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はい、今日のテーマは、飲み込める大きさにしないと飲み込めない、感情や出来事と向き合う時の、少し優しい視点についてのお話です。
当たり前のことを言っている題名だけど、本当にそうだなって思ったので、ここで話せればなというふうに思いました。
不安、恐れ、希望、絶望、
嫉妬、嫉妬、怒り、悲しみ、寂しさ。
もしそれらが自分の体よりもずっと大きかったら、人はそれを飲み込むことができません。
大きすぎる感情は、自分の中に入れる前に、こちらが飲み込まれてしまう。
だからきっと、そのまま抱え込もうとしなくていい。
自分の中に入れる前に、少し噛み砕いたり、小さくしたりする必要がある。
でもこの小さくする工程が、とても難しい。
時間もかかるし、勇気もいるし、正直しんどい。
それでも向き合って、少しずつ、少しずつ、一人で、難しいなら、誰かに手伝ってもらいながら、
そうやって、小さくして、やっと自分の中に飲み込んでいく。
それで人は、少しずつ大きくなっていくんだと思います。
はい、少し補足していければと思います。
その、思いとか、感情とか、願いとか、価値観とか、言葉とか、責任とか、
そういったものを、無理に飲み込もうとすると、すごい苦しいなって思っちゃったんですよね。
なんかその、飲み込む準備ができていない時に飲み込むっていうのは、すごい苦しいというか、
なんか自分の中で飲み込める大きさになった時に初めて、飲み込めるものだなっていうふうに思ったんですよね。
そのもちろん、いろんなものですけど、だからこそその、
そういったものを無理に、喉に詰まったまま、飲み込めない自分が弱いんだって責めてしまう時もあるとは思うんですけど、
ただそれはちょっと僕は違うのかなと思ってしまって、
その、飲み込めないっていうのは、それだけまだ大きすぎるだけなような気がするんですよね。
例えば、不健診かもしれないですけど、もし、
大切な人が亡くなったって時に、それを乗り越えていかなきゃとか、
例えば過去に苦しいことがあって、それを飲み込んで進んでいかなきゃいけないんだって、自分を責めてしまう時もあると思うんですよね。
弱いままの自分じゃダメなんだっていうふうに。
ただ、それが大きすぎる時って飲み込めないような気がするんですよね。
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自分の中に入れられないっていうか、まだちょっと受け付けられないっていうか、大きすぎるっていうような時って、
そういう時に、僕は無理に飲み込まなくてもいいような気がするんですよね。
まだ噛んでる状態っていうか、自分の中に入れるために咀嚼しているというか、咀嚼しなくてもいいし、
多分まだ大きすぎて食べられないんですよね。
食べられないというか、自分の中に入れられない、飲み込めないっていうか、
そういう時は無理して飲み込まなくていいような気がしてて、噛まない日があってもいいような気がして、
見なくてもいい日もあってもいいしっていうか、
本当に自分で無理にナイフで小さくしていくってこともできると思うんですけど、
ただ時間っていうものが少しずつ角を取ってくれたり、
自然とそういったものを小さくしてくれることもあるのかなって思ったんですよ。
本当にその時間の間に自分の中でも徐々に徐々に小さくしていく何かがあるんですよね。
風が吹いてたりとか、もちろん雨が降ってたりってこともあると思うし、
晴れててだんだんと削れていくこともあると思うんですよね。
そういったことが、例えば誰かと話すことでもそうですし、
本で言葉を読むこととか、アニメとか小説とか、
違う部分に触れるっていうこと。
そういった時に少しずつ少しずつそういったものが小さくなっていくような気がするんですよね。
目を背けてるだけっていう言葉もあるかもしれないですけど、
その遠回りというか、そういう行為以外にも何かつながってるっていう部分が僕はあるのかなと思うんですよね。
そういったことを踏まえてようやく飲み込める大きさになった時に、
でもそれでも苦しいかもしれないし、もちろん痛いかもしれない。
ただ、それをちゃんと飲み込んだ時というか、自分自身で向き合えた時っていうのは、
癒されたというか、癒しが始まったってことなのかなと思ったんですよね。
そういう苦しい痛いっていうのを伴わない癒しっていうのは、
僕は本当に癒されたとは言いにくいんじゃないかなと思ったんですよ。
どうしてもその性楽を飲み込むじゃないですけど、どっちの面もあると思ってて、
だからこそ、その先にもしかしたら本当の意味で自分を生きるっていうことが待ってたりもするのかなと思ったりはしたっていう。
今日この頃でした。
最後に一言言って終わろうと思います。
飲み込めない自分を責めなくていい。
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小さくなる日がちゃんときます。
今日もあなたのペースで噛み砕ける分だけで大丈夫です。
今日の放送はここまでにしたいと思います。
それじゃあ、またね。