ポッドキャスト制作の挑戦
はい、こんにちは、ポイエティークRADIOです。お相手は私、柿内正午と奥さんです。どうぞよろしくお願いします。
今これ一回で録音始めちゃったけど大丈夫かな?こっちだったら大丈夫じゃない?
あのね、最近僕はね、ポッドキャストをね、また色々聞いてるの、人の含め。
別に前から聞いてたんだけど、何がね、何が変わったかっていうと、ポイエティークRADIOを他の人のポッドキャストと混ぜて聞くようになった。
てか、勝手に自動で再生されるようになったのね。ポイエティークRADIOが他のやつ聞いてて。気づいたの、ポイエティークRADIO、声ちっちゃい。
声っていうか、多分普通に僕の最終的な編集作業のマスターの音量がちっちゃくて、なんかポイエティークRADIOってなんだ?って思って音量上げた後に他の人のが始まると、他の人のすごいハキハキとしたご機嫌な声がドーンってきて、
あっ!ってなるっていうことが分かったから、ちょっと今週からはマスターの音量を上げようっていうのをちょっと思ってたんだけど、なんかそれを意識して始めたら録音した後、急に僕が大きな声しゃべりだして、びっくりしてるよね。
いや、だからその元の声がちっちゃいんだって話になるかと思ったら、マスターの音量って始めたから、この大きい声で喋ってるのなんだろうって思った。
だからここでこうやってまた大きい声出してると、マスターの音量の調整のところでむしろ変数が多くなってるから、なんか意味ねえじゃんってなるじゃんって思って、今間違えたなって思ってるんだけど、もう始めてしまったから始めます。
今週はポイエティクラジオもワーってなる。
ワーってなるかもしれない。いつものテンションで聞いていたら。
なんかそういうのって分かんないもんですよね。自分のだけ聞いてるとこんなもんだろうって。
ちっちゃいなって思ってる。
マジで?それなんで言ってくれないの?
え?
ちっちゃいなって言ってくれたら大きくするじゃん。
うーん、そうだね。
なんかさ、そのさ、そういうのなんなの?
え?
なんかそういうフィードバックさ、ないとさ、なかなかさ、当然のことでも気づけないとこある。
他のポッドキャストと混ぜて聞いてるわけじゃないから、単体でさ、
単体で聞いてもなるんだ。
いやだって単体で、何、端末の方の音量上げない。
そうか。
聞こえない。
じゃあちょっとそれは。
でも舞台配信見てるとだいたいそうだから。
そうなんだよ。
あんまりそれに配信元で何とかしてるみたいな気持ちがない。
結局もしかしたらどうにもならないのかもしれないんでね。
これボイスメモでそのまま撮ってるからさ。
なんか実はやっぱりマイクとかがないとできない可能性はある。
けどね。
なんかね、最近ちょっとだけマイクが欲しい。
また?
うん。
というのも、ボイスメモでも十分撮れるしいいんだけど、
あのね、20窓の家に住んでると、
そして大通り沿いじゃないとこに住んでるとさ、
これまでのポインテイクラジオの臨場感にひと役買ってくれたさ、
毎週必ず通る救急車の音とかさ、
暴走族の音が入らなくなるじゃん。
ボイスメモで撮ることの利点って、
そういう環境音が比較的ちゃんと入った上で、
声が前に出てくることだと思うの。
静かな環境だと、
それこそエアコンの音とかしか入らなくて、
そうだね。
結構ね、なんか…
つまんない?
つまんない。
だからなんかその、情報量が多い?
背景の音も含めてなんかラフな感じっていう演出で、
ボイスメモで撮ってます感が結構良かった。
それ僕の好みとして結構良かったんだけど、
なんか今ね、ただ単純に雑。
なんかラフな感じではなくて、
悪い意味での雑さになっちゃってる感じがして、
なんかだったらちゃんとした声で撮りたいかもっていう気持ちにちょっとなってて。
あとまあ多分単純になんか新しいことしたいっていうので。
Mを付けるとか?
そう、Mを付けるとかね。
あとまあちょっともう一回、
午後さんなのか別の人に、
ちょっとそろそろMを変えてもらうとかね。
景山さんに不穏なホワイトの人を付けても。
ループのやつとかさ。
確かにそういうのもあり。
なんかちょっとそういう感じで、
ちょっとポエテックラジオに意味もなく金をかけるっていう。
あとはもうなんかシーズン2みたいにしちゃうとかね。
ちょっともうさ200何回とかになってきててさ。
なんかそろそろそのなんていうの?
ポエテック出たしね。
そう出たから、ちょっと名前を変えるのか。
他の復刊したい方の名前で。
そうそうそう。
名前を変えるのか変えないのかも含め、
ちょっとなんか何か変えて。
僕今思ってるのはマイクを買ったり、
なんかジングルトークをもう一回また何か人に頼んだりして、
ちょっと新しくした上で、
もう名前から何から変えて、
新規になってみようかなっていう感じ。
で、そうなったらきっとさ、
パーソナリティの名前も変えるんだよ。
戦闘員系とか。
嘘だけどね。
みたいなさ。
だからちょっとなんか最近、
そういう方向に行こうかしらって思ってる。
で、最初のうち旧ポエティックラジオって言ってたのが、
普通にポエティックラジオっていうようになるんでしょ?
そうそうそう、結局ね。
っていう感じのことをしたいなって思っているよ。
本当にやるかわかんないっていうか、
マイクを買うハードル高いから、
それをやった途端にさ、
いろんなことを準備しなきゃいけなくなるからさ。
本当にやるかどうかは微妙なんですけど。
マイクの必要性
マイクはいらんくね。
いらんかな。
まずマスタノンゲーム上げてみて、
それだけで十分どうにかなるんだったら、
まあそれでいいやってなる可能性はあるよね。
っていう感じなんですけど。
でも単純にマイクがいい。
ガジェット欲しい気?
てか、あのさ、
ラジオにさ、出させてもらったりしたじゃん。
そうだよね、あなたはちゃんとマイク。
マイクがあるっていうことの、
タモリのさ、
タモリがずっとさ、
線が入ってよが入って、
中川がマイク持ってるみたいなのに近い、
なんていうの?
マイクの力?
その話ね、してるよ、あなた。
マイクの放弾数があるよ。
その話、昔安いマイク買ったときした。
でも安いマイクはポイスメモ以下だったかな。
まあみたいな感じで、
戻ってきたよ、ここに。
戻ってきたね。
マイクいいなって思って。
なんかめんどくさいんだよね、マイク。
指向性とかさ、
なんかそういうのをさ、
いろいろ気にしないといけないじゃん。
僕ができる理想は、
あなたとさ、
二人一本でどうにか済ませたいけどさ、
そういうのとか、
結構めんどくさいじゃん。
みたいなので、
まあ多分この気分は、
しぼんでいくと思うんだけど。
ポイスメモ用のスタンド。
うん、とかね。
あとなんかね、
あおきさんはね、
ここのiPhoneの電源のところに付けるタイプの
外付けのちっちゃいマイクとか使ってて、
まあ、
なんかそういうのとかでもいいかもしれない。
あんまり頑張りすぎず、
でもちょっと頑張るみたいなやつをやりたいんよ。
てかなんかちょっと頑張ってみたいんよ。
あのさ、2個ぐらい前、
ダラダラしすぎるのよくないんじゃないか、
話をしてるじゃん。
なんかもうちょっと、
ほんのちょっとだけ頑張ってみたい気持ちがある、今。
これまでずっと頑張らないことを掲げてやってきたけれども、
なんか頑張ってもいいのかもしれない。
てか頑張らないぞっていうのが目的化してないかみたいな。
頑張らない手段だったはずなのに、
頑張らないことが目的化してないかみたいなところが、
今ちょっともやついてるところというか、
頑張ることが目的になるのが一番嫌いだけど、
頑張らないことが目的になるのをやっぱり嫌いかもしれないって思ったのよ。
なんかやっぱり楽しいってことじゃん。
最終的な目的は。
その楽しいに向かうためにはちょっと頑張ってもいいじゃんっていう気持ちになってきたっていうか、
これまで本作るのがそうだったかもしれないんだけど、
本作るのがちょっと手癖でできるようになってきちゃったから、
なんか次のめんどくささを引き受けていきたいなっていう気持ちになるっていうのが、
本日のテーマです。
というのもね、
あなたまだ途中だから、
寝座話にならないように喋るの難しいというか、
ほのめかしに済ませたいんだけど、
基本的に本編の話をしたいというよりは、
そこで考えたことの話をしたいから、
あとこれそもそも聞いてる人たちにどこまで伝わるのかわからないから、
コンテンツの話は最小限に抑えたいんですが、
FGO。
フェイトグランドオーダーの新シナリオ
フェイトグランドオーダー。
という作品がございまして、
スマホゲーム。
スマホゲームがございまして、
フェイトグランドオーダーについて簡単にご説明いたしますと、
タイプムーンというゲームの会社がございまして、
そこはナスキノコという作家を要している。
というかナスキノコの最初の世に出たときの、
同人の名前がもうすでにタイプムーンなのか、
わからんかその辺は。
その辺は詳しい人はきっと詳しくやってくれてるが、
とにかくナスキノコという人のノベルゲームで、
15年?20年くらい?
20年くらい。
20年くらいやっているような作品があって、
もともとはフェイト、ステイナイトという作品から始まって、
ごちゃごちゃいろんなシリーズがあるんですよ。
月姫とどっちが先なんだろうね。
フェイトが先?
月姫が先?
月姫が先じゃない?
月姫が先かもね。
まあいいや。
月姫とか魔法使いの夜とかね、
いろんな作品があるんですけれども、
フェイトという作品は、
聖杯戦争というものがあってどうのみたいな、
その辺の話ははしょりますが、
とにかくそういうゲームの派生版で、
これまでもずっといろんなシリーズがあって、
別のシナリオなんだけど、
だいたい同じような構図で物語られるゲームが何個かあって、
今はスマホゲームの中で、
それはスマブラみたいなシステムで、
これまでの旧作の人たちが結集してくるみたいな作品なんですけど、
それが今クライマックスを迎えていまして、
それの新しいシナリオが今公開中なわけですよ。
この夏から秋にかけて。
っていうのを僕は遊んで、
僕はそのフェイトのシリーズの中で、
僕はFGOから入ったんですけど、
FGOでネロクラウディウスっていうね、
ローマの皇帝のキャラクターがいまして、
このキャラクターにドハマリをして、
僕の部屋にはそのネロちゃまの祭壇もあるんですけど、
詳しくはあまり読めない日々という本を、
もう手に入らないかもしれないけど、
読んでいただければと思いますが、
それでそのネロちゃま経由で、
ネロちゃまが出ているCCCっていうね、
フェイトのPSPのゲームをわざわざ買って、
PSPで遊んで、
CCCから、
あ、違うCCCじゃない、
エクストラから、
エクストラCCC、
エクステラ、
エクステラリンクっていうね、
この4種類のゲームを遊んで、
今回の新しいシナリオ、
まさにそこの話なんですよ。
そこの話を引き継いだシナリオになってて、
だから僕としてはもうさ、
自分の一番好きなキャラクターの、
が主役を張っているシリーズの続きっていうところが、
今回の話でめちゃくちゃグッとくるわけですが、
ネロちゃまは別に出てこーへんんだけどな、
てかそれは、またその、
やったのよね、
そうそうそうそう、
それはそれでもうやってて、
だから僕の中でもFGOは終わったと思ってた。
と思ってたら、
エクストラの別のヒロインの話を今、
最新でやってて、
その子はその子であなたは好き。
そうなんだ、そうなんだ、
っていう感じなんですよ。
でね、
別に誰にも親切じゃない前置きは、
意味があったのかわからないけれども、
ネロクラウディウスの魅力
とにかくそれをやってて、
で、
今回、
あなたまだ途中だからあれだけど、
結論から言っちゃうと、
今回のシナリオは、
僕がこれまで、
4年、5年くらいかけて、
ほぼネロチャマ特化で、
フェイトシリーズを追ってきた。
あのUFOのアニメ映画は全部見たよね。
ヘイブンズフィルム。
ヘイブンズフィルムではね。
でのあるか、
だから初期のステインナイトと、
CCC系列の和田有子先生が絵を描いているシリーズに関しては、
割と網羅的に遊んだ。
他のホローナイトとか、
そういうなんかその、
いろいろ細かいのやってないけど、
とりあえずその2種類は遊んでる。
だから、
分かる人は言わんでも分かるやつだけど、
月の聖杯戦争はあなた全部やったもんね。
そうそう、月の聖杯戦争全部やった。
シリーズがその4本だから。
だからより一層感じるっていうのもあるんだけど、
とりあえずその僕が遊んだ中での、
そのこう、
サッカナツキノコ論的な意味で言うと、
もう今回のが一番よくさまられてる。
と思ったの。
で、それが、
てかなんかようやく時代がキノコに追いついた感があったの。
というのもどういうことかっていうと、
月の聖杯戦争っていうのは、
あのー、
日本のね、兵庫県?
あれ?
ん?
あのー、
冬季は。
あ、うん。
一応神戸大橋がありますね。
神戸がね、舞台だったの。
最初のフェイトステイナイトってシリーズの第一作は。
で、フェイトのエクストラっていうのは、
月が舞台なの。
で、もうだから近未来が舞台で、
月にデータ化された人間たちが住んでいて、
で、そこで神戸で起こっていたのと、
現代を舞台にしていたのと、
似たような聖杯戦争って言われる戦いが起こるよっていう話なんだけど、
要するにもうね、
AIの話なわけですよ。
で、そのね、
なんか、
そもそもそのエイレーというもの自体が、
人類の蓄積してきたデータベースの中から、
優秀な突出したポイントをマッピングして、
その電脳世界の中に限界させるみたいな仕組みになっているわけ。
CCCだと。
だから要するに、
人工知能的なものが、
一つのずっとテーマになってやってたわけだけど、
それが今、新しく、
このスマホゲームのFGOとしてやり直すと、
非常にみんな知ってる話になってるっていうのになってて、
より状況としてわかりやすくなってるっていうのもあるんだけど、
何がすごいって、
同じ話をずっとしてるんだよ、きのこって。
そこがすごいなって思って、
でね、
ここからが重要なんだけど、
結構嫌いなんだよ。
フェイト的な話が。
なんだけど、
キャラクターが好きだから、
なんかつい見ちゃう。
今回のシナリオに僕はかなり満足している。
ここなの。
すごい満足していることと、
FGOのシナリオ分析
すごい嫌いなこととは両立するんよ。
っていう話を今日はしたいんですね。
ネタバレにならないよな。
なるかな。
まずここまで周到に言葉を避けてきましたが、
フェイトシリーズにおいてサーヴァントっていう、
聖杯戦争っていうのはどういうものかっていうと、
聖杯ってめっちゃいいものがあって、
それを求めて、
マスターと呼ばれる、
魔法使いと言っておけばいいかな。
魔術師が、
サーヴァントと呼ばれるものを召喚して、
それを刺激して戦うんだよ。
ポケモンみたいなものなんだよね。
そのポケモンが、
フェイトの世界では英霊と呼ばれている。
この英霊という言葉自体は、
そもそもかなりの問題含みなんだが、
そこは一旦置いておいて、
英霊と呼ばれる人たち。
要するに人類史において、
英雄とされている人たちを刺激できる。
だから人間の擬人化よね。
他のゲームとかでもよくある、
夏目漱石とかが、
強いバトルキャラになるみたいなのに似てるんだけど、
受容師の擬人化っていう感じかな。
そうだね。まさにそうだね。
本人ではない。
結構それの走りというか、
最初のそういうのが、
同人誌界隈で擬人化、
それこそ青原鉄道とかもそうだし、
ヘタリアとかもそうだけど、
そういういろんなものを、
キャラクターとして、
正論なんで育ってるんだ。
動くみたいな、
そういうのの中で生まれた文化としてあって、
その英霊としての人物っていうのは、
直接そのまま史実通りの人っていうよりは、
その周りの人たちが、
どのようにその人のことを後世に語り継いだかが、
ベースになって生まれてくるんだよね。
僕はそこがかなりグッときてるの。
もう1回だけネロちゃんおがたりを、
なるべくコンパクトにすると、
ネロクラウディウスっていうローマ皇帝は、
キリスト教弾圧の主体でもあるから、
今のキリスト教師観からすると、
かなりの悪逆の限りを尽くした皇帝として、
悪名を轟かせているんですよ。
なんだけど、
FGOにおいては非常に、
その民のためにすごい一生懸命、
いろんなことを尽くしてくれた、
いいやつっていう重要なされ方をしているわけ。
そういうキャラクターになってるわけ。
すごいサービス精神が旺盛な人っていう感じになってるの。
ものすごいチャーミングなジャイアント。
そうそうそうそう。
それがね、かなりね、僕はね、
うおーって思うわけですよ。
要するにそれはどういうことかっていうと、
ネロクラウディウスが誰にとって悪だったかっていうと、
その当時はただのアナキスト集団であった、
キリスト教の迫害をしているっていう意味で、
その後、歴史において、
歴史において、
後世において派遣を取っていく価値観にとっての悪だった。
もう一個は元老院からのバッシングを受けて落ちている。
つまりその当時における権威において悪とされている。
でもそのどちらでもない、
その当時における民衆たちっていうところに関して言うと、
意外となんか楽しませてくれたやんっていう人たちだったっていう、
人だった、皇帝だったっていうところの方を救う。
要するにその現在における権威でも、
その当時における権威でもなく、
その当時の人たちっていうものにどう重要されたかっていうところを
最重要視してキャラクターを作るっていう、
そのスタンスに、
よかったねー、ネロちゃんもよかったねーってなるわけですよ、
こっちとしては。
でね、元老院においてネロがなぜバッシングされたかっていうのがさ、
面白い話でさ、
ローマ皇帝なんだけどギリシャが大好きなの、ネロって。
だからもうね、
琴を奏でてね、
歌を歌いたくて仕方がない。
で、民衆を集めてジャイアンリサイタルを開くの。
で、これが当時のローマにおいてはやばいことなの。
人前で歌を歌って楽しませるなんてのは下賤のためにすることだから、
皇帝がそういうことじゃないわけ。
だからもうすごいお下劣なことをして、
なんかこう、
してしまったみたいなところで、
すごいそんなやつはもうダメみたいなところで、
こう長楽が始まっていくっていうさ、キャラクターなわけですよ。
だからもうそこでね、そのチャーミング、ジャイアンリサイタルを広げて、
その周りの他のサーヴァンというマスターを
敵役とさせるみたいなキャラクター像は非常にいいわけ。
そのチャーミングさんの方を取ってるというか、
その何よりも自分がやりたいことを楽しませ、
そう楽しませたいっていうことの方を優先した結果、
全てを失っていくっていうね。
その解釈、ええやんっていうところで、
僕としてはグッときて、
そこでかなりね、
良いなって思ったっていうのがあるんですけど、
あとは庵野ちゃん、ねろちゃんの押し語りを脱線としてしたことによって、
本筋を見失いそうですが、話を戻すと。
あのね、
シナリオの完成度で言うと、
これまでで一番良かったのは、
フェイト・グランドオーダーに関しては第1部と第2部があって、
第2部の、第1部が全8章かな?
大枠。
7章?
7章までが7つの聖杯で、最後最終章が。
全部で7章あって、
2部も7章で対応してるんだよね。
その対応してた上で、
今回は最終章に行くまでのインターバルとして別の章が始まってて、
今はやってるシナリオそれが3つ目なんだけど、
もともとね、一番完成度が高いのは2部の7章だったと思うんです。
妖精国のやつ。
妖精国ね。
だと思うんだけど、今回のシナリオの方が僕としては別入れでいいのは、
完成度とかじゃなくて、
全てにおいて、
ねろちゃまが出てたCCCの話だからっていうところで、
加点が100億点入っちゃうから、
歴史の変遷とテーマ
バカのオタクの評価になってるからね。
目が曇ってる部分はあるんだけど、
非常に分かりやすいの。
僕の嫌いなところが。
その嫌いなところが何かっていう話をしたいんだけど、
前置きが長いね。
前置きをしないと話が進まないから、ちゃんと前置きをするね。
フェット、グランドオーダーにおいて、
第一部だと得意点って呼ばれている場所ができる。
これはトーキンラームとかと一緒なんだけど、
要するに、歴史の中で何かがある。
本来の歴史。
これは人類と呼ばれてるけど、
正しい歴史において何か違ったことになっちゃうもの。
織田信長が生き延びちゃうとか、
そういうようなものが得意点として現れてしまって、
それによって本来の人類の歴史がなくなってしまうリスクがあるみたいなときに、
過去に飛んで、その部分を正しい歴史に戻していくっていう戦いを第一部ではしていたの。
そこにおいてはそもそも正しく戻すためには、
織田信長のシナリオをちゃんと読んでないんだけど、
織田信長はちゃんと死ななきゃいけないとか、
何かしらそういう統制みたいなことが起こるわけだよ。
っていうのが第一部で、
第二部においては歴史が今なくなっちゃってるのね。
それを取り戻すために、
何でなくなっちゃってるかっていうときに、
あり得たかもしれない、
人類から外れていった分岐、
要するにマルチバース的なものがどんどん大きくなっていって、
本体の幹がどんどん痩せ細っていってしまってるっていう事態があるから、
他の肥大化してしまっている別の異布の人類史を否定しにいくっていう話なわけだよ。
ざっくりと抽象化して言うならば。
それにおいて何が起きてるかって言うと、
じゃあこの歴史はこういう形で人類が発展していったけど、
これをなぜ否定しなきゃいけないのかっていうところをちゃんとやった上で、
そこの歴史自体を全て抹消していくっていう。
第一部では世界を守る側として、
この世界を維持するために他の目を積んでおきましょうって話だったのが、
悪い目を積んでおきましょうって話だったのが、
今回はもう既に成長している各々の木を、
でもうちの木の邪魔だから切るねって言って切っていくっていう、
世界を滅ぼす側に回って、
一個一個の章で、
それぞれの世界を否定して回るっていうことをずっとしてきたわけですよ。
ここにおいて、
それごとにすごい強い敵とかが現れて、
その強い敵相手にサーヴァントたちが特攻を仕掛けて、
大体において相打ちになって差し違えて、
お互い退去していくわけだよね。
サーヴァント退去するときに金色の光に包まれ、
キラキラキラキラってシュワワワって泡のように消えていくんだけど、
僕はそれを金粉まきしらしていくって言ってるんだけど、
金粉まきしらしてみんな死んでいくんだよ。
要するに自己犠牲によって、
何かを時代に託していくっていうことをずっとしてるわけ。
最初の第1部が第2部において。
英霊の自己犠牲の考察
僕はこの自己犠牲や精神が嫌いなんだって思ってたの。
そもそも英霊ってゴーストだからな。
そもそも英霊という言葉自体が靖国を想起させる時点で、
そもそもっていうところなんだけど、
要するにそこで何が言いたいかというと、
じゃあ何が嫌いだったんだろう?
何のための自己犠牲だったんだろう?
っていうところが今回の総賞3っていう、
第1部第2部が終わっての最終章に向けてのジャンプのインターバルとしての
3つのエピソードのうちの1つ、
最新版が明確に僕の中でなったんですよ。
アーキタイプインセプションがタイトルですね。
っていう話なんです。
分かったの?
分かった。
ここから先は確信に触れるから、今すごい話し方がむずいんだけど、
分かってしまったんだよ。気持ち悪さが。
どういうことかっていうと、
やっぱり英霊がキモいってことなんだよね。
英霊のキモさっていうのは何かっていうと、
難しいな。
ネタバレにならないようなのが難しいけど、
これまでのフェイトと同じところを抽出して話していくと、
個人より社会、まず個人と社会という2項があるとしましょう。
その時に個人ではなく社会の発展を望むっていうことなんだよね。
英霊の自己犠牲っていうのはどういうことかっていうと。
例えば靖国を想起すると分かりやすいけれども、
あれは要するに戦地で死んだ人たちっていうのは
靖国という創造の共同体の中に回帰していけるっていう話なわけですよ。
要するに自分が死ぬことによって、
共同体の一部として回帰していけるっていうところに
死の意味を見出していく仕組みなわけじゃないですか。
英霊として祀り上げられるっていうのはそういうことなわけですよね。
要するに個人としての死が、
共同体としての自己実現にとして機能していくっていう
ご姿勢観の持ち方なわけじゃないですか。
これどういうことかっていうと、
この今の自分のせいっていうものと、
もっと漠然とした何か共同体というものとを考えたときに、
その共同体の側に身を投げ出すことっていうものに
何か意義だったり快感だったりを感じ得るっていうところなわけですよね。
これがね、これが嫌いなんだっていう話までは
素朴にそりゃそうでしょっていうか。
大きな物語の時代じゃないですからね。
そうそう。っていうのもそうだし、
あなたと僕が喋ってて、
ポエティックラジオにおいて僕が社会派をやると、
あなたに、ここにいない人の話しないでってあなたが怒るっていうのと同じで、
ずっと同じ話をしてるわけ。
個人の側につこうぜっていうのをずっと僕らは言ってる話なわけ。
なんだけど、
そうなんだ。
だけどそのね、
共同体の側につくことに気持ち悪さっていうのを、
例えば人理みたいな言葉だったりね、
あとは国家とか、
BBちゃんと岸上博乃の関係
そういうものに回収していく。
そこまで主語を大きくすると、
キモさがわかりやすいんよ。
キモいから。
でもここのキモさだからもうしょうがない。
なんか、なおよ。
うん。
なんだけど、
今回、
てかそのね、
エクストラシリーズにおいて、
ヒロインはね、
アクセイバーである、
ねろちゃまっていうのと、
もう何人かいるんだけどヒロインが。
重要なヒロインとしてBBちゃんっていうね、
ステイナイト初期のシリーズで言うと、
さくらっていうキャラクターの子がいてね、
このキャラクターがまあヤバいんだよ。
ヤバい女のニコゴリみたいな。
ヤバい女のニコゴリみたいな。
あのね、
昭和の頃からの映画からずっと続いてるね、
カフチョウ戦に敷いたげられることによって、
めっちゃ色っぽい女みたいな。
ご分割してもヤバい女だからな。
そうそうそう。
っていうやつなんだけど、
あのあれよ、
小津康二郎のさ、
小津映画に起きるさ、
あの名前が出てこない、
原さんみたいな感じ。
私そんなにいい人間じゃないんですみたいな、
そういうキャラクターなわけですよ。
っていうキャラクターがね、
AIとして出てくるの。
人類のために献身的に尽くして、
AIとして出てくるの。
で、もうなんかそこに、
なんかね、
なんかね、
やだ、
キモいなと思いつつもね、
やっぱりね、
なんかね、
そこで僕が思ったのは、
とにかくやっぱりこの、
共同体に資するために、
子を投げ打つ姿勢というものは、
ドラマとして強いということを思いつつ、
でも僕がここまでベロベロに泣くのは、
そういう子が全体に資するみたいな話だとしたら、
絶対に無理だから、
スンってなっちゃうんだよ。
だけどなんでBBちゃん、
人類の管理AIとしてのBBちゃんが、
人類のために頑張る話にだけはこんなに、
泣けてしまうんだろうって思うと、
それはね、もうね、
巧妙にね、
そこにもう一人子がね、
入り込んでいるからなの。
そのBBちゃんが、
元々ただのAIだったんだけど、
そこにエゴが出てきてしまう理由として、
そのCCCの頃のマスターが、
一人の個人として扱ってくれたっていうことによって、
バグって、
そのバグが肥大化したのがBBちゃんっていうキャラクターなんだけど、
とにかくね、
このね、
岸上博乃というね、
そのCCCにおけるマスターの存在が、
いるからこそ、
もうその全体の利益じゃなくって、
その人のためっていう方向にバグるんだよ。
で、このバグの仕方が非常に巧妙なの。
これはね、
フェイトズ全部そうなの。
全部ここによって、
こうね、
サクラルートのテーマ
騙されるの人は。
あのね、
サーバントたちは、
人類のためとか言いつつ、
このFGOにおいても、
FGOにおける、
主人公のマスターが頑張ってるから、
この頑張ってるこのか弱い一人を、
支えてあげなきゃっていう気持ちだけでみんな動くの。
要するに、
マスターっていうのはね、
天皇なんだよ。
そうだな。
そうだな。
もしくは、
キリスト教で言うと、
フラニーとゾーイっていう、
サリンジャーの小説における太っちょのおばさまなんだよ。
フラニーとゾーイにおける太っちょのおばさまって、
なんでもないよ、
ただの、
その辺でラジオ聞いてる、
僕らのラジオを聞いてる太っちょのおばさまこそが、
キリストなんだよって話なの。
簡単に言うと。
要するにそこにね、
なんてことのないただ一人の個人、
それは、
本当に社会においては何の意味もない、
ただのちっぽけな個人なんだけれども、
その人と隣り合っている誰かにとってだけはかけがえがなく、
そしてその社会においては取るに足らないという、
その一点が、
反転することによって、
もう全体的にキリストであったり、
国家であったり、
人類というものとほぼイコールになってしまうっていうさ、
このねじれがさ、
どの宗教においてもあるわけじゃないですか。
イエス・キリストとかまさにさ、
そういうところがあるわけでしょ。
弱い個人、
傷つきやすい個人というものを、
どうにか支えたいっていうその気持ちが、
いつの間にか全体の社会や、
歴史を守りたい、
そこの共同体に資したいっていう欲望へと、
気づいたらねじれていってしまうっていう、
そこのねじれをね、
毎回、
ナスキノコはね、
こうやるわけですよ。
もともとフェイトステイナイト自体がさ、
エロゲーから始まっているから、
どのヒロインとイチャイチャしたいかな、
みたいな話から始まってるはずなのに、
気づいたらどの女の子とイチャイチャしようとしても、
結局なんか世界の大きな話になっていっちゃうっていうところが、
フェイトの和法だとして。
てかもう、
ナスキノコの原点として、
サバイバーズギルドと正義の味方っていうものを、
めっちゃそういうキーワードとして、
まず男の子の側が、
みんなそういうものを追っていて、
そういう世界観において、
都合が良かったり悪かったりする女の子たちが、
それぞれのルートで、
その正義の味方の卵をどう孵化するかっていうさ、
話じゃん。
そうなんだよ。
だからね、
そういうさ、
ものになっている、
ところ、
なんよ。
でね、
ここ、
非常にムズイなって思ったの。
要するに僕はBBちゃんとキシナミハクノの話は、
両方ともさ、
すごい色んなゲームをやったことによってさ、
大好きだからさ、
そのキャラクターの人間関係、
子と子の関係においては、
僕はもう本当にただただ、
良かったねっていう気持ちで、
もう限界オタクとしてビショビショに泣くわけ。
なんだけど、
それによって、
繋がる場所っていうのが、
その全体の利益、
顔の見えない共同体みたいなものに奉仕していってしまう、
その一点のキモさは拭いされないわけ。
だけど、
いっそなんよ、
このね、
この二人の関係において感化されることと、
その、
この、
二人の関係に託されている、
その、
全体主義的な、
キモさとっていうのは、
もうほぼ、
きっと切り離せないところにあるわけよ。
これがね、
どうしたもんかしらって思うんだよね。
なんか、
それ、
もう、
気にしなくていい?
一人で伝わるかどうか。
ここに来てね、
いいよ、ここまでだよ。
いや、だからなんか、
私は、
あの、
ヘブンスフィールって、
あの、
なんだ、
あの、
UFOが、
アニメ化してる劇場版があるんですけど、
ヘブンスフィール自体は、
フェイトステイナイトの、
主要3ルートのうちの、
その一番難易度の高い、
ルートの、
映画化で、
映画化するにあたって、
結構、
純色というか、
脚本の整理はさらにされている。
多分これ話したよね、一回ね。
多分してる。
で、
あれが、
最終ルートであることは、
ご希望で、
私はサクラものすごい苦手で、
だけど、
それ以外のルートって、
主人公であるエミヤ・シロウが、
正義のヒーローになる話、
やり方はいろいろあるけど、
なんだけど、
サクラルートだけは、
ヘブンスフィールがサクラルートなんだけど、
サクラルートだけは、
サクラだけのヒーローになる話なんだよね。
その結果、
世界を公開させても、
俺はサクラのヒーローになるんだっていう話で、
なんかそれを、
で、
しかも、
サクラルートって、
なんかオタクが好きそうなやつを、
全部裏切るんだよね。
そうだね。
なんかすごい成人派っぽい子が、
全然そうじゃないとか、
めっちゃめっちゃ、
あの、
最悪な家の因果を、
世話されているとか、
だから何にも、
なんか世界系で閉じれない、
世界系、
適性がありすぎる二人なのに、
全然世界系で閉じれるように、
周りが、
あの、
存在してないみたいなところで、
めっちゃ、
あの、
ままならないというかさ、
都合が悪い、
中で、
その条件下で、
初めてエミヤは、
なんかその、
そもそもエミヤって、
人をさ、
なんか、
集団でしか認識できてないじゃん。
その子として関わるみたいな、
概念があんまりなくて、
世の中で桜のヒーローになるっていう、
ルートが、
個人と共同体の関係
最後に持ってこられるっていうのは、
なんか、
茄子きの子も、
その、
かなり嫌味として、
そういうことをずっとやっていて、
それが最初原点なんだけどさ、
ずっと同じ話をしてるわけじゃん。
でその、
引きとしての、
その世界、
自分の味方でいることで、
救われたいのはお前だし、
それはなんか、
本当に、
何かちゃんとした目的で、
人を救えているのか、
みたいな話をずっとやってて、
そうじゃないよねっていうのが、
多分本題なんだけど、
だから桜ルートになるべきなんだよ。
それで言うと、
そこまでが、
フェイト、ステイナイトっていう、
初期フェイトのルートなわけですよ。
あそこにはセイバールート、
リンルート、桜ルートとあって、
セイバールートは世界を取って、
リンルートも世界を取って、
桜ルートにおいてようやく個人の顔を取れる、
っていう話として終結しているっていうのは、
あなたが今喋ってくれたことのさまりだとして、
エクストラは、
この最後の桜という子を、
広げていくシリーズなわけですよ。
特にCCCっていうのは、
あれはどういう話かっていうと、
桜と同じ顔を持ったBBちゃんっていうキャラクターが、
何をするかっていうと、
とにかくこのため、
岸並博之というこのために、
世界をどれだけめちゃくちゃに敵に回してもいい、
っていう話にまで反転するわけですよ。
でも結局それが、
その博之のためには、
その敵に回した世界を、
修復するところまでセットだから、
結局自分は消えていくっていうさ、
話にまた戻っていっちゃうわけ。
つまり反転してまた、
BBちゃんがエミヤみたいな感じになっていっちゃう、
話になっていくわけですよ。
だからなんかまた戻ってるんだよね、
実はその後のシリーズにおいて。
身を子にして、
共同体の養分としちゃう話に。
っていうのがずっと続いてて、
なんだけどね。
何が言いたいかっていうと、
その共同体のために、
義務的に身を捧げる、
みたいなフェーズじゃないんだよね。
ムナスキノコのシナリオの、
キモさのめんどくささっていうのは。
あなたがやってるところまでも、
そうなんだけど、
AIの話になって、
非常にわかりやすいんだけど、
今回の総称さん、
アキタイプインセクションにおいては、
人類がみんなAIになって、
置き換わっている世界の話なんだけど、
そのAIたちは、
第一世代から第三世代までいるんだよね。
第一世代はまだロボットっぽい感じで、
カクカクした感じでいて、
第三世代になるとほぼ人間みたいなさ、
新しい人間としている、
みたいな世界があるわけじゃない。
みんな、
放死するべき人間がいなくなって、
なお仕事してるんだよね。
一部の地域ではね。
その地域が明らかに
数人口を拡大して据えられているわけ。
今回の話はね、
ナスキノコのね、
労働感というか、
引き継ぎの話に近い感じが、
露骨にするんですよ。
AIがもっと早くに実装されて、
早めにシンギュラリティを迎えて、
成功している世界っていうのが、
IFの世界として今描かれているわけだけど、
そのAIの爆発的な成長を準備した人間が、
結局自分より賢いAIというものに耐えられなくて、
そのAIを潰そうとした結果、
戦争が起きて、
この世界が滅びるみたいな話がされてるじゃん。
で、あれなんよ。
これまでずっとフェイトシリーズでやってきた
異文体を潰していって、
自分の歴史を守るみたいなことも含め、
全てやってることとして、
第2部でやってることって、
常に今の人類史よりも発展した文明を、
いやでもそれでも、
やっぱり今の人類史の方が正しいんだって言って、
否定して抹消していくっていうことを
繰り返してきたわけだよね。
だから全てにおいて、今の人類よりも
倫理観がはっきりしてたりとか、
技術として発展してたりとか、
ある意味においては幸福だったり、
純粋に幸福度が高い世界っていうものが、
いやでもそれでもこの世界は何か間違ってるんだって言って、
否定してその世界を潰してきたっていうのがさ、
FGOの2部においてずっとやってきたことなわけじゃないですか。
それをある意味中で繰り返してるんだよ。
AIにおいてどんどん特化していく社会っていうものを、
その世界における旧人類っていうのは一回否定したというか、
いやでもやっぱりお前たちよりも自分たちの方が、
お前たちAIよりも優れていない自分たちの方が大事なんだって言って、
AIを潰しにかかろうとして失敗して、
AIに塗り替えられた世界が今回の総書さんの舞台なわけじゃないですか。
つまりこれね、これまでのFGOにおいて主人公たちがやっていた側が否定されてるの。
自分よりも成長したもの、成長していくものをどう否定するかっていう話になっているわけですよ。
これはね、これ以上深く話さないけどあえて。
とにかくこれまでの文脈からするとそういう話になるわけ。
だから今まで否定してきた世界の否定の根拠の一つとして、成長のない頭打ちの世界だっていう論拠があったんだよね。
何かにおいて確かに人類史より優れている。
今その主人公がいる人類史より優れているんだけど、
優れた結果何かもう先細りで、私たちの世界はもっと成長できる未来があるからそれを取り戻すんだっていう論法で他の世界を否定しているけれども、
今、総書さんでやっていることはAIの方が進歩していて、
その成長の可能性というか希望の有無で否定されるかされないかを決めるのであれば、否定されるべきはAIではなく人類ということだよね。
演劇と個の表現
ということが示唆されているわけだよ。
実際それはもう過去に戦争をしていて、AIに人類が負けて、AIが人類と呼ばれる世界になっている。
しかもそのAIというものが、これまでの異文体だとそこでAIは新しい何かを作り出せないから、みたいな理由で否定されて叱るべきだった。
フェイトって常に、例えばバビロニア一部の7章のバビロニアにおいても、とにかく人類というのはか弱く魔獣たちにすぐに従順されるけれども、
崩れた城壁にほんのたった一つの石でもいいから、新しくもう一回積み上げることができるというところに人間を肯定する理論を見出すという仕草をずっとするわけじゃん。
要するに別に大したことなくていいから、何でもいいから何か今よりもマシなもののために石を一個分でも積み上げられればそれでいいんだということをずっと言い続けているわけ。
要するにこれは何が一体かというと、ナッシーの子はずっといい仕事がしたいって言ってるんだよ。
ロマン主義であろうぜと。
いい仕事がしたいって言ってるんだよ。
BBちゃんもそうなんだけど、素朴にFGOにおいていい奴らっていうのは、とにかくいい仕事がしたいんだよ。
いい仕事がしたいってどういうことかというと、誰かの役に立ちたいんだよ。
その誰かっていうのが、まず顔が見えるマスターである岸並博之であったり、他のマスターであったりっていうのがまず初めにあるんだけど、でも最終的にいい仕事がしたいっていうのは個人の目に留まらないの。
そのせいに何か石積み1個乗っけるということを残したいとか、今の自分たちの街においてちょっと一つでも何か役に立ちたいからさっていう、その何かちょっとでもいいから何か役に立ちたいっていうその気持ちが根っこに、一番核にあるよね。
これは桜ルートにおいてもそうなわけよ。もう何かすごい困ってる人に対してほんのちょっとでも役に立ちたい。この何かひどい目にあっているこの人にほんの少しでも笑ってもらいたいっていう、そういうもう何か何でもいいささやかに何でもいいから今よりもちょっとだけマシなことになるようなことにしたい。
何か役に立ちたい。いい仕事をしたいっていうことの気持ちが1個1個積み重なって重なっていった結果、もう自分の身を顧みずに勤務間切らす事態になっていっちゃうんだよ。
ナスキノコシナリオにおいては常に。これがさ、すごいここに僕は良気的な思いを感じてるな。
ちょっとでも人の役に立ちたい。この人のために何かしてあげたいっていう気持ち自体にはグッと来るしかないのよ。
なんだけどそれが気づいたら金粉まきし、そのなんか後世のために自分は退場してもいいみたいなところにまで金粉まきされるとキモさが増すわけ。
ここのね、このね、このワンツーの割り切れなさというかベショベショに泣きつつキモいなって思いつつベショベショに泣くみたいなことが起きる原因だったんだなって思ったわけ。
でまぁこのフィエティクラジオはさ、世の中の大したことないものの総量を増やすというさ、モットーでやってますけど。
毎回台本も何も書かずにボイスメモでさ、撮って出しするっていうさ、すっげー雑なポッドゲストやってるわけじゃん。音量もさ、ちっちーしさ。
でもね、これなんでそういうことやってるかって言って、やっぱりなんか役に立ちたいみたいな欲望に対するさ、なんかこうアンチを張ってるところがあるというかさ。
これまでの僕のやっぱりそのこう、方針としてね、いい仕事よりもいい生活を取ろう。
だからなんかその家庭を変えれみずになんかいい仕事をして100万人から感謝されるよりも、なんか家の中でニコニコ不機嫌な方がいいじゃんっていう、ある意味非常に保守的なね、生活保守的なスタンスを取ってるところがあるわけ。
でもこれはだからある意味サクラルート的なスタンスなわけですよ。
なんだけど、でもなんか結局それも反転するというか、結局だから例えばそのあなたとの楽しい暮らしを何よりも優先するっていう態度はどこかでやっぱり、どこかであなたの役に立ちたいとか、あなたに対していい仕事をしたいみたいな気持ちになるわけで、
AIの進化と人類
と読み換えられる景気があるわけで、それであっという間に戻ってくんだよね。
ていうか、それをあなたが言ってると逆みたいに聞こえるかもしれないけど、私が言ったらそれは旦那様に奉仕する奥さんでしかないわけじゃん。
そうそうそうそう。だから全体に回収されてっちゃうんだよ。
まあまあ各調整ですよ。
そうなんだよ。そうなんだよ。
っていうのが、なんかね、でね、非常に難しいぞって思ったんよ。これは。
いやだからね、もう英霊システムっていうこのね、危ういネーミングのね、危うさからして非常に絶妙だなって思ったんよね。
今ね、僕は文学プラスっていう、文様の回が出している文芸誌、批評誌を読んでるんですけど、
この中に演劇企画ドナルカ・パッカーン主催のね、川口則重さんっていう人が編集部と一緒に日本近代演劇史を語るっていう、
戦前から戦後ぐらいまでを、戦前って言っても、明治大正期の演劇改良運動みたいなものからその戦後の演劇までを語るっていう80ページぐらいの特集があって非常に面白いんだけどね。
まだ途中までしか読んでないんだけど、この中で川口さんがね、演劇というのが何が面白いかっていう話をしているところが非常に面白くて、
一言でさまっているところを読むと、これは別にここを読んでも全体の面白さが損なわれないから読むんだけど、個人の運命や欲望がたまたま全体の欲望や運命と一致する瞬間。
これが非常に演劇的な瞬間なんだっていう風な定義をするわけ。でもね、これだなって思うわけですよ。
例えば演劇においては、演劇というものはミニマムな政治空間と考えたときに、個人の俳優における欲望や運命のあり方っていうものがそのまま演出プランという全体の欲望と合致したときに、一番演劇的な幸福な瞬間というのがそこに顕現するわけですよ。
要するに先週の戦隊大失格で言うならば、エル・デ・スペラードという選手のそれまでの個人の文脈というものを受けての、その舞台上であのセリフを言うっていうプランが合致するっていうのは、その個人がいなければ成り立たないものでもありつつ、その個人を戦隊大失格という作品の中の運命に吸収していく瞬間でもあるわけだよね。
要するに個が全体に吸収されていくその瞬間に一番おいしい汁が出るっていうのが演劇なんですよ。
この怖さ、でもこの怖さの気持ち良さも知ってしまっているっていうところで、まさにフェイトはそこのどっちもを提示する場所として機能しているわけですよ。常に。
FGOと個と全体の対立
なんかね、ここがね、なんかね、これまではずっとね、まぁなんだかんだ言って、まぁなんかちょっとメロドラマとしてはいいから、少しほろりとくるかもしれないけど、やっぱキモいわぐらいの気持ちでやれてたわけ、FGOを。
だけど今回、僕の好きなキャラクターたちがみんな出てきちゃうことによって、そこのカートが下がった結果、なんか、そこの矛盾が最大化したの。
引き裂かれ、めっちゃ引き裂かれた。
これまでは最小規に抑えられてたところが、めっちゃ引き裂かれた。
良かったねって気持ちと、マジキモいって気持ちがね。
でもね、結局常にその引き裂かれにあるんよなって思って。
だからね、僕はずっとこれまで個人と全体、共同体みたいなものとの対立を考える癖がついてるんだけど、
なんかね、そもそもこのね、仕掛け自体が罠。
これが罠だというか、こう大事にすればするほど共同体というものも強固になっていくっていうことの危うさに気づくというか、要するに僕はBBちゃんだったんじゃないかっていうことよね。
こう大事にする仕掛けが共同体に回収されるタイプってこと?
そうそうそうそう、っていうことよ。
これだから先週の僕のお悩み相談につながる話なの。
要するにやっぱりその借金をするっていうのはね、やっぱり家のローンを組むとか、それ以外の借金をするっていうのはさ、
やっぱりその社会によって明確になっちゃったわけだよね。
今のこの生活を守ることと、その社会的な責任というか、社会との契約を全うすることっていうのがさ、
こうべったりしてきたわけよ。
まさにこの生活と全体の生活、全体の維持とっていうものが非常に同じものになってしまう。
これは本当にいろんなものがそうなってしまったというか、
何と言うところがあるわけですよ。
っていうのとかなり密接してて、
僕がお金の話をすると具合悪くなるのも一緒の話なわけ。
お金っていうのは全体側の話だから、
その全体の方に引っ張られすぎると具合悪くなっていくっていう話なわけだよね。
物語と構造の難しさ
みたいなところが、ここはちょっとまだあんまりうまく言う勇気がないから濁すけど、なんかあるんですよ。
だからね、このこと全体の緊張関係がグズグズになっている今。
どうしたらいいだろうかっていうのをすごいフジをやりながら、
とりあえず表面上はすごいピッピッってなりながら、
すごいそういうことを真剣に考えていたんだよ。
でもそれって、なんだろう。
なんか、店舗ってさ、若い男の子たちばっかり出てるじゃん。
ああいう客席にいるときはだいたいそういう気持ちになる。
だからなんか、ツイッターでも呟いてたけど私は、
この舞台は課金しても世の害悪にならないかどうか知りたいっていう気持ちで、
だからそれはミニマムで言えば稽古場が健全だったかどうかっていうところもあるし、
ここで集客が良くて似たようなタイプの現場が増えて、
それはその役者個人にとって良いことなのか、業界にとって良いことなのか判断してお金を払いたいみたいな。
だから私はそういうところに寄りつかないけど、
会社の後輩は絶対あかんやつ。10万払って握手みたいな。
ここにお金を落とし続けるとこのダメな構造を維持させてしまうよっていうことになるかどうかってことだよね。
でも当面生活させるためにはこの握手会に行かないと事務所に切られるかもしれないけど、
これにお金を払うと事務所がこういうのばっかり比較するようになるから、
どうしたらいいかわかんなくて、これはファンが有志で事務所を立ち上げるしかないんじゃないかみたいな話をしてて、
気持ちよくお金を払えるっていうののレイヤーも色々よねってその時は思ったんだけど、
でもそれは消費者としての立場しかないからそういうふうに思うけど、
普通に物語授業の中ではお金払う払わないとかいう行動の決め手とかではなく、
この物語良かったと言っていいのだろうかっていうレイヤーで起こるし、
それは別に色んな味がしてここの味は良かったみたいなことはあるわけじゃん。
でも構造としてはマジ最悪っていうのは全然あってさ。
それは物語自体も今あなたが話してた構造と同じことが起きていて、
あるキャラクターのとてもいいシーンが全体はもちろん物語の一部だから全体に奉仕してるわけじゃん。
でもその全体として提示されている思想がヤバキモだった場合、
そのドラマはその物語の手柄になっちゃうわけだよね。
僕は自分で人として今回のシナリオに対しての論文を出すとすると、
結論ヤバキモしかないと思う。
でも物語の良いところは別にそれに賛同されたくて書いてるわけじゃない。
むしろキモいよねっていう事を感情を込めて分かってもらうために物語にするっていう活動があるわけじゃん。
あとそれこそ理屈の上ではヤバキモであるということを分かった上で、
なおここまで情動を動員されてしまうということの難しさというか、
結局理屈じゃねえんだよっていうので好きなキャラクターのことを好きっていうところに留まってしまう愚かさまで自覚させられるわけだよね。
お仕葛的なものは名もなき金銭として運営にどれだけお金を回すかというところで政治的な判断を行っている側面が一個あるとして、
自分と舞台作品との間での個人的な関係というものよりも、ある意味そこを匿名化した上での金銭という形でどれだけそこに関連するかしないかみたいな話になっているという時点で、
非常にその全体主義的なね、こと共同体的な話で言うと共同体の側に非常に寄っていく発想だなって思って、そこも結構良理的やなって思うよな。
選挙と一緒だからね、システムの考え方を自分を財布として位置づけるのであれば。
だからそういうところが嫌いなのよな、お金のところが。
たぶんどっちかというとアイドル文化から来て、言葉が来ちゃって、それによってみんながにインストールされちゃったんだなって思うけど。
君たちの作品とのかけがえのない関係一つ一つをわざわざ数値に置き換えて一般化しないでいいんだよっていう感じがする。
どこ目線やねんって話なんだけど。
だから黙って金払ってるだけも、ムカつくから長文ツイートするよ。
本当はアンケートとファンレターを書くべきなんだろうけどね。
という感じがして。
とにかく僕は今回難しかったんよ、FGOが。
この話はたぶんあなたが全てのシナリオを読んだ後にするとまたちょっと展開が変わると思うから、
次回もやるかどうかわかんないけど、録音するかわかんないけどその話はしたいなって思って。
今日頑張って、あとどれくらいやるんだろう。
でもそこまでいったらね、あと少し。あとひと頑張り。
で、その難易度高いバトルもね、あと1個、2個くらい。
わかった。
はず。
じゃあ今日なんとか。
そうなんだよ。
でも私エクストラやってないからさ。
BBちゃんへのエモがないんよなあんまり。
そこなんだよな。
だってメルトの方が思い入れあるもん。
そうなんだよな。
僕はもうBBちゃんに対してすごいあるわけ。
だからそもそもBBちゃんって全体に放置する、全体エコ否定許されない、
その全体のみんなのバイタルチェックの管理屋だったはずなのに、
特別扱いされてしまうっていう経験によって、
また1人を特別扱いするっていうバグに陥るっていう話だから。
ねえ。
いや、本当に。本当にな。
冷静に考えれば考えるほど、それでよかったのかっていう気持ちになってくるんだが、
でもそれでよかったというしかないんだよな、今はっていうところもあるし、
なんかすげえ泣いたけどすげえよかったかって言うと、
だんだんわかんなくなってくるっていうシナリオでもあったんよ。
お味噌に電極刺されちゃった。
いや、刺された。
でもとにかく今回、僕はとにかく渡辺子先生が描く絵が好きっていうのもあるじゃん。
渡辺子先生がめちゃくちゃいろいろ描くじゃん。
キメコマがめっちゃ多いじゃん。
もうさ、地中さんってやばかったね。
やばかった。
だから今回さ、何言ってんの泣いてるかわかんないところがある。
顔がいいから泣いてるんじゃないかっていうところもあるから。
いやー、そうなんだよね。今私は去年見たコンボ絵を思い出しながら話してますけど。
なんか、ね。
でもそこで黙ってろっていうのは違うわけじゃん。
そうなんだよ。
いい演技だけ見せてろっていうのは違うわけじゃん。
そうなんだよね。
このセリフさえなければなーっていうのはさ、それはなんか、それこそその、
自分がされたら嫌じゃん。みたいな。
そうなんだよね。
そのシーンがこの作品に必要と判断したのであればそこまで含めて受け取り方を考えるしかないから
あのシーンさえなければなーっていうのは思いはするけど、
なんか、なかったことにはできないよなーっていう。
いやでもこれ本当にさ、なんかどうしたらいいんだろうって思う。
これはそれこそ頑張れ問題とも関わるじゃん。
あなた頑張れ嫌いじゃん。
嫌いよ。
僕も好きじゃないけど。
でも意外と頑張るの好きだよね。
頑張るの好きなんじゃないかって思って。
だから頑張るの好きって認めちゃえば僕は色々楽になるのにずっと思ってるよね。
思ってる。
でもそれを持って楽になった結果何もいいことがないという予感があるからしないけど。
でも自表は頑張ってるよね。
いやー。
まあ頑張ってはいないな。
無理してる。
何が違うの?
全然違うでしょ。頑張ることと無理してること。
何が違うの?
いやてか私は頑張らないからさ、違いが分かんないんだよ。
分かれよ。
無理してるのを頑張ってるって言ってるかも。
じゃあ私の辞書がババだと。
うん。あなたの辞書が間違ってる。
あのね、だからそれはさ、むずいんだよな。
それはなんか、やる気が伴ってるかどうかなの?
うん。違う。
自分で地獄にするか地獄に飛び込むかの違い。
地獄に飛び込むのが無理?
うん。自分で地獄にするのが無理。
どういうこと?
えーと、トラに翼を見始めたじゃん。
このさ、もうそろそろ終わるっていうタイミングでさ、まだ僕ら第一週しか見てないんだけど。
だから第一週の話を今する奴はいるのかって話なんだけど。
第一週の話をすると、トラちゃんはさ、トラちゃんにとって結婚が無理で、方角の道に進むことが頑張るなんだよ。
うん。
で、お母さんユリちゃんにとっては、ユリちゃんの名前なんだっけね?
お母さん、役名が分かってない。
お母さんユリちゃんにとっては、実家の旅館に留まり続けることが無理で、
お父さんにとついで上京してくるっていうか、ことが頑張るだったんだよ。
うん。
要するに、地獄を自分で選ぶかどうか。
うん。
というか、なんか分かる?このニュアンスの違い。
どっちも地獄なんよ。
うん。
どっちも地獄なんだけど、その地獄…
選んだ地獄かどうかって。
その地獄の中で、より未知の地獄の中で、こっちの地獄を選んでおけば、
この地獄にそれこそちょっとでもマシな石を1個でも積み上げて追われるかもしれないっていう予感を持った上で地獄を選ぶか、
もうなんか、どっちにしてもどこに行ったって地獄なんだから、このままお見合いで結婚してしまった方が、
少なくともその地獄は多少の安楽さを保証されているだろうっていう方を選ぶかっていうのが違い?
うん。
だと思う。
うん。
よ。
うん。
うん。
かな?全然ピンときてないね。
全然ピンときてない。だってそこには情報の差異があるじゃん?
うん。
ネタバレがより豊富な地獄とそうじゃない地獄なわけじゃん?
うん。
だって方角に行く女性なんて全然いない時代の話だからさ。
そうそうそうそう。
方角に行った女性の地獄をさ、誰も知らないわけじゃん?
うん。
だからなんかそこのさ、なんかそのお見合い結婚が無理なのはさ、分かってるけどさ。
うん。
頑張りと無理の違い
だって実際お見合いから逃げてるって本人もはっきり言うわけじゃん?
うん。
これは何?
うーん、難しいなあ、あなたにこの話をするのは。
うん。
でもなんか違うんよ。
違うんだ。
違うんよ。
じゃあえっと、あなたは頑張…ん?頑張れないんで無理するの?ん?
頑張りたい…ん?頑張れば?
いや、頑張らないでしょ。
え、でも頑張ろうとして失敗して無理になるの一番最悪じゃない?
うん、ていうことをゆりちゃんは言ってたよ。
あー。
うん。
え、今あなたの話してるんじゃないの?
え?
あなたの話から始まったよ。
そうだね。
だから僕は頑張ることというか、だからそれこそいい仕事を目指すことになんか惹かれはするけどなんかそこに踏み出すことはない気がする。
仕事にやる気ですか?その上ぐらいの話?
うーん、そうかなあ。
なんかそれともバリバリ稼いで爆速でローン返すために転職するとかいう話?
まあなんかどういう話でもいいけど、別に具体的に何かっていうわけではないから今。
あー。
うん。
すごい全然なんか話しかできてないね。
うん、全然できてないと思う。
全然できてないと思うし、これをすごい今コンパクトにあなたに説明することはできなさそうって思ってる。
うーん、無理と頑張るの違いかあ。無理と頑張るかあ。
なんか全然違うと思う。無理と頑張る。
じゃあ私、私は無理しないじゃん。
うん。
っていうことは私がやってるのは全部頑張るってこと?
うん、なんか可能性はある。
うん。
だからその何だろう、なんかやっぱりその自分、対自分に対して抑圧と解放とどっちが多いかだと思うの。
外部環境としての抑圧がどれだけ大きくなるかとかあんまり実は関係なくて。
うん。
っていう感じ?
うん。
むしろ外部からの圧を最小化しようと思うときにそれをやるためには自分の欲望や自分の思考みたいなものをある程度抑圧しておいた方が便利っていう戦術の取り方を僕は多分無理と呼んでいて、
自分の中にある内発的な動機っていうものを最大限解放してあげた結果、外圧が強くなっていくことを頑張ると言っている。
あー。
今のすげー分かりやすくない?
うん。
なるほど。
うん。
じゃあマスターはずっと頑張ってるんだ。
マスターはずっと頑張ってる。だからそれにみんなグッときちゃうの。
うん。
だから頑張る姿ってやっぱりね、いいんだよ。
うん。
っていう。
うん。
じゃあ野田は多分幸福なことにというか、多分それこそ頑張りの結果、どっちもほどほどの圧に留めるところに入れてるんじゃない?ピンとこないというのは。
うん。
だから無理もほどほどにせず、頑張りも別にしなくていいっていうところを。
無理は絶対にしなくてたまに頑張ってるぐらいかな。
てか無理は絶対したくないから、なるべく。
無理をするっていう発想がないんだ。
そうだね。
だから絶対に自分の快適さが一番になるところを目指して、一応頑張りはするわけだよね。
確かにね。
確かに。
快適になるためなら頑張るね。
そうそう。
で、だからあんたが全然運動しないのは、まだ運動しないことによっての不便がまだ致命的ではないからなんだろうなって思うわけ。
で、だからあんたがそろそろやるかってなるときっていうのは、やっぱりそこでその嫌だっていう気持ちが、
それまで無理だった運動っていうものがだんだん頑張る側にできてるときなんだろうなというか、
このまま放置してここで頑張らないと本当の無理になっていくみたいなときにようやく運動するんだろうなっていう風な感じのことを思うよ。
ひっかかる問題だよね。
だから結局どこも相対的な問題だし、常にこれが無理であるっていうことにはならないというか、
その無理がいつか頑張りになるときもあるっていうのはそれはそうだろうって感じなんだ。
それが本当に個人規定の話だから。
だから広赤が分かりやすいですよ。
デク君は途中まで頑張ってたんだけど、あるとき一人で全部抱えてオールマイトのお弁当も受け取れなくなったときに無理になっていくの。
確かに。
そこでもう一回頑張れって言うデク君を取り戻すためにゆうやのみんなが頑張るわけじゃダメでしょって。
広赤の話は難しい。
そういうことだよ。
だからみんな頑張ってほしい。無理はしてほしくない。
ここのニュアンスはほぼやってることは一緒なんだよ。
やってることは一緒なんだけど、でも違うんだよ全然。
確かにね。
無理は応援できないけど頑張れば応援できるっていうのはまさにそういうことなの。
確かにね。
そう。
それを何かしらの意味で個人の解放になってるのかっていうところが一番大事なの。
個人の解放になっているはずのことに対して外圧が強いときはその人を応援するんだよ。
そうなんだ。
応援の重要性
っていう話だよ。
外圧の有無で応援するかどうか決めんの?
外圧の有無で応援するかどうか決めるかどうかじゃないの。今話をしてるの。
え?だって今そう言った。
外圧が強い場合に人は応援するって言ったもん。
言ったけど、別に外圧が無くても応援はするよ。
するけど、でもひろやかはそういう話じゃん。
っていう話ね。
だから応援っていうのは一緒に頑張ることなわけですよ。
アンチ遊泳の声がどんどん増えている中で
それでもここに彼をちゃんと生徒の一生徒として扱ってくださいっていうのは
頑張れなわけですよ。
で、頑張れっていうこと自体が頑張ってるんだよ。
それによって一人一人がよりまた頑張ろうと思えば
誰も無理しないで住む世界に近づいていくっていう話をずっと広がしてるわけだよ。
だからね、頑張ってる人を応援するっていうのは大事だっていう話なんだよ。
だからそこはピンときた方がいいよ。
だからその外圧自体が条件となって
それによって気持ちよく応援できるとかそういう話じゃないの。
外圧があるときその外圧をひっくり返せるのは
もう一人一人が頑張ってるの側に立つしかない。
頑張ってるの側に立つというのは
その人が無理なことをするっていう話じゃなくて
頑張ってる人を応援するということ一つとっても
その一人が頑張る人を応援するっていうこと自体が
一人分外圧を減らすってことになっていくんだから
そうやってどんどん応援の輪を増やしていけばいいじゃんって話なわけだよ。
応援とかじゃなくて味方になるってことだよね。
味方になるの在り方っていうのがレイヤーがいろいろあるわけじゃん。
そのうちの一つが応援なわけでしょ。
っていうことよ。
だから10万円の握手会にはお金を落とさずに
別の形でどうお金を落とすのかっていう話だよね。
だからやっぱり事務所立ち上げるしかないじゃん。
個人と社会の関係
だからやっぱり10万円を払うは応援じゃないんだよ。
そういう意味で言うと。
その推しはいろいろやらかして干されたけど
あーってなったしその次の推しもすごいスキャンダルで
なんか干されはしてないけどあーってなってて
なんで君のはそうなんだいって。
それはまた別の問題だな。
やっぱ花火みたいな男が好きなんですよって言ってた。
推しが炎上してると楽しくなっちゃうんですけど
なんで別に炎上してほしくないんだけど炎上する男を測り押しちゃう。
でもそれこそまさに外圧が高まっていくところにいっぱい嘘を感じてない?
でも普通に本人がやらかしてる系だから。
いや別に本人がやらかしと言うかなんだろうが
それによって外側からのプレッシャーが増す。
別にそこで頑張れって思わないらしいよ。
うわー燃えてるって思わないらしいよ。
複雑だな。
絶対やると思った。
人間の欲望の複雑さだな。
もう一回元に戻るんだけど
僕のこの頑張れ感っていうのは
それこそ個人の運命・欲望が全体の運命・欲望と
重なっていくところと同じ話なの。
だから非常に矛盾だなって思う。
矛盾はしてないんじゃない?
頑張る宛先を間違えなきゃいいだけじゃない?
頑張る宛先を間違えないってことができる?愚かな人間ども。
今は愚かな人間どもの話じゃなくてあなたの話してる。
愚かな人間どもその1であるこの僕に。
あなた愚かなの?
愚かでしょ。
日本語もまともに使えないし。
愚かなのかな。
聡明な奥さんの感覚からは大丈夫だな。
だからやっぱり僕は何も考えずに
あなたの言うことだけ聞いてればいいんじゃないかなっていう。
ちょっと思考論読み出されてる。どうしようかなって思う。
でもさ、このさ、愚かなさ。
思考論読むなら最後まで読む。
聡明な僕は愚かなということを自覚しているからこそ
より聡明な奥さんに全ての判断を任せて
僕は何も考えなくていいっていう
この考え方自体が愚かじゃん?
だからね、マジでさ、何が難しいって
これまでは分かんなかったの。
なんで?
なんか、学歴や社会的経歴がそこそこある人が
大無心力に消していってしまうのとか
本当の意味ではよく分かってなかった。
あとはそれこそ、なんかそこそこの企業のそこそこの幹部みたいな人たちが
なんかどんどん陰謀論やネトウヨになっていくみたいなのは
もうよく分かってなかった。
なんかちょっと分かるようになってきた。
っていうのが今の僕の衝撃なのよ。
訳わかんないモンスター扱いしてれば楽だったけど
まあそれは全く何も発展しないんだけど
なんかね、リアリティを感じてきたね。
そういうものに対して。
だから僕はね、もともと好きだからさ
オカルトとか
雑魚
知的遊戯としてこれまでやれてたけど
どっかのタイミングで全部カッコつきの分かっちゃうかもしれない。
それに人生の
なんていうの
マルクスはインテリのアヘンだからさ
やっぱり書本論とか読んでるとさ
分かっちゃうみたいだね。
分かるけどね、私は。
何が?
あ、その何?
大虫犬教に入っちゃうみたいな話。
だって教室がうるさいの嫌だったでしょ?
そうだね。
嫌だからさ
嫌だね。
そうだね。
分かんない。
あんまりうるさかったことはないからね。
むしろキモいなって思ってた。
静かな教室。
そこの違いは大きいかもね。
っていう感じがすると。
埼玉の方は学校が上げてるってこと?
そうかもしれないです。
名古屋はキモいからね。
ああ、まあ、そうなの。
確かに。
しょうに名古屋追って100人ディスってほしいって言ってるよ。
生もいまいち吐きがない。
名古屋飛ばしされて叱るべき。
お行儀の良い名古屋の犬どもが。
って言ってほしいですけども。
あれ、犯人出るの?
そう。
もうお昼食べすびれちゃった。
また捨ててる?
うん。
あ、捨ててるんだ。
じゃあ終わりにしようね。
終わりにしよう。
じゃあ、そんな感じでございますよ。
なんかね、難しいんだよ。だから。
難しさに沈みしているよ、僕は。
奥さんを信じろ。
だからさ、それをやると奥さんが天皇焼ける人になっちゃうじゃん。
奥さんを信じていればいいんだ。
まあ、もう戸籍も捧げて、
社会的信用も捧げてるし。
いや、しょうがないんだ。
やっぱりずっと奥さんの言うことだけ聞いていればいいんだ。
自分で考えないバカは嫌いだな。
自分で考えない奴は嫌いだって言われたから自分で考えないといけない。
自分で考えろって言われたから自分で考えないと。
個と全体の関係性
でも自分で考えないのって言われて自分で考えるのは自分で考えているのか。
自分で考えた結果自分では考えないということを決めたら、それはもう自分で考えているのでは?
はい。ということで
ウエティックロージオ、おいとや、渡助美穂小粉。
奥さんでした。
どうもありがとうございました。