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みなさん、おはようございます。雷鳴龍馬です。 今日は以前お話ししたことがある
J.Shetty さん からの学びを
みなさんとシェアしたいと思います。 これはもうちょっとした
考え方、ちょっとした ことなんですが
とても 納得する
ことが語られていました。 自分の感情を感じる
ものですね。 その感情そのものは
自分とイクオールではない。 そのものが
まさに自分そのものではないという そういう教えです。
例えば、私は怒っている。 私は怒っている。ではなく、私は
怒りというものを感じている。 どうでしょう?
自分がそのまま怒っているという感情
ではなくている怒りですね。 怒りというものを感じている
というような表現になってくると 自分というものと
怒りの間に距離ができますよね。 この距離を作ることによって
自分というものを
ある意味平静に保つことができる。 そういうふうに解釈できるんじゃないでしょうか。
私は悲しんでいるのではなく、私は 悲しみというものを
感じている。私は 恐れている
のではなく 私は
恐れというものを感じている。 そういうふうに
表現をシフトすることによって 自分の
感情をコントロールできるというふうに おっしゃってます。なかなか言って
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聞いてみることと自分がそれを意識するということ
そこにはギャップがあるかもしれませんが 言われてみるとそこの距離を感じる
置くことによって 先ほど申し上げたような
平静を保つ 自分の
そのもの本質をですね
波立たせずに済むのではないかとも思います まあ実際ですねどういう効果があるか
皆さんもやられてみたらいかがでしょうか 怒ってる
カッカする 夜間を
沸騰させたかのような瞬間違和化式 そういう時に怒り
怒りというものをどうも今感じてるなと 第三者的に自分を見る
そういうふうな表現を思い出していただけると少し 感情というものをコントロールできるような気がします今日は
jct さんの一つの一節を皆さんと分かち合いました 身体根拠創命をリーダー懇親一体雷鳴症高知総目中観測水田
生きとし生けるものに平安を愛はのよう作る 今日も一日健やかにお過ごしくださいありがとうございました