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ベッコブックス提供 ラジオドラマ 第2回 にじむ春
原作 大道早 脚色 ファンシーコー
お久しぶりです。お元気でしたか?お父さん。
よく来たな。
うん。
入れ。
桜、咲いたのね。
春だからな。じゃあでいいか。
お構いなく。
お構いなくか。ね。
うん。
なんだ、話があるから来たんだろ。
うん。
文句でも言いに来たのか。
私、今度…
ただいま。ちょっとあなた、来て。重いから手伝って。
今日すっごいお米安かったからいっぱい買っちゃった。
ねえ、何してるの。あ、お客様?
ああ。
お邪魔してます。
どちら様?
娘だ。
え?
あ、もうお暇しますので、お構いなく。ちょっと挨拶に来ただけですから。
だそうだ。
挨拶って、あなた…
あ、これ、つまらないものですけど。
ありがとうございます。あなた、お茶も出さないで。
いいんです、本当に。結婚の挨拶をしに来ただけですから。
え?
お父さん、私、結婚します。これ、招待状です。もしよかったら来てください。お邪魔しました。
ちょっと待ちなさい。
どうか、お元気で。
お前もな。
ちょっと待って、待ってって。
あ。
よかった。もう行っちゃったかと思った。
すみません、なんか。
ねえ、あれでいいの?20年無理なんでしょ?あの人に聞いたわ。ねえ、あれでいいの?言いたいこといっぱいあったんじゃない?
いいんです。筋を通したかっただけですから。それに…
それに?
庭の桜も見れましたし。
桜?
はい。
綺麗な桜よね。豆桜よね。素朴で控えめなんだけど、強くて。
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はい。大好きでした。母みたいで。
お母様?
はい。私、この桜が大好きで、一度この桜の下で写真を撮ったことがあるんです。
まだ小さかった私のために、母は膝をついて写真の中に収まってくれました。
母が亡くなる少し前のことだったと思います。
とても素敵な写真でした。
見せて見せてって毎日のように母の病室でせがんだのをなんとなく覚えてます。
でも母が死んで、おばあちゃんに引き取られて、父さんのことおばあちゃん大嫌いでしたからね。
母さんが死んだのは父さんのせいだって。
それで全然会ってなくて、20年経っちゃって。
大好きだった写真は引っ越しのごたごたでどこかに行ってしまって。
20年ってすごいですね。
幼かったからなのかもしれないけれど、あんなに大好きだった母の声も、この桜も、なんだか遠く薄ぼんやりしてしまって、うまく思い浮かべることができないんです。
私、今度結婚するんです。
さっき言いましたよね、ごめんなさい。
それで、いい機会だからこの桜見たいなって。
父さんにもきちんとけじめつけて、もしかしたらこれをきっかけに年賀状のやりとりくらいはできるかなって思ってたんだけど。
でもまあいいです。桜見れましたし。
やっぱり母みたいな桜でした。
すみません、なんか長々と。
私、もう行きますね。
父をよろしくお願いします。
その話、いつかあの人にもしてあげてね。
はい。
お幸せに。
はい。