動物の強迫性行動
以前読んだ強迫性障害の本にこんなこと書いてありました。
人類も前は狩猟時代、敵と戦って、いつも緊張感のある状態だった。
でも現代人は、もちろんそんなことしないわけで。
緊張感の持つ必要があまりなくなったとき、あと恐怖心ですね。
確かに脳機能科学者で、現代人に恐怖心は必要ないって言ってる人いるんだけど。
そんなものがなくても自分を守ることができるってことですよね。
でも脳はね、現代に合わせてうまく動いてくれるかったらそういうわけじゃないから。
どういうことが起きるかというとね、緊張感を持つ時間が少ないことに違和感を感じて緊張感を持とうとするらしいんですよ。
緊張感だったり恐怖心だったり。
その結果、強迫行為、喧嘩遂ぎと言ってもいいと思うんですけど。
強迫行為と喧嘩遂ぎって全くもちろん同じものではないんだけど。
同じものだと考えていいと思うんですよ。
それが生まれるというふうに本人が書いてあったんだけど。
前に喧嘩遂ぎは他の動物でもあることだってのはわかったんだけど。
どういう原理でそれが起きるかってのはわかんないんだけど。
それはね、こういうことをしたら餌を得ることができたっていうふうに
因果関係があるなしにかかわらず、その時にあった行動を取れば同じように餌を得ることができる
っていうふうな習性のあるものが生き延びることができますよね。
っていう言い方をすると、生き延びるために動物はそういう能力を身につけたみたいな
ふうに聞こえかねないけど、それはちょっと語弊があるんですよね。
あくまでもそういう種が残ってきたっていうだけだから。
あとその本にちょうど書いてあったある動物実験なんだけど。
オラウンタンに毎日同じ時間に餌を同じ場所に置いて与えると
必ず情動効果が起きると。
だからその餌に向かうまでのルーティンがあるってことですよね。
これなんかもそうじゃないですか。緊張感を持とうとしてっていうよりも
喧嘩つぎみたいなことだって思うんですけどね。
そうとしか思えないんだけど。
緊張感を持とうとして、情動効果とか脅迫行為が生まれる。
オラウンタンの実験
ちょっとね、考えても理解しづらいんですよ。
例えば、想像してみてほしいんだけど朝起きてね。
必ず靴下は右から履く。
これをやったほうが緊張感が生まれるかなって思うんですけど。
ただね、クラクの場合はですよ。
やっぱり同じように行動しなきゃいけないとすると
ある意味では緊張感は生まれるんですよ。
ミスってはいけないからね。順番を飛ばしてはいけないから。
でもある意味では無意識にできるから緊張感はないんですよ。
例えば音楽なんかも一定のリズムだとリラックスしてきてるけどね。
途中でアクセントが入ってきたりギミックが入ってくると緊張感って生まれると思うんですよ。
そういう意味では矛盾ですよね。
ただルーティン機能変にできないっていう意味ではない。
ルーティンっていうのは大きい枠組みで捉えると緊張感っていうのが不快感だし
ルーティンやってる時も不快感だから。共通してるんだけど。
さらに言うと厳格義は緊張感を持つためってちょっと理解しづらいんですよね。
逆に安心するためだろうって思いますよね。
名刺を信じるなんかも厳格義と同じ原理だけど
あれなんかも緊張感を持つためというよりは逆に安心するためですよね。
でも一応その本の理論からするとそういうことなんですよ。
毎回同じ行動をとってしまってる場合は何か緊張感あったり恐怖心を
現代人が持たないからそれを持とうとしてそういうことをしてると。
あとさっきのオラウンタの話もそうだけど
現代人はわかるけどオラウンタなんかその動物実験やってる間だけでしょ。
その餌が与えられてる。そんな急に脳の中身が劇的に変わるかなと思うんですけど。
だから厳格義に近いと思うんですよね。厳格義っていうか迷信行動って言われるんだけど。
人間の厳格義例えば必ずこれをやるときは
数字を選ぶとして3番を選んでやるとか。
競馬やってる人なんかは。ギャンブルなんかは厳格義ってのは起こりやすいみたいなんだけど
最初3番買ってっていう厳格義をしてるとか。
これなんかもそれやったらうまくいきそうな気がする。
つまり安心したくてですよね。
全くどうなるかわかんない不安定な状況だからこそ
安心したくてのことだと思うんですけど。
それではこの辺で。それではしたっけ。