どうもみなさんこんにちは、文学ラジオ空飛び猫たちです。 この番組は、いろんな人に読んでもらいたい、いろんな人と語りたい文学作品を紹介しようコンセプトに、文学と猫が好きな二人が緩くトークするポッドキャ
ストです。
パーソナリティは、私ダイチとミエの二人でお送りします。 文学のプロではないようですが、お互いに好きな作品を時には熱く、時には愉快に、それぞれの視点で紹介していく番組です。
今回は、作品紹介のない番外編となっております。
ちょっといろいろ話しますけど、ミエさんの方からテーマを持ってきていただいたものになります。
ミエさん 前回の予告では、今回、本の紹介ですね。
北欧文学セレクションの、私が私から自由になる日というですね、作品を紹介しようと思っていたんですけども、ちょっとその予定変更しまして番外編にしたいなと思います。
理由はですね、ちょっといくつかあって、なかなかちょっとスケジュール通り本を読むのがちょっと大変というところとですね、
あとちょっともう一個見落としてたことがありまして、今月末ですね、10月末と11月頭に北欧ブックフェスタというのが開催されるんですけども、
この北欧文学セレクションで翻訳されている方が結構何名もですね、そのイベントに参加されていて、いろいろ話が聞けるので、
そうした翻訳者の方から話をいろいろ聞いて、ちょっとそこを踏まえてですね、11月に収録したいなと思いまして。
ちょっとすいません、今回ですね、本の紹介しますと言ってたんですけども、ちょっと先に番外編をちょっとひとつ挟みたいなと思っています。
今日は番外編をゆるくゆるくと思ってるんですが、結構三重さんが準備してくれてるのががっつりとしてる感じなんで。
そうですね、ちょっと文学的なテーマをこの後話していきたいなと思っております。
その前にですね、北欧ブックフェスタですよね。
そうですね、それはもう2026年10月末、11月頭。
11月31日土曜日と11月1日日曜日、東京海屋敷ですね。
千六夜カフェで開催されるんですけども、去年開催されていて今年が2回目で、すごいんですよねやっぱり。
フィンランド、アイスランド、ノルウェー、スウェーデン、北欧のいろんな国の翻訳者の方とか、そこの地で研究されている方もいれば本を書いている方とか、
いろんな方が集って本を販売したりトークイベントをしたりっていうので、すごいまた賑やかな会になると思いますし、
そこでしか聞けないかなり貴重な話とかもたっぷりあるのかなと思いますので。
あれですよ、やっぱ北欧の何か小説とか文学に限らずですけど、映画とかでもそうかもしれないですけど、
そういったコンテンツとか触れた方とかはこうした会でそういうことについても聞くといろいろ教えてもらえたりすると思います。
そうですね。これは楽しみですね。なんでちょっとこれを踏まえて、ちょっといろいろと思ってますね。
概要欄にちょっとリンクとかも貼ってますので、また見ていただけたらなと思います。
じゃあそんなわけでいきましょうか。問題に。
今回テーマがですね、僕たちの文学の楽しみ方ですね。これは去年もですね、僕たちのドンキ本の読み方とかですね、
その前もですね、僕たちの本の読み方かなっていうのは、なんかこの謎の僕たちのシリーズみたいな、年に1回ぐらいやってるんですけど。
なんかやってますね。
そうですね。今回文学の楽しみ方という、そこをですね。
なかなか直球な。
そう、意外とでもこのテーマについて、軽くラジオでも喋ってたことはあるかもしれないんですけど、
このテーマを1本で話していたっていうことも意外とないんじゃないかなと思ってですね。
なんか文学、自分たちにとって文学とはとかですね、そういうのは3、4年前ですかね、とかに漫画編で取り上げたこともあったりはするんですけど、
ちょっとその、もうちょっとその楽しみ方というですね、考えれたらなと思っていまして。
これちょっときっかけがあるんですけども、最近ですね、平野圭一郎さんの文学は何の役に立つのかというですね、
岩波書店から出たのが、
なんかすごそうな本だね。
そう、2025年ですね、去年出た本で。
へえ、文人主義で有名なね。
そうですそうです。平野圭一郎さんなんで、本当すごい方で。
これが本出た時から注目はしていて、読みたいなと思って、しばらく。
ちょっとなかなか買うことさえただしていなかったんですけど、ちょっと最近たまたま家の近くの図書館に行った時に、
もう目の前にですね、あったんですね。
借りられてなかったんだ。
そうなんですよ。もう棚の中にあって、これはちょっとラッキーと思って、ちょっと借りて読んでみて。
やっぱりすごい面白くてですね、エッセイとかいろんな媒体に寄稿した文章とかが集まっている本になっていて、
この文学が何の役に立つのかっていうのは、このテーマで講演をされたことがあって、
へえ。
それがですね、冒頭の30数ページ、その講演の文字起こしが入っているんですけども、
それがちょっとこの表題にもなっていて、平野圭一郎さんが何でその文学を読んでいるのかっていうところとか、
あとですね、それがどんな影響というかですね、その役に立つというですね、その視点でいろいろ話をされていて。
ちなみにあれですねと、何で本を読んでいるのかっていうのが、
これちょっと今の世の中で正気を保つために。
正気を保つために。なるほど。
本を読んでいるっていう、文学を。
そう、そうっていうですね。
なるほど。
これはそういう文学って何の役に立つんですかって、やっぱりよく聞かれるみたいなんですけども、それって結構答え難しくてですね。
そうですよね。小説家だったら聞かれそうですよね。
僕たちでもやっぱり聞かれることがたまにあったりするぐらいなんで、本当に答えを説明するのは難しいんですけど、
ただ最近ですね、その質問に対して苦慮しない一つの回答として、今の世の中で正気を保つためっていうですね。
正気が気になる。普通の人たちは正気を保ててないってことなんですか?平野さんが言うには。
どうなんですかね。それかもう平野圭一郎さん、正気を保てないぐらいの世の中が変になっていってるんじゃないかっていう。
まあね。
あそこもやっぱり、そんなと書いてますね。世の中自体が綺麗は汚い、汚いは綺麗を地でいくようになっているっていうですね。アメリカの大統領とかはね、そうかなと。
ああ、確かにね。
で、まあこれも正気を保つためってあくまで質問に対しての回答しやすい答えとして、一言でズバッと言えるっていうところで、言葉以外にもですね、文学が何の役に立つのかっていうのはですね、
本当にいろんなことがやっぱり含まれていてっていうのがですね、この長い講演で。ちなみに講演はあれなんですよ。YouTubeでもその音声公開されていて、1時間半ぐらいあってですね。
うんうんうん。ちょっと気になるね。
全部は聞いてはいなくて、半分ぐらい、数十分までも聞いたんですけど、やっぱり聞くとニュアンスが、やっぱり講演のほうが入ってくるなと思いましたね。
うん、まあそうですよね。講演の感じとかもね。
やっぱりこの文章で読んでると真面目にこういうふうに語ってるのかなと思っても、でも講演で聞くとですね、あ、意外とここはなんか冗談っぽく言ってたんだなとかですね。
なるほどね。
そうそう。
そんなに重要ですよね。
そうだそう。で、この講演の中でいろいろ、いろんな観点であるんですよね。で、文学何の役に立つのかっていう、そこをまず考える上で重要っていうのが、文学のおかげで救われたっていうですね。
その体験を持っているか持っていないか、そこ結構大きいんじゃないかなっていうですね。そういったニュアンスのことも。
なるほどね。
まず文学の救いというふうに言われているんですけど、広野圭一郎さんは北九州の工業地帯で、周りがすごいやっぱりあれなんですよね、本とか全然読んでいない。
読まない人しか多かったんだ。
なぜか多くて、その中で高校の時三島由紀夫とかトーマスマンとかもあって、トーマスマンとかがなんで自分のことを代弁してくれているんだっていうようなですね。
三島由紀夫の文章が、日本語ってこんなに素晴らしい文章があるのかっていうですね。やっぱりそういったすごい大きな感動、救いがあったっていうところで。
この辺はでもあれでしたね。自分たちも文学とはって考えるときにですね、結構この原体験みたいなところってやっぱりあるなと思っていて、みんなそうかなと思うんですけども。
そこを改めて振り返ってみるのってやっぱり文学を、自分と文学とのつながりを考える上ではすごい重要なところかなと思うと。
あとは普遍的な問題とかですね。そういったものを個人を介して考えることができるっていうですね。これもやっぱり社会問題とかいろいろあると思うんですけど。
そういったのも小説だと個人の話から始まって、でも読んでいくとそういう大きな問題に行き渡るっていう、自分にとっては関係ない話と最初は思っていたとしても、
意外と自分みたいな一般の人も巻き込まれることもあり得るとかですね。つながりっていうのを作っていくっていうところはですね、文学の力なのかなと思うんですね。
で、今僕が喋ってるのって、ちなみにあれですよ。平野啓一郎さんが言ってることとだいぶですね、勝手に自分の中で変換しているんじゃないですか。
公演。
大体、渡辺幸太郎さんで言うとこの孤独ですね。
そうそうそう。勝手に解釈して。
いいと思います。
良かったら公演を聞いてもらえたらなと思うんですけども、現実と文学との体験のリンクみたいなところとかもかなり大きいですし、他にもいくつかいろんな観点から文学ってこういう作者との距離っていうんですかね。
そういったところからも、作者との距離っていうとあれですね、ちょっとイメージがつくみにくいんですけど、共感できない作者について考えるっていうですね、ちょっと項目があって。
共感できる話とかだったら入り込みやすいんですけど、やっぱり小説読んでるとあんまり共感できないこととかもあると。
なるほど。あるし、それがすごい魅力な本もありますよね。共感できないことがね。
そうですね。でもそれによって、やっぱり別のベクトルからその問題を認識することができるみたいな。
やっぱり本当にいろんな角度から文学の持つ可能性っていうところをですね、すごい広げてくれるような話をされていて。
これを読むとやっぱりあれなんですよ、結構触発されてですね。それに触発されて、じゃあ僕が文学は何の役に立つのかっていうですね、ちょっと同じことを話すとあんまり面白くないので、
ちょっと自分がですね、ラジオとかで大地さんと喋るだったら、文学の楽しみ方がね、やっぱりいいんじゃないかなと。
そうか、役に立つから楽しみ方に。
楽しみ方にちょっとずらしてね。
なるほどね。
これもやっぱり自分たちがラジオで紹介する本、毎週毎週読んでいて、意外とそれが楽しんで読めていることが基本的には多くて。
なんかその義務感で読んでるとか、最初はですね、収録の技術があるんで必要に迫られて、ちょっと義務感みたいな感じで読み始めるんですけど、
でも読むとやっぱり面白くて、楽しんで読めてると。
それなんでなんだろうかっていうですね、楽しみ方っていうところはちょっと改めて、ちょっと言葉にしていけたらなというのが今回の趣旨ですね。
この内容にしたいなと思うところですね。
なるほど、じゃあ文学をどう楽しんでるかみたいなところなんですかね。
そうですね、はい。
この導入まではですね、僕の頭の中で今話してきたことの流れっていうのをイメージは持ってたんですが、ここから先はですね、本当台本もなんもなくてですね。
ほぼほぼ考えながら、しゃべりながら考えていこうかなと思うんですけども。
なるほどね。どうします?
まずはですね、前提というところは話しておきたくてですね。
まずは僕たちが文学を読んでいるっていうのが、これ僕にとってはなんですけど、やっぱり面白いから読んでいるっていうところがあってですね。
この面白いもいろいろありまして、やっぱり何を思って面白いかっていうところがですね、なんかこれ話すと長くなりそうなんですけども。
そのエンタメ的な面白さだけではなくて、例えばですけど、物語のうねり具合っていうんですかね。
物語の魅力であったり、作品の世界観の魅力であったり、文章の良さであったりとか、作品の奥行きであったりですね。
なんかすごい深刻な、やっぱり読んでいて辛くなるような、例えばですが海外文学に限らずか、文学の中でやっぱりいろんな被害が出てくるような重たい話とかあったりするんですけど。
重たい話とかありますよね。ゾッツンとくるような。
そうなんですよ。そういうのはもう語弊あるかもしれないですけど、やっぱり読んでいると面白いところがあって、面白いだけじゃないんですけどもちろん。
面白いところがあるから読めていけるっていうのがまずあって、そこへの満足感っていうのはすごいあって、そこで今はちょっと読んでますよっていうところが一つと。
これから話していくのは一般論ではなくて、あくまで個人的な観点から、経験ベースでちょっと話していこうかなと思っているというところですね。
なるほど。わかりました。
まずはですね、ちょっとそこで文学の救いというか、出会いみたいなところをまずちょっと振り返ってみて、そんなあとですね、なんで文学を、中でも海外文学ですね。
海外文学なんで読んでいるのかっていうところと、あと文学を楽しむにはどうしているのかっていうですね、そんな話を移っていけたらなと思うんですけども。
文学との出会いもラジオで今までですね。
うん、結構話してる。
話してますよ、なんとか。第一さんだったら中学の時にリングを読んだっていうのが最初の入り口だった。
文学というか、小説かな、小説性の入り口ですね。
そうですね、僕の場合は高校2年のジャスミンの時にグウィンスターがたまたま手に取って読んで、そこからハマって小説を読むようになっていったっていうのがあって、こういうのはでもよくある話かなとは思うん
ですね。
そうですね、文学じゃないけどエンタメとかホラーから入っていってみたいなことですよね。
いつの間にか文学の方にみたいな。
そこからそうなんですよね、なんで文学なんだろうっていうですね。
入り口はちょっとエンタメとかホラーだったのに、なぜ文学に入っていくのか。
僕はやっぱり高校の時とか基本的にやっぱり面白い、ちょっとエンタメ要素のある本ばっかり読んでいたんですけど、でもたまには文学作品もそこの中で読んでいたりっていうのもあったりっていう。
でも気づいたらエンタメ系より文学、エンタメと文学っていうのをちょっと分けるのもどうかなと思うんですけど、文学作品ばっかり読むようになっていったっていうのがあってですね。
その辺ってどうなんですか?大地さんの中ではあります?
文学になぜ移行していったかってことですか?
まあ一つは、もちろん面白かったというのがあるんですけど、前も話したけど結構大地さんの人間失格を高校中、あれ高校か、時読んだら結構苦手意識がすごく強かったんですね。
本は小説はよく読んでたけど、よしじゃあダザエオさんも読んでみっかと思って読んだら、自分は結構その当時は受け入れられなかったんですね、書かれてることとか。
自分にはその時に結構短絡的に文学は、純文学と読まれてるものか、純文学と文学何が違うのみたいな話するのがややこしいんで今日はもうしないでいきたいんですけど、
その当時いわゆる文学とされているものはあんまり自分には合わないんだなと思って、ひたすら森宏を読み出すっていうモードになって、その後もどんどん伊坂幸太朗とか、いわゆるエンタメ系に走っていったんですね。
でもその中でエンタメでも森宏でも、森宏って文学的だなと思う要素結構あるんですよね、詩的な文章とかすごくて、すごい良いなと思うんですけど、
だから全然ミステリーだけど、やっぱりちょっと詩的な文章があるとか、スーパーステージ的な部分にすごい惹かれてたりもしたし、
おそらく村上春樹とかを読み出して、めっちゃ面白いじゃんと思って村上春樹にはまっていって、そのあたりから多分ちょっと文学っていうものをまた再び、
で一番大きかったのはこの、あれ紹介したことあると思うんですけど宮本テルの星々の悲しみっていう短編を読んだ時に文学ってすごいっていうのが思って、
そこは結構、で大学も文学部に入ったし、そこからも英語部だったんで、アメリカとかイギリスの小説とかを読むってなっていくと、
それってやっぱり授業だったのでエンタメ作品じゃ全くないので当たり前ですけど、結構文学作品が多いので文学にどんどんどんどん入っていったって感じですかね、
その過程で何が自分を引き付けたのかっていうところになると、多分その美しさみたいなのを感じたんだと思うんですよね、端的に言うとそうだと思う
まあちょっとこれぐらいにしておいてはいいかな
ちなみに現実への不満とか絶望とかそういうのはなかったですか?
でもよく覚えてるのは、そういう感情は私はイサク・コタローとかを読んで解消した気がするんですよね
だから文学作品によって救われたっていう感情はめちゃめちゃ今思い返すとよしよしある気がするんですけど、
最初になんか救われたからハマったみたいな感覚よりはこれってすごい美しいなみたいな感じだったと思う
文章もすごい綺麗だしとか
僕もちょっと近いですけどやっぱり高校の時本読むようになって、その時はやっぱりなんか世の中面白くないなっていうのはすごい気持ちとして出てて
それまで本当漫画とゲームとテレビとそんなばっかり
それはそれで面白かったのに急にある時にそれらもなんかもう面白くないなって思えてきた時があってですね
この先どうしようかなと特に勉強とかそういうのもやることもあんまなくですね
その時たまたまグウィンスターが読んで面白いなとなって歴史小説とかミステリーとか色々読んでいってやっぱ面白いなと思って読んでいくわけなんですけど
高校3年か2年か3年かモンテクリスターク読んだ時にそうなんですよね
それが一つのターニングポイントになっていて
これもラジオでやっぱり喋ったことある話なんですけど
19世紀の話なのにもうすごいシンプルに話が面白くて
それだけじゃなくて遠い国のフランスとかが舞台なんですけど
遠い国の話なんですけど
そこの世界がすごい魅力的でいろんな国を跨がってるんで
その世界の広さっていうんですかね
なんかそんなのをちょっと感じれて物語の魅力みたいなところにすごい混ざって
世の中にこんな面白いものがあるんだっていうですね
そこの衝撃がかなりありましたね
世の中面白くないなって思っていたのに
急にですねその反発がすごくて
世の中にこんな面白いすごいものがあるのかっていう
作品があるんだ
そこからモンテクリスタークを書くきっかけで
ちょっとエンタメ作品だけじゃなくて
いろんな分野の小説を純文学とかですね
読むようになっていったっていうのはありますね
海外のものとか
世界を広げてくれるとかっていうのが結構原体験ってことですね
そうですね
その後いくつかのいろんな本を読んでいって
村上春樹もそうですし菅厚子とか
大学の時にロレンス・ダレルとか読んだ時に文章
こんなすごい文章があるのかっていうですね
小説の世界
小説に限らずか文章の魅力っていうかですね
そこにもかなり衝撃を受けて
割合は海外の作家の方が読んでいくと
影響を受けることが多くて
それで自然と海外の作家の作品に目を向けるようになっていったっていう流れがあって
なるほどね
そうですね
やっぱり僕も思い返すと文学の救いっていうところはですね
強烈に高校の時にはあって
それが延々と続いてるっていうのがあってですね
なるほどね
そこからの海外文学をなんで読んでいくのかっていうですね
次そこにちょっとなってくるのかなと思うんですけど
これもですね何かあります?海外文学夢になったなっていう
海外文学夢になったのは
何度か話してる気はするんですけど
免許合宿の時に
フトエスキンの罪と罰の時だ
大学の終わりの時に
大学入った時には何か違う海外の作品から
世界を見てみたいみたいな欲求があったのに
意外と見てないなと思って読んでないなと思って
でいわゆるこの授業で扱う以外のものの
いわゆる現代海外文学ですよね
現代の海外文学ですよね翻訳小説ですよね
それを読んでこれも紹介しましたけど
ジョン・マクレーガーの奇跡も語るものがいなければっていう本を読んで
めちゃくちゃ面白いじゃんと思って
美しいし構成もすごいし
こんな小説あるんだ
そんなにでも有名じゃないんですよね
確かに確かに
本国でどれくらい売れたんだかわからないですけど
でも面白いなと思ったから
そこからいわゆる大学の時は
日本の小説の方は比率が高かったんですよ
8割9割かな
言い方で言うけど結構読んでたんで
結構読んでたんで
9割くらい日本の小説だった気がするんですけど
その後にちょっとずつ海外の小説の割合が増えていったみたいな感じ
今やもう逆転ですよ
ちょっとこのポッドキャストをやるっていうことも踏まえて
そうなってしまってるんですけど
そんな感じで回答になってます?
いいと思いますね
そうですね
本当にこの一冊で結構大きなインパクトが出るというのはありますよね
気になる作品小説あるよね
作家もそうかもしれないけど
みなさんの場合で言うとグウィンスターがあってロレンスタレルがあって
そうですね
その間にもモンテクリストハクがあって
だいたいこの3つですよね
他にももっといろんな作品読んではいるんですけど
こういう話す時にその3つしかあんまり出てこないんですよね
これなんかあれだね
平野さんが言うところを何かにつながる気がするんだけど
確かにこの読んだ時間が何かしら結構長期的な影響を自分に与えてるっていうことですよね
あの時読んだことがあってことですよね
そうですね
今ちょっと平野さんの文学が何の役に立つのかっていうところで
何か役に立つって言うとですね
コスパとかですね
台場とかいろんなことがあると思うんですけど
本当実用性があるかとか自分に何かメリットあるかとか
そういう意味では海外文学ってですね
ちょっと遠いと思うんですけど
日本の作家の本を読む方が得られるものって多そうな気はするんですよ
日本の社会とか自分たちがイメージしやすい人を描いていたりとか
自分たちの生活圏の中では
社会を知るとか人を知るみたいなところでは
日本の作家が書いている本を読む方が学びは大きいんじゃないかなと
これあれですよ本に書いてあるとは全然違いますよ
僕は今勝手に頭の中で思ったことなんですけど
それなのに海外文学をばっかり読んでるっていうところがですね
ちょっと面白いなと思っていてですね
それで言うと私でも海外文学の方が得られるもの多いと思って読んでますね
僕もそうなんですよ
日本の人として身近なものよりもやっぱり違う世界を見せてくれるものの方が
得られるものが大きいと思って接してる気がする
だから別にみんな読めばいいのにとか思ったりするときもあるし
そうですよね
ちょっと今意見のあれがあるかもしれないけど
じゃあ日本の小説の方が身近だから想像しやすいから得られるものっていうか
得やすいっていうのかな
得やすいって感覚なんですね
どうなんだろう
でも役に立つか立たないかっていう
これは役に立つっていう定義付けがまた大変ですけど
っていうところでは日本の小説の方が何か役に立ちそうな気はする
これが何というか今時の若者とかですね
自分たちの同世代の日常を描いてるような小説とかだったらですね
確かに今の日本人の30代40代の人ってこういうライフスタイルの人もいるなとかですね
でもそれが役に立つのかっていうとまた話ね
あれですけどちょっと脱線したんですけど
単純に考えるとですね
日本の作家の作品の方が得るものありそうな気がするんですが
でも僕たちなぜか海外文学ばっかり読んでるっていうところにですね
何かあるのかなと
これは別に日本が悪い海外がいいとかそういうわけではないと思っていてですね
ただ海外文学はね読んでるっていうところで
それはやっぱり見方は得るものとかっていうよりか楽しめてるからっていうですね
ここからが今回の本題ですね
僕たちの文学の楽しみ方
文学を楽しむにはっていうですね
どのように文学を楽しんでいるかっていうですね
そこの話ですね
ちょっと長いもので話してきたんですけど
今回のテーマの結論部分
今からやっとしゃべっていきたいなと思います
結論になっちゃうんですね
そうです
なるほどね
文学を
じゃあミエさんは楽しめ
それでいうと楽しみ方っていうのが
いろんな今の経験からこういうことだみたいなのが今結論として一個あるっていうこと
ちょっと待ってくださいよ
これはですね
もうちょっとなんか回り道した言い方になるかもしれないんですけど
楽しみ方っていろいろあると思っていてですね
例えば想像力巡らして小説を読めれたら
それは十分楽しめてるんじゃないかなと思いますし
またさっきからの話で
すごい文章が素晴らしいとかですね
そういったところを感じられたら
それも楽しみだと思いますし
あと物語とか作品の世界に没入できたら
それも十分に楽しめると思うので
海外の作品ってやっぱ物にもよるんですけど
ちょっと自分たちからは遠い作品とかもあったりして
特に最初の30ページぐらいとか読んでても
いまいちピンと入ってこない小説とか多いんですけど
あれを楽しめてるかって言われたらちょっと微妙な時間ですよね
でも結果はそれを楽しんで読めてることが多くてですね
今まで本の読み方っていう話をしてきたので
ちょっとそこと重なってしまうかもしれないんですけども
文学をどうやったら楽しめてるのか
どういうふうに楽しんでいるのかっていうですね
そこを脈絡なく話していって
そこで何か案外こうじゃないかって気づけるところがあれば
いいのかなと思ってますね
海外の本読んでてですね
文学全般のことかもしれないですね
個人的にはやっぱり自分で結構想像しながら読むっていうですね
これもラジオで紹介したリーディングリストっていうですね
作品があってこれ主人公が大学の文学部の先生で
やっぱりアカデミックに読むとちゃんと捉えて読むんですね
その作品を正確にこれこれはこういうことを言ってるとかですね
本当はその人って文学好きで
そんな正確に読むっていうよりかは
自分が好きに自分の好きな解釈で捉えて読んでいきたいっていうですね
っていう思いもあって
僕はそうで小説に書かれていることはそう
それはそうとして自分はそれに対してですね
勝手にこういうふうに解釈して勝手にこういうふうに想像を膨らまして
自分やったらどうなんだろうとかですね
その作品の物語があるとしたら
それとはまた別の自分の勝手な想像の物語っていうのをですね
ちょっとなんか展開しながら読んでいったりとかですね
そういう自由な読み方って言えるかもしれないですけど
そういうのができているとですね
結構楽しめている状態ではあるなと思っていて
これもですね
分かりやすい小説やとそれがやりづらいというか
分かりやすい話だとその話に集中して入っていけるんで
読んでいたらわかるというか
すじ道にちゃんとレールに乗っかっている感じがあって
あんまりそれを脱線する余地がなかったりするんですね
スムーズに本を読んでいけるというか
そのスムーズさが逆に違うってことですね
それはそれで面白いと思うんですけど
海外の小説とかよくわからない霧の中を進んでいるような感覚がある時に
幻のもう一つの物語みたいなものが
ふわっと想像を巡らせることができたりとかするところがあって
こういうのは本当に遊びみたいなものかもしれないんですけど
そうやって本来の話がつかみどころがなかったら
それを補うためにちょっと想像したりとか
それについて解釈しようとしたりするんですけど
そこがそれをできる余地があるっていうところがむしろ面白いっていうですね
これはもしかすると視点によっては海外の小説の読みにくさとか
分かりにくさで手をつけるのを躊躇する部分かもしれないんですけど
自分でも読んでいくと確かにそれ読みにくさではあるんですけど
でもある一定の乗り越えたら逆にそこが面白くなっていけたりするっていう
これ何なんだろうね最初から面白くないっていうのは
これはどう捉えていいんだろうね
何なんですかねこれは
擦れ目のように味があるみたいな感覚なのか
ある一定の情報が積み上がっていったら急に視界が開けるみたいな
そんなことが起きているのか
どうなんだろうね全然最初から分かりやすく入っていって感動するみたいなこともあるか
それはもちろんもちろん
なんだろうなシンプルにいつも私は文学というか
映画とかでもそうなんですけど結局圧倒されたいっていうのが結構強いんですよね
確かに確かに
すごいみたいなこれは何なんだみたいなのがあるんで
それで言うと文学はそういうものがあるし
最初のこのつまずきとか30ページ苦しく読むとか
なんか最終的にきっとそういうものが待ってるだろうっていう
期待というか希望みたいのがあるから読んでいくんですよね
どっかでそれが訪れることを読んでいる最中にどっかで訪れることを期待しているんだなって思いますね
だから30ページとか最初きつくてもそれでいけちゃうのは多分そういうことだと思うんですけど
逆に今年読んだ本でいうと吉田秀一のタイムアフタータイムっていう書籍があるんですけど
最初から全然入ってきるし面白いし
でもこう圧倒されるみたいなことがあったり
あとあれもそうかプロジェクトヘイレベアリーも1ページ目から面白いじゃないですか
文学じゃないからSFだけどでも圧倒されるじゃないですか
そういうのって何だろうなっていうのがある中で
最初のちょっと我慢するっていう我慢してるわけでもないのかな
何なんですかねよく我々言いますよね最初の30ページ頑張る
そうですね思うのはやっぱり吉田秀一とかプロジェクトヘイレベアリーは
すごい導入は工夫してると思いますねやっぱり脱線されないように面白くっていう
そういう意味ではなんか
後派な文学作品吉田秀一もそうですけど
秀一ちょっとエンタメでもあるからね国宝
国宝ってエンタメなのか文学なのかちょっと分かんないけど
でも導入が読み込むのが難しい作品って多いんですけど
でもそうですよねやっぱりそこを乗り越えれたらっていうところはありますし
でもそこを乗り越える一つのヒントには個人的にはですね
この想像力をどれだけ巡らせれるかっていうところがあるなと思っていますし
あとは楽しむという点ではですねこれも個人的な感覚としては
美意識持てるかどうかっていうのは結構大きくてですね美意識っていうのが
そう美意識です文体とか描写このセンスになるかなとは思うんですけども
やっぱり大地さんも影響を受けた作品とかって文章の良さにかなり影響を受けてると思うんですけど
僕もやっぱり今まで影響を受けてきた作品って基本的には文章がすごい良かったって思える
そういう作家が多くてですね
あとはその情景をどう表現するかとかですね
僕はボラーニョがすごい好きなんですけど
ボラーニョの情景の描き方っていうんですかね
夜中にですね車がやってきてそこにライトをつけて車から人が降りて部屋に侵入してきて
強盗か殺人かしてまた車は去っていくっていうですね
そんなシーンとかでもですね
すごいそれを面白くというか何て言うんですかね
すごい良い文章でそれを表現していてですね
そんな設定とかそんなストーリーだけ切り取ると
それって面白い話なのかって思っちゃうんですけど
その表現を読むとこれがとんでもなく面白いって思えてしまうっていうですね
これはやっぱりボラーニョのセンスのところであったり
あとはその文章の言葉文章で使っている言葉とかですね
そういうのを取っていってもそこにやっぱりその結構美意識っていうところは働いているのかなと思って
それがなんかやっぱりそこで何というか普通のよくある説明の言葉で終始しているのか
表現にこの言葉を持ってくるのかっていうですね
村上春樹とかですね本当予想ができないような表現とかやっぱ上手いことを使っていると思うんですけど
それもセンスと思うんですけどもそういったところのやっぱり良さですよね
そういったところにちょっと美意識を感じるところがあって個人的に
作家への信頼とかにもなってきているのかなと思うんですね
この作家の文章はやっぱり読んでてすごい響いてくるものがあるとか
やっぱり最近だとローベルト・ゼーターラーという作家
進捗レストブックスでちょくちょく本が翻訳されているんですけども
ゼーターラーの文章とかもやっぱり他の作家とはちょっと違う文の作り方っていうんですかね
言葉の使い方をしていてなんでゼーターラーが普通のことを書いてても
ゼーターラーの文章だともうそれだけで満足してしまうっていうかですね
これはもう読んでみたくなるっていうですね
なるほどそこに対する信頼とかもありますよね
そうですよね
個人的にそうですそれは結構自分の美意識に引っかかっているなと思っていて
文学を楽しむ時にそういった文章であったりとかそういったところを楽しめてたらですね
特に海外文学とかとんでもない文章の書き手がいっぱいいるので
沼にはまっていくんじゃないかなと思うと
それで言うとあれだよね海外文学は翻訳者の方の美意識みたいなのにめちゃくちゃ頼ってる
なんて言うんだろうな
もうそこが重要ですね
すごい重要なポイントだよね
翻訳者の日本語の表現能力それがとんでもないレベルに達してないと
とんでもないレベルに達してないと
達したいと思えば難しいと思いますね
難しい、いやなんていうか翻訳者って本を買う時ってあるじゃないですか
この人が訳してるんだったら面白いんじゃないかとか
それで翻訳のパターンって持ち込む場合と出版社が依頼される場合があるんで
その翻訳者の方が選んでるかどうかっていうのはまたちょっとわかんないんだけれども
やっぱりそのアウトプットとして出てくる翻訳が美しいっていうのは
もうこの人だったらっていうのはやっぱあるじゃないですか
そこは、だからこれはちょっと海外文学の楽しみ方かもなって思いますね
この自分の好きな翻訳者を探すとか
自分の感覚のフィットする翻訳者を探すとかっていうのはなんかあるかもしれない
私藤彦さんの翻訳好きなんですけど
あの人の翻訳ってもしかしたら苦手な人もいると思うんですよ、読みにくいって
割と読みにくいって感じる方もいらっしゃるんだろうなっていうのはちょっと思うんですけど
でもあの原文に近づけ、原文の感覚を届けようっていう
でもそれで言いながら多分あれですね、日本語の表現として
本当に言葉の選び方とか使い方が本当にすごく的確だと思いますし
それこそ多分圧倒されるんですよね
本当にそこにすごい技術が入っていると思います
だからすごい信頼するし
そこからもうなんかちょっと文学の楽しみ方っていうところとは
ちょっと違う楽しみ方かもしれないけどやっぱ好きな翻訳者を見つけるとか
っていうのはなんか作家を見つけるのと同じくらいやっぱすごい楽しいことだなって思いますね
うん、確かに確かに
そうですよね、なんかそういった文章とかね
翻訳者っていうところがかなり大きなポイントになってるなと思いますし
あと文学を楽しむっていう点でですね
これも他にもいっぱいあるんですよね
物語っていうところを切り取ると物語だけでもいっぱいありますし
さっき平田圭一郎さんの本の話をしたときに
大きな問題、社会問題とか自分には関係ないだろうと思うような問題でも
文学を通すことでそれに対して手触りのあるような感覚を持って
その問題を見ることができるかもしれないとかですね
あとはその登場人物とかにというフィルターを通して
自分の目とは違う登場人物とか語り手の目を通してまた世界を見ることができるとかですね
他にもいろいろな文学を楽しめるポイントってあるとは思っていまして
そういう意味で文学の楽しみ方ってこれとこれだけなんですっていうわけではなくて
考えたらいくらでもありそうな
そうですね
おそらく小説作品によってこの小説作品ではこういった点とこういった点が楽しめたとか
特に文章にすごい魅力を感じたとか
特に物語にすごく惹かれたとかっていうですね
そういう風になっていくのかなと思うんですけど
じゃあそうするとまとめるとどういうことですかね
今いくつかあるっていうあれだったけど
なんか結構ザックバランに払っちゃった話だったけど
まとめると海外文学の楽しみ方っていうのはどういうことになっていくんですかね
これはですねまとめていいんだろうかっていうところは正直思いますね
なるほどね、じゃあこう発散して終わっていく感じですね
そうなんですよね
なんかねその答えがなかなか楽しみ方っていくらでもあるよねっていうのが
個人的に思っているところではありますし
それはでもいくらでもあるよねっていうのは
その作品の中にもあるし自分の中でですよね
自分の中で楽しめるだけの色んな選択を持っているのかっていうところもあると思いますし
でもそれをなんていうんですかね
そういうものだって思えるところが大事なのかなと思うんですよ
海外文学とかってやっぱり読んですぐ分かる話でもないと思いますし
そうですね
そういうものがある作品かなと思うんですけども
そういうのがじっくり読んでいくっていう時に
いろんな楽しみ方があるなっていう
なんかその意識をうっすらと持っていたら読んでる中で
意外なポイントでですね
ここが面白いとか
この人物にすごい共感できるとか
この人物がすごい面白いとかですね
そういうので小説に愛着が持てて
そうなんですよね
僕が最後に結論的にもし言えることがあるとしたらですね
愛着を持てるかどうかがすごく大きいなと思いますね作品に
愛着ね
そうですね
これもやっぱり自分で読んでる時に
やっぱりどこかのタイミングで
その作品に愛着を持てたら
あとは結構読んでいけるんですね
なるほどね
それがなんか
わかる
それがなんていうんですかね
すごい自分でも読んでて
意外なところで登場人物の
この場面で急にその人物が好きになったとかですね
その人物がめっちゃ面白い人に思えてきたとかですね
そんなレベルからそう
愛着が持てていくようになるので
これはちょっと説明がすごく難しいんですけども
その愛着っていうのは結構重要な感覚なんですね
そうですね
その愛着っていうのが
すごい劇的なものでは本当にないと思っていて
ほんとささやかなところ
少数の中でもそんなとこに注目するのっていうようなところから
愛着も出たりしてしまうっていうですね
ミランダジュライのハイツクバって読んでた時も
今回あれですよね
若い男性
主人公にちょっと目を付けられた
若い男性がいるんですけど
その若い男性
どのシーンかはっきりとは覚えてないんですけども
何だっけな
ほんと意外なんですね
ささやかな男性の描写で
急にですね
その男性とその主人公との関係に興味を持ててですね
そこからすぐ面白く読んでいけたんですね
元々話は面白いんですけども
すぐそこからはまっていったっていう感覚があって
ほんとそんなね
予想外なところに多分
人って愛着を持てたりするのかなと
自分の場合はそうで
そっか
その愛着の見つけ方
愛着の仕方って難しいね
言葉としてね
個人の感覚的なところとかになってくると思いますので
その愛着のところから
文学を楽しむんだよっていうのが
一般的にみんなこのポイントで楽しみましょうっていう
この点で楽しめるみたいなんですね
そんななんか分かりやすい
分かりやすくみんなが楽しめるポイント
楽しめる作品ってあるかはないかちょっと分かんないんですけども
でもその個人が持ってる
すごいなんかささやかなところで引っかかるポイント
愛着が持てるポイント
みたいなものはあるんじゃないかなと
じっくり読んでいってそれを感じ取れたら
あとはそこを大切にして
そう読んでいけるっていうですね
これは僕の感覚として
このラジオで紹介する本読んでるときとかですね
最初
それが読んであと台本となって表彰化していくわけですよね
とか読み切らないといけないっていうときに
最初いまいちよくわからないなってスタートしてたのに
急に途中から結構意外と面白い
でだんだん好きになっていけるっていうですね
楽しんでいけてるっていう
僕から言えることはもうここまでですね
なるほど