じゃあ次の命題お願いします。
めいめい。
笑顔でいれば大体許されると思っている人の笑顔。
僕これよく言われますね。
ニコニコしてたら何でも許されると思うなっていう話をね。
言われるんだ。
言われますね。
かんたさんの笑顔に名前をつけるってことかな。
そうですね。
大体許されると思っている可能性ありますね、自分が。
でも確かに僕も許される許されないかちょっとわかんないけど、
許されるなのか。
会話の時に雑談が苦手だから、とりあえずニコニコして黙ってるみたいな時は
笑顔でいれば許されるかなと思ったかもしれない。
そうそうそうそう。
笑顔じゃなくて真顔でいると怒ってんのかなとかつまんないのかなみたいな、
相手に余計な気遣いをさせてしまうじゃないですか。
でも特に喋ることもないなとか、
やることないなみたいな時はニコニコしてると大丈夫みたいなのありますよね。
ある。
真顔でいるとあんまりことないですもんね。
怒ってる?とかな。
そう。
怒ってないけど、じゃあ怒ってないけどじゃあ何なんだって言う時に別に何でもないっていうのも。
そうか。
ムナだけなんだけどなみたいな。
そうそうそう。
だから楽しそうにしとくみたいな状況ですよね。
それはでも笑っていれば大体許されると思っている人の笑顔っていう言い方にやっぱり棘がある感じがするんで、
批判されてますよね、きっと。
許されないこともあるよねっていうところがちょっとね、
それでいいと思ってんの?みたいな問いかけまでセットになってる気がしますね。
なってる気がしますね。
そうであってほしいなと思いますけどね。
そうかどうかは別としてね。
許されたい。
許してほしいな。
許してほしいって感じですね。
許してほしい。
許してほしい笑顔ですよこれは。
そう。
許してスマイル。
許してスマイルなんだな。
許すまですよ、許すま。
許すま。
許すま人みたいになっちゃいますけどね。
そうですね。
やってる方は許してほしいスマイルで許すまだけど、やられてる方は許すまじスマイルで許すまでいいんじゃないですか。
そうですね。
お互いにやっぱ立場が。
お互いの気持ちは尊重した方がいいと思うんで。
許すま。
今日なんかスパスパいきますね。
順調ですね。
じゃあ次の命題お願いします。
先生をお母さんと呼んでしまう現象。学生あるある。
小学生の時確かいたな。
この間うちの長男これ言ってましたね、先生に。
お母さんって。
お母さんって言っちゃった。
そっか。
お父さんってことあんま聞かないですけどね。
先生にお父さんって言ったの聞いたことあります?
確かにあんま聞かないな。
なんででしょうね。
でもうちあれなんですよね、お父さんだからこれです、お母さんだからこれですみたいなのなくて、本当に半々ぐらいやってるなと自分では思ってるんですけど、
奥さんどう思ってるかは別として自分では少なくともそう思ってるんですけど、
だからか結構子供にパパをママって呼ぶとか、ママをパパって呼ぶっていう呼び間違えられること多いんですよ。
へー面白い。
ママ、あ、違ったパパだったみたいな。
逆にパパ、あ、違ったママだったみたいなこと結構あって、
お母さんって呼んじゃう現象の背景にはお母さんという概念みたいなものと先生が結構オーバーラップしてるみたいなのがあるのかなっていうのを思いました。
なるほどね。
自分をケアしてくれる存在イコールお母さんみたいな。
役割としての呼び名になってるってことですよね。
面白いですね。
だからかんたさんのことママって呼ぶのはだから、
本当はかんたさん、パパ、奥さん、ママっていうその人に名前というか呼び名がついてるはずなのに、
役割の名前というふうに認識するからってことですよね。
役割の名前としてパパとママがあまり区別がないんだと思うんですよね。
だから取り出すときに2分の1の確率で間違えるみたいな。
ラベルに意味が多分あまり付与されてないんだろうなっていう感じはします。
呼び間違えるときに。
だから自分のことをママだと思ってママって言ってるわけじゃなくて、
取り出すときにパパとママどっちだっけっていうのを間違えてママっていうみたいな感じなんですよね。
間違え方が。
おばあちゃんとかが兄弟、孫の兄弟の名前呼び間違えるのと一緒ですか?
一緒だと思います。
孫セットみたいなのがあって、そこにあんまり差がないから取り出すとき間違えちゃうみたいな。
なるほど。
で、多分お母さんって呼んじゃうっていうのは、お母さんっていう概念にラベルが付いていて、
それは多分自分をケアしてくれる存在みたいな括りで引き出すときに、
先生とお母さん取り間違えちゃうみたいなことなのかなっていう。
確かにね。
ケアしてくれる存在引き出しに両方入ってるから間違えちゃうみたいな。
小学校の低学年のときの先生って確かにケア要素も強いですもんね。
それはあるのかもな。
だからあれですよね、高学年とか中学生ぐらいになるとあんまり呼び間違えてるの聞かないんですよね。
そうですね。
だからよりなんか指導する人みたいな要素強くなっていくじゃないですか、大人になるにつれてケアする人から。
そのイメージってどこでつくんでしょうね。そのお母さんっていう言語が、言葉がケアする人のイメージみたいな。
でもやっぱり、経験則的にケアとお母さんがセットで使われてるからみたいな、
コンピューター科学とは共に起きるっていうね、共起しているからみたいな。
で、その人間の脳が同時に起きているものを同じグループとしてカテゴライズするみたいなことの延長線上なのかなって思ってました。
なるほどね。でも自宅ではかんたさんと奥さんは半々だから、
自分は経験していることとしては別にお母さんがケアしているとかではなくて、
2人からケアされてるわけじゃないですか。
うんうん。
でも社会的にお母さんというときにそういうなりがちだから、そうやってインプットしてるってこと?
あとうちの例でいくと、多分お父さんとも言ってると思います。
あーなるほど。
学校で。
男性の先生にお父さん、女性の先生にお母さんって言ってると思います。
あーなるほどね。
はい。
そういうことか。
ただ一般的には多分、自分をケアしてくれる存在っていうのにお母さんっていうラベルが付きやすいと思うんで、
なんか、なんていうかね、お母さんって呼び間違えるケースの方が多いんじゃないかなと思います。
なるほどね。
世の中一般的に。
はいはいはい。
まあ実際にそういうのがあるよねっていうのに名前を付けるってことですね。
うん。だからなんかアレな気がするんですよ。
同じ引き出しに入ってる概念取り間違えるみたいな感じな気がするんですね。起きてる現象としては。
そうですね。
まあありますよね。なんか、世の中一般的に別の概念なんだけど、自分的に同じグループに入ってるから間違えちゃって、なんでそれ間違えたみたいなことが起きてる感じ。
ありますよね。あるかも。
いい具体例出てくればいいんですけど。
具体例苦手なんですよね。
全てを抽象化して保存せますからね。
そう。その抽象度でしか記憶してないんで、その具体的なそれに紐付けエピソードが全く出てこないんですけど。
そういうのあるよねみたいな感じになるけど、じゃあ具体的に何か、ちょっわかんないなってなるんですよ。
ちょっわかんない。
よくあるんですよね。この抽象的なあるあるなのに具体的に何も出てこない。それは本当にあるあるなのかみたいな。
あとこれ、とっさに出てくる状況ですよね。だいたい。
考えた上で間違ってるっていうよりは、パッと言ったら違うの出てきちゃったみたいな瞬発性みたいなものが状況としてはあるから、その辺も名前に入るといいなと思うんですけどね。
昔、ガラケーがまだ追い畳みじゃなかったぐらいの時代に、携帯だと思ってたらテレビのリモコンだったみたいな。
それみたいな感じだなって思いました。
似てるからとっさに取り違えちゃう。
どうしますかね、この先生をお母さんと呼ぶっていうこの特定の現象に名前を付けるのか、それ同じカテゴリーに入っているものを取り違えるみたいな抽象化したところに名前を付けるのか。
校舎じゃないですか、同じ引き出しに入ってて取り間違っちゃうみたいなものに名前を付けました。
僕たちはなかなかね、お母さんと友達が呼んで、あ、それって指摘する場面がないんで。日常をお使いしたいじゃないですか。
例題考えてるけど全く思い浮かばないですね。
うん。
なんかあれがあるかも。これ違うか。違いました。
何も出てこないな。
あれはどうですか。車でウインカーとワイパー間違えるみたいな。
右か左かでね。
そうそうそうそう。
僕はあんまり普段車乗らないんで、たまにレンタカー借りるといつもなんかドキドキしながらやりますね。
あ、こっちだっけみたいな。
こっちだっけとか。あとライト付け方とか。これハイビームなってる?なってない?
あー、わかる。
あと給油どうやってやるかとかね。
あとワイパー消そうとして逆方向に行ってめっちゃ速くなるとか。
うん、確かにな。
これはこの辺みたいな雑な理解で操作するから逆のことやっちゃうみたいなことですもんね。
そうさんが家の鍵とスイカをよく間違えますって。これ家の鍵がカードなのかな。
カードなのかな。どういうことだろう。
家の鍵開けようとしてスイカ出しちゃう。そんなことある?
しかもカードじゃないって言ってる。そんなことある?
開けるという概念っていうかあれなのかな。
えー。そっかー。面白いな。
開けるっていう概念で取り出すと鍵もスイカも一緒だっていうか取り間違えちゃうってことですね。
スイカ出して鍵出して家じゃんってなるってことか。
逆は面白いですけどね。駅の改札抜けるときに家の鍵持ってるんですよ。
それもあるんじゃないですか。
あるんかな。あ、それやる?マジで?すごいな。
やっぱそっか。開けるというところに紐付いてるんですね。面白い。
こういうの皆さんありそうですね。自分らにの結びつきがね。
人に驚かれたそれ間違えるみたいなやつのエピソードちょっと。
聞きたいですね。
聞きたいですね。
多分何かの自分の中の抽象的なカテゴリーで同じ引き出しに入っちゃってるみたいなことがありそうですよね。
でも言い間違える時とか間違える時って結構そういうことありますよね。
そうですね。自分の中のみたいになってますもんね。
ある意味自分の中で正しい感じしますよね。
そうですね。ちょっと取り違えただけで大体一緒でしょみたいな。
子供的にはお母さんと先生大体一緒でしょっていう感覚なわけですもんね。
お母さんと大体一緒じゃないですか。
あとお母さんと一緒、おかいつって略してる人が結構いて、
あ、そうなんだと思って。最初何のことか分かんなかったんですね。
知ってました?
知らない知らない。それ東京だけじゃないですか?
あ、東京。
おかいつっていうの。
おかいつって最初何だろうこれって思って、あ、お母さんと一緒かって思って。
これおかいつの曲なんだけどっていう、お母さんと一緒に流れてる曲のこととかを言ってる人いて、
一般的に流通している略称だと思うんです。
じゃあそこから取って、やっぱ仙逸にしましょうか。先生と大体一緒っていう。
仙逸。
仙逸。
仙逸でいきましょう。
はい。
仙逸。
仙逸。
仙逸。
仙逸でいきましょう。
はい。
仙逸でいきましょう。
はい。
仙逸でいきましょう。
仙逸でいきましょう。
はい。
言ってこなくて雑になってますね。
はい、じゃあまとめの方にいきたいと思います。
今日も無理矢理3つ。
いきました。
1つ目。
Aさんからの命題。