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さあ始めましょう。 平野文のRadio23club、第37話です。
時刻は23時を参りました。 こんばんは、ラジオDJの平野文です。
今日はどんな一日だった?何か良いことあったかな? いろいろあった人も、そうでなかった人も、これからのひとときは一緒にのんびりゆったり
深夜のラジオトークいたしましょう。
一緒に始めましょう。時刻は23時です。23は、日本語でフーミーと呼ばれるので、この番組は、平野文のラジオ23と呼ばれます。
ラジオフーミークラブ。 こんばんは、フーミー平野はラジオDJです。
今日はどうだった?何か美味しいものあったかな?
今から、一緒にラジオトークしましょう。
平野文のラジオフーミークラブ。この番組は、スタッフチームニサンガロクのブロガーのコグレさん、
ウェブエンジニアのヤガンさん、お二人のサポートでお送りします。
この番組は、スタッフチームニサンガロクのブロガーのコグレさん、ウェブエンジニアのヤガンさんのサポートでお送りします。
この番組は、スタッフチームニサンガロクのブロガーのコグレさん、ウェブエンジニアのヤガンさんのサポートでお送りします。
カバンの中身のこだわり
今はリュックなどが多いですが、
昔はね、私もね、カバンはね、あの服装に合わせて違うのを持って行ったりしたので随分種類があるんだけど、
今だけど、もう台本がまず入らなきゃいけないっていう、A4サイズのものが入らなきゃいけないっていう基本的な条件があるもんだから、
もう本当のいわゆるトートバッグで、どうしてもやっぱりショルダーが楽なので、
ショルダーでA4サイズの台本が入るものって、もう中何も仕切ってないのが本当に一番楽なので、ただ細々したものはバッグインバッグに入れて、
でまぁ、カバンを着替える場合はもうそれぐらいポカンと入れ替えればいいみたいにしてますが、特に夏はね、
蓋をしても日傘とペットボトルはもう筆形ですね。まぁもちろんね、あの、携帯は筆形だけれども、携帯は携帯でなんかショルダーのね、あのスマホ、ショルダー、
んー、まぁそれはいくつか持ってて服装に合わせて、まぁもう変えてるっていう感じですかね。
で、私はずっと手拭い派なので、ハンカチは本当にもうこの40年ぐらい持ってないですね。で、手拭いも手拭いで、
もともとはね、私ね、NHKの中継でね、その下町の手拭いのその線工場、染める工場、線工場さんにインタビュー伺った時にもう本当に気に入っちゃって、
で、そこでデザインしたのを作ってもらって以来、もうだから40年ぐらいですね、本当に。
ハンカチは使わず、手拭いをね、今はもう手拭いを半分にハサミでピヤッと切って、
で、手拭いってね、もう避けるからね、ちょこっと切れ目入れるとピヤッとね、破けるんですよね。
よく昔、ほら、鼻を直したりなんかをね、ドロッパタでやるようなドラマにも出てくるけど、
ホジホジのまんま、裾なんかはね、端っこのところなんかはもう祭り買いしないで、そのまんまなので、本当に便利で。
で、サラシってやっぱり吸い込みが一番いい、いわゆるコットなのでね、汗も拭くし鼻も噛むし、こぼしたもの拭くしっていう。
それで半分に切ったの今3枚ぐらい。夏だからもうそれ全部やっぱり使っちゃいますね。
ペットボトルのしずくをね、濡れちゃったやつをくるんでおくのもだし。
仕事と文房具への愛
あーでもね、昔ね、私手拭い持ってた時にね、収録中に野沢なちさんがね、紙コップに入れたコーヒーをベヤッとね、スタジオでこぼしちゃってさ、
その時もなんかすぐ私手拭い持ってたから、それでベビベビャッと拭いたのを覚えてるわね。
あのハンカチなんかよりやっぱり吸い込みがいいのでね。でね、その時もやっぱり自分でね、手拭い作ってたからさ、何枚もあるから全然惜しくないのよね、そうやって物拭いちゃったりなんかしても。
でね、なっちゃんがね、ありがとうって言われて、なんかそんなことも思い出しますね。手拭いにもいろいろそうやって歴史があってね。
グリコはグリコでね、私が作ってた手拭いをね、今でも私と同じデザインの百服というね、多くの女の人がいろんなことしてるっていう、その百服というデザイン、手拭いを使ってるんだけど。
あの、グリコがね、あの戸田恵子ちゃんがね、楽屋未満の方にお礼でお土産にお渡ししたいからっていうので、
ね、あの文のその柄の手拭い作ってって言われてさ、で私の文広野っていうところのサインをね、グリコ恵子戸田ってね、言うのだけね差し替えてね、それで印刷で工場に頼んだっていうのもあったわね。
あの時もだからグリコがどれぐらい作ったかな、200枚かそこらへん作ったんじゃないかな。いつもだいたいね、50枚か100枚ぐらいを単位でね、あの皆様にも作っていただいたこともあるので、またそろそろなんか色違いでね、作ろうかなと思ってるけど。
あとはだからちょっと職業柄、他の人と違うものがカバンに入ってるっていうのだと、
喉飴と喉スプレーとペンっていうのは確実にあれじゃない?普通の人がそんな筆形してるものじゃないかもね。それぞれの飴とかスプレーもね、それ自分の好きなものが決まってるみたいだし、ペンはペンでね。
私もやっぱり名前が踏みだからだけど、文章書くのとかお手紙書くのも好きだから、ちっちゃい頃からペンはずっと、やっぱり文房具なんか集めてますのでね、ペンはいわゆるこだわり。
だから台本の印をつけるのも、私は黒よりも青の方が好きだったので、青のボールペンでこう、かぎかっこみたいにしてね、自分の名前のところに印つけたりなんかしてやってましたが、
今はね、フリクソンの0.7のライトブルー、あのライトブルーの明るさがすごい見やすいので、赤だとね、やっぱりちょっと目立ちすぎちゃうので、書き込みとか送り仮名を随分、振り仮名をね、確実に間違えたくないので、
皆さんやっぱり振り仮名は書いてらっしゃるみたいですね。
だから、そのペンをね、この間さ、あのほら、これ、このペンクリップ、このところ、あのね、他のアニメのときにね、主役の女の子と話してたときにさ、私がちょっとカチカチっとやっちゃったらさ、
そのペンのさ、フリクソンのペンの頭ごとピキャーンと飛んでっちゃってさ、で、頭が外れちゃってね、で、それをなんか再生できなくなっちゃったから、またちょっと新品を買いました。
どうだろう、そのボディは4年ぐらい使ってたかな、まあ寿命になっちゃったのかもしれないけど、すごいちょっと残念で、あのね、アオガエルみたいな色だったのね、緑色の、目立つから好きだったんだけどね。
えーっと、今度はもうそれね、製造中止になっちゃってたから、白ボディに変えました。
そしたらね、このペンクリップ、ここがね、今度ね、ブロンズ、銅の色、10円玉の色ね、あれになってて、またちょっと雰囲気が変わったので、
えー、2、3日前に買い替えたので、まだそのボディでデビューはしてませんけど、やっぱりブルーが好きなのかなと思ってますね。
あのね、古川敏夫さんはね、ずーっとね、シャープペンシルなの。でね、ウルセアスイランの時もさ、4年半ずっとお隣にいてくれたでしょ。
で、ちょっとこう、ちょっと覗くとね、すんごい細かくね、アクセントを入れたりとか、ブレスね、息継ぎのところに棒を入れたりね、細かいね、なんかこう書き文字がいっぱいあって、
でもやっぱり漢字にはね、振り仮名を振っていらっしゃいましたね。それでね、収録の合間、テストと本番の間にもね、ずーっとペンを動かしているのね。
でね、ちょっと何やっているのかなと思って覗いたらね、ウルセアスイランの時はね、もうね、
当たるくんの似顔絵、隙間のところにしょこしょこっとね、書いていらして、ああ古川さん、笑顔上手なんだなと思って。
今はもうほら、Xがあるじゃない。だから、年男さんが笑顔上手っていうのも、もう有名ですし、
たぶんね、どっか探すと、そのシャープペンシルで書き込んでいる台本なんかもね、ひょっとしたらあげてくださっているのかもしれないですね。
復帰の思い出
でね、私は平成元年に築地にお嫁に行ったのね。だから、ちょっとね、嫁修行があったもんだからね、
10年ぐらいやっぱり仕事をね、抑えてたんですよ。本当に依頼をいただいたものしかやっていなかったので。
で、ちょうどね、それでね、10年ぐらいしてからだったかな、玉浦という作品でね、
それをね、瀬戸内海の広島の竹原というところが、舞台の今で言うご当地アニメの走りみたいな作品だったんだけれど。
それでね、古川敏夫さんと夫婦役で、主人公の女の子の夫婦役で出ていただけませんかっていうご依頼をいただいて、
その時にね、ああもうそろそろ復帰させてもらってもいいかなと、義理の母に父にお願いをして、その仕事を受けたという戦いがあってね。
で、その時にもやっぱりね、敏夫さんと古川さんとだからものすごい楽しみで、しかも夫婦役っていうことだったから、
なんかね、久しぶりに敏夫さんと会うの楽しみだなと思っていて。
で、やっぱりさ、隣に座るのよね。なんかもうあの、久しぶりだけどそれだけはなんか習慣になっているみたいで。
で、お隣覗いたらやっぱりさ、シャープペンシルでさ、いろんな書き込みなさってて、ああ、全然おかわりになってないなと思って。
それがだから、10年ぶりぐらいにお目にかかってね。
そしたら監督さんが後日、パーティーの席で、もともとね、その依頼をした時に、断られるのを覚悟で依頼しましたって、
そんなことをおっしゃってくださって、ずっと私がそんなにあんまり仕事をしていなかったからなのかなと思ったんだけれども、
いやいやいやね、お断りする理由がないじゃないですか。
だから、いやーでもあの作品はそういう意味ではなんか私の、個人的には復帰の作品というふうに思っているので、思い入れはありますね。
で、俊夫ちゃんもなんか、いやーふうみ久しぶりって言ってニコニコして迎え入れてくださったので、そういうのでは忘れられない。
で、ああ、相変わらずシャープペンシルなんだって、ちょっとね、それはね、すごい思いました。
全然ね、お代わりになっていらっしゃらなかったから、ね、それからまた、だからね、10年以上経ってるじゃない。
アニメの思い出
でもちっともね、本当にお代わりにならないので、嬉しいですよね。
うる星やつらの時の、あの慈悲深さのあたるちゃんの声はもう本当に、他の方にはね、やれないお声だし。
で、あの、ちょうど、あの、ちょっと前に池袋の新聞芸者というところで、あの、ビューティフルドリーマーなどがね、あの、映画館上映というのがあった。
そうで、それね、あのグルーミップさんたちに伺ったんだけど、あの、俊夫ちゃんと押井さんが、あの、ね、その映画の前に対談をしたんですって。
で、その時の様子をね、あの、俊夫ちゃんがふっついた、あのXにあげてたので、私は今その、それをリツイートして、えっと、自分のXの固定コメントにしているので、あの、読んでくださった方がいらっしゃるなと思いますけれど。
あの、ね、あたるちゃんの声を一番最初にやった時には、なんかすごく不評で、全然、あの、あってないっていう声が多かったそうなのね。
で、私たちはもう全然そんなこと、ね、昔はそういう情報も何にもないので、知らされていなかったからね、あの、全然分かんなかったのよ。
もう、私なんかは、俊夫ちゃんがいやいや素敵な声だし、なんかこう、私をまあね、新人だから引っ張ってくださっているようなこう掛け合いが、
すごい、こう、横、横、隣にマイクにいても、自分のキャラクターとは縦で会話するじゃん。
でも、ちゃんとこう横の、私のところの横のつながりを、の演技もちゃんとやってくださる方だったので、本当に、まあみなさん他の方も全員そうでしたけれども。
もう、かえすがえすもなんて素晴らしい現場でデビューができたんだろうなと、もう感謝しかないんだけれども。
それがさ、だからさ、あの、この間、前回だけ話したのはチャップがね、チャフーリンさんが、
あの、ご自分がまだ学生の頃にうる星やつらがね、第一回目がオンエアするからっていうので、
テレビの前にみんながこうね、電飾じゃないけど飾り付けをつけてね、飾って、で、あのうる星やつらの第一回目をもう正座して見てました。
で、もうラムちゃんが第一戦やった時にはもうみんなクラッカーやね、パンパンやって、でもうもう拍手拍手でもう感動したんですっていうのをさ、
なんか今だから話せるみたいなんで、コナンのお食事会の時にね、初めてそんな話をね、チャップがしてくださったんだけど、
その時にさ、当たるの声だけはブーだったのってさ、おっしゃるのよ。
で私、ああ、やっぱりそういう声が本当だったんだと思ったんだけど、その時にわかったのは、
ね、あの、これってファンの方たちはずーっと少年サンデーでずーっと原作を読んでる時にね、
もう自分でこうマンガの吹き出しも何もかも脳内再生してるじゃない、
男のね、自分の声で、ラムちゃんはラムちゃんで、なんか自分の声で勝手にもうね、あの女の子のラムちゃんのっていうのをさ、ね、がっちゃってさ、再生してるじゃん。
で、でも主人公の声はさ、自分の声で再生してるじゃない。
だからテレビ画面で古川さんの声が出てきた時は、
俺の声じゃないっていう、そういうブーだったっていうさ、それをチャップがさ、そういう話をするもんだから、そうよね、本当に。
ね、マンガを読んでて、そのラムちゃんを大好きなね、高校生は、大学生は、そりゃあそうよね、俺の声じゃないっていう、そういう意味で、
古川さんのね、声を違うって言ったんだっていうのをね、ちょっとチャップのその話を聞いて、なんかすごく私は納得しちゃって。
だからそれはさ、古川さんと塩ちゃんが会ってないっていうんじゃなくて、誰がやっても、誰がやってもその声は違うっていうふうになったに決まってるのよね。
なんかそんなことをね、この間もClubhouseでちょっとそういう話をしたんだけど、そしたらね、グルーミップさんたちが本当は、それで腑に落ちましたってね、おっしゃってたんで。
いやあ、そうだったんですよ、塩ちゃん。なんかね、それだけだから、やっぱりね、うる星やつらって、当時はラムちゃんね、好きな人たちが本当に多かったんだなっていうのを思ってて。
もうでも、私はもう塩ちゃんの声じゃなきゃ、もうダーリンはできないので、お相手ができないので、もうあの、駆動ように、しつこいように言いますけれども、あの慈悲深い声ね。
好きなんだけど、お前なんか大っ嫌いだって言うときに、本気になって大っ嫌いだって言ってるんじゃなく、本当は好きなのにそんなこと言ってるんだなっていうのがわかる大っ嫌いという言い方ができるのはもう、いやあ、もう古川敏夫さんしかいません。
だからその思いがね、ラムちゃんわかるから、私もすごい自然にラムちゃんの声を当てられたんだなと、今でも思いますね。
あの好きな作品とか、いろいろ皆様もあると思うので、ちょっとうるさい奴らの思い出話などもこれからもね、しようかなと思いますけど、今も昔ももう古川さんのあの声はもう永遠です。本当に変わらないので、もう私は大好きで。
なんか私多分、死ぬ前の一言どうぞって言われたら、ああ、やっぱり敏夫ちゃんでよかったって言って死ぬかなとかそう思うくらいにね、あの素晴らしい、本当に永遠のダーリンの声優さんだと思ってます。
えー、なんかカバンの中身からこんなこと話すなんて全然思ってなかったんですけどね、あのアニメの話もね、なんかうるさい奴らの思い出話も、また皆さん聞いてよふみさん宛にね、待ってますので、えーっと、ハッシュタグラジオふみグラブでもいいですし、画面のところに書いてあるメールアドレスでもかまいません。お待ちしています。
次回の予告
ひらのふみのラジオふみクラブ、第37話でした。ダーリン話ししちゃいました。そろそろお別れです。次回が待ち遠しいなぁ。お相手はひらのふみでした。そしてサポートはスタッフチームニサンガロクのブロガーのコグレさん、ウェブエンジニアのヤガーさんのお二人でした。ではまた。
ご視聴ありがとうございました。
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