1. シゴクリラジオ!
  2. 新しいことを試すのも型がある..
2025-04-02 45:36

新しいことを試すのも型があるのかも

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為末さんの熟達論
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サマリー

新しいことを試すことに関する考察を通じて、型を学ぶ楽しさを探っている。才能や先天的なものに依存せず、学びを楽しむことができるかどうか、実体験を交えて伝えている。新しいことに挑戦することは、楽しさや学びを伴い、成長を促す重要なプロセスである。このエピソードでは、著書を通じて成功のためのマインドセットや失敗を乗り越える方法について考察されている。新しいことに挑戦する際には期待値の重要性が強調され、期待が高すぎると挫折しやすいことに触れられている。また、技術を学ぶ上での基礎の重要性や、その過程で直面する感情についても考察されている。新しいことを試すことには多くの学びがあり、自己成長につながると語られている。試行錯誤の中で経験を積み、ポジティブな視点を持つことが重要であると強調されている。

新しいことを試す楽しさ
シゴクリラジオ
こんばんは。 シゴクリラジオの大橋です。今回もシゴクリラジオ
始めていきたいと思います。今回ですね、テーマはですね、新しいことを試す
という話はね、シゴクリの話をしていますが、その試すことが楽しいかどうか。 それは実は型として学びとしているんじゃないか、ちょっと
ややこしいですが、要は新しいことを 試す
ということは、その才能先天的なものとかではなく、 要は学びですね、高天的に獲得して、そしてですね、そういう型がある人は学びを楽しんで
そうでない人は学びを楽しみづらい。絶対できないってわけじゃないですよ。 なんで、その型を得ていけばいいんじゃないかな
というですね、話をしていきたいと思います。まあ仮説ですけどね。 今回もどうぞよろしくお願い致します。
はい、シゴクリラジオの大橋です。今回のテーマはですね、新しいことを試す、楽しいと。 試すこと楽しいこと
そうですね、新しいことをやるのが好きなんだと言うわけですが、それ実は好きっていう部分はもちろんあるんでしょうか
どうでしょうね、半分ぐらいわかんないですね。もしかしたら8割? そういう型があって、その型に応じているだけではないか。要は無意識下で
なんかそういうもんだと思ってやっているだけというと怒られるかもしれませんが、 まあやや乱暴にね、だけなんじゃないかなっていう話をしていきたいと思います。だから
結論としてはですね、才能とか先天、才能と言われる先天的なものって言うんですかね、この場合はね。
才能ってことはやめましょうか。つまりその生まれるおぎゃあと生まれる前から、その資質と性格というみたいなもので持っていて、この新しいこと好むね。
もちろんそういうのもあると思いますが、そういうのもあると思うんだけど、でも実際は新しいことをやるってことをやってみて、楽しいって気づいて
だったらやっていこうねっていうように、要は試すことが面白いよってことを学んだ。 学んだということがあるので、まあそれを型と言ってますが
楽しめてるんじゃないのかなっていう話です。 だから
あの 何だろう
学べるので 諦めるっていうか、自分はよくあのこの
まあ僕も言ってるんですけど向き不向きはあるよね。誰にでもその何か企業とかを 新しいことをどんどんやれってことを言ってない
つもりなんですけど
そのあたりなんかちょっとズレがあるといけないんですけど、じゃあやるなってことでももっとなく
やりたい程度に応じてやってくださいみたいなね。曖昧というかねもうそういう メッセージになりませんか
主張としてはそうなんで、実際にはね。なんだけど もしやりたいんだけどそういう性格じゃないよなっていう
リスナーのあなたがどうかわかりませんが、なんかそういう方もいらっしゃるんじゃないかなと思ってまして、むしろそういう人が多いのかな
なんかやりたいんだけどでもなんか向いてないんじゃないかなと思っちゃっている でやっている
ことが全くないわけじゃないんだけどやってみたらなんかこう なんてのプレッシャーというかなんかうまくやらなきゃいけないとか
その失敗したらどうしようがどうしても出てきてしまう。でそれって僕は 克服できるような気がしてまして
マッチョというかね 乗り越えていかなきゃいけないんだ、こっきしんだみたいなね
のを 全力全開では言わないですけどまあそういうのはあるとは思います。精神論ですねそれは本当に
でもその感覚とは感情みたいなものでなんかしないしないとなっていうのが良い風に入れるかどうか
感じはしますよね。 じゃあその良い風に入れるのが一つ楽しい
感覚っていうものでそれを何度も試していって
僕であればその何度も試していくうちに楽しいんじゃないかなってもしかしたら錯覚かもしれないですね
錯覚で楽しいのかなみたいなね実は楽しくないんじゃないかってわかんないですよ楽しいと思ってるんですけどね
わかんない真実はわかんないんで 楽しいなんて思っててやっててあまた楽しいよ
わからないけど楽しいよ、楽しいよ、楽しいよ っていう感覚でやってますね
これはじゃあ昔からっていうアイディアね考えるのもそうなんか新しいことやるっていうのは昔から好きだったのかって言ったら
プログラミング体験の共有
正直わからなくて そういうことプログラミングとかですよねなんかゲーム作るみたいなところがあったんですけど
それもプログラミングに求めているのが僕の中では まあ世の中の人はしてないですよだけど
ゲームを作るとか っていう時は結構小学校ぐらいにやってたんですけど
なんかこうやっぱり CSS ってご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが
何でしたっけカスケードスタイルシートでしたっけ
まああの web のねあのデザインで見栄えを装飾する技術のことだと思いますが
その CSS みたいに 文字のね色とか
背景色とか背景色じゃなくていいですね 見出しのね装飾をすると
そのなんちゃらカラーを色をね変えると緑にすると緑になる緑ってあんま良くないですけど緑にする
でグリーンにするとグリーンっていう風に単語を入れるとグリーンになりますよね みたいなね
話のようにゲームを作ってて その時期ですよね自分の操作するキャラクターの色を変える
プログラミングコードを変えると変わるとか あと当時だとその
模写の感覚が多分違うんでしょうけど そもそも媒体として
フロッピーディスクみたいな話になってくるんで あと
インターネットがないそんなない時代なんでほとんどね あのインターネットがないじゃなくてないですねパソコン通信とかなんで要はない
回線とかないので遅いので媒体も弱いのであと効果なんで
それこそ斉唱じゃないですけど 雑誌のねプログラミング雑誌のものを
目で見てね映すだからプログラミングコードが載ってるわけです何十行じゃないですよ なんか下手したら何百行みたいな
それを間違えずに打ち込むかどうか打てないですね だいたい間違ってるんでもしくは
打ち間違いもあるしあの なんだろうな
打ち間違いのほうが多いかなうまく動かないことが ほとんどででもゲーム雑誌プログラム雑誌ゲームイコールプログラミングみたいな感じ
だったのでパソコンをやる場合です アミコンとかそういう家庭用ゲーム機じゃない話ですね
そういうのはありましたねそういうのって まあその思い出ばそれぐらいなんですけどそのそういうところで思うのは
やっぱりですねプログラミングみたいな意味でそのいじると変わるみたいなもの が面白いっていうところですよね
まあ趣味の延長ではありますがその高校生の時に まあパソコンをね親に買ってもらって
プログラミングしたかったのが何かやることないがわかりませんがやって 初めてですねその
当時の cd ロムがね cd ロムわかります cd cd はさすがにわかりますか あの
がついてきて 雑誌ねそういうソフトウェアを雑誌に載せるっていうのはまだありましたね今
だと頑張っても dvd でもう今 dvd ついてもあるんですかねで そういうものに対して
ソフトを掲載した人には 作者にはそのソフトを雑誌を送って
家に雑誌を送ってこられてきたんですよねだからね そうありがたいですよね
でまぁ僕と同じようにまあ学生さんももちろんいると思いますが社会人の人とかも いると思いますがそういうソフトウェア
作家っていうね 言葉がね
今ってなんて言うんだろう そのあんまり言わないですよねそのクリエイターというのなんか開発者って
ソフト開発者みたいな 感じですよね
でなんかそういうのがあって すごくね感動したというかまあ現体験というかよく覚えてますよすごい嬉しかった
ですねそのなんかものをお金を 当時今高校1年生の全然別にアルバイトとかもねしたこともなく
お金を稼ぐって感覚も分からなかったんですけど何かやってみると ソフトウェアができてプログラムができて
それでですね評価されるとあの そういうねまあ別にお金もらったわけじゃないですけどでもその当時でね
1000円とかまあまあしますからね高校生にとって 本がね手に入る
こうやってやってる人が他にもいるんだなってこう世界が 広がった感覚というのが僕にはあった気がしますまた同時にインターネットも
当時圧倒不朽し始めてきて a 僕は高校あれば1年生ですよね
テレ放題というのがありましてそういうサービスがあってそれで世のような電話回線 をモデルというですね機械でつないでいたとまあ遅いですよね
で当時僕のこれも現体験になるんですけど えっとなんだろ別にその思い出バージョンするっていうじゃなくてその
あの今話したいのは a 楽しいとか英語で新しいことを試すことが楽しいっていうことは何だか
なんだかっていうところの話でもうこれだけにしておきますけど チャットですねインターネットの
当時は irc でしたっけなんかそのインターネットのチャット部屋のことをね 確か irc だったかなまあ忘れましたけど
そんな風に言っていて自分であのチャットルーム開いて高校生集まれみたいなね 部屋を作ってて
ようなような a 何だろうえっと当時ですねインターネットを高校生でやってるっていうところはまあ
今でいうオタクっぽいというか あのなんて言うの
えっと えっとですねインターネット自体が普及してないから
なんて言うんですかインターネットにつないで インターネットつないで何かやるっていう感覚がまずなかったですね
だから話が だから当時同級生でインターネットにつないで何かやってるっていう人がまあ
めちゃくちゃ少なかったですよね 可能じて何人かそういう友達がいてでもやることって
ない感じですよねゲームも多分家庭用ゲーム機のがまあ プレイステーションとか優れてたし
あってもなんかそのなんて言う まあ pc が高いとかもしか pc 時代を買っがない時代なんでほとんど
非常にですねえっと そこに集まってくるねー
ブーブー全国ね全国地でもまあ住人もいなかったと思いますけど そういう人たちの話をチャットでできたのがすごい
僕の中では 新鮮でしたね
面白かったですよだから 当時高校生活も別に楽しかったというか面白くてあの
なんていうかそのよくも悪くもそのねー もちろん実家ですけど地元から離れられて少しでもね
地元ってやそのね小中学校とか離れられて すごいなんかこう開放感というかなんかいろいろやってたらいいなっていう感じで
まあ高校時代なんかいろいろチャレンジしたってことはないんですけどあの高校生活の 中でねその学業の方でね
まあ褒められたものではないような気がしますがただ あの
プログラミングとかねそのさっき言ったインターネットは 結構ハマってやってたなーっていうのがありますだからそういうところでオンライン
コミュニケーションだとか プログラミングっていうのが
買ったと言ったらどうなのかわかりませんが独学なん なんかこの学んでアウトプットするとかコミュニケーションして何か試していく
だからそれこそホームページを作りましたし当時ってみんなホームページ作ったんじゃない ですかね
米作って自分でね それを何か刑事版とか作って教えるとか
なんかよくわかんないけどなんか自分がやりたい形でとりあえずやってみるみたいなのは もう当時そこら辺からずっと
始まっていったような気がします ある種プログラミングっていうのがそのゲームづくりとかもそうですけど自分のその身近なところで
やれるところを やっていくとその変化してって変わっていくみたいなの
があったような気がしますはいでそういうまあ創作じゃないんだけど
なんていうかそういう仲間がいたかっていう とですよね一緒に何かやる仲間がいたかっていうと
そこまでいなかったような気がしますただ出会った人とかと一緒に何かやろうとかね それが常にあった
けど正直別にそれでうまくやれたとかうまくいったっていう もしかしたらあるかもしれませんがなんかあんまりこう思い出せるものがないので
一人で頑張ってるっていうよりもなんかこう試行錯誤し続けていったっていう 今でも変わらないですけどねそんな
うーん いう感じはしてますねはい
新しいことを試す意味
ちょっと長くなりましたけどそういう感覚でまぁ僕は育って 新しいことをやってやってみようということがまぁ方としては出てきたんじゃないかな
そういうところやってってで当然失敗するしうまくいかないんだけどそういうところも 含めて
ほら見たことかじゃなくて楽しいし学びもあるしやってこうね っていう感覚なんですよねきっと
だからそのえっともリスナーのあたがから僕がどう見えるかわかりませんが 人にとって人によってはですねなんかその楽しそうなことやってるねとかよくその
いろいろできるねって思われるかもしれませんがまさに 僕はそんな風にいろいろやっててすごいだろうとかね
いろいろやっててあの 楽しさはありますが
なんだろう えっと
なんか性格っていう のでもないのがなんとまあそれは性格として作られただけなんじゃないかなとも思って
ます だからそれこそそういうときに親がそういうパソコンを欲しいというか買ってくれなかったり
とかね うーん
あの なんか入学今に買ってもらったかななんか
えっといろんなものですインターネットね 契約してくれなかったりとかそういうなんかやりたいことを応援してくれた親ではあったというか
まあそういうわけだったんですがまだ あの生きてますよね
であの殺し殺しないダメですよで なんだろうなそういうところでチャレンジするってところは
割と押し気味だったのかもしれないですねわかんないです結局教育とか育て方みたいな 話になってくるんで
様々な環境があるのでそれはもう一概に言えなくてそういうのがうまくできなかったり できない環境っていうこともある方もいるんで
まあそういうのは恵まれてたんじゃないかなとは思いますはい で
まあ今回の話はそういう意味で新しいことをやるとか試すとかチャレンジするってことは 何もそのすごいことではなくなんかこう
マインドセットになるんだけど方として 獲得できるんじゃないかなって話なんですよ
一緒にやる仲間がいたりもしくはなんかいい形で 続けられるようなことがあったらできるんじゃないのかな
熟達論の紹介
っていう話なんですよねでこれは話を1回したかもしれないんですが
もう1回ね何度もやをするんですけどごめんなさいね もう前聞いてるっていう話が入った方がいたらごめんなさい
試せ たんですよね
試せ第3つか えっと
本がありますと a 棟
でえっとを試せさんですね あまり僕存じ上げてなかったんですけどまあ元陸上選手の人でその人が
熟達論て本を書いてます青い本で読み終わったんでちょっと共有していきたいんです けど
あのリンクにね概要欄リンクに貼っておきますがよかったらチェックしてみてください でこれですねまあがあの本の全部のでようやくするとはないんですけど
一応ですねサメ生産のそのまあアスリートとしてやってきた一戦第1戦でやってきた人が その学び自体どうそれを言語化されているわけですね
結構まあこの言い方がちょっとで失礼かもしれませんけどあの プロゲーマーね梅原大夫さんっていらっしゃるんですけど
その梅原バレに喧嘩をしているんだなという だから僕からするとはそのアスリート版の梅原田みたいなね
まあプロゲーマーもアスリートっちゃアスリートですけどね だからまあアスリートだなっていう
感じで 持っていますで
試せたその本読んだことなかったんですけどああなるほどなぁと思って興味を持って 読みましたで熟達っていうのは名誉は学習におけるそのなんだ
達人になるみたいな話に近いかなと僕が読みました 最初にその遊んで次に遊ぶてがいうですね
いろいろこう探ってで方はあの形の方ですね 血液型とかの方ですね
方で次に見る家座とかで次に心中心ですね心でセットして最後に空で空ですね ゾーンに入る
まあなんかそのリスラーのあなたもですねそんな感じかなぁと思うようは周波リー とかね
ありますね最初にあの方を守りというか守ってそれを破って最後に離れる まあそれも近いような気がしますね
女張りとかもいいのかなまあいいや 細かい話はいいとして最初に基礎のベーシックとのところ分を学んでそれを応用して
いくためにはまずその方を得てから壊す もしくは違うやり方をして最後に自分なりのやり方になるみたいな
そういうの流れは変わらないかなというふうには 感じましたリサーナーだどう
生まれましたかとでここでですね すごく僕にとって面白かったポイントだけを言うとあの
やっぱりですねまぁ一番面白いの方の部分だなぁと思ったんです遊ぶの分は僕自身 は別にいろいろ探ることは
あの好きなんでそのをやっていると今回はその遊ぶ部分と新しいこと試すこと楽しいって 部分は実はリンクっていうかほとんどそこなんですけど僕としては
方のところで書かれてた 要は
えっと今回で言うと新しいことを試していこう 楽しいよねっていうところが方とするならばちょっとメタっぽくなって申し訳ないんですけど
中央化されてねちょっと入れ込んだって申し訳ないんですけど 極力わかりやすく言おうとするとその新しいことを試すというのが方があります
た時に何度も何度も試していきましょうってまあ僕も言ってますし 伝えているかなと思うんですけどじゃあそれで言ってるでしょ
でじゃあ1回目うまくいきませんでした終わりじゃなくて1回目ダメだけど2回目3回目 少しずつやっていこうっていう時にまさに方がいるんじゃないのかと
でえご試せさんが書かれてたんで まあぜひあの気になる方は読んでいただけたと思うんですけども
えっと方は2章ということで その方の説明されていた章で
反応の大きさと成長
なんかこううまくいくって上達していくよう型を得られる人と そこに行かずに諦めるというかうまくいかないっていう人がまあいますともちろん
絶対 あのうまくいくいかないっていうのは綺麗に分かれてるわけじゃなくてうまくいかない傾向がある
もしくは諦めてしまう傾向がある人に対して あのその1個1個要は
まあ別にアスリル陸上でもいいですしそのピアノみたいな演奏でもいいしでここでは あのアレス新しいことをやろうとするっていうまさにもうちょっと中小化した話ですけど
何かをやろうとした時にまあ例えば僕の話で行くとまあうまくいかなかった例で行くと そのスケッチですね
絵を日常的に書いて あの観察してこうみたいなことを去年じゃないね
一昨年ですね確かやっててうまくそれは習得はできなかったんですけどなんかちょっとだけその 何だろうな絵を書くとか
なんか落書きみたいなことをすることには別にそこまで抵抗はなくなりつつあるみたいな 感じなんですよねでもまああのやろうとして今ほとんど書いてないのでそのなんか
毎日書くとか周囲に何回書くとかないんで まあそれはあのうまくいってないなって話だね
でそういう例えばスケッチを 学びますとか何かをこう得ていこうという時に新しいことじゃないですか
あの僕のスケッチは新しかったんですけど その時に
じゃあ例えば何か課題みたいのがあって目の前にコップがありますと でそのコップを模写というかまあスケッチ
コップの型を取ることをやるわけです そうした時にうまくいったから
あできたとかってあるじゃないですか 演奏でもねピアノの演奏とかでもいいですけど
でもうまくいかなかった時に うまくいかなかったとなんか見本と違うなみたいな思って
あのがっかりする でまさにわかりやすく言うと
スケッチにおいてだったらコップをうまく書いた時にうまくいったっていうそのポジティブ な刺激というかがあるわけですね
でもう一方でうまく書けなかったってネガティブなものがまあうまく書けなかった じゃなくても
なんて言ったらその見たものを 読み取る読み取るというかあの頭にイメージしてとかもしくは頭
今目の前にないものをスケッチじゃないですけどその前 過去を見たものをその映像というか絵からスケッチするみたいなのがあると思いますし
いろいろあると思います 技術としてね
鉛筆の使い方とか様々ですね そこでですねタムセさんって人が言われているのは1個1個をその
息中すると反応の大きさってことを使っててこれは僕に今までなかった 考え方だったんですねつまり反応の大きさっていうのはそのスケッチでうまく絵を
かけた コップがうまく書けましたよっていうのが
刺激がポジティブそれがもう書けなかったのがネガティブ この大きさ自体が大きいここで僕は例えばですけど
その数字の意味はないんですけど例えば うまくかけたから
プラス1ポイントみたいなね感じでネガティブでうまくかけなかったからマイナス1 みたいなわかります
ここでプラス1とかマイナス1の a 8なんていうかその8
数字の意味はあまりな数字の意味はほとんどなくて大きさっていうことで 1
だから絶対値って1じゃないですかだから数直線上で考えてもいい何でもいいですけど 11ってことは変わらないですね
プラス1かマイナス1かだからこれがプラス5だったらプラス5マイナス5 1回で得る
刺激の大きさ反応の記者かこれだねが大きいが小さいかってことがポイントなんですね ここで1の人は小さい
プラス1かマイナス1小さいですで諦めるがちな人はこれが大きい まあ例えば分かりやすく100にしましょう
プラス100かマイナス100 わかりますつまり絶対値で言えば1もしくは絶対値100の大きさが違いますよね
つまりその振れ幅が大きいっていう感じですか 例えばスケッチでうまくいったわけだよねっていう1
でもプラス1ですねうまくいかんかったよマイナス1 じゃあ次の日とかも次のねコップじゃなくてじゃあ何がいい
えっとこれディスプレイディスプレイみたいなも書いてとか 本とかでもいいしそのスケッチするわけですねキーボードかね
かけたプラス1あうまくいかんかったマイナス1 次もうまくいかんかったマイナス1そうわかりますそういう感じの連続になるじゃないですか
マイナス1プラス1プラス1まあその前後でもこれはですねプラス100もしくはマイナス 100の絶対値で言えば反応の大きさが100の人っていうのは
コップが曲げた100すごい跳ね上がるんですよ ああかけなかったマイナス100
一気に下がる まあその
なんだろうな血糖値が急激に急上昇して下がるんでまた食べたくなるみたいな 体内のメガネズミじゃないですけど
それによって何が起きるかというとえっと 急降下するので
諦めちゃうんですねそのタイミングでどういうことがというと諦めるタイミングっていうのは あの
これも試せた書いてるんですが えっとうまくいったプラス1プラス100スケッチがコップが絵馬かけた時に
うまくいったらやめよって一緒にいないわけですね 上がりますサッカーとかで例えばリフティングってことをやっててバスケットでね
フリースローみたいなゴールやってゴール ゴールポストにゴールポストがあってもスコールリングにシュートして入るじゃないですか
うまくいったらやめよっていうのはもうちょっと疲れてたらとか知りませんけど うまくいってる時にやめる人はあんまりなくて
全然シュート入らないもうやめよとか スケッチしてるんだけどなんか全然上達しないように思うわ
とか他の人うまいなっていう差を見せつけられてやめるとかね そういうネガティブの方に引っ張られた時にやめがちっていうことなんですよね
そう 面白くないですかその話
だから-1でやめるもしくは-100でやめるっていうところなんですけど その反応の大きさがまさにポイントってことで
1の人はすごい嬉しいとかはないんだけどすごい悲しいがないわけですよね
プラス100マイナス100の人はめちゃくちゃすごいと思うんだけど でも一方でめちゃくちゃ落ち込むんです
世の中ってその 物事に対して
すごい感動するとかもしくはうまくいったからすごいって思いたいっていう人は リスナーの方がどうかわかりませんけどいらっしゃると思うんですよ
期待値の影響
本読んで感動したい映画を見て心揺さぶられたい 今新生活始まってなんか不安だけどその仕事で言われたことを達成して喜びたい
すごい分かるんですだけどだけどですよ多分僕の中ではこの反応の大きさっていうのは 実は期待値っていうふうにも言い換えられると思ってまして期待値がめちゃくちゃ高い
人って あの実際に行った時に
なんだろうな えっとまあ期待値はちょっと違うんですよね実際だけど近いなと思ってて期待値が高いと
a めちゃくちゃ高いと
なの だからやるとものすごいなんかそのそういうことを幸せになれるとか今の状況一発で
逆転してくれるようなもの僕はあんまり好きじゃないですけど 高すぎたやつですね
期待してしまうとだけど実際はそうはずそんなに いい感じで一発逆転みたいのがないわけですよ実際はねだから
そんなものかとじゃあ違うなとで諦めてしまう期待値が高いが故に高すぎるが故に 大体のものはそこまで期待通りにならないので
まあそうですよね理屈ではそうじゃないですか確率的にそんな風に負けかないぞ だから諦めるこれもネガティブな方向に触れてや期待になる通りならないもんだ
な ってなって期待値が高すぎるっていうその修正が変えられない限りそれはすぐ挫折する
というか期待値高すぎ問題ってことになって終わっていくのかな っていうのと似ているような気がします
学びの基礎
ここで重要な指摘はじゃあそのプラス1とか-100とかプラス100とか-1とかね なんかいろいろ言ってますけどその反応の大きさは
変えられないのかつまり プラス100にして-1にできないかっていうふうに考えられる方がいると思うんです
つまりプラス方向にはすごくえっと引っ張りというか 上昇させてマイナスのところは減らす
それもできるかもしれませんただ一応このためするさん的にはこの反応の大きさは メカニズム的にはもう
科学的な話ではないとは思いますが感覚的な話ではあると思いますけど 変わらないんだとつまり
ポジティブに得るものと大きさっていうのは結局その 学びの方みたいなとこで行くと同じ同程度かなっていうようなことを書かれてたって僕が解釈してまして
えっと だからさっきの話で1プラス1だから絶対値で決まっちゃうんです1だったらプラス1か-1かどちらかの幅でしかない
プラス役の人はマイナス役だから100の幅で行くと なんでそのプラス100でポジティブな方だけ得てマイナスの方だけ下げるってことは
なかなかしづらい まあだったらまあそこまでないかなっていうのももう僕も思うので
なんだろポジティブな部分を評価してネガティブなところで落ちるところをまあ あまり気にせずにじゃあ
次をやろうではそのひたらないって感じですよね ネガティブな方に浸らずにはダメだダメなんだっていうふうにすると本当にダメ
みたいになるんでそこはちょっとで スーパーマリオじゃないですけど d ダッシュじゃないけどサッと
抜けるとかもしくは次の一手をやることでは忘れるとかもありかと思います 忘れるというか気にしすぎない
あることを失敗していることとかは別に隠せないしに自分の中で認識してその刺激 として得る
それが多分反応の大きさとしては変えられないということなんじゃないかなと思います ただそれを同程度のレベルとか
反応の大きさが大きすぎる要は101じゃなくて100みたいな風にしておくと
プラスの方はいいんですよねあ めちゃくちゃうまくいったじゃんいいじゃんっていう
でもそのポジティブな方だけ持っていけるっていう人はそもそもできるからいい じゃないですか
だから多くの人というかその諦めてしまうというか新しいことをやりやって方を選ぼう とするところでのポイントとして
あの 反応の大きさが大きいつまりネガティブな方向の話で時に
あ誰なんだなと全然ダメだなと思っちゃうってことですよね 実際はそうでなくてもですよ
実際はそうでもなくてもその人が諦めがちな人がこの こんな感じで自分はスケッチでコップはうまくかけないからダメなんだと思いやすいって
感じですか実際の話ですると 確かにこれはあるんじゃないのかなと思いますだから
僕の学びとしては期待値の話しましたが要は期待しないんですよねその方のところ とかはもうまだ方を得てしまってあとはもういいとだから新しいことを試すことが
楽しいっていうようなことを方を学んでいる人が a リザのあなたでいらっしゃいましたら その人はその期待値は多分僕もそうなんですけどあまり高くないんです
ただあの えっとこれは高等になりますことっていうかあのファットしてるんですけど期待値が全くゼロ
だったらやらないと思うんです なんか楽しそうがないから楽しそう程度の期待値はある
だがしかしそれはそのさっきの反応の大きさで言えばそこまで高くないものを設定する で物事っていうのはその
なんでその新しいことをスケッチね今多分コップを書き回す時にだったあんまりうまく 書けないわけですよね
かけてうまく書けないかはその人のレベルによるんだけどその人の今のレベルより うまく書こうとするとかけないって話です
そうなるとマイナスになるじゃないですかあのあかけないなマイナス っていう時に-100とかにならないためにはこんなものかなっていうようなある種の諦めが
あるでもある程度そのね僕も一応そのスケッチであの60秒スケッチャーとかなんか 奴やってたら前よりはさすがに方を取れるようになったなと思ったことがあるのでそれは
それで良かったわけですそういう形でプラスの方で評価してマイナスの表 方向ですよね時に
ダメなんだなって思ってやめてしまわないまあなんでそのスケッチの方やめたが単に僕が あのうまく続かなかっただけなんであんまり例として良くないんですけど
あのでもそれだけにそれで新しいことやめるって言うと別そうでもなくてなんか 面白そうだなとかなんだろこれっていうのはどんどん調べてやるし試すしっていうのがあるので
結局そこでえっとを期待しすぎると できないし期待しないと動けないのでいい感じの期待値調整が入り実際にやる時に多くの場合は
うまくいくプラスの方向をなかなか取れずにマイナスの方向が多いから 家になりますね最初にマイナス白マイナス100とかになっていくとなんか甘い
今みたいなマイナスだって方を得る時って多分その えっとなんその数値の評価みたいなもので
それこそ自分のテンションだとするじゃないですかプラスマイナス マイナス100マイナス100マイナス100とかでマイナー300だからもうダメだみたいな風に
スタートアップじゃないですけど最初にすごい高 j カーブっていうので前赤字になってね そして最後にあの最後てがどんどん上げて一気に回収するみたいなものがありますが
それはちょっと刺激が強すぎるわけですよね じゃあスケッチをするためになんか全財産を投げ打って
俺はこれでやるんだとなんかそうなんかそういう排水の人とか好きな人いるいらっしゃい かもしれないですけどあんまりうまくいかないですよねプレッシャーが強すぎる
でそれでうまくいった人っていうのもいるかもしれないけどまぁ生存者バイアス みたいなもありますから
まあそのそんなもんもあるかなぐらいがいいかなと思いますそれじゃなきゃできない っていうのをちょっと乱暴だし
それが絶対できないとも思わないので 人次第だろうかなぁとは思ってますでそういう中で
a いい形で反応の大きさですよねここでは期待値を調整していってその方自体はあと
ためさめている方自体を学ぶのはあまり面白くないというか方なんでもう そういうあこういうフォームなんだなとかこういうものなんだなっていうその中
要は社会のルールというかその技能のなんか ものであってあまり深い意味はない感じなんですよだからだから
それこそ僕の解釈では意味がないと言ったら怒られますけど それが方を得ているときって面白さってもないんですよねきっとね
例えばプログラミングコードでその中例えばよくあるのがプログラムの世界であるのが 最初に変数を宣言するという概念がある今変数宣言しない奴もあるかもしれないですけど
変数宣言で何みたいになってその意味がわからなくて よくあるのがおまじないですよってことで呪文のようになんか唱えておくといいですよ
みたいなことで突破させて 初心者とか初学者の人に説明するプログラミング入門書というのは怒りもいっぱいあったあると思う
し今もそういうものだと思うんですけど どうですかっていうところがありますけどそれは説明の仕方ですだからその呪文とかおまじないです
っていう風に言ったときになんでそんな風に言うんですか なんでそんなものがあるんですか時にやこういう風な理屈はあるんだけど
今言ってもちょっと混乱するんでとかね があるとで
そういうのはなんか細かい気になるから進めないっていうのもわかるんですよ わかるんですけど今考えてもあまり意味ないんですよね
方として得てからまた詰めてくださいっていう指導者もしくはその教え方に対して 反論があるもしくは反発がある人は多分方をなかなか得られないと思うんです
このあたりの説明が伝わってますか つまりその指導とか何か学ぶコンテンツに対して突っ込むっていうのは非常に素晴らしいと思う
です批判的にねでも何かを学ぶとか時に方とか特に基礎ですよねこの今基礎 基礎を学ぼうという時の話ですね
もしくはやり方を学ぶときに基礎的な話ですね あのそれって意味あるんですかみたいなことを無邪気に聞くとかはありだと思います
ただ それが度が過ぎるとその方を語ってやっぱりコピーであり
その無意識化する意識がしているのを無意識がするものであるに 自転車であったらペダルを回すとかそういうのって意味あるんですかとか言われても
いや回すよみたいなわかります その意味を求めるのはいいんだけど
方として得た後じゃないとその今突っ込んでるのはあまり意味ないよね じゃ回せるようになりましょうねみたいなところになっていくわけですね
これもまあ難しい話で そんな考えるのと思考停止でやること言われたらやれよみたいなのも
でやり続けると今度考えない人になりますからね だから
あくまでも何かを学ぶときのそのいろいろ探索していった時に方としてまず
整えるですねまず形をねこういう基礎動作みたいなのを無意識化するっていう意味で 意味はある
ごめんなさい無意識がするってことでっていうとこですはい 話をしてね
なんでこれがあの世の中の全部世界の法則としてみんな何も考えずになかった手を動かし だけですとか仕事を育ててますっていうのではおじょないと思いますねそこだけは
新しいことへの挑戦
ご理解というか 留意という気をつけてくださいまあでもまああの話をしてはすごくシンプルでして
まとめますとその新しいことをとか試すとかっていうことはまあを食うとかね なんか
選択的なものじゃないのかっていう話でいくとまあそういう部分もあるんでしょうただそれは なんか最低最低5割というか
あごめんさん頑張って5割で 半分ぐらいじゃないかなと残りの半分は肯定的に学んで学ぶと学べるんじゃないかと
そういう環境がなかっただけっていう人も多いんじゃないのかなと思ってます僕の音 勝手な考え方です
だからこそそのまあ今回試せさんですね熟達論というところが出てきた 方ですねまさに学びの方の部分で出てくる反応の大きさですねまあ要は期待値
です期待値が大きいすぎると 何だろうな
期待値じゃないのか僕は期待値の話に持ってきましたけど 正確に言うと反応の大きさというのが大きい大きすぎると
何だろうその 方を得る時にはなかなか刺激が強すぎて諦め特にネガティブの方にうまくいかなかった
時に諦めちゃうよねっていう話なんですよ っていう意味でまぁその方を学ぶところでまぁまるっとね
あまり考えずにコピーしてしまってコピーした上で同館 どうなんだろうねっていう風なのが多分コツなんじゃないのかなと思ったりします
だから私事を試すという意味の方が身についている人は多分これをやったら何か 意味があるんだろうとかとか失敗した時にすごくこうネガティブになって落ち込んでもダメだ
っていうようにならないようにしてるんじゃないのかなと思いますそのやり方は様々あると思いますけど まあ例えばその気にしないようにするって言ってもや気にしてしまうんですよ
言ったらじゃあもう別のことは別の新しいことをやって新しいことを 最初の新しいことをやってて落ち込むんだったら別の新しいことやってカバーするとね
それはいろいろあると思いますっていうふうにやっていくとまあいいんじゃないのかな っていう話ですね
だからあの僕もその新しいことを学ぶということに対して抵抗がないし やろうとするんですけどでもそもそもこれはあんまりてネタ的にですけどね
そもそもなんで今回お話しようとしたかというとこれは技術の話なんじゃないのかな 環境なんじゃないのかなだからこそ自分でですね
作れるそういうようなものはやっていける だからそれが全なんかそういうコミュニティとかね教えてくれる人がいたりとか
友人とかそういうね関係性がある人と一緒にあるのがいいのかわかりませんがあなた なりですね実はのあなたなりのその学び方みたいながあって
それも
もといえば新しいことを試すっていうのがどういう感じであるとその人に最適化 もしくはハマるかは多分いろいろあると思うだからそれは探っていただくと
主語繰りに無理に見つけるなら仕事づくりでやり方も様々ですねいろんな人のやり方にあって まずはこうやってみるみたいまずは話してみるもまずは誰か書いてみるのか
まずはもうプロタイプ作っちゃうとかもしくはそういうのがあったらっていうことで なんだろうなその
世の中にあるもので代替できないかですねプリコラージュ a は起用仕事を教書とそうですね ありもので作るみたいな話ですよねだから
そういうことノーコードみたいなものを作ってもいいし じゃなくて世の中にある
何だろうそのエクセルとか自分が作れるツールで作ってもいいし ツールで作らなくてもその継ぎ上げでもいいから何かやってみてもいいしね
神に書いてもいいですね エンジやり方自由ですよねだから10てかそのアイディア次第なんでそれをまあ試していくと
いうのがまあいいんじゃないかなというところになりますぜひですね あんなの学ぶって面白いなとか新しいことをやることで何か
得られるみたいな原体験の話ではないんですけどまぁ僕も話もしましたが 少しでもですねこの新生活にとって
なんかチャレンジするということは a
実践の方法
なんだろう 自体がですねまぁ僕はめちゃくちゃ面白いと思ってまして
箇所評価ですよね新しいことをやることに対して そんな意味ないよっていうふうにもしかしたら持ってしまう方ももう2日目
してから使うでね なんかあのコピー取りやらせられているとか
現場によってはねまずは工場のラインダーちって研修とか 研修生活か今のが多いと思って何これの今後の方で意味あるのって
電話の取り方とかやるんですかね研修で 別にいいけどそういうの一応方を得とくとそのお世話になりますみたいなことも
もう別にね めくじら立てないくていいと思うんですけどね
わかんないです 正解とか
正解とかないんですがとりあえず 新しいことをやっていくってことはその学びが最初は刺激が強いから
楽しいとまあただうまくいかないことも多い その時にあまりこうネガティブに引っ張られずに
どうどうしてたらいいかみたいな まあ本当精神論になっちゃうんですけど
やっていくといいんじゃないかなという話のなります 今回は以上となりますし国理ラジオ大橋でしたここまでお聞きいただきまして
ありがとうございました以上失礼致します
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