特に現代は特にそうじゃないですか、やっぱり。
これだけだから、言ったらIT技術っていうのは個人をエンハンスメントするというか、
エンパワーするツールで、個人がいろいろできるっていう。
個人がいろいろできるってことは、個人が持ってる1時間あたりの生産性が高まったっていうことなので、
1時間何もしないっていうのは、1時間バソン使っていろいろしてる人に比べて、
ことごとく生産性が低いっていう、相対的にすごくできる人に比べて、
全然してない人ってものすごく低く感じてしまうというか、
それがSNSを通じてはっきり可視化されてしまうんで、
だから余計にそういう圧迫感みたいなのは生まれるでしょうね。
そうですね。これでそういう休めない強迫観念スパイラルに陥る人と、
逆にひたすら人と比較して自分はダメだ、方向に行ってしまう人と出てくるわけですね。
全体的に良い結果にはならないですね。
こういうのってよくあるんですけど、仕事をたくさんするためには休まなければいけないっていう、
逆向きのベクトル、プラスの方向を求めてるときに実はマイナスが必要だっていうことが結構あって、
ブログの記事をインパクトのあるものにしようと思うときにって、
やっぱり数を減らすことの方が大切なんですよね。
でもその判断が、視野が狭くなってくるとプラスだ、プラスだってなってしまうんで、
だから本来必要なものと逆の方をどんどん求めてしまうんですよね。
今マイナスが必要なのに細かいプラスを集めてしまうみたいなことがあって、
これが難しい、人の当人では多分気づかないですね、きっと。
これ今すごい胸に刺さってる人がたくさんいる中で、これを聞いている人にはいるんじゃないかなという想像をしてますけど、そうですよね。
だからでもやっぱり当人はその切実感の中で生きているので、
本人が考えたり悩んだりしているだけではマイナスの方向が、今求めているのと逆のものが必要だっていうことを自覚するのは多分難しくて、
逆にでもだからそこは他者が必要なんですよね。逆じゃないんですけど。
比較する他者とするよりは対話する他者が多分必要なんですよ、そこでは。
そうですね。だからやっぱり体かメンタルのどっちかを壊す以外の方法で気づけなきゃいけないわけですよね。
それが一番望ましいですね。
でもだから早めに体とか心を壊し掛ける、端が崩れる音がするところで気づけたらまだいいとは思いますけど。
まずその状況を変えていかないと、同じことがずっと繰り返されるよって、
他人に対してはそんなアドバイスをするんですけど、
同じことを自分に適用できないんですよね、これ。
不思議ですよね、それね。
そうなんですよ。
判断力がないわけではないんだけど、自分には適用できないと。
逆接近だから一つ話すことが重要だと思うんですよ。
他人になる適切な判断ができるんですよ。
だから適切な判断を交換し合うことなんですよね。
そうですね。
だから自分で人で考えてるってことって、
それは執筆とかいう仕事は分析が、文書の責任が自分なんで、
最終的にはジャッジメントって自分が下しますけど、
でも、ジャッジメントに至る間の道って、話し合っても全然いいんですよね。
だから僕らみたいなアウトサイダーというか、
集団に馴染まない人って、あんまり話し合うことを好まないというか、
自分でやった方が早いというわけではなく、自分で解決したいというか、
そういうのってないですか、なんとなく。
ありますね。
僕は結構あるんですけど。
でもそれはやっぱりある種、楽で相手に迷惑をかけないメリットもありつつ、
独りよがりというか、独善的というか、多少の傲慢さがあるなというのは最近、
41だって思いますね、なんとなく。
ありますよ。それは結局、人を信用してないんですよ。
そういうことなんですよ。
なんかもうやったら面倒くさいことになるから、みたいなところがやっぱりちょっとあって、
やっぱりそれはでも、そうやって一人でやったらうまくいくって考えてるっていうことでもあるんで、
でもそれはやっぱりちょっと自分の力を誤って黙算してるというか、
そういう感じが最近してて、だから本当に最近は色々、
ちょっと自分で考えて無理やったら、よく人に相談するようにしてますね。
編集者さんにもよく言いますし、カーソルメンバーにもよく言うんですけども、
昔は一通り全部検討した後に相手に伝えるってことをしてたんですけど、
基本的にものすごく時間がかかるんですね。
だからラリーが遅くなるんですね。行ったり来たりの。
結局自分で一人で考えたって穴があるんで、ラリーは起こるんですよね、結局。
そうですね。
ゼロになるわけじゃないんで。
もちろん相手に負担がかけない程度にこっちでは考えるんですけど、
早めにパス返した方が、やっぱりそのパスの行き来の多い方が、
人の考え、知性の交換が行われるんで、全体的にスムーズになるなという。
面白い話はみんなが知ってることなのかもしれないですけど、
僕は結構一人一匹狼的に生きてたんで、
41歳になって初めてそういう考え方に至れるようになりましたね。
だから、自分でボールを持ち継ぎないっていうことって、
その問題解決について会話して解決していこうっていう態度に変わってきてるってことですね。
41歳でそういう判断ができればいいんじゃないですか、それは。
まあ、そういうことと合わせて、自分自身がどうやって休むかと。
休みを自分の時間の中に挿入していくのかっていう、多分その両方なきゃいけないんでしょうね。
だから、これは結局セルフマネージメント、自分に対する自分のマネージメントってことなんですよね、要するに。
まあ、そうですね。
だから、その自己管理っていう事、自己管理という感じで表現してしまうと、その、えー、to doを満たすみたいな感じになっちゃうんですけど、
マネージメントって観点を取ると、まあ、ちゃんと休む、だって部下をちゃんと休ませるんやったら、自分もちゃんと休ませようよっていう話になるんで、
だから、そこの意識のスライドができたらいいんですけども。
それをね、俺がやっとくからお前も休めになっちゃっといいからっていう事ですよね。
そうそう。結局それ、自分でやる場合、全部自分でやることになりますからね。
で、あの、半分以上、半分さっき言った人に任せることが半分休む技術やと言いましたけど、その残りの半分って、
複数プロジェクトを極力並行して走らせないっていうのが僕の半分の柱なんですよね。
並行して走らせない。
だから、今までは3つ重要なプロジェクトを持って、1日その3つのプロジェクトを1日間とか2時間とかやって進めていくっていう方式やったんですけど、
それを複数持たないと。プロジェクトは1個だけにするっていうやり方が僕のもう半分の休み方ですね。
で、それが最近崩れてるんですけども。
それは要するに、一度に1個、なるべく一度に1つをやるっていう事ですか?そのシンプルに言えば。
そうですね。1日に1プロジェクトしかコミットしないということで、もう少しちょっと1週間にそのプロジェクトしかコミットしないぐらいの感じですね。
今まではだから、複数のプロジェクトを1週間に配置してここでこう進めてみたいな段取りを考えて進めてたんですけど、
今は月曜日から金曜日は書籍やったら書籍を書くことをして、土曜日だけ書籍のプロジェクトを辞めてメルマガを書くと。
日曜日は午後から休むっていう風にややこしい段取りを考えなくしたんですよね。
複数プロジェクト減らすと段取りが減るんですよ。段取り作業とか。だからすごく楽になるんですね。
当然でも進捗は一時折々減りますけども、その分肉体的な負荷は減ると。
作業量が減るだけじゃなくて、メタな作業も減るんで、管理作業も減るんで楽になる状況が続いてたんですけども、
先月あたりから若干法則に乱れが出てきまして、複数プロジェクトに着手してしまってますね。
それはやっぱり振りかかってくるからってことですか?それとも自分の中でそろそろ複数プロジェクトやってもいいかなっていう。
結構その状況に合わせては使い分けみたいなものが必要になるかなと思いますね。
そうですね。でもやっぱり、6つタスク6つ方式でやらへんやつは下に置くって隠すっていうようなシンプルな方法でも、
やっぱり機能するのは見えなくするからなんですよね。
見えてることの大きさっていうのってやっぱり考えてる以上に強力なんですよね。
ふかしかしだけいけない。
だから完璧なタスクリストって見えすぎてるんですよね。もう明らかに。
だから全プロジェクトのタスクとか見えてもしゃーないんですよね。
そのリストのビューで自分の抱えてるプロジェクトが多分10あったとして、もっと多いでしょうけど10あったとして、
そこに含まれてるタスクの一覧が見えたとするじゃないですか。
何の目的がそこにあるのかと見てどうなるのかって話なんですよね。
何もないんですよ。
こんだけあるんだなとはわかりますけども、わかるだけなんですよね。
実際例えば必要なのってプロジェクトにやろうと思ったときに自分が次何をしようとしたか思い出せたらいいはずなんですよね。
だからもっと限定的なビューでいいんですよ。
どうしても必要になったときに全体ビューが見えるという形の方がいいんですよ。
でも普通のやつって逆なんですよね。まず全体が見えちゃうんですよ。
あれはもうだから自分はこんなにやることを抱えてるんだよっていうことを、
毎回ツールを開くたびに知らせてくるんですよね。
これはやっぱりつらいんですよ。だからビューのスタイルが逆なんですよね。
だから僕最近ワークロリーで兄弟項目に移動できるショートカットを見つけて大喜びしてたんですけど、
おかげで最近ホームを表示しないようになってきたんですよね。
それで最近この話がきついなんですよ。ホームを見たくないんですよ。
今プロジェクトAにズームしてると、で今それが終わってプロジェクトCに行くときに
一回ホームに戻ると全部見えちゃうじゃないですか。それが嫌なんですよね。
全体像が見えるっていいことのように思いますけど。
だから本を一章呼ぶためにそのことに一回ずつ木字に戻るような感じ。
次の章行かせてくれよって感じするじゃないですか。
そういう感じがして、だから僕はワンズームした項目の移動だけで最近そうでてますね。非常に快適なんですよね。
結構視差的ですよね。その話って。
だから全体が見えたらいいという、全体を把握したいという気持ちと管理するということと関わりはあるんですけど、
スクロップボックスの僕3000ページって全体像って見えないんですよね。そのための項目を作ってないんで。
だから見えないんですけど、でも使えるんですよね。だから全体像って必須なもんではないんですよね。
あった方がいい場面もあるんですけど、デジタルで情報を使うときって、
先ほど言ったように、ワークフォーリーのホームを移動しないといっても、別に移動できちゃうんで。
だから別に全体像ってそんなに必要なものなのかなっていう若干ラディカルなことを考えてますね。最近。
だから常に必要ではないんですよね。必要に応じて見られればいいんだけどね。
そうそうそう。ホームポジションが全体っていうのはね、なんか違う気がしますね。
それは大事なポイントですね。きっと。
だからそのようにホームを全体するとさっきのように結局、数が多すぎたりとか、自分の認知の把握を超えるように時間が経つとなるんですよね。
だから時間が経つ前はいいんですよ。全体像がちっちゃいんで。おそらくその見た目も不可にはならないんですけど。
長いこと使っててその構造が膨れ上がってきたときにどうしてもそのホームが鬱陶しくなってしまうっていうのがあって。
だから、区要大項目を移動するようにすると、流度が必要以上に固定化されて使いにくくなるんではないか疑惑もあったんですけど、
それ以上にホームに戻らなくていいメリットの方が大きいですね。今のところは。
全体像が見えない方がいい。っていう場合の方がいい。普段は。
普段はだって僕らはフォーカスの中を移動してるはずで、一日一歩ごとに自分の人生は何かを考えたりはしないじゃないですか。
それってあれですよね。例えばどこかの時点でその全体を見て調整する前提ではあるわけですよね。
もちろんだから、例えば項目、ホーム直下に6つぐらい大項目は並んでるんですけど、その順番を並べかえるときにはホームが必要ですね。それは当然。
でもそういう場合にだけ出てくればいいものだという感じになってますね。
それをレビューっていうんでしょうね。
そうでしょうね。きっと。おそらくは。その時は逆に個々の項目は見えなくてもいいんですよ。
これが本当にズームとズームアウトの関係性でしょうね。きっと。
なるほど。
で、兄弟項目を移動すると何が面白いかっていうと、途中の項目を見るんですよね。
これも一覧病というふうに言えると思うんですけど、無くても全く困らないんですよね。
一覧の欲求とか、網羅したいとか、網羅したい、整理したい。
あとそれを全部美しい体系として整理したくなるんですよね。
それが使い勝手というか、使い勝手を悪したりとか、使う人に負担を強めている傾向はありますね。
なんかもう本当に、プロジェクト揃えたくなったときに自分の欲求にちょっとゾッとしましたもん。
自分これ並べたがってるけど中身かなやんっていうときに気づいて、これがあかんかったんやなっていうのに気づいたというか。
という具合にあれですよね。やっぱり自分でギリギリ首を締めてるような、そういう行為っていうのが多分一人一人の中にあるんでしょうね。
あるでしょうね、きっと。
それがまたある種欲求というか、快楽と結びついているところもあって。
そうそうそう、そこが問題なんですよ。
だから嫌なことをしてるわけじゃなくて、そうすると楽しかったりするんですよね。楽しかった人が、ある種の正義を実行しているような感覚があって、
その流度揃えたりとか丁寧にするっていうのが、否定する感覚がなかなか湧き上がらないんですよね。
で、きれいな構造が出来上がって使いにくいツールになるっていうこの悲しいジレンマがやってくるんですけども。
そうですよね。あとテンションが上がってる時にものすごく壮大で緻密な構造を作ってしまうみたいな。
それが後で自分を圧迫してくると。
要素の項目A、B、Cって作った時に、そこでイマジナリーなDとEもいるだろうみたいな、
別にいらないんですけど、A、B、Cと流度が似てる他の項目も荒かで作ってしまうんですよね。
で、やっぱり使わないんですけど。だからやっぱり人間のそういう気持ちって強いんだなというのは思いますね。
まあ、特にそういう傾向の強い人間ってのはいるでしょうね。
まあまあこういうツールが好きな人は多分特にそうなんでしょうけど。
そうなんです。逆にそういうツールに惹かれる人ほどそうなので。
だから逆にそっちに悪い方に使ってしまう可能性がありますね。
必要に応じて作るっていう、先回りしないっていう、整えるために先回りしない項目が必要になった時に項目を作るっていうやり方にしたら
だいぶスマート、スマートというか軽くなりましたね、ワークフローリーが。
そういう意味ではスクラップボックスって割にそういうところを防ぐところがあるんじゃないですかね。