卵アレルギーの子どもと祖母の無知
小島ちひりのプリズム劇場
この番組は、小島ちひり脚本によるラジオドラマです。 プリズムを通した光のように、様々な人がいることをテーマにお送りいたします。
卵アレルギーだって知っていたのに、プリンを与えたんですか? 俺がそう言うと、ひろみちくんの祖母だという女性は、ポカンという顔をした。
救急で運ばれてきた田村ひろみちくんは、1歳2ヶ月。 この子の母親から、卵アレルギーであることを聞いていたにもかかわらず、手作りのプリンを与えたという。
なぜ?アレルギーだと知っていたのに。 あっ、甘やかすのがいけないからと思って。
甘やかす? だって、嫁は孫にレトルトばっかり与えるんです。
離乳食って、食事に慣れていかなくちゃいけないのに、添加物ばっかり取らせて、だからアレルギーになるんです。
アレルギーの原因は、レトルトではありませんよ。 そんなのわからないじゃないですか。
私はげんなりとしてしまった。 こういうことを言う大人は、一定数存在する。
科学を理解できないのなら、子育てにかかわってはいけません。
え? あなたはアレルギーと知ってプリンを与えた。
場合によっては、障害剤になりますよ。 障害剤?
どうか、無知は罪だとご理解ください。 正直、本当に障害剤になるかどうかは知らない。
しかし、それぐらい言わないと、こういうタイプの行動を制御することはできない。
いや、ここまで言ってもダメかもしれない。
熊田先生、ありがとうございました。 広道くんの様子を見に行くと、ベッドサイドにいたお母様が立ち上がって頭を下げた。
顔を上げてください。 お婆様に、その、ちょっと強く言いすぎたかもしれません。
いいんです、あの人は。 何を言っても理解できませんから。
お母様の目が、真っ赤になっている。 きっと、あのおしゅうとめさんと、今までもいろいろ思うところがあったのだろう。
後ほど職員が、入院の説明に来ますので、それまでお母様も休んでいてくださいね。
ありがとうございます。
とりあえず、要題が安定してくれてよかった。
なんか、やるせないですよね。 お母さんは子供のことを考えて、あれこれやっているのに、周りの無知の大人にひっかき回されるの。
診察室に入ると、看護師の辻さんが、そんなことをつぶやいた。
しょうがない。人類はみな、思いのほかバカばっかりだ。
死なせてもしょうがないで済むなら、警察はいりませんよ。
どちらかというと、俺らの気持ちが落ちないだろうな。
熊田先生が小児科医になった理由
先生は、どうしてお医者さんになったの?
入院患者の会診に行ったら、はなちゃんにそう聞かれた。
はなちゃんは、自転車で転んで骨折し、週末に退院予定だ。
うーん、頭がよかったからだよ。
なにそれ。
頭がよくて、お勉強が好きだったからさ。
へー、はな、勉強嫌い。
そういう子も多いよね。でも、できるだけしておいたほうがいいよ。
なんで?
知識は、自分を守ってくれるからね。
そうなの?
はなちゃんは、首をかしげてしまった。
難しかったのかもしれない。
でも、いつかわかってくれればいい。
どうして子供のお医者さんになったの?
あー、それはね、許せなかったからだよ。
許せない?
そう、先生はもともと外科医になるつもりだったんだけど、
外科医って手術するお医者さんね。
でも、お医者さんの修行中に小児科に来たときに、
子供たちが病気で苦しんでいることが許せないって思ったんだ。
病気が許せないってこと?
そう、子供たちにこんな運命を与えた神様すら許せないって思って、
小児科のお医者さんになったんだ。
変なの?
何が?
じゃあ、先生はプンプン怒りながら子供のお医者さんやってるの?
そうだね、そういうことになるね。
花たちにはとっても優しいのに、信じられない。
そりゃそうだよ、先生が許せないのは子供たちを苦しめる病気だもの。
先生って怒りん坊なんだ。
そうだよ、だから子供を危険にさらす大人も許せないんだ。
大人げないよね。
お医者さんは大人でしょ?
中身の話だよ。
先生とお話しするのが楽しいのは、先生の中身が子供だからってこと?
そうかもしれないね。
続ければ続けるほど苦しむ子供を見ることになる。
力尽きていく子供を見ることになる。
その度に自分の無力に起こり、運命の残酷さに起こる。
怒って、怒って、怒って。
今日も俺は子供たちの診察をしている。
人はこれを情熱と呼ぶのかもしれないが、
俺にとってはただ長引いている反抗期のようなものな気もしている。
病気への怒りが生んだ再発克服への力
あれ?くまちゃん?
院内のコンビニに行こうと歩いていたら、スクールバッグを背負った高校生に呼び止められた。
おお、りょうへい君じゃん。何?具合悪いの?
いぶかしげにそう言ってしまった。
違う違う。ただの定期検査。もう2年も再発してないよーん。
りょうへい君は、そう言って両手でピースした。
おお、すごいじゃん。頑張ってるね。
別に頑張ってるって感覚もないんだけど。
どちらかというと、頑張ったのはくまちゃんたちでしょ?
そんなことないよ。つらいのは病気の人本人なんだから。
くまちゃんは昔から真面目だよな。
子供が病気であることが許せないってわけわかんないこと言ってさ、本気なんだもん。意味わかんないよ。
俺、そんなこと言ってたか?
そうだよ。最初俺がキレられてるのかと思ったんだもん。
よくよく聞いたらさ、俺の病気にキレてるんだもん。
君を苦しめる病気が許せないって。
難しすぎるよ。
そうか。悪かったな。
でも、なんていうかさ、怒っていいんだとも思ったんだよね。
やっぱさ、しょうがないことなんだみたいなこと言われるじゃん。受け入れるしかないみたいな。
でもさ、くまちゃんが毎回俺の病気にキレてくれるからさ、
俺も、なんでいちいちこんなしんどい思いしなくちゃいけないんだって思えたんだよね。
それは、よかったのかな?
だから、負けてたまるかと心底思えたのは、くまちゃんのおかげ。
そっか、ならよかったけど。
くまちゃんもさ、怒りすぎて脳の血管切れないように気をつけなよ。
それは確かにそう。
じゃあ、俺、そろそろ行かなくちゃ。
これから学校?
そう、来年、受験生だからさ。
もうそんな年か。
そうだよ。じゃあまたね、くまちゃん。
りょうへいくんはそう言うと、軽やかに歩いていった。
子どもたちのために戦い続ける
どうしても、どうしても救えなかった子どもたちの顔の方が忘れられず印象に残る。
でも、俺の怒りは一応、あの軽やかなステップを生み出したらしい。
俺はあと、何人の軽やかなステップを生み出せるだろうか。
戦ってやろうじゃないか。
俺はいつの間にか、自分の口元が緩んでいることに気がついた。
いかがでしたでしょうか。
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それでは、あなたの一日が素敵なものでありますように。
小島千尋でした。