で、その理由の一つは、このポッドキャストでも話したけど、
対人関係精神分析に基づく心理療法っていうのを受けてたときに、
カウンセラーからある日ね、
飯野さんは、人間関係こじれると相手が切る前に自分から関係切っちゃうようでしょうか、みたいなことを言われたんですよ。
で、そのときにものすごい思いがけない指摘だったのね。全くピンともこない。
で、そのときの私が直面した問題っていうのは、相手からものすごい攻撃を受けてて、
相手が、これまでは相手の思い通りにあるし、私はいろいろサポートを提供していたと思うんだけれども、
一度断ったの。で、そうすると、思い通りにいかないから、向こうはものすごい攻撃してくるじゃないですか。
で、こんな弱くてみじめな自分をいじめるのか、みたいな感じで、わーって言われたときに、もう私いいやって思っちゃったの。
そうですね。
で、その話をしたんだよね、カウンセラーに。
そしたら、そういうふうに言われて、いやだって、もう無理ですもん、みたいに思って。
でも、やっぱりそうやって振り返ってみると、このポッドキャストでもちょっと話したけど、
人から致命的に斬られる前に、致命的に斬られるっていうのが怖いから、先に自分から斬っちゃうみたいなパターンはあるのかなっていうふうに、
思っている側面っていうのはあると思う。
でもそれでも、今振り返ってもね、あそこまでのやっぱりバリバリ雑言を言われると、やっぱり私も難しいなぁとはもう多くの場合においてね。
それはあるかな。だから今でも、わからない。平林さんが目撃した状況っていうのはまだ私には受け止めることができた。相手の苦しみもわかるし。
特に役割としてね、私は教員で、相手は学生だし、圧倒的に力関係がそこにあるから、ある程度は許容できた部分っていうのもあるのかなぁとは思うよね。
ある種の役割っていうものを持った関係性っていうのも、そこは助けてくれるところがあるかもしれないですね。確かに関係性を維持する上で。
なんかその、見てると更新されていくっていうのが、その人に対する認識が更新されていくんだなぁって。それが、もし回避型だと回避するので更新されないんですよね。
そうだよね。その時のちょっとネガティブなイメージのままで留まっちゃうよね。
それが更新されるなって思うし、井野さんと話してても、すごく怒っていても説明すると聞いてくれるっていうか。
すごい怒りながら。
怒りながらも聞いてくれるっていう感じがするんですよ。
そういう対話可能性みたいなものを常に開いておくっていうことはかなり努力してやってるかなとは思う。でもやっぱりかなりしんどいことではあるから。
むしろバリズ黄金みたいなものを受けた時には撤退するほうが安全だし、そこを使命感とか、むしろ見捨てられ不安みたいなもので。
収着とか依存が強くて、撤退できない方が関係性としてはしんどいというか。
そうね。責任感強い人とかこそ巻き込まれちゃうっていうのはそういうことではあるんだと思うけどね。
そういう依存がなかなかというよりは、そういう面もあるのかもしれないですけど、それよりは更新ですね。対話可能性更新ができるっていうところがニュータイプというか。
そこはね、一つには、これは50数年間生きてきての学びの一つだけど、人間って非常に多面的であるっていうことなんだよね。
特定の文脈では、もう本当にこちらから見ると手がつけられないぐらい取り乱して、場合によっては攻撃してくるような人であっても、別の場面では非常に、
例えば困っている友人に対してすごく親身になって助けようとしたりとかさ、で実際に動いてね、自分でねっていうようなところもあるわけですよ。
一面的だけ、ある面だけ見て、わがままだとか、自己中心的だっていうふうに決めつけてると、別の側面っていうのを見過ごすじゃないですか。
だから、そういう人間って多面的だから、この関係性、この状況においてそういう行動がね、出てるんだろうなぐらいには思ってますよね。
そこでその相手の人格みたいなものを決めつけるっていうことはあまりしないかもしれない。もうちょっと違う文脈になると違う側面が見えてくるんだろうな、楽しみだなみたいな。
人の人格っていうものをもう少し人との関係性において一時的に生まれるものみたいに思ってるんですかね。
思ってるとは思うし、それは昔からそう思ってましたっていうよりは、やっぱり長い期間をかけて、いろんな経験を重ねることで学んできたというか、部分はあるんですよね。
ある種の成功体験があるからこそ、辛抱強くなれるっていう側面はあるのかなと思う。
心の中では嫌だなっていうふうに思っていたりとか、不審感を感じるとかね、そういうのはあるんだけど、
それは一旦その人を前にしたときには抑えて、違う側面を観察しようというか見ようというかはするかも。
私とかあんまり感情が前に出てこないタイプなので、飯野さんが表出しているぐらいの感情を表出しているとしたら結構それはしんどいことでかなり。
しんどいですよ。
だけどそれは一時的でもあるというふうに。ぐるぐる回って3週ぐらいしたら、じゃあちょっと切り替えてみようかみたいな感じになっているように見えるときがあって。
だから何ていうのかな。やっぱりちょっと処理の仕方が違うんだなって。
そうだと思いますそれは確実に。私はもう圧倒的に、論理的に処理するっていう感じはしてる自分で。言語的に、論理的に。
それが出しながらやってるよね。だから感情的にも見えるんですよ。
そうですよね。
だけどそれを言語化して。
言語化していく過程の中で感情を削ぎ落としている。
平昌さんが寝て起きたら感情が削ぎ落としてる。
私はそれはできないんですよ。
自分の中に特にネガティブな、嫌だなっていう、不愉快だなみたいな感情があったとするじゃないですか。特定の人間関係の中で。
でそのまま寝ると必ず夢の中でそれを見て、その人とやり合ってますから。
だから夢を見ててか寝て忘れるってことはできない。
むしろその夢の中で自分の感情を出してる相手とやりとりしてね。
それで言語化してるんだと思うんですよね。
でそれをよりその抽象度を高めていって、高めていって処理してるっていう感じがする。
なんか私からすると、私の処理の仕方だと感情を高ぶらせて大きくしてしまうと難しくなるんですよ。
そうですよね。
だからあんまりそういうことはしないし、もしそういう風になっていくときは少し離れるっていう。
自分がちょっと近づきすぎてるんだなっていう。
なるほど、なるほど。
ちょっと考えて、ちょっと離れて。
じゃないと燃えてしまうわけですよね、そこで。
めらめらと。
うまく考えられなくなっちゃうみたいな感覚があるんですか?
処理の仕方が多分違うから、考えて処理するわけじゃないから。
私はその感情的になってる時も、感情的になってるなって自分で思うんだけど、
一応一旦出してみようみたいな。
自分の中に何があって何が嫌で何に違和感を感じてるのか。
だからそれ聞いてると、あ、だったらちょっともうちょっと離れたらいいんじゃないの?っていう風に。
私のパイプから考えると感じるんだけど、あ、でもちょっと違うんだなって。
そうですね。
思うんですよね。
出すと、私はね、言語的に出すとちょっと収まってて。
それで、あ、自分こう思ってたんだなっていう風に。
出して広げてみるみたいな感じだよね。
あ、私こういう風に思ってたんだ。
で、まあでもちょっとここは相手にとってはフェアじゃないよね、みたいな感じで分析を始めて。
で、まあでもちょっとうまく伝わってない。
お互いの認識に相互があるっていうことでしょ、結局。
相手と衝突するっていうことは。
だからどの辺に誤解があるのかな。
じゃあちょっとね、その誤解を解くためにちゃんとこういう風に説明してみようかな、みたいな。
なんかね、その井野さんのぐるぐる回りながら消化していくこう螺旋のようなプロセスに付き合ってると、私は。
スパイラルアップだよね。
1回目、2回目ぐらいまではふんふんって聞けるんですけど、3回目ぐらいからその話こうこうこうでこうでしたよねって言いたくなって。
話が聞けなくなるっていうことがたびたび、たまにあって。
で、全部話聞いてくださいって言われるんだけど、
だけどこの話さっきと同じでこうでこうでこうでしょってことはさ、結論としてこうでしたよねって言いたくなっちゃって。
なんかその、やっぱりこう話を聞けなくなるとき自分が、人の話聞けなくなるときっていうのがどんなときかっていうのを、
まあ学校の先生との研究会なんかで子どもの話を聞くっていうテーマでディスカッションするときなんかあるんですけど、
そういうときも、もうまあどういうとき話聞けなくなるかって人によって違うんだなとは思うんだけど、
私はそういうときなんですよね。
同じ話を延々されると、それ一緒に整理して、論理的に考えて、
それ本人に聞かないとわからないですねってなりましたよねっていうふうに言いたい気持ちが出てきて、
だけど多分井野さんは別の解釈可能性を探しているのか。
でも同じ話なんですけどね。
なるほどね。
でも何か違いがあるんでしょうね。スパイラルアップだからね。
あるんだと思いますね。
具体的に何が起きているのかっていうのはちょっとまた分析しないとだけど、
ちょっと話変わるんだけど、最近、井野さんがAI使って解釈を相談してて、
その解釈が、私が言ったことと同じだったよっていうふうにすごい言ってくれる。
それは私どう考えればいいのかちょっとわかんないけど、そうですかって感じなんだけど、
それを他の人に話した時も同じだったよとか、ちょっと違ったよみたいなふうに教えてくれて、
そうやってやっぱりいろいろなことを、何人かで裏を取ってというか、
人にどのように違っているのかをデータを集めてるんだなっていうのは感じることあって、
たぶん3回ぐらい、3人ぐらいは、Nイコール3ぐらいはデータを集めて、
やっぱそうかなっていうふうに。
自分も薄々そうかなって思ったんだけど、それを核心に変えるために何人かのジェミニーも含めやってるんだなっていうのが。
でもそれがだから解釈の変更の可能性を常に持ってるということと、表裏一体ということですね。
なのかなと思うけどね。
ちょっとまあ確かに不思議ではあるんだろうなと思う。
不思議とはないんだけど、そういうスタイルなのかなっていう。
結構その集中力がすごいから、それに対する。
ちょっと心配になることもあって、何とかそれの処理途中で止められないだろうかなと思う時あるんですけど。
集中するのは良くないんじゃないかっていう。
そうそうそうね。
途中で止めて置いといてまた続きは明日みたいな方がいいんじゃないのかなって思うんですけど、なかなかそうもいかないみたいですね。
だから一通りの壁打ちは。
せないと夢に出てくるっていうことですね。
夢に出てくることは、つまり睡眠としてはあまり良い睡眠になってないってこと?
なのかな。朝起きて疲れてるからね。
嫌な気持ちになってるし。
眠れてるっていう感じではない?
眠れてると思ってるんだけど、でも朝起きてすごく嫌な気持ちになる。
そうなんですね。
だから自分の中で一旦の落ち着きどころみたいなのを見出しておかないと、すごく消化不良のままだと眠れなかったり、夢で見て悪夢になるみたいなことがあるから、どうしてもやってしまう。
でも最近はさざ波というかスパイラルの輪の数は減ってるんだなって。それはジェミニーのおかげなのか。
AIのおかげかもね。
それだけでもAIの前から減ってる気がしますね。
年かな。
疲れちゃって。
いや、わかんないですけど。どうですかね。
それがカウンセリングの効果っていう。
そう、徐々に徐々にっていうのはそうかもしれない。
世界との信頼を取り戻していくっていうことで、余計なことをいろいろと恐れないで済んでるみたいなことはあるのかもしれない。
だから以前はミーティングの度にモヤモヤするところを反数してるっていうのが観測されて、結構大変そうだなって思ってたんですよ。
そうなんですよ。相手の言ってることが意図がよくわからなかったり、なんでみんなわかるんだろうみたいな。
でもそれって意図がわからないからっていう感じでもないですよね。
多分その意図がこうこうこうですよって言っても、それが理解できないですよね。
文字で示されて理解ができるようになっても。
自分がわかるような形では理解できない。
同意できないというか。飲み込めないっていう。
だから昔からお前は変わり者だって言われたのはそれなんだと思うけどね。
変わり者だって言われてたシチュエーションをぜひ知りたいなと思ってるんですけど。
父親に聞いたらいいんじゃないですか。
自分自身ではあまりわからない。
私はだって普通だと思ってたもん自分が。
だけどこういう時に言われるなみたいな記憶はないんですか。こういうことをした時に言われたとか。
何気ない瞬間なんじゃないかなと思うけどね。
絵を描く、色を塗る。他の人はそういう塗り方はしない。それが学校でも言われた。
だからちょっと私には見えているものが、世界が人と違って見えてるのかもしれない。
だけどさ、子供育てたらそんなにNイコールいくつだよっていう話じゃないですか。
だからそんなに人と違うって言うほど、なんて言うんだろう、サンプルがいないじゃん。
でも学校の中で言われたから、今のはね、親じゃなくて。
だから同調圧力あるじゃない、学校っていうのは。
だからもちろんそれぞれ個性あって違うんだけど、やっぱり出てくるアウトプットって先生の目から見ると似てるんだと思うんだよね。
その想定の範囲内みたいな。
もしくはあれかもね、変わってるみたいなことをネガティブなこととして受け取った。
例えば親にそういう風に言われてたから。
学校だと別にそれってあんまりネガティブなことじゃないんじゃないか。
だけどそういうことを言われたときに、親に言われたことと同じ重みのことと取り込んだのかもしれないね。
それはあるかもしれないね。
確かに。親にちょっとネガティブなトーンで言われるとさ、子供だから捨てられちゃうんじゃないかとかさ、恐れが出てくるじゃないですか。
それはなんか恐れてたような気がしますよね。
小さいときによくお前はよその子なんだって橋の下から拾ってきたんだって言われてて、やっぱりそれすごく傷ついたんですよ。
そこだそうですよね。
泣きながらおばさんに電話したことがあって、言われたって言ったら、お前の父親も橋の下から拾ってきたんだよって。
どう受け止めればいいんだろうね、泣いてるのに。
まあ気にするなっていうことだったんだと思うけど。
やっぱりそういう幼少時の恐れみたいなものは結構多い引いたかもしれないですよね。
そうですね。
まあもう大人になって30過ぎたらね、自分の責任だから自分の人生引きずってないけど、
振り返ると結構大きい影響があったのかなと。
ちょっと全然違う話になりましたけど。
まあでも恐れ回避型の恐れの部分も少し見えた。