1. NO ILLUSIONS TO LIVE BY.
  2. 第5854回 結論なし
第5854回 結論なし
2026-06-27 1:18:18

第5854回 結論なし

意味づけが発生する前に、その手前で処理が止まるような生活構造になっている。

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00:40
現在、ここを撮っております。 まずですね、
また、うちの親が昼間つっぷして、無意識に寝ようとしてて、
で、2、3秒つっぷして、で、やばいと思って気づいて起きたんでしょうね。
で、以前もですね、これ2か月くらい前かな、そういうことがあって、で、昼間、
まあ、うちの親、今、例の宗教事件が起きてから、立ってますよね。自分で志願して立ってるんですよ。
だけど、どうしてもパソコンいじるときに座るのはいいんだけど、
あの、つっぷして寝るのっておかしいんですよ。
何でかというと、もう完全に寝にかかってるから。
でもですね、こんなことを親に話してると、
自分の大嫌いな、今、オブラートに住んでいようとして、
数秒経ってるんですが、何て言えばいいか、非常に悪人みたいな気持ちがいてですね。
で、みんなにつっぷして寝たら、なんか大罰を与えるみたいなことを言い出して、
まあ、そういう、まあ、そのことは良いとして、そのことを思い出して、なんか嫌なんですけど。
で、3ヶ月前にそんなこと言っときながら、座って言ってたのに、注意してたのに、また寝てるようとして、
これどうして、何がまずいかというと、
普段、そうやって無意識に、無意識にっていうか、
普段、自分が見てないところで、そうやってつっぷして寝てるから、それが無意識に出てしまったんですよ。
で、目の前に自分がいるのに気づいて、あ、まずい、まずいと思って、まあ、それがバレバレですよね。
で、まあ、そのことを伝えると、また言い訳するんですよ。
でも、これ言い訳通用しないことですよね。誰がどう見てもおかしいじゃないですか。
03:04
で、自分もそんないちいち怒りたくないんですよ、もうこれ。
できれば、でも、なんとも言わせないでほしいけど、でもこればっかりはもう、また裏切られたと思いましたね。
次の話ですが、自分は普遍性がないものってあまり好きじゃなくて、
例えば好きなアーティストを言ったら古いと言われたり、
じゃあ、洋楽だったら少し避けるんですよ、それを。
多少普遍性が生まれるんですね。でもそれでも不十分で。
じゃあ、逆にちょっとマイナーなところを言っといたら、うまくいったりするんですよ。
で、クラシックだと感性悪いとか古いとかって言われなくて済むんですよね。
で、別に好きなものをただ言えばいいかもしれないけど、その古いとか、
なんか下に構えてるなとか、格好つけてるなあとはダサいなとか、
そういうの思われるのがすごい嫌なんですよね。
だから音楽チャンネルでもそういうものは何なのか、EDMなのかとか考えたことありますね。
時代性がないものがベストなんですけど、実験音楽がいいのかとか、
現代音楽がいいのかとか、そもそも好きなもの聞けばいいんですけど。
で、マイナーにすることで防げるっていうのは既存イメージがないから、
評価不能にさせるってことですね。
06:11
あとですね、これはかつてからの、兼ねてからの悩みなんですけど、
やっぱり自分が完璧を求めるんで、絶対到達しないんですよね。
これってどういうことなのか考えてみました。
おそらくですね、まず一つ考えられるのはこの世界は完全じゃないから。
自分は多分そういうことなんだと思ってます。
必ずどっかに矛盾があるからだと思ってます。
もしくは、あとはですね、それよりもそもそもですよ。
完全っていう、自分の完璧っていう言葉の問題ではないはずなんですよね。
定義の問題ではない。で、自分の完成の問題なんですよ。
だから自分があり得ないところに目標を置いている。
でも目標じゃないんですよね。自分は目標なんて持たないですから。
目標なんて持たずしても、簡単に言えば理想が高すぎるってことなんですけど。
ちょっとそれじゃ不十分ですね、説明が。
いわば自分の持っているその完璧っていうのはこの世界に存在しないっていうのかですね。
分かりますかね。だと絶対に到達しないじゃないですか、その地点に。
単に理想像が高すぎるとかじゃないんですよ。
だったらそこを目指して何とか、そこに到達することが可能ではあると思うんですね。
というよりは、最初思ったのがですね、大抵のことはあることを大事にすれば、
その分あることがなおざわりになる。
こういう風に考えていってもいいんですけど、非常に難しいなと思ったんですよ。
それよりも割とシンプルに考えられるのが、そもそも自分の脳が構造上、
ちょっとあり得ないことをしようとしているっていうことですね。
ちょっと無理なことをしようとしている。
分かりますかね。単に理想が高いだけじゃないですよね、したら。
あとは物事って、例えば、見方によって全く変わるんですよね。
両極端になるんですよ、自分の場合、見方によって。
例えば、声が大きいっていうのは聞き取りやすいとも言えるし、
うるさいっていう、この二面性持ってますよね。
09:03
だからどっかで問題が出てくる。
でもこれって捉え方問題じゃないですか、そういうことなんですよ。
自分の脳がそういう二つのものを追ってしまって、
二つを得ようとして、でもそもそも二つに見えてるだけであって、
同じものの二つの側面を見てるだけだから、
どっちも得るなんていうのは無理であって、みたいなことなんですよ。
どっちかを取ればどっちかがなくなってしまうんですね。
そんなんでもう番組名と番組説明も半年ぐらい合計考えてますね。
途中で決まったかなと思って休んでる時もありましたが。
もしくはもう自分が二重人格で、もう記憶がなくなってしまってるようなもんか、
もしくは相当なバカか。だって、同じこと繰り返してるんですよ。
例えば自分なら、番組名なら、物語を見てないということと継続するということ。
一方を取れば一方が失うんですよ。でもどっちもできると思ってしまってる。
でもどっちも取ることによって、その分他の問題が出てくるっていう。
だから物語ってそういうふうにできてると思うんですよ。
というか人間の脳の構造上、そういうふうに見えるって言えばいいのか。
だから大抵の人は物事って改善すると思ってるじゃないですか。
変化させることによって改善すると思ってるじゃないですか。
でも改善なんかしないんですよね。
何か不自分な点を生み合わせようとしたら別の不自分な点が出てくるんですよ。
それを改善したという幻想を抱いてるだけなんですよね。
その点で自分はうまく自分を騙せないんですよ。
という最終的に結局、騙せてる騙せてないの話になっちゃったんですけど。
もう一度言いますけど、たまには到達できて、たまにはダメだとかじゃないんですよ。
100ダメなんですね。
となると何かはっきりした理由があるはずなんですよ。
12:09
だからここでOKっていう停止ラインが曖昧だから、
現実に存在しない完成点を探索し続けてるんですよね。
っていうこの話自体が、なんか今正直ピンときてなくてですね。
結局は目標が高すぎるみたいなつまらない話になってしまったら嫌だからっていう理由で、
なんかダラダラと考えてしまったんですけど。
そもそも一方を取れば一方がダメになるという見え方自体が完璧ならではのものかもしれないし。
自分はですね、次の話ですけど、反抗的な音楽がありますよね。
そういうのを聴いて反抗的な気分に酔いしれてる人って理解できないんですよ。
随分純粋だなぁと思いますけど。
学校の先生でもいたんです、中学の時の先生で。
学校の先生でそういう歌を歌って、学校祭で歌うの自体あり得ないし。
でも純粋すぎて、この人の感性どうなってるのかなと思うんですよ。
反抗精神、反抗自信があれば、反抗的な曲も消費されきってる。
曲を聴いてですよ。
みんな聴いてる、もう常にマジョリティーになってる曲を聴いて、
そういう反抗するというスタイルになっちゃってますよね。
だからアングラなものとかそういうもの、すごいダサくなるんですよ。
だから芸人があんまり好きじゃないんですよ。
何でかというと、面白い人たちが面白いことしてもあんまり面白いと思わないから。
それよりもさらに酷くて、それは別にいいんだけど、好きじゃないだけで。
それと近しいものがあるのかもしれないです。
すごいアングラなものとか、たまにめちゃくちゃダサいなと思うものがあるんですよ。
15:04
ちなみに話しておくと、ちょっとメインストリーム化がずれてるけども、
でも普通にマジョリティーなもの、市民権を得てるものを
マイノリティーだと勘違いして好きな人は大嫌いなんですよ。
それでライブTとか聴いて自慢げに歩いてる人は大嫌いなんですよね。
困りましたね、好き嫌いが多くて。
本当に好き嫌いが多いんですよ、昔から。
最近もですね、乃木坂の子でポケモンの映画に出てたらしくて、
それで見れないんですよ、ポケモン大嫌いだから。
では次の話ですが、ちなみにその前に、本物の観光ってコストがあるんですよ。
孤立するとか、不利益があったりとか、自分の行動がルールに対してぶつかるわけですよね。
結果も未確定だし失敗の可能性も多い。
特に学校なんかそうでしょうね。会社でもそうでしょうね。
自分は反抗なんかするつもりなくても、そういうふうに生まれ持った性格があるんで。
しかもですね、自分の場合本当に本物を通り越して、親族をそういうふうにできちゃってる。
通帝から反抗して孤立する素質がありますんで、大変でしたよ。
だからですね、そういう孤立とかいろんなコストがあるわけですよ。
でも単にちょっと大崎豊とかそういう曲聴いて反抗して気になってる人はですね、コストはないんですよね。
では次の話ですが、いつも言ってますよね。
あの、自分なんかオカルトなんかスピリチャルも信じてないし、もちろん宗教も辞めたし。
でもですね、なんか不思議と自分の人生、今まで導かれてきたんですよ。そんなふうに思いたくないけども。
導かれてきたというか、もちろんそんなことはないですよ。
そんなことがあってたまるかと思うし、だからこそ不思議なんですけど。
自分は高校、間違ったと思い入れるんですよ。なんでかというと引きこもりになったからですね。
この高校行ってなかったら鬱陰にもなってなかったらしい。
まあどうせ宗教入ってたから、それが原因で鬱陰になったから、まあ結局鬱陰になってるだろうけど。
18:04
でもあの高校入ってなければなっていう思いはありますよね。誰だってそうですよね。
あの人に会わなければとか、そういう物語を書いてしまうんですよ。
でですね、でそれがですよ、その高校に行ってたおかげで奇跡が起きるんですよ。
普通科じゃなくて専門科で奇跡が起きるんですね、不思議なもので。
とえ引きこもりになっちゃったんだから、それより引きこもりにならないことの方がいいだろう、そっちより買い難いことはないだろうと思うじゃないですか。
いやそれがそんなことないんですよ。
引きこもりになっててもそれでもよかったと思うぐらい、あの高校でよかったと思えることが起きたんですね。
でもこれは完全に奇跡なんですよ。
本当に自分の人生って不思議で、だからもう伏線が開始されてるんですよ。
なんで引きこもりになってしまったのか、何があったのか、自分でも記憶にない感じ。
ただなんかもう気がおかしくなってたのは記憶あるけど。
本当なんか不思議な力に導かれたと言わざるを得ないぐらいの。
不思議な力というよりは、自分に何か理由がありそうですけど。
いやでも何かありましたね。
当時他にも何かあってですね、宗教入ってたんで、何かの導きか何かぐらいに思ってただろうかと。
あんまり何とも思ってなかったけど、何か他にもあったんですよ。
なんでこんな悩むのか、こういうことだったのかみたいな。
それは別に物語を書いてるわけじゃなくて、明らかにまたこれも奇跡。
何だったのか、ちょっと覚えてないですけど。
あとですね、以前芸能人が東大にいた頃、女の子に食事中、口の音がうるさいって言われたみたいで。
21:14
それを見てうちの親が笑ったんですね。
で、何故そう思ったのか忘れたけども、何か自分のことを遠回しに批判してるように感じたんですよ。
で、被害者意識なんかない自分ですけど、今振り返ってみたら、あれはちょっと考えすぎだなと思い出してたんですね。
まあ論理的に考えれば、単純にテレビ見て笑ってただけのことだし。
でも当時は何か違和感を感じたんですよ。
何かいつも通りじゃないなと思ったんですね、うちの親の反応が。
まあこういうこともあるんだなと思ったの話と、あとどうしてもこの前ある歌手に出会って。
井上園子さんっていう歌手、どうしても気になってですね。
そんな動画も出てこないし、何でこの人はもっとテレビ出ていいはずなのに動画もあまり出てこないのか不思議でしょうないし。
あと、まあそれでもですね、何かいい動画ないか見てしまいましたね。
次の話ですが、これちょっと覚えてないんですけど、メモに結構話すこと溜まっててですね、あんまり覚えてないんですけど。
夢でですね、うちの親が宗教の話を確かしてて、教本も読んでて。
で何かその時夢とはいえ、結構それで気づくことがあるんですよ。
うちの親は、そうその時に気づいたんですね。
まあ宗教、親信じてないとはいえ、そもそも真相真理っていうものはあると思ってるんではないか。
それで、だからこの家庭の問題も、それを探ることによって何か解決できると、また現実離れしてるというか、変な幻想を抱いてるのではないか。
24:10
そう思ってまして、だからうちの親が幻想を抱いてる可能性があるからこそ、いつもその幻想っていうことはとても嫌いだということを主張してるんですね。
これも最近あったことですけど、まずですね、録音してるときにアプリを閉じれなくて、話すことあったんですよ。
で自分はそういうときどうなるかっていうと、忘れちゃうんですよ。
で忘れちゃってどうなるか、こっからちょっと異常なんですけど、まあそれ思い出すのに何十分も考えてしまうんですよ。
でもですね、こればっかりはしょうがないんですよ、アプリ閉じれなかったから。
あとは、まずは、まあいいや、自分の特徴発達障害とか、自分もそうやって特性を自分に与えて理解しようとするんですよ。
まあそれとか、引きこもりであるとか、でもですね、一番大事なこと忘れてたんですよ。
道がないのにこうやって生きてきたということですね。
普通道がなかったら探したりすると思うんですけど、もちろん探してきたし、それでも見つからなかった。
で単なる諦めって可能性もありますよね。いやそんな生半可なもんじゃないんですよ。
本当に道がないのに生きてこれたようなものなんですよ。
次回詳しく話しますけど、道がなかったんですよ。
いや道がなかったら生きてこれないんじゃないかと思うけど、そもそも道なんて単なるあくまで例えですから。
例えとはいえ、比喩とはいえですね。比喩表現なんだけれども、単なる比喩表現じゃないんですよ自分にとって。
本当に道がなかった、ある意味言えるんですね。
でこれも特徴なんですよ。
これでもですね、番組名に入れるのをちょっと諦めましたね。入れようと思ったんですけど。
道がないというか、道がないけども歩んできた、ここまで生きてるということですよね。
道がないのになぜかここまで、普通ではないけど生きてこれてる。
でこれも自分の特徴なんだなって忘れてたなと思いました。
もう日を見るより明らかなんですよ道がないのは。絶望的にはっきり言って。
仕事もできないと分かったし、あったってしょうがないし、絶望的ですよねもうね。
宗教も辞めて、別の救いも探す気もないし。
27:03
あとですね、番組名にストーリーという言葉を入れようと思ったんですけど。
ストーリーと書いてる時点で、ストーリーがないと書いてる時点で、ストーリーという軸ができてしまうんですね。
これ難しいですね。
例えば自分がバカではないっていうふうに説明しようとした時点で、バカという言葉があるから、バカかどうかという軸ができてしまうんですよ。
次の話ですが、ある映画のセリフでですね、天才に努力して自分が一気に乗り越えられるのが悔しいって言ってるセリフがあってですね。
ふと疑問に思ったんですよ。
ちょっと自分の捉え方と違うなと思ったんですね。
自分が才能がないのを認めてると。
で、自分の捉え方としてはですね、才能がないってことはそれだけの能力しかなくて。
だからテストでいうと80点しか取れない。
でも天才は100点を取れる。
っていうだけの話なんだけど、努力して何とか100点を取れたのを、天才はすぐに100点取れてると思ってる。
そんな小さな違いだと言われればそれまでなんですけど、ちょっと自分はかなり違和感で感じたんですよ。
なんか努力してもその壁をすぐ越えられること自体に悔しさを感じてるみたいだけど、
才能がないっていう時点で、もう結果は明らかなんじゃないの?と思ってしまうんですよ。
でもコントロール不能なものへ注意を向かわせるって難しいですよね。
前回話した通り、才能がないことを受け入れるのって難しいんですよね。
人によっては、そんな才能ないなんて悔やんでないで、単純に改善行動につながればっていうかもしれないけど、
いやでも、現実をしっかり捉えてないことには変わらないですからね。
30:04
それでどこなら逆転可能かっていう考えに切り替えるのはまた別の話じゃないですか。
あと、自分の経験上ですね。天性があるように見えてしまってるって場合もあるんですよ。
別に能力はそんな変わんないのに、人の良い部分は見えて、自分の良い部分は見えないから、
一気に追い抜かれてるような気がしてしまうってこともあるんですよ。
なぜそういうのは起きるかっていうと、ちゃんと現実を見れてないからですよね。
幻想の中で生きてるから、実際は自分はどれくらいの能力なのかとか見れないでいるんですよ。
実際は他には元因が、他にはもっと能力があるかもしれない。
別のことで勝負すればうまくいくかもしれないわけですよね。
では次の話です。
一番ですね、前回話したように、ただ現実を描いてるだけのドラマって何の展開もなく感じてつまらなく感じる。
かといって現実的でないドラマもつまらなく感じる。
ありますよね、そういう。
ファンタジーとも違うけれども、なんでこういう変なふざけ方をするのか。
コミュニティでもないのに。
あとは推理、整合性があるふりをしてほとんどなくて、でも実際ほとんどなくてつまらない。
33:02
自分はでも、ドラマには向きみたいですね。
展開が弱く感じるか、出来事が弱く見えるか、あとは説明が強引に感じる推理ものか。
では次の話です。
こういうこと言う人ってどの程度いるのかな、あると多いのかな。
人生一度きりだから好きなことをやるべきだ。
って言って夢を目指す人。
逆にそういう人たちからしてみたら、それ以外の人、目的もなく生きてるように感じるんでしょうね。
ただただ、自堕落とは言わないまでも、
なんかちょっとにひるに感じるのかな、目的もなく生きてるように感じるのかな。
いや生き甲斐もなく、社会の中で流されて生きてるように見えるんでしょうね。
でも自分から見てみたらですよ。
そもそも目的っていう言葉使っちゃうとですね、これ難しい説明になるんですけど。
そもそも人生に用意された目的、人間っていうもの、あるいはこの世界の何か存在理由、目的が、
あるかないかよくわからないで生きてるっていう人が、
多いか宗教に入っている人が、
あると思ってるんだけど、
わからないか、もしくは宗教に入っている人は、
教祖が言ってるそれが目的だろうと、それ自体なんだろうと人生の意味っていうのは。
っていう認識。
だから目的自体見れなくても、教祖が言ってること自体、言葉として理解できてるっていうような状態。
これに繋がる話があって、神っていうのはよく定義もわからないし何だかよくわからない。
よく説明されるのが、人知れは及ばないものだみたいな。
いやそれじゃあ、そんなもの存在しないも同然だろうと思うんですけど。
でも教祖が言葉で表してくれるからそれが神なんだみたいなこと言われ、
言う人もいるわけですけど。
まあそういうことですね。人生の意味もそういうことです。
何かはよくわからないんだけど、教祖は言ってるのはそれだろうと。
それに従っていればそこにたどり着けるんではないかみたいな。
宗教やってない人は、目的があるとなんとなく思っている人は、
36:05
あるんだろうけどでもわからない状態。
ちょっとコメントが厚い話に突入しましたが。
だから実際厳密に言うと、いろんなタイプいますよね。
目的はこの世界に用意されてないと思ってるし、
もちろん発見できてないからないと思ってないっていう人。
あるいは目的がこの世界にあるかもしれないけどでもわからないっていう人。
だから目的、それは目的なく生きてますよね。
こういうふうに簡単に一括りにできるようなもんじゃないんですよ。
でもここで言う目的もなく生きるっていうのは、
そういう好きなこととか何か自分が本当に生き甲斐となるやりたいことをやって、
ちょっと難しいかもしれないけど、ミュージシャンになることを目指すとか、
取りたい資格を取るとか、何でもいいのかな。
ちょっとそこらへん難しいけど好きなことをやる、何か目指してる。
しょうがなくじゃなくてやりたいことをやってる。
人からしてみたらその人生の意味っていうのは目的っていうのは、
目標を持つことが目標みたいな話ですよね。
人生の意味っていうのは目標を持つことなんだみたいな話ですよね。
なぜかというとその人たちも本来この世界に存在してる目的があるかどうかさえ考えてないとして、
そんなものはわかんないに決まってるし。
好きなことをやっていくことに意味を感じるか、
あるいは、例えば社会に流されてるようでもそれは成功を目指してるかもしれないし、
お金に重きを置いてるかもしれないし、だから結局は目的は両方あるんですよ。
どこに目的を置いてるか違うだけであって。
だから成功とかお金に目的を持つ人と好きなことを持とうという人は、
行為そのものに人生の意味を置いてますよね。
快感であるとかやりがいとか興味あることをやるとか、
没入感とか人は成長してる感じとか、
こういうことって結構ありますよね。
お前目的もなく生きてるよなって言うけど結局違いはあってもそこは違いではない。
目的があるかどうかは違いではない。
見てる場所がちょっと違って結構こういう意味のない議論ってありますよね。
39:03
でもこの2タイプじゃなくてほとんどの人はやりたいことあるんだけど、
でもそれが何なのか自分でも曖昧。
だからなかなかそれを見つけれないっていう状態。
自分の高校生時代ですね。
だから好きなことが分かってて、
それに意味を感じてる人は羨ましい限りですよ。
目的もなく生きれるっていう人。
ただ流れてる感じの人。
それはそれで羨ましいんですよ。
4つのタイプかもしれないです。
何のためもなく何を目指すかも分からない。
流れてる状態。
だからさっき言った好きなことをやる人たちはこういう風に見えてるんだろうな。
目的もなく生きてる。
何を目指すわけでもない。
流れてる状態。
でもほとんどはやりたいことが分からない状態。
自分の意見としてはみんな結局同じでしょと。
これが大事なところで、人類で人生の目的なんて見つけた人はいないんですよ。
あくまでも信じてるだけなんですよ。
宗教の教祖って何をやってるかというと、
信者をたまくらかしてるんですよ。
あるいは自分の言ってることを自分で信じて、
信者に教えてるんですよ。
でもその自分のことを信じるってほぼほぼ、
もう死んどころの騒ぎじゃなくて、
だってすごいと思いません?
死後の世界あるとか、
自分で新たな教えを作って、
それが本気で正しいと思っちゃってるんだから。
他の教祖じゃなくて自分の言うことが正しい、
自分は神みたいな存在だと思ってるのって結構やばくないですか。
42:00
もしくは本当に神みたいな存在がいるとでも思いますかね。
まあそれは宗教の信者は別ですよ。
信じなきゃいけないわけだから。
教祖のことを信じなきゃいけないわけだから。
でも宗教に入ってない人がいらしてみたら、
まあどの教祖だって似たようなもんですよね。
うさんくさいおじさんおばさんですよ。
占い師となんら変わんないですよね。
まあ自分はそんなふうに思ってないですよ。
うさんくさいなんてそんなことは自分はどうでも思わないですけど、
まあ頭ちょっとおかしい人だしぐらいしか思わないですけど。
もう一度見ますよ。目的もなく生きて、
何のためもなく何を目指すかもわからなく漂流してるような状態の人。
やりたいことがわからないっていう人。
で、あとは目的を持ってる人。
みんな共通してるのは誰も人生の目的なんかわからなくて、
で、目指すべきものを勝手に自分で作って目指してるか、
あとは漂流してるかの違いだけなんですよ。
で、目標を作るにも二タイプがありますよね。
成功とかそういう何か目標を見つける、
あとは宗教とかに入って新たな価値観をつけるっていうのもそうだし、
まあちょっと切な的な生き方になるけど、好きなもの。
どこか興味あるものに没頭する。
で、自分は宗教に入ってた頃は目標、人生の目標、目的っていうものはあるし、
分かってたし、信じてた。
で、宗教辞めるあたりで人生に用意された目的なんてないと悟りですよ。
そっから普通であれば新たな目的とかやりがい、生きがいを見つけるんですけど、
自分の場合は目的がないならないでいいとかといって、
絶望をする必要もないというスタンスで生きてきました。
あともう一つ忘れてました。
目的を探してる人っていうのも結構いるんですよ。自分の知り合いでもいましたね。
いろんなスピリチュアルとかの本を読んで目的探しに奮闘してる人もいましたね。
奮闘してる人いましたね。
46:23
で、今新たな疑問が出てきて、自分は着地してないっていう変な宗教で固定化もしてない。
だからこの世界に用意された意味はないと思ってるけど、
それは確信してるしただの幻想だと思ってるけど、でも着地はしてないっていうおかしな状態ですよね。
普通にヒルな人って意味はないっていうことに結論付けるんですよ。
で、安定しようとしてるんですよ。
つまり結論付けることが安定につながるんですね。
だからそのために一番いい方法って宗教やることなんですよ。
一つのものは妄信できるから。
48:53
でもまあ確かに、そもそも意味を持つシステムがないといえば、そうとも言えるかもしれないんですけど、
宗教やってた時の説明がつかなくなりますよね。
だから意味を作る装置が壊れたのか。
もともとなかったんじゃなくて、もともとはあったんだけど壊れたっていうことなんでしょうね。
なるほど。では次の話です。
ちなみに意味はないっていうことを、確信はあるんですけど、それをよりどころにしてない。
よりどころにしてはいけないんですよね。感覚的な問題なんですけど。
その確信を旗にしてあげてしまうのはダメなんですよ。
でもこれは、旗にして掲げないことが自分の支柱になっているのではないかと言われてしまえば、何も言えないんですけど。
51:03
あとですね、いつも疑問があってですね、本当につらい時って人生で訪れると思うんですけど、
その時と今と比較した時にどうも違和感があったんですね。
で、考えてみたんですよ。分かりました。
本当につらい時って、たぶん楽しみが、じゃなくて楽しみを期待してるんですよね。
本当につらい時と普通な時の違いって、楽しみを期待してるんですよ。つらい時って。
ちょっと相当しか説明がつかないですね。自分の場合はですけど。
心のどこか楽しみを期待してるからこそ、あるいは求めてしまってるからこそ、その矛盾を鮮明に描き出してしまってるんですね。
で、つらい時って希望とか楽しみって全くなさそうじゃないですか。
そう、だから焼けあった時もですね、本当なら家族でどっかこの時間行けるかもしれないとかいう期待があるわけですよね。
だからですよ、例えば家族がいなくて本当に暇な人とか、やることがなくて暇な人は逆にやることできてよかったと思うはずなんですよ。
忙しい時より。時間を潰されたとは思わないはずなんですよ。
その比較がつらさなんですね。不自由であるとか停滞であるとか。
だから期待してる状態ははっきり見えてる状態なんですね。
で、それがもし何か目標であったり、こうあるべきだというものとのギャップであれば、それはですね、いい苦しみなんですよ。
今言ってるのはそれとは違いますよね。
で、普通な時って自分で言うともうただルーティンをこなしてる。
いつも通りこなしてるから期待すらも忘れてるんですよね。
だからもっと言ってしまうと期待はあるのかもしれない。あるけど期待として意識できてない。
こうなってくるとあとはもう気持ちの問題みたいな次元ですよね。
一つの推論ですけど、感情が期待をつかんでるんだとしたら、普段はただ観察してるだけみたいな感じなのかもしれないです。
54:00
観察癖の自分はですね、自分の期待さえも観測するだけにとどまってて、
ただ期待してることはあるなという自覚ではある。
だから過度に期待しすぎない。
次の話ですが、自分のことはものすごい好きなのかもしれないし、ものすごい嫌いなのかもしれないし、
分かんないなってことにふと天から降ってきたんですよ、そんな考えが。
と言ってもちゃんと観察できてるんですよ、自分の。
単にぼんやり考えてたわけじゃなくて、なんか点と点が線になったんでしょうね。
自分のことを嫌ってるなんて思ってなかったけど、ある意味無意識のうちにすごい嫌ってるかもしれない。
なんでかっていうと、自分に似た人をやっぱり嫌いだし、
これは誰にもあることだから普通なこととも言える。
でも自分が好きなのかそれも分からないんですよね。
その可能性もある。
自分が好きだからこうやってポッドキャストで話せっているとも言える。
ってことは、自分が好きか分からないってことは、つまり今まで自分は我が強いと思ってたんですよ。
厄介だなと思ってたんですよ。
それも崩れますよね。
実は我が全く強くないかもしれない。
我が強かったら自分が好きかどうか分からないなんてことないと思ったんですね。
で、我が強いかどうか分からないなんて、そんなこと自分で分からないなんてそんなの普通じゃないかと思ったんですよ。
そうしたらですね、実は自分ってすごい変わってると思ってるけど、
実は誰よりも普通なのかもしれないって思ったし、
そういうことはあるんですよ。表裏一体なんですかね。
ある意味では、標準的に言わないまでも、
あ、そういえば、ある芸人さんの奥さんが、
その相方の方が変わってて、実はこの人はすごい常識人なんだみたいなこと言ってたけど、
まあそもそもそうやって人間ってたまに的なのかもしれないし、
57:01
そもそも普通とも普通でないとも決めることさえできるものでもないのかもしれないけど、
確かに変わってる変わってないってのは難しいことであるんですよ。
ただ、普通なんてものはないっていう人はちょっと嫌いなんですよ。
だって定義上普通ってのは標準っていうことだから、存在しえますよね。ないわけないですよね。
そうだから多様性が認められるべきだみたいなこと言うんですよ。
どんな勘違いだろうと思うけど、言葉の論理としては不正確ですよね。
だし現実問題は普通もあるし、そうやって極端な人もいるし、
いろんなそういう人たちがいて、多様性を認めるならわかりますけど、
普通はないと言ってる人って正解は一つではないということに飛躍してるんですけど、
そういう意味で言ってるんですね。
でも自分は普通はあると思ってるんだけど、でもその人たちと同じように、
正解は一つではないというか、絶対的な正解はないと思ってる。
ちょっと違いますけどね。
この人たちはでも正解はあると思ってるのか、やっぱり違うのか。
多くの人が選ぶ行動とか属性って数字に現れるわけですよ。
でも普通はないと否定する人ってそんなものはないと。
否定してるんですね。
結果的にみんな違ってみんないいと言うためにそういうこと言うんですよ。
1:00:01
でも残念ながら多くの人が選ぶ行動っていうのはあるわけですよね。
基準っていうかボーダーラインって存在するんですよ。
だから逃げですよね。実際に正解は一つではないと思いたいのもわかるけど、
どうしてもそういうものは社会が要請してくるこれが正解だみたいなものは存在してしまうんですよ。
それ存在してしまうものは無くしたいならまだいいですよね。
無くす方向に向かうなら。存在しないものはないものだと思い込んでるだけですよね。
実際に数として、統計として現れてるのに。
しかも無くそうとするのもおかしな話なんですよ。
どうしてもこれはボーダーラインっていうのは存在しえますから。
これはこの宇宙の仕組みが構造上になってるからしょうないですよね。
最近見た映画がですね、寝てる時に曲を作ってて鼻歌で歌ってたのを
それで曲に別の人がしちゃうっていう映画だったんですけど、
自分がですね、音楽聴いてた時じゃないですよ。
音楽聴かなくなった時にですね、曲を作ったんですよ。寝てる時に。
明らかに曲できてたんですよ。でですね、起きてからもその曲を覚えてるんですよね。メロディ。
で、今までどっかで聴いたことある曲じゃないか。
で、何回も制作してみましたがなかったし、今考えてみればミチョランですよ。
ひたすら思い出しても思い出せない曲を夢で思い出してる時点で、
しかもそれが何の曲か分からない時点で不思議ですよね。
で、これは誰も説明つけることじゃないんですね。自分でも分かんないし。
こればっかりは音楽家に聞いても分からないだろうし、農家学者に聞いても分からないだろうし。
今でもさっき言った映画みたいな話で。
あれはあくまでもフィクションですけど実際にそういうことがあったんですよね。
いや今でも覚えてますね、その時のことは。
でも何曲かできてるんですけど。
起きた時に覚えてるのはでも1曲でしたね。
でもう一度言いますけど、誰よりも自分のことが好きなようだし、
1:03:04
誰よりも自分のことが嫌いなかもしれない。
誰よりも普通かもしれないし、誰よりも普通でないようにも見えるんですよ。
これも一種の病気なのかもしれないですね、ここまで来ると。
二重人格とかみたいに。そうやって自分ってものを保とうとしてるわけですから。
じゃあ次の話ですが、何かの説明がついてしまうっていうのとか、
あと自分のことを説明されてしまう、分かられてしまうっていうのが、
普通と違って逆なんですよ。
普通人間って説明つかないものは不安に思うから、説明ついたものと思ったり、説明しようとしたりするんですよね。
どんな形であれ。
これと関係あるかわかんないけど、
例えば空が青いのは、科学によって説明すればそれを感動する人がいるっていうのが理解できないんですよ。
いやいや、生々しい現象そのものを見た方が感動するんじゃないのかなと思うんですよ。
理解できないものを説明方につけちゃうよりも、理解できないものとしていた方がいいんじゃないのかなと思うんですよ。
だから、そんな変に説明して、勝手に変な解釈するよりも。
自分というブラックボックスを壊されるのが嫌なのかもしれないです。
理解されることによって。
だからあんまり自分のことを語らない人っているじゃないですか。
なんかミステリアスな感じの人。
別にああいう人に憧れてるわけじゃないですけど、似た感覚の持ち主たちかもしれないですね。
さっきの科学の件については、謎のことを謎のままにしときたいっていう。
なんか謎のままの方がロマンがあっていいんじゃないのかということの現れかもしれないし。
だから推理小説とか、推理ドラマとかって多分犯人がわかったら、自分は完全燃焼してしまうんですよ。
ちなみに自分は今まで推理ものを見てきて、そうですね、やっぱりそうだったと思います。
1:06:04
明らかにそうやって科学とかの知識をつけて、知識をつけること自体もそうだし、あんまり知識をつけすぎるのもさらに問題だと思うし。
それで世界を見るよりも、明らかにそうじゃないほうが純度高く見れるような気がするんですよ。
もちろん歴史なんかだと、その土地に訪れるとある程度知識があったほうが面白く見れるかもしれないけど、それ自体も危ういですね。
全く知識がないと何なのか分からない場合もあるかもしれないけど、でも空の青さとかってただ見れば感動できるじゃないですか。
現在よく撮っております。
自分はですね、ポッドキャストにおいて、それから生活においてこれだけは変えられないもの。
この一点だけは変えないものって、作っているというか自然にできたというかそういうものがあってですね、それはいくつもではないんですよ。
しかも作ろうとなんかしないんですけど、気づいたらできてたような感じなんですけど。
これだけは持っておいたほうがいいっていうものを一つだけ定めることのメリットとしてですね。
何か一点を決めることによって、いろんなもののことが評価できるようになるんですね。
相対的に見比べることができるからですね。
全く軸となるもの、その一点がないとなるとですね、言ってみればカオスな状態ですよね。評価できない状態、何が何だか分からない状態。
ともすると自分がどこの地点にいるか分からない。座標の軸のどの位置に位置するのか分からないようなことにさえなりかねないですよね。
これはあくまでも生活の変化がある中での最低限の同一性なんですね。
もし固定するものが増えていけば、増えることはないんですけど、増えたとしても変えざるを得ないですね。
だからつまり一つの一点を持っているというよりも、どうしても生活の変化で変えざるを得ない、変えたくなくても最終的には変えてしまう。
でもそれでも変化させないっていう。だから後から振り返ってみたら変化してなかったねっていう方が正しいかもしれないです。
その時その時やっぱり変化させたくないものあるわけですよ、他にも。でも結果的に変化しちゃうんですよ。
次ですが、食べ物って結局栄養を取るのが目的で、味なんか感じる必要ないですよね。
1:09:10
でもみんな動物みたいにはならないっていうのをよく考えてみたら不思議だなと思ったんですよ。
っていうのも、食事を楽しむという意味では、人間にとってはもちろん味わうことにも意味はありますけど、
ただですね、自分がですね、もしですよ、今すごい食事に集中して食べてるんですよ、しっかり味を大事にして。
でも、にひるなに飲み込まれそうになって、結局味感じても意味ないんだよなと思ってしまう可能性あるんですよ。
っていうのも、味に集中してきたこの何年もの積み重ねがあるからこそ、味を感知してもそんなものすぎ去ってしまう。
単に脳の快感、物質が出るだけでそれに何の意味があるんだと言えば、全くもっとその通りですよね。
お金が貯まるわけでもない。もちろん何の能力が伸びるわけでもないという意味では。
人間が意味を感じるって、何層にも分かれてるんですよね。
ある層では確かに意味はあるかもしれないけど、今言った意味では意味は感じないし。
でもそもそも自分はですね、人間の生きる意味なんかもう、はなからないことは処理済みなので。
そこがブレないので、やっぱり食事も結局生きるために必要なのは栄養をとることですから。
だからもし自分が今みたいな食事の仕方をしなくなったら、もう極端な形になると思います。
じゃあ味は必要ないんだから、動物と同じように食べていいんじゃないか。
あるいはでもそういうわけにもいかなくて、どういうところに着地するかわかんないけど。
だから他の人だってそういうことに陥る可能性は十分あり得るわけですよ。
でもこれ言い出したら切れないんですよね。
一瞬で快感が過ぎ去って、あとは何もないっていうことなんてたくさんあるだろうし。
趣味なんか多分そうですよね。
1:12:02
自己実現のために何か趣味をやってるなら話は別だけど。
ただ、情報を得るとか、見る聞くのものなんて本当に感じは多いかもしれないし、
別に何か得ようと思ってるわけでもなければ、記憶に残ってその知識もあまり意味ないし。
そう考えると生活の人間のほとんどやってることって無駄なんですよね。
食事も同じように、食事自体は無駄ではないんだけど、味わうこと自体は無駄と言えば無駄なんですよね。
だから食事だけのことではないんですよ、もちろん。
ただですね、特に食事なんかはおいしいなと思ったら、おいしいなと思ってる時点って既に過去なんですよね。
今現在なんて人間って見ることできないんですよね。
過去の記憶を見てるんですよ、人間って。
これ面白いことに農家学者も言ってたし、仏教の僧侶も同じこと言ってました。
現在夜撮っております。
今日こんなことありました。
下に夜中降りようと思ってしたら、
いつもなら寝る時間なのに、ちょうどその頃が帰ってきたんですね。
いろいろとちょっと運悪いなって思ってたんだけど、
その前腹壊してて、ずっと立っててだからちょうどよかったんですよ。
すぐトイレに行かなくてそれでよかったんですよね、結局。
ああしたら運良かったんだなって今度考え変わったんですよ。
でも後から気づいたんですけど、
もし親がいつも通り家にいたならば、他の状況も変わるはずなんですよね。
下の音で睡眠状況も変わるだろうし、
だからあんまりそういう意味で足らればいったとしても、
ただ面白いものは例えば、雨が降って涼しくなってよかったって誰かが言ったとしますよね。
それは正しいですよね、雨降って。
雨降ったのも正しいし、それによって涼しくなったのも正しいし。
1:15:02
それに対して雨降ってなかったら気象条件変わってるだろうっていうのは話がかみ合ってないけど、
でもBさんの言いたいことも分かる。一理あるというか一理あるんですよ。
でもこれ普通の考え方としては、今の場合親がもし早く帰ってきてたら、
とか家にいたらあまり望ましくなかったという、
半日過剰を想定して、そことの比較ですよね。
で、運がよかったと思うわけですよね。
だから親がもし家にいたら、
一回の物音で、また別の時間に起きてたかもしれないし、
帰ってくるタイミングで起きてたかもしれないし、
もし宝くじあの時買ってれば、せっかく渡ってたのにっていう場合、
買いに行こうとしたら事故に遭ってたかもしれないし、
今のはあくまでも極端な説明ですけど、
ただですよ、これ難しい問題だけど、
もっと勉強してれば大学に向かったのにっていうのも、
今の話だと不確実なものだから意味がなくなるわけですけど、
でもやっぱり、大学は難しいけど、
でもそれも一理あるじゃないですか。一理あるっていうか、
普通に考えたら、勉強をもっとしてれば、
大学にちゃんと向かってたなって、普通の発想法ですよね。
だから、こうやって社会を生きる人間としては、
そういうふうに捉えるしかないんですよ。
でも実際は足られ歯って全く意味ないんですよね。
そんな意味がないなんて思わないけど、
でも足られ歯ってあんまりよろしくはないなっていうのも、
大変な人はわかってますよね。
ちなみに自分はというと、こんなことは鼻からわかってはいるけど、
足られ歯は絶対なくならないですね。
自然なんでしょうね、足られ歯。
だから足られ歯によって、
なんとなく頭を整理させてるようなところもあるんですよ、現実。
1:18:00
今、あのときは足られ歯がこうだったとか何だとか言って、
ひとつの内省行為なのかもしれないし、
だとすると反省なんてのは自然にしてるということで、
それは今回話しないですけど、それについては。
01:18:18

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