100回で70人で7000回。キリがいいですね。ありがとうございます。
もろもろの体裁を整えながら、ちょっとずつ外向きに傾けようと思っております。今後ともよろしくお願いいたします。
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サマリー
ポッドキャストの第100回では、過去3年間の育児を通じた成長過程が語られています。育児の壁に直面しながら、当時の精神的な葛藤や様々な経験が取り上げられ、今後の展望についても考察されています。配信者はフォロワー数や再生回数に感謝しつつ、番組の方向性やタイトルの変更について思索を巡らせています。また、育児に関する普遍的な課題を発信しながら、性別による差別や分断を解消し、価値のあるコンテンツを提供する重要性が強調されています。このエピソードでは、ビデオポッドキャストの可能性や緩やかな変化を目指す意欲についても語られています。具体的には、配信活動の改善点やリスナーへの呼びかけが含まれています。
過去の振り返り
こんにちは、こんばんは、おはようございます。カフェインよわおです。 前回のエピソード、皆様、聞いていただけましたでしょうか?
シャーブ99、空白野郎も希望になり得るらしい、ちはやさんゲスト回ですね。 2時間あるので聞いてきてくれとは、なかなか言いづらい長さになってるんですけれども。
その中でですね、僕は学生時代に何をして生きてきたんだい、みたいな話になったわけです。
いまだに何が好きと言われても、これといったものは思い浮かばないし、 当時を振り返っても特別活力があったわけでもなく、
精力に根差した行動があったわけでもなく、何をして生きてきたんだろうね、みたいな話が中であったかと思うんです。
その後のゲスト回の音源の後にくっつけた、僕のアフタートークみたいなのの中で、
スヌーピーとか吉滝駿介さんの絵本とか、今思えば好きなものもそこそこあるんですけどね、みたいなことを載っけたと思うんですけど、
あれを公開した後に、何なんだろうか、僕のこのこれが好きですって言いづらいこの感覚は何なんだろうっていうふうなものを改めて考えていてですね、
思ったんですけど、 当時のね、学生時代の僕が、
当時いろいろな事情でちょっと制約が諸々ある中で、その中でも接種していたものというのは誰かに許可されたものか、
もしくは逃避するために必要だったものか、 その2択でしかなかったなというふうに思ったんです。
で、全社の 許可されたものっていうのがスヌーピーとゲームと遊戯王なんですよね。
思い返すと、当時あんまり僕はテレビのチャンネル権の自由みたいなものがあまりなかったし、
本とか漫画とかを買ってもらえるわけでもなかったし、 その本とか漫画とかを持っているような友達の家に遊びに行くみたいな機会もほぼなかったんですよね。
っていう中で唯一スヌーピーの漫画だけが何冊か家のリビングに置いてあったんです。
父の持ち物だったと思うんですけど、それは。 まあ当時は正直面白さも何もわからず、
ただ、ああ、ウッドストック可愛いなぁとかそれくらいの感情でしか見てなかったんですけどね。
なんかちょっとこう哲学的な雰囲気が含まれているし、 スヌーピーってそもそもちょっと哲学的な雰囲気が含まれているのもあるし、
あとは英語でセリフが書いてあって、下にこう和訳が書いてあるみたいな形でね、 使ってた漫画だったので、なんかちょっとこうニュアンスが
その幼かった僕にはようわからんなぁみたいなのもあって、 楽しんで読んでたっていう感じではなかったんですよね。
まあでもそれしかなかったから読んでた。 ゲームとか遊戯王は、なんかそこらへんはそれなりな確率で手に入ることがあったんですよね。
その諦めなくてもいいぐらいの確率で手に入ることがあったから、 まあそれなりにやってた。
逆にそこらへん以外のものは、こっちはその許可されなかったものだから、
なんか手を出そうとも思ってなかったし、手を出していいとも思ってなかったんだと思うんですよね。
その音楽とかドラマとか映画とか。 映画家族で見に行った記憶全然ないなぁそういえば。
許可されなかったから、それはもうないものであるというふうに扱っていたような気がする。
よく、こういう物事の自由度の測りとして使われるクレヨンしんちゃんがいますよね。
うちはダメな家庭だったんですけど、そういうものを人にね、何かしらいくつかこれはダメこれはダメって言われたものはあったような記憶があって、
見たいものをことごとくダメダメ突っ跳ねられるんだったら、じゃあもう許されたものだけ見てりゃいいんだみたいな感じになったような記憶はうっすらありますね。
っていうのがその許可されたもので、校舎の逃避のものなんですけど、
これはその前回のコラボの収録の中で、
好きなもの何ですかって言われた時にゴダゴダにくっつかれてもしょうがないから、とりあえずサバの塩焼きは確定で好きなので、それは言ってるんですっていうふうなことを確か言ったと思うんですけど、
あれ、なんでサバの塩焼きが好きかっつうと、完全逃避なんですよ。僕の中では。
うちの実家、いわゆるあの飯まず家庭だったんですよね。
ご飯が結構結構壊滅してて、だいたいこれを人に説明するときに例として出すのが2つあって、あのかぼちゃの日頃菓子とチャーハンなんですけど、
皆さんがイメージされるかぼちゃの日頃菓子って何色をしてますか? ちょっと暗めのオレンジ色。
オレンジ色と茶色の中間みたいな、そのなんかお醤油とかいろんな味が染みて、そういう感じのね、あの色になるじゃないですか。
かぼちゃの日頃菓子って。うちのはね、黄色だったんですよ。すごい鮮やかな黄色。
で、あの、とてもみずみずしくてね、そのかぼちゃの日頃菓子が噛むと味のない水がかぼちゃの中から染み出てくるんです。
もうそれを食べるのがね、苦痛で苦痛で、でもそれなりな頻度で出てきたんですよ、確か。
なんであの味で、と今でも思うんだけど、それなりな頻度で出てきたんですよね。それがしんどかったなっていうのが一つと、
チャーハンもね、チャーハンもそんなに少なくない頻度で出てきたんですよ。
でも味がないんです。白米と野菜と油の味がするんですよね。食べると。全然一体感がなくて。
チャーハンという一つの料理として、今改めて考えても完成してないものが出てきたんです。
で、なんか味全然なくない?ってある時言ったら、これをかけなさいって言って、あの中濃ソースをガンって出されたんですよ。
その味のない白米と野菜を油で炒めたのか炒めてないのかわからないものに、味付けに後から中濃ソースをかけて食べるっていうふうな生活をしてるんですね。
で、あーチャーハンってよくわかんないけど、そういうもんなんだってしばらく思ってて、もうね、いつだったかも覚えてないけど、
バーミアンで初めてチャーハンを食べた時の感動ね。ただなかったんですけど、まぁまぁまぁそんな話は置いといて、そうっていう感じだったんですよね。
我が家の食事仕様というのは。で、そんな中でサバの塩焼きだけは美味しかったんですよ。
それはもう料理っていうかそのサバの持ってるポテンシャルの問題だと思うし、サバの塩焼きの中でももうなんか表面焦げてカチカチになったりとかしたから、かなり低い味レベル帯ではあったと思うんだけど、でもそういうふうな諸々の中では明らかに頭2つぐらい抜けてめちゃくちゃうまかったんです、サバの塩焼きが。
なので未だにその思い出が抜け切れてなくて、僕はあのサバの塩焼きがとても好きでね。結構定食屋さんとかに何か行った時には好んで食べちゃうんですけど。
そういうね、限られた環境の中でそこぐらいしか逃げ道がないなっていうものが、まあ結果的に今自分の隙を作っているみたいなところがあってですね。
だから何が言いたいかというと、その環境要因にめちゃくちゃ左右されている感じがしたんですよ。
当時の僕が接触されていたものは、自分から自ら望んでこれはいいなって思ったところに一歩踏み出して、でこうのめり込んでいった助けになっていったっていうふうな経緯ではなくて、
あくまで環境的にそれしかなかったとか、そこ以外がひどかったとか、そういうふうな基本ベースがマイナスだけど、これは一応ゼロまで持っていけるなっていうふうなものを当時の僕は接触することによって何とか頑張ってたんだろうと思うんです。
ってやってたらね、そりゃあなんかこれが好きですって言えるものもまあまあなくなるだろうなっていうふうな感じですよね、改めて思うとね。
なんで実家にいた頃のあの時期っていうのは、かなりネガティブな要因によってその接触するものが決まってたから、あれが好きこれが好きと言えるものはほぼない。
で、スヌーピーとかはそこから抜け出て子供が生まれて、子供向けのこうグッズとかでありますよね、そのスヌーピー柄のなんたらみたいなのが、っていうのでこう改めて触れて、なんか改めてスヌーピーかわいいな。
なんかあの頃父親から受け継いでると思うと、そのスヌーピーに接するのはめちゃくちゃシャクだけど、シャクなんだけど。
でもスヌーピーには罪はないから、まあ改めて今スヌーピーが可愛いと思えてるしいいかって思って、ちょっと他のものよりも頭が一つ抜け出る感じがするとかね、そんな感じです。
私のその空洞空白であった僕の当時というのは。
ポッドキャストの発展
っていうまあ補足情報でした。別にだからなんじゃいっていう感じなんですけどね。一応なんか外に吐き出しておきたいなというふうに思いまして。
あの一応ねあの
シャープ100なんです。今回。 ありがたいことに。まあありがたいことにっていうかまあ勝手にやってるんですけど。
そうシャープ100なんですよね。で、おおむね3年経ったんですね。
初回が2022年12月15日なので、まあまあ3年と言っていいでしょう。
経ったんですよ。なんで今後の展望的なことを話そうかなというふうに思ってるんですけど。
僕はですね、
この口は背中寄り物を言うというポッドキャストで、まあ最初の頃はちょっと名前がまた別のものだったんですが、
口は背中寄り物を言うというポッドキャストタイトルで、このカフェイン夜青という名前でですね。
大枠で言うと育児という壁にぶち当たって、僕という人間がどうなっていったかみたいなものを残してきたと思ってるんですよ。
自分ではね。あの聞いていた方々がどうかはちょっとわかんないですけど自分ではそういうつもりなんです。
そうこれを始めた3年前は、今うちの子供たちは7歳と5歳なんですけど、4歳と2歳ですね。
当時は。 2人目が生まれて、
パートナーの育休が終わって、友働きで回していくスタイルになって、なんかいろんな物事が立ち行かなくなって、
僕の人生は僕のものではないのだみたいな感じに陥って、どんどんどんどん悪い方向に考えが向かっていって、みたいな時だったと思うんですよね。
だから、いろいろ一人で勝手にくっちゃべってきましたけど、間違いなくやっぱり育児というものが当時に僕にとっては本当に非常に大きな壁というか、
人生の阻害物みたいな感じで当時捉えていて、今でも全然大変だなって思ってますけど、
どうして生きていったらいいんだろうか、このまま僕は彼らの人生のパーツの一つになっていくのだろうか、みたいなね、
そんな感じを思っていたように思うんです。 まあそんな感じだった僕が、なんだろうな、子供がそもそも成長していったりだとか、
育児と今後の展望
いろんなこう、自分の嫌な側面に向き合ってきたりとか、なんかああだこうだいろいろこうやっていく中で、
まあなんとなくいい感じの人間になったと自分では思っているし、なんとなくこう、我が家、洋和王家という家庭も多分いい感じになっていっているのではなかろうか、
という風なのがまあ今だと自分では思っているんです、今のとこね。
で、まあ今これシャープ100第100回なんですけど、
ありがたいことにですね、すごい多いんですよ、フォロワーさんが。
すごい多いは完全に僕の主観なんですけど、70ぐらいいるんですね。 今ありがたいことに。ちょっと多すぎないかと本当に本当に思っている。
70人ってだってすごくない?
こんなさ、何にもこう、笑いどころがあるわけでもなく、
特にこう知名度があるわけでもない人がさ、70人のフォロワーを抱えてるってなんか本当すごいことですよね。
で毎回こんななんか30分とか1時間とかダラダラ喋ってさ、結論が出たんだか出てないんだかわかんないし、
BGMもついてないし、なんか区切りのちょっとしたジングルとかもないし、みたいなのをこんなにね、フォローして、
聴いてくださっている方がいるというのは非常にありがたいなというふうに思ってるんですけど、
でその70人のフォロワーさんがいて、これを出す前時点でエピソード数自体はもう101回とかなんですよね。確かトータルで。
で大体全体の再生数が7000回なんだそうなんです。 なんかすごくキリがいいなぁと思って。
70人いて、第100回で7000回ぐらい回ってるんですって。 まあもちろんあのかなりねムラがあるんですけど、あの各回数の再生数には。
でもなんかねすごくキリが良くていいなぁって、一人でクリエイター4ポッドキャスターズを見てニヤニヤしていたところなんですけどね。
そうなんですよ。だから本当にすごくありがたいなというふうな気持ちがあり、
あの結構最近の数回で、
ちょっと色々新しくしようかしらみたいなことを言っていたと思うのです。
番組の方向性の模索
僕は3年間100回ちょっとぐらいの配信を続けていく中で、もしかしたらこれ結構価値があることをしているのかもしれないというか、
もしかしたらこれはなんかそこそこ社会的な意義があることをしているのかもしれないなぁみたいなことを思うようになってですね。
このポッドキャストのタイトル自体も特に何かどこかに訴求しているわけでもないし、
各エピソードのタイトルとか概要欄とかそういう諸々のところも、そんなにこうクリティカルな文言はなるべく入れないでここまで来ているんですけど、
こういう奴がいるんだぞっていうのが世に広まることによって、ちょっと世界が子育て世帯に優しくなったらいいなぁとか、
男女の分断みたいなのを煽る風潮がちょっとその場だけでも薄れてくれたらいいなぁとか、ちょっとそういうことをこう思ったりしたわけです。
でまぁそれに向けてね、例えばタイトルを変えようかとかカバーアウトを変えようかとか、あるいはこのカフェインヨワオという名前自体を何かゴスゲ変えていこうかとか、
なんかいろいろ考えたんですけど、100回だしキリもいいしさって思ったんですけど、 なんかやっぱ何回考えてもねちょっとしっくりこないんですよね。
っていうのはね、僕自身がそういう訴求するコンテンツを好んでないところが大元にあってですね。
だから僕はその育児に悩むことがあるわけ。 どうしてもね、子供たちに向き合っていると、まぁ今もリアルタイムでちょっとこれどうしようかなって思ってる問題を未だ抱えている最中なんですけど。
で、多分外から見た時にその僕という人間が発信していることにどういう価値があるかっていうと、その男性のみで夫婦共働きで、
主体的に育児とか子育ての部分に関わっていて、これまでその主体的に育児に関わり続けていた女性、お母さん、ママとかと同水準の悩みにぶち当たって、
結局男だ女だとかじゃなくて、そもそもこの社会の中で育児をしていくっていうこと自体がもう困難な状況になってるよねっていうのが、
その僕という存在によって明らかになるところが多分価値があることなんじゃないかと思ってるんです。
だから僕が父親としてその育児に主体的に向き合っているは、一応その考えの流れ的には大事なんだけど、でも最終的にたどり着きたい結論ってそうじゃないんですよ。
同じような話の繰り返しになっちゃうけど、僕がその育児とか諸々に立ち向かっている中で感じているのは、
男女差関係ないやんっていうところをすごく強く感じているわけ。 これは僕が男だから悩んでいるっていうふうな問題じゃなくて、男だ女だ関係なく、
育児に主体的に関わってたら結局こういうところどうしたらいいのかわかんないよねっていうところが言いたいわけですよ。僕の気持ち的には。
そうすると番組名に男性とかパパとか入れるとちょっとノイズになっちゃうと思うんですよね。
極論、男性でも女性でもないすごい中性的なAIで作られた音声で流すのが、もしかしたら適切なのかもしれないけれど。
性別という要素を廃するのであればね。
男性サイドには男性サイドで、男だって育児にちゃんと取り組むんだったら結構しんどいぞは確かに知って欲しくはある。
し、女性サイドの方には、よくね、Xのタイムラインとかで、そのうちの夫が全然これこれこういうことをやってくれなくてこれだから本当男性はクソだみたいな、こうね、強い言葉を使っているママアカウントみたいなのがね、散見されますけれど、
そこを男性で括らないでほしいわけ。俺は。言ったら夫っていう単語でもなくて、それこそそのパートナーとかそこに性別は必要ないと思うんですね。
だって別に俺男だけどやってるからさ。だからその男性っていう風なそこを一括りにして、その男女の対立を煽っていくような構図にするんじゃなくて、
それはもうちょっとこう狭い範囲の中の、その家庭っていう一つの括りの中での、あなたとパートナーとそことの間の諸々を考えていくことによって解消すべき問題なのを男性っていう広い言葉で一般的にしないでくれよみたいな気持ちがあって、
で言う時に、僕という男性で育児ちゃんとやってます、家庭のこともちゃんとやってますみたいな人がいることによってね、
あ、男だからやらないのではないのだっていう風な考えになってくれたらいいなってちょっと思ってたりするわけです。
タイトルと内容の調整
そういう活動をするっていう風な目線でいくんだったら、男性側にも女性側にもある程度等しく届いてほしいわけ。
ただ、そこでその番組タイトルなりなんなりに
父親だ、パパだという風な文言を入れるとさ、それによって多分だけど女性側には届かなくなると思うんだよな。
だってそういうさ、うちの夫がうんたらかんたらって言ってる人がさ、わざわざその番組タイトルに父親がパパが育児に立ち向かってうんたらかんたらみたいなやつがあったとしてよ。
多分そうやって検索はしないし、その本音じゃあ男が何考えてるのか聞いてやろうかしらっていう風に動く人は多分少ないと思うんですよね。
これはまあ僕の感覚なのでわかんないですけど、僕の感覚だと男性要素をタイトルに入れ込むことで男性視聴者の割合が上がって女性の割合は下がるんじゃないかと思ってるんです。
それはなんかこうちょっとこう本意ではないなぁと言いますか。ただまあかといってじゃあ性別の要素を入りそうかっつって、ただ親とかその育児子育てみたいなフレーズにしていくとなると
あーなんかちょっとこう番組の方向性が、それだけでちょっとナレッジ系の方に偏るような感じが僕はするんですよね。何だろうな。
何歳何歳の子を抱える親が育児の問題に取り組むラジオみたいな、なんかそういうね。
すごい固い方向性によっていってしまって、なんかそれはそれでこう今のこの感じとね、乖離がすごく大きくなっちゃうなぁというふうに思ったりしてですね。
決まんないんですよね。
困ってるんです。でまぁそういう感じでね、ちょっと思考がぐるぐるしてきてしまったので、まぁひとまず番組タイトルはこのまま変えずにいこうかなぁと今のところ思っています。
ただ番組の概要欄番組の概要欄番組の詳細説明欄みたいなのあるじゃないですか。
あそこの文言だけちょっといじって、あそこもなんか今すげーふわっとしたことが書いてあるんですけど、
あのちょっとこのエピソードがアップされるまでに、もうちょっとこう具体的に、そこの中にはそのまあ父親だ、
なんだろう、共働きだ、うんたらかんたらみたいな文言は一応入れて、検索に引っかかりやすくは一応しようかなというふうに今惑前と思っているところですね。
あとはそれぞれのエピソードのタイトルとかも、この次ぐらいからね、なんかもうちょっとこう具体的なその保育園がどうだ、小学校がどうだ、うんたらかんたらみたいな話になるようであれば、そこら辺の文言は一応ちゃんと入れるようにしようかなっていうふうに思っているところです。
あとはBGMをいい加減つけようかなというのと、話の転換のところでね、ちょっとなんかジングルを作るつもりはあんまりないんですけど、ちょっとなんかここ区切りなんだなっていうのがわかるぐらいの効果音は入れようかなというふうに思っているところです。
あの気力があったら多分このエピソードからそういう感じにしようかなとは思っております。 ようやくあのこれぐらいのこう僕のテンション感だったらこれぐらいのBGMがいいなっていう感じのものが見つかったので、なるべくつけようかなというふうに思っているところですかね。
ね。 結構ね、その番組タイトル案みたいなのをグーグルジェミンに相談をしながら
結構いろいろいっぱいコネコネしたんですけど、なんか改めて考えるとですね、ちょっと愛着湧いてきちゃって、この僕の口は背中より物を言うというやつね。
なんか結構良くないですか?このタイトルどうですか? すげー今更なんですけど。
だから改めて考えると、そういうね、あのちょっとこう 男性性に反発している雰囲気であったり、あんまりこう僕がね雰囲気で言葉をごまかさずに、
その語彙力なのか、正しい言葉を選ぼうとしている能力なのか、そこはちょっと自分ではよくわからんですけれど、そこら辺の言葉を大事に扱っているところであったりとか、
なんかあんまり当時は意図してなかったけど、結構いい感じに現れているタイトルなのでは?というふうな気持ちがちょっとあってですね。
タイトルを変えてハッシュタグが変わって云々とかもちょっとめんどくさいし、 とかいろいろあって。
カバーアートぐらいはね、もしかしたら変えるかもしれないですけれど、一応この感じでいこうかなぁと思っています。
ビデオポッドキャストの可能性
あとあれですね、ビデオポッドキャストをちょっとやってみたいっすね。 一応なんていうか、
やろうと思えばできるはできるんですよ。
今の状況でも、その新たに機材を揃えるとか、わざわざせんでも、まぁやろうと思えばできるはできるんだろうなというふうな感じではあって、
まぁなんか撮るにしても、じゃあ画角をどうしようかとか、 その時の僕の格好をどうしようかみたいな。
そこらへんの悩みどころはまあまああるので、 難しいところではあるんですけれど。
男性だけど育児子育てに取り組んでいる奴がいるのだというふうな諸々を 訴えかけていくことを目的とするのであれば、
仮に同じスタンスであったとしても、ビデオポッドキャストにすることによって、 ちょっとこう広まりが良くなったりとかはするのかなぁ
ということを漠然と思っていたりしてですね。
どっかのタイミングで、とりあえず試すのは試してみたいなというふうに思っているところです。
僕の顔を出すことにどれだけ価値があるかっていうのはちょっとよくわからないんですけれど、
まぁまぁまぁでも、ただそこに映像がついているっていうだけでね。
はぁ、こういう感じの奴が色々頑張ってんだなっていう風なのが伝わるのはそんなに悪いことではないのかなというふうに思ったりするので。
それは近々やろうかなというふうに思っておりますね。
うん、っていう感じかなぁ。
なので、あの多分、緩やかに
ちょっとずつ変わっていくと思います。ちょっとなんかある瞬間に、本当はね、本当は、そう本当はある瞬間にガラッと変えたいなというのもね、
あったんですけど、無理なんで、やっぱちょっと生活状況的に、そんななんかいろんな物事を練って練ってでいっぺんにガラッと変えてみたいなのができるほどの
労力はやっぱり避けないなというふうな感じになってですね。 できるところから少しずつ、まずは概要欄をちょっと整える、
エピソードタイトルをもうちょっと具体的にする、 BGMをつける、区切りをつける、みたいな、そういうところからやっていこうかと思っておりますので、
そういうところからやっていきつつ、 まあひとまず同じ感じのね、こういうテンション感で引き続き
配信活動は続きでいこうかなというふうに今のところは思っておりますので、 何卒よろしくお願い致します。
リスナーへの呼びかけ
あの こういう活動をやったらどうすかみたいなのあったら、ちょっと皆様
アイディアいただいてもいいですか?あのすごいアバウトで申し訳ないんですけど。 あのこれぐらいのね、ただ僕が喋るぐらいのノリで良ければ、あの全然いくらでも
やろうかなと思っておりますので、 まあなんかその社会、社会がどうたらとかさ、その男女の格差がどうたらとか分断がどうたらとか言って
ますけど、結局全部なんか巡り巡って僕のためにやってるんですよ。 これって
その僕が自分のことをこうやってつらつら話して自分の中で整理するみたいなものもあるし、 結局そういう風なものがあの
社会に浸透していったら、巡り巡って僕が過ごしやすくなる、生きやすくなる、 まあ分かんないけど僕の給料が上がるとかね、そういうところにつながってくるかなという風に
思うので、あの 喋るぐらいであれば
いくらでもやるので、まあなんかそういう話題の時に話し手が欲しいなって思ったらお声掛け いただけますと大変嬉しく思います。よろしくお願いします。
はい、そんなところで終わります。 ありがとうございました。
番組への質問意見感想などなど何かありましたら ハッシュタグ口物をつけてXにポストいただけますか、番組概要欄のお便りフォームから送っていただきますと大変嬉しいです。
新しく番組立ち上げるっていうのもありですよね。 そういう話をする目的に絞って
それはそれでな、とか、まあ思うことはいっぱいありますけれども
なんかちょくちょくいろいろ試したり戻したり いろいろするだろうと思いますので今後ともよろしくお願いします。
はい、ありがとうございました。バイバイ。
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