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原稿、どうやって書いてる?
2026-10-30 20:02

原稿、どうやって書いてる?

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サマリー

平林とイーノが、原稿やハンドブックをどのように書き始め、締め切りまで進めるかを語る。イーノは構想を広げながら締め切りに促されて具体化する一方、平林は引き受ける時点で全体像や参考文献を見通し、書きながら計画を修正する。二人は、体験や事例を抽象化して伝える方法と、既に言語化された研究を材料にする方法の違いを整理する。後半ではディスレクシア議事体験への批判にも話が及び、次回は実行機能の話に戻ることが確認される。

ハンドブック作りと締め切りの働き
実行機能を研究する。
はい、こんにちは、平林です。
こんにちは、イーノです。
前々回から実行機能というものを研究しようということで始めてみました。
で、前回は、1年の中のいつの段階から最終的な目標に向かってラップアップ始めるかっていう話をしていましたね。
なんかあんまりだからさ、そういう、なんだろう、そういう、だってさ、いくつものプロジェクトを個人のも含むと持ってるから、いつぐらいからラップアップって言われると結構難しいかもしれないな。
それはそうなんだけど、私はいつもそういうことをあまり考えてなくて、達成しないといけない目標っていうのがあるっていうのは認識しながら動いてるんだけれども、それをだから広げていく方向に。
そうね。
こうした方が面白いんじゃないか。
下手するとだって2月末締め切りなのにさ、2月から風呂敷広げていくもんね。
だって関係ないじゃないですか、目的のためは。
私は前回話したように、そのプロジェクトの大きさによって変わってくるのかなと思うよね。
小さいものはもう先にやっちゃう。いつぐらいからラップアップじゃなくて、もう今やっちゃう。
なんかね、私の感覚、これはハンドブック作りで事例にお話ししたいと思います。
インクルーシブな学校作り、ハンドブックというのを。
一緒に作ってるんですよね。
一緒に作っているので、私のことを観察しているのはその事例が多いですよね。
インクルーシブな学校作り、ハンドブックについて言うと、結構ぼんやりしててやりたいことが。
それで、なんか面白い。こういうふうにしたらいいんじゃないか。
ああいうふうにしたらいいんじゃないか。
こういう人のエピソードを入れたらいいんじゃないか。
と思いながら足踏みしてる時間が長い。
それはでも計画なのかって言われると、
アイデアだね。
前回の井野さんの全体的な、こういうふうにしたいみたいな方向性みたいなものを探っているっていう感じではあって、
それが明確になってこないと、
じゃあ実際に依頼して書いてもらおうとか、インタビューしようとかっていうところに行かないじゃないですか。
だから、それを助けてくれるのは締め切りなんですけど、
でもその締め切りの認識っていうのがちょっと遅いみたいで。
だいぶ遅いと思う。
じゃあ早めに締め切りを突きつけられたらできるかって言われると、それはそれで。
そういうことだよね。
時間かかるは時間かかるんですよ。
お尻に火がつかないとっていうね。
お尻に火がついてないわけでもなく、構想してるっていうか、
足踏みしてるっていうか、
考えてるっていうか、どうしたら面白いかなって。
でもいいところだと思う。
このタイミングでその風呂敷を広げていくのっていうところはやっぱり見ててあって。
私、昔の職場はそれ前日にやるからね。
周りが?
ボスが。
明日ですよって。
明日でもやり直すっていう文化にいたので、まだ。
それはちょっと今は問題ありって言われるけど。
だから今は自分としてはそこまでのことをしているっていう。
自覚がない。
なるほど。
結果的にいいものになっていくのであれば、それでもいいかなと思って見てます。
だからもうちょっと工夫できることがあるなら、工夫したいとは思ってます。
原稿の計画と参考文献
この話は前もしたような気がするんだけど、やっぱり私は始めたときにもう締め始めてるんだよ。
だからもう計画が出来上がってるってこと?
それとも、それは修正しつつなんだけどね。
この間、心象の話をされてるじゃないですか。心象みたいなものは始めたときには。
もうイメージはできてるのね。
ただそのイメージがちょっと甘かったなっていう。計画に甘さがあったなっていう。
このままでは自分の納得のいくものにならないなっていうのを途中で気づいて。
そっかそっか。どうしよう。これはちょっと計画を練り直さないといけないなみたいな。
そういう感じだよね。
でも何にしても、その一つの原稿にしても、最初に考えていた。
これは通りにはいかないことっていうのが必ずあって、途中でその修正をかけるみたいなことはするよね。
でもまあ引き受ける段階ではもうその計画がある程度。
ある程度。
見通せるときに引き受けて。
そうそう。こういうものを書こうと。
参考文献としてはこれとこれとこれが中心になるかなみたいなところまでは考えてる。
言語になっていない考えを事例で伝える
じゃないとやっぱり書けないからね。
そういう意味ではそこはその計画、プランニングのところで、
私は多分参考文献、これとこれとこれみたいなのは、領域の違いもあるかもしれないんですけど、
考えてから原稿を書くっていうのはしてないかもしれない。
どうやって書いてるの?逆にどうやって書いてるの?
どうやって書いてるんでしょうね。書きたいことを書いて、
私その本当に日本語第一言語ですかって。
この間言われてたよね。
この間言われてましたけど。
出してから、頭の中にあるアイディア日本語じゃないんですよね。
日本語になってないから、それを日本語に起こして、
見てみて、眺めてみて、これ日本語として通じてるっていう風になって直していく。
編集者の方に言われたのは、その日本語第一言語ですかって言ってくれたのは編集者の方ですけど、
直せるんですねって。出したものは。
そう、出したものは直せるんですよ。その日本語ユーザーとして。
だけど、頭の中にあるものは日本語じゃないんだよね。
興味深いよね。
でも結構さ、ディスレクシアの子もそうですよ。
頭の中にある日本語じゃないんだろうなって。
結構そういうタイプの子いるなと思って、私はシンパシーを感じる。
脳のさ、機能でいくと、言語の領野っていうことになるのかな。
まあ、そうかな。
ちょっとわかんないですけど、実際に自分の脳活動を見たことないから。
どうなんでしょうね。もうちょっとなんかこう、日本語じゃないっていう言い方もおかしいかもしれない。
言語じゃないっていう感じかな。
でもイメージでもない。
エピソードみたいなものですよ。
こういうことがあって、仕組みみたいな。
こういう風になったらこういう風になる。
テクノロジーで言うと仕組みみたいなものですよね。
機構みたいな。
だから人間の行動を見て、そこから読み取ったものが言語化されてはなくて、
あー、これなんか似てるなーって思って。
で、初めて言語化してみる。
で、人に初めて話すときには通じないっていう。
何のこと言ってるのかわかんないって言われて、
あ、この言い方では通じませんか?と思って、この言い方ではどうですか?とか。
それで私が編み出したのは事例を通して伝えるっていう方法で、
事例を通して伝えると伝えられるんですよね。
だから追体験してもらうのに近い。
相手に追体験してもらって、自分が伝えたいかったことを伝える。
話が逸れましたけど。
いや、そう。興味深いなと思って。
いや、すごいなとも思うんだよね。
実際、平昭さんと、今一緒に本作ってるから、
書いているプロセスっていうのも横目に眺めてて、
随分自分とは違うからね。
興味深いなっていうのと同時に、すごいなとも思う。
でもその一般的な方法、私が一般的じゃないかも自分にはわからないっていう。
私もわかんない。
そうだよね。
他の人がさ、どういう風にしてるかっていうの意外と知らないじゃん。
例えば本を読むも、他の人はこう読んでるっていうの知らないし、
書くはね、もっとそうだったりするよね。
その結果しか見えないからね。
だから関係ない話していいですか。
漫弁っていうテレビ番組があって、
漫弁?
漫画の漫に勉強の弁かな。
漫画家がどんな風に漫画を書いてるのかっていうのを、
有名漫画家に密着して描いていくっていう。
ドキュメンタリー的なやつで。
結構面白くて。
その漫画家がこういう風に漫画を書いていくんだっていうのが。
違いがあるんですよ、その人によって。
結構いろいろ違うのは違うんだろうなと思いながらも。
はい。
そうね。
研究材料から書く方法と読者への調整
平林さんは事例っていうのがさ、
豊富にあるから、20年の臨床実践を通して得てきた事例っていうのが、
一応頭の中にあるわけでしょ。
この事例と、ここで起きたこととここで起きたことに似てるなみたいな感じで、
拾って、結び目を作ってみたいな。
そういう感じなのかな。
そうですね、多分。
あ、同じ仕組みだねって。
こうなって、こうなったんだねっていう感じですね。
だからそれはさ、体験だから、言語化されてないものもたくさんあって、
だから言語化するのに時間がかかるというか、労力をより多く必要とするのかなって思ったのね。
少なくとも言語をどう書いてるかって話なんだけど、
私はさ、体験をもとに書くっていうタイプじゃなくて、領域じゃなくて、
専攻研究をもとに書くじゃない。
だから専攻研究って言ったらもう言語化されてるね。
そうだよね。
こういうテーマで書いてくださいって言った時に、
だからさ、頭の中に大きな図書館があって、
このテーマだったらここの辺かなって、
この辺りに置いてあったこれとこれとこれを、
マジで?すごいね。
これとこれとこれでちょっと書いてみようみたいな、そういう感じです。
ただ実際に書き始めると、もう一回読むわけでしょ、論文。
そうすると、あ、ちょっと自分が思ったのと違ったな、みたいなのあるから、
じゃあちょっと違うやつとかさ。
で、また別の読んだら、
あ、これを引用するためにはこの人が参照してるやつも読まなきゃとかさ、
そういうのでどんどん参考文献リストみたいなのが広がっていくんだけど、
基本的にはそういう風に書いてる。
材料、もう言語化された材料があって、
それを引っ張り出してきて書いてる。
なるほど。なんか私と井野さんの組み合わせっていうのが、
うまくいくというか、
こうそうするというかっていうのは、
たぶん井野さんの話を聞いた時に、
私はそういう言葉で記述するんですねって思うことが結構あるんですよ。
井野さんの授業を聞いていて、
自分が経験、私はたぶん子供の話を聞きながらそれを追体験してるっていうか、
経験してるのと近いんですよね。
それは一応言語化されているんだけれども、
抽象化されてはいないっていうか。
それを一緒に追体験している。
その体験を集めていて、
それがこういうふうに言語化されるのか、抽象化されるのかっていうことで言葉を得て、
それを使うと人に伝わるっていうことがありますね。
そういうことかなと思うんでね。
私はもうすでに言語化されている、
ある程度抽象化されているものが材料にあるから、
それを改めて言語化するっていう時の労力が少なくて済んでるんじゃないかと思う。
だけど言語化されたものっていうのは抽象化されてるから、
これって一体どういうこと?
そこはだから、想定する読者に合わせて変えていくわけでしょ。
中学1年生に話す時にはもうちょっとこういう言葉とか、こういう事例が必要だなとかいうふうにして。
大学3、4年生だったらこんぐらいの抽象度でとかね。論文だったらもうちょっと抽象度高くとか。
ただ私はあんまり抽象度が高いすぎるものも得意ではないっていうか好きじゃないんだよね。
枝葉がなくなっちゃって幹だけのもの。
好きではないから多分一般的な学者よりは抽象度として書きたいタイプかなと。
だからさ説明もしてくれるんですよね。こっち側に寄ってきてくれるっていうか。
伝わんなきゃ意味ないじゃん。
私は学者の中だけでいろいろあだこだ言うのはあんまり好きじゃないっていうか。
しょうがないじゃん。そんなこと言ったってみたいな感じだから。
そっちは見てないんだよね。
ディスレクシア議事体験への疑問
今全然関係ないこと思いついたんですけど言っていいですか。
10月ってディスレクシア啓発月間っていうことで議事体験ってあるんですよね。
ディスレクシアの議事体験っていろんな団体が作ったりしてそれを配布して経験をシェアしてるんだけど。
私議事体験って好きじゃなくて。
井野さんも議事体験のマイナス名みたいなの指摘してると思うんですけど。
私もともと好きじゃなくて。
それはたぶん子供の話を聞いた方がよっぽどよくわかるのにって思って。
議事体験してもよくわからない。違うんじゃないのって思うわけですよ。
作られた体験。自分はだって読めている、書けているある程度。
中で調整されたその作られた議事体験っていうものが本当に議事だからね。
難しいわけですけど、そこは作るのが。
作るより話を聞いてそこに想像力を働かせていた方がよっぽどよくわかるんじゃないのって。
よくわかろうとして議事体験をするわけじゃないからじゃない。目的が違うんだと思いますよ。
議事体験っていうのはその一時的に何らかの障害がある状況を安全に体験して元の世界に戻るっていうそういう仕組みでしょ。
だから理解するにはあっちの世界に行かないといけないのよ。
そうでしょ。それは危険なことでもある。リスクもあるから人にとってはね。
それをしないための方法だと思ってるから私は。
だからやっぱり立場逆転させたその社会モデルの偶話の話の方がよっぽどよくわかる。
そうそう。頭の中だけで起きることだけど。
揺さぶられるからね。揺さぶらないのが議事体験だと思う。安全性なんだよ。
揺さぶらないのが議事体験。揺さぶらないのがDI研修みたいな。そういう感じじゃないかな。話がそれだけ。
実行機能の話へ戻る
それましたね。
次回はもう一回実行機能。
元々は実行機能の話。
実行機能の話に戻そう。
そうですね。今日の話何か実行機能要素ありましたか。
実行機能っていうよりはやろうってなった時にどうやってやってるかっていう違いだよね。
そうですね。
あとやり始めたらできる。
その部分じゃない?平林さんにとっては。やり始めるまでの助走が以前は非常に長かったっていうことを言ってたから。
そうそう。だけどやり始めてもどうしようか決まってるわけじゃないことっていうのはできるわけじゃないっていうことですね。
その部分はやっぱり、言語になっていないものを言語化しようとする時の難しさでもあるかなとは思った。
じゃあ引き続き、ちょっと今日は話がそれましたがまた戻していきたいと思います。
はい。
20:02

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