ある日突然、肉を食べなくなった女性は、家族の助言も聞き入れず、菜食を続け、日に日に痩せ細っていく。
彼女にしかわからない理由を抱え、菜食を続ける先には何があるのか。
ノーベル文学賞作家、韓国のハン・ガンを世界的に有名した作品、菜食主義者を紹介します。
どうも皆さんこんにちは、文学ラジオ空飛び猫たちです。
この番組は、いろんな人に読んでもらいたい、いろんな人と語りたい文学作品を紹介しようコンセプトに、
文学と猫が好きな2人が緩くトークするポッドキャストです。
パーソナリティは私大使とミエの2人でお送りします。
文学のプロではない2人ですが、お互いに好きな作品を時には熱く、時には愉快にそれぞれの視点で紹介していく番組です。
今回紹介するのは、ハン・ガンの菜食主義者です。
キム・フナさん役で、クォンから2011年に出版された本になります。
はい、ハン・ガンの作品ですね。久しぶりな気がしますが、
ちょっと今ね、今年2026年にハン・ガンコレクションというのが始まっていて、
この10月頭現在だと、私の女のみというものだけ、今第一弾だけ出てるんですけど、
それ以外で言うと、我々がこのポッドキャストで紹介する、
ポッドキャストで紹介してきた中で言うと、最後の作品ですよね。
菜食主義者以外は紹介したと思うので、ずっと撮ってあった作品ということですね。
うん、菜食主義者はいつ紹介するんですかっていうのは、たまに聞かれるような気がするんですよね、リスナーの方に。
いやほんとね、すぐ読んで、すぐ紹介するだろうなぁと思いきや、ずるずる来てしまって、今に至ると。
なぜこのタイミングなのかって言うとですね、これが配信されるのは10月5日ですかね、月曜日ですけれども、
その3日後かな、10月8日の木曜日にノーベル文学賞が発表されますと。
木曜日の20時ですね。日本時間20時ですね。
ハン・ガンは2024年に受賞してますと。
本当にかなり衝撃的な受賞だったんですけども。
そうですね。
あと私がノーベル文学賞を見守る会という会で予想したら当たったっていう、ちょっとびっくりしたこともありましたけど。
そうですね、その様子がNHKの夜9時のニュースに映るという。
もう見れないかな、どこにもないんじゃないかな、わかんないけどね。
そのハン・ガン、やっぱちょっと我々のこのポッドキャストでも第一回はハン・ガンだったんですね、ギリシャ語の時間となってます。
そこから色々ハン・ガンの作品紹介してきたんですけれども、残っていて。
このノーベル文学賞の週にやっぱりハン・ガンやりたいなという話になって、ようやく最色主義者を紹介するという流れになりました。
ちなみに私これ2回目、2回目?3回目ではないと思うんだよな、確か。
じゃあ再読になるんですね。
再読ですね。みえさん読んでない?
そうですね、ちゃんと読んだのはもう今回初めてですね。
打ち合わせの時ずっと勘違いしたのは多分、もう読んでるもんなと思って打ち合わせしてしまった気がする、これ決めた時。
微妙なとこなんですけども、一応読んでない。
なにそれ。
それがやっぱり最初読もうと思った時、なんかあんまり入っていかなかったんですよね。
確かにな。
でも今回はびっくりするくらいスルスル読んでいけて、こんなに読み惜しかったんだっていう。
そうだね、私も読みやすかったなって思った。
半顔さんの今までの読んできた小説の中では、個人的には一番と言っていいくらい読みやすかったなと思いましたね。
内容がちょっときついとかですね、ちょっと不気味なところがあるとかですね、そういうのはあるにしても。
そうっすよね、これでも初読の時だいぶえぐられてですね、結構へこんだというか落ち込んだんだろうな、だいぶローになった記憶がありますね。
わかった。
読んだ方ならわかると思うんですけど。ちなみに私これ半顔作品2作目でしたね、その時。
ギリシャ語の時間を読んだ後にそんなに間分けずにいった気がする。
そして、あーってなった。こんなやばいな、何これみたいな感じになったのをよく覚えてますね。そんな半顔作ですね。
じゃあ一応著者の紹介をしようと思うんですけど、ちなみにこれ2011年なんで、何年前ですかね?
15年前。
15年前になるんですか。
15年前に日本で発売されてた本で、やっぱりちょっと半顔の多分、今ノーベル文学賞を取った半顔さんですけど、ちょっと説明がね、この頃まだそんなに翻訳も多くなかったんで。
あ、そうですね、ギリシャ語の。
そうか、大地さん持ってるのってこれ何年の版ですか?
あれ?変わってるかな?
あ、でもすごいこれ、多分ねこれ初めて読んだ時、一人借りて読んだんだったっけな?だったかあれだったけど、手元になかったら買ったんですよ。2019年の版ですね。
あ、そうなんですか。僕はね、2024年のノーベル文学賞取った後です。後に出たやつなんで。
あ、じゃあなんか帯が全然違う。
ノーベル文学賞っていう言葉帯にはまだ翻訳はされてないんですけど、半顔さんのプロフィールはすごいびっしり書かれてますね。
万物花賞は2016年だから、それもあってかな。で、読んだのは2019年ぐらいだった記憶だな、俺、最初。
あーはい。
で、半顔さんの説明ってあれだよね、多分この表紙の裏のとこだよね。
そうです。
これすごいよね。
そうですね。
1970年、韓国甲州生まれ。1993年、機関文学と社会に資が、翌年ソウル新聞の新春文芸に短編初出、赤谷起輝が当選し文壇デビュー。
現在、ソウル芸術大学文芸創作科教授。
あ、なるほど、そうなんだ。
ちょっと今、多分一番新しいプロフィールこれだと思うんで、私の女の身のとこ見てみるけど。
今はもうやってんのかな、文学。
あ、なんかやってなさそうですね、触れてないな。
うん。
もう完全に小説家なのかな、ちょっとわかんないですね。
で、本作、菜食主義者で、韓国で最も権威のある文学賞、遺産文学賞及び英国の万物化国際賞受賞。
これでだいぶ有名になりましたね。
その他の作品に短編集、よすの愛、私の女の身、長編小説、黒い鹿、あなたの冷たい手、風が吹いてる池。
ここはまだですね。
あ、私の女の身は翻訳されてますけど、他はちょっと翻訳されないですね。
で、ギリシャ語の時間、これ2017年に翻訳されてます。小文章です。
少年が来る、2016年、クォン。
で、3文章にそっと静かに歌う歌。これあれだね、クォンでそっと静かにって翻訳されましたね。
などがありまして、いろいろ絵本なんかも書いてらっしゃる方で翻訳進んでおりますが、
この時、2011年ぐらいの時はこんな感じだったのかなというところです。
あ、2019年か、の時はこんな感じだったのかなと思います。
その後、ノーベル文学賞を取ったハンガンさんの、この採植主義者を紹介していきたいなと思います。
じゃあ、いつも通りハンガンさんのホームページ、クモさんのホームページ読み上げます。
新しい韓国文学シリーズの第一作として発刊されました。
この後いろいろ出て、その中でもハンガンさんでいうと、
あれですね、少年が来るとそっと静かにという作品が入ってますね。
韓国で最も権威ある文学賞と呼ばれる伊佐文学賞を受賞した女性作家、ハンガンの採植主義者。
韓国、国内ではこれまでハンガンが一貫して描いてきた欲望、死、存在論などの問題が、
この作品に凝縮され見事に開花したと高い評価を得たハンガンの代表作です。
極平凡な女だったはずの妻、ヨンヘがある日突然肉食を拒否し日に日に痩せ細っていく姿を見つめる夫、採植主義者。
妻の妹ヨンヘを芸術的性的対象として狂おしいほどに求め、あるイメージの虜となっていく姉の夫、猛虎犯。
変わり果てた妹、家を去った夫、幼い息子。
脆くも崩れ始めた日常の中で、もがけながら進もうとする姉インヘ、木の花火。
三人の目を通して語られる連作小説集となっております。
そうですね、これ3つの作品が入っていて、それで1つの大きな物語となっている作品ですね。
ちょうど半顔コレクションの第1弾で、私の女の実というタイトルがついている作品が本があるんですけど
これの一番最初に入っている短編、私の女の実というのが元々の原型となった作品となっています。
ちなみに私これだけ読みました。みえさん多分読んでるよね、あれで読んでるんじゃない?
みえさん 読んでます。引きこもり図書館に入ってたんで、もともと。
そうだよね。これだけ他の作品のアンソロジーに入ってたんですよね。
なんかね、この私の女の実と、設定は一緒じゃないですか。
この夫婦の妻の方がお肉を食べなくなっていくんですけど、ただその先ですかね、
最色主義者の方は3つの物語があって、1つの大きな物語になっていくんですけど、
だいぶこの私の女の実からは遠いところに話としては行ったなという。
そうですね。
私の女の実は1つの部屋の中で完結するような話なんですけど、
最色主義者のこの広がり方っていうのはすごいなと思いましたね。
そうですね。個人的にはなんて言ってるのかな。でも私の女の実を読んで、
すごい最色主義者への理解が深まったっていうか、なるほどな、繋がりが見えたっていうか、それですごい。
そうなんですよね。
ああなるほどなって思いましたね。
なんとなくこういう話っていうのも掴めましたし、私の女の実を読んでいたことで。
そうですね。
でもこんな話で掴んでたから、じゃあこうなっていくのかなと思ったら全然違ったっていうのはありましたね。
まあ私は完全に最色主義者を読んでから私の女の実の方に行ってるんで、だいぶイメージの違いはありましたね。
そうです。
そんなわけで、最初にちょっと今回はストーリーざっくり言っちゃいましょうか。
どんな話かって結構重要なんでね。
そうですね。簡単にじゃあ最色主義者説明しましょうか。
はい、お願いします。
若い夫婦の話なんですね、最初の方は。
で、この旦那さんが結婚相手でこの奥さんを選ぶ時に、すごい平凡な人を選んだっていう。
これが言い方あれですけど、あえてそうしたみたいな。結婚生活が面倒にならないとかですね。
そういうのを避けたいなっていう。
奥さんが喋ったり自己主張したりとか、すごい個性が強いとかそういうのはなくて。
ほんとすごい大人しくて平凡な人で、料理は上手でっていう。
そういう人で、そういう夫婦生活をそれなりに満足というかですね、そういう夫婦生活を営んでたんですけど。
ある時ですね、この奥さんの様子がちょっと変わって。最初は夜中とかですかね、冷蔵庫。夜中旦那さんが目を覚めてちょっと部屋を出たら奥さんが冷蔵庫を開けて取り出してると。
お肉を取り出して捨てようとしていたっていう。そこで何してるんだっていうので。
実はこの奥さんが肉を受け付けないようになっていて。肉を見るのも嫌、触るのも嫌。
もちろん食べるのも絶対嫌っていうですね。ちょっとどうしたのってなるんですけど、そこから食卓にお肉は出てこないっていう。
最初は奥さんがベジタリアンになったのかなと思ったりもするんですけど、ここがですね、ベジタリアンってちょっと理由があると思うんですよ。こういう理由で肉を食べたくないっていう。
健康志向が上にみたいなね。
でもなんていうか、この奥さんが肉を食べなくなったのは、はっきりこうっていうのは言ってくれないんですけど、ただちょっと夢を見たと。それが結構怖いね。夢で。
何でしょうね。すごいな。追い詰められるというかですね。なんかすごく死を感じさせるような。ただそこで肉というか命というか。
そういうのが奪われるようなんですね。そんな感覚があって。だからもう肉は絶対嫌や。食べれないっていう。
っていうので、ちょっと旦那さんが困ったなと。
あれですよね。奥さんの実家か。お父さんとかですね。だからその奥さんのお父さんとか奥さんのお姉さんにちょっと連絡して。
ちょっとね、妻の様子がこうなんですよっていうので。そしたらですね、この奥さんの家族が集まって、一回ご飯食べようと食事しようと思って。
奥さんも集まるんですけど、そこであれなんですね。奥さんのお父さんが結構ね、このお父さんがですね。昔ながらの人ですよね。
もう肉は食べて当然というか、その浸透。なんかもう元気に生きていけへんでっていう。
あとはあれですよね。言うこと聞けっていうですね。すごい上から押さえつけるようなタイプで。
なんでも奥さん強引に体とか掴んで、口に肉とか落ちられてようとして食べさせようとするんですけど、そこで奥さんが拒否して。
どうしても食べたくないって。でもヒートアップして、口に肉をねじ込もうとするんですけど、ただ奥さんが逃げて。
ナイフか、果物ナイフみたいなものがあったんで、それを手に取って自分の手首を切るっていうですね。
でもそこでもう一度その場にいた。もう一度が、これは大変だとなって救急車に呼ばれて、奥さんが病院に連れて行かれて。
命は助かったんです。ここからちょっと病院での見舞い編っていうかですね、お祝いの話もあったりするんですけど、やっぱりちょっと様子が変で。
この奥さんが元々ですね、これ変になる前からかもしれないですけど、ブラジャーを着けたがらないっていう。
そうですね、体がきつい。
そうなんですよ。そのブラジャーを嫌がっていて、旦那さんは結構それに対しても思うところはあって、ちゃんとブラジャーを着けてくれたら人前とかにも出せるのに、そういうのもすごい嫌がって。
ブラジャーを着けて一緒に外を出ても、すぐにそういうのを取ってしまうと。あれですよね、親族で、奥さんの家族とか、お姉さんと旦那さん、義理のお兄さんとかいるような場合でもブラジャーを着けずにTシャツかな、そういうので一枚で出てきたりとかで。
というので、思うところはあったんですけど、病院生活の中である時、奥さんが病室にいないと。ちょっと目を離した隙に。どこ行ったのかと探したら、この病院の庭の上半身裸でベンチに座る奥さんがいたというですね。
そこでですね、あの人は精神的に狂ってるんじゃないかと周りに思われてしまうというですね。そうやって旦那さんもちょっと絶望しながら、そんな奥さんを目の当たりにするというですね。ちょっと他にも話があるんですけど、一部の接触主義者はこういった展開の話になっています。
ちょっと後でいろいろ話しましょう。
そうですね。後はね、なんでそうなったのかというところは後で話してください。
その後、第2部猛攻犯というですね、話があって。これはまた視点が変わるんですよね。
次が今はですね、お肉を食べなくなった夫婦の奥さんの方はヨンヘイという名前なんですけど、ヨンヘイのお姉さんの旦那さん。ヨンヘイにとって義理のお兄さんの視点になります。猛攻犯は。
ここではですね、そのお兄さんが芸術家、アーティストとして生活していて、周りから結構先輩と言われることが多いので、ちょっとここでは先輩というふうに言おうかなと思います。
ちょっとお兄さんとか言うとまたややこしかったりするんで、先輩はですね、後輩とかから結構慕われているのかな。
で、スタジオを借りたりしてアーティストとして活動しているんですけども、先輩にとっては義理の妹、ヨンヘイが家族、親族一同でご飯を食べた時に肉を食べさせようとして、
それを拒否してナイフで自分を切るっていうですね、そういう事件があってから結構ね、そこが忘れられなくて、結局はそこでのヨンヘイですかね、何かあってもついそのヨンヘイのことが頭に浮かんでしまうと。
アーティストだからなんか表現したいっていう欲求と、なんかね、そういうのが入り乱れてきますね。自分のなんか性的な欲求もそうなんだと思うんだけど。
聞いた話では、ヨンヘイのお尻に猛虎藩があるというですね。
これはお姉さんが二十歳の時のヨンヘイを見た時にあったと言ってるんで、まだあるんじゃないかって話をしだすんですよね。まあ偶然だけどね。
そうしたらそういうイメージとかがですね、お兄様先輩の中で結構日々強くなっていってですね。だからそれを表現したくなるという、なんかその衝動がだんだん強くなっていくと。
ただそのヨンヘイのなんか性的に見てしまうところがあって。で、このアーティスト活動の中で絵を描いたりいろいろしてるんですけども、なんかそのビデオを撮ったりっていうのもあって。
そこでですね、このヨンヘイのヌード、裸の体に花の絵を描いて、それを被写体にビデオを撮りたいというので。ちょうどそのヨンヘイが離婚をしてですね。
まあその先輩があって、旦那さんがヨンヘイのことを見捨てて。で、ヨンヘイが一人暮らししてるから、そのヨンヘイのお姉さん、先輩の奥さんがちょっとやっぱり心配してて。
で、自分が言っても全然言うこと聞かないし、あなたも何か手伝ってよっていうので。ちょうどそういうタイミングもあって。で、ヨンヘイに先輩が声かけて、ちょっと被写体になってくれないかと。
そこからですね、もう結構ドロドロしたことが起きていくというのが、この第2部の話で。
まあヨンヘイもですね、なんかちょっと様子がおかしいというか、そういう被写体になってねって言って、だから全然嫌がったりしなくて。
わかってるのかわかってないのかわかんないですけど。
でもここがあれじゃないですか、身体に鼻音とかをかける。それが多分ヨンヘイにある変化というか、何か起こしている気は。
最初、先輩がヨンヘイを誘って被写体にしたいとか、服脱いでとか、こうしてとかって言っても、ヨンヘイがあんまり反応なくそれをしていくんですけど、
でもなんか意外とそれを受け入れていて、やっぱり自分の体にかかわれた鼻、そこにヨンヘイが鼻に見せられていったりして、っていうのがわかってきて。
だんだん過激な方に撮影が進んでいくというので、また大きな事件がそれによって引き起こされてしまうっていうのが、ざっくりですけど。
第2部の話で、その後は第3部、霧の花火なんですけど、ここになると視点が今度ヨンヘイのお姉さん、姉姉になるんですけど、
このお姉さんがですね、ヨンヘイが精神病院に入っているということで、その見舞いに行くっていうですね、そういう話になります。
ヨンヘイがあれなんですよね、結局その第2部のところでまた大きな事件というかですね、事件というかちょっと大きなことが起きてしまったんで、
それによってですね、精神病院に入ることに。一応選べたと思うんですけど、精神病院に入る方が楽だからということで入ることになって。
結構山の中に隔離されているようなところになるんですかね。そこである時、脱走したんですよね、ヨンヘイが。
それでちょっと連絡を受けて、その後また面会に行くっていうですね、そんなシーンなんですけども。
このお姉さんインヘも、結構第2部でオッドとアーティストをしているオッドとヨンヘイの間でショッキングなことがあったんで、そこを結構引きずっているんですよね。
それによってアーティストとしていたオッドも家から去っていったし。でも何でしょうね、オッドは自分にとってどういう存在だったんだろうか。
オッドとアーティストなんで結構分かり合いなさっていうのがあったんですけど、それをずっと分からないものと思ってたけど、果たしてオッドのことって分かることはできたんだろうかとかですね。
そういうことをですね、考えるようになったりしていくと。なので結構この第3部は、このお姉さんの内省的な面が描かれていたりするんですけど。
一方でヨンヘイの方ですね、精神病院に入っているんですけど、やっぱり食事を全然とらなくて、お医者さんが栄養を与えようとしてもそれを拒絶するんですよね。
骨と皮だけになっていて、体重30キロ下回っているとなっていて、ヨンヘイがここでまた弓を見たりしていくんですけど、
自分が気になろうとしているっていうですね。自分はもう気になっているんだっていうですね。そういうふうに言うんですね。
なので動物から植物になるっていう。全く前提から覆されるようなですね。
生物としての存在の。自分はもう植物だっていうので気になろうとするっていうですね。
で、このままだと本当に生きていくのが厳しいんで、今のこの精神病院じゃなくて、もっとですね。
いろんな処置ができる大きな病院に移る必要があるということで、ヨンヘイが救急車に乗せられて、森の中を運ばれていくという、大きな病院に向かってというですね。
そういったところで締めくくられる話になっていると。これがですね、1,2,3部ですね。3つの視点で描かれている話。
軸はですね、ヨンヘイという。お肉を食べなくなったことからいろいろ問題が起きていくという。女性が軸というのがあるんですけど。
そうですね。これは3人の視点で描かれているけど、主人公はヨンヘイみたいな感じの。そういうタイプとしては結構あると思うんですけど、そういう構成になってますというとこですね。
ざっくりやっぱりこの大枠のストーリーだけで見てもやっぱりだいぶ特殊な話だなっていう感じは。
そうなんですね。
なんだろうな、このヨンヘイ自体は精神的に病んでいるというか、病んでいるのかもしれないけれども、基本的には自分の何かに従ってこういう行動をしているわけなんで。
これちょっとざっくり言うと多分、木になる、なりたい?なる?なんて言ってるかわからないけど、植物になっていくんですよね。
とにかく光を浴びたいから裸になっちゃうし、光合成したいなのかな、女性とかそういう感じなんですよね。
だからちょっとその辺も理解が及ばないとこもあるんだけども、一応このヨンヘイの中では一貫しているんだろうなとは感じる部分はありますと。
で、気が狂っててこうなんだろうな、わけがわからなくなってるっていう感じでもないんですよね。意識が、意識と意識っていう言い方なんだろうな。
聖経たもりとはいるような感じは狂気には染まってないというか、そんな面もずっとあったりするんで、これがなんかちょっとこう周りの人、特にお姉さんはどうしていいのかわからなかった部分ではあるのかなというとこですね。
そうですね、なんかそのほんと見えてる世界が全然違ってるような感じですよね。
これあれですね、第一部の夫の方の視点では結構このヨンヘイが異常者みたいな感じな描かれ方しかしないんですけど、結構その彼は結構冷たいというか、あんまりこの人に対して感情を使わないし、自分の出世のことしか考えてないタイプの人間なんで。
だから妻がこういうふうに自分の状況を足手的になるってわかったらすぐ離婚したみたいな感じでもあったりするんで、その人と生活を続けてきたからなのかみたいな考え方もできるんですけど、結局最終的にはこの家族、もともとの家族、父親との関係とかところにもちょっと話が入っていく話で、それに対してこのお姉さんは後悔してる部分もあるんですよね。
妹をあの時に失せちまったみたいなのがちょっとあって、幼い頃の時。
そうですね、いろんなシーンがやっぱりこの生きていく中で、子供の頃からどこかのそういうターニングポイントにできたかもしれない点が。
思い出すよね。だからこのヨウヘがなぜこうなってしまったみたいなのは、一つの理由じゃないっていう感じがするんですよね。だからそのいろんな角度からヨウヘっていうのがこうなってしまったっていうところが結構あるなっていう感じがしますよね。
そうですね、まあでも面白いなと思う。この私の女の身ですね、原型となった小説。あれは現象として物理的に植物になっていく。結構幻想チックというかファンタジーがちょっとあるんですけど。
ちょっとね、しかもその一緒にいる私の女の身で出てくる旦那さんはそれを受け入れていくんですよね。
そうですね、この旦那さん像は違いますね。
全然この採植主義者の夫はもうそれを拒絶するんだけれども、私の女の身のその旦那さんはそれを受け入れていくし、しかもなんか世話をしてますよね、その木のね。
そうそう。
そこも違う。
そう、この採植主義者の方は植物になりたい、なろうとしているっていう、そういうところは共通してるんですけど、ただその結構それを現実の中で起こしているっていうのは思いましたね。
だからその本当に現実離れした現象が起きているとかではなくて、その辺はやっぱり私の女の身の方が起きている現象自体は面白いと思ったんですけど、採植主義者の方が意味合いですかね。
なんでこの人こんなことをするんだろうかっていうですね、だからすごい考えさせられる余地っていうのはですね、だからこの作品にどういう意味が与えられているんだろうかっていうですね、そこを読み取りたいなぁと思えるのはやっぱり採植主義者の方で感じましたね。
だいぶこう向き合うとね、結構いろいろ考えてしまうところがありますよね。
ちょっとそれで言うと、これ半顔のあと書きで、この時の作品を書いた時のメモ書きのことが書いてあって、それでもうここからは違う方向に進みたいっていうふうにメモが残されていたと。
やっぱりここがなんか一つ、半顔さんの中でもある方向で極まってしまっていたというか、なんて書いてあったかな、そこまで降りていきたかったか。
慰めや情け容赦もなく引き裂かれたまま最後まで目を見開いてそこまで降りていきたかったって書いてらっしゃるので、だいぶこの書いてる時っていうのは何かが本当に一つの底にあったんだろうなっていう感じはするし、
半顔さんの作品他も読んできましたけど、なんかこのえぐられ方をするタイプの半顔さんの作品他にないなってちょっと思ってるんで、これはやっぱちょっとすごい作品だなっていう感じはしますね。
まあそのいろんな意味でえぐってくるのもそうだし、やっぱこの半顔さんのこの作品の中でもちょっとこれからコレクションでいろいろ出るんで、まだ読めてないものもすごいんですけど、私が読んできた中でって言うとやっぱこの彩色主義者はなんというか群を抜いてなんか痛みを伴っているっていうか、そんな感じはするんですよね。
なるほどね、確かに。結構印象的なのはこの一部の彩色主義者の中で四平家を見る夢、なんかそれがすごく痛々しいっていうのがあって。
この四平家を見る夢の描写だけが四平家を見ている視点を描いてるんですね、この作品の中ではね、最初のね。これ初読の時感じなかったと思うんですけど、これ読んでる時になんかめっちゃ嫌だったっていうか、この夢のところが。なんかね、ちょっと自分が拒絶してる感じがする。
すごいしたんですよね、この夢の描写のところ。結構あるんですけど。
ちょっと生々しい感じが。
生々しい。グロテスクなのかな、なんて言ったらいいのかな、生々しいというかね。ここはなんか怖いというか。でも直視しにくいというか。でもすごいここがね、確かに四平の叫びの始まりではあるんで。
なんかそう、切り刻まれているような感じがするっていう。
ですよね。
そうなんですね。これが何でしょうね、ハンガンさんの作品で、夢の中でそういう怖いことが起きたりするのって、別れを告げないというのがあったりして。
それって当時の戦争のこととかですね、痛み、記憶、そういったものが夢の中で描かれていたりするんですけど。何かこの最色主義者も、この四平が見る夢っていうのが個人の夢でもあるし、国家になるのかな、社会。
そういった国家とか社会がこの歴史の中でそういうふうに痛みつけていた、そういった傷跡というか、そういうふうに読み解くこともできて。
そうですね。
あの方には具体的に何というか夢の中で描かれていることはなかなくてですね、結構なんか抽象的に。
でもそうですね、四平も第二部の猛攻犯で、義理の兄である彼に夢の話をするんですよね。どういう夢なのみたいな話になるんですけど、その時に顔だって言うんですけど、その顔が同じ顔ではないと夢ごとに。
うん。
だからいろんな夢を見てるから、いろんな人が夢の中で現れてるんだろうなっていうのは、話としては出てくるんで、それの人たちがどういうプレッシャーなのか、四平がどういう存在、事情なのかなんとも言えないんですけど、でも何かしらプレッシャーのようなものを与えている印象を私は持ったんですけど。
まあそうですね。それで僕が思ったのは、四平がそういう夢を見てしまったからには、今までのような現実は存在しなくて、そういう痛みとか罪とかってなるのかもしれないんですけど、そういったものが現実にはあると。
それは四平の夫とか、四平の周りの家族とかもそこに対して理解できることはないですし、それって結構四平のお父さんとかも旦那さんもそうですけど、結構従来の韓国社会の価値観の中で生きてる人たちなんで、ここは結構分かり合いなさっていうのがあるのかなと。
そうですね。それは割と分かりやすく描かれてますよね。従来の韓国的な、韓国的なというか従来の男性優位のね、なんていうかね。
そうですね。最色主義者の一部の最後の場面ですね。四平が病院の庭かな。上半身裸になって座って、周りが結構あの人何してるんだって注目しちゃってる中で旦那さんがそれを見つけて、お前何しているんだって言うんですけど、奥さんがね。
暑くて。四平が暑くてって言って、暑くて脱いだだけよと。こうしちゃダメって聞くんですけど、なんかこの四平のこうしちゃダメっていうのは、それをもうこの夫は理解できないし、受け入れることもできないっていうですね。
まあそれだけの決定的な水が空いてるなっていうのを、最初は夫婦として始まってるのに、第一部の最後のページ、最後の場面になると、このお二人はもう特に旦那さんの方はですね、もうこの四平のことを理解できないし受け入れることはもうまずこれは以上はできないだろうって、もうすごい突きつけられるような、それくらいのことは感じて。
いやー、一部はね、そういうのがすごく強いんですけど、なんか二部三部は全然またちょっと変わってくるっていうか、正直これ結構初読の時ね、一番印象が薄かったのは二部なんですよ。あの一部と三部の印象が強すぎて、なんか読み終わった時に、なんか結構スコーンって抜けちゃったっていうか。
で、今回読んでて、なんか結構、あのシーンシーンを覚えてるんだけど、結構こんな長かったっけみたいな、あの前後の話とか、これ長かったっけなみたいな、ちょっとあったんですけど。
個人的には、なんか二部がもしかすると一番印象に残ってるかもしれないですね。そうか、へー。
いやー、なんか二部はね、二部はやっぱこの、ちょっと芸術小説の部分はちょっと面白かった。
ああ、そうですね。この表現の欲求っていうかね、どうしてもこれをやらなきゃいけないんだっていう。
そうそうですね。で、それがなんか結構エロチックな方に行くんですけど、で、なおかつちょっとドロドロしたところもあったりしてっていう、ドロッとした感じのなんかエロい感じっていうところは、なんかちょっと道島幸男とかですね。
あー。
谷崎神次郎とかもね、そういう作家が書いてそうな芸術小説の一番面とちょっと重なるところはなんかありましたね。
でもなんなんだろうな、結構理解されにくいっていう面では、あれなんだよね、この兄とヨンヘは似てるんだよね。
ああ、はいはい。
自分のね、この動かしてるものっていうのを他の人は理解してくれないっていうか、わかってくれないだろうみたいな、とはなんかすごい似てる気がする。
まあここは確かに。で、三部がやっぱりすごいなんか印象深くて、今までこう、三部の主人公となるお姉さんは割と冷たいタイプかなって思ってたんですよね。
でも全然これ読むと全然違くて、家族が全員諦めちゃったヨンヘをまだ諦めない最後の一人だし、やっぱりヨンヘに生きていてもらいたいっていう気持ちも強いし。
まあでもどうなんだろうな、ちょっとそこはわかんないけどね、もう死んでしまうならみたいなとこもあるかもしれないけど、なんだろうな。
まあそういうのもあるんだけど、なんかね、でもこれ初読のときも思ったんだけど、ここでやっぱり父のことも出てくるし、このヨンヘに対する感情っていうのが結構ね、感動ではなくなんていうか落ちてくるものが結構あって、読んでるとすごく。
やっぱりヨンヘがこうなってしまったのは自分のせいではないかみたいなものを多分どっかでは感じてるけど、まあでも100%そうじゃなくて、これだけじゃないってのは多分わかってると思うんだけど、お姉さんはなんか読んでて思ったな。
だから読み返してみて今回思ったのは、このお姉さんが一番ハンガンに近いんじゃないかなって思った。初読のときはこのヨンヘっていうのがハンガンの、なんか何かの感情にすごい結びついてて、それを表現したかったのかなと思ったんですけど、これはあれの本何かの感情にハンガンは何かを乗せてるんじゃないかなってすごい思いましたね。
一番言葉乗ってるのはやっぱりこの3部。 そうだよね。 お姉さんの心の声、心の叫びみたいな、そういったのがやっぱり一番語られてるなと思います。 そうですよね。
文体も3部はより詩的な、ハンガンさんらしい、ハンガンさんのこのすごく魅力的な文章が現れてるのもやっぱり3部なのかなと思いましたし。 そうですね。なんかね、ここの感じはすごい何とも言えない感情が読んでてきますね。
あと面白いなと思ったのはこの視点、3人の視点ですね。一部だと旦那さん、その3人の視点が結構ですね、このヨンヘを投影することで自分の知られざる一面っていうのが出てきたのかなというところがちょっと面白いなと思って。
一部の旦那さんだと、やっぱり結構強い人なのかなというのは第一印象として思ったんですね。今のこの社会の中で生きていくというかですね、生活していこうとする強さみたいなものが最初感じていたんですが、ただこの話が進んでいく。
ちょっとヨンヘが採植主義になっていって、なんでその本当想定外のことが起きましたよという時に、じゃあそんなヨンヘを目の前にした時に、なんかこの社会の中でこの旦那さん強そうやなと思ってたけど、結構この作品、物語を通じていくと結構むしろ弱さの方が目立っていたんじゃないかなと。
奥さんもちろん見舞いに行ったりはするんですけど、やっぱりどこが奥さんにちょっと距離を置いて見てしまおうとするところとか、最終的には離婚して、奥さんをほったらかして逃げていたっていうのもありましたし。
二部はですね、このお兄さんですね、このアーティスト。やっぱりすごいアーティスト、芸術家という面で、その感性、美しさとかですね、感性とか芸術とかですね、そういったのを持ち合わせている人なんですけど、これも話が進んでいくとですね、結構そういう美しさというよりかは見にくさみたいなですね。
それも人が持つものかもしれないですけど、欲望とか見にくさとか、そっちの方が現れてしまっているなと。これもやっぱり四部を投影して、そういうものが明るみになっていったなと思いますし。
三部のお姉さんもですね、お姉さんって最初の方は結構自信あるタイプの人かなっていう。
そうですね。企業を持たれているからね。
そうです。チャキチャキしてて、エネルギッシュで生命力もあってっていう。ただこれも三部の読んでいった印象だと、やっぱり四部がこういうことだったから、そこに向き合っていったら、お姉さん最初は自信を持っている人かなと思ったんですけど、結構物語の中では不安をあらわにしていたり、
あとはエネルギッシュな人かなと思ってたら、やっぱりもう疲れたと。自分もこのまま死んでしまうんじゃないかっていうですね。すごい弱気にもなっていってるっていう。
そういう意味ではこの三部で、この三人の視点の最初の印象と、この作品が進んでいった先、この四平を通じてその三人がどうなったかっていうと、最初とは逆の結構印象が見えたなっていう。その辺は面白いなと思いましたね。
おぉですね。なるほど確かにね。この視点が変わることで見えてくるものはまた変わってくるっていうか。お姉さんがやっぱり一番結構反転した感は確かにあるね。
そうですね。これってでも話の設定だけ見ると、この四平っていう人がやっぱりどう見ても狂ってしまって、もう本当に理解不能な、意味不明な人になってしまったなっていう。
そう読み取れる話であるんですけど、でもよくよくそこに関わってる人たちのことも見ると、個人が四平が変わってしまったのもあるし、それと同時に周りの世界も変わっていったっていうかですね。
そんなこともちょっと思ったり。
これは他にもいろいろすごい考えたくなることはあるんですよね。お肉を食べなくなるってどういうことなのか。植物になりたいってね。
人がそう思うっていうのはどういうことなんだろうと思うんですね。
これがね、そういう命を食べるっていうことだと思うんだけど、まあでも何でも全部命だからね。植物はね。食べるものはね。
いやーそう考えると確かにな。なぜ肉を食べなくなったのかっていうのは。
そうですよね。
急に始まるからね。
そうですよね。
ちょっとこれはでも本当に多分いろんなとこで考えてくださいが出てくるのか、出てこないのかわかんないけど。
こういう結構不条理な小説っていろいろあると思うんですけど、やっぱ面白い。特にこの菜食主義さんはその中でもすごい読んでて面白い。
そうですね。
そうだよね。やっぱなんかの拒絶な笑われだからね。肉を食べないっていうのはね。
そこの解釈はすごい幅があるけど、でも拒絶してるってのは間違いないと思うんだよね。何かをね。
そうですね。やっぱりその後やっぱりハンガンさんも夢に苦しんだりとかですね。やっぱりこの国家の犯した罪というか、戦争死骸のところがやっぱりずっとそこの記憶というか。
そこがハンガンさんのその後の作品ですよね。少年が来るとか別れを告げないとか他にもいろいろ結構この歴史的な国家の闇みたいなところがですね。
作品に現れていて、そこの描くことになっていくっていうのも意外と夢の中の情景がちょっときっかけであったりとかですね。
もともと本当にあった歴史的なことっていうのは大きくあるんですけども、結構その夢の中で見たすごい何とも言えない怖いものが出発となってその後の作品も書かれていたりするんですけども。
この藤森小説として一作で完結とかしているとも思えなくて、そこからさらに連なっていくすごい大きな物語とか、やっぱり深い傷とかですね。
個人だけじゃなくて、社会とか国家が実は見ている夢とかね、そういうのがあったりとかですね。
いろんなことを思いましたね。
まあちょっと言わんとすることはわかるけど、国っていうのはそれがもうこの後ね、描かれていくところではあるけどね。
やっぱりここはどっちかというと個人を出発点にしている感じは、別れを告げないも結局個人を出発にしてるんですけど。
ここはでも個人で出発して個人で完結しているけれども、やっぱりその中にはプレッシャーを与えているものっていうのは社会も含まれているんだろうなって感じはするけどっていう感じですかね。
これが万物箇所を取ったっていうのはそういう部分もあるんでしょうね。
じゃあちょっとそのところでハンガーンは以上にしたいと思うんですけど、最後にちょっとだけお話ししたいのが同じアジアなんですけど、
チベットの映画が今やってるんですけど、東京はですねこれ配信が5日なんですけど8日に終わっちゃうんで、もうすぐ終わっちゃうんですけど、
リンカリンカという映画がやっててすごい良くて。
もうすぐ終わってそうですよね。
チベットの割と若い女性監督が作った映画なんですけど、めちゃめちゃ良かったんだよね。びっくりするぐらい。
全国ではこれからちょっと地方の方に広がっていく予定みたいなんで、東京、大阪はもう終わっちゃうっぽいんだけど、
ぜひですねちょっと見れたら。ストーリーとしては26歳ぐらいだったかな。
女性がですね、幼い頃を思い出してそれを映画に撮るっていう作品なんですけど、なんかいろんな要素が入ってくるんで、
感覚としては全然日本の感覚で見れて、しかも結構刺さるというか、
描かれてるこの風景とか世界とかがすごい、このチベットの田舎もそうですし、
ちょっとね他の上海のシーンとかもあるんですけど、いろんなシーンが描かれるんですけど、
チベットってこんなとこなんだろうなって思ったりするのもあるし、全然そこで描かれている感情とかが全然身近ですごい良かったんで、
ぜひこれは見てもらいたいですね。リンカリンカという、あの夏の向こうだっけ、あの夏の先だ。
そうですね、リンカっていうのが向こうでいう夏のピクニックみたいな意味合いで、
夏の思い出が起点にはなっているんですけど、やっぱりすごい良かったなと思うのは、このチベットのラサーが主な舞台なんですけど、
そこでの人々の暮らしがすごいよくわかっている。だからラサーとか検索すると観光名所の写真とかが出てくるんですけど、
そういうところではない、本当にもっと生活圏としてのラサーの中が描かれていて、その中でたまにこの伝統的な建物とか、
チベットの風習とかですね、そういったものが生活の中でたまに現れていたりするっていう、チベットというかラサーがわかるような映画でもありましたし、
あとこれもチベットの一つの文化かなと思うんですけど、語りの力が強いっていう。
これは星井泉さんが、チベットの研究者の星井泉さんがやっぱり解説してるんですよ。
語りの力、語り直す力っていうのがチベット文化の土壌にあって、今回もやっぱり26歳の監督が子供時代の記憶とかですね、
そういったところを回想する、それは語り直すっていうことにもなっていくんですけど、
その語り直す力、それをすごい感じれてですね、これは映画見てみないとあれなんですけど、個人的には文学的な
ああ、すごい文学的だったよね。
そうなんですよね。なんですごい一人の人生、子供時代と今の大人のそれぞれ流れているこの人生の歩みがすごい豊かに感じ取れて、
そこが交差して、その先どうなるのかっていう要因もすごく残って、なんですごいいい映画だなと思いましたね。
そうですね、撮り方とかすごい綺麗だし、光がすごい私は綺麗だなと思いました。映像もすごい綺麗だし、演技がめちゃめちゃ上手いです。役者の、これはびっくりしました。
これでもほとんどあれなんですよ、プロの俳優さんじゃなくて、いろんなところから選ばれた人たちなんですけど、
本当は俳優初めてとか、この主人公の大人、26歳の役してる人もあれなんですね、オーディション受けたとかじゃなくて、
演出のお手伝いをしている、あるいはそういう映画とか演劇とかを学んでいる人、最初スタッフとして入ってた人が、
やっぱりあなたの方がふさわしいんじゃないかって、主役に抜擢されるっていう、主人公の子供さん、子供時代は知り合い、
フェイスブックかSNSで募ったんですよね、こういう映画を撮るんで、こういう役の人を探しますと、
そしたらお父さんの司令が、うちの娘がぴったりじゃないかっていうので、
めちゃめちゃ上手かったけどね、すごいよね。
監督のお父さん役はすごい良かった。
これはおじいちゃんにやった、老年時代と中年時代と、老年時代のおじいちゃんも面白くて、
当初、出演する予定だった俳優の人が、スケジュールが合わなくて、交番になって、
俺にそっくりやから、それで俺がやればいいやろうということで、監督のお父さんが実際に主人公のお父さん役で出てくる。
これは本当にびっくりするくらい良い映画なんで、本当に見れるなら見た方がいいと思うので、
是非近くでやってらっしゃったら見ていただいて、東京は配信すぐ聞いてくれた人ぐらいしか反応できないかもしれないし、
しかも平日で終わっちゃうからね、5日に配信で8日だからあれかもしれないです。もしよかったら見てみてください。
これは本当にすごい後に残る映画だと思います。
次回は番外編をお届けしようかなと思っております。よろしくお願いします。
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