闇が深い感じがしてきましたね。目の前に忖度している相手が目の前にいるのに、その人に対して忖度しているわけではなくて、この社会に対してやってるってことでしょ。
高度に従って。
やってるだけで、別にあなたのためにやってないですよってことになっちゃってますもんね、結果としてね。だって本人は望んでないわけですからね。
相手不在の忖度ってことですよね、だから。
この番組は、身の回りのものや現象など、あらゆる対象の本質を探究し、それにふさわしい名前を命名します。
様々な視点で対象を捉え直し、新たな発見を一緒に楽しんで参りましょう。
本日はどんな命名が誕生するのでしょうか。
こんにちは、カンタです。
こんにちは、上水優輝です。
今日も命題が来ておりますので、張り切って命名を生み出していきましょう。
それでは命題をお願いします。
命名
スコッチさんからの命題です。
スポーツ新聞に変わる名称。
スポーツ新聞って、スポーツ以外は競馬、ゴシップ、エロ、UFOなどスポーツを名乗ってほしくない記事が多すぎます。解明してください。
これはスポーツ新聞の想定読者が中年男性が好きそうなものとか、スポーツが好きな中年男性が好きそうなものみたいなことでこうなっているんですかね。
確かに競馬、ゴシップ、エロ、UFOって男子っぽいですよね。
でもピュアにスポーツ好きな人にとっても失礼っちゃ失礼ですよね。
そうですね。
ここにくくるなっていう気持ちになりますよね。自分がスポーツ好きだったら。
本当にスポーツ好きな人は専門誌みたいなのじゃないですか。サッカー専門誌とか。本当にスポーツが好きな人が読むものでもない感じになっちゃってるじゃないですか。もはや。
これ元々ってどうなんですかね。純粋なスポーツ情報から始まって徐々に付け足してってこうなっちゃったとかなんですかね。
部数が伸びなくなってきてみたいな感じとかあるんですかね。より売れるためにみたいな。
でもスコッチさんはスポーツを名乗ってほしくない記事が多すぎますってことは、スポーツは好きだからスポーツを名乗ってこういうのと一緒にごちゃっとすんなよっていう気持ちなんですかね。
そうかもしれないし、読んでるってことですよね。読んでるからこそ気づくこのことっていうか、ちゃんと開いてみたらこれエロとかゴシップとかやらないかいってなったってことですよね。
そうなー確かにな。なんか僕、いい悪いっていう話でもないんですけど、少年漫画とかでグラビアとか載ってるやつとかも結構意味わかんなかったんですよね。ずっと。
はい。確かに。僕わかってないかもまだ。
僕もまだよくわかんなくて。青年誌とかだったら、なんかまだこのスポーツ新聞のエロと同じ文脈としてある程度なんていうんですかね。
まあそういうこともあるだろうなって思うんですけど、少年誌かって。
小学生とかだって読んでますもんね。
そうそうそう。し、なんなら低学年とかの子とかも読むわけじゃないですか。よくないなーって言うほどじゃないけど、意味わかんないなーと思ってましたね。
意味わかんない。でも同じなんでしょうね。それのもうちょっとこう、例えばジャンプ読んでんのに、全然ゴシップとか競馬とかが入ってきてるような感じってことですよね。
漫画読みに来てんだけどみたいな感じですよね。
結構ですね、スポーツ新聞。なんならもうちょっとそういうもんみたいになってるのに名前だけスポーツ新聞っていう、こう名前が形骸化しちゃってるみたいなところで名前を変えたいってことなんでしょうね、今回ね。
もう乗っ取られてるんじゃないですか。ジャンプはちゃんと漫画が主で、なんかグラビアがあるねぐらいだけど、グラビアあるんだっけ?知らんけど。
ジャンプ、たぶんね、マガジンとか。
マガジンとか。
そう、ジャンプとかグラビアとか無かったんじゃないかな。
マガジンはあったのか、あったね。
あった気がする。で、なんか漫画読みたいのにみたいな気持ちになってた覚えがありますね。
確かに。
漫画読みたいのに関係ないものがなんであるんだろうみたいな感じの違和感っていうか気持ち悪さ。
ゴシップとかエロとか、ギャンブル、陰謀論とかUFOみたいなやつが、倫理的にいいか悪いかっていう話よりも、関係ないものがいっぱいくっついてるのが嫌だみたいなのは、自分はありそうだなって思うんですけど、どうなんだろう。
でもなんか、いわゆる、ちょっと言い方悪いですけど、低俗なものとくっついてるのが嫌だみたいな価値評価もくっついてるんですかね。
いやでもあるかもね。あるかもしれないですね。
例えばこのスポーツ新聞に突然、最新の物理学の論文とか載らないじゃないですか、突然。
それも入れてくれたら、なんかよくわかんないなってなるけど、やっぱちょっと欲望に直結してるようなもので固めてる。
確かに欲望シリーズですね。
人間のいろんな欲望を抑えてますね。
確かに。ランダムじゃないもんな。関係ないランダムなものがいろいろくっついてるのはノイズだけど、
欲望みたいな軸があってくっついてるから、やっぱ相対として意味を成しちゃってますよね。
そうか、でもなんかスポーツとこういう欲望がひっつくのもなんか不思議ですね。
どうなんでしょうね。スポーツをこう、これもイメージだからわかんないけどな。
なんか分析的に見る人と感情でワーってお祭りみたいに、勝った負けたーって見たい人っていうのは、勝った負けたーって見たい感じだとちょっとギャンブルに近いっていうか。
確かにな、確かに。だから投影するっていうことですね。
自分を選手に投影するとか、選手に感情的に思い入れを持つみたいなこととかですよね。チームとかでもいいんですけど。
っていうのと、もう少し戦略だったり、分析か、分析ですよね。
なんか謎解き感覚で見る人みたいなのいますよね、スポーツってね。
専門詞的なものになってくると、多分なんかそういうすごい分析記事とかあったりとかして、なるほどなーみたいな。
でもこう、自分はこう分析してるけどなーみたいな、結構知的な感じだと思うんですよね。
営みとしては。でもこう、勝った負けたーとか煽りみたいになってくると、少し感情、その欲望を刺激するような、感情刺激するような、
ま、Xみたいな感じじゃないですか、ちょっと。
Xだなー、確かに。X感ありますよね。
スポーツってだからそういう推し活的要素と、分析的に見るみたいな要素が両方あるけど、多分前者に寄りすぎてるっていうことですよね、このくっついてるものが欲望シリーズでくっつくことで。
だから明確にターゲティングしてるってことですよね。
分析とかじゃない人たちっていう、なんかターゲティングをしてるっていうね、感情、欲望を刺激されたい人なのか、
まあ、されたいと思ってないかもしれないけど、その欲望を刺激されて、
気持ち良い、気持ちいいってことですね。
まあ、あれじゃないですか、これまでの話から言うとシンプルに、欲望新聞なんじゃないですか。
うん、確かに。
欲望新聞、いいですね。
欲望新聞って、なんか字面もね、いいですよね。
まあ、絶対変えないですけどね。
まあ、でもそれはそれでね、向こうあってもいいと思いますからね。
なんかやっぱり、なんかこう、Xで発散するよりは、編集されてるものの方が。
確かに、意外といいんじゃない?Xで編集するよりね、いいと思う。
ちゃんと編集、プロの編集が入っている欲望新聞の方が、Xよりも予後がいい気がしますよ。
うん、研ぎ澄まされた欲望ですよ、やっぱりちゃんと。
そう、なんか、欲望をさらけ出すとか、欲望を刺激することを一律的に悪いことだみたいなの、僕はあんまり良くないなと思ってて、
結局やっぱり存在はしてるから、ちゃんと向き合ったほうがいいと思うんですよね。
そういう意味ではなんか、なんていうんですかね、こう、そういうものを良くないとか下劣だみたいな感じで遠ざけるよりは、
遠ざけると結局Xとかなんかこう、ああいうことになっちゃうんで、ちゃんと向き合ったほうがいいなと思ってはいます。
特にやっぱり取り扱い注意な感じはありますからね。絶対そこにはあるものなんだけども、
安易に、なんだろうな、無配慮に使っちゃうととても危険なものが出てくるからこそプロの編集が入った、
ある程度コントロールされた範囲での欲望新聞、コンテンツの方が確かに良さそう。
っていうちょっと真面目なことも思いました。
うーん、誰かちょっと欲望新聞立ち上げてほしいですね、新聞さん。
確かにね、確かに。
Xが強豪ですって言ってね。
紙の新聞で戦ってほしいですよね。
紙の新聞でね、Xの度強豪として。
いいな、僕応援しますよ。
いいですよね、紙で欲望新聞やってほしい誰かほんとに。
それこそね、レンタルキッチンで晩餐会とかやってますけど、前回カンタさん来てくれた時、狭っ!みたいになりましたよね。
びっくりしてました。
マジかみたいな。
後ろこれ通れんなみたいな。
そこまで狭い感じじゃなかったのにあの写真みたいな。
うん。
なんかちょっと衝撃でしたもん、ついて。
ね。結果楽しかったですけど、最初はやっぱりびっくりしました。
大丈夫かな?
できるの?みたいな。
今からでも場所探したほうがいいんじゃないかぐらいの感じでしたね。
でしたよね。みんななんかね、もう大丈夫か?みたいな顔になったもんね。
うん。
だからそういうことがたまにあるんで怖い。
でもなんか、じゃあ自分が見せ側の立場だとしたら、これやるなと思うんですよ。
おお。
よく見せようとするじゃないですか。
よくは見せようとしますね。
難しいなっていうか、誰も悪くないなと思うんですよね。
まあその盛り具合ですよね。難しいよね。
ここのライン越えたら嘘やろ?みたいなところ。やっぱライン越えちゃダメだと思うんですけど。
嘘かどうかが絶妙なラインのやつのは多分ほとんどじゃないですか。
そうですね。
でまあ例えば、じゃあ暗いけど写真撮るときにちゃんと照明が入るとか、
照明機材が入るとかっていうのを嘘だって言ったら、
まあ大体のちゃんとした写真、プロが撮った写真って照明機が入ってるから全部嘘になるわけじゃないですか。
そしたらなんか素朴な、なんて言うんですか、自分のスマホで何にもケアせずに撮ったものしかダメかって言われたら、
多分そこにはお客、自分行かないから結局。
そう、なんかこうね、むずいなっていう。
一消費者としては実態を見たいけど、多分実態がありのままだと他が持ってるから、
まあ実際によくても多分素朴見えていかないだろうなって思うんですよね。
なんかそれで言うと、例えば雑誌になんか載ってますお店がとか、
あとは何ですか、ああいうタベログとか、
ああいったプラットフォームに掲載されてますみたいなのとは別で、
インスタとかはかなり、そのお店の投稿とか全部見えるじゃないですか。
はいはいはい。
連続として。
だから、なんか実態というか美意識みたいなのが見えてきますよ、そのお店の。
なるほど。
盛りがちだな、このお店とか。
うん。
なんかカッコつけがちだなとか、
素朴なお店なんだろうなみたいなのが、
情報量なんですかね、時間を経て見えるみたいな。
なんかね、非言語的な情報を受け取ってる感じはあるんですよね。
写真っていうか、なんかこう投稿とか、やっぱ人がそこに開催してると、
なんかいろんなものにその人の価値観が投影とか反映されちゃうじゃないですか。
うんうんうん。
文字の置き方とか。
そうですね。
うん、表現の仕方とか。
うんうん。
ヒントとか、なんだろう、フィルターかけるにしても何のフィルターかけるのかとかね、
なんかいろんなとこに出ちゃうじゃないですか。
出ちゃいますね。
でもプロが撮って、ここに掲載するような写真とかってやっぱそういう色が消えるじゃないですか。
うんうん。
そこがなんかこう、なんていうんですかね、
脱臭されてる感がより多分騙された感に繋がってる気がするんですよね。
そうですね。
そうなんだよな。
なんか持ってても、なんかその脱臭されてない森っていうか、
なんかなんだろうな、天然物の森と養殖系の森あるじゃないですか。
あるある。
天然の森なら、なんか結構その持ってても許容できる感じするんですよね。
どの方向でつけていくかですよね。
結構でも脱臭は一つポイントですよね。
どっち、それをされているものに限定して名前をつけるのか、
それとももう少し広く本当に写真と実物の差が激しいっていうことについて名前をつけていくのか。
これでもそうか、そうですよね。
不快感はやっぱあるわけですよね。
多分こう、ちげえじゃねえかみたいな。
そこに、そこがちゃんと反映されたほうがいいわけですよね。
ただ違うだけじゃなくて。
で、あとなんかこう、よく見せようっていう気持ちはわかるし、
本当に素朴に撮った写真だと多分しょぼいと思って、
実体よりも自分たちは過小評価絶対するから、
なんかある程度はOKなんですよね。
だからなんか許せないラインが多分あって、
それがなんか実体との乖離度合いと、
なんかこう養殖度合いみたいなのがある気がしますよね、さっきの話でね。
なんかね、森戸みたいなのがちゃんとスケールとして提示されるといいですよね。
そうですね。
なんかこれを今考えながら、写真だから非言語のものとしてずっと考えてきてるけど、
人のこう、やっぱコミュニケーションですよね。
考えててもこれがあるっていうか、
実際に言うとなんかその喋られている内容のギャップが激しかったりすると、
何を言ってんだろうなみたいなのあるじゃないですか。
ある、ある。
嘘ではないんだけどみたいなやつあるじゃないですか。
うん、ある。
ある。
もってんなみたいな、その盛り方がその、いい盛り方となんか嫌な盛り方があったりとか、
さっき言った脱臭されて、なんだその盛り方みたいなやつとか。
あるなあ。
すごい、何だろう。
いい子って言ってるけど、お前パワハラ野郎やんみたいなやつ。
いますよね。
います、います。
そう、でも自分が外で喋るときはいいことしか言わないから、
なんか盛ることすべてをダメだと言われると、ちょっと苦しいなあっていう感じはありますね。
まあね、外向きに言わないといけないこととかいっぱいありますからね。
だから素で言って許してくれるんだったら素で行きたいけど、なんか許してくれない社会だったりするからね。
ただの非常識な人になりますね。
そうそうそうそう。
絶対みんな外に出すっていうか、表現するときにやってるよなあっていう、その綺麗に見せるっていうことはですね。
ただその激しいと思う、そのギャップ激しいと感じるラインとか、なんかいろいろあるんだなあっていうのをこれ話しながらちょっと感じましたね。
だからそうか、なんかそのパッケージというか、箱がめっちゃオシャレなのに中はしょぼいみたいなことですよね。
何かそういうのを、
なって思うからいちいち なんかイライラしたりとか怒ったり不機嫌になったりはしないけど
鬱陶しいなぁと思いますよね
なんか忖度をしている人以上に 忖度されて気持ちよくなっている人にすごい腹立つんですよね
気持ち悪くなってんじゃねーよみたいな それに気持ち悪いなーって思っちゃいますよね
それはね結構 めっちゃそういうとこ見てるかも忖度されて気持ちよくなってんだこの人みたいな人をあんまり信用してないかもしれない
しかもなんか僕なんかそれで気持ちよくなって 俺気持ちいいからもっとやってくれってはっきり言う人は結構いるんで好きで
そこまで振り切ってたらね もっと言ってって言う人ですからですけど 自覚があるからね
そんなことねーよみたいなこと言いながら ちょっと嬉しそうな人言っちゃう
いいからそんなことしなくてとか言いながら ちょっと嬉しそうな人
してほしい人ですね本当は
一番嫌い
そうなんだよなぁ
怖いなぁ でもなんかそうで忖度する人もなんか2パターンいるなって思ってて
なんかわりとその恐怖ドリブンというか 怒られたくないとか不機嫌にさせることに対する恐怖感からするみたいなタイプの人と
なんか気持ちよくしてコントロールしてやろうみたいな人もいるじゃないですか あーいますよね
で後者の人は僕すごい嫌いなんですけど 前者の人に忖度されるとなんかすごい申し訳ないなって思うんですよ
いやーわかる
なんか恐怖を与える存在 自分が何か親してないとさておき恐怖を与えているわけじゃないですか
恐怖を与えている防衛反応として忖度されるみたいなときに 僕の立場で何言ってもその恐怖ってなんて言うんですかね
拭えないというか そうですね
全部一心四気ですよね 大丈夫って言ってるけどこれはみたいなやつですね
これは油断したときにやられるやつかみたいになるじゃないですか
で長時間何かやり取りをするとか長期間付き合いがあると多分わかってだんだんそれが減ってくると思うんですけど
どうしてもあんまり頻度高くない コミュニケーション頻度高くない人とか
初めて会う人とかどうしても初期値として社会がそうだからこの人もそうだろうから入るじゃないですか
気遣わせて悪いなーって思うんですけどね
あと僕がやっぱり気遣わないっていうかその忖度したいと思わないから
この人は忖度しないと不機嫌になっていろいろ物事進まないっていうのがわかってる場合はちゃんとやるんですけど
あんまりそこデフォルトみんなそうだからそうみたいな感じで入んないんで
そこの非対称性というか僕は気遣ってないけど相手は気遣ってるみたいな
かけてるコストの非対称性もサボっててごめんねっていう気持ちになりますね
僕結構恐怖ドリブンの忖度する人なんでですね
結構しますよ距離感ある人とかだとなんだろうなしがちしたくないけど
したくないと思いながらしちゃうみたいなとこありますねだからあんまり関わらないように気をつけてます
忖度が必要そうな人とってことですね
やっぱしちゃう自分がいるので何でしょうね
なんか打算のあるコントロールしてこようとして忖度してくる人もやっぱそこそこいるなと思うんですけど
なんかそういう人に割と冷たく言っちゃいますね
それはわかりますもう嫌ですもん
なんだろうちょっと違うけど頑張りますって言われたらいや頑張らなくていいから成果出していいから
いや頑張っても頑張らなくてもどっちでもいいからとかっていう感じの態度で接しちゃって
なんかそこまで冷たくしなくてもいいのになって後から思ったりしますね
コントロールされたくないですからね
コントロールしようとしてくる奴に敏感がちじゃないですか
上光さん多分過剰反応してるんだろうなっていう感じしますね
合意のないコントロールに対してすごくNOと言いたい
拒絶反応を受けます
頭で考えるよりも先に体が反応しちゃう感じありますよね
ほんとそう
でその求めていない忖度をされる現象の忖度がコントロールしようとしてる奴なのか
恐怖からくる奴なのかによってやっぱ名前
全然変わりますね
変わりますよね
なんか恐怖から忖度してる人になんかコントロール方面の名前つけちゃうとなんかやっぱ悪いなと思って
どっち行きますかね
これは申し訳ない方に行きますか
行きますか
恐怖ドリブンの方
なんかされてるこっちが申し訳なくなっちゃうような感じの方
そうだね
これなんかやっぱり社会の空気感とか学習の結果じゃないですか
こういう時に忖度しないと怒られることがあるとか危険になる人がいるみたいな
しかもなんかあれですよねそのなんていうのかな
一人そういう偉い人がいるとそれがルールになるみたいなのあるじゃないですか
例えばマナーとかの話もよくあるんですけど
例えばこういうことをすると不機嫌になる人がいるみたいなやつ
なんか名前は役職順に書かないと不機嫌になる人がいるみたいなのがあって
一個そういう事例があるとみんな防衛本能として
じゃあ偉い順に書いといて不機嫌になる人がいないんだから偉い順に書いとこうとかなるじゃないですか
なんかその一つの不機嫌になる事例っていうのがめちゃくちゃみんなに迷惑かけるなって思ってて
そういう人は積極的に怒られた方がいいと思うんですよね
確かに
最近パワハラとかハラスメントに対して世間の感度が上がってきてるのもあって
あんまり忖度しないから怒るみたいなことって大っぴらにやりにくくなってきてると思うんですけど
この不機嫌になる人がいる論法で言ってくる人いるじゃないですか
俺はいいんだけどさーみたいな
こういうことはちゃんと気づかないと怒る人いるから気を付けた方がいいよみたいなやつ
あれで実質言うこと聞かせようとして忖度させようとするやつみたいな
ありますね
あれもすごい嫌なんですよね
俺が気持ちよくないってか忖度してくれって言った方が勇気よくていいんじゃない
でもなんかそれもめっちゃ難しくて
本当に自分は大丈夫なんだけどあの人はまずいからこう通す時にはそれはやらなきゃいけないのもあるじゃないですか
おかしいよね
自分は本当気にしないから大丈夫なんですけどあの人マジで気にする人だからそこだけ気を付けておいてみたいな
助言の時もあるしね
助言の時も本当あるんですよね
本当に気にならないんだけど気になる人そこそこいるから気を付けた方がいいよってやつある
ありますよね
むずいよね
むずい
やっぱりされる側になることが中年男性増えるじゃないですかこれ
そういう意味ではされる時にある程度自分の罪じゃなくても申し訳ない気持ちになるのがやっぱり必要だなと思ってて
みんながそう思ってれば多分自然と減っていくじゃないですか
そうですね
なんかそういう孫択をさせようとする同年代とかおじさんたちがいた時に
マジ勘弁してくれよって気持ちになるじゃないですか
お前のせいでいつもこっちは申し訳ない気持ちになってんだよみたいな
なんかそういう方向性のいいかもしれないですね
確かに
孫択って言い方ですけど求めてないケアされてる感覚みたいなのが嫌なんですよね
孫択じゃなくてもすごい気遣われるのあんま好きじゃなくて
分かるめっちゃ嫌
だけど善意だから無限にもできないっていう本当に嫌さがある
僕はやっぱりケアする側としての能力低いのもあるから
なんか自分が与えられるケアよりも
与えることができるケアよりも
自分が受けるケアの方が大きいとずっと借金背負ってみたいな感じがしてすごい嫌だから
あんまりケアしないでほしいなっていう気持ちに良くなるのにも結構近いなって思います
孫択させてしまってごめんねという感じの名前がいいなやっぱり
求めてない孫択ってさっきの恐怖ドリブンのやつって
僕の言動とか行動に対してからこういう孫択をしようじゃなくて
社会の側のコード
そういう常識みたいなものから来る孫択
だから孫択…コードに対する孫択ですよね
そうですねそうですねまさに
コード孫択コードコード孫択違うな
でもそうだと思う個人のその人に対して
押し量っているとかではなくてその社会の行動だったりとかこれまでの
経営されている文化とか監修に対して孫択してるって感じですよね