2022-06-22 11:41

#115 只見町の昭和漫画館青虫が閉館と知ってショックでしたという話

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只見町にあった貸本漫画などの貴重な本を読むことができる「昭和漫画館青虫」が閉館したらしいです。福島県が他県に自慢できる建物の一つだったんですが。そんなわけで、青虫についてのおもひで話を語っております。あの貴重な本たちどこへ行ったか知りたいです。

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はい、おはようございます。本日の放送は2022年の6月22日、水曜日です。本日は第115回目のお話となります。
このチャンネルは、福島県郡山市在住の特撮アニメ漫画大好き親父のピョン吉が、響きになったことをだらだらと話をしていくという番組です。
そんな親父の一言を聞きになりまして、もしもあなたの心に何かが残ってしまったら、ごめんなさい。俺にはなかったんです。
不幸にもこの番組に興味を持ってしまったら、ぜひ今後もご卑怯のほどよろしくお願いいたします。
コロナも落ち着いてきましたし、そろそろまた行こうかなと思いましてね、ツイッターを検索してね、ちょっとショックな話が入ってまいりました。
福島県の畳町にあったですね、昭和漫画館青虫が閉館となったという話なんですよ。
すでにですね、中の本は取り出されてね、図書館がもう廃屋状態になっているという話なんですね。
畳町にはですね、タモカクという会社があるんですよ。木材の加工の会社なんですけどね。
畳町にはですね、非常に山の中でね、何にもないけどね、とりあえず山がある。そして空間がある。
でも都会にはですね、本の置き場がなくて困っている人たちがいる。
というわけで、古本と森の土地を交換するという事業を立ち上げた人がいるんですよ。社長の木津光一さんです。
林業以外何も使えない土地をですね、都会の人に持ってもらうとね、それと愛着があって、そのうちの少しの人が畳町に来てくれると町がうろうるんじゃないかという事を考えたんですね。
その事業を始めたことによってですね、畳町にはたくさんの古本が集まりました。現在では200万冊以上の本が集まっているそうです。
ですけどね、その貴重な本を見抜く能力はね、ちょっと残念ながらなかったんで、貴重な本はですね、また古本屋さんが買い取ってね、都会に持って行っちゃうんですね。
というので、実際のところあんまり良い本は残ってないんですよね。でもとりあえず莫大な本がね、集まっています。
で、この活動をですね、森の町畳としてね、非常に注目を集めたんですね。
で、その中ですね、都会からですね、自分のコレクションを展示できる図書館を作りたいという人が現れたんですね。
そして、町の中にですね、古い教会があったんで、そこをですね、図書館にリフォームしたらしいんですね。
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そして、2006年の4月23日に図書館がオープンいたしました。
図書はですね、図書館としてだったんで、1時間500円で読める図書館として設定して始めたみたいです。
その図書館の名前はね、館長が大好きだった青林堂のガロ、あと虫ポロのコム。
その青林堂と虫ポロの頭の字を使いまして、アオムシっていう奇妙な名前を付けたんですね。
その図書館はですね、日本の中でも非常に変わった図書館だったんですよ。
何と言ってもですね、貸本屋さんに置かれている貴重な本ばかりが置いてあるっていう本なんですね。
ま、その不正規の本屋さんで売られている本とですね、貸本屋さんに並んでいる本っていうのは違うんですね。
ま、改めてちょっと説明しますと、貸本屋っていうのが昔あったんですね。
漫画を買うことができなかったんで、漫画を借りるっていう、そういうのがあったんですよ、貸本屋さんっていうのは。
というわけで、そこのところを通じてですね、雑誌みたいな感じで流通している特別な本があったんですね。
えっと、貸本屋さんがね、次々と閉店していったんで、その時にですね、購入していった人たちがたくさんいるんですね。
その館長さんも、というか貸本の魅力に見利かれてね、集めた方なんですよ。
ターミマチですが、非常に雪が多いっていうので、11月にはもう閉館、4月まで閉館が続くという。
要するに、えっと、5月から10月まで、そこまでしか開館しないという奇妙な図書館だったんですね。
自分が訪れたのは3回ですかね。
1回目はですね、多目隠の方が目的だったんで、というのでちょっと寄っただけだったんでね。
えー、あーすごいな、貴重な本がたくさんあるな、というだけだったんですよ。
もう時間制でお金を払った記憶はないからね、もう図書館じゃなくて昭和漫画館になっていた頃ではないかと思います。
あ、言うの忘れてますけども、途中からね、図書館から昭和漫画館という風に名前に変わったんですね。
2回目に訪れた頃にはですね、NHKで水木茂さんのゲゲの女房、これが放映された時でですね、
そのゲゲの女房でね、歌詞本がですね、いろいろと書いてあったんですよ。
で、その後ですが、地元で漫画のワークショップなども行われたということもありまして、
2017年に文化庁メディア芸術祭が行われました。
で、その後はですね、漫画館に行ったんですけども、
その漫画館に行ったときはですね、
で、その後ですが、地元で漫画のワークショップなども行われたということもありまして、
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2017年に文化庁メディア芸術祭功労賞を高野さんは受賞いたします。
3回目に行ったのはですね、その受賞の後だったと思います。
今度は誰もいなくてですね、非常にひっそりとしていたんで、
初めてですね、高野館長といろいろとお話をする機会がありました。
館長はですね、高野さんはね、1949年生まれで神奈川県生まれ、
20代後半のときにですね、小学校のときに夢中になった漫画本、
それを偶然古本屋さんで見つけて、それで都内だとか横浜を中心にですね、古本を集めるようになるんですね。
現在まで集めたその蔵書はですね、3万冊を超えているっていうんですよ。
2005年のときですね、56歳のときですね、初めて生まれ育った横浜を離れてね、
この福島県たわみ町に単身で移り住んで図書館を作ったらしいんですね。
そのコレクションの中身ですが、1950年代から65年までこれまでの歌詞本漫画を中心にして、
赤本、絶版漫画など約2万冊を集めたそうなんです。
中にはですね、東京や京都の漫画図書館でも面にすことができないですね、
周囲者の面白漫画文庫なども並んでいました。
この昭和漫画館の青虫はですね、高野館長の強い思い入れからですね、
閉じてあってね、特別にちょっとそれを開けてもらってっていう感じじゃなくて、
自由に誰でもですね、引っ張り出して読むことができるような開花式っていう風になってるんですね。
最初はですね、たわみ町じゃなくてですね、
お隣の金山町、そちらの方の倉庫を書いてね、
自分のコレクションを集めて、そこに貯めていたらしいんですよ。
いずれかそれを展示するスペースを作りたいなと思っていたんですが、
その隣のたわみ町でね、古い教会が売りに出てたんで、
図書館に改造したってことらしいですね。
で、56歳の時っていうのはですね、お子さんが学校を卒業してね、
それなんで、これだったらもういいだろうっていうので移住したらしいんですね。
私がね、福島県出身の漫画家さんについて調べているんですよっていう話をしたらですね、
そういう視点で漫画家さんたちを見たことがないので、ちょっと驚いた感じでしたね。
でも、笹川ひろじさんとかね、横田徳夫さんだとか、村野もりびさん、
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ひるたみつさんなどね、貴重な本をね、いろいろと見させていただきました。
それを見ていたらですね、館長ね、もしかしたらこういうのに興味がありますか?
というので、奥の特別な部屋に案内されたんですよ。
その中にはですね、ガラスのケースの中に収められたですね、
手塚治虫さんなどのね、さらに貴重な本が置いてあったんですね。
甘いの素晴らしいコレクションでね、日本一なんですか?の話を聞いたらですね、
高野さんによればもっとすごいコレクターがいるんですよって話だったんですね。
そしてその最後にお会いしてからですね、2年もしないうちなんですが、
2020年の1月にですね、亡くなったって言うんですよ。
高野さんがね、70歳だったそうです。
あの膨大な本はね、どうなんのかなぁとね、心配していたんですが、
後でね、奥さんがね、高野さんの意思を継いで再会しますっていう話だったので、
ほっとしていたんですよね。
でも、どうもそうはいかなかったみたいですね。
おかざことをしてもですね、
お母さんを半年も行きでね、交通が不便になる帯見町にね、
一人で置いておくってわけにはいかなかったんでしょうね。
あの素敵なね、白い教会の建物が廃屋になっているっていうのもショックなんですが、
あの本はやっぱり行方が気になるんですね。
本来ですね、これ国が管理してもおかしくないようなコレクションなんですよ。
県や町が管理してはどうかなぁと思っていたんですけどね。
果たしてそれがね、どこに本が行ったのかとても気になるんですね。
とりあえず変なところに行ってね、売却だとか、あるいはどっかにしまわれてしまうとかね、
そういう風になってないといいなと思っております。
それではまた次回、吉川ぷん吉さんオタクの話をお付き合いくださいね。
本日もお聞きくださいまして、誠にありがとうございました。
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