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2022-12-29 1:03:29

第百十九回:Tak.さんと2022年の振り返り

00:00
内合わせキャスト第119回ということで今回もゲストにたくさんおかえりしております。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
一応今回、今年が最終6週6日放送日ということで、毎年恒例の今年の振り返りをやってみたいと思います。
はい。
しばらく振りなので、ライフフラッグニュースがいくつかあるんですが、リードワイズという後で読む系のサービスですかね、これは。インスタペーパーとかあの系だと思うんですけど。
あれがwebアプリ、iOSアプリもあるのかな。
レッドワイズ、リードワイズリーダーというのを出しまして、なんとこれRSSリーダーなんですね。
ウェブで使えるRSSリーダーで、この前、大分前デイブ・アイナさんもFeedlandっていうのを出して、なぜかRSSリーダーが復興するっていうのがあって。
たぶん最近のTwitterのゴタゴタもあって、ニュース環境とかを見直そうという動きがもしかしたら広まってるんじゃないかなと個人的には予測してるところです。
そうですね。
はい。で、FeedLeaderはデザインがモッツァレラしてるんですが、このリードワイズは現代的なモダンアフォルになってます。
まだベーターなんですけど、たぶんリードワイズリーダーで検索したら見つかると思います。リンクも貼っておきますと。
あと、Evernoteの10.5010というバージョンが出まして、新しい機能というわけではないんですけど、これまでノートリンクを作るときに、ノートリンク先のページに行ってノートリンクを取得して貼りたいページに戻ってくるという二度手間が必要だったんですけど、
はいはい。
その後、入れたいページでリンクを挿入というのを出すと、ダイアログが出て、リンクを貼りたいページを検索してそのページに挿入するという動かずに挿入することがようやくできるようになりました。
まっとうな進化です。
そう、これは唯一、唯一じゃないけどまっとうな進化で。
スクラップボックスだったらもう登場した瞬間からできた機能だったんですけど、できるようになった。あと、挿入できるリンクの形を確か選べるようになって、これまでは通常のテキストリンクの緑版、青じゃなくて緑色のリンクだったんですけど、
ちょっとカッコいいサムネイルが入ったようなバージョンとかも選べるらしく、その辺はユーザーの好み次第で。とりあえず動かずに作れるようになったというのは偉いというのと、おそらくそのことによってノートのタイトルをもっと的確につけた方が良いだろうという気分が高まるでしょう。
なるほど、そうですね。
もう1個、Spotifyから2022年打合せキャストのまとめというレポートが届きまして、このチャンネルが1686分の新しいエピソードを作成したらしく、1回録してるくらいなので。
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長い。
当然日本が一番多くユーザーが多くて、次がシンガポールなんですね。その次に米国と。どこから読まれてるのかわからないですね。面白かったのが、25%のリスナーがあなたのエピソードのほとんどを聞きましたということで、かなりヘビースされてるんだなというのを驚きましたね。
ありがたいことですけど。
結構インターネットっていうのは通り過ぎられることが多いんですけども、じっくり聞いていただけてるのかなということです。今年もありがとうございます。来年もよろしくお願いしますということで。
あともう1個、Lifehackの同個過去2020年版がようやく発売となりました。今回もたくさんに原稿をいただいております。去年版と全く同じものですけども。
今年は新しく書いたわけじゃないです。
1+2名の方に原稿をいただいたのと、既存の方にもいくつか追記というか新しい記事をいただいたりもしております。
前回まではツールカタログっぽかったんですけども、今回は読み物的コンテンツが2つ増えまして、前回まではアウトラインプロセッシングミニニューモンみたいな読み物が1つあったのが、
タスク管理ツールスタディと文芸的プログラミングと原稿執筆への応用というコラムみたいなものをいただいております。
非常に雑誌っぽくなった感じがしますね。
面白かったですね。
他の方の新しい原稿を読んでなかったんで、新たに読んだんですけど、面白い。
面白いというか、ちょっと他には見つからない感じの雑誌というかコンテンツというかブック本みたいになってて、両方面白いんですけど、
タスク管理ツールスタディは今までのタスク管理系ではなかった切り口の物語になってまして、
同じ状況にあるような人たちがツールを違って使うとどんな風に使えるのか、どんな風な使い方をするのかというのを明示したもので、
文芸的プログラミングは僕らがよく言ってるやつなんですけど、
コーディングとコメントを一つのファイルにまとめるっていうことができるといいよっていうので、それがEmacsとかOagModeの考え方で使えるよということで、
やっぱり面白いなと思うのは、NotionとかEvernoteとかっていう割りかしして最近のモダンなツールと、
Emacsはモダンというのはちょっとありがと思うんですけど、古いタイプのツールの情報が一つにまとまっているということ、新規を織り混ぜた感じがこの出しのいいところかなという感じがします。
というところで、お知らせ等はそこまでで、一応今年の振り返りということで、また概要欄にリンクを貼っておきましたけども、
お知らせ等は2020年配信リストというページに、今年の配信リストを作っておきました。
第94回がスタートで、今回抜くと108回までが今年1年分と何回だっかな?
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118-94、24回ぐらいかな。1年が52で考えると、だいたい2週間に1回ぐらいのベースでやってるという感じですね。
だいたい穴の空き方はだいぶバラですけども、ほぼ全てたくさんですね。
今年は他のゲストいなかったんですか?
そうですね。そんなに余裕がなかったということだと思いますね。結構割はしばたばたとしたんで。
年始は、Revisionの話を結構おっしゃいましたね。発売されたんで。
それ以外は書くことの話が多かったのと、あと僕が途中でトンネルチャンネルっていうのを始めたっていうところ。
あとは、TASCANの基本的な話を振り返るとか、Post Evernote自体どうかっていうような話が多かったですかね。
ゲスト回が少なかったんで、特筆することはないですけど、大きいテーマとしてはPost Evernote的なものって何だろうというのが、今後も引き続き考えられていくテーマかなと思います。
そうですね。Post Evernoteと、あと改めてTASCANとかGTDとか、もう一回見直してみませんかというような話もよくしてた気がします。
そうですね。それはまさにこれから考えていくべきところでしょうか。
あとは、珍しく動画でやった会がありまして、テキストボックスのお披露目会というのがあって、これもまたどこかでやりたいなと思います。
そんなとこですかね。お茶世キャストの1年間はそんなもんで。
これ全部みっちり聞いてる人がたくさんいると思う。
ツイートマークが25%あるという。
話がさせられるんですけど、ここで僕らが語ったことをやっぱりちょっと本とかテキストの形に起こしたいなという要求がありまして。
僕もずっと思ってますね。
その精度の高い書き起こしツール使って、かなりきれいなラフが上がってきて、そこから手入れてっていうところを、
もしある程度簡略ができるんであればちょっとやりたいなとは考えてます。
最大の問題は自分が何を喋ったらいいかも。全く覚えてないということなんですね。
そうですね。だからむしろ、この会を決めて聞きながら起こしてた方が、
個人的には僕がやるんだったらその方がむしろ楽かな。
どれだけ精度を高く自動で起こしてくれたとしても、結果的にその方が楽なんじゃないかなという。
強制的に聞くんで。
確かにね。
思い出す手間が実はなくなるんですよね。
そうかそうか。
僕はそのまとめ方ですよね。単純に打ち合わせキャスト90回から100回まで分をテキストにして電子書籍にするか、
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テーマ別でテーマの別の本を作るみたいなイメージで会を選んでやるのかっていうようなところが一つあるのと、
僕とたくさんの2人が原稿を見なければならないというテーマ、そこがペイするのかどうかっていうところがひっかかるというか、懸念点ですね。
そうですね。
そこそこ売り上げが作れるようになればやる価値はありますけども、
売り上げたいと思ったらテーマ別にした方がいいでしょうね。
そうですね。
じゃあ先はストって言われても分かんないですね。
そうですね。だからその辺の、台段をまとめた本というのがいっぱいあるわけで、それと同じような区切りで作れたらいいですね。
そうですね。ちょっとそれはやりたいと思ってるんですよね。
ただコストとバランスを考えたときにそこまで手は入れられないだろうなという思いもあって、
もちろん読める形に整えるのはいいとして、これを素材にしてまた書き起こしの本というのは難しいだろうなと思うんで、
そうですね。
なんか綺麗な台段本という形で来年できたらなと思ってます。
それぞれの仕事を振り返ろうというのが毎年の一つの大きなテーマなんですが、残念ながら僕が今年ほとんど何も仕事をしていない状況なので、
一応2人で書いたレビュージョンが今年の頭に出たんで、一応2人の仕事ではあるんですけど、ほぼ作業は去年に終わってたはずなので、
終わってましたね。
仕事としては僕はライブハックの道具箱を仕上げたっていうのと、あとトンデンチャンネルっていうチャンネルは仕事ではないですし、あとはもう書籍のプロジェクトを進めたけど完成には至らずというところでした。
具体的な話はまた後でしますけども、たくさんはどうですかね。
同じくほぼ仕事をしていないという、自然に稼ぎみたいなものはやってるんですけど、
特に6月以降は家庭事情でほぼ仕事ができない状態になりまして、
なので唯一ノートの定期公読マガジンのアウトライナーライフというのを、よりによってまた6月に始まっちゃったんですよね。
なので、当初構想していた密度には至らなかったというのはちょっと残念なんですけど、
でもそれは続けていて、公読してくださる方もそこそこいて、
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なのでなんとかそれは続けられているという状態ですね。
明白に仕事ってもうそのぐらいですね、今年は本当に。
まだ状況は続きそうですか、似たような。
ちょっと読めない。
ただ最悪の時期は出したように思える感じですけど、
何回かそう思ったらまた戻っちゃったりしてたので。
はい、わかります、それ。
でも多分一番最悪な時期は出したんじゃないかなっていう感じですね。
だからこの仕事で頑張ったからこれみたいな話がほとんどないんですけど、
一応メルマガに書いたんですけど、
並行プロジェクトを進めるということをやっていたんですが、
ことごとく失敗したというのを経験した1年でしたね。
失敗確定ですか?
それはもう確定だと言っていいと思います。
やっぱり前々から十分わかってたんですけど、
2冊の本を並行して進めるのは無理ですね。
無理と言っちゃっていいですね。
で、11月半ばぐらいから、
とりあえずライブハックの動向箱は年内には完成させなければならないし、
僕が舵取りなので他の人にまた出せることもできないっていうので、
その後並行で進めた作業を一旦クローズしたんですよ。
そうしたらものの見事に進むんですよね。
なるほど。
だからやっぱり知らんまに気が散ってたんだなというのがありまして、
並行で進めるっていうやり方で参考にしたのが、
作家の森広司先生ですね。
「すべてがFになる」みたいな推理教室とかで有名な方なんですけど、
あの方が結構集中して10分かいたら別の作業をするみたいな、
そういう切り替え方式で進めておられると書かれていて、
僕も例えば1時間原稿を書く時間を取ったとしても、
キーボードをタイプしてる時間を振る1時間じゃないわけなんですね。
やっぱり考えてる時間みたいなのがあって、実動時間もっと短い。
じゃあ手が止まったところで別のプロジェクトの原稿に移ればいいじゃないと、
合理的に考えたわけですよ。
で確かに文字量は増えるんですよ、それやると。
ただ全然形にならないんですね、そのやり方を進めても。
で、森先生の話をよく分析してみると、
彼って頭の中で完成してから書くらしいんですよ。
もうあとはもう打つだけっていう状況になって、
タイピングするだけっていう状況になって、
ようやく筆を下ろすみたいなことを言っておられて、
それなら確かにそのやり方もできるやろうなと思ったんですけど、
僕は考えながら書くタイプなんですね。
だから考える時間を取らないと、
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なんか意味のない文字列を生み出しているだけなんですね。
だからその、実動が30分しかない、
その残りの30分考えているだけっていうのがやっぱりこうセット、
当たり前の話してますけど、セットなんですね。
その、実動時間だけを抽出して、
うまく密度を上げられるっていうことは、
まあ無理なんだなと。
いうことを今年1年かけて学びましたね。
いい学びです。
そこはもうどうしようもないんだなと。
テクニックを労働が、そこを効率化することだけはできないんだなーっていうのは、
だいぶ痛い経験値を支払って学んだなというところでしたね。
書き方のタイプによるんですよね。
そこは大きいと思います。
だからもう森先生は、時速6センチとか言われたかな、
5センチとか6センチとか言われて、
やっぱりもう止まってないんですね、基本的には。
もう全部タイプしてるだけ。
だからもう頭の中に完成項があって、
それをただ写してるだけっていう状況で、
そのやり方やったら多分切り替えとかも簡単にできるんでしょうけど、
やっぱり脳内でそのことについて考えている空間を立ち上げなければならない、
いい僕のような書き手の場合は、
そういうシュッシュシュッシュっていうのは多分できなくて、
むしろある程度作業してエンジンが温まってきたらようやく乗るみたいな感じの人間に、
その10分切り替え方式をやると、
エンジンがいつまでも温まらないみたいなことになってしまうんだなと。
この辺はやっぱり自分の性質とやり方っていうのをちゃんと合わせていかなあかんなっていうのを、
基本中の基本みたいなのを再確認した1年でしたね。
なるほどですね。
でもあれですよね、書籍みたいなものを並行作業できたりとか。
そこは面白いんで、
例えば別仕事は普通に書けますし、メルマガも書いてるじゃないですか。
でも書籍は無理っていう。
やっぱりメルマガにも書きましたけど、クローズの単位が全然違うと。
メルマガとかは書け終わったら、少なくとも次の週その原稿を書き始まりまでは
そのことについて何も考えなくていいけど、
本っていうのは常に未完成の状態で進んでいるんで、
それについての考える余地、マージンが広いと。
だからいつまでだっても考え続けている脳が状態になっている。
それを2つ並行で進めることはできないと。
これが感覚的に、意識的に切り替えられるだろうと思ってたんですけど、
やっぱり無意識の領域の話なので、
意識では制御できないんだなと。
だから逆にゲラを直すレベルまで進んだら平行で進められるんだよね。
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もう閉じちゃってるんで。
だけどゲラに入るまでは、僕の中では大幅な小の構成の変更可能性みたいなのを
まだ僕は引き受けてるんですけど、脳内で。
つまり脳が使用しているメモリの領域が非常に広いんですね。
結局1冊の本っていうプロジェクトは。
それを2つ抱え込むことはできないと。
連載の場合はそれがちゃんとメモリがアプリケーションを閉じるみたいな感じになるので、
バッティングしないというか、メモリを食いすぎないからちゃんと平行で進められると。
だから1冊の書き下ろしじゃなくて、2冊の本でも1冊が連載を書いてそれをまとめるみたいなのが多分できるんですね。
ここら辺の作業のアレンジの仕方は多分いくらでもできると思うんですけど、
根本的にオープンなプロジェクトを2つ連合して進めることはできないんだなっていうところですね。
あれですよね。メルマガにも確か書いてたと思うんですけど、
やってないときも頭の中で進んでるんですよね。
そこは僕の中で意識では見えてなかったから、その隙間に何か埋めだろうと思ってたんですけど、そうではなかったと。
この辺りが隙間時間という考え方の危険なところですよね。
それが有効な場面もあるし、それをやろうとしちゃいけないところもあるし。
と思いますね。
これ本を読む場合とかでも結構一緒で、
立て続けにずっと本を読むと効率よいような気がするんですけど、
実は僕らって本を読んだ後、その本について考えてる時間があるんですね。
ふと思うとあの本ってどういうことだったんだろうって考える時間があるんですよ。
そのことによって本への理解が深まるということがあるんですけど、
常に絶え間なく本を読んでるとその時間が失われてしまって、
その読んだとしても読む進度が浅くなってしまっている可能性があるんですね。
福橋さん絶え間なく本を読んでるように見えるんですけど。
見えるんですけどね、でもそうでもない。案外そうでもないですね。
違うんですね。
結構僕はその本について考えてる時間があって、
言っても車乗ってる時とか、移動中とか、
僕がオーディブルとかを聞かないのはそのせいなんですね。
そこの空白時間を設けたい、そういう移動とか、
そういう期間はできれば脳を開けておきたいので聞いてないっていうところがありますね。
だから効率化の罠というか、指標がどうしても測れるもの、
見えるものだけになってしまうので効率化っていうことを進めようとすると。
そうするとさっき言ったマージンの価値みたいなのが、
ちょっと見えなくなってくるところはあるよなぁとは思います。
そうですね。
でもやっぱ効率化をしないと時間が作れないっていうのもあるんで、
その効率化をしなきゃいいっていうもんでもないと思うんですけど、
どこを効率化してそうしないのかっていう、
そのジャッジを一つ上のレイヤーから見ていかないといけないなぁという感じですね。
21:01
そうですね。
仕事をほとんど知ってないけど、テキストボックスは結構開発してる。
これも結局、きれいにできるからなんですね。
そのツール開発っていうのが。
ツール開発はきれいにできるんですね。
でも大きなものを設計してやろうとしたら多分できないんですね。
テキストボックスの場合は個々のページをデザインしていくだけなので。
そうですよね。
だからそこも結構やりやすいし、ついやってしまうというか。
これも細かく切り替えようとすると、ついついテキストボックスを開発してしまうという悪い弊害が起きてしまうんで。
テキストボックスの話見ながら面白いなぁと思いつつ、
「橋田さん、逃避?」とか思いながら動いてる。
間違いなくそうね。
逃避してると思って。
やっぱりまとまった時間に原稿を当てるってことをせずに細切れ押しようとすると、
そういうふうに逃げてしまうのはもうどうしようもない不国側面があるんで、
そこを改めたいなというところですね。
ツール開発、ツール開発が面白いし、実績にも繋がってるから別にいいんですけど、
そればっかりしてるわけにはいかないんで。
その辺のバランスを取り返していくというところで、
11月、12月は驚くほど仕事が進んだんで、
それをもう一回維持しようかなというところですね。
いろんなところにいろんなホイホイ参加するって言って、
約束を全部守ろうとするとひどいことになるということですね。
それはそうですよ。
まったく前の話なんですけど。
それはそうです。
しっかりと切断、あ、切断話で言うと、
仕事の連載を今年で終わりにしようという話でして。
それもまあ。
長きで渡り。
そうですね、特に今年は1年かけたテーマの連載だったんで、
だいぶ後半進路があったんですけど、
結構好評でしたね、今年の連載は。
いろんな方から面白かったと言ってもらいましたね。
いやー、そうですよね。
まあでも、よくここまで来たなという。
確かに。
感じもしますけど。
30冊くらいでちょっと気が遠くなる気がしましたけどね。
本自体はもちろん、
ラインナップ100冊なんていうのは余裕であるんですけど、
だんだん飽きてくるんで、文書の書き方とかも変えながら進めてましたね。
やっぱりね、なかなか自分で全て出会うっていうことは不可能なので。
特に現代は難しいんじゃないですかね。
やっぱり連載形式でずーっと同じテーマで追ってくれるっていうのが
結構貴重だったんじゃないですかね。
あれは仕事のという媒体があった。
あれをメルマガでやろうとすると、
僕自身にこれ続けていいんだろうかみたいな罪悪感がきっと芽生えてしまうんで、
ああいう媒体があったのからこそできたかなという。
メルマガとは違う独立した媒体があったからできたかなというところで。
で、やっぱり自分の中でもテーマを決めてちゃんと書いてやると、
24:04
あれをまとめて本にしようという危害も高まってくるんで。
いい感じの連載だったなと。
やっぱり連載するには、自分が多少しんどくてもきちんとテーマを掲げて書いた方が
あとあとはいいかなという気がしますね。
まあそんなところかな、今年の仕事といわれるところは。
だから終わった仕事は少なめだけど、
水面下で進行はいろいろしてるということですよね。
まあそうですね。
いろいろ進めてて進み切らなかったのが、来年から目を出し始めるかなというところで、
まあこう期待というか、
まあ結構時間が入ったおかげで、
スペノオで、スペノオのちょっとある程度人気があったおかげで
ちょっと語りの力が入ってたんですが、
なんか抜けてきたかなという感じがします。
やっぱりこの時間が必要やったんかなという感じがちょっと自分の中で。
やっぱりちょっといい本にしたろうっていう、色気っていうか、それが出てた気がしますね。
いろいろというやつですね。
どうしても出てたのか、ちょっとこの時間の経過で抜けてきたかなという感じですね。
そこらへんはもう、やっぱり制御できないっていうところがあって、
制御できないって言って支配できないっていうことなんですけど、
これとどう付き合うのかっていうことなんですよね、そういうものたちと。
で、いわゆるライフハック、仕事術っていうのは、
簡単に言うと管理してやろうっていう意気込みじゃないですか。
でも、どこまでそうしようとしてもできないものっていうのが出てくると。
一つは外部的な環境ですし、もう一つは自分の肉体とか、
精神の奥側にあるもの、心想心理みたいなものっていうのは、
僕らの意識ではどうしようもない。
こういうものとどう関係性を結ぶのかっていうところが、
いわゆる単純なノウハウに欠けてる視点ですよね、きっと。
そうですね。
で、そこをどうするのか、
そこはたぶんライフハックが答えてこなかったことですし、
たぶん答えていかなければならないところな気がしますね。
だから僕は今ライフハック2.0っていうのを考えるとしたら、
そういう管理不能性の中での管理みたいな、
アンビバレントなものを考えるのではないかなと。
だから管理を手放せばいいという話は、
たすがに単純すぎると思うんですけど、
全てを管理したろうという意気込みは、
逆に自分が飲まれてしまうと思うんで。
で、迫力がある話っていうのは、
当然全部を管理してしまおうっていう話だと思うし、
ノウハウではそっちのことは受けると思うんですが、
そこにある無理というか歪みっていうのを見据えた上で、
じゃあ何ができるんだろうっていうところかな。
だから、7月の週間とかの事故啓発っていうのは、
27:02
基本的に主体性を大切にするんですけど、
行き過ぎた主体性っていうのは、
先言った管理、もうはや支配に近い管理っていうことに至ってしまうんで、
そことは違う、それ自身を脱構築した別の管理というか、
管理という言葉じゃないものがいいんですけど、
関係性を結ぶノウハウのあり方みたいなのが、
たぶん来年、自分の経験も踏まえて、
来年の大きなテーマになるんじゃないかなと思いますね。
なんか広い意味でのエゴとどう作り合うかみたいな感じですよね。
そうですね。
エゴをゼロにすりゃ、ある種下脱みたいなところにいられるわけですけど、
でもそこまで単純じゃないとは思うんですよね。
ないですね。それがなくなったらたぶんダメなんですよね。
お気柄になっちゃう。
そう思います。
しかもエゴって管理できないんで、
そうですね、確かに。
うごめいて育っていっちゃうものなので。
管理しようというのがエゴですからね。
つまり、管理しようとするとエゴは強まっていくという。
それこそ仕事の迫力みたいなものの源泉でもあるんですよね。
だけど、それを野放しにすると、
全てがそれで食われてしまうという面もあるし。
で、やっぱりタスク管理、ライフハック的なものから抜け落ちているものの一つだと思うんですよね。
僕はやっぱりマンダラートが好きだったのはそこに目を向けているっていうことだし、
それをアウトライナーでやりたいなと思って、
そのライフっていうアレを出したんですけど、
まあでもやっぱり扱い切れてるとは思えないので、
大事な視点ですよね。
その自己啓発、いわゆる狭い身での自己啓発からもちょっと欠落している。
単純にそれは悪いものですよって考えちゃうと、また違うんですよ。
いわゆる第1、第2、第3、第4領域の第4にあったのかな、だから。
余計なもの、邪魔なものっていう位置付けになっているものっていうのを含めてその人っていうことですからね、要するに。
第4領域に入ってしまいがちなものの中に、実はすごく大事なものがある。
はい、そうですね。
かもしれないっていう。
まずはそうです。その「かもしれない」性が多分重要ですね。
重要やと言い聞いてしまったら反転するだけで。
そう。
だからそこの辺の「かもしれない性」っていうのは、デジタルツールでは一番扱いにくいものですけど。
30:07
そこら辺が問題ですよね、基本的には。
だからやっぱり紙で手書きじゃないとっていう感覚の中に含まれてるので、その部分でもあるんですよね。
そう思いますね、そこは。
辛い時に、いやでも頑張るんだって、例えば思った時に、その時に紙に書く時の字って違うんですよ。
確かにね、そりゃそうですね。
刻み込まれるものが違うんですよね。
そういうものっていうのはやっぱりデジタルに打ち得ないものだったりするんで。
確かに。
あんま話してない。
まあでもそうですよね。
まあそうですね、身体性っていうものが、デジタルは一番邪魔なものであって。
それが剥き取られるから効率化されるわけで、
「かもしれない性」と「効率性」っていうのがトレードオフに絶対になるわけで。
だからそこの観点、でも僕の中でライフハック=効率化ではないので、実際のところ。
むしろライフハックスっていう観点の中でさっきのエゴとの付き合いっていうのが僕の中で含まれているはずなので、
むしろこれこそライフハックっていう気がしますよね。
そうです。それは本当にそうだと思います。
だからその意味で新しいライフハックを読み替えるみたいな仕事が、
まあ多分できるんじゃないですかね。
人文的な意味での読み替えっていうのができるんじゃないかな。
そこでノウハウとかコツっていうものもきっとあるはずで、
もちろんそれだけでは解決しえないですけども。
それは考え方を変えてくれるようなものってことなのかな、要するに。
そうですね。
管理できないものを管理しようとするノウハウっていうのはたんするわけですから。
管理しなくていいよっていうのは心持ちの問題であって。
例えばさっき、あ、ごめんなさい。
マンダラとの話をしたときに、
なんかこう、ついやでロジカルに管理するような、
特に大谷翔平の流れでマンダラとしてた人って、
八つあって、八つの周辺がまた展開されて、
64号のセルに書いてあるイメージがすごく強いと思うんですけど。
例えば、エゴって考えたときに、一番真ん中に何を書くかっていう。
そうやってロジックじゃないんですよね。
何を中心に置くか。
じゃあ何を中心に置くのかって考えることがまさにエゴの部分を、
管理せずに意識することなんですよね。
管理はしないけど確かに意識はされますね。
それは確かに。
33:01
マンダラとの開発者の今泉さんが言うには、
例えば仕事についてマンダラとで考えるときに、
つい真ん中に仕事の論理に乗っかっちゃって、
例えば会社のリエクタイ、会社への貢献って書いちゃいがちだけど、
それじゃダメでしょ。だけどそれも必要なんですよ。
だから例えば仕事のマンダラっていうのを作るときに、
例えば会社への貢献が真ん中にあるマンダラが一つあり、
自分が真ん中にあるマンダラがもう一つあって、
それぞれ展開しますと。
それを重ね合わせたときに矛盾するのかしないのか、
混然一体となったものが仕事のマンダラなんだよ。
なるほど。
っていう言い方をするわけですよね。
それっていわゆる、それこそ例えばアウトラインの形でも表現できないし、
ツリーでも表現できないし、
ネットワーク型のツールでも多分同じことはできない。
ロジックでありロジックではないものを表現する方法の一つとして、
たぶんそれって提示されてたと思うんですよね。
何を真ん中に置くのかで、
真ん中に置くものが矛盾しているとかしていないとか。
だからその真ん中、そうそう。
それを考えることが多分エゴを扱うっていうことだ。
それは別に今井詰さんがそう言ったわけじゃないですけど。
僕はそういうふうに解釈していて、
そういう考え方を取り入れていきたいな、
というか、そう表現していきたいなっていうところはあります。
エゴを管理しなくても、
エゴと付き合い方を変えるためには、
まずエゴを認識する必要がありますよね。
聞いてて思ったんですけど、
その自己啓発的なもので、管理したいというエゴが見えないんですよ。
つまり、そのエゴの中にいるから、
自分がそのエゴにいることに気付けない。
だから自分がこれを管理したいと思っていることが可視化されないから、
そこから抜けてられない。
先ほどのマンダラーと、二つのマンダラーを書くことによって、
自分がこういうことを一方に管理したいという欲望を持っているということを、
初めて可視化できるようになる。
その付き合い方を、またそれぞれの人が考えていけばいいという段階に至れる。
僕らが管理しなければならないという規範性を内面化しているということそのものを、
いかにして理解するのかっていうところからが始まるんでしょうね、きっと。
それが別に人間本来の性質じゃないですもんね。
文化的に植え付けられた、植え付けられたって言う人にちょっと大きいですけど、
36:01
文化的に学んでしまったものであって、相対化できるはずのものですから。
そうですよね。
そう、だから、飛行啓発証を読んでると、
管理しなくてもいいけどしましょうみたいな話にはならないですもんね、絶対に。
ならない、ならないそうです。
管理することが是であるみたいな。
そこを疑えないのは、そこから逃げられないわけですから。
そうですね、だから、どうしたら、どのような手法を持てば、
やっぱりそこはナビゲートが必要でしょうね。
私っていうのを中心に書きましょうって言われないと気づけないことって多分あると思うんですよね。
そうですね。
だからあれが素晴らしかったのは、私を中心に置きましょうって言うと、
これもある種の自己啓発、自己実現系の自己啓発みたいなのになっちゃうんですけど、
それだけじゃないところなんですよね。
私を中心にまず置いて作る。
でも仕事をする以上、それは人とか社会と関わらなきゃいけない。
だから、例えば会社なら会社を中心にしたものも作る。
それを重ね合わせるときに、あまりにも矛盾が大きければそれは成立しないし、
どっちかに一方的に合わせるっていうのも多分違う。
会社のマンダラに100%合わせたら、それはもう単なる会社の下手になってしまう。
いわゆる自粛というものになっちゃうんで。
だからそうじゃないバランスっていうのを結局そのマンダラを重ね合わせながら考えるっていうことになるんですよね。
だから自分、例えばその夢とか目標っていうものがもちろんあるけれども、
その真ん中に自分を置くことは大事だけれども、
でも自分だけでは自分はその存在するようなものだから。
じゃあ他に何を置くのかっていうふうに考えてみたりとか。
だからその真ん中に何を置くのかっていうのをアウトライナーに置き換えたのが、
その上位階層ということになると思うんですけど。
ただやっぱり、平面の中で真ん中っていうのは強いですよね。
強いですし、アウトライナー、マンダラと特に紙をイメージしてますけど、
結局両方ともトップなんですよね、そのアウトライナーって言うと。
その感覚はアウトライナーで書くとどうしてもならないというか。
ならない、そう。ならないんですよね。
で、2つのトップがあって、自分はその2つのトップの中からある種の弁書法的に新しい自分のトップを作っていくっていう感覚に至れると思うんですけど、
ツリー構造の場合はどちらが上かみたいに、さっきみたいに自己啓発の、
自己実現派なのか自己用意派なのかっていう争いになってしまうというところがないっていうところが、
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だからデジタルツールでやるよりも紙の方がよりぽいですね、マンダラとぽい感じがしますよね。
だからツールはさて大きいあれですよね。
だからそういう形でエゴっていうものを管理、
いろんなこと、必要なことは管理しつつ、
そのエゴ的なものを何らかの形で取り込んでいく、
扱うことができるツールだったり手法だったりみたいなものがあるといいなというか、
そういうものを見つけていきたいなという感じはしますね。
仮に段階で区切ると、まずはその仕事のツールとしての手帳っていうのがあって、
その後に保護日手帳みたいな感じで仕事とプライベートを扱えるツールが出てきたと。
でもやっぱりその仕事とプライベートっていう切り分けは、
全て表面的なもの、表面的とかしか表向きなものであって、
さっき言った内側の横みたいなものはあんまり書かれない。
だからそこをさらに奥を含めて仕事とプライベートとエゴみたいなものを全部含めて、
中に入れられて可視化できるもの、
ものっていうか手法かなっていうものが出てきたらよりバランスが良いものになるかな。
だから自分、仕事じゃなくて自分が大切って言うと、
結局またそれは自分に禅不利になってしまって、
非常に歪なものになりますからね、あれ。
バランスって言うとあまり軽いけど、
価値基準が複数の軸があって、その中で構成される点みたいな、
立体的な感じの価値の引き方みたいなイメージが取れたらいいですけど、
だからさっき言ったようにデジタル2の場合はずっとツリー構造になりつつ、
かつ画面に一つしか大体表示されないんで、
同士の異なるものを二つ並べるって結構難しいんですよね。
だからそこの辺も結構難点ですね、きっと。
そうか。
だから千葉先生がツイッターでアウトライナー作るときっていうのは、
もっと格好つけなくて描いた方がいいよみたいなことをおっしゃってたんですけど、
その格好つけない漢字がたぶん英語に近いものを書くっていうことだと思うんですけど、
そうだと思いますね。
その辺はやっぱりある種のテクニックとかノウハウとかコツでサポートできるところですね、きっと。
そうですね。
だから格好つけないっていうのは、格好悪くというよりも難しいんですよね、格好つけないで描くって。
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難しいですよね、きっと。
だって描くということ自体、アウトプット、いわゆるアウトプット、嫌いな言葉ですけど、
いわゆるアウトプットなので、
人に見せるつもりじゃなくても、人に見せるような感覚になるんですよね。
だからその感覚を外すという方法の一つがフリーライティングだと思う。
でもやっぱり20分フリーライティングをするときに、
10分か12、3分目ぐらいまでは格好つけてる。
けど何かのどこかの時点でパシッと切り替わって格好つけてないものが出てくるっていうことがあるんですよね。
だけどそれを外すのにやっぱり10分、12分かかってる。
千葉さんはもしかしたら最初から格好つけないで描ける領域に至ったのかもしれないですけど。
格好つけないで描くというのがどういうことかっていうのも、
結構なかなかイメージするのが難しいかもしれないですけど。
まあ自分の精神的なものですからね、ある種。
でも本当に毎回じゃないんですけど、
やっぱりフリーライティングしてても、
こんなものが自分の中にあるのかって思うことはありますよね。
まあでもそこを見たくないからこそっていうのはあるんでしょうね、きっと。
でも逆に自分の魂はこんなに美しいのかと思う。
もちろんその逆もあるし。
英語って結構きれいになったりすることもあるんですよ、意外に。
それはわかります。
だってだからこそ愛情というものが存在するわけだね。
使命感に燃える科学者も英語ですからね、基本的には。
英語は悪いものだという先入観も捨てたほうがいいと思うし。
ただ、嫌だなぁ俺って思うのも出てくるし。
それはね、見たくないっちゃ見たくないもの。
うん、そう。見たくないものを見ざるを得ない。
まあだから見たくないからこそ普段カッコつけてそれを見ないようにしている。
管理したい欲望ってのはあんまり見たくないから、
自分がそんなもの持ってるとは思わないっていうところから始まっちゃってるっていうのがあると思うんですけど。
そうですね。
ある種の楽さを、楽・効率さを求めてライフハックを手出すと、
絶対にそこは回避されるルートですよね、要するに。
そこをどう逆バイパスするのかっていう。
そんなところなんでしょうけども。
それが上手くいけば全然それでもいいんですけど、
回避できないのに、効率化によって回避しようとし続けて、
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逆にちょっとメンタルがおかしくしちゃうみたいなこともあるんですよね。
あると思うんですよ。
あるというか結構未期にするんですよね。
そうやって囚われてしまう人生をハックすることが多分新しいライフハック、根源的なライフハックと言うんかな。
別の名前で読んでもいいんですけど、
あえてライフハックと呼ぶことに面白みを感じてるんですが。
ハックってでもあえて意図的に表面をっていうニュアンスもありますね。
ありますね、確かに。
これもでも面白い話で、簡単ではないけど、
でもだから難しいって言って放棄していいもんでもなく。
フリーライディングは特に一人ですると、いくらでも自分で都合を変えられてしまうので、
これは十分かけたって言ってしまえば、もうそれで十分かけたことになってしまうし、
いつまでだっても底の部分を掘り出さへんまま終わってるっていう人もいるでしょうね。
そうやな。
だから難しい。
物語を創作してると、結局そういうのに絶対に直面するんですよね。
堀らざる得ないというか。
その辺の共生力は多分あって、文学の良さはその辺にあるんでしょうけども、
それを実務方面から切り出していく。
でもだからそこらへんの感覚が、
例えばその文学作品を読む人と読まない人で違ったりすることはあるかもしれない。
あると思います、それは。
結構根源的な感じですね。
人間には醜いものもあるし、美しいものもあるっていう、
前提があるのかないのかっていう部分でだいぶ違うでしょうね。
それは確かにそうあるかもしれないですね。
ある意味だから単独の仕事では無理なのかもしれないですね。
それこそ物語的なものがおそらくセットで必要になってくる。
要するに物語を書くんですよ。
そういうことですね、結局そういうことになるんですよね。
それは間違いなくそうなると思います。
結局例えば、ノウハウ本っていう題材で何かコンテンツを作ると、
確実に表面の部分しか拾われないんで、間違いなく。
だからそことは違うメディアの侵入の仕方をしないと。
それは例えば見た目はノウハウ本として書かれてたとしても、
そうじゃないつもりで本人が書くっていう気構えが多分必要。
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それは結局その格好良さを外すってことですよね。
ノウハウ本の書き方において格好良さを外すってことだと思いますけど、
まあでも簡単ではないですね。
まあ特にね、そこで商業出版だった場合、
当然商業出版であることによって要請される。
演出というのがありますからね。
でもやっぱりこの前雑誌の取材を受けて思ったんですけど、
みんなうまくやろうとしすぎて失敗しているということが多々あるんですよね。
そんなに簡単にうまくいくと誰も困ってないわけで、
時間をかけながらちょっとずつ進んでいったらいいですよというような
当たり前の話から入らなければいけないバターンがあるんですけど、
それはやっぱりその格好をつけられたコンテンツがノウハウを教えてるせいっていうのは多分あって、
そこのレベルを変えていかない限り、
僕らは一生そこで困ったことに出会い続けるんじゃないかなと思うんですけど。
出たと思いますね。
し、やっぱり格好つけたレベルでうまくいかないって言って悩むみたいなこともあるし、
自分はなんでこんなにダメなんだということには。
最近のよく聞く悩みっていうのは結構そういうところで、
みんな後ろ側ではすごい足バタバタしてるよねっていうところが結構見えてないところがある気がしますね。
そうなんですよね。
まあね、その悩み自体が表面に表れているものが全てじゃないんで、何とも言えない。
それこそ悩みの表面を見ただけで、そんな悩みはあると言えるものじゃないんですけど。
やっぱり、書いてあることが全てじゃないというか。
書いてある以上のことを表現する各方法がたぶん物語と呼ぶことだと思うので。
だからタスク管理にしても何にしても、自分のそういうタスクなり、
目標だったりそういうものを書くときも、物語だと思って書くといいと思うんですけど。
まあちょっとそれは無期不無期というか好き嫌いがあるかもしれないですけど。
物語風の文章にする必要はないんですけど。
そうですね。
物語のように潜る部分は必要だと思いますね。
特に言うと文学のようにっていうべきかな。
要するにエンタメじゃない方向でという感じかな。
結局ノウハウ文がエンタメ風に書かれてるんですよね。
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細かい部分が全て都合の良く解決を見せる風に書かれてるから、
実際に使用しようとした場合に不正行が起きるっていうことがあって。
読んでて楽しいのは間違いないんですけど。
人間という無尽を抱える存在が実用っていうものに移すと、
そういうノウハウ文っていうのは逆に、逆効果をもたらしてしまうというところがあって。
そうですね。
だからどう書けばいいのかはわからないですけど、
ある種のリアルなノウハウのあり方とかっていうところ。
大げさに言うと、人間の全存在をそこに乗せたようなノウハウの書き方ができるとよろしいですね。
でも僕らも、僕らもって勝手に複数言いしまったけど、
ノウハウを伝えたいというエゴを持ってるんですね、これ。
そうですね、そうかもしれないですね。
不思議なところで。
これも他の人が全員持ってるわけではないエゴなんですね、きっと。
そうですね。
たすけたいと思っているのか、なんなのか。
自分が、その方によってある程度恩恵を得たから、
他の人にも知らせたいと思っている、その電動的な感じなのか。
何かわからないですけども。
それはあるでしょうけど、多分それだけじゃないですよね。
そこも一遍見直す価値はあるかもしれないね、自信の。
書くのが当たり前と僕の中で思ってましたけど、
そうでもない可能性もあって。
僕の場合だと、単純な表現欲求的なものが結構そこに混ざってるんですけど、
じゃあ単純な表現欲求って何の欲求なんだろうって考えていくのが、
エゴの探索みたいなところがあるわけですよね。
エゴの探索っていい言葉ですね。エクスプローラー、エゴ。
僕らはエゴのことをほとんど知らないんですね、結局。
知らないままにしてるし、そのほうが安全な場面もたくさんあるんですけど、
例えばライフハックっていうものが、自分の人生を何らかの方向に変えていこうという試みじゃないですか。
そこでエゴっていうものを知らないと危険ですよね、きっと。
そういうふうには言えますね。
変えるつもりがなかったら別にエゴは知らなくてもいいかもしれないけど、
変えようとしてる対象について何も知らないまま変えようとするのは結構危ないことで。
だからライフハックするためにエゴをエクスプローラーするっていうのは必須ですよね、きっとね。
と思います。
これまでそれがことごとく無視されてきたか、
何かすごい良いものだけで構成されてると想定されてきたか。
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七つの習慣っていうのはほぼそれですけど。
七つの習慣はさらに上位にある価値の部分に結局キリスト教があるわけですよね。
だから成立するところがあって。
だからそういうものがあれば。
あれば成立しないときに僕らはどうしたらいい?
新しい神を作ればいいのか。
それともあの価値基準とは違う価値体系を築く必要はあるのか。
そうですね。
だからもちろん、宗教を持った人、信仰を持った人でも100%信仰に身を預けてるというのは多分そうじゃないわけじゃないですか。
自分の中の「愛語」というものか何というものかわからないですけど、
そういうものと信仰っていうものの間のインタラクションがあるわけですね。
自分の中でそれを信仰を作り上げていくというのが多分本当の信仰だと思うんですけど。
それがなしにその技術論の部分だけを見たときに、
そして例えば自分のミッションとか価値観って考えたときに、
その上位に何があるのかっていうときにそれがなかったとしたときに、
で、そのエゴも掘っていかなかったときに、ふと例えばある日YouTubeを見ていて、
日本島のテキノログのステージを使って何か無敵な何かが出てきたときにどうなるのかっていう。
で、そのどうかなっちゃった例っていうのはいっぱい見かけるわけじゃないですか。
神の存在が前提とされた中で、登っていったときに空虚やったら耐えられないですよね。
そこに何かを挿入するとしますよね。
それはある種の罪深さがありますね。
やっぱりそこを狙って発信している人々が、日本にもたくさんいるし、アメリカにもたくさんいるし、
それが政治まで動かすっていう。
空虚さを前提としないか、その空虚さの代わりに仮に何か適切なものを埋め込めるようにするか。
だから、ギリスト教の場合は神っていうのとエゴっていうのを先ほど言ったインタラクションがある。
つまり価値基準が2つあって、どちらと言うと神が大きいんですけども、そこでの相互作用が起こるから固まりにくいというか、
ある種の状況に合わせて動いていける部分がきっとあって、単一になるとそれが崩れてしまうから偏ってしまうと。
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でも日本の場合、個人主義が発達していて、インタラクションの対象となるものがない。
本来は公共になるはずなんですけど、公共の概念も特になく。
となったときに、村的な、部族的なものになるのか。
やっぱりそういうのとは違う。
でも結局インタラクションを抜いてしまったら、何かの原理主義になってしまうわけで、
それはまずいですよね、基本的に。
だからその上の何かがあるとしてもエゴは必要なんですよね。
で、その上の、例えば神様なら神様でもいいんですけど、
例えば信仰があったときに、その教えと自分のエゴがあって、
例えばそれが矛盾しているときに、もしくはその状況によって教えを実行できなかったときに、
どうするべきか考えるわけですよね。
そうです。
信仰ないんで分かんないですけど、多分そうだと思うんですよね。
で、そこで生まれてくるものっていうのが多分大事なんだと思うんですよね。
それはさっきのマンダラードを重ね合わせるときに出てくる矛盾について考えを、
つまり考えを促す点がポイントなんですね、ここは。
だからその原理主義になってしまうと、それがその考えが起動しなくなる。
とかやっぱどう考えてもエゴ+αは何かがいるってことですよね、この場合は。
ということですよね、きっと。
そこは抜きにはできない。
で、エゴがあればって言ったら、エゴ原理主義になるだけだから。
そうそうそう。
エゴを発動していけばいいっていうことでは全然ない。
だからやっぱり、そういう何らかのエゴ以外の何か。
でも自分がそこに含まれている何かっていうものが必要で、
ある種それがグループやったり地域社会やったり公共やったり、
非常に意識高い系の発言に聞こえるかもしれないですけど、
でもやっぱりそれがないとさっき言ったインタラクションが起こらないっていうのがあるんでしょうね。
そうですね。
だから意識高い系っていう言葉も何かを壊したところがあるでしょうし。
ただ意識高い系としか言いようのない何かってのはあるんですけどね。
意識高い系ってのは、意識が高すぎて現実のリアルが見えてないっていうやりやた思うんですけど、
現実のリアルが見えた意識の高さってのはあるはずで。
そうですね。
そうか。こんな話はどのライバルかもしれないですけど、
エゴ以外に何かを見つけましょうということが必要なんですね。
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そういう言い方なんですかね。
会社でもある種社畜の人の場合は、
エゴを高めて会社とエゴでインタラクションしましょうって話だと思うんですね。
で、英語が見えない人はエゴ以外の何かを見つけるっていうことになるので、
ここはやっぱりさっき言ったバランスじゃなくてインタラクションが適切ですよね。
だからエゴって言うと自分勝手みたいな感覚になるかもしれないんですけど、
それだけじゃないですね。
自己。自己って言うとまたちょっと違う印象になるんですよね。
だから本来的なエゴの意味でいいんですね。
僕らはカタカナのエゴやとエゴイスティックな感じがしてしまうんですけども。
フロイトのエゴはそこまでエゴイスティックなものじゃなかったと思うんですが、
意識の表れてる高さ、深さの違いがあっただけだと思うんですけども。
あ、そうか。でもエゴって言葉使うとフロイトのエゴを思い出しますね。
どっちかというとね。
でも自我って言うとそれはそれで哲学的な概念が顔を出しそうですけど。
僕欲求とか欲望って言い方するんですけど、
含まれてはいるけども全体像ではないような気がします。
でもまあそうです。
ここは己というものが何か、それが己ですからね。
今僕らが謎を装としているものが己って言うことですからね。
を再び、取り返すって言うとおかしいけど。
まあそれを復興させて、しかしそれを独裁させないっていうところができて、
初めてタスク管理とかも正常運転できるようになるっていう。
だからそこが壊れてるのにどれだけタスク管理しても多分一緒なんですね。
僕はそれは強く思います。
だからその根源というかそもそも論っていうところ、
そのめんどくさいところを一回通り抜けないと手軽なノウハウも役立たないし、
逆にそこを通り抜けられたらノウハウっていうのが別の形で活かせるようになってくるという側面もあるので、
ノウハウが無用とは僕は全然思わないし、そういう話はしていきたいですけど、でもそこだけじゃない。
だからノウハウとエゴ周りの部分と、もう一個あってこの3つの点で自分を変えるか人生を変えるってことが言えたら、もっと豊かな気がしますね。
そういうことが来年の仕事になるかどうか。
いい感じで今まとまりました。
わからないですけど、来年にもつながっていく話かなという気がしました。
はい。
違う話をしてしまった気がします。
そうですね。今後の仕事をどう考えていくかという点において結構重要なワードではなかったかなと思いますが、
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そうですね、この辺の話とか、今年のお仕事をどうやったかっていう話があれば、ハッシュタグを打ち合わせ、キャストをひらがなで打ち合わせ、アルファベットキャストまでいただければ、クラスターがチェックしたいと思います。
何かご連絡したいこととかってございますか?
ご連絡したいこと?
頑張ります。
お互い頑張りましょうというところで。
はい。
というわけで今回はこれまでにしたいと思います。お疲れ様でした。
お疲れ様でした。
01:03:29

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