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2025-04-14 32:37

第20話「春うらら地中海船旅教室」2025/3/27 #Radio23club

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サマリー

平野ふうみの第20話では、地中海を巡る船旅について語ります。イスタンブールやマルセイユ、バレンシア、ローマなどの訪問地で異国の文化や言語の違いを感じながら、旅行の楽しさやフランスの食文化についての体験を共有します。このエピソードでは、旅行の思い出や体験が語られ、特にオーストラリアのクジラウォッチングや北海道の風景に関するエピソードが紹介されます。また、東京旅行についての感想や新しい発見も共有されています。春の地中海の船旅についての教室を開き、旅行における人間力やコミュニケーションの重要性について語ります。さらに、旅行を通じて得られる経験が人生の糧になることにも触れています。

地中海の船旅の始まり
始めましょう。平野文のRadio23club、第20話です。
時刻は23時をまいりました。こんばんは、ラジオDJの平野文です。 今日はどんな一日だった?何か良いことあったかな?
色々あった人も、そうでなかった人も、これからのひと時は一緒にのんびりゆったり、深夜のラジオトークいたしましょう。
一緒に始めましょう。時刻は23時です。23も日本語でふうみと呼ばれるので、この番組は平野ふうみのラジオ23と呼ばれます。
違う、ラジオふうみクラブです。こんばんは、ふうみ平野です。ラジオDJです。今日はどうでしたか?誰かに感謝したことあったかな?
今から、一緒にラジオトークをしましょう。
平野ふうみのラジオふうみクラブ、この番組はスタッフチームニサンガロクのブロガーのコグレさん、ウェブエンジニアのヤンガーさん、お二人のサポートでお送りします。
この番組はスタッフチームニサンガロクのブロガーコグレさん、ウェブエンジニアのヤンガーさんに提供されます。
お送りします。
久しぶりですね。平野ふうみのラジオふうみクラブ。4週間のご無沙汰でした。どうもお待たせいたしました。
留守の間は、地中海を一周する船に乗って、各国のヨーロッパの魚事情を見に行ったというのが今回の目的でしたので、
マルセイユ初の地中海のいわゆるぐるぐる巡回している船にマルセイユから乗って、
時計と反対回りに行ってきました。
まず行った時に、イスタンブールでトランジットしたんですよ。
そこで3時間ぐらいいたんですけど、イスタンブールに行ったら、
歩いている人全部がゼレンスキーみたいな顔をしていて、
ここは違うところに来たんだな、トルコに近いじゃない。
アブダビにも行ったじゃない。だからアブダビのことも思い出しててさ、
いやーやっぱり違う国に来たんだなって、まずそこで異国の風を感じて、
トランジットしていた時に、バーガーキングもマクドナルドもどこにもあるんだなって思って、
ショップなんかもあったり、トランジットもすごいね、
イスタンブールってハブ空港だから、いろんな便が出入りしているから、
待合のところのショップなんかもすごい広いエリアなのね。
で、トルコのお土産みたいなのもあったりさ、
で、そこに3時間いたのかな、トランジットなのでね、お茶でも飲もうってことで、
マックが一番高額のためにと思って行ったら、
カプチーノってさ、
券売機みたいに行くので買うわけ。
そうしたらさ、そこで1000円なのよね。
いやー、カプチーノ一杯、コーヒー一杯で1000円なのかって、
ヨーロッパやっぱり高いんだなって思ってさ。
で、それからもう一度、地中海の南仏のところね、マルセイユだから、
マルインは地中海だとすると、マルセイユって11時くらいの時計で言うとね、そこに行って、
で、そこからスペイン下降りて、9時くらいのところにスペインのバレンシアがあって、
で、今度1日、1日中船に乗って、地中海の真ん中にあるサルディーニア島っていうイタリア共和国なんだけど、そこに寄って、
で、それから上の方に行くと、今度イタリア半島の右側よね、右側の方の港川にさ、
えっとね、2時くらいのところにローマに行けるチビタベッキアっていうのがあって、
次に1時くらいのところにフィレンズに行かれるリボルノっていう港があって、
で、そっからまたマルセイユ、11時のところにマルセイユに帰ってきたっていう、そんな風なんだけど、
でさ、そのゼレンスキーばっかりみたいな顔の人ばっかりいる飛行場からさ、今度そのマルセイユ行きの飛行機に乗ったらさ、
乗ってる人は全部フランス人的なさ、顔してる人ばっかりでさ、ああ、こういうことね、みたいなさ、でマルセイユ降りたじゃない、
でもうフランス語ばっかりなのよ、で、あの、有名な、
ブイヤベース、まあブイヤベースが発祥の地だっていうことだから、ブイヤベースのちょっと有名なお店に入ろうかって入ったらさ、お昼に入ったのね、
で、まあ外側に港側に面してるテラスみたいなのがビニールの壁と屋根で張ってあってさ、
で、そのまあオープンな感じなのね、でさ、そこでさ、行ったらさ、英語でさ、お願いしたらさ、全部フランス語で帰ってくるんだよ、そのチーフがさ、
ああ、やっぱりフランス人ってプライドがあるのかなと思っちゃってさ、
で、まあブイヤベースを、まあ詳しいことはもうXに全部投稿してあるんですけど、そのXをまとめてニサンガロクのチームのコグレさんが、
1つ時系列的に全部そのX私が日々アップしたものを逆にね、到着から2週間分の全部まとめてくれたのがありますので、興味がある方はぜひ読んでください。
まあ魚、魚のことがあまり遠く書いてありますけれど、たぶん今のメモのところにコグレさんがきっとこのURLですって貼ってくれてると思うので、それではお願いします。
なんかさ、それでさ、私なんか2週間ずっといたらさ、日本人はとにかく全然いないんですよ。で、フランス圏のところではもう本当にフランス語で、でもあのクロワッサンなんかを朝食べるようなお店はね、一生懸命英語でね、対応してくれるんですよね。
だけど、すごくね、日差しが強いもんで、サングラスをしなきゃいけないくらい眩しいわけ。だからちょっとメガネ屋に、すごいメガネ屋さんすごいたくさんあるのね、でメガネ屋に行ったらさ、今度全部フランス語でさ、英語の対応もできない人たちばっかりでさ、もうGoogle翻訳を使って、やっとの思いでサングラスを買ってみたいなさ、
だけど私、ニースに40年くらい前になるんだけど、ニースに行った時もすごく感じたのは、日差しがやっぱり強いのね、日射量も多いので、南仏だとね、物がだから綺麗に見えるんですよ。
で、やっぱり特にニース、ニースっていうのはマルセルから電車でも1時間くらいかかるところ、イタリア寄りの方なんだけれども、ニースに初めて行った時に思ったのは、だからもうね、マティスもピカソもここで絵を描きたかったんだなっていうのがよくわかるくらいその日の光が綺麗なんですよね。
南仏ってやっぱりそういうことではね、パートっていうような雰囲気もすごくするので、マルセイユはマルセイユでさ、もう漁村っていうかさ、もう漁港があってね、その魚の町みたいなところの雰囲気なので、それはそれですごくやっぱり良かったですね。
で、マルセイユから船に乗って地中海を一周したんですけど、フランス語でずっとみんなが喋ってるじゃない。
で、今度はさ、スペインのバレンシアの方に帰港すると、今度またそこで人との出入りがあるんですよ。
今度やっぱりスペイン語を話す人が増えてきて。
で、そうするとあの、すれ違う時にやっぱりね、キャビンのところでなんかはね、挨拶やっぱりするんですよね。
で、そうするとね、そのボンジュールだったのがさ、なんかブエナスタルディスに変わってさ。
でさ、でもさ、なんかエレベーターで会った時に、じゃあブエナスタルディスって言っちゃったらさ、向こうがボンジュールって返してきてさ、あ、まだ、あ、この方はフランス圏の方なのねって言ってさ。
いやいやいや、そんな、こうね、言葉のやりとりがどんどん変わってって、最後はもうイタリーだからさ、もうボンジュールのようになるのね。
そうするとこう、その、乗ってる人たちの顔つきもさ、どんどんこう変わって、フランスからさ、こう、なんかこう、フランスからスペインの方のちょっとこう、ね、顔が濃い風になって、イタリアって言ったらもうさ、もう鼻のとんがってる人ばっかりみたいなさ。
そんな風になって、言葉ももう今度イタリア語になるから、まあだいたいしゃべるのは英語で大丈夫だったんですけど、でもまあ苦労はしましたね。日本人ほんとにいないのでね。
地中海の食文化
まあ、あの、船の中のその、今日は何をしますよみたいな、新聞みたいなのが毎朝部屋に届けられるんですけど、それも全部英語だからさ、ね、降りてね、例えばそのシャトルバスがありますよ、で、シャトルバスも何時までに帰ってくださいねみたいなそういうことも書いてあるんだけどさ、もうほんとにさ、それはあの、あれです、Google翻訳も大活躍して。
あの、まあちょっと苦労しましたけど、まあ楽しかったですね。
で、あの、お食事はね、あの、全部無料なのね、お酒、飲み物は個人で払うんだけど、その、ビュッフェがずっとあってさ、ホテルのビュッフェみたいなところね、それからハンバーガーコーナーとピザコーナーみたいなのも、アイスクリームコーナーもあるんだけど、
とにかくね、ビュッフェはね、いっつも前、もうね、いろんな人種の人がいろいろ食べてて、もう全部、朝も昼ももう24時間そこはやってるので、いや、こんなみんな食べるのかっていうぐらいに、むっちゃくちゃもうこの、このサイトばかり食べてましたね。
もうピザのところのコーナーなんてもう焼いた途端に全部なくなるので、もうあの人たち何枚焼いてたんだろうぐらいの、まあでも美味しかったですよ、私もいただいたけれど。
うーん、あの、そんな風で、やっぱりこう、ね、ヨーロッパの人もパワーあるんだなと思いましたね。
えーと、あの皆様には、私がまあそうやって旅行行ってるからっていうのもあるんだけど、ちょっと旅のお話いろいろと聞かせてくださいねっていうお願いをしてたので、たくさんお便りいただきました。
もう頼りが頼りで、本当どうもありがとうございます。あの今でもまだ、あの続けて旅のお話ご紹介しますので、あの旅のお話を思い出したらまたお手紙ください、メールで。
でね、ラジオネーム町金くんがね、海外の船旅で思い出したことが一つ。
今から40年前、クジラが見たくなりオーストラリアへ。当時は地球の歩き方が唯一の頼り。
あー本当わかるわ。
日本は夏、オーストラリア冬ということもさほど意識なく現地へ。
冬の海ってすごいですよね。
概要に出るとまるでジェットコースター。あっという間に船酔いのせんで、ホエールウォッチングどころではありません。
覚えているのは、周りの欧米人がワーキャー言いながら楽しんでいたこと。
欧米人が船酔いに強いという根拠はないようですが、今でもすごいなぁと思います。
本当ね、皆さんねタフです。
クルーズの船は、一番デッキのところにはプールがあるんですよ。
外のプールに出ててね。
3月でしょ、私たち行ったときも10度ぐらいしか気温がないのにね。
まあそりゃね、若い子たちはバンバンそこのプールに入っててさ、
ジャグジーも満員でさ、いやどうなっちゃってんの。
多分温水だと思うんだけど、でも外に出たら10度ですごい寒いじゃない。
だからやっぱりね、基礎体温がね、やっぱり違うんだなとちょっと思いますね。
すれ違ったりさ、ディナーなんかにいる人でも、半袖の人なんかも半袖でTシャツの人もずいぶんあったので、
まあだからそこの町金くんが、えーみたいにさ思ってるのはさ、まあ常ではないかなと思いますね。
北海道の魅力
いやー旅のお話ね、ほんといっぱいいただいてたので、
まあ私もまたそれでね、あの今回の久しぶりにヨーロッパ行ったので、
まあちょっとまた堀を見てちょこちょこと思い出したことお話すると思いますが、
えっとね、ひでであります。ひでさんからもいただいてるんです。
で、旅話。
私は転勤や派遣で全国を行くので、観光はいつもそのついでになってしまいます。
今月も仕事の都合で北海道に行くことになりました。
仕事のことはともあれ、現地での休日はスキー、アイススケート、温泉を堪能したほか、いくつかの観光地を回ってきました。
20年ぶりに来た北海道はひたすら広く美しく、どこに行くにも遠いですね。
車を持ってきていないので移動は主に鉄道とバスになりましたが、何しろ本数が少なく1、2時間待ちは当たり前。
あと3月といえどちょっと寒いですね。最低気温はマイナス8度でした。
北海道は大きくて強い心が必要と改めて思いましたと。
ちょっと前にでっかい道、北海道というキャッチコピーで北海道の旅がすごい有名になったのですが、
北海道は本当に広い道、大きい道です。
ウィンタースポーツをひでさんはお得意だからそれで楽しいと思いましたが、
私は冬じゃないときに行きたいなと思うけれど、一本道でいつまでも信号のない道路というのはちょっと感動しますね。
北海道の方はそれが普通であるわけだから地元の人はなんとも思っていないんだけど、
私たちが行くとあらあらすごいなと思うようなことが全国各地旅行すると思いますよね。
私もそうだな、もう30年くらい前から海外より日本の方が楽しいなと思っていたので、
結構日本は回りましたね、そういう意味で。
パスポートも半コイン、全然押していないようなスカスカのパスポートになって、
それでもやっぱり行きたいなという思いがあまりなくて、
やっぱり自分の日本をまだ知らないのでもう少し見てみようというような欲が出ましたね。
日本でも本当に素敵なところがとてもあるので、旅はやっぱり日本の方がかなり安全ですしね。
私たちはほんとすりが多いからというのでも、ものすごい気をつけていたからやっぱり怖いわよね。
魚のマルシェのところ、パラソルをかけて魚を売っているような人のところでも、
私たちはお魚を買って料理しようかという時があったんだけれども、
もう後ろにちょっとやっぱり怪しいような人がべったりついてきて、
これちょっと宝られるかなというみたいなところがあったので、それはちょっと注意しましたね。
だから服装なんかとか、旅行しゃぶらないようなという風なところがきっと必要なんだと思うけれども、
でもいくらなんでも本当にどこにも日本人がいないんだからさ、
私たちはお母さんと一緒に二人で歩いていても、やっぱり観光に来ているやつだなと思われるに決まっているんだろうなと思ったけど、
でも日本だったら観光で来ているだろうなという人に対してでも温かく受け止めてくれるところがあるので、やっぱりいいですよね。
東京旅行の経験
ラジオネームナロナロくんからいただいてますよ。
ラジオふみクラブの方では初めてメールを送らせていただきます。
Clubhouseでいつも聞いてくださっているもんね。
ナロナロと申します。
私はもうすぐ大学生になる高校生というどっちつかずでちょっと曖昧な時期に差し掛かっている学生ですが、
つい先日卒業記念旅行も兼ねて2泊3日の東京旅行へ行ってきました。
自分の国の首都ということで、生きているうちに一回は行っておきたいなと思っていた東京でしたが、
いやいや大人になってこっちに来るかもしれないじゃんね。
縁があって自分が想定したよりもはるかに早いタイミングで行かれました。
よかったよかった。
3日とも朝早くに起きてからかなり遅い時間帯まで公居や神社、お寺、某超高速電波塔、某サブカルチャーの聖地など
本当にいろんなところに行きましたが、それでもまだまだ行けていないところもたくさんあって
東京ってやっぱりいろいろと詰まりに詰まっているところだなぁと、
あの時私は疲労困憊に陥りながらしみじみと感じていました。
23区、淡路島と同じ広さ、あるいはシンガポールと同じ広さって言いますけれど。
東京にはいろいろとややこしいなぁと感じることもあり、特に私は地下通路に手こずりまして。
あれは迷宮と言っても過言ではないほどややこしくって本当にもうお手上げ状態でした。
うーん、そうか。地下通路に限らずどこに行けばよいのかよくわからない迷路のようなところも東京にはたくさんあったので。
旅行が終わって地元に帰ってきた時の安土感は尋常じゃなかったですって。
そうだったんだ。いやいやいや。
地下鉄はね、10年ぐらいになるのかな。
もうね、全部番号で、Rの何番とか駅も全部番号を振ることにしてたので、
それでずいぶんね、初めての人にもわかりやすい。駅名じゃなくて番号で覚えていけばいいからということで。
何色何色って地下鉄全部色が分かれているので、出口も番号さえわかればそこのね、
もう3Bなら3Bって、A3BとかC3Bとかってあるけど、A3BならA3Bっていうのを番号だけ見てどんどん進んでいけば、
まあ大丈夫ではないかなと思うけれども。
だからその行くところの番号、行くところの出口の番号をやっぱりちゃんと覚えておけばっていうようなところで。
ちょっとコツをつかめばね、大丈夫かなと思うんだけれども。
まあでもやっぱりあの赤坂とか日比谷とか大手町なんていうのはもうお勤めの方が多いので、
歩く速度がねすごく速いんですよね。だからその中でちょっとこう上見てボーなんて言ったらバーンって当たっちゃって、
大変なことになるかもしれないので。
それ本当に手こずりましたっていう感じね。かわいそうだったわね。ご苦労様でした。
しかしながら、その疲れた分、数倍分は心の底から楽しめたので、すごく豪華で充実した卒業記念旅行になったなぁと感じました。
よかったなぁね。
いやーでも一人で来たんだ。もうすごいもう大冒険だったわよね。
いつもテレビでしか見たことがない世界だったので、まるでテレビの中に入り込んでいるような気分になるそんな夢のような出来事がいっぱいでした。
このことを糧に春から新しい大学生生活も頑張っていけそうです。
サンキュートーキョーまたいつかーって。
そうなんだ。いやー頑張った頑張った。
一人でね、地図見てね、スマホ見て、いやー大変だったと思うわよ。
私は東京がここで生まれ育ったので、これが地元なので、いろんな変化があっても、また新しいビルできたんだとかさ、
そういうふうに冒頭思うだけで、多分皆さんが観光で行くようなところには行かないので、何とも言えないんだけれど、
ただ今東京っていうのは、東京オリンピックの時ね、この前の前の東京オリンピックの時ね、1964年の東京オリンピックの時に高度経済成長だっていうので首都高ができたり、
春の地中海船旅
それからいろんな新しいビルが、いわゆるビルディングっていうね、高いビルがいろいろと建て始めてたんですよ。
で、だからそれがちょうど、もう何十年前になるのかな、60年ぐらいになるのかな、経って、
今の耐震の基準にそぐわないビルがたくさん出てきたもんだから、今もほとんど建て直す、建て直すっていうようなビルがたくさんあるんですね。
なので私はいつも車で動いてるんですけども、大手町とか東京駅周辺とかを走ってると、
あれ、またここなくなっちゃったの?とかさ、わーここ閉店しちゃったんだっていうようなビルがもうそこそこにできてきてるので、
どうなのかな、今ちょっと勢いがあるのは森ビルであったり三井不動産であったりっていうところが、
新しいことをどんどん建て直したり総合ビルっていうことで作ってるので、また変わりますね。
もう私なんかも追いついていけないぐらいに新しいところが増えて、
そういう新しいところっていうのは地方から東京に来ている人たちの方がすごくそういうところに行かなきゃっていうような感じで行くべーって言ってるので、
みんなそういうところは詳しいんじゃないかなと思うのね。
多分だから、このなろなろちゃんもサンキューまたいつかって言ってくれてるけれど、
まあ例えば5年ぐらい経ってよ、来たらまたちょっと変わってきて、
うわーまた迷路になっちゃったみたいな、そんな風になるかもしれないですね。
だから新しい東京っていうのが築地の市場のところもこれから新しい野球場みたいなのもできるような噂もあるし、
そうなったらそこでの地下鉄なり足なりなんなりっていうのがまた変わって、道線も変わってくると思うので、
新しい東京ですね。でもやっぱり築地の城外の人たちなんかも言ってるけど、最後はやっぱり人間力なんですよね。
会話のある買い物っていうのもずっとやっていきたいっていうふうに築地なんかは思っているだろうし、
仕事してなんかを作るって言ったって人間が作っているので、どうしても最後はもう人と人だよねっていうことになると思うので、
私もこれからやっぱりまだまだ人間力っていうかその人としての経験値ももちろんそうだろうけれども、
なんかいろいろと学ぶところがあって、ちゃんとした人間になっていきたいなと思いますね。
この海外でね、やっぱりすれ違うときにも必ずね、挨拶したりとか、エレベーターでもね、やっぱり目と目が合うとね、ニコッとちょっと笑ったりなんかするんですよね。
そういうところでものすごくコミュニケーションってなんか、本当エレベーターの箱の中でほんの一瞬なんだけど、それで降りるときにね、
バイとかセンキューとかって言うような、それがみんな普通になってるんですよね。そういうのがすごく心地よかったので、この2週間本当にそういうところに浸れて、日本語もほとんどしゃべることがなかったんだけれども、
なんかそういうちょっとこう、コミュニケーション取るっていうのを気楽に取れるっていう、そんな風がやっぱりいいなと思いましたね。
とにかく私は旅行すればするほど、人生の糧が増えるかなと思ってるので、
小野寺ちゃんも東京に来てすごいいっぱい感じたことがあったと思うし、秀さんのこの北海道でも、とにかく広いんだっていうことで、北海道では大きくて強い心が必要と改めて思いましたというくらい、
日本の中でも旅をしても、いろいろな思いがきっとあると思うので、
みなさまもメールお待ちしてますね。人の数だけ旅の話ってあると思うので、ちょっとそこら辺に近くに旅にお出かけしたっていう時にでもきっと感じるところがあったりすると思うので、
みなさまの旅のお話、まだまだお待ちしてます。来週もそんなことで旅話をしたいと思っています。
旅行と人間力
平野文のRadio23club第20話でした。そろそろお別れです。次回の旅話も待ち遠しいな。
お相手は平野文でした。そしてスポーツはスタッフチームニサンガロクのブロガーのコグレさん、ウェブエンジニアのヤガーさんのお二人でした。
この続きは次週4月3日の木曜日23時からね。ではまた。
次の動画もお楽しみに。
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