2025-07-09 1:14:27

【Replay】映画『#GoodWillHunting』に見る心の傷との向き合い方  [Replay] Facing Emotional Wounds: Lessons from the Film #GoodWillHunting

"You’ll have bad times, but it’ll always wake you up to the good stuff you weren’t paying attention to."


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映画談義ポッドキャストへと移行しつつあることを憎からず思っている男、パーソナリティのまこです。今回は #ポケ沼 からオーマを迎えての収録です。テーマは #グッドウィルハンティング。名優ロビン・ウィリアムズを迎えたヒューマンドラマです。

心の傷を抱えた青年と、同じく心にぽっかりと空いた穴に向き合いきれない心理学者との心の交流。人と人とが向き合うとはどういうことなのか。どこか上手に心を開ききれない日本人の皆さん、ぜひご鑑賞ください。

名言が多すぎてどこを切り取ればいいのか分からない本作。健康的に社会生活を送っているように見えて、誰しもが心に傷や孤独を抱えています。自分を重ねて作品を楽しむ人も多いと思いますが、共感できる相手は人それぞれ違うかもしれません。ウェルビーイング、よりよく生きるとは何か。私たちが生活の中で見失いがちな豊かさについて、今一度考えたくなる映画です。

かーっ!俺もハーバードの学生にマウントとりてぇー!!…という共感の仕方も悪くはないんだけども。

#GoodWillHunting #MattDamon #BenAffleck #RobinWilliams #ハーバード #心理学 #愛着障害 #逆境体験 #カウンセリング #ボウルビィ #愛着理論 #カウンセラー #発達心理 #WellBeing #Movie


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podcasterのまこ(@_macobana)が、メインチャンネル『ポケットに沼を』(#ポケ沼)では語り足りないアレコレを一人語りするポッドキャスト番組『#よもやまこばなし』(#まこばな)にて展開された映画談義が、ついに専門チャンネルに。語りたい映画なんて尽きることがない!エピソードの公開は毎週または隔週となります。

ご感想はぜひ #リルパル #ReelPal でツイートをお願いします。いただいたツイートは番組の中で取り上げることがあります。
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【直接メッセージはこちら】→ yomoyamakobanashi@gmail.com

これからも番組をよろしくお願いします。




"You’ll have bad times, but it’ll always wake you up to the good stuff you weren’t paying attention to."


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Hi, I’m Mako—the host who’s honestly kind of enjoying this shift to a full-on movie discussion podcast. This time I’m joined by Oma from #PokeNuma, and our topic is #GoodWillHunting—a heartfelt human drama featuring the legendary Robin Williams.

It’s a story about a young man carrying deep emotional scars and a psychologist who can’t quite face the emptiness in his own heart. What does it really mean for two people to truly connect? If you’re the type of Japanese person who has trouble fully opening up, I highly recommend watching this film.

There are so many memorable quotes that I honestly don’t know which to choose. Even those who seem to be living healthy, normal lives are often carrying wounds or loneliness deep inside. I think many people find themselves reflected in this film, though who you relate to may differ from person to person. What does it mean to live well—well-being, in the truest sense? This movie will make you rethink the richness we tend to lose sight of in everyday life.

Man, I just want to one-up some Harvard students too! …Not the worst way to relate to the film, I suppose.

#GoodWillHunting #MattDamon #BenAffleck #RobinWilliams #Harvard #Psychology #AttachmentDisorder #AdverseChildhoodExperiences #Counseling #Bowlby #AttachmentTheory #Counselor #DevelopmentalPsychology #WellBeing #Movie


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This is Mako (@_macobana), your podcaster. All the things I can’t fully talk about on the main channel, “Pocket ni Numa wo” (#PokeNuma), get their own spotlight in my solo podcast, “#YomoyamaKobanashi” (#Makobana). Now, these movie discussions finally have their own dedicated channel! There’s no end to the films I want to talk about, so new episodes come out weekly or every other week.

Please tweet your thoughts with #リルパル #ReelPal! I sometimes feature your tweets in the show.
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English Translation

00:04
Reel Friends in TOKYO バックナンバー 過去のエピソードをプレイバック!
はい、ということで本日のテーマは、【GoodWillHuntingに見る心の傷との向き合い方】です。
はい、まあでもこれはちょっと僕の専門分野だからまとめやすいかもしれないな。
はい、とても心強い言葉が出たところで、今回そもそもこの映画を取り上げようと思ったのが、
オーマが紹介してくれたということなので、今日こそオーマに2分間あらすじをお話していただこうと思います。
それでは早速前に…
ちょっと待って、ちょっと待って。
これ人生で何回見たんでしたっけ?
人生で10回以上は見てます。
僕1回です。はい、決まり。いきますよ。さあどうなるのかな?楽しみだな、これは。いきます。いいですか?2分間ですよ。
よーい、スタート!
映画【GoodWillHunting】は主演のロビン・ウィリアムスと、モーガン・フリーマンじゃなくて、もう一人の超有名な人が出ている映画の一つです。
いつかというと1998年で、ジュマンジ・ジャック・フラバーの次に出てきた、ロビン・ウィリアムスのかなり有名な作品の一つとなっております。
あらすじとしては、貧民層のハーレムのところで住んでいた主人公ウィルが、MITの大学の中で清掃員をしています。
そのところで、ある有名な数学の教授がいらっしゃって、その人があるとき宿題を出します。
ある数学の問題の超難しい難問を出したんですけれども、学生は一人も答えられない。
だが、あるときウィルという清掃員が何の気にしにそれを解いてしまいます。
それを解いてしまったんだけれども、誰も名乗り出ない。
だから誰なんだって言ったら結局ウィルで、ここからちょっとあらすじがだんだん雑になっていくんだけれども、
そのウィルっていうのがね、心理的な問題をかなり抱えている子で、いろんな犯罪歴がありますよっていうところを問題にされているから、
あと38秒、なんて説明すればいいの?
いろいろカウンセリングをやりながら頑張ろうってしたんだけれども、
それをカウンセリングの中で、ロビン・ウィリアムスとウィルっていうのの関係性が深まっていったりする、
いい感じの映画となっていってて、
これの魅力としては、一番僕が好きなシーンとしては、
ロビンが4回目のセッションのときにウィルに対してジョークを言いまくって、
ウィルがガチ笑いしているっていうシーンが、僕の一番の見どころだと思っております。
03:05
素晴らしい。
ちょうどですかね。
バッチリ100点。
時間としてはちょうどですね。
時間としてはね。
あらすじとしても完璧ですね。
今後僕のあらすじに対してのコメント権がなくなったところでですね。
聞いてないもん。
だってさ、あらすじやると思って見てる人と、
マコのあらすじに茶紋をつけようと思って見てる人だと、
あらすじに対する解像度が違うじゃない。
そんなこと言ったらね、一番初めのときは僕だってね、
無茶振りみたいな感じでやってますから、
全然そんなもんですよ、いつも。
いやいや、そんなさ、やるって言うんだったらさ、
チャットGDPにさ、僕が課金してる奥からさ、
2分間でグッドウィルハンティングを、
あらすじを説明できるような文字数で書いてって、
僕は言ってたよ。
まあね、それが一番間違いないですから。
間違いないですから。
はい、そんなわけでグッドウィルハンティングです。
これ97年に公開された作品なんですけれども、
フラバーの後。
そうだね、ジュマンジ・ジャック・フラバー・グッドウィルハンティングなので、
98年ですね、フラバーが97年です。
ロビン・ミリアムスがめちゃくちゃオーマン好きということで、
今後ポケ沼でも扱おうかなみたいな話が立ち上がってるぐらい。
そうですね、僕のマイルストーンですね。
なので、このマコバナのグッドウィルハンティング界が、
その序章に当たるというような、そのぐらいのイメージにはなるかなと。
ただやっぱりこの作品をやっぱり語りたいので、
ロビン・ミリアムスそのものについては、
ポケ沼の方に回して、今回ちょっと作品を深掘りしていきたいなというふうに思っております。
先ほどあらすじ説明していただきましたが、
孤独な天才が出てくるお話ですよね。
話の中では、そんな彼が天才的な頭脳を持っているけれども、
心理的ないろんな傷を持ちつつ、かつ犯罪歴もあり、
スラムで生活する貧民として、貧困層として生活するようなウィルが、
数学の天才教授に見染められ、
天才教授とはいえ、ウィルの方が天才なんですけれども、
彼の将来を切り開くために、心理学者との交流をするんですよね。
一応カウンセリングなんだけど、心の交流なんですね、それがね。
そうだね。
そんな中、一応恋愛模様も描かれて、
ウィルはスカイラーというハーバードの学生と恋に落ちるんですが、
06:01
ちょっと自分自身の心理的な心の傷によって、
自ら別れを切り出してしまうという。
でも、みたいなね。
ここもったいぶってもしょうがないんで、
最終的には、ロビン・ミリアムスが演じるところのショーンという、
心理学者のカウンセリングを通して、
彼は持ち直して、自らの将来と向き合い、
そして最後は、遠く離れていった彼女の元へ、
車を飛ばして会いに行くよっていうところで終わりますよね。
そうですね。
でだ、とりあえず作品について語る前に、
この作品どんな作品だったのかというと、背景なんですけど、
これマット・デーモンという主演の俳優さんですね。
マット・デーモンが思い出せなかったらマット・デーモンだよ。
こんなもうね、すごい大役者になると思ってなかったんですが、
すごいですね、すごい大出世したんですけど、
その後もオーシャンズとかにも出てたし、
オーシャンズ・イルブンシリーズのリブートにも出てたし、
ボーン・アイデンティティから始まるジェイソン・ボーンシリーズもめちゃくちゃ売れたし、
あとあの火星に置き去りにされる映画とかもありましたよね。
え?あったっけそんなの?
オデッセイだっけ?忘れました。
あ、オデッセイか。
ジャガイモがめっちゃ活躍する映画。
で、これ共演しているベン・アフレックの方が先に有名になったんですけど、
キャリアとしては映画俳優としてはない。
スカイラーね。
スカイラーじゃないですね。スカイラーは彼女ですね。チャッキーですね。
教授か、教授ね。
教授じゃないですね。スラム街の友達ですね。
友達です。親友です。
親友がベン・アフレックですね。ベン・アフレックが演じているのは親友です。
大丈夫ですか?
やっぱりね、俳優の名前と顔が一致しない病気ですね。
イケメンですね。イケメンベン・アフレック。
車でお迎えに来る。
そうそう。あれがベン・アフレック。
ちなみに大的はベン・アフレックが主演していたペイチェックっていう映画を中学時代に一緒に見に行ってますね。
ペイチェックってタイトル自体は思い出せないんだけど。
サーマンも出てた気がしますけど。
とにかくベン・アフレックの方が俳優として売れたのは先ですけど、最終的に今やマット・デイモンの方が高みに上り詰めたんじゃないかなって気がします。
09:02
ただベン・アフレックも最近はバットマンも演じましたしね。
ベン・アフレックとアメコミ映画ってあんまりちょっと組み合わせが良くなくて。
あれですね、デア・デビルやってますからね。
いや、あれは外したよね。
そうですね。
デア・デビルってマーベル?
マーベルです。
今回はDCなんで。
DCでバットマンいただけたっていうのはベン・アフレックとしては嬉しかったんじゃないかなって気がしますけど。
ゴリマッチのバットマンですね。
スパイダーマンで一瞬出てきたか。
デア・デビル?
スパイダーマンのどれで?
一番最新のやつで。
デア・デビルってあれだよね、弁護士だよね。
盲目の弁護士ですね。でもあれもベン・アフレックじゃないです。
実際だからもうなかったことになってますね。
ベン・アフレック版のデア・デビルはなかったことになってます。
DCに浮気したからね。
正直だから、話ずれちゃうからあんまり掘り捨てたくないけど。
デア・デビルは正直、蘇生乱造時代の作品なんで。
スパイダーマンが劇当たりしたんでね。
そこからとにかくアメコミの映画化っていうのがグワーッと進んだ時に作られた、いまいち作品の筆頭なんで。
ちょっとあんまり触れてあげない方がいいのかなって気がします。
とにかくマット・デイモンとベン・アフレックはこれ実はリアル幼馴染で。
そうなんですね。
しかもマット・デイモンはリアルハーバード生なんですよ。
へー。
リアルハーバード学生です。
ちょうどいいじゃん。
普通にめっちゃ頭いいんですけど、彼がハーバード時代に、学生時代に書いた脚本を、
その幼馴染で、映画界とかにもつながりを持ってるベン・アフレックを介して、映像化までこぎつけたみたいな。
そういうことだったんだ。
確かそんな感じだったと思います。
とにかくマット・デイモンは脚本賞を取ったんだっけ?
賞とかは全然知らない。
脚本賞を取ってますね。
すごいですね、そう考えると。
マット・デイモンは脚本賞を先に取ってるわけですから。
なかなかですよっていう気がしますけど。
なかなかだね。
とにかくそんな作品で脚本が高く評価されてるわけです。
実際ドラマとしても非常に見応えはあるので、すごく面白いんですけど。
ちょっとここら辺りから、もう皆さん見たことを前提として話が展開されるので、気になる人はもう見てくださいというところで。
もう行きますよ、ガンガン行きますよ。
浅いところから行きますけど、
そのハーバードのバーに行くじゃないですか、ハーバード生御用出しバー。
12:04
ハーバードバーね。
ビンゴ突っ込んでやるってシーンだ。
そうそう。
幼馴染のチャッキが女の子をナンパしてる時に、
リアルハーバード生がこいつアホやなって見抜いて、
窯をかけて恥をかかせようとした時に、
確かにハーバード生でもなんでもないけど、
スラム育ちの大天才である主人公ウィルが幼馴染をかばうために、
天才トークでやり込めるシーンあるじゃないですか。
僕あれ嫌いなんですよ。
ああいう演出僕大嫌いなんですよ。
これ本当に申し訳ないけど、
作品をこれだけお勧めされて、
僕もすごく気になってたけど、実は見たことがなくて、
すごい楽しみにしてたから、
どんな展開なのかなっていうのをワクワクしながら見始めたわけ。
天才が出てきますよみたいなところも、
それの辺は知ってんのよ、孤独な天才みたいな。
でもね、僕孤独な天才図を好きじゃないんですよ。
まずそこ、まずそこ。
天才は適合できないみたいなのも嫌いなのよ。
そういう人もいるよ、たまには。
たまにはいるんだけど、正直天才でも社会性がちゃんと身についてる人はいて、
そっちの方が多いから。
だって頭いいんだから。
だって頭いいんだから、人がどう考えたらどういう行動するのか読めちゃうから、
自分の立ち回りも上手いし、
っていうふうにいろんなことを先回りして考えてる人っていうのはやっぱり結局自分で切り開ける方が多いから。
孤独な天才、天才イコール孤独みたいな先入観を持ってる人も嫌いだし、
さらに言うとその天才イコール孤独だっていう先入観が故に、
自分の孤独は天才が故だと勘違いしてる人って嫌いなんですよ。
で、
今日すごい言うねん俺、お酒入ってるからかな。
すっごいそれが嫌いだから、
この一番初めの、本当に結構もう序盤導入に近いよねほぼね。
ある程度話は進んでるけど、あくまでいろんなこれから始まる作劇の背景紹介みたいなシーンがひたすら続いていく中で、
話が動き始めるのがそこじゃん。
実際そこで恋人のスカイラーとも出会うから。
これから始まっていくんだなって一番初めのシーンが、
そのスラムのリアル天才がハーバード製のエセ天才をやり込めるシーンっていうので、
僕はちょっとはぁって思っちゃったのね。
思っちゃったんだけど、
思っちゃったんだけど、このシーンって実はこの後の展開をすごく立派に支えてるシーンだったなっていうふうに思って。
15:06
そうなんだよ。4回目だったっけな?5回目だったっけな?
違うな、4回目か?
何が?
違う、4回目じゃないな。
何がやねん。
あれだ、2回目のセッションだ。
2回目のセッション?
そう。2回目の面談で、
何とかについてだったら君は何とかを引用するだろう。
これについてはどうだ?君は何々について批判して何々を引用してこうこうこう語るだろう。
君は圧倒的に私よりも本の知識を持っている。
だから私にはそれは一切興味がない。
だけども、私は君という人間に興味があるから君自身の言葉だったら喜んで話を聞こう。
っていうシーンの導入のためにはどうしてもあれが必要だったんだよね。
そうなんですよ。
このハーバードのアホをやり込めるシーンっていうのが、
そのチャッキーって幼馴染をバカにするために口挟んできたハーバード生が、
小難しい話を展開して何も言えなくなるチャッキーを演出しようとしてくるわけですよ。
でもそれがとにかく、
ウィルは図書館でありとあらゆる本をめちゃくちゃ読み漁っているから、
全部把握しているわけですね。
だから君のそれはもうこの本のここに書いてある。
だから君は結局自分の意見なんて何も持っちゃいないんだみたいな。
そんなことは別に図書館に行けばいくらでもわかる。
君は何のために金を払ってるんだみたいな。
そういうことを考えながら、
そんなしょうもない自尊心なのかみたいな話をして、逆にやっつけるよっていうシーンがあるんだけど、
結局彼は自分で考えられるっていうふうに自分を高く評価して、
他人よりも頭がいい自分っていうものを理解してるから、
理解してるから、
自分の考え方によって、
自分の考え方によって、
自分の考え方によって、
自分の考え方によって、
自分の考え方によって、
理解してるから、
理解してるから、
そういう行動に至ったし、そういう言葉が出てきたんだけど、
でも結局、
同じことしちゃってるんだよね。
ショーンに対して。
その導入の話で言うとさ、
あくまでウィルは、
公式をいっぱい覚えてるだけの計算が上手い人なんだよ。
だからその公式自体がどういう意味を持ってるかっていうのは何も語れない。
っていう、
いわゆる修学者ではあるけども、学問を探求している学生ではないんだよね。
あくまで生徒なんだよ。
本を読む。
っていうところの違いっていうのに、
ハーバード生がね、気づいてるかどうかはまた別なんだけど、
それがウィル自体は気づけてないんだよね。
18:02
単純に記憶力のいい人だから。
学んでないっていう。
そうね。
ショーンとのやり取りを通して初めて、
彼自身も自分自身が分かった気になっていたっていうことに、
初めて気づくというか。
いろんなことを吸収して、理解する力を持っているんだけれども、
早がてにしていろんなものが結局、
分かったつもりになってしまっている自分でも、
結局ショーンにそれを言われた理由っていうのが、
ショーンが描いた絵を分析するんですよね。
フロイト的に分析するくだりがあって、
その結果、あれもね、象徴的だったのよ。
あれめちゃくちゃ象徴的で、
これ両方にかかってるなと思ったんだけど、
ショーンに対してやったことっていうのは、
思い切りね、ハーバード生に自分がやったことだったっていうのはあるんだけれども、
ショーンの絵を分析して、君はこれこれこうだっていうのを言ってめちゃくちゃからかうんだけれども、
それって結局彼がショーンの元に至るまでに、
いろんな催眠療法をやってる人とか、
一番初めにカウンセリングした心理学者とか、
彼らにやられたことと同じことをやっちゃってるんだよね。
つまり形式的な分析を行って、
君はこういう理由でこういうふうに傷ついてるんですよねっていうような、
おそらくすでに与えられている資料から、
こうだろうっていうふうに考えられるような、
そこに希釈させるために、
いろんなものを引用して、君はこうだねっていうところに押し込めようとする。
それが結局、ウィルは見え透いてるから全部笑い飛ばして、
バカバカしいって言って全く向き合おうとしないで、
全ての心理学者をバカにしてきたんだけれども、
自分がそのバカにして拒絶してきたことっていうのを、
実はまんま自分も人にやってるっていうことに、
そこで初めて気づいてるんじゃないのかっていうふうに考えると、
ハーバード生のシーンだけじゃなくて、
その心理学者とのシーンでは立場が逆で、
全く同じことにかかっているんだなっていうふうに思うと、
これね、脚本寝られてるんですよ。
しかも、そこでウィルが話した内容っていうのが、
結婚についてっていう題でいろいろ話してはいたんだけれども、
結婚っていうのじゃなくて、他者との関係性っていうところで、
全く同じ話を聞くと、ウィル自身のことを自分で語ってるんだよ。
21:02
結局お前は誰とも付き合えずに、何とも関われずに、
ここにいるクソみたいな人生だっていうような内容をね、
ロビン・ウィリアムスで誰だっけ、ショーンから。
ショーンね。
僕の目もね、ロビンとしか関係なくて。
ショーンだからね。
目魚タイムが始まりましたね。怖いな。
嫌だね、会談が。
ショーンに語りつくんだよ。
奥さんを亡くしているっていうところから、
それまで何の邪化しをしても、
ショーンはひょうひょうと受け流して、
お前の話聞かせてくれよとか、
これを読むかい?みたいな感じで受け流してたんだけども、
奥さんの話だけ感情が動いたぞっていうところを見つけて、
それに対して言うんだけども、結局それはもう
特大ブーメランだったっていう話で、
これに関してはロビンじゃなくて、
ウィルが最後まで気づいたかどうかっていう、
演出的な内容っていうのはないんだけれども、
でも結局多分、本質的に
人との関わり方っていうところでは、
これと同じような内容っていうところが
進んでいくっていうのがある。
ある意味では、
ウィルが知ってる人との付き合い方、
あるいは人との付き合いの結末っていうのは
全部それだったわけだから、
同じ結論にウィルも当てはめたくなっちゃうんだろうね、
っていうのをなんとなく思ったね。
どうしよう、
ここから、
ウィルが知ってる人との関わり方って、
そういうことなんだよっていうのって、
これがね、
僕はね、これを
真理を扱う全ての人間に
この映画を僕、
本当に見てほしいなと思っていて、
ありとあらゆる真理、
カウンセラーでもいい、精神科医でもいい、
精神の看護師だったりとか、
作業療法師だったり、理学療法師だったりとか、
そういう医療系じゃなくても、
学校の先生とかでも、
何でもいいんだけれども、
人の心に接するっていうのがどういうことなのかっていうことをね、
扱う職業の人たちに、
絶対に見てほしい、
マスターピースの一つだと僕は思っていて、
何でかっていうと、この映画って、
今の心理学で謳われている理論の色んな部分の要素っていうのが、
すっごい
上手く表現されてるんだよ。
で、例えば今、まこちゃんがね、
話してくれた、人との付き合い方って、
ウィルのその癖みたいなのがそうなるよっていうところで言うと、
ジョン・ボルビーっていう心理学者が提唱した、
24:01
ボルビーは色んな大学生、
教養とかで結構やる人も多いんじゃないかなと思うんだけれども、
ジョン・ボルビーが提唱した、
愛着理論っていうのがあって、
それがメアリー…
なんだっけな、名前飛んじゃった。
メアリーなんとかっていう人がね。
メアリー・トーマス。
メアリー・トーマス。
メアリー・ジェーン。
ドナルド・マクドナルド。
じゃなくて。
ごめん、ちょっと名前忘れちゃったんだけどね。
その人がね、その後に
ボルビーの理論をちょっと改編というかしていって、
アタッチメントスタイル、
日本ではよく愛着スタイルっていうのもね、
人との関わりの中で、
どういう風に人と関わっていきますかっていうような理論があるんだけども、
これを考えながら、
それぞれのキャラクターのアタッチメントに
考えていったりとか、
あるいはPTCっていう概念があるんだけども、
ポストトラウマティックグロースっていう概念があって、
PTGじゃない?
Gって言わなかった?今。
PTGだね。
よくPTSDってあるじゃない。
トラウマ体験をして、
ショックになっちゃうよっていうようなこと。
ある意味反対の考え方。
トラウマティックな出来事があったからことこそ、
このグロースができるよっていう概念。
だったりとか、
アルゲイルはね、本当にキリがないぐらい、
この映画にいろんな要素が入ってるのよ。
その辺の理論を重ねて喋ってもいいんだけども、
僕がここで一番言いたいのって、
ウィルがその絵を見ていったっていうシーンが
一番象徴的なんだけども、
ここまでの1900年、
80年代ぐらいのね、
精神異常に関しては、
ここの20年後ぐらいまではね、
ろくでもないことやってたからあれなんだけど、
2000年代ぐらいまでに、
とにかく感情的に、
患者と医療職者っていう関係性において、
都画、手法、理論、治療っていうのが
全面に押し出されていて、
今いわゆる患者中心のとか、
全人的理解っていうような言葉が
一番すごくよく出てくると思うんだけども、
そういうのってかなり度外視されてた時代だったんだよね。
だからこそ、
催眠療法をやった人とか、
フロイト分析をやろうとした人たちっていうのは、
別にあの映画ではちょっとマナケに見えてるけれども、
あの時代あれが普通だったんよ。
27:02
だけどもそれって、
人と人との関わり方だったりとか、
人の心を扱うって、
そういうことじゃないでしょっていうのが
生まれ始めたのがこの辺の時期なんだよ。
そういう意味でも、
心を扱う職業の人にとってのマイルストーンでもあるわけ。
人と接するんだから、
自分も
オープンマインドにしていかないと、
相手のオープンマインドって絶対に引き出せないし、
上っ面のことだけ聞いたって、
何の両方にもケアにもならないんだよ、
キュアにもならないんだよっていうことっていうのが、
この映画で僕は一番組み取ってほしいところなんだよね。
それはすごい感じるというか、
心理学っていう学問自体が、
学問としてある程度、
触りだけでもというか、
ちゃんと学んだ経験がない人たちから、
すごく誤解されてると思うんだよね。
たぶんなんていうの?
おそらく心理学っていうのをパッて聞いたとき、
一番初めに思い浮かぶのが、
たぶん醍醐だと思うんだよ。
こっちじゃなくてね。
小文字が入ってる方のね。
トランプ何選びますかとか。
メンタリズムね。
心理学の応用っちゃ応用なんだけど。
あとね、僕ら世代の幼少期の経験から、
心理テストも悪く働いてると思いますよ。
確かにね。
この絵から何を選びますかっていうので、
あなたは臆病な性格ですみたいなね。
今振り返ってみると、
心理学を全く触れてない編集者が、
勝手に書いてるみたいなのもいっぱいありますから。
しかもフロイト分析にもなってないんだよね。
とにかく心理学っていう学問自体が、
とにかく心理学っていう学問の言葉を聞いたときに、
多くの場合、
心をそれで理解ができるもの、
心理学を学べば人の心がわかるみたいな風に、
安易に結論づけちゃう人はすごく多いと思うんだけど、
もとよりやっぱり心理学、いろんな例えば発達心理だとか、
いろんななんちゃら心理あると思うんだけれども、
そこを触れれば触れるほど、
統計学に近い部分もあるじゃない。
むしろ統計学だよ。
まさに統計学なの正直。
そもそも学問としてのシステム作りのプロセスを考えれば。
あくまで傾向がある。
30:01
人間はこういう環境に置かれると、
こういうふうな反応を示す傾向がある。
人間というものは、
環境のみならず、
こういう条件の時にはこういう行動になりやすいだとか、
それってあくまで傾向に過ぎないから、
ある意味では心を理解する材料としての、
手がかりとしての心理学であって、
こういう時はこうなりますじゃないんだよっていうのを、
全然心理学に触れてない人たちからすると、
そこに飛びついちゃうみたいなところがあって。
そうそう、心理学部に入れば、
モテモテナンパテクニックを手に入れられるぐらいの
気持ちでいる人が結構多いんだよね。
しかもそういう誤解を、
逆手にとってじゃないけれども、
心理学っていうワードを便利に使って、
人との関係性をより良くしましょうとか、
モテましょうみたいな方向で、
浅い本を書いてる人たちもいっぱいいるわけで、
それがまた余計に誤解を助成させてるような、
現実があるじゃない。
そこをまず、この作品を見れば、
なんとなく揺さぶれると思うのよ。
そういうものじゃないよね、心理学って。
そういうものじゃないよね、人の心ってみたいな。
ある意味では、そもそも心理学も、
いろんな学者が過去にいっぱいいて、
フロイトを学べば、
全てがわかるなんてことは絶対ありえないじゃない。
絶対ありえない。
絶対ありえない。
心理学の中でも結局、
いろんな学者が互いの理論を批判しあって、
いやこういう構図になってるんだ、
ピラミッド構図になってるんだ、
いや違う円形構図になってるんだとか、
批判の試合があったりとか、
いろんな批判があって、その批判の中で、
だんだん心の仕組みっていうものが、
なんとなくみんなもやっと、
多分こういう形で、この部分をこの人は見て、
こういう造形でイメージしてるんだなとか、
そういうのを手がかりとして吸収していくのが心理学だよね、
みたいなところに、結局最終的にはたどり着いていくとは思うんだけども、
どうもやっぱりそのあたりが、
まずイメージとして育ちきってない人でも、
この作品を見ればなんとなく、
そう扱えるみたいな映画にはなってるなっていうのをすごく見て思ったので、
僕はなんか、
ハーバード・バーのシーンでは、
おえーってなってたんだけど、
後半のための、これはジャブだったんだなっていうふうに考えると、
一気に引き込まれて、
面白い、これは面白いぞっていうふうになってったっていうのがありました。
結局ね、
今までこのマコバナでさ、
こういうヒューマンドラマって扱ってこなかったじゃん。
そうだね。
で、
たぶん僕はね、
ヒューマンドラマ大好きなんですよ。
33:02
たぶん映画の中のジャンルで一番何見てるって言ったら、
他に追随を許さないほどの圧倒的なヒューマンドラマの量なんですよ。
アクションとかアニメとかいろんなジャンルがあるとしたら、
圧倒的にヒューマンドラマ見てるの。
で、
たぶんマコちゃんはあんま見ないよね。
見ないこともないのか。
僕はね、ノージャンルなんで、
もう全くジャンル問わずに見るタイプの人なんで、
このジャンルだから見るがない。
変な話。
そうね。
だから、
でも結構一時期ハマってたのは電気映画ですね、人の。
うーん。
実在の人物をベースにして、
それをちょっと脚色もしながら描くみたいな。
そういうスタイルの映画。
ポケモン、ビアン、ラプソディーとか、ロケットマンとか。
42とか、そこら辺を割と面白く見てた時期はあるけど、
でもあんまり問わず見てますね。
ここまでマコバナで扱われてこなかったんだけどさ、
結局その、
なんで、ヒューマンドラマって割とこういう系のさ、
映画談義に扱いにくいっていうのは、僕も理解してるんだよ。
なんでかっていうと、
どっちかちょっと映画の話じゃなくて、
映画を受けてあなたはどう考えますかの話になっちゃうわけよ。
映画の構成というより。
俺ね、逆にどう考えますかになりにくいと思ってる。
ヒューマンドラマって、
よく寝られてるのはいろんな解釈を生み出しやすいのかなと思うんだけど、
一般的なヒューマンドラマって、
嫌な話をするとちょっと説教臭くなるじゃん。
こういうメッセージですよ、みたいな感じで終わるのが多かったりするから、
語ろうにも、そう読ませようとしてるじゃんっていうのが先に来ちゃって、
ちょっと脱線しにくいというか、
新しい解釈を盛り込みにくいというのがあるのかなって気がする。
例えば教育に関しては、
今回のグッドウィルハンティングだったら、
人の心って何?っていうところ。
人をカウンセリングとかケアするって何?っていう話になってくると思うんだけど、
じゃあケアの本質って何だろうねっていうような話に、
映画を踏まえながらはできると思うんだけども、
それ以外の話の方向に、
例えば推察していくとか、
ファイトクラブとか、
セッションみたいな、そういう系の話にはならないじゃん。
だからなかなか扱いにくいんだろうなと思って、
ここまで避けられてきたんだけど、
僕はこれを機にね、
36:01
ヒューマンドラマの僕のマイルストーンになってるやつをちょこちょこね、
マコーちゃんにね、無理矢理見せていこうかなと思ってね。
全然いいっすよ。全然いいし、
多分僕は何かしら見つけてツッツくんで、
ツッツきたいところまだあるんですよ。
一番初めのハーバードバーの演出、
癖を問題以外にもあるんで。
じゃあちょっと僕がガツガツ語り始める前に、
小出しのやつを、
小出しのやつやろうとしてて、
僕が永遠と語り始めちゃったんだけどさ。
全然いいですよ。
僕が小出ししたところに関係させて展開してくれればいいんですけど、
この映画の見せ場でもある。
君は悪くない。
もう涙、涙腺崩壊シーンだと思うんですよ。
大好きな人だと。
これは結局、
ウィルが、
なんであんなになったんだっけ?
どこだっけな、
5回目のセッションか?
違うな、6回目じゃん。4回目か。
ちょっと待ってね、僕の今、
なんだっけな、あれ。
いつだ?
3回目か。
いや、ほぼ最後だよ。
だからその後にウィルがめっちゃ泣くシーン。
5回目か6回目のシーンだよね。
初めてウィルが、
自分の過去の話をするんだよ。
虐待体験の話になったんだっけな、確か。
ショーンが、
昔何かしらの暴力を受けたことがある、わかるよみたいな話をして、
それに関して、
ショーンが何々になった時の気持ちはわかるのか、
何とかになった時の気持ちはわかるのか、みたいなことを、
一瞬激行するんだけれども、
すぐにショーンに対して、
あ、やっちまった、みたいな顔をするんだけれども、
それを見たショーンが、君は悪くない。
君は悪くないって言うっていうところだね。
で、またウィルも、いえいえ、そんなことはわかってんだよっていう風に返すんだけど、
何度もショーンに繰り返し言われていくうちに、
っていうシーンなんですけど。
そうそうそうそう。
あれ、いいシーンだと思うんですよ。
またウィルの、わかってるっていう返事もいいなっていう。
だからこの時点でウィルは自分自身の心に生まれている、
39:05
自分を否定する要素みたいなものに、
だからあんまり気づけてないんだよね、そのトリガーに。
だから別に自分自身が過去にこういうことがあったから、
こういう風な性格になっちゃったんだ、みたいなことをふわっと理解していて、
だから自分はわかったつもりになってる。
だからこれってまさに一番初めの失態と同じで、
やっぱりわかった気になってる自分をわかってないみたいな。
それが結局心の傷にも波及していて、
結局自分を認められてない自分っていうのに初めて気づく。
すごくいいシーンだなっていう風に思うんですね。
心理学的にも幼少期の逆境体験っていうものが、
人間形成に大きな問題を引き起こすっていうようなところで、
まさにそこに繋がるシーンだと思うんだけど、
この映画ではとてもいいシーンだったんだけど、
見る人によっては、
君は悪くないをねじ曲げて、
自分の火も全部なすりつける人いないかなと思って、
怖いなって思います。
分かるよ。責任の話でさ、
前にいまこちゃんが教育の畑のところでの責任っていうところを話してた。
教育だっけな?違う、あれだ。
ツイッターのお気持ち君は大丈夫悪くないっていうのに、
責任もクソもねんだから継続的なものがない限り、
そんなこと言うんじゃねえっていう話をしてたじゃない。
幼少期の逆境体験っていうのは、確実にその後の人間形成には大きな影響をもたらすから、
それはもう確かだと思うんだよね。
それは確かだと思うんし、ある意味では子供たちは自分の環境っていうものを選べない。
だからそれによって引き起こされた人間形成上の課題っていうものに、
直接的な責任は持たないと思うんで、だからそういう意味で言えば確かにウィルは悪くない。
悪くないけど、
じゃあバスケットコートで殴られた人どういう気持ちなんだろうなとか、
思っちゃうじゃん、そういうのは。
やっぱりそういうところって、
君は悪くないを通して自分自身を認めることによって、
これまで自分がしてきたことに対して認識を新たにする。
で、自分を愛することもできて周りに対してその愛を向けられるようになる。
42:01
これが最終的なゴールだと思うんだけれども、あの言葉を表面的な部分だけで受け止めて、
変な解釈をした人たちが、あ、僕もウィルと同じだって勝手に思って、
自分がこれまでしてきたことの責任を全て幼少期のこれが原因だから自分は悪くなかったんだ、みたいな風に
思われたらすげえやだなと思いながら見てました。
あくまであれっていうのは、幼少期の虐待体験、逆境体験に対して、
君が責任でそういう体験を負うことになったのではないんだよっていう君は悪くないんだよね。
その後の万引きだの、喧嘩ふっかけただの、何だのかんだのっていうのは、
言ってみれば、それが原因でアタッチメントだったりとか、
心理的な成長っていうところにトラブルがあったとしても、
社会的に責任を負わなきゃいけないっていうところは、そこは変わっちゃいけないと思うんだよね。
そうなんだよね。だから原因を認め、その後の自分の選択を正しくすることっていうのが重要であって、
何もかも環境のせいにするっていうような言葉ではないけど、
そういうところもすごく内側と外側で見え方が違うんだろうなっていうのはすごい思っちゃうんでね。
その言葉をやり取りしている同士がその言葉の意味をちゃんと理解していれば全然それは素晴らしいと思うし、
この映画の中ではそれができてたから互いに心が通じたんだろうなっていうふうに思うんだけれども、
たぶん前段階での心の開示が行われていなかったら、
ショーンの君は悪くないなんていうのは、ウィルにとってはまさに別に聞きたくもない言葉なんだよね、たぶんね。
わかってるようなこと言うんじゃねえよっていう話にはなると思うんだけれども、
結局その言葉がウィルの深いところまでズボッと刺さっていった理由っていうのはその前があるからだよねっていうのが、
映画見ていれば自然と理解できる。それがいいなっていうふうに思うところで、
結局そんなことは誰でも言えるんだけど、誰でも言えることでも誰が言うかで変わってくるよねっていう。
そこもね、ケアする人に見てほしい理由の一つで、
僕らは第三者としてこの映画を見てるから、
2人の関係性が深まっていってるなっていうところは見えていても、
2人の間の真理がどう動いたかっていうのは見てないんだよ。
だからロビン、ショーンの気持ちにもなったことはないし、ウィルの気持ちにもなったことはない。
やっぱり心理学で一番大事なところの話っていうのが相互作用っていう言葉なんだけど、
人と人が接するときに一方通行って絶対ありえないよねっていう考え方なんだよね。
45:06
例えば俺が孫ちゃんって話をかけて、孫ちゃんがガン虫をしたとしても、
そのガン虫をしたというリアクションを僕に返して言ってるっていう考え方。
もちろんこういうふうに会話してるっていうのも相互作用だし、
人と人が接するときに必ず物を返してとか言葉を返して、態度を返して、
視覚を返して、音を返して、お互いに影響し合ってるよっていうのがあって、
その中のショーンとウィルの関係性っていうところに関しては、
第三者がどういうふうに接していってもそれはノイズにしかならなくなっちゃうよね。
だから、相互作用をやったちゃんと人じゃないと、
あの言葉っていうのは絶対かけられないよねっていうところも、
ちゃんと学んでほしい部分の一つなんだよね。
本当にそうだよね。
人と人との対話だったり、人と人との関係づくりっていうのは、
段階を追って成立していくものであって、
特定の形式に当てはめれば結論が出るようなものでは断じてないっていうことが、
いろんなカウンセラーをバッサバッサと切り捨てていくシーンに
込められてるなっていう気がするね。
境界化したものっていうのを、境界化したものをそれこそ法定式に当てはめてやろうとするっていうのは、
それ人の心の本質じゃなくて、それは数学であり統計だから、
目の前の人を相手にはしてないよねっていう、
境界化した心理学の批判でもあるんだよね。
いわゆるお気持ち心理テストと同じことをやっちゃってるわけですよ。
冒頭の話にも繋がりそうですけどね。公式の丸暗記みたいなね。
そうそうそうそう。
っていうところにも繋がってくるよね。
公式自体が持ってる本質っていうところをちゃんと知ろうとして、
でキャッチをするっていう、キャッチボールをしていくっていうのがやっぱりすごく大事になってくるんじゃないかなと思うんだよね。
あとね、僕はこのぐらいしかないんですけど、
すごく面白いなって思ったのは、この映画に出てくる中で一番心が安定してるのが、
何も持ってない幼馴染のチャッキなんですよね。
ここが面白くて。
まず大天才のウィルは、言うまでもなく心に大きな傷を負っていて、健康な状態ではないわけですよ。
48:02
ウィルの才能を見出したジェラルド。
彼はMITの教授で、しかもフィールズ賞という名誉ある賞もいただいて、だから地位も万弱なところにあるんだけれども、
彼のウィルに対するいろんな接し方から、だんだんと彼自身も心に結構大きな課題を抱えているということがすごい見えてくるんだよね。
彼がそもそもウィルを見出してから、ウィルは世界に役立てないといけないみたいなところで、ものすごく動きまくるんだけれども、
結局ショーンとは学生時代からの知り合いなんですよね。
言葉のいくつかの情報を見ていくと、元よりジェラルドよりもショーンの方が優秀だった。
ところがショーンは奥さんが病気になって以来、一線から引いて、要は才能を認められるような機会を失ったわけだよね。
そんな中で彼は、ジェラルドはその時期にコツコツと努力をしていたからこそ認められたんだけど、結局自分よりも優れていると自分の中では実は認めてしまっているショーンに対してすごい悔しい気持ち。
勝ったはずだけど勝ててない。本来だったらあいつの方が認められるはずだったところを、そういう理由でもって自分は認められたに過ぎないんだみたいなところをずっと持ってるから、
ショーンに対して俺の方が認められてるぜみたいな、そういう態度を自ら出してしまう。でも内心それが偽りであると自分自身が思っているから、そこがすごくモヤモヤして結局うまくコミュニケーションが取れないみたいな。
そんな背景から彼がウィルに対して行っていることを見てみると、結局彼自身も自分の才能っていうのは他者から認められなければならないし、その才能を生かさなければ自分の存在価値っていうのはないんだみたいな脅迫観念に駆られている。
だからウィルに対しても同じものを押し付けようとしてしまうみたいなものがむき見えていくんだよね。だからその辺を見てると、この人も健康じゃないじゃんっていう。
ショーンも当然同じくね、これはもう丁寧に語られているところですけれども、先立ってしまった最愛の妻っていう存在、そこにものすごい心の傷を持ってるし、みんな本当に満たされてないんだよ。
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そんな中で一番アホの子である、何も持っていない貧困層であり、しかも自分には才はないと。幼馴染のウィルの才能だけはしっかり理解している。
でもそんな彼が一番アップダウンしかないような日々を送っているのに、ずっと心は落ち着いてるんですよね。
ここがすごくまた面白いなっていう。これ一体何なのかっていうね、だから心の豊かさっていうのは結局一体どこにあるのかみたいな話も多分なるのかなって気がしていて。
我々が考えている豊かさみたいなものっていうのは、例えばウィルみたいな圧倒的な才能を持っていることが豊かであるということ、あるいはジェラルドのように社会的に認められることっていうのが豊かさである。
あるいはそれこそウィルやチャッキーのような貧困層ではなくて、大企業に勤めるだとかして得られるような大きな報酬、それが豊かさ。
いろんな豊かさが多分いろんなものに投影してこの作品で描かれるんだけれども、でも結局一番心が満たされて安定しているのが何も持っていないはずのチャッキーであることを考えると、やっぱり心の豊かさって全然違う枠組みで人間の中に生まれるものなんだよねっていうことを言いたいのかなっていうのを思いながら見ていて。
たぶん最後、結局ウィルは勤め先に行かないんだよね。
結局その社会の中で自分の役割を果たそうっていう方向に心が向いたはずで、面接にも行って立派な職に就けたよみたいな感じだったんだけど、
でもそれを蹴って結局最後には愛するスカイラーが、サンフランシスコだっけ?
ハーバードからMITじゃなくて、何に行くって言ったんだっけ?南韓の医学部に行くって言ったんだよね。
彼女の元へと彼女を追いかけていくわけだから、結局彼が結局見出した豊かさっていうのはそこなんだよね。
人との繋がりっていうのに豊かさを見出したからそっちに行くんだよ。
だから最後の最後の彼の選択っていうのが、結局その豊かさとは何かのところにも多分繋がってくるのかなっていうのを見ていて、
そう考えるとやっぱりこのチャッキーの存在っていうのも、これ作劇の中で非常に重要だったなっていうのをちょっと思いながら見てました。
54:00
そうだね。僕が話したいなと思った内容を両方掛け合わせて話してくれたんだけど、まずチャッキーの方から行くと、
チャッキーが一番安定してるって本当にそうなんだよ。本当にそうで。
さっきチラッと話したね、アタッチメント、愛着スタイルっていうところに当てはめていくと、
チャッキーっていうのは安全型って言われるような傾向がある人。
自分に対して自分と自分が対話するっていうことと、自分と他者が対話するっていうこと、
両方プラスの側面で考えられるよっていうような話がしてるから、
彼自分の現在の状況だったりとか、自分の能力の限界だったりとかっていうところを非常によく理解してるし、
それを自分の中で納得してるし、自分のこういう状況でこういう人間なんだっていうことをオープンにすることっていうのは別にマイナスにも思えてない。
そういう自己開示。自分ってこういう人なんだよとか、自分ってこう考えてるんだっていうのがすごく上手だし、
同時に自己反数っていう、自分の中で自分ってどういう人なんだろうって考えるっていうのがすごく上手なシーンがちょいちょいあるんだよね。
特に最後のシーンとかさ。お迎えに行ったけどいなかったよっていうので、ちょっとにんやりして、
納得したような感じで去っていくみたいなシーンだったりとかっていうところがすごく象徴的だったなと思うんだけど。
他のキャラクターたちを見ていくと、たとえば教授のジェラルドか。
ジェラルド・ランブル。
ランブルで言うと、彼が回避型っていうような人なんじゃないかなと思うんだけど、他者との親密な関係を避けて自立を重視するようなタイプ。
で、養育者とかの一貫した愛情とか関心とかをあまり向けられなかった経験によって形成されることが多いような方なんだけど、
確かに能力を認められたんだけれども、自分自身でそれを認めてないっていうような状況から、そういうふうなタイプになったのかなと思うし。
あとはスカイラーだったら、スカイラーもある意味結構安全型なんですよ。
ウィルに関わらなければ。
まあそうね。
ウィルに関わらなければ安全なんだけれども、ウィルに関わることで不安型っていう、事故との対話はすごくポジティブなんだけれども、
他者との関わりにおいて親密さを過度に追い求めてしまうみたいな、っていうような状況になったりとか。
57:01
で、ロビン・ウィリアムス演じるショーンは、ある意味安全型。
ただその安全型っていうのは、自分のケアをする人間としてのペルソナをかぶってるときは安全型なんだけれども、
本質的には回避型。
だから、ジェラルド先生と心のタイプはすごく似てるんだよね。
ウィル自身はどうなのかっていうと、混乱型っていって、自分も自分に対してネガティブな感情を持つし、
他者との関わり方にもネガティブな感情を持つっていうような感じのタイプの人間で、
これが結構ね、虐待とかネグレクトとかで、あるいは薬物とかの場面を幼少期とかに体験したりとかするとよく見られるタイプなんだけれども、
なんかすごく、その辺もすごく象徴的に現れてたし、
それがアタッチメントスタイルっていうのが一生涯つきまとうものでもなくて、
いろんな体験だったりとかそういうものを繰り返しながら、どんどん変化していくものの一つでもあったりもするのね。
ウィルも最終的にはまたちょっと混乱型とはまた変わっていったんじゃないかなとは思うんだけどね。
そういうキャラクターの中での心理の変化っていうところがすごく上手く描いていったのがこの作品の一つだし、
それぞれの立場っていうのが恋人っていう最も親密な立場にいなきゃいけないパートナーとしての関わり方と、
サポーティブにする、スカイラーみたいなケアをする人の接し方っていうのと、
また別の視点でのサポーティブ、社会的視点でのサポーティブな人間との接し方っていう、
言うてみれば、スカイラーが親の役割。スカイラーじゃないや。ショーンが親の役割。
何回目のセッションからか忘れたけど、彼のことを息子よって言い始めるんですよ。
字幕に出ないんですけど、語尾にさんをつけるようになるっていう。
あの辺象徴的だからちゃんと訳せよって思ったんだけど、でも難しいんだよね。
向こうの英語で言うときのさんのさ、サラッと感に対して、日本語に翻訳したときの息子よをつけちゃうと、
すごい重く聞こえちゃうんだよね。
そうだね。マイリアとかさ。
その辺はちょっとだから難しいなって思ったから、あの辺はやっぱり英語で見た方が絶対楽しいところなのかなってすごい思ったね。
1:00:06
その辺の踏み込み具合が、たぶん解像度高く理解できるのかなっていう気がする。
そういう風に立場が変わっていって、あれが親の役割。
で、スカイラーがパートナーの役割。だから成人した後の関係性。
で、社会との関わりの役割っていうのを教授っていうところで読み解くことができるから、すごく面白い関係性があって。
ある意味、ウィルのマブの子っていうのが、なんて言ったらいいんだろうな。
心のミラーリングっていうかさ、ある意味事故との対話みたいなところを助長させてる要因みたいなところもあってさ。
ウィルの中の、こうなったらいいなっていう目標的な人物としても描かれてるような気もするんだよね。
本当はウィルとの対比っていうところがものすごく正反対に描かれてるじゃない。心理的に。
すごくオープンマインドな人間っていうのと、オープンマインドに見せかけたすごいクローズな人間っていうところの明暗っていうのがすごくはっきりしていて。
そこの描き方っていうのがすごく面白かったなと思うっていうのが一つ。
あとはこのショーンとフレッチャーじゃなくてなんだっけ。
ジェラルド?
ジェラルドの関係性っていうのもすごく面白くて。
これすごいトロッコ問題なんだよね。
っていうのもさ、どっちも正しいんだよ。
ショーンは人間性っていうものをすごく大事にしなきゃいけないから、彼のやりたいようなことをさせてあげなさいよって言うんだよ。
ジェラルド教授はジェラルド教授で、人間性も大事だとは思ってるんだけど、
それよりも社会的に認められたりとか、社会的に充実することっていうのが本人の幸せにつながるんだよっていう話になってくるわけじゃん。
どっちも正しいし、どっちも間違ってもないから、すごく難しいんだよね。
理理的命題だなと思ってさ、これが。
僕はあれ、卵が先か鶏が先か問題に近いなっていう気がしましたね、どちらかというと。
最終的な目標としては、やっぱり彼が社会生活の中で自分や他者を認めながら、より良く生きてほしいっていう。
1:03:07
そこは同じだと思うんだけど、それは結局精神的に安定すれば、彼自身がそういう方向に自分の意識を向けることができるし、
前後を入れ替えてしまえば、まず社会的に認められることで、心の中で変革が生まれて、自分自身を認めることができる。
その結果、社会性を身についていくみたいな。
どっちが先なの?みたいな話には多分なるのかなっていう気がするんだけど、
ただ一つ言えるのは、その社会的な成功っていうのを優先した場合に、誤った自己理解が進む可能性もあるよねっていう。
これでいいんだっていうね、自分はこれで全然問題はないんだ。
そうなってしまうとちょっと怖いよねっていう視点から言うと、
ショーンの順序の方がまどいてるのかなっていう風には思うんだけど、一方で僕がちょっと気になっちゃうのは、
やりたいようにやるとか、いきたいように生きるっていうのは、
自分が今考えているそのいきたいようにの部分が、果たして本当に自分の本質的な願いなのかどうかっていうのを、
ちゃんと見極められているかどうかっていうのを、やっぱり他者がちゃんと見てあげない限りは成立しない言葉だと思うのね。
ショーンはそれができてるからいいと思う。
でも、いきたいようにやりたいようにやらせてあげるべきなんだっていうのは、極度な放任主義者が言ったら、完全にそれはもう何も生み出さないよねっていう。
それは放任主義とかじゃなくてネグレットですね。
そうですね。すごくその辺は気をつけないといけないポイントだなっていう。僕の気をつけなきゃいけないポイントはその2でしたね。
でも確かにそれも含めての倫理的命題だと思ってて、
ショーンっていうのは人間性としてのアプローチっていうのをすごく大事にするけれども、
それって好き勝手やればいいじゃん。じゃあ、俺の好きなことが他人にとってのいいこととは限らないよねっていう、そういう人間性っていうところ。
エモーショナルな感情を優先した結果、理論とか社会っていうものに反することっていうのは多々あるだろうし、
っていうことも含めてのショーンの立場っていうのと、
ジェラルド教授の立場っていうのは、社会的立場っていうのが高ければ高いほど安定するんじゃないかっていうところだけど、
一方で真子ちゃんが言ってくれたように、それがいいって思うっていうのも危うさがあるよね。
でも、ある意味、それで自己満足がちゃんとできてて、自己理解がちゃんとできれば、それでもいいんだよね。
っていう側面もあるんよ。
1:06:01
それによって、社会的立場があることによって自己理解をして、自己満足につなぐことができるんだったら、それはその人によってグッと、
ウェルナンって話もなってくるじゃない。
それが心理的に苦痛がない状況になるんですね。
まあそうだね。
そうそう。
だからこの映画を見たときに、ジェラルド教授がちょっと悪者に見えるように感じてしまう側面も確かにあるんだけれども、
ジェラルド教授の言ってることも決して間違いでもないよねっていう、そこの吊り橋じゃないな。
天秤。
天秤。天秤の両方が正しくて、それっていうのがどっちも正しいけども、どっちを選ぶかっていうのがヒューマニズムなんじゃないのっていうところが、この映画ですごく言いたいところの一つだったんじゃないかなと思うんだよね。
だからもうそういう意味でのその心理的命題、倫理的命題っていうところも、これうまいよね。びっくりしちゃうぐらい。
すごく上手だよね。これをマットデーモンが描いたわけですから、すごいなっていう。
ね。
才能に嫉妬ってやつですね。
才能に嫉妬、しかも学生時代でしょ。
吉本パナラフぐらい好きじゃん。
しかも俳優としても認められていくという。
ね。
でもね、家系もすごいみたいですね。
そうなの?
親御さんもアート系の大学の教授だったりするんじゃなかったっけ。
マットデーモンの?
はい。
あ、そうなんだ。
そうみたいですよ。
へー。
まあ、それはさておき。
はいはいはい。
僕でももうそんなもんですよ、正直。
でも僕もね、小出しにしてもらったところで、僕が今回この映画を見てどういう視点の、その心理の視点からこの映画を見てほしいかっていうところはね、ちょこちょこかいつまんで話していけたから、そこそこ結構満足してる。
よかったです。
あとね、この映画の見どころでね、これ絶対見てほしいさ、すっげー細かいシーンが一個だけあって、あのね、4回目の面談、さっきのあらすじのところでもちょこっと言ったんだけど、ちょっとね、これ映画としてっていうか、僕の大好きなロビン・ウィリアムスの話になっちゃうんだけど、
ロビン・ウィリアムスって、とかく即興なアドリブ劇をやることが非常に多くて、それの多くがカットされるっていう役者の一人なんですね。
で、この4回目の面談のときに、ショーンがウィルに対してジョークをめちゃめちゃ言ってるシーンがあるんですけど、これも結構な量カットされたらしくて。
1:09:07
あ、そうなんだ。
そうそうそうそう。で、ウィルがさ、めっちゃ爆笑してるじゃない。
あ、そうね。
そう。あれで撮影が一時中断したらしい。もうロビン・ウィリアムスのジョークが面白すぎて笑いが止まんなくなって、あの後のシーンが全然撮れなくなっちゃって中断したっていうのが一つと、
あのシーンめちゃめちゃよーく見るとカメラがめっちゃ上下にブレてんの。
ブルブルブルブルブレてて。
多分、いや、多分だよ。これ僕の勝手な推察だけど、カメラマンも爆笑のあまりカメラを真っ直ぐ構えられなかったんじゃないかなって。
そう。
だって当時のカメラこうじゃん。
いや、さすがにクレーン使うでしょっていう気はしますけどね。
でもあのシーンだけよ。あのシーンだけブルブルブルブルブル。
邪魔な可能性あるかもしれないです。
カメラマンが笑ってたんじゃないかなっていうのも合わせてちょっとこの映画見てほしいなってちょっと思います。
あのマット・デーモンのあの笑いはガチ笑いみたいなちょっとエピソードは聞いたことがあったんで。
なかなかやっぱね。ロビン・ウィアムス自体がやっぱりスタンドアップから来てる人だからやっぱりそこらへん芸の幅が広いんですよね。
そうそうそうそう。
いや本当に才能にあふれた素晴らしい俳優さんでした。
僕らね、二人も非常に尊敬する俳優さんなので、今度大間がもうその人生ものすごく影響されたというところをポケの間で語るとのことですので、皆さんもお楽しみにという感じになりますかね。
一応今回テーマがグッドウィルハンティングに見る心の傷との向き合い方っていう風になってるんですけど。
僕はもうあれですね、やっぱ自分を見つけることですね。心の傷って多分大なり小なりみんな持ってると思うんですけど、
多分それは自覚はしているという部分はあると思うんだけど、結局ウィルと同じようにいや分かってるよって思っちゃってないかなっていうそういう懐疑的な目を自分に向けてみると意外と見えてくるものがまだあるんじゃないのかなっていう。
やっぱまずそこなのかな、分かったつもりにならない。どこかで分かったつもりっていうのは必ず出てきてしまうから、分かったつもりをやめて一回ゼロベースで自分を見つめてみると、
心の傷との向き合い方っていうのは多分本当に見えてくるのかもしれないなっていう期待を今回この映画を通して持たせていただきました。
大間どうですか?
そこに一個加えるとしたら、自己開示っていうのもすごく大事で、今まこちゃんが言ってくれたのが、いわゆる自己反数って言って、自分の中で考えていくことっていうのもすごく大事なんだけど、
1:12:04
これやりすぎると鬱になるんですよ。だから適度にオープンにして外に出していかなきゃいけないっていうのがあって、
その外に出す過程でまた自己反数がされていってっていうのがあるので、
日本人にとっかく自己開示っていうのがすごく苦手なんで、自分ってこういうふうに思ってますとか、こういう体験があったんですっていうのがすごく苦手っていうのが一つあるから、
まずは話せそうな人っていうところを見つけて話すっていうところがまず一つっていうのと、
あとこの自己開示の成功体験っていうのも、心理的に良くなっていくっていう過程でものすごく大事なファクターになっているから、
いろんな悩みを打ち明けられた打ち明けられたその人も、なるべくポジティブな反応を打ち明けた人に返すっていうことを心がけてほしいなっていうのの2つをちょっと加えて、
一つの心の付き合い方っていうのはこういうことだよねっていう話かなと思っております。
まあそうね、勇気を持って心を開いた時にそれが受け入れられるっていう経験があるのとないのとじゃ、なかなかその後につながっていきづらいですからね。
いやーいい、なんかそう褒めちぎって終わった感じですけど、さすがにやっぱ思いである分大間的にやっぱ臭せなかったですね。
もう僕はもう序盤に臭したんで、最終的にはもうひるがえってね、あ、脚本うまいなになっちゃったんですけど。
なんか言い残したことは特にもうなさそうですか?
この映画ね、やっぱ何回見ても思うことが1個あって、全然関係ないところで言うとさ、
キムタクってさ、何の映画に出ても何の作品に出てもキムタクじゃん。
ロビン・ウィリアムスってさ、何の作品に出てもさ、何の役やってもさ、ロビン・ウィリアムスだよね。
趣味について語る1時間ポケットで沼を。このポッドキャストでは、メインパーソナリティの箱平があらゆる趣味にハマってしまう。
沼リビットことスワンプーマンをゲストにメジャーなスポーツからマイナーな食品に至るまでゆっくり語り続けます。
01:14:27

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