00:01
小島ちひりのプリズム劇場
この番組は、小島ちひり脚本によるラジオドラマです。
プリズムを通した光のように、さまざまな人がいることをテーマにお送りいたします。
意味がわからなかったな。
プロポーズの準備
2トントラックを運転しながら、助手席の安田に行った。
そうっすね。変わった人でしたね。
ただまぁ、本人さっぱりした表情でしたし、よかったんじゃないっすか?
いや、お客さんの方じゃなくて。
えっ、じゃあどっちっすか?
彼氏さんだよ、お客さんの。
あー、どの辺が?
なんで彼女を大事にしないんだろう。
引っ越し直前に同棲をキャンセルされるってよっぽどだよ?
だってこのまま婚約だって破断でしょ?
俺に言われても、俺彼女いたことないし。
マジで?そんな驚かなくてもいいじゃないですか。
もう彼女がいない生活とか想像つかないよ。
俺は俺のペースで、俺のしたいようにしたいんすよ。
まぁ確かにな。俺も二十歳くらいの時はそうだったかもな。
今の彼女さんって長いんすか?
大学二年の時からだから、もう十年くらいか。
飽きません?ずっと一緒にいて。
飽きるとかじゃないんだよ。いるのが当たり前なんだから。
うーん、結婚しないんすか?
そうなんだよ。そこなんだよ。
で、プロポーズのご予定は?
プロポーズのご予定は?
夕飯の炒め物を口に入れた瞬間、まさこが言った。
なぜ?今?
じゃあいつならいいの?
いつってわけじゃないんだけど。
じゃあ今でいいじゃん。
そうなんだけど、私はあなたの自主性を重んじているんです。
重んじているならそっとしといてくれよ。
ほっといたら進まないでしょ?
それはそうなんだけど。
あ、前も言ったけど、私、婚約指輪は一緒に選びたいから。
うーん、小山さんってプロポーズどんなんでした?
事務所で作業中、結婚の先輩に聞いてみた。
俺?してないよ。参考になんねえ。
なに?彼女にせっつかれてんの?
そうっす。
そんなん、個室のレストラン予約して、花束と指輪用意してパッカーンして結婚してください、で完了だろ?
やってない人が偉そうに言わないでください。
だって彼女も結婚する気なんだろ?価値確定なんだから悩むことないだろ?
指輪は一緒に選びたいって言われたから、渡せないんですよ。
じゃあ花束だけでいいだろ?
大丈夫ですかね?
大丈夫。大丈夫じゃなかったら一生言われるだけだから。
それ全然大丈夫じゃないっす。
俺はレンタカーのエンジンをつけた。
本当に任せちゃっていいの?
普段ニトンを運転している男ですよ?
そうでした。お願いします。
じゃあ出発。都会の喧騒を抜け出して高速に乗る。
まさこがアウトレットに買い物に行きたいというので、少し足を伸ばして一泊することにした。
ミッションの達成
二人ともシフト制の仕事のため、こんな風に休みが合うことはなかなかない。
だから、これはチャンスだった。
ねえねえ、これとこれ、どっちがいいと思う?
え?う、うん、どっちでもいいんじゃないかな?
どっちでもって言ってたよ。
どっちでもいいんじゃないかな?
どっちでもってどういうこと?
どっちも。どっちもいいよ。まさこの良さをすっごく引き立ててる。
こっちは正直それどころではない。
小山さんは価値確定とか言っていたが、それでも緊張するものは緊張する。
ねえねえ、しんちゃん。サラダボール買おうと思うんだけど、どんなのがいい?
え?なに?なんか言った?
そう。サラダボール。
サラダボール?聞いてなかったの?ご、ごめん。
気がそぞろすぎて、いつにも増してまさこに怒られている。
いや、でも今夜のミッションをクリアすれば、まさこも喜んでくれるはず。
いらっしゃいませ。
すいません。812号室の飯田です。
お待ちしておりました。お席へどうぞ。
店内は程よく薄暗く、店員さんが洗練されたきびきびした動きをしている。
俺の心臓は、もはや飛び出しているんじゃないかというくらい大きな音で鳴っている。
すごいねえ。高かったんじゃない?
まさこは嬉しそうに言った。
大丈夫。そういうプランだから。
プラン?いや、なんでもない。
お待たせいたしました。フレンチが順調に運ばれてくる。
まさこは一つ一つに、
おいしい!すごい!などと感想を言いながら、嬉しそうに食べている。
一方、俺はもう食事の味などわからない。
店員さんが俺の耳元でつぶやいた。
お持ちしてもよろしいでしょうか?
俺が小さくうなずくと、店員さんも目でうなずいた。
お待たせいたしました。お連れ様からです。
まさこの前に、マリミーと書かれたデザートプレートが置かれる。
まさこの顔がパーッと明るくなる。
お、俺と、俺と、俺と。
だんだんお腹が痛くなってきた。
がんばれ!
なぜかプロポーズの相手に応援されている。
がんばって!
壁の向こうから店員さんの声もすすら聞こえる。
け、結婚してください!
わー!よくできました!
まさこは立ち上がって拍手している。
よくできました?
おめでとうございます!
何人もの店員さんが出てきてクラッカーを鳴らしてくれた。
ありがとうございます!ありがとうございます!
まさこは店員さんとハイタッチして喜んでいる。
とりあえず、こうして俺のミッションは無事完了したのであった。
いかがでしたでしょうか?
感想はぜひ、ハッシュタグプリズム劇場をつけて各SNSにご投稿ください。
それでは、あなたの一日が素敵なものでありますように。
小島千尋でした。