今を楽しむ意義
はい、シゴクリラジオ大橋です。よろしくお願いいたします。このシゴクリラジオは、パーソナリティである私、仕事クリエイター大橋が、仕事づくりに関して話をしていく番組となっています。
今回のテーマは、今を楽しむと。若干自己啓発っぽいんですが、ラジオですね。ポッドキャストじゃなくてラジオから流れてきて、どっちでもいいですけどね。
まさにそうだなと。今を楽しむということを少しだけ考えてみたいと思います。今回もどうぞよろしくお願いいたします。
新たな挑戦の価値
はい、シゴクリラジオ大橋です。よろしくお願いいたします。今回のテーマは、今を楽しむと。
こうやって今を楽しむっていうと、今を楽しんでないみたいな感じになるんですが、そんなことなくて今楽しんでます。今まさに話していることを楽しむと。そんな感じです。
これはですね、ある方が言ってて、久しぶりにその方のラジオを聞いてたんですが、たまたまですよ。たまたま見つけて聞いてたんですけど、確かに新規事業であったり、新規性が高いことをやっている方なんですが、その通りだなと。
新規事業と言わなくてもいいんですけど、何か新しいことを連続的、もしくは仕掛けると。そうするとですね、ビジネスじゃなくてもそうですが、ここにハンドクリームがあるんですけど、ハンドクリームを作って新しく売ります、売れますって言うと、売れないことも多いじゃないですか。
売れる売れないだけで考えた方がいいんですけど、ただ上手くいかないことも多い。そういう時に新規事業をやっている人でもいい、仕掛くりでもいいんですけど、仕掛くりの方がいいですか。
じゃあハンドクリーム作った、売れると思ったけど売れない、どうしようと。準備に3年かかったと。その3年間無駄だったんですか。やってられないですよね。
今を楽しむっていうのは、結果を出さなくていいとか、成果を出さなくていいとか、今楽しければ何でもいいっていうことではもちろんなく、運もそうですしタイミングもあるじゃないですか。なぜか5年後に出したら流行ったとかね。
だから今出しても流行らないとかもあるわけで、それってもうしょうがなくないですか。っていう時に、じゃあその3年間無駄だったよねっていうような捉え方よりも、挑戦してからいいよねっていう、やりたことはやったよねっていう風に納得させていく方が、僕はですよ。
人によって様々だと思いますけど、そっちの方がいいんじゃないかなと思います。精神的にですね。じゃないと体が持たない、体というか精神的に持たないっていうことをね、その方が言われてまして、そうだよなーって思いました。
楽しむことでの成長
あと大手企業だとも特にそうですけど、自分がやりたいことでもなく会社がやりたいこととか、パーパスっていうか理念、わかりませんけど、自社のリソースに再現性高くかつ成長に紐づくようなものみたいな、針の穴通すんですかみたいなものになると思うんでね。
それが1人とか2人じゃなくて、10人、100人、1000人とかでアタックしていくから、そういう人がいてもいいんですけど、なんかそういう世界ですよね。
僕はそういうふうに見ちゃうんですけど、別にそれって、結局どういうハードルというかどういうものをやりたいかと、その調整だから、ものすごいものを目指してたら、会社から言ったら1億円とかの規模の事業をやってもしょうがないですねってなるはずなんですよね、大手企業なら。
せめて10億、3年で10億はやってねって、そこから100億になるよねとか。本当に。そんな難しくないですか?わかんないですけど。やれてる人もいるんでしょうけど、なかなかだと思いますよ。
多くの人はやれてない。99%やれてない。ブログとかのアフィリエイトと一緒で、月いくらだったかな、2000円とか、下手したら500円とかでもいいんですけど、もうそんだけ稼げてたら月にですよ、500円。
そうやって上位になると。だからいいよね。月500円アフィリエイトで稼げてたら成功だよねっていうのを考え方がいいかは置いておいて、ダメとも思ってないし、必ずそれがいいというわけじゃないです。
ただ、じゃあ成果を出すとか結果を出すとかっていうのとは別に考えていった時に分けたいのは、楽しいかどうかですよね。面白いかどうかっていう。今は面白いの、楽しいのっていうのがないと。
それって、じゃあ明日いきなり楽しくなるかって言ったら、たぶん楽しくならないですよね。もちろん最初は下積みというか、やったことない、特にね。
自分がやったことないことに対してチャレンジしていくことって、僕は全然やったほうがいいと思うし、やっていったほうがいいという推奨をするんですけど、それがある日突然面白くなるとかもありますよね。
っていう見極めも含めてやると。ここが言語化は難しいんですけど、なんかこれ違うなとか、ちょっと言われたからやってるよなっていう時にでも、自分が人から言われたことでもいいんですよ。
言われたからやってるんじゃなくて、自分で楽しめる部分はないかみたいな。これ難しいんですけどね。が、1ミリもないというか、全くないとやっぱりしんどいですよね。言われたことでも、これってこういうことかなって自分から見つけられるような自発性と言いますか、主体性みたいなものでできたら、僕は割と楽しめると思うんですよ。
人の話題でもこういうことですかって言って、切っていくというか、解釈していけばいいだけなんで。解釈の仕方って言うんですかね。
例えば自分の土俵に持ってくるみたいなふうにしたときに、全部持ってってしまってもともとのものがなくなってしまったらダメかもしれないですけど、だけど結局その人に言われたことでも自分の土俵に持っていくことができたら自分の土俵でできるじゃないですか。
なんでそっちの方がいいかなと思います。少なくとも他人の土俵で戦うとかは、あんまり数字が良くないですよね。他人の土俵っていうのが面白い人もいるかもしれないですよね。自分の土俵とかなくて、他人の土俵でやるのがいいっていう人だったらそれでいいと思うんで。
元に戻すと今を楽しむっていうのは、多分自分の土俵に寄せていくことなんじゃないかなと思ったりします。他人の土俵に寄せていくことが楽しいっていう人がいたら、それはそれでいいと思うんですけど。
基本的にですね、仕事づくりの仕事繰りも、自分が継続したりやり続けられるかつ努力しようとしているとかやってますっていうことを言う言わないはあると思うんですけど、言わなくても自分楽しいんでやってるんですよっていう。それで何か問題でもありますっていうのがいいのかなと思います。
じゃないと、仕事とか仕事じゃなくても何でもいいんですけど、続かないから終わりますよね。さっきのブログアフィリエイト500円っていうのも面白いからやってるんですって言ったらいいじゃないですか。でも、500円しか稼げなかったみたいなふうな人って違うことやると思うんですけど。
思考が問題があると思ってて、500円稼げなかったから他のもので稼げるかっていうようになるかというと、多分それってアフィリエイトって広告じゃないですか。単に、たまに見ますね、そういう法定式みたいな。分解していった時に見てくれる人がいなければ売り上げって広告にならないっていうね。
全然リッチが悪い場所に店を開いたら人が来ないから売れないですよねってなりますよね。でもそういうところで来るっていうのは、SNSだったり何か仕掛けで知り合いが来るとか、それで何か仕組みとか仕掛けができているっていうんだったらアリですよ。見た目はできてなくてもねっていう。
その辺りなんだろうなと思います。だから見た目だけでリッチが悪いからダメっていうふうにも言えるけど、悪くてもできているのは、それを補う何かがあるっていうことです。本質的にはね。
表装とか見た目だけ枝肌とリッチが良い悪いだけですけど、じゃあリッチが良かったらみんな来るかって言ったら、それはまた別で。まずかったら来ないですよねとか、雰囲気悪いとかね。また別の理由が出てくるかなと思います。
その理由というか原因の帰属ですよね。誰に寄せるか、何だと思うかっていうのもあるし。そこがポイントですか。だから今を楽しんでいるって言ったときに、今を楽しみましょうっていう話ですけど、
じゃあ今は楽しくないですっていう。じゃあいつ楽しくなるんですかって話なんですよね。楽しくなるようにするにはっていう問いかけでもいいですよね。今が楽しくないなら。
で、面白くないなら面白くって。あと継続ができないっていう課題になったりするじゃないですか。継続ができるようにするにはどういう風にすると継続ができるんですかっていう。自分が気持ちいいように動きやすいように動けたら継続できますみたいな人がいるとするじゃないですか。
だったらそれをやってくださいって話だから。結局さっきのアフィリエイトの売り上げでも分解客数と広告単価みたいな。それでPVですよね。ページビューとか見ている人とかクリック率とかわかりませんけど、そういうのが数字が悪ければそれを高めていくしかなくて、多分高めようとしても高められないみたいなのが普通にありますよね。
そのあたりは何でも一緒かな。個人開発とかもそうですよね。サービス作って。僕だったらクイズゲーム作りましたけど、じゃあそんなにやられてないからもっとやってほしいって願っても意味ないので地道にアピールするか話をしていくしかないというか。本当にマジでそうですよ。
そのあたりの泥臭さっていうとちょっと間違えてしまう人がいると思うんですけど、泥臭くやったらいいっていう。必ず成功するっていう話でもないから、それを全部やって乗り越えてやった上でどうかぐらい。どうかというのはどうにかなるかわからないっていう意味ですよ。
どうにかなるというわけじゃなくて、どうにかしていくっていう態度や姿勢はもちろん重要ですけど、必ず何かいいようになるとは限らないわけですね。とはいえ必ず悪くなると願ってやるのもちょっと違うんで。そこですよね。
だから何だろう、アスリートじゃないですけど準備みたいなものなんじゃないですか。はっきり言って。何かことが起こる前に、今まさにですよ。今だとちょっと分かりづらいんですけど、じゃあ今日もそうだし、今日はもう遅いからいいやってことで。
諦めてもいいんですけど。今日ちょっと切り替えて、明日からやっていこうでもいいし、今日からも変えようっていうのもいいんですけど、じゃあその何かをやるためにことを起こすとか、何かの準備ですよね。イベントでもいいし、新しい習慣を始めてもいいですね。筋トレとかランニングとかにいいですし、何でもいいですけど。
それって明日になったら変わるわけじゃないじゃないですか。明日になったらまた今日来ますよね。で、その時にブリコラージュって僕が言ってますけど、今あるもので何かできないですかって話なんですよ。今あるものでやってみてくださいと。やってみる訓練っていうかゲームかな。やってみるゲームみたいな感じですよね。
今を楽しむ重要性
で、それでやれる部分が必ずあるはずなんですよ。その人ね。実はあなただったらあなたなりの、僕だったら僕なりの何かがあって、それをやってみるしかないですよね。で、やって少しでも良くするってのは変なんですけど、楽しむ、面白がってみるっていうことを繰り返すしかないのかなって思います。
だから魔法のようにクイズゲームをみんなやり始める何かとかもないし、僕もですよ。開発者自身がこのクイズゲームが100万人がやってくれるとは思ってないですし、刺さる人には刺すってがいいかなと思ったりしてやってるんですけど、なんかそういうのかなと思うんですよね。
で、そのアフィリエイトもさっきのブログでやってて、いっぱいお金が集まるようになるわけはないですよね。いきなりね。だから仮に伸びたとしたら人が見てくれるとか、何かこう時代に合わせて、まあ時代に合わせなくてもいいんですけど、見てくれるような価値があるっていうのを突き詰めていってコンテンツにしていくとか。
なんとそんな感じなんじゃないですか。個人でもそうですけど、あと企業でもですよね。魔法のように言ってもないから、やれること限られるんですよ。やれること限られる中で何をやっていくかっていうところ。
っていう時に論理で考えていっても全然面白くないから、それ自体を楽しむ、面白がるってことがないと、新規性が高いものとか、もしくはチャレンジ自体ですね。新しい物事でほとんど予期できないこととか、あとは自分だけで完結せずに、なんかギターとかピアノ練習したらそれは上手くなるけども、それを演奏してそれがみんなの感動させられるかとか、その作った曲がヒットするかなんてわかんないじゃないですか。
だったらその状態自体を楽しんでいかないと、無理というか続かないですよね。そもそもね。なんか全然受けなかったな、終わりっていう。じゃなくて、それはしょうがないけど次やろうっていうふうにできるので、楽しんだものとか、学びでもいいですけど面白かったことってないと続かないですよね。
これは鉄則だなっていうことを思ったんで、今を楽しむ。守護国においても非常に重要だなと感じました。楽しんだもん勝ちっていうね。勝ち負けじゃないですけどね。勝ち負けじゃないんだけど、自分がですね、そろそろ生きてて何やってんだろうねって思わないなら、なんか楽しかったねって言えるなら僕はいいと思います。
人に迷惑かけてなんとか、社会に対して反社会的なことやるとかそういうことじゃなくてね。そういうのじゃないところで自分でやってよかったなって思えることがどこまであるか。
それはまあ、突き詰めれば結局自分だけのがいいよねっていう。さっきのクイズゲームの話で言えば僕がクイズゲーム作ったからもういいよねっていう自己満足っていうのはなくて、いかにそれで楽しんでもらえるかを考えていけばいいわけですよ、出してね。それだけです。
それを毎日毎秒のように考える。毎日毎時間ね。考えるというよりも、たまにとか頻度がいくつかあって、そのタイミングで考えてやってきた時に、仕事だともうちょっと頻度高いかもしれないですけど、毎日そういう仕事してて嫌になってたらどんどん嫌になるじゃないですか。
嫌にならずに、自分はここが面白いな、ここが楽しいなっていうふうなものと人とのすごく差がつくというよりも、言っていくと積もっちゃうとストレスというか嫌だなが、病気になりますよね。動けないですよね。
だからそのちょっとのストレスぐらいはいいと思うんですけど、カバーできるからなんです。やりたくないこととかね。じゃなくて、一定数一気に連続してやりたくないことが一気に来たときに耐えられるかとかね。そっちですよね。
方針として今を楽しんでいく方がいいし、その楽しさとか面白さっていう自分がまずあり、それだけじゃなくて、それで終わるんじゃなくて、他人とか他の人が社会が楽しい面白いっていうのが提供できたら、もう両方ウインウインというかいいじゃんってね。自分もいいし他人もいい。
自己問いかけと修正
別に他人、それは自分ありきで他人でも、他人ありきで自分でもどっちでもよくて、そこでも一つのサービスとかプロダクトとか仕事ができているってことになるじゃないですかね。
なんか基本かもしれませんけど、今を楽しめているかっていうのは、客観的な指標があるわけじゃないんですよね。5分に1回笑えているかどうかとかは、映像を撮って確認するっていうものでもないですから、AIだったらできるかもしれないですけど。
そういうことじゃなくて、自分が自分に問いかけて、自分に矢印向けてどうですかっていう。人がどうとか置いといて、僕がどうとかも置いといて、リスナーのご自身が今の自分が楽しめてるんですかねっていうふうに問いかけた時に、胸を張ってイエスと言わなくてもいいんですけど、イエスかなとかの方が言える方がいいような気がしますよね。
全然ダメっすわっていうのだと、多分ちょっと良くないんで、ちょっと変えていったほうがいいですよね。リズム変える、今までと違うことをやる、それをやるしかないような気がします。
だけど、それをみんながみんな一人で完結して修正できるとも僕は思ってなかったりするんで。
この無理にどうじゃなくてっていうのも難しいものもありまして、結局強制とは言わないけど、ある程度のピアープレッシャーっていうね、心地よいプレッシャー、都市間で勉強してみんな勉強してるから勉強しようみたいな。
それぐらいはあった方がいいから、そういう環境を仮想でも実際でもいいんで、仮想ってのもおかしいんですけどね。用意していくって。なんで僕ができることをそこでやっていくという感じにしてます。
というわけで、問いかけとしては、リスナーのあなたご自身は今を楽しんでいますでしょうか。楽しんでないとか楽しんでるからいい、楽しんでないからダメとかいうことではないんですけど、問いかけてみて、その回答に応じて修正するなり、もしくはより楽しむ方法にしてもいいと思うんですけど、やってみてはいかがでしょうか。
というわけで、今回はこれぐらいにしたいと思います。シゴクリーダジオ大橋でした。ここまでお聞きいただきましてありがとうございました。以上失礼いたします。