけど、その話を聞きたいわ。
計画というものの前提自体が共有できてないのかもしれない。
面白いね。
計画は立ててるんだと思うけど、井野さんが立ててる計画とはやっぱり解像度とか全然違うのかもしれませんよね。
その辺はまた話し合いましょう。
はい、以上です。ありがとうございます。