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皆さん、おはようございます。 雷鳴龍馬です。
今日は311の時に、実は私が感じた、また違う意味で私が感じたことを、皆さんと分かち合いたいと思います。
あの日、私は何もできませんでした。住んでいたので、仕事というもの、そういったことを何もやらずに、住む状況にあったのです。
何を言いたいかというと、本来であれば、いろんな意味で忙しく、そして集中して、東北のサポートをするべき立場にあったのですが、できなかったのです。
とても悔しい思いをしました。皆さんは何を言っているのか、ちょっとお分かりにならないと思うのですが、やらねばならないこと、やるべきこと、そういったものがない状態というのに、皆さん、陥ったことはあります
か。
日ごろいろんなことで、こんなことをなんでやらなきゃいけないかとか、やらねばならないことがこんなにたくさんあると思って、不平不満を抱えている方はいらっしゃると思うんですが、やってはならない、やることが何
もない、それこそが実は一番つらい苦しいことであるという体験をいたしました。
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いろんな意味で全く違う体験なのですが、何が言いたいかというと、人から求められ、そのために何かを行うことがある、その状態に実は感謝すべきなのではないかということです。
仕事が何もなく、自分の意思で何かをやるという意欲も湧いてこず、仕事というのは与えられるものだというふうに思っていたのに、何もない、やらなくていいという状態はつらいものです。
と言ってみると、やらねばならない、やることを求められている、そしてこれをやりたい、そういったことができるだけでとてもありがたいのではないでしょうか。
私が以前紹介した、ありがとう、おかげさまで運がいいんです、周りの人にいいことをしていればいいんですという、青植井の最後の周りの人にいいことをすればいいんですという、そこに集中して何かを成す、それが
できるだけで、
実は、人は幸せなんじゃないかと思った次第です。
被災した方々に対しての合唱、そういう意味もあるのですが、あの時体験した無念さや、この境遇に対しての悔しさや、そういったものを一年に一回思い出させられる日ではありました。
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こうやって生かされている自分を感謝し、そして一日一日、周りの方々にいいことをしたらいいんですという、単純な思いで、これからも生を全うできればと思った次第です。
伝えづらいことではあるのですが、何を伝えるかというと、やることがあるというだけで自分は幸せなんだというふうな思いも必要ではないかと、そういうことを皆さんとシェアさせていただきました。
今日も一日健やかにお過ごしください。ありがとうございました。