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#100 モネはなぜ同じ対象を描いたか、筆触分割が生まれた所以 / 小林秀雄『近代絵画』朗読解説その3
2026-03-28 18:07

#100 モネはなぜ同じ対象を描いたか、筆触分割が生まれた所以 / 小林秀雄『近代絵画』朗読解説その3

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今回は、小林秀雄さんの『近代絵画』

日本でも人気の19世紀の芸術家8人の列伝。
ボードレール、萌音、セザンヌ、ゴッホ、ゴーガン、ルノアール、ピカソ。
ぜひ美術館にいく前後に聴くと良いかもしれません。
絵画と親しくなれる言葉が詰まっています。

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サマリー

本エピソードでは、印象派の画家モネが光の輝きと色彩の移ろいを捉えるために「筆触分割」という技法を生み出した経緯を解説します。モネは、光こそが実在であると考え、色彩を混ぜずに細かく並べて描くことで、明るく鮮やかな光の表現を追求しました。この技法は、音楽における音の展開のように、絵画における色の展開を重視する新しい絵画観へと繋がっていきました。

モネの光と色彩への探求
そしたら続いて、モネに入っていくんですけど、モネですね。あの水蓮、たくさん描かれた。
印象派の代表的人物ですけれども、このね、モネっていうのは、
でもさっきの流れを組んでるんですね、もちろん。
でね、ちょっと早速読んでいきますよ。 モネの大事なところ。
モネは風景の至るところに色が輝くのを見た。 影さえ様々な色で震えているのを見た。
これらの輝く色は互いに相応じて、相映じて、
部分色を否定し、物の輪郭を消し、絶え間なく調子が変じて移ろいゆく、そういう印象こそ、
目に見える景色の最も直な真実な姿であると見た。 そういう効果を画面に出すのに。
彼が用いた方法は、色彩上の色の分割の方法であった、っていうところなんですよ。
これ有名なお話なんですけど、モネっていうのはもう、光こそ実在だっていう、
光こそを描かねばならないっていうことになったわけですね。
色っていうものは、光が反射して見えているものだから、
こんなに鮮やかな色も、実は光から生まれている。
光こそ実在なんだ、と思って、 光を描こうとしていった、という人なんですね。
景色とかが絶えず、絶え間なく変化して移ろいゆくっていうものを、その瞬間を、
彼は絵に表したかったんだけども、その時に生まれてきたものが、
色彩上の色を分割する方法であった、という。 これが、筆色分割っていう言われる技法で、
印象派の人たちが多く用いた技法なんですよ。 合法も筆色分割を取り入れているんですけれども。
具体的にどういう方法なんですか?
筆色分割っていうのはね、 赤と黄色を混ぜるとオレンジができるじゃないですか。
でも、そこを混ぜずに、赤と黄色を並べて、細かく並べて描くと、遠くで見るとオレンジに見えてくるっていう、
こういう絵の描き方をしているんですよ。
ブラウン管のテレビみたいな感じですね。
筆触分割の技法とその効果
そう。
で、なんでこういうことをしてるかっていうとね、
色を混ぜれば混ぜるほど、だんだん暗くなっていっちゃうじゃないですか。
色を混ぜていくと、光が吸収されていくから暗くなっていくわけですよね。
でも彼はその輝いている、色が輝いている様を描きたかったから、
そうなるとなるべく混ぜずに描いたほうが明るい絵が生まれてくるわけです。
なるほど。吸収されないんですね。
うどまないんだ。
こういう技術っていうものは、
モネが生み出したということではなくて、
実際モネの前の画家たち、ターナーだったり、ドラクロアだったりも、
実は現れてたりしてはいるんですよ。
そういうものを着想にして、それを徹底的に極めていったのがモネだったっていう、
そういうことなんです。
この話聞いたときすごいなと思って、
こうやって新しい技法が生まれてくるのかと思って、
なるべく基本色だけで描いてみるとやってみたいですね。
そうやってみたくなってくる。
そうですよね。本当にそんなことできるのかな。
本当本当。
音楽と絵画の相関関係:色の展開
いやー、なんか摘み藁っていう作品が出てきてて、モネの。
こんなのちょっと描いてみたいっていうか、こんなに美しく光が、
方向が差してるみたいな表現。
でもその、混ぜると淀んじゃうから、
一色分割でやってみるとこういう光が描けるんだとか、
ちょっとやってみたいと思っちゃいますね。
絵の道に、学びでも絵の道に進んで、
学んだ人はこういうことも試したことあるかもしれないけど、
普通に小学校中学校ぐらいの図工とか美術ぐらい、
簡単なものしかやってこないと、
こういうことを試したりとか追求したりみたいなことをせずに大人になっちゃってるから、
こうやって大人になって出会い直すと、
新たな興味じゃないけど、
伝えてもらえますね。
坂崎オツローさんっていう方がね、
絵とは何かっていう本の中で書いてあったんだけど、
やっぱり最初は真似してみるといいんですよっていうことを言ってくれててね。
で、真似してみると、
ようやく描いた画家と迫ることができて、
あれ、なんでこここういう風に描いたんだろうってなってくるし、
ここ、こんな風な色出てこない。
モネの絵画が伝えるもの
どうやってこんな色出したんだろうとか、
同じように描けないってことをまだまだと感じる体験になってくるし、
いろんな疑問が出てくると、
だから真似するのはいいんだっていうこと言うわけですよ。
そうやって真似したりとかして、
自分の中でいろんな体験が積み重なってくると、
やっぱりそれを突き崩して新しい概念に
チャレンジすることの凄さみたいなものも、
いいそう感じますよね。
いや、本当にね、
自分の絵ってものを確立していく過程っていうのはすごい話ですよ、やっぱり。
やっぱ写真が大きいと思いますけどね。
ピカスとかはやっぱり写真があったから、
画家が画家に立ち戻れる機会になったんだってことを言ってて、
本当にそうだと思うんですけど、
そこで自分の、ピカスももうめちゃくちゃ変わっていくじゃないですか。
時代時代によって作品が。
なんかその連続。
エピソードのまとめと推薦
なんか最近僕、日本の画家たちもいろいろ見ていってて、
細木裕三っていう人なんかはね、
若い頃すっごい上手く絵を描いてるんですよ。
でもパリに行った時に、
お前の絵はアカデミックだって言われたことをきっかけに、
それはつまり教科書通りに描いてるっていうことで受け取ったと思うんですよ。
そこからものすごい歪んでくるんですよ。
うわーみたいな。
その戦いの跡が見えるんですよね。
もうね、もう本当にこれどうやったらこの美しさを描けるんだろうって、
この鶴井裕久様の部分を描けるんだろうと思って、
この筆触分割を極めていったっていうね。
何事にも通じてきますよね、きっとね、そういう。
まずは魔法から入って真似して、
高めて、あるところで今度一旦それを壊しにかかって、
自分でいいものを確立していくみたいな、そういう道?
自分も変化していくし、時代も変化していくから、
一回確立したものをまた潰してまた作っていくみたいなね、ピカスとかだとね。
ある時代に生まれた運命みたいなものも当然影響してくるし、
大きなドラマっていうか。
これもうちょっと読んでいくと、
印象主義によって解放された光の新しい意識は、
画家たちを今まではっきり感じたことのない、
音楽と絵画との相関関係の意識に導いたことは否めない、
ということを言うんですよ。
急に音楽と絵画との相関関係という話をしてくるんですよ。
もうちょっと続きを読むと、
光を浴びたルワンの寺院って、
ルワンの寺院っていうモネの作品があるんですね。
光を浴びたルワンの寺院は、
時刻によって化け物のように姿を変える。
時刻によって大気のうちに、
オレンジとか青とかの主導的な色が現れるのであるから、
風景を描くとは、この主導的な色彩の反映を展開させることだ。
それはちょうど音楽家が、
そなたのあるテーマを展開させるのと同じ性質のやり方である。
したがって音楽家にとって、
音楽の観念とは音のハーモニーを持った展開自体を指すように、
画家にとっては、絵の観念、すなわち色の展開である。
はっきりした表現の対象を持たぬ音楽家には、
そういう音自体が意味を持っているという考え方は自明で自然なことであったが、
画家は色自体が意味を持つという考えには慣れていなかった。
ってことを言ってるんですね。
これ、ちょっと分かりにくかったと思うんで、
即していくと、
モネは同じ絵を何枚、同じ対象の絵を何枚も何枚も描いてるじゃないですか。
積み藁もそうですし、水泥もそうですし、
このルアンのジーンも、
時間によって朝昼晩とか時間によって描いてるんですね。
この近代以前の絵画っていうのは、
対象物が大事だったんですよ。主題が大事だったんですよ。
でもそうじゃないって話をしてきましたよね。
だからモネにとって対象っていうのは、
同じでいいんですよ。対象が大事じゃないから。
でもこの時刻によって、内緒は季節によって、
あまりにも移り変わっていくこの変化の様に美しさを感じて、
その光の変化を描きたかった。
だからずっと同じ対象のものを描いてたんですよね。
で、それはまるで音楽のようなんだって話に入ってくるんですよ。
そなたって変装していくそなた形式っていうのは、
起承転結があったりするわけなんですよ。展開があるわけなんですよね。
だからそれと同じように、色によって色の展開をつけていっている。
ことが共通しているだろうと。
音自体に意味が持っているっていうことは何となくわかるんだけども、
画家たちにとっては、やっぱり色自体が意味を持っているとは、
そういう発想にはなかったんですよ。
やっぱり主題なんですよ。何が描かれているかっていう。
でも、色自体こそ大事なんだ。そこにも意味があるんだってことには、
なかなか思いも呼ばなかったんだけども、
この盆になってくるとそういうことがはっきり出てきたと。
だからすごいことなんだってことを言ってるんですよね。
音楽が音そのもので感動させるかのように、
絵画は色そのもので感動させるようになっていってるんだっていう。
これはそうですね、日本人はやっぱりモネの絵好きですもんね。
モネの絵に感動しますもんね。
何枚も何枚もスイレン描いて、
なんでそんなスイレンばっかり描いてるの?って思っちゃうんですけど、
むしろ同じ対象の方が良かったんですね、モネにとってはね。
だからスイレンの中にも、和音で言うと蝶々みたいなものとか、
丹蝶みたいなスイレンもあったり、
そういうものを色々試したかったんですよね。
そうなんです。
違いというか。
そうなんですよ。
そういう発想ないもんな。
白いところ。
だからモネの絵なんか見てると、
物事って常に変化していくんだってことの
断りを教えてくれてるっていうか。
なんか一回見たから見たんじゃないんだよとかね。
そこに隠されてる美しさとかも語ってくれてるし、
モネの絵はいろんなことを語ってくれてるんだよな。
なんか一枚描くのもそんなになんていうか、
パッとできるものじゃないじゃないですか。
ここにこう、なんていうの?
これを重ねて、やり重ねていく?
数重ねていっぱい作るって、
なんかこう、すごいことだよなって思いますよね。
なんかやっぱり見る目が変わっていく感覚が
自分の中にあって嬉しい。
だからモネの絵を前にしてね、
スリーレン、スリーレン見たことあるよっていうか、
スリーレン、またスリーレンみたいなことじゃないんですよね。
一つとして同じ絵はないし、
一つとして同じものはないんだってことなんだから、
常に新しい見方で現実のものを受け止めていくっていうことを
教えてもらえる絵なんだと思うんですよね。
そんな風に見たことなかったから、
ぜひ出会うのが楽しみ。
じゃあちょっとモネはここまでにして、
ポートレールとモネも10ページずつですよ。
短いんですよ。
すぐ読めちゃうんで、
よかったらサクッとね、
もう本当に美術館行く道中に読めちゃう感じなんで。
おすすめです。
またね。
18:07

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