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おはようございます、鶴岡慶子です。この配信では花火や天気、言葉に関することなどをお話ししています。
司会やナレーションを通じて日々感じたこと、学んだこと、それからちょっと嫌だなぁと思ったことも、視点を変えて前向きに物事を捉えたり、
最終的に良かったねと思えるように考え方のコツなどをシェアしています。日本の秋田県から毎朝更新しています。
母主の挨拶の定型文
昨日は葬儀の司会をしてきました。母主の挨拶が非常に印象的だったので、ご紹介します。
私が出入りしている葬儀会社の母主の挨拶のテンプレート、定型文なんですが、実は私が作ったものです。
この会社に出入りするようになってから私は9年になるんですけれど、当時会社の方から母主の挨拶の定型文を考えてほしいと依頼をされて提示をしたものがあって、それが今も使われています。
その前まで使っていたものも悪くはなかったんですけれど、ちょっと難しい言い回しがたくさんあったんですね。
例えば、取り込み中のことで、万般不幸届のところばかりで申し訳ございません。という表現がありました。
このテンプレート、この定型文を使っている時は、よく母主様がこの万般不幸届というのが言えなくて、みんな引っかかるんです。
言い慣れないですよね。もっと変異な言葉で言っていいのになって、ずっと思っていました。
そんな時に社員の方から私が頼まれて、1つ定型文を作ったという経緯がありました。
ただ、担当者によっては、コピーした定型文の用紙をたくさん持っている方がいらっしゃるんでしょうね。
時々、万般不幸届がひょこっと現れる時があります。
じゃあ、昨日はどうだったかっていうと、万般不幸届じゃない方、私が作った定型文をお使いでした。
そもそも母主の挨拶で何を言うかっていうと、まずは参列者に対して、忙しい中来てくれてありがとうっていうことが1つ。
そして結びでは、これからも変わらぬお付き合いをお願いしますっていうこと。
この2つが言えれば、母主の挨拶としては形として整います。
その間に何を言うかっていうことなんですけど、私はそこにカッコ飽きで、個人の人柄がわかるエピソードとか、印象的な出来事とか、
挨拶の意味
そういうことを書いてあるんですね。
でもそこを母主様があえて触れないこともあるので、非常に短い挨拶、簡単な挨拶にしてしまう方が多いです。
でも昨日の母主様は打ち合わせの時に何度も、簡単でいいんだよな、母主の挨拶って簡単でいいんだよなって言うんですよね。
なので私は簡単でいいですというふうにお答えしました。
でもそこに思い出のお話もする方もいますねっていう話をしました。
定型文にはカッコ飽きでエピソードっていうふうに書いてあるので、その定型文と私が言ったことが一致したということで、少し考えてくださったのでしょう。
亡くなったお父様の姿がありありと浮かんできて、私は本当に陣としました。
まず最初に家についてお話をされたんですね。
この家、見てください皆さん。この家は私たち家族が厳選した一枚なんです。
本当に穏やかな顔をしていい写真ですよねって言ったんです。
加えて一つエピソードをご紹介しますっていう話をしてくれました。
一緒に暮らした時間は非常に短かったんですけれども、一つ思い出になっていることをお話しますとお話しされて、どんなエピソードだったかっていうと、
この母主様は直樹さんという方なんですが、お見舞いに行った時に母主の顔を見るなり、そのお父様が、
ナオちゃん頑張れ、ナオちゃん頑張れ、ナオちゃん一番じゃなくていいんだよ。
そして男だったらかかってこい、男の子だったらかかってこいと言ったそうです。
母主様はこのかかってこいっていうことに対して、いや寝てる人からそう言われてもねって思ったそうなんですけれど、
母主様は4人兄弟で、男の子2人、女の子2人の4人兄弟なんですけど、非常にその男の子に対しては父親は非常に厳しかったと。
そして女の子に対しては非常に優しい父親だったともお話しされていました。
これは亡くなる半月ほど前のエピソードです。
そしてエピソードのまとめとして、自分にはナオちゃん頑張れと言ったんですけれど、
父親にとってはもう頑張らなくていいところに行っているんだなっていう気もしていますという話をしていました。
この時お父様の目にはどんなナオキさんが見えていたのかなぁと想像すると、なんか胸がいっぱいになりました。
そしてなんと愛情深い人だったんだろうっていうふうにも思ったんですね。
そして母主の挨拶はむすびの言葉につながっていきました。
今後とも変わらぬお付き合いをよろしくお願いしますと言って母主の挨拶を締めくくりました。
こうやってお父様の思い出を少しお話しすると、その人となりが見えてきて、みんなでまた静かに忍ぶことができるなぁと思いました。
この定型文は定型文としてあるんですけれど、その定型文を見るときに母主の挨拶に限らずですけれど、何かそれを参考にするとして、
参考にするのはこの場面のこの挨拶はどういう意味で挨拶をするのかっていうところを参考にするべきなんですよね。
例えばこの母主の挨拶であれば、今日来てくださった方にお礼を言う。
そして今後ともよろしくお願いしますという、これがこの母主挨拶の意味なんですよね。
そこを外さないということで、逆にそこを外さなければ、あとは自由にお話しなさっていいと私は思っています。
それで一つ思い出したんですけど、婚礼の時の花嫁の手紙ってありますよね。
あの花嫁の手紙は、お父さんお母さん今まで育ててくれてありがとうって、そして私幸せになりますっていうのが目的なんですけど、
そこで両家代表写真のようなことをお話しされた花嫁さんがいました。
本日は私たちのためにご来席いただいてありがとうございます。私の両親のことを紹介しますって言った方がいるんですね。
紹介するのは悪いことではないんですけれど、このシーンでそのことを言うのではないので場面を間違っているっていうことなんですよね。
そうするとちょっとチグハグなので、列席者が非常に戸惑って目をキョロキョロさせてしまったということがありました。
花嫁の手紙はこの後花束贈呈につながっていくので、ここ両親とか自分が育った家族への感謝のメッセージでなければ、
次の花束贈呈につながらないんですよね。演出として意味をなさないということになってしまいます。
なので意味を吐き違えないというために、提携文を会場の人なりに見せてもらうっていうのは大事なことです。
そしてさらにそこから一歩を踏み出すと、本当に素晴らしい挨拶につながっていくなというふうに思いました。
そこは何もスラスラ言うことではないんですよね。
昨日の星様もスラスラ言えたわけではありませんでした。でも本当にあったかい気持ちになったんですよね。
ぜひ皆さんにシェアしたいと思いました。
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鶴岡慶子でした。また明日。