ゴリゴさんタイプっていうかテキストにしたいっていうタイプだったんで、
全然参加しないで、今回も一読者として読んだので、
読んでたら、クラシサさんのノートの本も出てきて、ノートってアルファじゃなくてデジタルでもいいよみたいな。
先言ってよみたいな。それ知ってたら私もなんか書くことあったよみたいなところもあるんですけど、
本当に中身が濃くて面白かったっていうのと、私はやっぱり椎茸がめちゃくちゃインパクト強くて、
ちょうど多分ど真ん中あたりなんですよね、本でいうと。
違うかな。ドドンときて、あれがなかなかすごいですね。
その後たくさんのメモとノートの切り分けっていうのかな。
クラシサさんのノートから始まるを読んだときにも、
ノートノートって言ってるけど、じゃあメモとノートの違いって何なのっていうのをすごい思ったんですけど、
そこらへんをすごくクリアにたくさんのやつは書かれてるなっていうのが面白かったです。
あとはちょっとゆっくり読んでいきたいと思います。
たくさんの方はどうでしたかね。
僕は逆に最初のクラシサさんのお題のメモとノートっていうのをものすごいストレートに受け取って、
メモとノートっていう言葉が入った原稿を書いたっていう。
逆にルイさんみたいにね、ノートはアナログノートとは全然捉えなかったんで、
例によって普通にアウトライナーの話を両方とも書きましたけど、
逆にね、アナログノートに自分を限定して書いてみてもよかったかなとか、
逆に思いましたけど、
そうですね。で、やっぱり今回のお題は多分クラシサさん狙ったわけじゃないと思うんですけど、
非常にクラシサさんの新刊のノート本、
すべてはノートから始まるとリンクするところが大きくて、
本当だったらずっと前に出てるはずのものがここまで連れ込んだというのが、
なんかこうすごく逆にそのリンク感を出していて、
中でもクラシサさんの、一応ね、今回のメイン原稿と言ってもいいと思うんですけど、
クラシサさんのデジタルノートのディストピアっていうのが、
すべてはノートから始まると、
それも意図してないと思うんですけど、ある種ちょっと対になっているというか、
合わせて読むとすごく面白いぞっていうものになっていて、
結果的にすごく良かったなっていうのと、
まあやっぱり、椎茸。
椎茸じゃない、たけ?なんだろう。
あれなんて読むんですかね。
あれは、えっと、音っていう漢字に似てるやつですね。
これなんか普通に椎茸みたいな、頭の中で椎茸に変換してるような感じだけど。
椎茸のたけっていう漢字で、
たきのこ?きのこか。音読みするときのこか、たけっていうのかな。
たけ、たけ、そうですよね。たけ部分ですよね、椎茸。
あの、まあね、ひびきさんは毎回インパクトが強い原稿を書くことで有名なんですけど、
今回も、今回も、あれによって。
配置もすごくいいところに来ましたよね。
毎回配置は難しいのですが、今回は特に難しくて。
で、だいたいこれまでのパターンって、主原稿があって、
皆さんがいただいた原稿を前2章、前と後ろに分ける形が多かったんですけども、
今回原稿をあさって読んでみると、2つでは難しいなっていうところがまずあったんですね。
で、なぜ2つで難しいかっていうと、一喜さんが原稿を4つ書いてくださったんで、
セクションで一喜さんの原稿が多くなってしまうと。
ちょっとこれ独立王官がちょっとバランス悪いかなと思って、
でも逆に考えたんですね。一喜さんの原稿を1セクションずつ割り振れるようにしようと思って、
4セクションになること。
だからあれはね、実は4セクションは一喜さん原稿ベースなんですね、あれは。
やっぱりね、ボトムアップですね、そこもね。
そう、ボトムアップですね、そこはね。
並べ替えるときって、スクリブナーでタイトルでっていう感じですか?
そうですね、原稿をスクリブナーに入れて、タイトル見ながら、
タイトル、このバインダーの方で入れ替えて、
で、あとメイン画面のエディターの方で、その前後のつながり、
その1つの文章の終わりと次の文章の始まりの接続感をいちいち確かめていくっていうのを繰り返していく作業でした。
作業のためだけにスクリブナーを使ってましたね。
そう、毎回ね、倉下さんの、どう原稿を配置するかっていうのが実はこの、
執筆人は実はそれを楽しみにしているというところもあって。
そうそうそう。なんかね、前に来たり後ろに来たりすると嬉しいよね。
そう、だからそのトップ、締めとトップっていうのはもちろん重要なんですけど、
だいたいね、最後に来る確率が高いのが、ひびきさんなんですよ。
ひびきさん、やっぱり。
今回も最後ですよね。最後にも来てる。
でもなんか真ん中っていうのはなかなかすごい今回インパクト強かったなと思って。
うん。面白いのはやっぱりね、これ毎回思うんだけど、
一応ね、完成前にそれぞれの人の原稿って、
一個一個個別に目を通してるわけじゃないですか。
まあ、ちらちら、ちらちらというか、一応目を通してるのが、
並べて読むと全然違って見えることがあって、
並び順の大切さというのをすごく毎回感じるんですよね、カーソルは。
まあやっぱり流れ。流れとか、そうですね、関係はしていると思います。
やっぱりね、単純に複数人の考え方が並んでるっていうのがカーソルの一番の面白いところで、
僕、例えばメモとかノートって考えるときに絶対その関連性とかっていうものを重視するんですよね。
いわゆる能動的な考え方、グラフ理論的な考え方を持つんですけど、
しびきさんの原稿って、これのメモって何とも関係してないよなって思うっていうことが書かれてて、
僕、今まで来てきてそんなこと一度も考えたことがなかったんですよ。
でもメモを書くっていうのは、そういう切断感は確かにあるよなと思って。
だから一人の考え方が絶対じゃないっていうことも示しつつ、
書いた人もお互いに新しい発見が常にあるところがあって、
だからここはやってても楽しいっていうのがカーソルの良いところですね、これは。
やっぱり今回他人の目で読んでると、みんな、ただちネットの方がいつも書評丁寧に書いてくださってますけど、
確か前回かなんかの時にみんな好き勝手な楽器を吹いてて、好き勝手な方向向いてるんだけど、なんか聞いてて心地よいみたいな、
なんかそういう感じがあるんですよね、本当にね。なんか流れっていうか。
だから一個一個の原稿を、私たちは作るときはエヴァノートに自分が出来上がって、
一版、二版みたいな感じで書いてるんで、みんなそれ見ることできるんだけど、
やっぱりつなげてきれいな完成版を一個の本として読むっていうのは全然意味合いが違うんだなっていうふうに思いました。
当然だから、僕は多分何の意図せずに並べても、やっぱり読んだ人ってなんかそこで感触を受けると思う。
勝手に文脈を形成するというかね、そこが文章の面白いところなんですけど。
僕はその読み応えを損なわないように、あるいはまたこの話題かみたいな、
そういう空きっていうか、そういうのを来ないように調整しているだけであって、
それで成立のやっぱりそれぞれの人が個人的な文章を書いているからこそ、
一個一個がどこに存在しているから、もうどう並べちゃっても何とかなるよねっていう形になっているっていうのがすごいのと、
やっぱりでも4号を通して思うんですけど、僕ほとんど皆さんの文章に手を入れないんですよね。
手を入れないというか、あの「5字脱字」とかを指摘しますけど、
もうちょっと書き換えた方がいいんじゃないですかってことをほぼ言わないんですけど、
それで全然成立してるんですよね。成立する書き手を選んでいるからということなんですけど。
結構楽させていただいているというか、仕事はその面ではやりやすいですね。
あとの編集は大変ですけど、途中の制作段階は結構楽ですね。
まあね、難しいですね。締めすぎてもちょっと違うよなっていうことにはなりますけど、
もう期間詞ぐらいは名乗りたいところではあるんですが。
オリンピックになっちゃう?
オリンピックになっちゃうんですね、姉妹にね。
まあどうかな、でもやっぱりああやってカーソル内というか、
メンバーでいろいろ普段話しながらちょっとずつ原稿を書いていくからこそのカーソルというところもあるんで、
あまりにマニュアル的に4ヶ月に1冊作りましょうって入って出したとして、
それがカーソルと呼べるものになるのかはちょっと疑問ではありますけども。
そういう難しいところですよね。
前回と今回の間でポッドキャストって始めたんでしたっけ、倉下さん。
しかー、これ80回なんで、
1週間に仮に1回やっているとしても80週しか経ってないから、2年以内ですね、だから絶対。
だから前あれですよね、1回座談会的な内容入れたことありますよね。
入れました入りました。
ポッドキャストとかもせっかくやってるから、そういう話し起こしみたいなのは大変だと思うんですけど、
そういうコーナーがあってもいいのかなとか思ったりして。
そっか、それはありですね。
うん、ありですね。大変だけど。
結局、やることは大変なんですけど、お母さんの場合文章を書ける人、最低書ける人が参加条件じゃないですけど、
その話し相手がカーソルメンバー以外であっても、話してくれたものを書き起こす場合は、その人の文章力って問わないで、
だから入り口が広まりますよね。
ちょっとそのことについて話してくださいっていう方が、そのことについて書いてくださいっていうよりは多分楽なので。
だから対話型のなんかを入れていくのは、まあ確かにありですね。
誰がそれをするのかという問題が残りますけども。
でもそういうのはちょっと考えていきたいところで。
いよいよ本題なんですけども、当然4号が出たんで5号も出すのですが、
テーマをどうするかというところで、とりあえず僕の胸の内を先言っていくと、
考えていたのが、デジタルツールっていうものについての知的資産絡みでのデジタルツールについてちょっと考えたいなというところがあって。
デジタルノートを使ってきて10年ほど経って、
1つデジタルノートのビストピアっていうので、あんまりうまいこと使えてなかったようなっていう反省が1つあったところで、
じゃあどうやったらこれをうまく使えていくんだろう。
あるいはもう皆さんどううまく使うというか、どういう付き合い方ができているんだろうということを1つ考えたい。
デジタルツールそのものについて考えてもいいですし、
デジタルツールとアナログツールの違い、対比っていうのを出すことで、
その特徴を明らかにしていくっていう話の進め方もできるでしょうし、
おそらく参加している人々みんなデジタルツールだけでやってるって人は多分少ないでしょうから、
何かしらの形でデジタルとアナログ両方使っているでしょうから、
その実践について語ってもらうっていう切り口があるかなと。
もう1個は、どうしてもライティングの哲学っていう本もそうなんですけど、
執筆仕事をしている人にとっての知的生産っていう話になってしまってるんですけど、
梅沢が射手に入れてた話っていうのはもっと広いはずで、
日常の中にある知的生産の技術、何しらそれに強引にカテゴライズできる日々の工夫っていうものを、
1回洗い出してみても面白いかなっていうのが3つ目で、
4つ目は、アウトライナーについていい加減まとめた方がいいんじゃないかなと思って、
アウトライナーっていう話題も一応考えたんですけど、
アウトライナーを描ける人と描けない人が多分いるんで、
使ってない人は描けないんで、
ここは統一的なテーマとして出すのは若干難しいかなっていうのが、
今僕が考えているところなんですが、
お二方に胸に秘めているテーマ、
私が考えたテーマについてご意見あればお願いしたいところでございます。
どちらでも。
どうぞどうぞ。
僕ですか。
じゃあ、そうですね。
僕は倉下さんが言ってた中の、生活の中のっていうところ。
いわゆる知的生産っていうのが、
一応カーソルのメインテーマみたいなところありますけど、
どうしてもまとまった文章を書くみたいなところに寄っちゃいがちなんですけど、
そういう必要性とか機会がない人もたくさんいるし、
その人たちにとっての知的生産っていうのも当然あるわけだし、
もっと広く捉えれば、
それこそタスク管理とかそういうところまで含めた生活の中に、
本当は伸びていくものであるはずだし、
そういうもっと広く捉えた、
自分もわりにそういうことを意識して、
知的生産界の時にも書いてたような気がするんですけど、
生活の中のっていうところを考えるっていうのは一つありなんじゃないかなと思ったのと、
そうすると自然にデジタルとアナログっていう話も出てくるような気がするんですよね。
だからそれが統合しちゃってもいいのかなと。
統一してタイトル名考えるのが難しくなっちゃうかもしれないですけど。
やっぱり生活ってアナログなものが重要だと思うので、
一つ心配なのは、何ていうか、いわゆる仕事術みたいな、
ハウツーに寄っちゃうのはちょっとつまらないし、
あと、あまり、やっぱり職場の工夫してますってなると、
具体例出さないとピンとこないんですよね。
コンビニだったらコンビニで、こういうポップがどうのっていう話をノートで書かれてましたけど、
そうなってきた時に、ちょっと事情があって書けない人とかもいるだろうし、
っていうところが、別にいいんですけど、そういう人は書かないで、
書ける人だけで書いてもいいんですけど、
あまりにも、どういうふうに、それが知的生産っていうような、
それは私の環境とは違うけど、こういうところに生かせるのかなとか、
面白いなって思ってもらえるのかって、
意外とちょっと難しい点もあるかなっていうのを一瞬思ってしまいました。
確かにね。
確かに。
逆に言うと、そこの難しさがあるからあんまり語られてこなかった側面はきっとあるでしょうね。
書き手の工夫があれば、きっとそういうのを読みたかったんだっていうコンテンツになりうる可能性というか、
は秘めているのかなというのが第一感でございます。
ルーさんの方はアイディアとか意見とか。
私は生活の知的生産っていうところの倉田さんの最初のイメージから、
逆に職場じゃなくて、お家で知的生産みたいなところを思ったんですよ。
やっぱり今みんな家に、このコロナ禍になっちゃって、
家が軸になる割合がすごく増えてると思うので、
そこの中で自分の時間をどう作るかとか、
どう目標を立てていくかみたいなところもちょっと面白いのかなと思ったんですけど。
例えば、僕はいないんですけども、子育て世代の知的生産の技術って、
たぶんものすごい大変でしょうね、きっと。
おそらく成立させることすら難しいんじゃないですかね。
子供を育ててる人が自分の時間をとって本を読んだりとか、
何かしっかり書き物をするっていうのは、
おそらく工夫なしでは成し遂げられないことだと思うんですけど、
これもあんまり聞いたことがないですね、そういう話も。
あんまり聞いたことがないですね。
じゅんさんとかは家族内での家族管理みたいな本とか書かれてますけど、
イメージ的にはあんな感じですよね。
それもそれで確かに面白いし、
結構必要性がある種、切実性が高い技術の話でもありますね、その辺は。
確かにあと、職場よりも員の塾が増えてる事実ではあるというのは間違いない話で、
僕はだから、この中になっても別に環境がほとんど変わってないから、
変わった感じを受けてないんですけど、変わってる人多いでしょうね、そこは。
だから職場とか生活とかっていうか、
そこは。
なるほど。
お二人がカーソルの現行を書いているときって、
他の人たちの書きかけの現行とか見ます?
僕はもうめっちゃ見ます。
クラシアさん見るだろうけど。
僕はめっちゃ見ます。
周りに見ますね。
私はそういうの見ちゃうと、
もしそこに自分が書きたいことがすでに書かれちゃったらどうしようみたいなのがあったりとか、
その書かれている内容に影響されちゃったら嫌だなっていうのがあるんで、
基本的には見ないで書いてきたんですけど、
やっぱりカーソルは作っているときに、
みんなの現行とか進捗が見れるんで、
もうそろそろやばいやばい、もうそろそろ書かなきゃとか。
暗黙のプレッシャーを。
予定調和にはならないんだけど、
やっぱりみんなで出来上がりの一冊っていうのをイメージがだんだんしながらやってるから、
また一人一人の機構っていう形とはまたちょっと違うのかもしれないなと思いますね。
確かにね。
ただ現行を寄せてもらって集めましたというのでは、
オープンカーソルとは名乗り難いものになるかもしれないですね。
そうか。確かにある程度プロセスを共有してますもんね。
で、それについての感想も別に。
そうそうそう、嬉しいですよね。
そう、あの、ちょっと途中段階での感想を結構書いたり書かれたりするんで、
あれ結構カーソル性を生んでるのかもしれないですね。
カーソル性。
だからやっぱりそうですね、雑誌と場作りってのはセットなんですよね、きっとね。
雑誌と名乗れるものってある種のカルチャーというかその雑誌の色っていうのは絶対セットになってると思うんですけど、
そういうのを醸成しないと、なんか記事の寄せ集めと同じになってしまうっていうのがあるでしょうから、
だからオープンカーソルという概念そのものが壊れかけなんですけど、
なんか作り方をもうちょっと考えた方がいいんでしょうね、きっと。
なんかやっぱりタイトルが、例えば今回生活のなんとかにしましょうみたいになった時に、
いっきさんなんかはポンポンポンポン、タイトルレベルの段階でこんなこと書きたい、
みたいなとこいっぱい出して、そこからどんどん広めていくっていうのを私たちも見てるから、
そんなこと考えてるんだっていうのも思ったりもするし、
あと途中でアイデアが出たら、やっぱりそういうのを書いていくっていうのも、
思ったりもするし、あと途中でアイデアが出たりとか、
それで一番最後の最後の方で、ひびきさんがドカーンって出たりとか、
突然ほとんど完成原稿を出してくる、
ゴーさんなんかは途中で、ほとんど完成されてるんだけど、
1章2章3章みたいな感じでどんどん書き足していくっていう感じだったり、
紙原稿換算で224ページになるかならへんかとか、そういう話の方が問題であって、
原稿が10万字か12万字になるとか、本当にすごく些細な問題です。
あれは4ページ単位?
4ページ単位ですね。
印刷のときは4ページ単位ですけど、
Booksっていうプラットフォームでは、どっかの倍数やな、
24の倍数かなんかで変わってくるんですよ。
だから1ページオーバーすると、20ページくらいの量が増えてしまうんで。
それは厳しいな。
今回も結局いろいろ入り汚かったんで、僕の原稿1つ落としてますから、
書き足すことも考えたんですけど、ちょっと間に合わないなと思って、
削ることを決めて、またそれまで別の機会に使うんですけど、
だからそっちの方が難しいなと思って、本当にだから、
Webで活動してると、ページっていう概念が消えるんで、
本当に原稿を使ってた頃は、1文字の出し入れとか必死にやってましたけど、
Webになりきっていると、好きに書き散らしてしまうんですけど、
それを一旦、PDFというか、紙媒体、紙原稿に直したときの、
あのページの難しさですよね、本当に。
で、ちょっと書き足すと、ページ変わって1ページ増えるってことがあるんで、
しかも自分の原稿やったら、その表現を丸めて短くしようとかはできるんですけど、
他の人が書いた原稿なんで、ここの表現削ってくださいって結構難しいんで、
ページそのものを調整するしかないんで、そこだけですね。
だから、カーソルで難しいのはその2つ。
順番を決めるのと、ページ数をお箱に収めるのだけですね。
それ以外は、もう極めて楽しい作業です。
24の倍数ってのは知らなかったな。
24ずつやったと思う、まあはっきり調べてないですけど、
少なくとも、5ページとか4ページの引き算では済まないですね。
引き算足し算では済まないです。
これは大変ですね。
紙版を諦める手もあるんですけど、
BOOKSのプラットフォームってある程度簡単に作れるんですけど、
複雑なレイアウトがまずできないんで、あれ。
それであれば、初めからePubで作って、
Kindleストアで売れば、2.5週間待たされるとかいうこともなくなるんですけど、
あの、やっぱり印税の分配機能というのがありまして、
それは避けては通れないので、
その一点だけでもBOOKS使ってるところですね。
なるほど。
はい。
うーん、まあ、どこかな、どうしようね、なんか、
逆に、逆にじゃないけど、今一応その5号の話はしてますけど、
5号以外の、いつかやりたいリストに入ってるネタとかってあります?
さっきのアウトライナーについてっていうのは、
何ていうか、オープンカーソルじゃないけど、
別冊号みたいなのがいいのかなって思ったんですけど、
それこそ千葉先生とかを。
(笑)
まあ、それはね、要検討ですけども。
うん、なるほど。
アウトライナーか。
うーん、でもアウトライナーの本ってないじゃないですか。
アウトライナーの使い方とか、アウトライナープロセッシングの方がありますけど、
アウトライナーのツールはどんな歴史を辿ってきたのかとかいうのを、
概論した本はないですし、
まあ、この日本で書ける人と言えば、目の前にいる人じゃないわけで。
(笑)
それはでも、あってもいいんじゃないかなと思いますね。
それやろうとするとね、たぶんライフワークになっちゃうので。
(笑)
確かに。
あのー、
要するに、今までこんなアウトライナーが出ましたよ、こういう機能でしたよっていうのは比較的、
まあ、調べれば、知らないものも調べればできるんですけど。
結構たぶんアウトライナーの背景にあるものまで考えようとすると、
もうそれこそタイプライターから、
そうですね。
あのー、いわゆる階層構造の歴史とか、インデックスとか、
そういう19世紀あたりまで遡るところもあるし、
逆にアウトライナーって、
それこそ、
今の形のアウトライナーはLispエディターから来てると、
デイブ・アイナさんは自分で言ってますけど、
あの、ね、スモールトークのクラスブラウザの影響とか、
UNIXの階層ディレクトリーの影響とか、なんかいろいろあるわけですよね、説が。
はいはいはい。
みたいなことを考えだすと、大変なことになる。
いやー、でも。
面白いですよ。
面白いですよ。
面白いし、誰もまとめてないし、
やっぱりそういう仕事が少ないっていう点が、
僕が最近感じているツールに関する思想とか哲学が、
あんまり深掘りされてないっていう、
つまり、ウェブ以降になってから、
歴史っていうのがあんまり変えりみられなくなったというか、
常に新しいツールが目の前に提出されて、
それに最低化していくっていう流れが結構強まってて、
そのツールってそもそもどんな思想で、
どんな経緯があって、どう生まれてきたのかっていう情報が、
過小評価されているというか、
もはや無視されているぐらいの勢いがあって、
そこからはやっぱりね、
ツールの新しい展開っていうのは生まれてこないなと思うんですよ。
前回お話しさせていただいたカカオの開発者さんの方も、
結構、例えばインターフェイスについてとか、
プレンテキストについてとかって結構深掘りされてるんですよね。
技術の話じゃなくて、歴史とか思想の話を深掘りされてて、
でもそういうところからしかやっぱりラディカルなものって、
自分もこれまで使った感じで言うと、
やっぱりワークフローインとダイナリストって違うよねっていうのは、
もうこれはっきりわかるじゃないですか。もう明らかに違うんですよ。
でもね、その2つの違い方とオムニアウトライナーの違い方って、
またちょっと違うんですよね。
同じアウトライナーを使ってるはずなんですけど、
同じツールじゃないっていうのが結構ありありとあって、
それやっぱりツールを渡り歩いてこそ初めてわかることなんですよね。
やっぱり自分が普段使ってるツールを基準点として考えてしまうというか、
あれもこんなもんだろうみたいな決めつけが生まれてしまうっていうのがありますから、
だからやっぱりアウトライナーは年間みたいな。
でも、青鬼はMacだけか、Windowsは使えないんですよね。
Macだけですね。
ウェブ版が最近できたんで、ウェブ経由で一応使えるのかな。
違う、ごめんなさい。それはオムニフォーカスの方ですね。
オートライナーは多分使えないはずです。
結局こういう問題があって、ワークフローリーであったら誰でも使えるやろうっていう話題の安定感が絶対あるんですよね。
OSの違いを気にしなくていいっていう点が。
そこが言及しやすいところは言及しやすい。
僕もだからWindowsのアウトライナーって語れって言われても、情報ゼロですからね、基本的に。
そうですよね。
でもWindowsの例えばアウトラっていうのがあるんですけど、
Windowsのアウトライナーで、いわゆる2Paneのやつですけど、
Windows的なアウトライナーって2Pane型が多くて、
そうですね、確かに。
それに馴染んでる人のアウトライナーに対する感覚って多分全然違うんですよね。
明らかにそっちの方が体に合うという人もいるはずで。
なるほど。
例えば創作する人で、アウトラインというよりもプロットを作る感覚の人が求めるアウトライナーも多分違う。
ストーリーエディターとかそういうのが好きな人は多分ね、あって。
いろいろあるんですね、アウトライナー的なものでもね。
あれは編集に使ってるやつ、Evernoteみたいなやつ。
Scrivenerはアウトライナーと呼んでいいんでしょうか。
そこは難しい。アウトライナー的な機能を持ってるけど、
アウトライナーでないと僕は思いますけど、
でもアウトライナーの要素は含んでるかなって感じ。
アウトライナー機能があるツールとアウトライナーはぴったりイコールじゃないですかね。
アウトライン記法ができるっていう話と違いますよね。
そうですね。
Scrivenerはね、あれはもう一つのジャンルみたいなところがあるんだけど、
でもあれをアウトライナーとして使ってる人もいるので、
任意の順番で入れ替えられないっていうのは仮に許容したとしても、
例えばスクラップボックスってピン止めっていう機能があるじゃないですか。
あれぐらいはやらせてほしいわけですよ。
一番上にくるものを固定表示させるぐらいの操作性っていうのはね、
ちょっと持たせてくれたらいいし。
でもやっぱり、例えばアナログのメタファーでいうと、
エイバーノートのノートブックがルーズリフバインダーと仮にするならば、
ノートの順番入れ替えられてなんぼじゃないですか。
だからね、そこの必要性が高く認知されてないのか、
システム設計的にそれは無理なのかはちょっとわからないですが、
やっぱりその使い勝手の悪さっていうのが確実にその辺は由来しますね。
相当にしかできないっていうところ。
だからね、恣意的に並べ替えることの重要性をあまり感じない人と感じる人がいて、
この分類はどうかと思うけども、
いわゆる、あえてそういう言い方をすると文系的な人と理系的な人がいるとすれば、
恣意的な並び替えを文系的な人は必要とすると思うんですね。
その分類はどうかと思いますけど。
相当じゃ済まない用事っていうのがあるんですよね。
そこをもうちょっと、ノートツールみたいなものはもう少しその辺を考慮してほしいなと思います。
結局、例えば更新日順で並んでるのに、
自分の順番で並び替えたいから、わざわざそのノート開いて空白のスペースに。
これは全然デジタルじゃないですよね。
そうなんですよ。
押し出しファイリングを仮にちゃんとアナログでやったら、
一応任意の順でソートされてますけど、結局好き勝手に並び替えられるじゃないですか。
例えば、本来は使ったものを右に戻さなければならないですけど、
もうこれいいやと思ったらそのまま引き返してもいいわけじゃないですか。
そういうルールの裁量がありますよね、アナログの場合は。
デジタルの場合、一つのルール決めたらそれに必ず従わなければならないっていうのがあって、
そこの使い勝手がやっぱり悪い。
アウトライナーの場合は全部自由にできますけど、逆に自動のソートが効かないんで、
それはそれで大量の情報を扱うのはめんどくさいっていうのがあって、
なんかどっち使うのやなっていうのはずっとありましたね、これは。
それがデジタルの限界なのか、作る側の発想が狭いのかっていうのは
プロセス型、プロダクト型って分類しちゃってますけど、
それに縛られないアウトライナーになる可能性があるなと思って。
そこもちょっと新しい。
だから、二軸で分類しようとしたときに、どっちでもいいと思ったんでね。
だから、開発者の方に、これ何をするために使ったらいいんですか?って聞いたんですね。
これってプロダクト型に位置付けられるのか、プロセス型に位置付けられるのかって思ったけど、
プロダクトではまずなくて、もっと手前にある何かをそこで書く。
だから、さっき言ったようにホワイトボードに何かを書くっていうような、
あの漢字、原稿用紙に向かっているのでもなく、
メモにちょっと書き付けているでもなく、
ホワイトボードに向かって何か考えを展開させているときに、
なんかジャストフィットする。
もちろんそれは、こういうとしたプロセスなんですけど、
なんかどこかに別に向かっているわけではなくて、
なんか考えを展開しているっていうことにフィットするツールなのかな。
まあもちろんこれから変わっていくでしょうけど、
だからそういう軸がね、生まれているのがすごいなって思うんですよ。
何がすごいかって、やっぱりあの、
「細気的」じゃないってところがね、すごいんですよ。
確かに。
あのね、アウトライナーの最大のすごいってことは、
「細気的」でどの構造と言ってもどこでも一緒っていう、
あの美しさなんですよ。
その美しさは、いわゆるさっき言われた理系の方にとっては、
多分ね、壊してはいけない美しさなんですよね、そこは。
それをね、あっさりじゃないでしょうけど、あっさり飛び越えてるっていうところ、
機能を重視して、細気を壊している、壊せているところっていうのがね、
僕からしたらね、なんかすごいですよ。
なんか、あの、コロンブスぐらいすごいですよ。
確かに、確かに「細気的」じゃない。
「細気的」じゃないってよりも、「細気的」じゃなく見せてるのかな。
うーん。
でもその意味でもアウトライナーじゃないんですね。
特にプロセス型は一番違ってて、
さっきも言ったように、平面にあの要素が全部置いてあるということが重要なわけで、
どっかの特定にズームして使うっていうのは、基本的には別の用途でしょうね。
だからあの平面にあの要素が並べていくっていう行為そのものに、
あの価値があるんで、ところがすごいなって思ったのと、
あとね、細かいところがね、気が利いているというか、
さっき言ったその空行にはバレットがないっていうのもそうなんですけど、
最近あの折り畳み機能っていうのがついたんですよね。
階の階層をオプションコロンかなんかで、
セミコロンかなんかで消せる、あの、折り畳めるんですけど、