いやわかるね。その記憶で非常によくわかります。
そういう方の多くって、たぶん素材を集めてそのまんまストレートにグルーピングしてボトムアップしようとしてる人がすごく多いので、
そうじゃないんですよっていう話はよくするんですけど、
そこにひとつのやり方、説明できる話が加わったっていう。
うん、なるほどなるほど。
その説明のときに僕が一番言うのは、素材をストレートにボトムアップして組み上げようとするとパンクするので、
その素材は素材で置いたまんま、別に新しくアウトラインを起こして、そのアウトラインの中に素材をはめていくといいですよ。
余ってもいいから、別にアウトラインを起こすんですよっていう話をよくするんですよね。
はいはい、わかります。
それたぶんやってる方は納得していただけると思うんですけど、
意外にそれって盲点になる。
多くの人は素材をそのまんま力技でまとめ上げようとする人が多いんですけど。
まあ小規模ならできるんですけどね。
小規模ならできる。大規模だとできなくなるんですよ。
まあ僕の感覚では150を超えるとまず無理になりますね。
項目数が。
項目数が、はい。
だから結構早い段階で無理になってるってことになるかもしれない。
大地を押し上げようと思ったらそのやり方ではまず無理ですね。
そうです。
そういういくつかこうしたらどうでしょうっていう時そういう時する話があるんですけど、
そこにもう一個すごく軸が加わった感じですね。
うーん、そうか。
まあそっちの話もちょっと広げたんですけど、
その話、アウトラインを2つ作るって話もとても面白いんですが、
1回ちょっと戻りまして、気になってるというかこのセルフパブリッシングっていう行為についてなんですけど、
一人でやるわけじゃないですか。
まあね、執筆ってもともと孤独なもんですよね。
まあ基本的に分析が自分一人にあるわけですから。
そうは言っても、人間の知的生産が個人で閉じることはまずありえないわけですよね。
こうやって言われることですら、今日のたくさんのアウトプットに僕が影響を与えてしまうことはゼロではないわけですよね。
で、無知の科学っていう本があるんですけど、人間の知識っていうのは単独で存在してるんじゃなくて他所とのネットワークであると。
だから僕は何かを知ってなくてもそれを知っている人を知っていることによって知識があるように振る舞えるわけですよね。
で、本作りも基本的には結構似てて、一人で書いてるわけではないんですよね。
非常に視点を広く取れば、もちろん執筆講座は一人でしてるわけですけど。
そうでしょうね。
インタビューと言っても半分ぐらい対談である、こちら側が何かを言うことが大切であるとともに、そのパート2の存在ですね。
パート2はもっと言うとたくさんの考えが出てるわけなんで。
そうですね。だからパート2がなければもっとすごいハイペースで出せるって当たり前ですけども。
それはトレードオフで失ってるものは大きいでしょうね、それはもちろん。
それはそれで、そのやり方もあるんですけどね、選択肢としては。
だからさっきの梅沢さんの言葉で言うと、一つのアイデアを様々な場面にぶつけてみると、つまり自分の持っていることを相手に口に出すと。
それによってまず自分が相手に対して表現の仕方を変えるじゃないですか。
例えば相手の専門分野に合わせてメタファーを変えたりするじゃないですか。
そのことがまず自分の考えを膨らませますよね、確実に。
で、もちろん相手からのフィードバックもありますよね。
それってこうやる。で、その結果も当然自分の考えに変化を与えますよね。
で、これが名前のないシリーズのパート1なんですよ。
で、パート2はさらにその自分の考えを読者にもぶつけるんですよね。
あとはですね、インタビューパートってことですね。
だから対談、全般パートではインタビューとインタビューイがやり取りすると。
パート2では読者と著者がやり取り一方通行ですけど、著者の考えがこっちに飛んでくると。
で、場合によっては今僕がたくさんやっているようにその内容に対してフィードバックすると。
それが土台となってさらにより大きなアウトプットに繋がっていく。
またアウトプットというか質量に繋がっていく。
そういう流れを作らないとやっぱり大きい思想というか体調みたいなものには至りづらいんじゃないですかね。
かけるスキルがあったとしてもその質をまとめきれないような気がするんですね。
体調はもともと無理ですけど、自分だけでは出てこないものが当然出てきますよね。
それは新しい知識というだけではなくて、
やり取りをすることによって新たに自分の中に生まれた説明の仕方というか、言語化の方法っていうのもあるし。
自分の中だけでこういうふうに説明すれば一番伝わるだろうと考えていたことで、
例えば相手に伝わらなかったと考えるわけですよね。
そういう経験によってより洗練されていくなりかと思うかもしれないし、
カーソルメンバーとかの枠がある、僕らは比較的得というか優位というかどう言ったらいいんだろうけど、ちょっと楽な立場にはいますよね。
そういう必要に応じてそういうやりとりが発生し得る環境はあると言えばありますよね。
それを、今日、昨日ブログを始めた人がいきなりいられるかというと、そういうわけでもたぶんないでしょうから。
今こうやって重要では重要だと言いながらどうやって作ったらいいやろうという疑問がまた追加でわいてきたんですけど。
どうやって作ったらいいでしょうね。難しいですよね。
難しいですね。
ブログの読者さんとか本会で呼んでくれた人がいたとしたらその人を誘ってっていう形にはなるんでしょうけど、きっと。
ただやっぱり、セミナーとかイベント的なものに登壇するような機会があったときに、
やっぱりブログっていうのはいいですよねって話になるときに、
たとえばある方が、「私のブログなんてたぶん数十人しか読んでませんから。」っていう意味のことを言ったとする前に、別に誰かが具体的に言ったわけではなくて。
そんなことを言ったら、僕のブログワードピースは何人読んでるのかっていう話なんですよね。
以前のほうがもう少し読んでたかもしれないですけど。
でもブロガーとして有名になったことは一度もないし、個人として有名になったことも一度もない。
だけれども結局、あえてその言葉を使えば、アウトプットしてるうちにある程度の広がりは出てくるわけですよね。
そんなに大きくはないけれども。
しかもその広がりっていうのが、街を歩いてる人に名刺を配るような関係性が薄いものではなくて、何か興味が近しい人たちの広がりですよね。
そうなのね。
まあ一番最初のきっかけは、イベントに行って直接知り合ったみたいなことがあるかもしれないけど。
やっぱり、例えばブログをやっていて、人とつながったバンガーができていくっていうことを言ったときに、
イメージされるのが、すごい有名なブロガーになってっていうことが、そうじゃないというか。
そうじゃなくても十分。
ごく一部の人が読んでいるというだけでも、たぶん実は相当なものなんですよ。
少なくとも僕、1980年生まれですらすごいと思いますけど、
たぶん40歳の人からしたらもっとすごいことでしょうね。
そんなことは考えられなかったですよね、きっと。
そうなんですよ。
それでも今セルファブレッシングだけで食える状況では到底ないですけど、
小さいんですよね。
小さいんですよ、チャンスって。
すごいチャンスってそんなに巡ってこないけど、
小さいチャンスはたくさん。
チャンスとまで言うと機会とか、ただのきっかけみたいなものっていっぱい実はあって。
マリエさんの話の中でもそういうところがありましたよね。
マリエさんもただブログで書きたいことを書いていたっていうところから始まって、
今や商業出版でベストセラーを書き、セリフリリシングでもベストセラーになるっていう。
すごいですよね。
すごいし、すごい以上に、ちょっとこの言い方傲慢ですけど、
書き手として注目してるというか、
この人の書くもんやったらちょっと見てみようかっていう気持ちにさせてくれる人ですよね。
なりますね。
いろんな意味で注目したくなる要素をいっぱい持っていて。
あんま適当なものは書かないだろうな、みたいな信頼感というか。
適当なものは書かないんだけれども、独りよがりにならないというか、
わかるやつだけはあってはいいんだ的にも絶対ならないという。
指の痛い話で。
いやいやいや、そうなんですよ。
マーケティング的なところまで含めて、
総合的にちゃんと考えてやってるっていうところもすごいなと思ったし。
結構勉強になりましたね、そこはね。
ただ有名っていうだけなら運でもなれますけど、
信頼を勝ち取るには別の何かがいりますよね。
そういう人がポコポコいるんですよね、結構。
見回すといっぱいいるんですよ、そこらへんに。
だから本を出すという目標ももちろん大切なんですけど、
マレーシアは種をまくっていう言い方をされましたけど、
僕はピンを打つっていう言い方をよくするんですけど、
ピンって潜水艦が自分の場所を確認するために
周りに音波を打つと反射で地形がわかったりするっていう。
アクティブソナーですね。
そうですね。
結局そのピンを打つと自分が地形を把握するためにわかりつつも、
他の潜水艦がいたときにそこに潜水艦がいることがわかってしまう。
アウトプットって結局そういうことだと思うんですよ。
自己発信とか、場所がわかる、自分ってこういうとこにいるんだねっていうこととともに、
他の人に自分のことを知ってもらえるっていう。
それをするかどうかっていう。
そのピンの打ち方も、例えばこういう言い方あるんですけど、
マック製品が流行ってたマックを紹介するとか、そういうのではダメで。
その人が本当に心からマックが好きだった話は別ですけど。
そうだね。その違いがあるんですよね。
そのいわゆるPVイコール稼ぎ的な方向のアウトプットで、
これは絶対相互的なんですよ。片方ではありえないんですよね。両方が必ず同時に起こるんですよね。
面白いですね。その通りだと思いますけども。
だからそういうことをしていけば、どうやって場が作れるかって話で言うと、
そういう偏った熱量を持った発信をしていると、最初にちっちゃい繋がりが生まれて、もしかしたら広がっていくかもと。
20人、10何人しか読まれてへんって、その10何人が熱心に読んでたらそれはもうすごいことなんだよね、実際。
街に立って刺繍を配るのとは、これはノーノーにならない。
ならないですよね。
だいたいカーソルっていう雑誌も、基本的にインターネットで見かけた人と僕が声かけただけの話なんでね、あれ。
そうですね。
ただ一方では、7、8年前よりも、今の自分がただブログで発信していて何か繋がっていくということに繋がる可能性は低くなっているかもしれないところがあるので、
今なら違う形になる有効なのかもしれないですけど、ただ基本は変わらないですよね。
やることのベースは変わらないと思います。ただ場が違ったりメディアが違ったりっていうのはあるとは思います。
そこの問題は僕も常に考えててね、
結局Google検索の上に行かないと見えてこないっていうのと、
最近ソーシャルのシェアされる情報も結構偏りがあって、
あんまりライフワークネザーとかも広がらないんで、
だから見つけられにくいっていうのはあると思うんですよね。
その辺はどうにか、僕がどうにかできる問題ではないですけど、何か変化があったらいいなと思ってますね。
あとトラックバックをスタレさせてしまったのは大きな損失だなと思うんですね。
でもそれは仕方がないですね。スパムがすごすぎたっていうのは人力じゃないんでね、あれは。
トラックバックがあった頃は、いわゆる対話というか対談があったんですね、ブログは。
わざわざというか、こうやってポッドキャストしなくても記事と記事の対話があったんですけどね。
アンサー記事というものがありましたよね。
ありましたありました。
そのアンサー記事に対するアンサー記事みたいなのも結構普通にありましたからね。
まあ今では難しい。
例えばスクラップボックスにそういう人を集めて、意見のやりとりっていうことはできるんですけど、
そもそもとして存在を知られてない人は誘うこともできないんでね。
そうなんですよね。
あとスクラップボックスにいっぱい書いていても、その外にいる人から見つけられる可能性は限りなく低い。
低いんですね、確かに。
だからそこですよね。
昔は以前だったら、7、8年前までならブログを書いていれば、何かしらの経緯で見つけられることもあり得たかもしれないけれども、
堀さんの新刊もたぶんその辺に出るだろうということで。
なんかそれに合わせて出せたらマーケティングにはいいなと思いつつ、
完成がそれに追いつくかどうかはまだ未定というところですね。
7章ぐらいですか?7、8章ぐらい?
今のところ7章ぐらいですね。
ちょっと仕掛けはあるんですけど、7章ぐらいです。
まあその辺は蓋を開けてみての楽しみ。
そうですね。自分的には面白い本になるだろうと確信してますけども。
まあでもすごいそれは内容的には読みたい、読みたい内容ですね。
書きたい内容です、非常に。
で、全然次の話でそれが終わったら、もうちょっと短めの技術書というかテクニック書かな。
エバーノートとかスクラップボックスの使い方みたいなのを、
ちょっと細かい本を入れてまた大きい本みたいなサイクルに戻ろうかなと。
とりあえずこの本完成するのにものすごく時間がかかってるんで、
一回終わらせて次にショートステップにしようかなと今のところ考えますけど。
倉下さん、こんなに時間かかってるの珍しいよなと思って。
いやーほんまにね、本当に驚きましたね。
まあ今までの本とはちょっと性質が違うんでしょうね、きっとね。
しかも多分こういう本を書いたことがない。技術書じゃないんでこれって。
そうですよね。
何かを論じてる本なんで、それは多分今まで書いたことがなかったんで、そこも戸惑いもあると思うんです。
ありがとうございます。
ということで、ということはケース3のインタビュー書き起こしが進んでいって。
書き起こしをちょうどしてるぐらいですね。
話はもう聞き終わってるってことなんで、一応パート2の書きたいことみたいなのもちょっと見えてきつつあるってことですね。
全然見えてないです。
そこが2ヶ月かからないかどうか。
どうかできるかがまだわからない。
そう言われるほど読みたくていいですね。
まあでもね、それはやっぱり楽しみなのもあるし、誰をやる相手にするときもそうですけど、
インタビューしてるとね、あるじゃないですか、自分の声を聞いてうんざりしちゃうというか、
声もそうだし、やっぱり自分の力不足をありありと感じるわけですよ、それは。
やっぱりそれで、こんなんでできるのかなと思ってるぐらいの段階ですね。
なるほどね。そこをくぐり抜けて、来年ぐらいに出るといいなぐらいで。
さらに年にもたらないと思うんですけど。
これはケース12ぐらいまで僕は言ってほしいんで。
候補者はまだ何かいるんですけど、ちょっとわかんないですね。
一回止めて別のことをするか。
あんまり同じことをやりすぎるのもまたちょっとあれなので。