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みなさん、おはようございます。 雷鳴龍馬です。
今日は、以前私がご紹介した、長崎の先生、小松正之先生の本から、一部、みなさんとご紹介したいと思います。
退屈を噛み締める、退屈を噛み締めるという、そういう部分があります。
そこで一つ詩をご紹介されています。
一人の楽しみ、時には一人になろう、一人いざし、一人ふし、一人あちこち歩き、じっと自分を見つめる。
そして産むことなく、一人己を整え、静かな林の中、澄んだ空気の中にあれば、どんな深い楽しみが私を浸してくれることか。
小松正之さんという方の詩をご紹介されています。
この中に出てくる産むことなくの、産むというのは、倦怠感の倦ですね。
飽きることなく、ということですね。
一人になりましょう、そしてじっと自分を見つめて、その一人になっている、その時間を楽しもうと、そういうふうにおっしゃっています。
今、私たちはスマホやAIや、いろんな騒がしい喧騒の中で過ごすことが多いのですが、
実は退屈というのをかみしめて、自らが観察し、周りの自然に目を向ける、もしくは耳を傍立てる、そういったことをずいぶんと忘れているのではないでしょうか。
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いろんな意味で、自分を見つめる時間、そういった時間もとても大切なんじゃないかというふうに思います。
もう一つ、祖藤馬という方、聞いたことありますか。
祖藤馬という方の短い詩もご紹介されています。
むいちもつちゅうむじんぞう、はなありつきありろうだいやり。
空になって初めていろんなものが入ってくる。
何にもないはすべてある。はなあり、つきあり、ろうだいやり、とおっしゃっているんですね。
何にもないから、いろんなものを工夫して作り出さなければならなかったりしますよね。
空になるから入ってくる、そういうものかもしれません。
今日は小松先生の書物から、靴をかみしめる、ひとりぼっちを楽しもうという、そういうくだりを皆さんと分かち合いました。
いかがでしょうか。長い休みの中で、そういう時間、そういう空間を作ってみるのもよろしいかと思った次第です。
しんたいこんけんそうみょうりーたこんしーいったいらいめいしょうこうちーそうもくじゅうかんそくすいでん。
生きとし生けるものに平安を、愛はのようを作る。
今日も一日健やかにお過ごしください。ありがとうございました。