映画『チョコレートドーナツ』ほろ苦く決して埋まらない幸せの形  Any Day Now — The Bittersweet Shape of a Happiness That Can Never Be Made Whole
2026-05-30 1:39:10

映画『チョコレートドーナツ』ほろ苦く決して埋まらない幸せの形  Any Day Now — The Bittersweet Shape of a Happiness That Can Never Be Made Whole

"Marco didn't ask to be born to a junkie. He didn't ask to be different." — ルディ、『チョコレートドーナツ』(2012)

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毎度どうも。映画談義パーソナリティのまこです。 今回取り上げるのは #チョコレートドーナツ です🍩

前回の #君の名前で僕を読んで からのLGBT映画つながりで選んだ一作。

ひたすら切なくて、やりきれなくて、観終わってからも胸のどこかが痛いまま……そういう映画でした。「救いがない」と言ってしまえばそれまでなんだけど、それでもルディが諦めなかった希望の先に、今の私たちがいるのかもしれない、と思うと——そう簡単に感情を手放せないんですよね。

「子供にとっての幸せって何?」「偏見のない判断って、どこから生まれるの?」なんて問いが、映画が終わった後もずっと頭の中をぐるぐるしてました。

答えを出すよりも、問い続けることの方が大事な映画かもしれません。自分を見つめ直したいときに、ぜひ。

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podcasterの まこ(@_macobana)が、語り足りないアレコレを一人語りするポッドキャスト番組、『#よもやまこばなし 』(#まこばな )にて展開された映画談義がついに専門チャンネルに。 語りたい映画なんて尽きることない! エピソードの公開は毎週or隔週となります。

ご感想は是非 ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠#リルパル #ReelPal でツイートをお願いします。 いただいたツイートは番組の中で取り上げることがあります。

公式noteもやってます。 https://note.com/mako_reel_pal/n/n17867575e9f5

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これからも番組をよろしくお願いします。




Any Day Now — The Bittersweet Shape of a Happiness That Can Never Be Made Whole

"Marco didn't ask to be born to a junkie. He didn't ask to be different." — Rudy, Any Day Now (2012)

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Hey there! I'm Mako, your movie talk personality. This episode covers #AnyDayNow (#チョコレートドーナツ) 🍩

Following last episode's #CallMeByYourName, this is the second stop on an LGBT film journey — and it hits completely differently.

Relentlessly heartbreaking, endlessly frustrating, and the kind of film that leaves a dull ache in your chest long after the credits roll. Calling it "hopeless" would be too easy — because if we're standing here today, maybe, just maybe, we're living somewhere along the line of hope that Rudy refused to give up on.

The questions that wouldn't leave Mako's head after watching: What does happiness look like when a child is at the center of it? And where does truly unbiased judgment even come from?

This might be a film where sitting with the questions matters more than finding the answers. Highly recommended when you're in the mood to look inward.

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Podcaster Mako (@_macobana) started out sharing her unfiltered movie opinions on her talk show #Yomoyamakobanashi(#makobana) — and now those conversations have found a home of their own. There's no shortage of films worth talking about! New episodes drop weekly or bi-weekly.

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00:15
The Real Friends, The Real Friends, Sit Back,Relax and Come Enjoy The Real Friends!
Reel Friends in TOKYOにようこそ。
この番組は、話題の新作、往年の名作、謎を聞き作からぶっ飛びB級映画まで、あらゆるフィルムを倫理、宗教、歴史に陰謀、多様な視点から切りまくる映画専門チャンネルです。
お相手は、パーソナリティのマコと
ヤキガシは森永派、オーマです。よろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
どういうこと?
あのー、クッピーとかビスケットとかさ、その系のお菓子があるじゃないですか。
ありますね。
あの、東波糖とかさ、森永とかいろんなメーカー出してるじゃないですか。
はいはいはい。
圧倒的に僕、森永派ですね。
森永って俺ミルクキャラメルのイメージしかないけどね。
あの、マリー、マリービスケットとかさ。
あー、あれ森永さんですか。
森永さんです。
あとあれじゃないですか。
ムーンライトとか。
知らねーな。
ムーンライトはバタークッキーみたいなやつ。
あのー、深い青色のパッケージですか?
えーとね、ムーンライトは青だね。
知ってますね。
森永、てかね、あのー、本当に致命的なことを言わせてもらうと、
あのー、クッキーとかビスケットが嫌いなんですよ、僕。
あー、じゃあ話は終わりです。
本当に苦手で。
なんだろうな。
いや、あのー、単純に歯に詰まるのが嫌いなんですよね。
こう、もっちゃもっちゃするじゃないですか。
めっちゃみちみちですよ、私。
前歯もでかいし、みちみちですけど、
歯のなんかこう、間に残るじゃないですか、あれ。
ずっと、小麦粉が。
そんなに口の中乾燥してる?
いやいやいや、普通だよ。
普通だよ。
たぶんこの感覚わかる人はちゃんとわかると思います。
なんかあの、牛乳と合うみたいなこと言ってる人いますけど、
それ単純にその口の中に残ったやつが牛乳で溶かされるからだと思ってますもん。
え、むしろなんかさ、ちょっと経ってからさ、
なんかクッキーのカスとかがさ、出てきたらさ、
ラッキーみたいな感じじゃない?
だから詰まってんじゃねえか、それ。
緑石みたいなさ。
詰まってんじゃねえか、それ。やめてください。
なんだよ、デザートじゃねえかって。
本当、本当に嫌い。
なんかもう、本当に苦手ですね。
クッキー、ビスケットをまずそんなに食べないし、
唯一ね、これは美味しいなって思ったのが、
03:02
ハーベスト。
ああ、ハーベスト。
あれ、どこが出してるんですか?
ハーベストってどこだろうね。
ちょっと待ってね。
トウハトさんでした。
あ、トウハトさんなんだ。
はい、ハーベスト。
ハーベストはなんかこう、あれですよね。
パリパリ系ですよね。
パリパリ系のあれだよね。
ココナッツ系の味のやつだよね。
いや、別に味はいろいろあったと思います。
あ、そっか。
あの丸いさ、ギザギザのひまわりみたいな形した。
そうそうそう、そういうやつです。
あれはね、何層にも重ねた生地を約3ミリの厚さに焼き上げるという。
それが独特な食感を生み出してるみたいです。
1978年に生まれたらしいですね。
割と歴史がありました。
え、ハーベスト大丈夫だったらココナッツ食べればダメなの?
大っ嫌いですね。
えー。
しんどいですね、あれほんとに。
ちょっとわかんない。
逆にルバンとかは?
ルバンプライム。
あれはだってしょっぱいやつじゃないですか。
あれそのまま食べないもんだって。
あれだからこう、他のもの乗っけて食うじゃないですか。
普通のまんまでも僕食べる。
いやー、いらないですね。
いらない。
あれ試した?
ココナッツサブレで言えばさ、何だっけ。
ココナッツサブレチーズケーキ。
何それ。
なんかバズったらしいんですよ。
ココナッツサブレを、ヨーグルトあるじゃん普通の。
でっかいヨーグルト。
でっかいヨーグルトに大量に差し込むんですよ。
で、一晩寝かせる。
そしたらチーズケーキになるっていう。
レアチーズケーキになるっていう味わいが。
ほんとになんかノートに載ってるね。
これがなんか、エッグかなんかでバズって、
ココナッツサブレが棚から消えたみたいな。
いつ行っても必ず売れ残っているココナッツサブレが。
あれはね、苦手ですねやっぱり僕は。
なんか苦手。
考えたらレアチーズケーキってさ、
下にタルトが敷いてあるじゃない?
はいはいはい。クッキー生地ですもんね。
そうそうそう。結局あれクッキーだし、
ヨーグルトもさ、
僕もよくやるんだけど自作ヨーグルトした後にさ、
コーヒーの紙あるじゃん。
あれにボタボタ入れて一晩やると、
水抜きヨーグルトですね。
そうそう水抜きされるじゃん。
あれもチーズケーキの味なんよ。
だからクッキー生地が単純にヨーグルトの水抜きになってるって思うと、
それはチーズケーキの味になるよねっていうのはちょっと思うんだけど、
06:05
なんか普通に美味しそうな気がする。
しかもそうすることによって水分が補われるから、
そんなにもちゃもちゃ口に残らないんじゃないのかっていう期待があるんで、
ちょっとこれは試してみたいなっていう風には思ってますね。
なるほどね。これちょっと明日やってみようかな。
やってやってやってちょっとレビューしてよ。動画付きで。
うち作るのが牛乳ちょっと高いから乳飲料でいつも作ってんの。
乳飲料でヨーグルト作るとちょっとシャバシャバ系になるんだよね。
ヨーグルト的な感じで。
脂肪が少ないのかな。
どのぐらいクッキーぶっち込めばヨーグルトにチーズケーキっぽくなるのかな。
どんぐらいなんだろう。
もう一袋全部じゃないですかね。
もういっちゃうか。
そのぐらいやったほうがいいかもしれないです。
あと、僕がめちゃくちゃ、これもう散々クッキーこきおろしといていうのもあんなにレアなんですけど、
すげえハマって食ってたやつが一個あるんですよ。
それだけは例外っていう。
これがマクビティのチョコレートクッキーなんですけど、
これはもうね、たぶんダイジェスティブビスケットですね。
マクビティダイジェスティブビスケットってやつなんですけど、
網目状にチョコレートついてるやつ。
スーパーの端っこにあるやつね。
いやもうないのよこれ。
え、ないの?
最近でもようやくまた輸入代理店が契約結んだ結果戻ってきたらしいんですけど、
一時期これ完全に契約が切れて、日本のスーパーから消えて、俺もうむせび泣きましたけどね。
本当にね。
僕が小学生の時にもうね、このマクビティのダイジェスティブビスケットは常に家からなくなったことはないってくらい、
たぶん母が好きだったのかな。
これのいいところは全粒粉で、香りがやっぱ強いのね小麦の。
ザクザクするんすか。
ザクザク系で、そこにチョコレートがついてて。
で、夏とかになるとチョコレートがちょっと溶けてるんですよ。
その後溶けたチョコレート同士で複数枚入ってるビスケットが一体化するんですよね。
それはそのまま食うっていう。
その贅沢感。
これ僕の幼少期の大切な思い出の一つなんですけど。
で、それがなくなってちょっとショック受けてたら、今新たに出てきたんですけど、今2枚組で個包装になってるんですね。
09:02
昔は5枚組でしたけどね。
夏バツを受けても2枚しか一緒に食えないわけだ。
お菓子類も値段上がってるよね。
結局その値段を据え置くことで中身を減らすっていう方向にカジキリするものばっかりじゃないですか。
実質値上げみたいな。
これが虚しいですよね、本当にね。
確かにね。
子供の頃から食ってるやつとかさ。
あれこんなちっちゃかったっけっていう。
で、そこでさ、子供の頃だったから大きく見えてたんじゃないか説みたいなものが一瞬湧き起こるんだけど、
いやそんなはずはないと思って調べたらやっぱりちっちゃくなってるのよ。
だってキットカット何分の1になってる今。
だってさ、もっと昔普通にさ。
スニッカーズ並みだったよね。スニッカーズ並みのサイズだったよ、キットカット。
一番最近ね、久しぶりに買ってびっくりしたのが、ミスタードーナッツがびっくりするほどちっちゃくなった気がするよ。
ちっちゃくなってると思うわ。ちっちゃくなってると思う。
そうだよね。
なんかショッキングだよねやっぱりね。年代別キットカットサイズ比較っていう画像出てきますけど。
ちょっと見たい。
ミスタードーナッツキットカット。
半分くらいになってるんだね。
半分くらいになってる。あれもそうだよ、カントリーマームなんて本当に半分になってるよ。
そうね、ちっちゃいよね。
あんなにさ、小さい頃手のひらサイズくらいあったと思うで。
それはあんま小さい頃だったんだけどね。
小さい頃手のひらだな。今の手のひらサイズじゃないけど。
でも確かに、今のカントリーマームってさ、バラエティパックみたいなとき、バラエティパックってちょっとさちっちゃめのサイズが入ってるじゃん。全部が。
あのイメージだよね。
こんなちっちゃかったみたいな。一口サイズとか言って。俺の一口舐めてんのかみたいな。
信じられない小ささになってますからね。
懐かしいよ。昔のキットカットの画像見てたらさ、昔って確かに4本セットだったよね。2本セットじゃなくて。
で、その4本セットで長かったから。
長かった。
普通に。
12、3センチくらいあった気がするな。これくらいあった気がする。
いやー、なんか悲しいですよ。本当に。
今のサイズだったらさ、真ん中に切る場所いらなくない?
いらない。普通に2本まとめて食っちゃうもん。
12:04
もうなんか、形外化してんのよ。もうそのデザインが。それいらねーよってなるから。
悪い意味が。
そうそうそう、全くないんですよ。本当に。
ちょっとなんか全然話変わるかもしれないけどさ、キットカットじゃなくてさ、駄菓子のサクランボってあるじゃん。
あのちっちゃい、なんていうの?牛糸みたいなさ。
ごめん、全然わかんなくなった。
牛糸じゃないな。
四角いさ、なんていうの?
牛皮?
牛皮。
牛糸じゃねーや。牛糸は食わねーよ。
牛糸舐めてるやついたらちょっとやべーな、それ。名誉肥満だよ、本当に。
名誉肥満だよ。
サクランボっていうその牛皮のさ、ピンク色のさ、
持ち菓子ね。
1パック買うと、なんかそうそう、ズラッて入ってるやつが、2列なくなってる。
2列減ってんの?
2列減ってる。
うーわー、悲しい。
これなんかね、僕大好きすぎてフルーツ餅。
フルーツ餅を大人買いしたことあって。
もう本当に丸々、そのなんていうの?駄菓子屋さんが仕入れるやつ?サイズのね。
ズラッて入ってるやつを買って、それをスイ君と一緒に免許合宿に行ったんですけど、
その時持っていきまして、2人で練習終わるたびにね、フルーツ餅を1つちまちま食ってまして、今でも覚えてますけど。
というね、やっぱりこういうね、ステルス減らしっていうのがやっぱあって、
さっきの水の話で思い出したけど、チョコファッションってあるじゃないですか。
オールドファッションにチョコレートかかってるやつ。
あれのチョコレートのさ、かかり具合減ったよね。
半分ぐらいがチョコだったっけ?
そう、あのね、チョコファッションはこれね、俺本当に今でも覚えてるんだけど、俺の中で小、子供の頃ね、あたりとはずれがあったの。
あたりは何かっていうと、チョコレートが穴まで達していて、そしてその穴の中で1個つながってる状態。
穴の中を通って裏側までチョコレートがつながっているのがあたり。
で、稀にちょっと付け方が浅くて、若干こう、なんていうの、真ん中まで達してないやつ。
これはずれというふうに僕は呼んでいて、今回あたりお姉さん選んでくれた、イエーイみたいな感じでちょっと個人的に喜んでたり。
最近ね、ディスプレイ見てもね、あたりがない。一切ない。
で、ミスタードーナツの写真とか見てもことごとくない。もうそこまでつけない。
15:06
もうこの程度だったらチョコファッション名乗るなよって思うわけ。
確かに今ちょっとミスドの画像を見てるんだけどさ、3分の1ぐらいしかつけてないもんね。
俺なんか半分きっかりのイメージあったもん。
本当にね、これは明らかに減ってて、しかもつけ方も斜めにつけてると思うんですよ。
だから裏側全然ついてない。
こうじゃなくて、こう入れてるってことね。
まっすぐじゃなくて入車角浅めで入れてるんですよ。
本当にチョコレート減ってて、驚きなんだよね。
僕の中ではこれはショックな出来事だったんで、ちょっと今回はそういう割り切れなさをですね、
同じチョコレートとドーナツというね、2つの要素を併せ持つ映画を通して訴えていきたいなというふうに思います。
こんな感じでいいですか?
ちょっと今回寄せすぎちゃった。
寄せすぎてね、もうチョコレートドーナツって言えばいいじゃんになっちゃってるから。
もうそこまで言うなら言えよって感じになっちゃったんでね。
すいません、タイトルコール前に言ってしまいました。
ということで本日も参りましょう。
はい、ということで本日のテーマは映画チョコレートドーナツ
ほろ苦く決して埋まらない幸せの形。
ということでね。
何を言えばいいんだよ。もう完結してるのにそれ。
ただの副題として回ってるんですよ。
副題です。今回は何も問いかけないというね。
何一つ問いかけないまま進んでいくという新しいスタイルでタイトルコールをさせていただきました。
映画自体が問いかけてくれてるからね。
そうなんだよね。だからある意味ではもういいかなとすら思ってるけど、
一応その構造をもう一度見つめ直す的な感じで一応視点は用意してきましたが、
ただ一個先に言わせて欲しいのは、大間の体調不良の煽りで収録ついこの間一個前のやったばっかりなんだよね。
やったね。
で、チョコレートドーナツでいいかっつって、中身二日ぐらいなんだよね。
そうね。
よう準備したなっていう。
二回見たよ。
好きだね。それはだからさ、お前がリクエストしてるからな。
お前がリクエストした上で、うわ、ギリギリ間に合った。つってたらちょっとハッてなるかもしれないけど、
お前が用意して二回見たわ。普通なのよ別に。熱量があるんだから。
俺はなんとか滑り込みまして。
映画自体はでもやっぱりすごい楽しくて、一気に見れちゃう。どうなっちゃうか。
18:04
しかも上映時間としても90分強とかかな。比較的短いよね。
そこそこ短い。
だから見やすい映画っていうところもあるのかなというふうに思ったので、一応見るのは全然苦ではなかったんですけど、
じゃあこれで何を語るんだっていうところが結構難しくはあって。
とは言っても一応準備はしましたけどね。
ちょっと楽しみにしておいてくださいということで。
じゃああらすじからいきますか。
そうか。忘れてた。2分4秒に負けましたね。2分0秒。はい、いきます。
はい、ということで今回見たのはチョコレートドーナツ。
2012年公開のアメリカ映画でございます。
現代がAny Day Nowというね、全く違うタイトルになってるんですけれども、
1970年代のアメリカでですね、実際にゲイのカップルが子供を要して育てると、
障害を持った子供を要して育てるっていうそういう実話があったらしく、
それを聞いた脚本の方がですね、そこから脚色をして作品化したっていうふうなものになります。
舞台は1979年のカリフォルニア州ロサンゼルスです。
ゲイバーでですね、ショーダンサーとして働いて、内心、歌唱を夢見ているルディ。
そして自分自身の性的指向に関しては一切隠したままですね、生きてきたポールだっけ?
ポール。
ポール。この2人がですね、出会って恋に落ちます。
またその頃ですね、ルディは自分が住んでいる家のすぐ隣でですね、
母親が麻薬処置で逮捕されて、たった1人になってしまった、ネグレクト被害を受けていたマルコを引き取ることになります。
マルコはですね、ダウン症の子供で、障害を持ちながら、なおかつ家庭環境にも恵まれなかった子供なのですが、
ルディとポールと共にですね、暮らし始めて、初めてね、愛情に触れ、1つの幸せな家庭の形がそこにあったのですが、
社会はそれを認めようとせずですね、後に裁判にもつれ込み、マルコは施設に引き取られ、2人はマルコを失い、そしてマルコはその後悲しい結末を迎えていくと。
皮肉にもですね、歌手になるという夢を叶えたルディなのですが、彼が最後にですね、自身の胸の内を虜するように歌う感動的なラストシーンで幕を引いていきます。
ぜひご覧ください。
いいですね、これは。
という感じでですね。
まあほんとすっきりとまとまっているからサクッと見れるけど、なんか本当になんていうのかな、悲しいとかマジ感動とかじゃなくて、なんかもうポツンとやるせない感じ。
21:06
なんか独立感というか、見終わった感はすごく強いんだけれども、心の中のしこりがすごい感じの映画。
どう処理していいんだろうな、みたいなこの感じっていう風になりがちというかね、なってしまうような作品かなというふうに思います。
最終的にですね、ポールはそもそも検察官ですから、あれ弁護士か。
弁護士だね。
で裁判でも一緒に戦うんですけど、やっぱり二人がゲイのカップルであるということがですね、最後まで足を引きずって、結果的に敗訴してしまうと。
マルコはね、どうしても家に帰りたかったと。
そして彼が帰りたかった家っていうのは、麻薬中毒の実の母ではなく、ルディとポールの家だったわけで。
彼は結局、その二人の家が自分の今住んでる家からどこに向かえばたどり着くのかなんてわかるはずもないのにですね、たった一人で街を放浪して、橋の下でただ一人孤独に死んでいくという。
一体ね、この結末をどう捉えればいいのかというところでね、ちょっと悲しかったんですけれども、そこら辺の真面目な内容も含めてちょっとジャブをいくつか打っておこうかなと思いますが。
はい。じゃあ、とりあえず最初、いいですか。
はい。
えっと、ルディがね、結構自己紹介をするシーンで、なんとかFのブルースをお願いっつって言って、いきなり歌い始めるんですよ。
即興でそれ、自己紹介を歌にして歌えるっていうのはすげえなって思うんだけど、歌い始めた歌に合わせてるピアノのジジイの方がすごくね。
そうね。そんななんか、超だけ言われて、なんでそうなったっていう。
しかもちょっとこう、歌に合わせてちょっと曲をジャジャジャジャンみたいな感じで盛り上がりを入れてみたりとかさ。
そうね。
あいつレベル高くない?っていうのがちょっとびっくりしちゃった。
なんかまだあれだよね。なんだろうな。バック・トゥ・ザ・フューチャーのマーティのリズム体に対する声かけの方が、まだ現実味がありますね。
まだ現実味がある。
まだ現実味がある。それならわかるかなっていう気がしますけど。あれはちょっとぶっ飛びすぎてましたけどね。
やべえよあいつ。
いいんですよ、細けいことは。細けいことはいいんだよですね。
24:03
僕が気になるというか、すごく真面目なお話なんですけどね。チョコレートドーナツ放題になってますけど、やっぱり向こうのチョコレートドーナツってあんまりおいしくなさそうだよねっていう。
そうなんだよね。僕割とドーナツは好きなんですよ。どっちかっていうとそのハードタイプのドーナツの方が好きなの。揚げてるっていうか、いわゆるミスドのドーナツみたいなやつ。
だからクリスピークリームドーナツみたいなドーナツそんなに好きくないの。
パンぽいやつね。
パンぽいやつ。クリスピークリームドーナツ好きな人には大変申し訳ないんだけど、クリスピークリーム系ドーナツのチョコレートドーナツって最低だと思ってる。
何を言うか俺分かってる気がします。
噛むとチョコレートコーティングが剥がれる。
そう。チョコレートコーティングが剥がれる上に、チョコレートはパリパリ感を残し、パンはフワフワ感を残しっていう。そこでもうすでに喧嘩が起こってるわけよ。
最後まで喧嘩は和解されないわけ。
パン側もチョコレートの油を吸ってちょっと普通のノーマルよりもベチャっとするし。
何もいいことないと思ってるんだけど。
うちの近くにパン屋があるんですよ。そのパン屋火曜日になると100円セールっていうのをやってて、結構いろんな種類のパンが100円で買えるんですけど。
だいたい僕が家に帰る頃の時間帯にはほぼほぼ100円のやつ売り切れてるんですね。
でも唯一100円セールになっていても、もう全然売れてないというか、2、3個減ってて残りずっとそのまま置いてありますみたいなパンがあって、それがそういうチョコレートドーナツですね。
全然売れてない、本当に。みんな同じこと思ってないかなという気がしますけどね。
やっぱ日本人はちょっとミスドになりすぎて、ああいうパン系のドーナツあんま好きじゃないんじゃないかな。
でもね、でもやっぱりアメリカの映画で、なんかこうすげー太ってるけどイブシギンな感じの保安官とかが出勤と同時にジムのおばちゃんから受け取ってかぶりつくドーナツはあれじゃなきゃダメなんですよ。
そうなんですよ。
あれ、そのべちゃべちゃのパンにチョコレートがかかっていて、カラースプレーみたいなのが無線にかかってて、もう見るからに美味しくなさそうなやつ。
で、なんか変な汚いダイナーみたいなところで、コーヒーと一緒に買って、食べ終わる直前ぐらいに無線に入るみたいな。
27:08
マジかよって言いながら詰め込みながらこう、急いでこう、わーんみたいな味になるっていう。
もうそういうイメージがありますんで。ある種いいのかと思いますけどね。
でもなんかこれを放題に。
映画でさ、警察官保安官といえばドーナツってあるけどさ、あれは映画が作り上げた文化なのか、マジでそうなのかどっちなんだろうねっていう。
あー、こればっかりは分かんないですね。
分かんないね。
分かんないですね。
でもやっぱり。
ちょっとアメリカ人いたら聞いてみたいもんね。
聞いてみたいですけどね。それなりに現実を映してるのかもしれないなというふうには思いますけど。
でもそんなに、まああれじゃないですか。デンガラマンガラっていう大阪人にあんまり合わないのと同じじゃないですか。
まあ確かにそうか。
多分そんな感じだと思いますけどね。
でもこれを放題に持ってきたっていうのはなかなか良かったんじゃないのかという気がしますね。
Any Day Nowよりもね。
そう、Any Day Nowっていうのは。
いつかみたいな感じなんですね。
いつ起きてもおかしくないぐらいのいつか。そのうちみたいな感じかな。
ラストでルディが歌う歌の歌詞の中にAny Day Nowが入ってきますね。
いつの日かっていう意味でね。いつの日かいつの日か解き放たれるだろうという。
その日は近いみたいな。
近くなさそうね。
今じゃないっていうね。
それが非常に強く響くわけだけれどもっていうところで。
良かったんじゃない?チョコレートドーナツっていうのはっていう気がしますね。
すごく良かったと思う。
じゃあ次いいですか。
結構アメリカ映画見てるとこの手のシーンよく出てくるんだけど。
ルディ家賃払ってないのに公屋さんにすげえ切り散らかしてるけど。
家賃払ってから文句言えよって。
これも使い古されてるネタなのかもしれないですけど。
なんなんですかねその家賃払ってないネタって。
なんだろうね。しかも絶対に切り散らかすときにこんな汚いアパートに住んでやってんのによみたいな。
お前水道管の工事も終わってねえじゃねえか。
お前が家賃払ったら直してやるよみたいなこんな感じのくだりって絶対あるじゃん。
あるね。
なんなんですかね。
スパイダーマン3でも出てきますからね。
マジで?
ピーター・パーカーが家賃払えなくてめっちゃ叱られてるっていう。
30:05
ブラック、エイリアンシンビオートに寄生されてぶち切れるっていう逆切れかますシーンとかもありますし。
典型的なというか非常に定番ネタなんでしょうね。
それで言うとですね、日本のドラマですけど、僕最近見直してるトリックですね。
トリックも主人公の山田は家賃払えてないですね、いつも。
そうだったっけ。
そうですそうです。あいつ家賃払えないですね。
だいたい上田に家賃の肩代わりをちらつかされて事件に巻き込まれるっていうやつがありますけど。
意外と国境を越えたネタなのだということがよくわかる。
そうね。
アメリカだけじゃない?
少なくとも日本人は逃げるだけで、逃げるかいるか使うだけで、大谷さんに切り散らかす奴はいない気がする。
そうですね。切り散らかす意味わからないからね。
借りてるっていう意識がやっぱあるからね、一応ね。
そうだよ。
多分その自宅境界線が曖昧なのかもしれない。自分が住んだらもうそれ自分のものだと思ってしまうのかもしれないですね。レンタルという意識が低いのかもしれないですね。
それで言うと、僕はちょっと関連して、ドラッグクイーンの給与体系って何なんだろうね。あれどこからお金…会場?
会場の飲食代とかそういうことなのかな?
あれちょっとわかんないな。
普通に雇われとして1章いくらみたいなそんな感じの契約なのかね。
その辺がわかんないなと思って。
でもそこそこ客入ってたじゃない?そんなに家賃払えないほどの生活してんのっていうのはちょっと疑問だったんだけど。
それは思うね。
何にお金使ってんのかね。
それは思うし、なんなら部屋広くね?っていう。
広い。
マジちょっと東京来てみろコラみたいな。
多分その一部屋分ぐらいでおるみたいな。
ほんとにね。すげえなんか、やっぱ国が違うと全然違うんだなというふうに思いましたけどね。
あともう一個ね、深刻なジャブがあって。
やっぱりね、僕はすごくどうしても思ってしまうことがあるんですね。
マルコじゃねえや、ポールとルディとの関係っていうのは本当に最終的にとても素晴らしい形になっていって。
それがマルコを包み込んでね。
とても温かな疑似家庭がそこにはあって、それは素敵だなと思うんですけど。
一目惚れしたとして、いきなり車で致すのってどうなのかなっていうの。
車か。
33:00
これがね、どうしてもね、払拭できないんですね。僕の中で。
はいはいはい。
これが本当に早くないっていうか、体が。
体から入るのかなっていうのが、ここがちょっとね、イメージがわからないですよね。
なんだろう、そのさ、セクシャリティはいろいろだからなんとも言えないんだけれども。
はいはい。
いきなり体から入ってって、そこから進展していくみたいな男女感の映画もあるんですよ。
そうだね。
これなんだっけな、なんだっけあれ。
でもそれがね、題材になっちゃうの。
ワンナイトから付き合いますっていうの自体が映画として成立しちゃう。
そうそうそうそう。体だけのはずが恋愛に転換してしまいますみたいな。
はいはいはい。
それがね、映画そのもののテーマになっちゃう、主題になっちゃうんでね。
でもなんかこう、自然じゃん、それが。
うん。
で、それって結構、なんていうのかな、当たり前なのかなっていうのが結構僕はびっくりしてしまうんでね、いつも。
むしろそれがこう、いわゆる一般的な流れなのかなとかいうふうに思うと、そこがちょっとね、スピード感についていけないんですよ、僕はいつも。
じゃあワンナイトはやったことがないと。
そんなことやるわけないじゃないですか。
やっぱりね、お互いを知って。
お互いを知ってね。
こう少しずつ距離を縮めていって。
あれ、ひょっとして僕はこの人に惹かれているのかもしれないと。
いやそうじゃないかもしれない。
いや、やっぱり惹かれているかもしれない。
ほんとかな、どうかな、みたいなね、そんなカットを自分の中でして。
で、気づいたらみたいな。
どんな高潔な人やってるの?
だとすると俺の認識がだいぶ歪んでるのかもしれない。
まあまあまあ、ともかくちょっとね、スピード感はやっぱすごいなっていうふうには思いましたね。
でもなんかこう、俺の中で、でもそういう感覚があるけれども、この作品では比較的素敵だなと思ったのは、
なんていうのかな、そのシーンこそ早かったけど、ある種そのシーンではまだそんな感じでもない感じがして。
本当にまだ。
なんかお互いダサんだよね。
そうそうそうそう。お互いなんかこう、お互いの欲を満たすためだけにやってる感があるんだけど、やっぱその後に進展していきましたよっていう感じになってたんで、そこまでなんですけど。
あんまり一足飛びに身体から入ってほしくはないという気はしてます。
36:05
これはもう本当にいろんな意味でそういうふうに思いますね。
僕も結構そう、界隈ではモテるんで。
そう、結構共有のお風呂とか行った時に結構そういうお誘いが来たりするんですよ。
仙島とかね。
らしいね。
そう、でも僕は何度も言うんですけども、別に偏見は一切ないんですけど、僕はそっちのセクシャリティじゃないので、お断りをしないといけないんだけど、なんで裸の時にそうなるのかなっていうのがすごく僕はずっと疑問で。
それに関しては一個、それはそうなるよっていうところが一個あって、僕が一個だけ聞いたマコちゃんがそのお誘いを受けたっていう仙島なんですけど、地元じゃ有名な発展場なんですよ。
それじゃあ、僕が知らなかったのがいけないになるんですか。
みたいなところはあるかもしれない。
知らずに行った僕がいけない。
ここの仙島を行くっていうことは、そういう人たちのところに飛び込んで行くっていうことだよねっていうのを地元の人はみんな共通警戒として持ってるし、地元の奴らに10人聞いたら8人ぐらいは、あああそこねみたいな感じになるぐらい有名だから。
知らないのが悪い気がする。
知らないのが悪い気がする。
おかしくないだって。
単純に友達と一緒に散歩してて、おお、こんな道戦闘あるじゃん、入ろうぜみたいな感じのテンションで入ったわけですから、何の罪もないと思うんですけどね。
でもある意味ではそういうオープンに出会いがないからこそ、そういう暗黙の了解で示し合わせられる場所っていうのが必要なのかもしれないっていうふうに、それは肯定的に捉えたらそうなると思うんだけれども。
何も体から入ってほしくないっていう。別にどっちから来ても僕は違いますよっていうふうにお断りはするんだけれども、でももっと自然にこうなんていうの、自然にまずデートに誘ってほしいよねっていう。
そこから僕はお断りをする。それで多分一番スムーズじゃん。
僕の体の熱視線を送らないでほしいんですよ。そこからじゃないでしょっていうふうに僕は思ってしまうからっていうのがちょっとそういう経験もあるから、どうしてもいきなりなんだっていうところでちょっともやってしまうっていうのはありました。
まあね、ある意味なんかちょっと偏見みたいなところもあるのかもしれないね。何となく僕の地元の銭湯のイメージがあるからさ。
セクシャリティーがそういう方々って肉体関係から入ることが結構あるんだっていうのを何となく僕はある意味偏見のように受け入れてしまってたけれども。
39:06
だからこのシーンを見て僕は何にも思わなかったんだけども。でもある意味それも僕が勝手に作り上げたスティグマだし、そういう意味ではかなり偏見がある目でこの映画を見てしまってたなっていうところに僕今気づかされた気がする。
だからね、多分色んな、セクシャリティーでひとまとまりにしてしまっているところがあるよね。でも実際にはそういう、なんていうのかな、ゲイの方にも色んな方が多分いるはずだから、全然そんな身体から入ります、それが当たり前ですっていうわけじゃない人が多分さえいると思うんですよ。
でもやっぱりそういうイメージがあるからこそそういう演出になってるのかもしれないし、僕もやっぱり自分自身のそういう経験があってこれこそあのシーンを見てちょっともやってしまうしっていうのはやっぱあって、そこもどでかい主語で捉えちゃダメなところだよねっていうのはちょっと感じるよね。
そうっていうのはちょっと感じておりますという。
あとなんかあります?
そんな真面目なジャブを言った後にすっげえくだらないこと言っちゃって申し訳ないんだけどさ、チーズとクラッカー、朝食のチャンピオンは言い過ぎ。
ルーで言ってましたね。
言ってました。
言ってましたね。
それは言い過ぎだよ。
多分マルコもそう思ってたんだろうね。全然食ってなかったもんね。
何言ってんのこいつ。
しかもチーズが冷蔵庫にあるのはまだわかる。クラッカーと一緒に冷蔵庫に入ってるってどういうこと?
でもね、世の中に乾き物を普通に冷蔵庫に入れる人いっぱいいるんですよ。
あ、そうなんだ。
そう。なんならポテチ入れる人とかにも会ったことありますよ。
何で冷やすの?
全く意味わかんないよねって思うんだけど、やっぱり冷蔵庫は食べ物を保管する場所っていうイメージが多分そういう人はあるみたいで。
だから保管するっていう目的のために入れてるっていう。
ただ、そんなもん入れたら取り出した時に寒暖差とかで、しけるよねとか。
すごい勢いでね。
いろいろ感じてしまうんだけど、でもそういう人は割といますっていう。
知らぬところにそういう。生活のね、普段見えないところだからね。知らないとあれですけど。だから結局トイレに本持ち込む過程と一緒ですよ。
うちですね。
そうそうそう。僕は全然そんなのないから、初めて知った時びっくりしましたけど。いやでもルディね、面白い人だよね。
いや、ルディ好き。
僕もじゃあせっかくなんで、取り留めもないジャブを一発打たせてもらいますけど。
42:06
ルディの顔を見るたびにスパイキッズちらついて集中できないっていう。
え、ルディスパイキッズなの?
スパイキッズのボスですよ。
え、そうなの?全然知らなかった。
いやもう本当にあの人ね、俺スパイキッズ大好きだったから、当時キッズだったんで。
もうね、実は両親がスパイでしかもその両親がさらわれてしまって、僕らが超ハイテクスパイグッズで両親を取り戻さなきゃっていう。
しかも姉弟っていうその兄弟構成が俺と全く一緒だしみたいな、すごい大好きでよく見てたんですけど。
アランカミング。
敵のボスが、確かそうでしたよ。
マジか。
スパイキッズで、フループって調べてください。
ちょっと待って、今さアランカミングって調べたらさ、この人さ、Xメンのワープする人なの?
ああそうだね、ナイトクローラーだね。
ナイトクローラーじゃん。霊気の一撃じゃん。
霊気の一撃食らった側だから。霊気の一撃食らったのはノームだし。
ナイトクローラーは意外と検討したやつだから。
検討したやつ。
そうそうそう。ごめんなさいね、別番組なんですけど、俺たちの物語という素晴らしい30分番組があるんですけど、よかったら俺たちの物語のイユーマ団体戦というのを聞いてください。彼ですね。
ああ、こんな人だったっけ。
そうですよ、スパイキッズ入れてくるフループですよ。
いや全然スパイキッズ覚えてないもん。
ちょっと今度やりますよ、スパイキッズ。
なんかさ、洋表記に見た映画をもう一回見るみたいなシリーズ。
しかもほぼほぼ忘れてるやつね。ほんと断片的にみたいな。
ジャイアントピーチも一回見たいの。
ああいいかもね、断片的だわ確かに。断片的にしか覚えてないやつを改めて見直してみて、ちょっと再発見したいよね。
そうね。
全然違う。
なんならベイブでもいいよ。
ベイブもありですね。
ベイブもあり。
ちょっとその辺を攻めてみるのもいいかもしれないなというふうに思いますけれども、とにかくね、やっぱり幼少期に見たこのフループの役のイメージが強すぎて、もう全然ちょっと入ってこないっていう。
でしかもこの人ちょっと調べてみると、バイセクシャルの方らしくて。
45:00
ああそうなんだ。
当初女性と結婚してたんですけど、その後離婚して、この映画撮る頃にはもう男性と結婚されてる。
へえ。
そうですね。はい。
本当に演技が真に迫ってるんだね。
うんうん。という感じらしいですけれども。
へえ。
でもなんか非常にミステリアスな顔立ちしてるんですよね、この人って。
そう、本当に中性的なね、顔立ちされてて。
うん。
かっこいいよね、普通にね。
ね、本当に。
うーん。
でも目がちょっとね、なんていうの、切なそうなんだよね。
ああ確かに。
うん。すごくいい顔してますね、やっぱね。
ああ。
はい、ということで。何かありますか、ちゃんと。
いやいいな。いや、僕はもうないんだけど、X-Menのナイトクローラーだったっていうのに今気づいてびっくりしちゃった。
はいはいはい。
へえ。
お肌青い人ですね。
言われてみれば、その感じだよね、あの尻尾の。尻尾の青い人。
そうそうそう。短距離、短距離ワープですから。
短距離ワープ。
長距離移動できないんですよ、彼。
あと見えるとこしかダメなんだっけ。
そうそうそう、自分が見えてるところしか行けない、確か。
ああ、難しい。
じゃあちょっとね、戻して。
はい。
じゃあ、もういいですかね、本題入っていきましょうかね。
いきましょうか。
はい。今回はオウマからですね。
僕からか。
うん。
はい。
実は。で、この映画見た時に、たぶん大体の人が、いいじゃんポールとルディに呼びかけをさせようよっていうような応援側に回った視点の人が多かったと思うんですよ。
はい。
でもちょっと冷静になった時に、でも今これって感情論であって、オールドタイプの考え方をすると、女性と男性がコーナスっていうのが自然な形と捉えると、
そのゲイカップルであったりとか、あるいはレイズカップルであったりとか、まあそういう同性愛のカップルにその子供を養育権を渡すっていうことに慎重になるっていうのは確かに考え方としてはなくはないだろうなっていうところは思って、
48:02
じゃあそれって実証はどうなってるのっていうのがすごく気になったから、それをちょっと今回いろいろちょっと調べてみましたっていうお話をしようかなと思ってます。
で、今回やりたいっていうのは、さっきも言ったように、この裁判でいろいろ言われていた論理っていうのを一個ずつちょっと取り出して、あの時代にはそうだったけども、じゃあ今研究でどう言われてるのかっていうのをちょっと整理していこうかなと。
だからその感情論でいいじゃんって思う部分っていうのを、じゃあデータとしてどうなってるのかなっていうところで、ただし今回ちょっと話していきたいところが、その同性愛カップルでも大丈夫じゃんっていうところで片付けるつもりはなくて、
じゃあどういうふうに子供たちのためを考えていけばいいかなっていう、なんかヒントになるようなことが出せればいいかなと思って、いろいろちょっと調べてみましたっていうところですね。
まず映画の中でこのルイとポールが直面する最大のカフェっていうのがそもそもゲイであるという事実だけで、親として不的確と見なされることで、
養育能力とかマルコの関係性とかそういう個別の評価にすら進めてもらえないっていうところで、で実はこれっていうのはその映画が大げさに描かれてるわけではなくて、当時のアメリカの裁判所っていうのはパースルールとかパーセールールとかっていうのがちょっと読み方わかんないんですけど、
P.E.R.S.Eっていうルールっていうのがあるらしくて、ラテン語でそれ自体でっていう意味らしいんですけど、その同性愛者であること自体っていうのが親の不的確があるっていうような意味をする考え方のことらしいんですね。
60年代には公然で同性愛者である親が監督権とか看護権を得られることっていうのはほぼなかったと。その人が主に育ててた親としてでも、子供の関係が深くても関係はなかったと。
転機になったのが73年のアメリカの精神医学会のAPAっていうところがあるんですけども、が同性愛の精神疾患の分類から外した。
そこから同性愛っていうのは精神疾患じゃないんですよっていうことを宣言したというところからスタートして、一方同性愛者の親たちが法廷で権利を主張する道っていうのが少しずつ開かれ始める。
70年代初めには一部の州でネクサス要件といって、同性愛であることと子供への害っていうのは因果関係がある場合にのみ不適格とするっていうような要件が導入され始めたらしいです。
映画が確かこれが1979年の話らしいんですけども、APAの決定からまだ6年ちょいぐらい。
だからまだまだオールドスクールの考え方っていうところがまだ発展してた時代だよというようなところが今回の映画の現実的な話だったと。
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それで言うとね、それこそカリフォルニア州では1977年にブリッグスイニシアティブっていう住民投票があったんですけど、これって最終的には否決されるんだけど、
内容としてはその公立学校においてゲイである教員、同性愛の教師だったり、あるいは同性愛を支持する教員を解雇することを義務付けるっていう、そういう法案が審議にかけられたんですよね。
だからやっぱりその精神疾患ではないけれども、それは子どもの生育に関しては近づけるべきものではないっていうそういう認識はやっぱり根強く残ってるままなんだよね。
だから1979年っていうこの舞台においては、それは相当な抑圧というか、相当な締め付けというか、やっぱり差別偏見というものが目の前にあったのは間違いないなっていうのはすごい思いましたね、僕も。
あ、そうだったんだね。そんな事件もあったんだ。よっぽどだったんだろうな。じゃあちょっと一個ずつ挙げていくんですけど。
今回裁判で言われていた内容っていうのが、子どもには父親と母親両方が必要だっていうこと、あとはゲイ男性は子どもにとって危険だっていうこと、
あとは子どもの最善の利益はなんだっていう話っていうところがちょっと言われていったんだけれども、ちょこちょこちょっと話が入っていくと、
子どもとには父親と母親の両方が必要だっていうことに関しては、2000年代に入っても同性婚反対の最大の論拠として使われ続けていて、
これ何が元になっているかっていうところをちょっと調べると、研究者のストーンという研究者が1977年から2013年のキャンペーン広告を分析していると。
それの中で子どもとには父親と母親が両方がいいっていうフレーズっていうのがずっと流れ続けていたっていうところが出てきていると。
だから社会的にすり込まれている共通概念なんだなっていうところをこのストーンという人が明らかにしたっていうところがあると。
まず次にゲイ男性は子どもにとって危険だっていうところで言うと、先ほども言ったように性的逸脱者っていうようなレッテルが張られやすくて、
昔に関しては精神異常の一環として扱われていたっていうことが言われていた。
あと子どもの最善の利益っていう話では、裁判所に関しては安定的な環境を提供していたルディ・ポールじゃなくて、
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子どもの最善の利益っていうフレーズの下、薬物依存でなおかつネグレフトをしていた母親の下に戻すっていうような判断が下されていたと。
じゃあこれらの論理っていうのが、現在の研究ではどう評価される可能性があるのかっていうところをちょっといろいろ漁ってみました。
大きな流れで言うと、2010年以降大規模で代表性のあるデータを使った研究っていうのが一気に増えてそうな感じがあって、
それ以前に関してはやっぱりちょっとサンプル数が小さかったりとかっていう研究が多くて、ちょっと結果の解釈に限界があった。
でもこの十数年ぐらいですごく大きく変わってきているなっていうのがざっくりの所感です。
まずいくつかちょっと研究を挙げていくと、オレンダの行政データを使った研究なんですけれども、
名前は読み方が分かりません。MRZREKAJ、マズデカジェ、分かんない。
全然読めなかったねこれ。っていう人が、2020年に発表した研究なんですけれども、
同性カップルの下で出生時から育てられた子ども3000人と、異性のカップルで子ども100万人超を追跡調査をしています。
その結果として、同性親の家庭の子どもは、初等教育でも中等教育でも成績が異性の親の家庭と同等かそれ以上だったっていう研究がまず一つありました。
大事なのはこの研究が、出生時から同性愛の家庭で育った子どもと、途中から入った子どもっていうのを区別していて、
親の離婚を経験してから同性親家庭に入った子どもと、最初から同性親家庭に生まれた子どもでは背景が全く違うんですけれども、
でも基本的には、どういうふうな構造で入ったとしても、成績というものに関してはそんなに変わりはIQだったりとか、
学習成果っていうところに関しての結果はそんな変わりませんでしたよっていうような研究がなされていました。
アメリカの養子家庭を対象にしたファラーかファルの研究で、2010年に106世帯のレズビアン・ゲイ異性愛の養育家庭を比較して、
子どもの適応に親の性的指向っていうものが関係あるのかっていうような研究を行った結果、結論としては全然差がなかったよと。
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子どもの適応と関連していたのは、親の性的指向じゃなくて、育児ストレスの水準とか養育の方法とかカップルの関係の質だったっていうところだったんですね。
なので、親が同性愛だろうと異性愛だろうと、親同士が仲がいいよとか、あるいは育児に対するストレスを子どもに向けるような親なのかとかっていうところが
子どもの適応に関係するのであって、別に性的な差っていうものは何も関係なさそうだったよっていうような研究がなされてました。
同じように2019年の研究では、子どもが平均8歳になった時点でも同じような結果で出されているということがありました。
あと2023年の割と最近の研究でBMJのグローバルヘルスに発表されたメタ分析っていって、いろんな研究を統合して、
本当に何十何百っていういろんな研究の結果を統合しましたよっていうような分析方法があるらしいんですけど、
それによると同性婚が法的に認められた国での34の研究を分析して、
同性カップルの子どもは身体的な健康、教育成果、あと心理的適応のいずれでも異性カップルの子どもと同等か、
心理的適応と親子関係でむしろ異性カップルの親子関係よりもむしろいい結果が出ているっていうような研究結果が出ています。
だから裁判で言われていた子どもには父親と母親が必要とか、同性愛カップルに育てられると社会的に不利になるんじゃないかみたいなこと、
身体、心理的ある学習面で不利になるんじゃないかっていう主張が裁判ではなされていたけども、
もしかしたら現在のエビデンスではそれは必ずしもそうは言えないんではないかっていうようなことがありましたと。
で、プラスの要因ばっかり見ててもしゃあないなと思って、マイナスの要因は本当にあるのかっていうところもちょっと見てみたんですけど、実際これありました。
何があったというと、同性愛家庭で育つ子どもが何にも不安を感じていないかというとそうではなくて、
その負担の原因というのはほとんどの場合、親が同性であることという事態ではなくて、その家族を取り巻く社会側にあるんじゃないかっていう研究結果はいくつかありました。
例えばオーストラリアの研究でクロッシュっていう方が2014年に報告したものによると、
同性に惹かれる親、同性カップル315人と子ども500人を対象とした調査で、子どもの一般的な行動や健康は標準よりも高い得点を示した。
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でも同時に、周囲からスティグマが強い家庭、だからあっこゲイカップルの子どもなんだってみたいなことをよく言われるような家庭では、
子どもの精神的健康が低くて、あとは情緒的な問題も多く出ていましたと。
あとはオランダのバン・ゲルデ・レンっていう方の研究では、レズビアンの家庭で育った成年78名を対象にしたもので、
約半数、だから39人がレズビアンの母親を持つことに関連した何か言われたっていうような経験がありますよっていうことを報告していると。
その多くは学校で同級生からヤイのヤイの言われちゃいましたっていう経験で、こういう体験が多いほど心理的な問題が多く、生活の満足度が低かったっていうような結果が出ていますと。
これらの研究、いい結果悪い結果両方なんですけども、ほとんどが横断研究なので、これとこれはこれに関係してますっていう因果関係を証明するものではないんだけれども、
でもちょっと一貫した傾向は見えてきているかなというところがありました。
だから大体の研究を見ていくと、僕が見ていた中での、だから子どもを傷つけているのは親がゲイであることっていうことではなくて、
その家族を家族として認めない社会が、その家族をどう攻撃するかっていうものに対して子どもが傷つくっていうことの方が圧倒的に多いっていうような研究がよく多かったです。
ここでちょっと日本の制度どうなってるのかなっていうのをちょっと調べてみました。
正直ちょっと日本では同性カップルに養育された子どもの発達を大規模に比較した研究というのはほとんどなくて、本当になんかもう少なかったです。
だから多分法制度だったりとか、この辺が全然進んでないっていうのもこの辺の研究が全然進んでないからっていうところもあるのかなと。
ちょこちょこちょっと見つけられたのは、性的マイノリティで子ども育てをしている141名を対象にした研究では、
72名がパートナーと一緒に子育てしていて、55名が第三者から精子提供だったり卵子提供で子どもを持っていたっていうところと、
でもその子どもにセクシュアリティを伝える人っていうのが20%に留まっていたっていう研究結果はありました。
ただ、じゃあ子どもに言えないんじゃんっていう結果ではなくて、これは子どもがまだ赤ちゃんだったりとか、
幼いからまだ言ってないだけなんですっていうのが、残りの80%のうちの50%。
で、子どもが大きくなってから伝えますっていうのが残りの30%だったよっていうような研究でした。
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ここまでのちょこちょこ研究を見てて思ったことっていうところの所感の一つなんですけども、
研究を一通り見てきて思うのは、この映画の本質っていうのがルディとポールに愛情がなかったことでも、
養育能力がなかったことでもなくて、制度があの関係っていうところを家族として認めなかったこと。
そしてその認めないだけでなく、それを攻撃性としてあの家族を縛ってしまったことっていうところが、この悲劇の本質なんではないかと。
養子園組で問うべきっていうところは、様々な研究が示しているかように男女が揃っているかではなくて、
この子に、その子自身に安定した生活っていうのと、継続的な関係っていうのと、安心できる環境がいかに提供できるかっていうことに尽きると。
今の研究っていうのは、その同性間、養子に関する研究もそうだったし、ちょっと今回では紹介してないけど、
あとその同性愛のカップルに関する研究もかなりそういうふうに明確に示していると。
だから子供の利益を本気で考えるんだったら、親の性的指向ではなく、その子が安心して暮らせる関係が続くかどうかっていうことを見なければいけないよねっていうことが分かりました。
というのが今回の僕のお話でございました。
はい。まあ単純に今回の裁判のシーンにおいて、何が問われているのかっていうところがずっとずれ続けているっていうところが怖いよねっていう。
で、たぶんそこを結局ポールもルディもずっと言ってんだけど、ずれ続けるんだよね。
そうなんだよね。だから家族の形として、一瞬理解を示そうとしていたあの女性裁判官の人も結局論点はその同性愛かどうかっていうところに終始つきていたし、
だから純粋な意味であの家庭を家庭として見ていたのが学校の先生だけだったっていう、そういうことだったんだよね。
そうだよね。だから何て言えばいいのかな。先に結論があるようなね。
だからやっぱり性的な思考っていうのがどうしても教育に良くないっていう方向に触れてしまう。
だからそれって結局性教育の問題にもなってくるのかなという気がするんですけれども。
だから性的なものには極力触れさせない方がいいだとか、そこら辺のこのさじ加減を一体どうやって決めればいいのかっていうところの中で、
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ある種同性愛っていうものは正常ではない状態であるっていうふうな認識が裁判に関わった人たちにはそもそもやっぱりあるわけで、
だからこそ彼らに子供を預けるわけにはいかないっていう方向にどんどん進んでいってしまうかもしれないと。
普通に冷静に考えれば、本質的なところで言って子供のためになるものは何なんだっていうふうに考えたら、もっといろんな要素が当然議論には上がってくるわけで、
どう考えたって薬物中毒でもう完全なネグレクトを行っていた血のつながりだけはある母のところに行くよりも、彼らのところにいた方がいいのはわかることだよねっていう。
けどそうならないっていうのはやっぱりそもそも結論ありきで動いてしまっている性的な情報といかに子供を聞き離すのか、
そしてゲイという同性愛の人たちはそもそも正常ではない人なのだからっていうふうな認識っていうのが、どんどん邪魔をしてそっちの方向へそっちの方向へと議論をずらしていってしまうという。
そこにこそ悲劇があったのかなっていうのはすごく感じますね。
そうね。
マイノリティイコール異常だとされていた時代の考え方っていうのが50年以上経った今ですら残り続けてしまっているっていうのは、これはある意味全然アップデートできてないすごく問題なところで。
確かにマイノリティであることっていうことは確かにそうであると。
僕はそれは現実としてそうだとは思うんだけども、イコール異常っていうのはまたベクトルが違うよねっていうそこの切り離しができないとそもそもの話っていうのが進まないんじゃないのっていうところはよく深く考えないといけないよねっていうのはすごく思いました。
そうですね。いろんな生き方があっていいよというのであればね。すごくそこは同じように思いましたけれども。
あとその日本でちょっとやっぱり進んでないなっていうのは、ある意味ちょっとしょうがない部分もあって、アメリカは割と同性婚のカップルの養育権が認められる権利とかっていうのが進んでいるんだけれども、
それって何を元にされているかっていうと、やっぱり婚姻が認められているから、婚姻によって与えられる国の制度みたいなのっていうのが同性婚カップルの子供であろうと受け取ることができるんだよね。
日本の場合、婚姻が認められないから、婚姻をした子供が受け取れる日本の制度的な保護ができるものだったりとかお金がもらえたりとかっていう制度が全く適用できなくなっちゃうと。
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そうなると安定ではないよね。だから同性婚のカップルに養子はなかなか難しいよねっていう、そこの論点に関しては僕はすごく理解するし納得はしたんだけれども、だからといって乱暴に認めればいいじゃないっていうのも、
たぶん社会学であったりとかいろんな学部門の学派によってはまたちょっと違う論点が出てくるんだろうなと思うと、なかなか根が深くて難しい問題だなっていうのを改めて感じたっていう感じですね。
いろいろ事件も出てきたりしますしね。でもそれは同性愛だからどうのこうのじゃないよねっていう、そういう事例が上がってくるとやっぱりこういう人たちってこうなんだみたいなことを言う人が出てくるけども、
別に異性の両親だろうが、やっぱり生産な事件は起きますし、大事なのはそこじゃないよね。その目の前の子どもが本当に幸せになるためにどんな選択が必要なのかっていうのを大人たちが考えてあげれば自然と最良のものが出てくるはずだと思うんだけれども、
仕組みがそこにリーチできていないだとか、もろもろそういういろんなことがあって悲しい恵まれない子どもたちっていうのが出てきてしまうっていうのは非常に悲劇だなというふうに思いますね。じゃあちょっと僕の方からもいいですか。
はい、お願いいたします。 じゃあ今回はですね、映画チョコレートドーナツ。男vs母性の物語というね。ということでちょっと簡単に語りますけれども。
今ね、大間がいろいろ喋ってくれたんで、ちょっと割愛しながらいきますけど、母性っていうとね、生物学的な女性と紐づけられている概念っていうふうに感じてしまうし、包み込まれるような包容力のある母みたいな。
そんな形で言うと非常にこうなんか、飽満な女性に抱きしめられているかのような安心感みたいな、多分男たちは想像すると思うんですけれども、母性という感覚って別に必ずしも女性だけのものでもないんじゃないのっていう、その部分をちょっともう一度考えていかないといけないのかなっていうふうに思った作品なんですね。
そもそも人間っていうのは、以前にもお話ししたんですけれども、生理的相残と言われるように脳が発達した分ですね、早く生まないと母体から出てこれなくなっちゃうから、他の哺乳動物と比べて非常に未熟児に近いような状態で生まれてくる。
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だからこれは一体どうするかって言ったら、結局親がそれを守って大事に大きくしていかないといけないという。お猿さんですらね、生まれてすぐちゃんとしがみつくわけですけど、それすらできないわけですから。
結局親が子供を守らなければならない無償の愛でっていう。そこら辺の命のバトンを繋いでいくためにですね、不可欠な感情として母性っていうものがおそらくは生まれ発展してきたんだと思うんだけれども、本作において結局その母性っていうものを徹底的に発揮するのはやっぱルディなんですよね。
ルディは男性なんだけれども、隣に住んでるマルコの母親は、いわゆる母性っていうものを全く育てることができないまま親になってしまった女性ですよね。生きていくために仕方なくかわからないですけれども、悪い男と大体いつも体を重ねていて、薬物パーティーをしてマルコはずっとほったらかしみたいな。
対してルディは行き場を失ったマルコを見かけたら必ず声をかけて、必ず何とかしてあげようとするという。それは一つ社会からずっと無視され続けている、抑圧され続けてきたマイノリティであるルディからしたときに、
マルコの現状っていうものがある種自分を重ねてしまうような、どこにも居場所がない、どこにも帰属できないっていう悲しさっていうのを多分共感してっていうふうに言うこともできるのかもしれないんだけれども、にしては何もかもを本当に受け止めようとするわけですよ。
だからそこに働いてるのは、やっぱり母性って呼んじゃっていいんじゃないのかなと。必ずしも肉体的な性によって母性は決まるわけではなくて、誰かのために無償の愛情を注ぐっていう、そういう思いっていうのはやっぱり母性そのものなんじゃないのかなっていうふうに思うんですね。
それでいうとルディは非常に母性にあふれた登場人物なんだなと思ったわけですよ。ポールもそうですよねっていう。ポールを見てると、なんかこう疑似家族の中では父親みたいな役回りになるのかなって思えてしまうんだけれども、一方でポールの立ち回りを見てると、やっぱりマルコのために必死になることもそうだし、
同時に彼はルディをも受け止めて守ろうとするわけですよ。ルディの願いを叶えるためには一体何が必要なのかっていうのを常に考えてる。彼の献身もある種母性として見ることができるんじゃないのかと。
ルディの母性はマルコに働いてるんだけれども、ポールの母性っていうのはルディに働いてるんじゃないのかなっていう気がするんですね。非常に理性的なキャラクターとして描かれているけれども、やっぱりルディの願いを叶えるためだったらいくらでも本当に感情的にでも自分の思いを伝えようとするっていうところがすごく母性を感じる瞬間でしたね。
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対してマルコはどうかっていうと、マルコなんかは裁判で人形が大好きなんですけれども、それを逆手に取られてですね、彼自身のセクシャリティに大きな問題が生じ始めてるんじゃないかみたいな疑惑をこすりつけられてっていうシーンがあるんですけれども、そもそもなぜ彼はお人形さん遊びが好きだったのかっていう。
これはですね、結局自分が求めていた母親っていうものが自分であろうとしたというか、要するに自分は本当は母親の愛が欲しいわけですよ。
でも完全な、そもそも障害を抱えている中であんなネグレクトを受けているから、やっぱり愛着に非常に大きな問題を抱えている状態にあると思うんですね。全く愛着を得られないまま大きくなってきてしまったと。
そんな時、彼が結局人形に向けて行う全てのことっていうのは、ある種自分が得られなかった母性の人形に対して肩代わりしてる感じ。自分が人形に対して尽くしてあげることで、自分が受けられなかった、実の母親から受けられなかった直接的な深い愛情っていうものを与える側の立場になって追体験してるんじゃないのかという気がしてくるんですね。
そう考えると、マルコ自身もまた母性を渇望するとともに、その母性を自分自身の行動でもってね、人形に対して実践していたっていうふうに見ることができるのかなと。あれはね、母性ファミリーなんですよ。
全員が母性を渇望して、その母性をずっと大事にしてきてると。そんな中ですね、非常に面白かったのはこの作品はね、女性もいっぱい出てくるんですけど、女性はですね、誰一人としてルディとポールあるいはマルコを迫害してないんですよね。
ポールの嫌な同僚いたじゃないですか。あいつの妻ですらむしろルディに非常に本当の意味で好意的におそらくあれ歓迎してると思いますよ。なんかすごいアーティスティックな人と関わってね、すごく刺激受けるわみたいな感じの盛り合ってたけど。
彼女の言葉には多分あれは嘘はなさそうですよねっていう、そんな描き方をしていたし、裁判の中で証言してくれた学校の先生とか、あるいは児童保護管理局かどこかの査定人みたいな人も、結局どちらも全く彼らを批判してないんですよね。
むしろ本当に子供の視点で見たときにこの2人が築いている家庭環境っていうのは、むしろ理想的ですよねこれっていうふうに、徹底的に客観視できてるんですよね。そうなってくると、なんで男だけが迫害者になってしまうのかっていう問題が出てくる。
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ここでちょっと考えてみると、男なんて女の人好きな人がいっぱいいると思うんですが、結局最終的に求めてるのってやっぱ母性だと思うんですよね。有名なところで言うと体内回帰願望とか言ったりするじゃないですか。
まあ、某ですね。
で、この体内回帰願望っていうのは、別にこれも絶対的に正しい論でも全然ないんですけれども、要は男性が女性と体を合わせるのは、最も安心できる母親の体内へと戻ろうとする感情が働くからなんじゃないかという、
フェレンチ、サンドウール・フェレンチっていう人が体内回帰願望を語ったらしいですけども、師匠がフロイトなんでね、だよねっていう。
そうだね。 やっぱり性を基準にして真理を語りたがる人たちなので、そうなるわなというふうに思いますけれども、やっぱり男はどこかで母性を求めてしまう。ここをまず一個押さえておきたいわけですね。
ところがその一方で、女になよなよしてはならないみたいな。男はこうあるべきっていう、そういう物差しもそこには存在してるんだよね。だからこう、生物として女性に母親を重ね母親のもとへ帰りたくなるっていうふうな感情を持っているんだけれども、でもそれって地味にそのままトロすることはできないわけじゃないですか。
はい。 で、結局その母性に包まれるっていうことを男らしさの文脈で叶えるためには、結局女性と肌を重ねるしかない。性行為に及ぶしかないっていう形にやっぱりなってしまうわけですよね。
で、そう考えた時に、男の中に葛藤が常にある状態なんですよね。本当は母性に包まれて安心がしたいんだけれども、その一方で結局社外から要請されるのは真逆で、甘えるなんてもってのほかだぞ。男っていうのは常に立派に独り立ちしてないといけないんだと。
で、そこに結局自分が本来得たいものと、こうでなければならないがずっと対立してしまうから、結局機能不全というか常に不完全燃焼状態でムラムラじゃなくて、そわそわしちゃうような状況にあると思うんですね。
そんな中でルディという存在が出てくるわけだ。男性でありながら母性を体現する存在。彼自身はこの境界線が曖昧だし、男なのか女なのかっていうところも結局彼女の自認がどうなのかみたいな話も出てこないじゃない。
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それが結局、自分一人で自己完結的な形でね、男でありながら母性というものをしっかりと手にしていて、自分自身を女性と一体化することができるという。
それは体内回帰願望を持ちながらも、結局絶対にそこに甘えるように戻っていくことが許されない男たちから見たときに、それはものすごく実は羨ましい感情がそこにあるんじゃないかという。
なぜなら求めているものを既に自分の中に備えているから、ある種感性されてるわけなんだよ、ルディっていうのは。それに対するやっぱり苛立ち。それがあるんじゃないのかっていう。
結局男たちは母性を、生の文脈でしか叶えられないわけですね、母性に包まれるということが。女性を抱くという行為を通して、ようやく母性に包まれる感覚の擬似体験ができるんですよね。
でも本当に心の底から自分を解放して甘えたい、安心したいっていう気持ちを満たすことはできない。その一方で自らの中に母性を下ろして、男でありながら女性の持つ魅力みたいなものを自分の内面に載せていくっていう。そういうことをされると理解が多分できないんですよ。
で、その自分の抑圧の苛立ちみたいなものを全部そっちにぶつけてしまうんじゃないかと。なぜあの男はね、その女性との性的なつながりをなしにですね、自分の中に女性を下ろして満足できて、その上でまた全く関係のない他者に愛を注ぐわけですから。
そこにあるその理解不能感っていうのはそのまま不快感につながり、あるいは脅威的に感じてしまう。結果的に迫害という形でそれが表に出てくるんじゃないのかと。で、一方で女性はやっぱそこがないわけですよね。
なぜならその母性というものを自分の身に持っていることを何よりもわかっているし。母でなくてもね。母でなくてもそれはこうわかっているし、多分そこに共感ができるから。だから全く迫害につながっていかない。結局学校の先生とかもずっと共感し続けてるじゃないですか、ルディ達に。
マルコに対する姿勢だったりみたいな。そこができるかできないかっていうのがでかいんじゃないのかなという気がするね。だからこの作品って、ゲイのカップルの身に起きた悲劇、そして障害を抱えた子供の悲劇の物語みたいな感じになってるけど、結局キーワードは終始母性だったんじゃないのかと。
1:24:08
母性を持つ者たちが母性を持てない者たちに組織だったり仕組みによって潰されてしまうっていう物語なんじゃないのかと。今やトキシックマスキュリニティという言葉があるじゃないですか。
あれも拡大解釈されて何でも適用されて、ちょっと俺は悲しいんですけど、たぶん本来的な意味では別に筋肉ムキムキマッチョマンなヒーローが出てきて何が悪いだとは思うんですよ。
大事なのはそこじゃないよね。男なら我慢せえとか男なら甘えるなとか、そういういわゆる男なら女ならっていう社会通念。それこそその男版画を特にトキシックマスキュリニティというのであって、ちょっと話を広げすぎた結果わけわかんないことになってると思うんだけれども、やっぱそれが一番結局足引っ張ってんじゃないかなっていう気がするんだよね。
だから男の世界、いわゆる男の世界、男の社会、男の競争とか諸々言われますけれども、競争社会の中でしのぎを削りながらも、本当はどこかでもう一度甘えたいっていう思いを男たちはみんな持っていると。
だからその苛立ちが結局同性愛者になぜか向けられるようになってしまっていたんじゃないかということですね。そんなことを言いなかったですね。
以前の君の名前で僕を呼んでなんかも、やっぱり社会が人を加害者のようにしてしまうみたいなことを僕は話したと思うんですけれども、結局本作においても今度は矢印の向きは全然違いますけれども、周りの人たちがなぜルディたちはあそこまで迫害するのかっていうのが結局そこなんじゃないのかなっていう。
男たちのその体内に帰りたいけど帰れない状況に対する嫉妬みたいなところに当たるんじゃないのかなっていう気がしました。はい。ので本作は母性の物語でしたよっていう。
でも確かにね、男性が持つ認知の歪みってすごくあるのかなっていうか、男性特有のコンプレックスなのかもしれないね、それって。
守られたい、庇護されたいと願う一方で独立性強くあれ誰かを守るような存在じゃなきゃいけないっていう。
その自己の中と求められる役割がずっと違う状況で生きていく。だから攻撃性としてそれが現れていくっていうのは、なんか結構よくある構図なんだろうなっていうのはすごくちょっとめちゃめちゃ納得した話なんだよね。
1:27:01
で、結局それって負の遺産でどんどん引き継がれていくと思うんだよ。結局俺も我慢し続けたんだからお前も我慢し続けろよっていう。次の世代にどんどん伝播していくと思うんだよね。男がこんなことで泣くんじゃないとかさ。
いろいろ言われるけれどもね。やっぱりそういうものってどんどん引き継がれていってしまう。だから次の世代の人たちもみたいな感じになっちゃうからそこが悲しいよねっていう。
そうね。だからそれが本来の意味のトクシックマスキュリニティのかもしれないね。
いやそうだと思う。なんかこう、キャプテンアメリカがムキムキに出てきてね、アベンジャーズアッセンブルってハワイだからって言って、それがトクシックマスキュリニティには本来当たらないわけですよ。別にいいじゃないですか。あんな記号の塊なんだから。ムキムキマッチョマンで強いっていう表現をしているだけですし。
それでも全然いいのかなっていう。本当にやっぱりメスを入れなきゃいけないトクシックマスキュリニティっていうのは、いわゆる社会生活の中、日常生活の中で男たちが求められる男ならっていうのが、果たしてどこまで妥当なのかっていうことを考えるのがトクシックマスキュリニティに対する姿勢でいいのかなと思いますね。
ある意味それは女性は女性のっていうところでもあるかもしれない。今回ちょっとたまたま男性同士のっていうところで男性の話ばっかりになってるけれども、女性には女性のトクシックなんて言ったらいいんでしょうね。
女性版トクシックマスキュリニティが何かしらあるかもしれないね。
そう。やっぱりそういう同調しなければならないというか、そこに寄せないといけないっていうふうな社会の中における特定の性別へのガイドラインというよりは演技指示みたいなものにどこまで付き合い続ければいいのかみたいな。
なんかこうそんなことにもつながるのかなと思いますけど、とにかくですね、みんな甘えたいなら甘えたいって言いなさいよっていう。結局それが言えないから人の足を引っ張って、なんかこう良かった良かったってなってしまう。で、喧嘩制度の中で一人取り残された丸子が死んじゃうわけですから、子供を真ん中に捉えて会話できることができない。そういう人たちの悲しい物語だったなという気がしましたね。
なるほどね。お互いすごい、わりと真面目に話しちゃったね。
そうね。でもやっぱりこれは真面目に話さないといけないような映画なんだろうなっていうふうに改めて思いますよ。本当に短くて見やすいので、皆さんもぜひ見ていただいて、その上で聞いていただいてもすごくいいかなという気がしますね。
そうですね。ぜひこれは本当にラジオ聞くだけじゃなくて、実際のこの映画を見て、むしろ僕らの話を聞く前にちゃんと見てほしいね。
1:30:04
そうですね。
リングの人じゃないけど、僕らの意見を聞いたから僕らに流されるっていうことがあるかもしれないからさ。
ぜひね、ちょっと皆さんからのご感想もお待ちしておりますので、色々とあなただけの読みも教えていただけると嬉しいなと思います。
あと一個ごめん。真面目に言い忘れたことがある。
今回僕いろんな研究を漁って、15、6本くらい見ていた内容をまとめたのが今回の話だったんですけど、
ちょっと系統的には、なんだ、系統だって文献を漁っていったわけではないので、行き当たりばったりで見ていったので、
僕らがピックアップしたりとかチョイスした論文たちっていうのがその界隈を代表する論文なのかって言われたら全然わかんないので、
だからかなり偏っている可能性はあるよっていうところは前提として言いとかなきゃいけないことを言い忘れてましたっていう話です。
はい、わかりました。そこですね。論文なんてね、よっぽどニッチなところだったらなんとも言えないですけども、
大きな話題だと本当に必ずと言って言うほど、肯定と否定が必ずセットで見つかるみたいな、どっちも必ずあるんで。
要するにどこから光を当てるかによって、物事っていうのは違って見えるよねっていう、ただそれだけの話なのかなというふうに思いますので。
でも非常に面白かったです。ということで、じゃあ、もう特に言い残したこととかないですか?
そうですね。ちょっと映画からは少しずれちゃうかもしれないんですけどいいですか。
チョコレートドーナツっていうところなんですけども、最近なんだかんだでコンビニのドーナツのレベルが爆上がりで、僕は超嬉しいです。
語りたいものがある。好きでたまらないものがある。それならもう話すしかない。
気になったもの、ハマったもの、人生をちょっと楽しくしてくれる者たちを持ち寄って、本気で語り倒す30分。
笑えてちょっとためになって、たまに明日何か買いたくなる。毎週日曜更新、俺たちの物語。誠大間でお送りいたします。
ファミマのチョコレートドーナツ買いがち。
僕ね、ドーナツセブン派なんですよ。セブンのオールドファッションはちゃんと真ん中までチョコがかかってる。
1:33:03
ファミマもでーす。悔しい。
でもね、昔これチョコレート味でなおかつチョコレートかかってるやつあったと思うんだよな。
最高じゃん。
そう、ファミマでね、俺なんか仕事始めて2、3年目ぐらいの時毎朝食ってたな。すっげー食ってた。
明日ちょっとファミマ行って色々買ってみよう。
そう、でもねほんとね、なんだろうな。ミスタードーナツ割高だからね。
そうなんだよね。僕セブンのドーナツよく食うんだけどさ、昔のミスドの感じなんだよね。僕の勝手なイメージ。
ちゃんと美味しいしね。
これでいいやと思って。
ちゃんと美味しいんですよ。
ちゃんと美味しいんですよ。俺ものでやりたいな。コンビニドーナツ食べ比べ。
そうね。お互いにちょっと買ってきて、その場で食べ比べてちょっとレビューしていくみたいな企画もやってみても面白かもしれないですね。
真夜中に何中収録しようとしてんだよっていう。危険極まりない収録ですよね。
ドーナツも奥が深いですから色々ありまして。でもオールドファッションうまいんだよなやっぱな。
いやーなんだかんだやっぱそこに行き着くよね。
そうなんだよね。このまったりもったりとした感じのサクッとしててなおかつ中がしっとりみたいな。やっぱねうまいですよね。
僕思うんだけどそのオールドファッションは歯に残んないの?
残るよ。
それはありなの?
だから残り具合の話よ。こんなパキパキだったらもうネチャネチャになってさもう全然取れないじゃない?
全然取れないじゃん。まだオールドファッションだったらね全然そこまで残んないです。
溶けてきます溶けてきます。マリービスケットが一番罪深いね。
いやーあれオールドファッションだけどね。
口の中の残り具合異常だから本当に。
そっか。
マリービスケットになるもん歯が。歯にマリービスケットついてるじゃなくて歯がマリービスケットになってる感じになる。
こんなくっつかなくていいやろみたいな。だからちょっと苦手ですね。
じゃあ来週どうします?
そうなんですよ。一応でもねリクエスト頂いてるんでリクエストやりますか。
やりましょうか。
はい。じゃあちょっとリクエスト読みますね。今回ですね。ムムサのピーノさんから頂いております。
はい。ピーノさん。
じゃあ読みますね。
はい。え、小川哲?
1:36:16
ピーノ あ、小川佐俊でした。
はいはい。
ピーノ 君のクイズ、クイズつながりでスラムドッグミリオネアをリクエストしてクイズ番組で正解をすることができたのかという物語ですが、大間さん安心してください。ちゃんとインド映画特有の唐突なダンスシーンが入りますよ。
あ、嬉しいね。
ということで今回ムムサのピーノさんから君のクイズじゃなくてスラムドッグミリオネアのリクエスト頂きましたんで答えさせて頂きましょうかね。
はい。え、ちょっと待ってこれ。ん?どこで見れんだ?え?見れるところある?
ないの。
えーとね、プライムビデオを僕今開いたんだけど見れないんだよね。
ちょっと怖いっすね。
えー、じゃあピーノさん本当にありがとうございました。
えーと、ごめんなさい。これ今フィルマークスで調べたんですけど、ピーノさん大好きツタヤディスカスしかダメです。
はい、ということで。
えー、来週どうしましょう?
来週はね、ちょっと別なのにしましょう。じゃあここでは決めない。皆さんお楽しみにお待ちください。
はい。
首長くして待っておいてくださいね。何やるか全然わかんないぞっていうね、期待だけしておいて頂ければと思います。
はい。
じゃあそんなところですかね。
はい。
映画チョコレートドーナツホロニガク決して埋まらない幸せの形でお送りいたしました。
番組では投稿フォームを通じて寄せられた感想やリクエストを、実際に番組のテーマや構成に反映しながら制作しています。
面白かった、ここは引っかかったなど、短い言葉でも大歓迎です。
また、Xでハッシュタグリルパルをつけたポストを受け取っております。
いただいた声は番組の中で紹介させていただくこともありますので、ぜひあなたの声をお届けください。
公式エクサカウントはREAL FRIENDS IN TOKYOで検索、フォローもよろしくお願いします。
REAL FRIENDS IN TOKYOはアップルポッドキャストをはじめとする主要なポッドキャストアプリで配信中です。
本日のお相手は誠。
大間でした。
それじゃ、またね。
またねー。
01:39:10

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