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人は自分に重ね合わせて理解をしようとする生き物なのかも
2026-10-01 27:08

人は自分に重ね合わせて理解をしようとする生き物なのかも

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https://www.businessinsider.jp/article/2609-corporate-executive-job-search-food-delivery-single-mom/
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00:17
はい、シゴクリラジオ大橋です。よろしくお願いします。 このシゴクリラジオは、パーソナリティである私、仕事クリエイター大橋が、仕事づくりに関して話をしていく番組となっています。よろしくお願いします。
シゴクリラジオはSpotify、YouTubeでも聞くことができます。お好きなプラットフォームで聞いてみてください。
はい、今回ですね、ビジネスインサイダー、ジャパンというかビジネスインサイダーですが、ウェブメディアがありまして、そのですね、ある記事からですね、引っ張ってくるというか、気になったところをちょっとピックアップしてみたいかなと思います。
記事のURLを貼っておくので、よかったらよく見てみてください。内容としてはですね、大手企業だったのかちょっとわかりませんが、まあでも大きな企業だったと思うんですが、マーケティングをやってた方で、女性の方ですね。
そういうキャリアがあるんですが、20年くらいだけど、なかなか次の仕事が見つからないですという時に、フードデリバリーの仕事を始めたみたいな話で、フードデリバリー、ウォーイーツとかですよね。
それをやるのはいいんだけど、それをやって、記事の最後にあるんですが、この人というかこの方の想定しているもの、想定している人生というかですね、キャリアというのはこんなのじゃなかったんじゃないか。
それはリンクを貼ってあるんですが、そこまでは見ておらず、ただですね、大きな反響を読んだみたいな話があるんですよね。
ここにですね、記事の見出しとして、人々は私に自分自身を重ねているんだろうと思ってあったわけなんですけど、ここですね、重ねるってあるんじゃないかなと思います。
わかりやすいかどうかわかんないですけど、小説、ドラマ、映画、アニメ、漫画、なんでもいいんですけど、そういう物語がありますが、お好きな方もそうじゃない方もいらっしゃるかもしれませんが、
要はですね、登場人物がいて、その物語、お話の中の登場人物に自分を重ねる、もしくは感情移入と言いますか、共感するために、ある程度全然自分とは違うなっていうキャラクターもいると思いますが、
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なるべくわかろうとするときに、重ねるってあるんだと思うんですね。重なりが全くなければ、なかなか読みがたいというか、どんどん見たりすることが難しい。逆に重なりがありすぎると、自分みたいで嫌になるみたいなね。難しいですよね。
だからそういったところありつつ、今回この方に言いづらいというか、状況は誰かに言っていくって難しいですよね。これを共感、そういったら難しいというか、チャレンジであったり、自分のやっていること、考えていることを言っていく。
それがSNSとかインスタグラムのリールになりますが、言えばいいとかそういう話じゃないんですけど、そういう自分の内面とか考えていることを多分話す、もしくは聞いてくれる、もしくはここで重ね合わせているというのは、
自分は誰かに言っていないんだけど、そういう人を見て、まさに自分のことだよねって思うことがあるっていう話なんですよね、きっと。それはあるんじゃないかなということで、この重ね合わせる部分をもうちょっと考えてみると面白いかなと思いまして、今回はそこから引っ張って考えていきたいと思います。
重ね合わせるという意味ではね、だいたい言ってしまったような気がしますけど、何か言えることがあるかわかりませんが、引き続き考えてみたいと思います。ご興味あれば引き続き聞いてみてください。今回もどうぞよろしくお願いいたします。
はい、中国リラジオ大橋です。よろしくお願いします。今回ですね、美術インサイダーというメディアからウェブメディアから、マーケティング担当者でキャリアがあった人が、フードデリバリーを今やっているというかやりながら、やっていることはいいんだけど、自分の想定していたキャリアとはちょっと違うんじゃないかみたいな。
一時情報としてリールの方まで見てないんで、気になる方は見てもらえればいいんですが、そういう時に、そういう状況を取ろうというか、話したところで自分もそうなんだよねっていうように、状況と重ね合わせる、自分と重ねるみたいなね、自分自身とこの方にね。
っていう方、状況が違ってても似たようなものだよねっていう人もいらっしゃって、だからいいとか悪いとかではないんですけど、重ね合わせるってあるよなみたいな、そんな話です。
で、その記事を読んでですね、重ね合わせるのがありそうだなと思ったのは、僕がメモした部分では、例えばですね、この四国レラジオでもチャレンジをしようとかね、何回も言ってますけど、あとアイデアを出すとかね、言ってますよね、工夫して考えていくって、
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そんな風にですね、常に前向きに何かやっていこうっていうのもしんどいじゃないですか。だけど弱音を吐いてはいけないとか、ちょっとネガティブなことを言ってはいけないっていうのも、その強烈なバイアスっていうのもまたやりすぎじゃないですかって僕は思ってるんですけど、
そのあたりですね、リスナーの聞いてるあなたはどう考えかっていうのがあるんですが、例えばチャレンジがすると、そのチャレンジできてないとかしないとかは正直どうでもいいわけですよ。その人たちがダメとかいいとかは関係なくて、少なくとも自分にとってやっていこうとすると。
ここら辺かなり重要だと思うんですけど、挑戦してます、何かやってますってことを誇ることもまたちょっと違うんじゃないかなみたいな。
もっとフラットに考えたい、ニュートラルというか中立的に考えたいんですけど、チャレンジしている人がいて、例えば僕がチャレンジしてますと、できてないなっていう人が例えば聞いてて、その人が何かやっていくといいよねとか、
自分もやった部分があったから自分の中でチャレンジできてないと思っているんだけど、やれている部分があるからそれを僕と重ね合わせろってことじゃないですか、重ね合わせてチャレンジをすると、自分もこういう部分でチャレンジしてるんだよっていう風に重ねていくっていうのはあるんじゃないかなって思ったりしてます。
そういう風に人というか僕が見るんじゃないかなって考えてるんですけど、どう思いますって。
例えばyoutubeとかで個人開発やってる人がこういうことやってますやってますって言って上がってるんですけど、そうやって結構人気があるというか人気ある人は人気あるというか。
それもずっとやり続けなきゃいけないんで、そういうのを出したら収益とか実情を出したらみんなが見てくれるというわけでは全くないと思いますけど、そういう人を見たときにこういう部分は参考になるなとか、この部分は違うなとか、この部分は共感できるなとか、この部分はやっぱり違うなとか考え方はいろいろありますから。
そういう風に自分なりにある種切り取って、ここはいいよね、ここはちょっと違うかなみたいな風に見てると。
このいいよねとか、自分もこの部分苦労してわからなかったんだけどその通りだと思うなみたいなね、共感する部分があったらまさに自分自身に今回言ってるように重ね合わせてるんじゃないかなっていう感じですよね。
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これは振り返りとか最近そんな話してませんけど、自分がやってきたことはどうだったかみたいなことを毎日振り返るとは言いませんが、適宜振り返っておくとは思うんですね。
そのときにメタっていう言葉になりますが、メタ指摘って言いますけど、客観的な部分で自分はこういう取り組みをしてますと。
個人開発でもいいし、さっき言ったこういった集合音作りしてますって言ってもいいんですけどね。
要は自分で何かやってるんだけど、それやってますっていうのと、それやったところでどうなったかみたいな、2ついるわけですよね。
やっているプレイヤー目線の自分みたいな、やっている当事者としての自分と、それを管理者じゃないですけど、マネジメント側じゃないんですけど、
ある種その上から見てどうかっていうのを、上司ではないですけど、それを見る自分みたいな、その上から見ているっていうのがメタの方ですね。
これを2つ同時にやるのは正直しんどいというか大変なわけですね。
頭を使うのと、同時にはできなくて、並行してはできるんだけど、どちらかを重視しなきゃいけないというのが実際かなと思ったりします。
だから自分はこんなことをやりました、こういう状況ですみたいなふうにやっている方が得意だと思わないですけど、それはそれで結構力使ってるんだよなっていうふうに思ったりします。
実際に具体というか起きていることに対して報告しながら、言語化しながらとか客観的に何か挙げるって結構大変じゃないですかねっていうのは僕も思います。
それを簡単にやれる人もいるかもしれないし、すごく大変に苦労する人もいると思いますし、難しいのは分かってるというか難しいところかなと思ったりします。
さっきの話ですけど、インスタグラムのリールでその話が、状況を話したみたいなときに、それって包み隠さずとか状況を言うっていうのは、
ある種、難しいですけどSNSっていうところでいくと、それはSNSじゃなくて周りに言える人がいて、オフラインとかリアルとかですね。
それはそれで完結するような気がします。
言えないからSNSだとか、周りの人に言いづらいみたいなのがあって、そういうあえて知らない人とかの方が聞いてくれる。占いじゃないんだけどね。
そういうのもあるよなって、そういうふうにSNSとか知らない人だから聞きやすいっていうね。
12:02
そういうのもあると思いますけど、だからといってそれをとろしろっていう話ではもちろんないです。
今回気づいたというところでは、重ね合わせるみたいな意味で、もうちょっと抽象化というか広く見ていったときに、
挑戦というかチャレンジとかね、自分に対してはそういうふうに言うんですが、
今までできなかったことができたりとか、気づかなかったことに気づくみたいなのでいいじゃないですかって言うと、ちょっと投げ鳴りみたいに聞こえるかもしれないですけど、
想像性の研究という、何度もここで言ってますが、4つのCがあります。
簡単に言えば、発明級、ノーベルクラス、特許とかクラスのビッグCっていうのと、
専門家がすごく仕事で研究したりとか、やりこんで出てくるような専門的なプロC。
この2つのCって大きなCなんですね。キャピタルCっていうか、大文字のCですね。
で、スモールCっていうのが、レトルCっていうのがあって、これは本当に普段やっている日常生活の中のちょっとした工夫とかね。
だから仕事の中で専門性を置いといて、こうしたらいいんじゃないみたいな、そういったちょっとしたアイディア。
このちなみにCはクリエイティブで想像性ってことですね。
もう1個がミニCっていうので、どちらかというと言語化して口に出してどうこうっていうよりも、内省してこっちのが良かったんじゃないっていう、
そういう自分の中で内に留めておくようなことでもいいんです。
でもそっちの方が多くないですか。
つまり日常的に気づいて、まず気づくかどうかもありますが、気づいたところで、それを動画みたいに全部出してたら話が始まらないじゃないですか。
そういうふうに、頭の中で考えたことを全部出すんじゃなくて、まとめたりとか、いらないものをここではいらないかな。
それは雰囲気とか空気とかって話じゃなくて、実際に頭の中で処理するのはあるんじゃないかなと思います。
だからそういうふうに言うと、想像性の研究っていう話、ちょっと横道に反れたように思いますが、
ただミニCっていう大量に頭の中で、振り返りもそうなのかな、分かんないですけど、出すものだけじゃないよねっていうね。
僕がメタ的になりますけど、喋ってることは全てじゃないよねみたいな。
文脈とか、状況とか前提となるものとかいろいろあって、それでリトルCじゃないけど、アイデアとか工夫とかがあるという話はあるわけです。
15:00
そういうのがあるので、だからってことと紐付けられる側はちょっと乱暴かもしれないんですけど、行動として明確に何かやったっていう、誰にも言えることがあるみたいなのはもちろんいいんですが、
誰にも言えることみたいなものがないと、何もやってないよねっていうことにはならないですよね。
どちらかというと内面というか内部的な心理的な内政と言いますか、内部的な話で心理的な部分で考えがあったり、自分の気持ちは揺れ動いたりして、
その上でそういうのがあった上で結局言葉になったりアイデアになったり、チャレンジ行動になったりするわけです。
逆の人にもいいかもしれないですね。とりあえず行動として何かっていう人もいらっしゃるかもしれませんが、
でもその心理とか感情っていうのが人はありますから、AIじゃないんで。
っていうのを全部言語化できなかったら言ってないと同じみたいなので、すごいハードな世界で生きづらくないですか。
言わなかったら全て終わりみたいな。そういうの嫌なんですよね。僕は嫌なんで。
という意味で今回の話とはだいぶ飛ぶんですけど、僕がそこからできることって何かって言ったら、
声なき声みたいになるとちょっと格好良すぎると思いますが、
こっちのこと言いたいんじゃないですかみたいなのってありません?
実はよくあるのがっていう話で、XYみたいな話になりますが、XYでいいかわかりませんけど、
ある種出来事Xってことを相談したい人が言ったときに、リスナーのあなたもそれでいいんですけど、
例えばこのポッドキャストでもいいんですが、タイトル見たり、こういうこと聞きたかったら、
もしくはこういう話かと思ったんだよねって言ったときに、Xじゃなかったと。
僕が言っていることとタイトルとずれていることも往々にしてあるんで、それはちょっとごめんなさいってことなんですけど、
実は相談したいことはXじゃなくてYだったって気づくのは、Xを相談したから気づくんですね。
で、ありませんか。
だから人間の脳の限界みたいなのもあって、あと認知ですよね。
要は自分が気づいているXっていうのがいいかわかりませんが、
気づいていることに対して、気づいている視点や見方っていうのの限界、限界って言って良くないな。
見方が限定されている感じです。
それを広げられた、もしくは広げることができるのであれば、
そういうのは割と割り返しと、僕は得意な方なんだろうなっていうふうに思っています。
18:05
それがコミュニケーションというのかはちょっと難しくて、
ただコミュニケーションに入るんでしょうね。
他視点、たくさんの視点、他の視点、他の立場。
もちろんそれを全部想像していったら何もできなくなったりするっていうのもありますよね。
だけど、何かをやることで、さっきの話と通じるものがあるんですが、
自分の一歩というか、小さな、何か行動してもないようなことを考えてみたみたいなやつって、
大したことじゃないというか、あんまり意味ないよねって思いがちじゃないですか。
思いません?それ。こうだよねとか、ああだよねとか。
誰かにすら言っていない感想みたいなものでもいいですけど、気づいたこととかね。
言葉にすらしていないやつって感じです。
言葉にすることすら手間みたいなね。
でもそれが実は、引っ張り出すっていうことをするのか、それは無理やり言語化するのがいいと思う。
それがいいというふうには思わないですよ。絶対にね。
だけど、そういうのが蓄積していくと言葉になったり、それがストレスなのかアイデアなのか、
違う考え方になるのか、全く分かりませんが、すごく大事なような気がします。
つまり、僕にとってはそういうちょっとした動きというか、ちょっとしたものでこういうことを考えているんじゃないか。
言葉とか会話とか対話とかコミュニケーションというのが得意な方ばかりじゃないじゃないですか。
という時に、支え合いみたいな話をすると論点がずれるかもしれないですけど、
なんか得意な人がうまくそれをやって、得意な人はそこをあまり壊すとは思わないのと、
それがいろんなパターンが身につくので、むしろラッキーというかいいなとすら思う。
逆じゃないですか。
苦手な方だとそれをやりたくないし、やったところで疲れてしまうし、ラッキーではないですよね。
アンラッキーみたいな。ついてないなぐらいの。もうやりたくないなみたいな。
そんな風になりますよね、たぶんね。
それぐらい得意不得意というと、得意なことをやれとか、得意なことをしないみたいな話になりがちなんですけど、
シンプルに割り切ってどうっていう。最終的にはシンプルに割り切った方がいいんでしょうけど、
自分がその話は置いておいて、僕自身がそういうふうにコミュニケーションでカバーできるものがあれば、
そういうのをやっていった方がいいよねっていう、ある種の僕なりの気づきであるし、
21:05
この記事に書かれている筆者の方は、覚悟というか、自分はこんな状況なんだよねっていうのも、
反響というか支持されるってことは想定されてなかったと思うんですよね、こういうのって。
だからですね、それを期待してやってもまたしょうがないし、そういうのを出せばいいっていう話でもないと思うんですよ。
例えばですよ、全く知らない人に共感できるかって話じゃないですか。
ってなると、一枚の動画、もしくは一枚の画像、もしくは一枚のリール動画、ショート動画とかですよね。
見ていくときに、その人の背景まで全部踏まえて、こんな人なんだっていうふうにするときに、
実際のところですよ。SNS、インスタグラムもそうだし、
そのショート動画を消費するかのように見ていって、この人はこの人だっていうふうな反応をしていくみたいになるわけじゃないですか。
それもまたどうかっていう部分もありません?
難しいですよね。
だから全部に全部、過剰意味にするとか、共感するしないとかじゃなくて、
コンテンツとして消費している部分がどうしても出てきちゃうんですよね。
僕もそれに乗っかるというか、そういう枠組みの中に入ってしまっている可能性もありますよね。
だからコントロールしていく必要性はもちろんありますし、
コントロールというのは出す出さないということを決めたり、
出す量を減らしたり、もしくはどんどん出すとか、分かりませんけど。
そういう部分で、僕自身もやれることがあるんじゃないかなと思いながら、
重ね合わせるというのは、僕がやったら重ね合わせてくれたら嬉しいですし、
全然違うことをやったらそういうやり方もあるのかということで、
重ね合わせなくていいんですけど、そういう場合に。
そういうのもあるのかって感じてもらえたらいいかなというふうに思いました。
だから今回ですね、ちょっと話が分かりづらかったかもしれないですけど、
人がですよね、記事を読む人とか、動画を見る人とかSNSを見る人というところが、
コンテンツ消費みたいな感じで何も考えずに、感覚で感情でというのは、
もちろんあるのかもしれないですけど、物語とかアニメ漫画とか様々なものがありますけど、
そういうのを見てた時に全く共感できないものだったり、
それは面白いというふうに表現するかもしれませんけど、
入り込めないとか、重ね合わせられないもの。
重ね合わせすぎると今度は逆に自分みたいに嫌だというのもあると思いますけど、
そういう例外とかを置いておいて、重ね合わせていいよねって思ったら、
24:04
人は心が動くのかなと。逆にいうとですね、そこで重ならなかったら、
僕もそうですけど、心動かんなみたいな時って、
その人が本当に本音で喋ってるか、本音って言い方がちょっと難しいですけど、
本当にそれを思って喋ってるかどうかって分かりません?っていうのがあって、
それが分かんなかったらいいんですけどね。平気で嘘ついて、できますけど、
仮に嘘ついたところで、僕はよく分からなくて、その辺りですよね。
で、それがどこまで伝わってるかどうかっていうのを、
別にこのポッドキャストを四国レラジオでやらなくても、
やらなくてもっていうかね、地でやってるんですけど、
それがですね、生活の中、僕がやってる中、関わる人にも染み出すみたいな感じが、
最近聞かないですけどね、染み出すみたいな。染み出るみたいな。
あえて使っていってもいいと思いますけど、
そういう風になっていったらいいのかな、みたいなことを思ってます。
そんな感じのコミュニケーションを取って、
コミュニケーションが苦手な人はカバーしましょう、みたいなところまでを、
あえて言うこともないんですけど、なんかもうちょっとできるよね、
コミュニケーションの仕方でね、みたいなのがあれば、どんどんやっていきたい。
それが何かまでは今の僕には分からないですけど、
そんな感じで、今回はビジネスインサイダージャパンの記事から引っ張って、
自分自身に、この場合は筆者ですね、筆者と読者が重ね合わせるという感じですよね。
というところを引っ張ってきて考えていました。
それは結論的には、僕自身であれば重ね合わせられるかもしれませんが、
同時に、気づいた方がいらっしゃるかもしれませんが、
リスナーのあなたに重ね合わせていくこともできるわけですよね。
こういう部分を共感していただけるところがあるんじゃないでしょうか、みたいな話ですよね。
全く共感ができなかったら、もう閉じて聞いていないと思いますので、
閉じられていると思いますが、それはもうしょうがない。
でも、なるべく聞いていただけるというのは変なんですけど、
届くように、こうなんじゃないかというふうに話していくと。
今回みたいに概念とか心理とか感覚とかを扱っているので、
2.3点フワッとしたこともあると思いますが、そういうこともあるというわけで、
今回はこれぐらいにしたいと思います。
27:02
ここまでお聞きいただきましてありがとうございました。
四国放送ラジオ大橋でした。
以上、失礼いたします。
27:08

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