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S3E32 出産を経験した女性では乳がんが少ない
2026-02-26 15:39

S3E32 出産を経験した女性では乳がんが少ない

出産・母乳哺育を経験した女性は、乳がんになるリスクが低い、ということが知られています。この仕組みを調べた研究をアオイが紹介します。

https://www.nature.com/articles/s41586-025-09713-5


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出産を経験した女性は、乳がんになるリスクが低いということが知られています。古くは、ヨーロッパで行われた疫学的な観察で、カトリックの修道院で暮らす修道女は、一般女性に比べて乳がんが多い、という報告がありました。
修道女は結婚せず、出産や授乳を経験しない人が多いため、出産や授乳が乳がんの発症と関係しているのではないかと考えられるようになりました。
ただし、これはあくまで観察に基づく話で、この時点では他の要因も考えられました。その後、時代が進み、より大規模で精密な疫学研究が行われるようになります。
2002年には、47の研究、30カ国のデータを集め、10万人以上の女性のデータを再解析した研究がありました。
これにより、出産回数が多いほど、また、生涯の授乳期間が長いほど、乳がんのリスクが低くなることが統計的に確かめられました。
乳がんには、いくつかのタイプがあります。
大きく分けると、女性ホルモンに反応して増えるホルモン患受性のものと、そうしたホルモンに反応しない非患受性のものがあります。
ホルモン患受性の乳がんは、女性ホルモンを抑える薬による治療が効きやすく、比較的治療しやすいことが知られています。
ホルモンに反応しない乳がんの中には、トリプルネガティブ乳がんと呼ばれるものがあります。
このタイプの乳がんは、治療の選択肢が限られ、再発率が高く、予後が悪いことが知られているんです。
また、遺伝子変異と関係が深いことも分かっていて、特定の遺伝子型を持つ人では、高い頻度で発症します。
出産・授乳を経た女性では、乳がんの発症リスクが比較的低いという話でしたが、これは特にトリプルネガティブ乳がんで顕著なんです。
でも、なぜそうなのか?体の中で何が起きているのか?という仕組みは、まだよく分かっていませんでした。
今日は、実際に人のサンプルを用いて、出産・授乳により、どのような変化が起きているのかを調べた研究を紹介します。
フォトサイエンティストへようこそ、葵です。
今日紹介するのは、メルボルン大学のバラジ・ビラサミイラによる研究で、2025年10月のネイチャーに発表されたものです。
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出産・授乳の経験が、胸の細胞にどのような影響を与えるかを調べたいわけですが、
ここでまず問題になるのが、人間の乳腺組織をどうやって調べるのか?という点です。
普通、健康な人から乳腺の組織を取ることはできません。
ただし、例外があります。
一つは、遺伝的に乳がんのリスクが非常に高い人が、予防的に乳房切除を行う場合です。
予防切除を行った有名な例では、アンジェリーナ・ジョリーがいます。
ただ、このような手術をする人は、乳がんリスクが非常に高い人がほとんどになります。
もう一つは、美容整形で胸を小さくする手術を行う場合で、この場合は、がんとは無関係な正常な乳腺組織が切除されます。
今回の研究では、このようにして得られた乳腺組織を使って、リスクの高いグループ、そうでないグループについて研究を行いました。
さらに、研究の最後では、実際に乳がんに罹患し、治療のために手術で切除された患者についても解析を行っています。
どのような解析をしたのか、ですが、切除された乳腺組織をバラバラにして、一つ一つの細胞についてどんな遺伝子が働いているかを調べています。
これを行うと、どんな種類の細胞がどれくらいの割合で存在しているのかがわかります。
この研究で特に注目したのは、免疫細胞です。
免疫というと、ウイルスや細菌など、体の外から入ってくる敵を排除するものというイメージが強いと思います。
でも、免疫は同じ仕組みで、体の中で異常になった細胞を見つけて除去するということもしているんですね。
細胞ががん化しても、多くの場合は免疫細胞がそれを見つけて排除していて、それがうまくいかないときにがんになるという形なのですが、
この役割を担っている免疫細胞の一種がT細胞です。
さらに、T細胞にもいろいろなタイプがあるのですが、これまでの研究でトリプルネガティブ乳がんの場合は、
CD8プラスT細胞と呼ばれる細胞が乳がん再発の現象と関係することが示されていました。
そこで、今回の研究では特にこのタイプのT細胞に注目しています。
まず、平均的な乳がんリスクを持つ女性、170人から提供されたがんのない正常な乳腺組織について解析を行っています。
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出産経験の有無で比較しているのですが、出産を経験した女性の乳腺では、CD8プラスT細胞が明らかに多いことが分かりました。
さらに詳しく見ると、単に数が多いだけではなく、組織乗材メモリーT細胞と呼ばれる性質を持ったCD8プラスT細胞が増えていました。
このタイプの細胞は血液をぐるぐる回るのではなく、特定の組織に長く住みつくT細胞です。
つまり、乳腺の中に常駐している見張り役のT細胞が増えていたということになります。
また注目すべきなのは、このT細胞の増加が非常に長期間維持されているという点です。
解析した女性の中には、最後の出産から10年以上、あるいは30年以上経っている人も含まれていました。
それでも、出産経験者では、CD8プラスT細胞が多い状態が保たれていたのです。
つまり、出産によって起きた免疫の変化は、何十年という長期間持続すると考えられます。
さらに、研究者たちは、遺伝的に乳がんのリスクが高い人の乳腺組織でも同じことを調べています。
すると、ここでも同じように、出産経験のある人では、CD8プラスT細胞が多いという傾向が見られました。
以上の結果から、出産によりこのタイプのT細胞が増えるというふうに思えるわけですが、注意が必要です。
まず、特定の遺伝子型を持つ人、特定の手術を受けた人という限られた集団のデータであるという限界があります。
また、出産が原因なのか、もともと免疫が強い人が出産しているのか、といった因果関係も、人の観察研究だけでははっきりしません。
そこで、ヒッセラはマウスを用いた実験を行っています。
マウスの実験であれば、出産と受入の条件を分けて調べることができます。
この研究では、次の3つのグループを比べました。
1つ目は、出産して自然に受入を行い、その後離乳まで終えたマウスです。
2つ目は、出産はしたけれどほとんど受入をしなかったマウスで、生まれてすぐに子供から離してしまいます。
3つ目は、そもそも出産をしていないマウス。これがコントロール、対象群になります。
まず、これらのマウスについて、人の時と同じような乳腺の細胞の解析を行いました。
その結果ですが、出産と受入をきちんと経験したマウスでは、出産していないマウスと比べて乳腺の周りの組織でCD8プラスT細胞が増えていました。
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しかし、出産はしたけれど受入をしなかったマウスでは、他の免疫細胞の変化は見られたのですが、このタイプの細胞の増加は見られませんでした。
ですから、マウスでも出産と受入を経験した場合は、ガンを攻撃する能力を持つ免疫細胞が増えていたということになります。
では、ガンはどうなのか、というのが次の疑問になります。
これを調べるために、マウスに乳がん細胞を移植する実験を行っています。
乳腺の周りの組織に乳がん細胞を注入するのですが、通常であればガン細胞が体の中で増えます。
実際、出産経験のない対象群のマウスでは、ガン細胞が増殖し、ガンがどんどん大きくなっていきました。
出産はしたけれど受入をしていないマウスについても、同じようにガン細胞の増殖が見られました。
ですが、出産と受入の両方を経験したマウスでは、ガン細胞の増殖が明らかに抑えられていたのです。
ここまでの結果を見ると、出産と受入を経験したマウスではCD8プラスT細胞が増えている。
そして、このマウスではガン細胞の増殖が抑えられているという対応関係が見えてきます。
ただ、これだけでは不十分です。
そこで研究者たちは、本当にT細胞がガン細胞が増えない原因なのかを調べる実験を行いました。
このために、普通のマウスからCD8プラスT細胞だけを除去しています。
具体的には、CD8プラスT細胞に結合する抗体をマウスの体内に投与するのです。
すると、抗体がくっついて、このT細胞が体内からほぼいなくなります。
この状態で、出産・受入を経験したマウスに乳がん細胞を移植するとどうなるかを調べたのです。
結果は非常にクリアで、T細胞を除去すると、出産・受入によるガン抑制効果が大幅に低下していたのです。
つまり、出産・受入によるガンの抑制には、このタイプのT細胞が必要であると考えられます。
ですから、マウスでは、出産・受入によってT細胞が増えて、これによってガンが抑制されると示されたということになります。
また、出産はしたけれど、受入はしていないマウスではガンの抑制があまり見られなかったわけですから、
出産だけでなく、受入もこの効果に大事であるということも、この一連の研究は示しています。
この研究では、最後に、受入によるガンの抑制が人でも当てはまるかを検証しています。
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ここでは、トリプルネガティブ乳がんの患者のデータを解析しています。
対象となったのが、マレーシアの大規模な研究庫報道で、早期乳がんと診断された女性900人以上です。
このグループでは、多くの人について出産歴と受入歴が分かっているので、そこに注目して解析を行っています。
まず、出産経験のある女性の主要では、出産経験のない女性に比べてT細胞を含む免疫細胞が多いことが分かりました。
さらに、受入もしていた女性では、その傾向がより強くなっていました。
ですから、出産だけでなく、受入も重要であるということが示唆されたのです。
さらに、オーストラリアの別の患者グループの解析も行っています。
こちらは、全員が出産経験を持ち、遺伝的に乳がんリスクが高い人たちです。
この集団で、受入を経験した人と受入を経験しなかった人を比べると、受入経験のある人の方が乳がん診断後の生存期間が長いことが分かりました。
この結果から、受入をした人では、がんに対する抵抗性が上がっていると考えられます。
これまで、出産・受入を経験した女性では、乳がんが少ないことが分かっていましたが、
今回の研究では、出産と受入を経験すると、乳性に特定のタイプのT細胞が増えることが示されました。
そして、これらのT細胞は、がん細胞の増殖を抑える働きを持っているので、
出産・受入の経験者は未経験者に比べて乳がんが少ない、このような仕組みが考えられるということになります。
さらに、この効果は、出産後、何十年という長い期間にわたって持続すること、
そして、出産だけよりも、出産と受入の方ががんへの抵抗性が強いことが示唆されました。
この研究の限界ですが、今回は主にトリプルネガティブ乳がんに注目しているので、他のタイプの乳がんについてはまだよく分かりません。
また、なぜ出産や受入でT細胞が増えるのか、そしてなぜこの免疫の変化が何十年も持続するのかについてはまだ不明で、この仕組みの解明が今後の課題です。
医療的、社会的な理由から受入ができない人、子供を持たない人もたくさんいます。
もし、T細胞増加の仕組みが解明されれば、その働きを人工的に高めることで乳がんリスクを下げる、ワクチンのような予防法の開発につながるかもしれません。
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今日はここまでにしたいと思います。最後までお聞きいただきありがとうございました。
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