00:07
今日は、心に服を着せる。自分を守る優しさと、着替える自由についてお話ししていこうと思います。
人の心は裸のままでは生きていけません。 だから、私たちは気づかぬうちに心の服を着ています。
社会の服、役割の服、言葉の服、そして笑顔の服。 そうやって毎日、自分を守りながら生きている。
私は昔、素直でいることが一番正しいと思っていました。 でも、大人になるにつれて、素直さとは時に自分を傷つけることも知りました。
誰かの前では笑顔を着て、会議では理性を着て、家では沈黙を着る。 そして夜になってやっとそれらを脱ぎ捨て、
お帰りと心に戻ってくる。 心の服は毎日変わってもいい。
今日は強さのジャケットを着てもいいし、 明日は柔らかいワンピースのような優しさをまとってもいい。
大切なのは誰に見せるためではなく、自分のために着るということ。 落ち込んだ日は無理に明るく見せる服じゃなくて、
静かに寄り添ってくれるちょっと暖かい服を選べばいい。 それだけで心の重さは少し軽くなります。
人は誰でもたくさんの心の服を持っています。 脱ぐ勇気もあれば、着替える自由もあります。
時に何も身につけず、風のように裸の心で過ごす日があってもいい。 でも、冷たい日や冷たい風が辛い日には、
ちゃんと暖かい服を着て、自分を守ってあげること。 一番大切なのはどんな服を着ているかではなく、それを誰のために着ているか。
他人の期待ではなく、自分の声に耳をすませて選ぶこと。 それが自分らしさという一番似合う服だから、
今日も私は自分の心をゆっくり着替えながら生きていきます。 世界の温度に合わせて優しく柔らかく。
はい、今日はね、心の服っていうことについてお話ししていきました。
心の服っていう考え方は、自分を責めがちな人だったり、頑張りすぎてしまう人をちょっとそっと守ってくれるような視点だったりするのかなというふうに思います。
多くの人…多くの人と言っていいかわからないですけど、少なくとも僕自身は、
素の自分でいなきゃいけないとか、嘘をついちゃいけないとか、飾らない姿こそ本音で素晴らしいんだっていうふうに思ってたんですけど、
何というか、実際はどんな人にも場面だったり場所だったり、役割に合わせて心の服を着ていると思うんですけども、
それが嘘とか不自然とか偽りっていうのじゃなくて、
03:05
それって生きていくためにとても自然な工夫というか、処方箋というか、時々にあったものを着ているだけなんですよね。
ただ、その服が重すぎると、何というか、心が疲れてしまったり、体がどっと重くなる時があると思うんです。
だから時々、重たい服だったりっていうのを脱ぎたくなる。
脱いぐのも簡単ですけど、あるいはもっと軽いものに着替えていくっていう。
ただ、それを弱さって呼ぶ必要もなくて、むしろ自分を機嫌のいい状態だったり、状態のいいようにしてあげるっていう優しさなのかなというふうにも思ったりします。
心の服は季節で変わるように、人生でも変わってくるのかなというふうに思います。
昔は似合わなかった服が、今の自分にはしっくりくるなってことだったり、逆に今までずっと着てたり、お気に入りだった服が急にあれなんか着づらくなったなっていうこともあると思うんです。
だからこそ、私は今日どんな服がいいかなっていうふうに小さく問いかけてあげるっていうことが、自分の心の温度に合った選択になるのかなというふうに思います。
この自分に優しい服を選ぶ日が増えてくると、心も自然と温かくなってくるのかなというふうに思ったりします。
はい、じゃあ最後に一言。
今日のあなたの心にはどんな服が一番優しく寄り添ってくれるでしょうか?
どうか自分のための一着を選んであげてください。
はい、じゃあ今日の放送はここまでにしたいと思います。
それじゃあ、またね。