00:03
今回は雑談会という感じで、やろうかなと思うんですけど、
数学パズル的なコンテンツを見るようなことがあって、そこで解説を読んで、こういうふうな説明してるんだ、みたいな。
で、見るんですけど、中に例えば、組み合わせ計算をするとこうだとかですね。
なんか、数学、いわゆる高校で習うような数学の知識を使うというか、そういう部分があったんですけども、
別に、僕は知ってるんで構わないんですが、どのぐらいまでそれを許容されるのかなっていうのが、批判ではなくてですね、単純に疑問として、どこまでいいのかなって結構思うようになったんですよね。
数学の知識がないと解けないようなパズルはどうなのかと。
いわゆるクイズなんかと比べて、パズルって単に知識を問うものではないので、っていうような文脈でよく言われますよね。
これってでも、例えば文字が読めるとか、足し引きかけ割りができるっていうのはある程度前提とされてるはずなんですよね。
それがどの程度かっていうのはね、ありますね。
そうなんですよね。だからその、もちろん今回は遊ぶときの話として、作る人のことは考えなくていいと思うんで、
パズルは遊ぶとき、単純に楽しむときとして、でもどこまでを仮定しているのかなっていう、ちょっと遊び手に寄り添いつつ作り手から見てるみたいな変な話なんですけど。
ちょっともうめんどくさい話ですいませんが、例えば数学も、今言ったような高校の数学ってことになると、それでもね、履修のレベルによるんで、ちょっとどうなるかわかりませんが。
微分積分まで入れるのかとかですね。そういう話になっちゃうと結構これ厄介だなっていうのと、一方で今のは計算っぽい話しましたけど、
言葉のパズルみたいなもの、簡単に言うと、クロスワードを解くってことは、一定の言葉を知らなきゃダメですよね。
そうですね。もう言葉のパズルなら、言葉を知らないと。
ねえ、とか漢字パズルは当然漢字知ってるとか、文字熟語のって言われたら、それは知ってるってこと、まあ調べればいいんだけど、そういうことになるんで。
この辺ってみなさんどういう感じで、どこまでは知ってるとか、どこまで使っていいとか、そういうなんかルールがあるんですかね。
懐かしいけど、まあ知ってたら有利ですよ、みたいなぐらいな感じでいいんじゃないですかね。
そうなのかな。なんかこうね、言葉なら、辞書にこれ載ってるものは良しとするって言われても、まあなんか基準は一応あるのかなと思いますよね。
ただこう、なんかこう、数学に限らないのかもしれませんけどね。理科の知識とかもしかしたらそうかもしれないし。
03:03
なんか、いやそれはちょっと知らないんだけどなあみたいな、解説読んでてね、知らないんだけど、まあ勉強になったっていう風に考えてね、もちろん。
それでいいんですけど、個人的には、まあこれ知らないよ、みたいなので、ちょっと噛みつかれてもある意味めんどくさいなと思ったりすることもあって。
まあ知らなくても解ける、知ってたらまあちょっとは有利だよっていうものだったらまあいいですよね、なって思いますよね。
さすがにそれはみたいなの出てくるとやっぱり、これ知らないと絶対無理でしょうっていうのは、まあ一般的にはちょっと難しいタグなパズルになりますね。
そうですね。まああの多分、いわゆるメカニカルというか、パズル、おもちゃの文脈ではあんまりそういうことはないのかなあっていう感じが今なんとなくしてるんですけど。
うん、あんまりないんですけどね。あんまりないけどガチャガチャやってたら解けましたとか、まあいろいろありますしね。
そうですよね。
知らなくてもやってるうちにハッと閃いて解けるとかは良いパズルですよね。
結局そういう遊び手が持ってる情報量の差っていうだけなんですけど言ってしまえば、知識なんで、あとまあ、なんていうかね、一個のパズル別に数十年かけて知識を得て解くっていうのは、
それはそれで一つの営みとしては素晴らしいものがあると思うんですけど、限界があるっていうかね。なんかそういうのもちょっと思ったりしますね。メカニカルでも絶対ないのかって言われると、なんかあるような気もするけど。
メカニカルでもね、どうだろう。まあ、幾何学的なものは知ってた方が有利だけど知らなくてもとか、逆にそういうことを知ってる人が罠に陥りやすいものを作ったりっていうのができるとちょっと嬉しいですね。
そうか。例えば秘密箱とかの、カラクリ箱ですか?ああいうものの類で、N信法というか、Nって言っちゃっていけないな、いきなり。2信法とか3信法を使うっていう場合に、そういう仕組みがありますよっていう時に、それ知らなくても時間をかけて頑張ればいつか解けるかもしれないんですけど、多分そういうものじゃない感じですよね、あれはね。
あれはそうですね、知ってた方が有利か。
だからもちろん、そもそも知らない人は遊ばなくていいって言われちゃったらしょうがないんですけど、その楽しいもんだって言われちゃったらまあそうなんですが、そこら辺ってこう難しいなと思ったりしますね。
なんか私、パッキングパズル昔よく作ってたんですけど、あれなんかも、まあもしかしたらただ手でね、闇雲に遊ぶんじゃなくて、ピースのヘンの長さとか、角度をちゃんと測って、この角度だからこうだなとかって考えるとそれが有利かもしれないし、
06:16
逆にあんまり角度とか気にしすぎると、作者が意図している間違った方向に向かっていくっていう可能性もあるわけで、そういうところは知識が有利に働いたり、それが邪魔したりっていうのはちょっと面白いですね。
そうですね。まあ昔あるパズル家さんに、知識は多分君より僕の方があるけど、だからいいってわけでもないし、でもないと困るしみたいなこと言われたことがあって、まあそうだよなと思いながら、知ればいいわけでもないんだけど知りすぎるが故になんかちょっと邪魔になるもありますし、逆に楽しめないもあるんですよね。
ああ、ちょっと知っちゃってるからこれはもうどうしようもないなっていうか、ちょっとゼロの状態することできないですからね、基本的にはね。たまたま気づかなくて、これはこのタイプなのかっていうのはあるかもしれませんけど、本質的にね、なんかそれを捨てるわけにいかないような知識は、なかなかそういう情報が逆にあることでちょっと困るものもある手はありますよね。贅沢な話ですけどね。
ね、ひっかけ問題とか面白いですよね。
そこら辺はまあ、だから知らない方が楽しめるっていう、だから結局その知識って言ってるもの、指してるものが違うんでしょうけど、
2人のね、知識はあった方がいいって言ってる人の知識が当物じゃないって言うときの知識の意味は違うんでしょう。
違うんだと思うんですけど、なんだかあの面倒くさい話をしてるなってわかりつつも、なんかまあまあと思いながら、なんとなくこう考えてしまいますね。
あとその情報差っていう意味でいくと、例えばあのね、前の話題であの繰り返しになりますけど、
これは答えが一つだよと、ユニーク解だよっていうこと自体が情報になって解きやすくなる、遊びやすくなるっていう場合があるんですよね。
あの、どこまで言っていいかわかんないですけど、例えばこのピースをここに入れると答えが一つにはならないはずだから、この入れ方はないっていうことで、
いわゆる答えの数がヒントになるというか、答えの数って言っちゃいけないんだな、だから2つ以上ないっていうことがヒントになる。
まあそれがいいのかどうかっていうのはともかくとして、そういう情報の使い方もあるわけですよね。
なるほど。
そのことでユニークかどうか、答えの数が一つかどうかも知りたくないっていう人もいるんですよね。
09:04
いるっていうかいたっていうか。だからなかなか情報の扱い、そんな交渉の話じゃないですけど、でも難しいよなというか。
今のはすごく理性的な話に聞こえるんですけど、もうちょっと下世話というか、このパズル誰が作ったのかっていう情報がこれヒントになることすらあるんですよね。
特にメカニカル方面だと僕は何回も経験してるんですけども、作者名を知ってることで、もう多分この後何が起こるかとか、だいたい落ちの付き方っていうのが予想できて、それが裏切られる楽しさもありますけど、
だいたい当たっちゃうんで、うんそうか、はいありがとうございましたっていう場合もあるわけなんですよね。
すごいですね。
いやこれって、僕は解けるっていう、解く能力が高いっていう意味じゃないんですよこれは。だから解く能力じゃないところで先を見てしまって、多分純粋に楽しめてないんじゃないかなっていうのが過去にあったりするわけで、逆に僕自身もそう言われたことがあるんですよね。
だから君の作ったものなのでこうじゃないかなと思ったらそうでしたって言われて、はいありがとうございましたって言うしか言わないんですよね。
それは嬉しいんですか?それとも嬉しくないもの?
ないまぜですね。これは嬉しくないとは言いませんけども、純粋に嬉しいと言っていいのか悩むことも多いですね。考えすぎなんですけど単純にね、これは。
ただその結局それは相手っていうのが、いわゆる芸風を知ってるっていうことが、そういわゆるその人なりのお望みの結末が得られて気持ちいいという言い方もできるし、
一方ではあんまり新しい、なんかもうちょっとこう発見みたいな爽快さが少し足りないと感じたことはなかったかなと感じて。
なるほど。どっちにも取れますね。
そうなんですよね。いろいろ、もちろんそんな悪意があったとは思いませんけども基本的には。
なんかこうね、ただ楽しむっていうだけじゃない、そこに隠された答えっていうのはあるコンテンツが故に起こるというか。結構難しいですよね。
難しいですね。まあまあ個性って出ますからね。
そうなんですよね。
作る側としてはいかに、なるべく自分を裏切っていく方向を頑張るしかないんですけどね。それでもね、やっぱ味が出ちゃいますから、それを出てるねって言われてもまあそこは仕方がない。
仕方がないですね。
まあもちろんパズルはもともと意外性みたいなものが必須じゃないですけど、喜ばれる分野ではあるんで、それやる意味は大いにあると思うんですよね。
12:01
にしてもやっぱりそうか、難しいなと思いながら、だから本当その知れば知るほど楽しめないっていう状況なわけで、同時にそれは作ってる側も自分のものは楽しめませんからしょうがないんですけど。
新鮮味を持ってやるとか、遊んでもらうって結構難しいなって思いますね。
雑談なのでついでに言うと、いわゆる答えっていうのがあるからこそ起こる問題っていうのが回って、マジックとかあっちの方にもありますけど、いわゆるネタバレみたいな答えをどこまでオープンにするかっていうことですよね。
そうですね。
でも結構いろんなお考えがあると思うんで、どう行動するかはお任せしていいと思うんですけど、例えば写真を撮って、こういうパズルがあるよって紹介するときに、どういう写真を撮るか、もうその一つでも非常に悩むこともあれば悩む人もいるんですよね。
ですね。答えを載せちゃうとバレバレっていうものもありますからね。
そうですよね。じゃあそれならって言って答えじゃないから全部バラバラにしておいたら、ピースの形が分かるようにおいたら、これ自分で作っちゃえるじゃないかっていうね、そういうご指摘があったり。
簡単にコピーされちゃうじゃないかとか。
そうするとピースをうまいこと一部重ねたりなんかして、カジラとかメジャーにして撮ればいいのかなとかですね。そうするとなんだか分からない。
面白いとか興味深い指摘っていうのがあって、そうやって一部ピースをかぶせて写真を撮って、やった画像というか写真として紹介したんだけども、それを元にこういうものを作れるなって作ったものが実はたまたま同じだったと。隠したはずのものと。
ところが元の画像は出てないんだから、それを参考にはできないわけですよね。でもいや俺の方が先に作ったからみたいなそういう思い下がりというかね。
うまいことありました。
そういうのをちょっと見聞いたことがあって、はっきり言ってついてないってしか言いようがないんですけどそれは。でもそうやってなっても言われちゃう。
ってことはじゃあ明らかにした方はその人のピースだってことは明らかになるわけ。
なるほど。そっちの方が自分の権利が守られたってことになりますもんね。
全部見せた方が良かったのかってなるんですけど。
難しいところですね。
これだからどうなのかっていうところでしたね。もっと突き詰めて言うと、権利なのかっていう話がね。
よくある話なんですけど、パズルの著作権がどの頃みたいな話ですよね。
これ大変ややこしいので深入りしませんし、法律の詳しい方が言えばいいことだと思うんですけども。
15:01
ただなんか僕の認識では創作物だと思いますけど、法律的な意味での著作物にパズルが完全に当たるのかどうかって言われると。
そうですね。
著作物なのかなっていうのはちょっと思ってるので。
気持ちの問題はもちろん別問題なんで、そういうのが気持ち良くないという好き嫌いの問題はあっていいと思うんですけど。
ただあんまり小肌がに言い出すとちょっと危なっかしいことになるので、難しいよなと思うんですけどね。
個人でやってる範囲ではあんまり皆さん気にしてないかもしれないですけど、
メーカーさんなんかは割と切実な問題でコピーされたり真似されたりとかね、いろいろあるみたいですよね。
実際なんかね、著作物かどうかっていうことよりも、そういうビジネスの場合は、例えば書評とかですね、別な方面で。
そうですね。
そういう著作権本面じゃない方面で守る方法が他にありますよね。
私の関わってるパズル関係のメーカーさんなんかは、例えば一生登録してるとかね。
まあとにかくそのパズル自体の本質ではなく、単に見た目だけで登録してると。
それでどこまで守られるか、あるいはパズルの本質ではないところを守ってるんですよね。
まあそれも全部じゃないけど一部は守られると。
営利関係があるところはいろいろ難しいところがあるみたいですけどね。
そうですね。
あんまり僕言わないですけど、パズルのデザインって言い方をするじゃないですか。
設計の意味ですけどね。
デザインですね。
そうなるとどこまで実際ね、その仕組みっていうのは守れるのかみたいな話もありますし、
これは守りたい守りたくないって話じゃなくて、実際守れるのかって話ですけど。
だからまあそもそもそこまでがんじがらみできないんであれば、
逆にあんまり主張しすぎない方がいいっていう気もするんですよね。
強くね。
そうするとひるがえって画像で何か紹介したっていうものに、
まあいろいろお考えもあるでしょうけど、
そこを全部ひっくるめてみると、まあそういうもんかなっていう感じで。
よっぽど悪事を働いてるんじゃなければっていう目で僕は見ちゃいますね。
好き嫌いは当然あると思いますけどね、個別にね。
私なんか昔パッキングパズル、2次元の平面パズルをよくやってたんで、
答えを見ちゃうとほぼほぼネタバレなんですよね。
そうですね。
だからそこはね、結構作っててジレンマがあったというか、
まあ一瞬でもその画像とか絵を見ちゃうと、
もうほぼほぼバレちゃうっていうのは結構悲しい話で、
18:03
まあ何人かで遊んでて、誰かができたって言ったらそれ横で見ちゃうともう、
その人はそのパズルを解く喜びを奪われてしまうわけですよね。
だからあれはこうちょっとビジュアルであまりにも答えがあからさまに見えちゃうパズルはちょっと不利だなと思ってましたね。
だから知恵の輪みたいなパズルだと、解けたって言ってこうね、
ピースが2つにちゃんと外れてるところ、答えを解けたところを見ても問題は過程ですから、
まあ解けたことをみんなに見せれるタイプのパズルはネタバレはしにくいからいいなっていうのもね。
そうですね。
もしかしたら私、パッキングからちょっと知恵の輪に移ったのは、
その思いがもしかしたら真相真理であったのかもしれないとか、自分で思いながらも。
そうですか。その機能としてはね確かによっぽど複雑じゃない限りはパッと見たら入り方わかっちゃうとかっていうのはしょうがないですよね。
ちょっと話はずれるかもしれませんけど、やっぱり最近ちょっとやってる分類とかいう話で言うと、
こういうなんかあるタイプのパズルだと思ったら実は違うタイプのパズルとしてオチがついてたって時に、
先にそのパズルの分類を知ってしまうことでダメになるっていうか。
なるほど。分類から答えがバレちゃう。
っていう場合があるんですよね。
あるかもしれない。
つまり平面的な問題だと思ったら、実はあの立体の何とかですとか立体的にやるんだって言うんで。
ネタバレまでいきませんけども、
なるほど。
肝心なところをぶち壊しになったという事例がありましたからね。
あるかもしれないですね。
その悪気はないんですけどもったいないところですよね。
なるほど。分類しないでってことか。分類されるとバレちゃう。
バレちゃうっていうものがあったんですよ。
なるほど。ありそう。
言うに言えないんですけど、具体例を。
まあちょっと私もわかんないけど、まあそういうのありそうですね。
聞くとちょっとねしょうがないねっていう。
でもそれはそれで面白いですけどね。
分類をちょっと書いといてそれがヒントになってるみたいなの。
まあちょっともしかしたら面白いかもしれない。
面白いですね。
逆に。
どういう風に遊ぶパズルかはいいんですけど、どういうタイプのかっていうそのタイプによったらなかなか危なかったってことなんでしょうね。
それはね。
だから全然知恵の和ですって言われたからって困るものがね、いっぱいあるなともかくまあそんなないと思うんで。
まさかこれ知恵の和だと思わなかったってことは多分ないと思うんですよね。通常はですよ。
ですからまあそういうのはもちろん知恵の和とかに関してはそんなにトラブルは起きないんだろうなと、その例でいくと。
21:05
なるほどね。
あるんですけども、これだから結局ね最初のその情報の差の話をずっとしてるんですけど、遊ぶ場合の。
遊ぶっていうかまあ遊ぼうと思った人と情報の差の話をしてるんですけど、これ結局もう何も言えないなっていうことになるんですよね。
下手に言うとそのね何を知ってるかどうかっていう、どこまで知ってればいいんですかっていうふうに言われちゃうし、言えば言うほどヒントがネタバレだって言われちゃうし、
まあもうね黙ってやるしかないなっていうしょうもない結論になりますけど。
いやいやまあでもカラクリ箱なんていうのもちょっとネタバレか自分で解くかネタを知らないかどうかって結構難しいジャンルのものだと思ってて、
あれもまあカラクリ箱ってその作者がもうブラックボックス的にこう何か仕掛けを作ってるので、まあほとんど答えを知らないと解けないようなものもあるんですよね。
まあ何も知らずに解けるものもあるいはヒントをもらって解けるようなものもあるけど、すごい難しくてちょっと思いつかないとというかあるいは答えを聞かないと絶対無理なようなものも結構あるんだけども、
それをやっぱり答えをでも知らないと本当に面白いかどうかがわからないようなものもあるっていうんですかね。
でまあカラクリ箱っていわゆる職人さんが作った工芸品みたいなところもあって、それを購入するかどうかって難しいとこなんですよ。
カラクリ箱好きなんですけど、これって買って面白いものかどうかってわからないんですよ、やっぱり。
で、解いてみたら、なるほどこういうアイディアでこういう風になってるから面白い、ぜひ買おうっていうパターンもありますし、答えを知っちゃうとまあそういうことかとわかったからもう買わないっていうものもありますし、
答えがわからないけどとにかくチャレンジしてみたいから買ってみようっていうパターンもありますし、お値段もそこそこするものからいろいろあるので、
カラクリ箱を買うかどうかって結構難しくて、答えを知って面白そうだったら買いたいなって思うときもあるし、
いやいや答えを知らずに自分で解くんだって思って買うものもあるし、まあそれぞれなんですよね。
確かにちょっと厄介な部分がありますね。
厄介な代物ですから。
で、その答えを込みで楽しむっていう意味でいくと、例えばミステリーとかですね、ああいう単純に解決することが前提だと思うんですよ、ある程度。
24:03
その解決するとこまで含めて楽しむっていうコンテンツということですよね。
ものによってはパズルは解けないのも時間が楽しいものなんですっていうので、いいものもありますけど、そういうお金を出すとか、
例えば早く買わないと無くなっちゃう、今決めなきゃいけないみたいなそういう全然違うファクターが入ってくるじゃないですか。
そうすると切れ言言ってらんないっていう部分もありますよね、正直ね。
で、しかもどうなのかな。
結局答えの情報を知ってしまったら買いたくないとかまあいいかなって思えるっていうのは、結局その答えの情報に価値があるっていうことですよね、言ってしまえば。
それが別に答えを知っても欲しくなるっていうのは例えば何なんだろうなとかちょっとこう思うわけですね。
そうすると答えを知ってもその動きをやってみたい、体験してみたいとか、誰かに見せたいとかですね。
そうですね、誰かに見せたいは大きいですね。
そういうような動機はあるのかなってちょっと思うんですよね。
ありますね。
例えば知恵の輪なんかはこれ取れるんですって、取れるっていう情報を知っちゃったらもう買わないってそういうわけじゃなくて、やっぱり取り方が問題なわけじゃないですか。
そうですね。
取れるなきゃおかしいんだからっていうことで、そこら辺はある意味このからくり箱の対局かもしれないですよね。
なんていうんですか、落ちかどうかってことですよ。
落ちが問題かどうかっていうだけで言えば、取れるんですっていうのは全く情報になってないわけですよね、知恵の輪においてはおそらく。
はいはいはい。
どう取れるのかっていうところが問題なんで、そこは結構難しいし、
多分比較すると知恵の輪とからくり箱だと圧倒的にからくり箱の高いものは多いですよね。
まあからくり箱の中でももちろんピンキーじゃないですけど値段の上下もあると思うんで。
まあいろいろありますけどね。
ありますけど複雑なものはやっぱり高いって言えるんですかね。
昔ね秋葉原でパズルの実演販売をしていた平野さんという方がいますけども。
平野さん。
平野さんが言ってたのが、秘密箱を買うお客さんがいるとして、その方が慣れてる方かどうか、初心者かどうかっていうのと、どんな箱を買うかっていう時にやっぱり注意する部分があるって言ってて。
簡単に言っちゃうと、初心者だっていう慣れてない方だってわかったら、その方に手数の大きい高いものは買わせないっていうか。
買わせないって言い過ぎだけど、小さいものをとにかく試してもらうっていうことを言ってましたよね。
それでいきなりすごい何か手数の大変なものをやって、うまくいかないと壊すとか、なんかあったりすると印象悪くなっちゃうし、その後のこともあるんで、
いいお客さんになってもらうって意味でも、実はこの最初の入り口が重要なんだみたいなことを聞いたことがありますけど、
27:04
と言ってもね、入り口が全部安いわけでもないですしね。
そうですね。
そうすると何でしょうね、レンタルで遊ぶみたいな話になるんですか?
そういう遊べる場所みたいなものがあるといい、でもそれだと遊んで終わっちゃうかな。
まあそこは人にそれぞれですね、遊んで終わっちゃうか、遊んで分かった上で買ったり分かった上で、
これはぜひ人に見せたい、紹介したいって思うとかね。
実際には個人の問題、お財布も含まれて個人の問題だと思うんですけど、
確かにそこはやっぱりいわゆる物のパズルの広める難しさっていうか、
あんまりね、パズルの問題で、いやこの問題に関しては非常に値段が高いからっていうことはあんまりないので、
高い方に収録されてる可能性はありますけどね。
でもあんまりそういうことはないんで、やっぱりなかなか特に工芸品とかそういうものの厄介さはありますよね。
よく言うね、その材料費を出してるわけじゃないですからね。
組木はなんでこんな高いのかっていう話がね、なんか昔ありましたけど、
木の代金だけ考えたら、そりゃあそんな値段はしないよみたいな。
もちろんそういうとこじゃないんですけど、分かるんだけど、でもまあっていう買う側からするといろいろこう葛藤があるわけですよね。
本来遊ぶことと買うことは関係ない話なんですけどね。
本来関係ないんですけど、現実としては結びついてるんで。
これは厄介というか、結論はないんですけどね、いつもの通り。
まあ気持ちは気持ちであるとしても、なかなか思ったようにはいかないかなっていう。
まあ組木なんかはね、もう基本的にほとんど解かないっていう人もいますよ、コレクターで。
バラしちゃうと組めないし、もうそこになんだろう、すごいメカニズムが中に入ってるっていうのが好きなんだと、美しいんだという思いだけで、
実際はそんなに遊ぶもんじゃないっていう方も結構ね、聞いたこともあるし、まあいろんな考え方があるなと思う。
実はそれが1個の塊で、彫刻で実は外れない1個の塊かもしれない。
で、横に説明書がついてる説明書ごと書いてある、あ、そうか、ピースを押しても外れないからおかしいなっていうこともできちゃうような、
まあ信用の問題になっちゃうんですけど、コレクターが触らないというかね、触る用の買う人もいますけども。
そう、触る用と保存用ですよね。
保存用しか買わないっていう、まあそういうね、流儀はあってもいいと思うんで、そういうもんだと思いますけど、
まあその人は結局実際に情報で十分ってことですよね。
それはなかなか一つ潔い気もしますけどもね。
30:04
いやーこれは、きりがないですねこれね。
そうですね。
まあどれもこう危なっかしい話なんで、一応雑談会という中で、紹介してみました。
雑談なので結論なくていいんじゃないですかね。
はい、じゃあまあそんなところで終わりしたいと思います。
はい。
ありがとうございました。
ありがとうございました。