植物の感染と病原菌
人間がウイルスとか細菌に感染して病気になるのと同じように、植物もウイルスとか菌とかカビに感染して病気になるわけなんです。
身近なところでは、そういった病気で庭木が枯れたりしますし、農作物に大きな被害をもたらしたりするんですね。
今日は特に植物に感染する細菌の話をしていきたいと思います。
感染される側の生き物のことを、ヤドムシと書いて、種種って呼ぶんです。
細菌は感染するときに、種種の細胞にタンパク質を入れるんですね。
そういったタンパク質がいろんな種類があるんですけれども、種種の細胞の免疫機能を弱めるようなものがあったりして、それが感染をしていくために役に立つわけなんです。
こういったタンパク質がいろいろあるんですけれども、1つ機能が全く分かってないものがあったんですね。
AVREっていうタンパク質なんだけれども、特定の1種類の病原菌だけが持っているわけではなくて、多くの病原菌が持っているんです。
だから多くの菌にこのタンパク質を作るための遺伝子があるっていうことなんですね。
ということは、こういった菌が植物に感染するために重要な役割をしていると考えられるし、感染を起こす普遍的なメカニズムに関わっていると考えられるわけなんです。
だからきっと重要だと思われるので、長い間研究されてきたんですね。
でも何をしているか謎のままだったんです。
そういった機能が未知のタンパク質があったときに、その機能をどうやって調べるかなんですけど、
まず最初にされるのは、何か別の機能がすでにわかっているタンパク質に似ていないかっていうのを調べるんです。
その遺伝子、DNAがありますから、DNAの配列を調べれば、タンパク質の配列がわかるんです。
そのDNAっていうのは、GATC、4つのうちのどれかが、じゅずつなぎになって長い分子になっているんです。
だからそれって文字列みたいになってて、それで遺伝暗号とか言って呼ばれるわけなんです。
で、生き物の体の中では、この情報を元にしてタンパク質が作られるんですね。
で、タンパク質っていうのは、アミノ酸が連なった長い分子なんですけれども、アミノ酸が20種類あって、これも同じように文字列みたいなもんなんです。
だから、タンパク質同士を比較したいと思えば、単純に文字列同士を比較するだけでできるわけなので、コンピューターを使って似たものを探すっていうことができるんです。
ブラストとか呼ばれるプログラムがあって、データベースの中から自分の興味あるタンパク質と似たものを探してくることができるんですね。
で、例えば血液の中にあるヘモグロビンってタンパク質なんですけれども、人とチンパンジーだったらほとんど同じなんです。
でも魚とかになると結構違うんだけど、でもよく見れば似てるなっていうのがわかるレベルなんですね。
で、コンピューターとかだったらもうほんのちょっと似てるだけでもデータベースから探してきてくれるんです。
でもこの方法で調べても、この謎のタンパクA,B,R,Eと似ているものっていうのが病原菌以外にはないんです。
かなり大きいタンパク質で、いくつかのパートに分けられそうなんだけど、でもパート別で探していっても似たものっていうのが見つからないんです。
で、こうなってくると、このタンパク質をどこかで作らせて機能を調べるっていうことをやらないといけないんですね。
ただそれもこのタンパク質の場合には問題があるんです。
植物の細胞で機能するタンパク質だから植物の細胞とか、ちょっと似てる酵母の細胞なんかに遺伝子を入れて合成させようとするんですけど、
サイズがすごく大きいのでなかなか作ってくれないっていう問題があるんです。
で、それに加えてもっと大きな問題として、そうやって遺伝子を入れてタンパク質を作らせるとその細胞を殺してしまうんです。
だからタンパク質の機能が調べられないんですね。
なので、感染という現象にはとても重要そうなんだけど、何をしているか全くわからないっていう、そういう状態だったんです。
今日はその謎を突き止めて、その結果、病原菌が植物の体の中でどうやって増えていくのかを明らかにしたっていう、そんな研究を話していきたいと思います。
ポッドサイエンティストへようこそ、こなやです。
謎のタンパク質AVRE
今日紹介する研究は、デューク大学の金谷野村らによる研究で、2023年9月にネイチャーに掲載されたものです。
まず植物の体の作りなんですけれども、細胞と細胞の間に隙間があって、そこをアポプラストと呼ぶんですね。
このアポプラストっていうのは、水溶液で満たされている空間なんですけれども、感染した細菌というのはここで増えるんです。
でもそこで増えるために、そこにある水と栄養分を使うんですけれども、そうすると枯渇していくわけなんですね。
でもすでに知られていたこととして、病原菌は何らかのメカニズムでこのアポプラストを水浸しにするんです。
多分栄養分もたくさん含まれている水なので、そのおかげで病原菌はこの空間で増えることができるんです。
でもなんで水浸しになるのか、そしてその水はどこからくるのかっていうのはよくわかっていなかったんです。
考えられる可能性としては、細菌が植物の細胞を殺して、死んだ細胞から水が溢れてくるっていうものなんですね。
でも詳しく調べていくと時系列が合わないので、これは違うだろうって考えられているんです。
それから、気候からの乗算が減ってるっていう可能性もあるんですけれども、まだよくわかっていないというところなんです。
で、謎のタンパク質AVREに話を戻すんですけれども、話したように配列上は似ているものがないんですね。
タンパク質っていうのは一本の長い紐みたいなもんだけれども、まっすぐなままではなくて、
蛇がトグロを巻くように、そのタンパク質固有の立体的な構造を持っているんです。
そうやって形があるからこそ複雑な機能を持つことができるんですね。
X線結晶構造解析とか言って、光を使ってその構造を解析する手法があるんですけど、
なかなか難しい手法で、すべてのタンパク質についてこれができるわけではないんです。
でですね、タンパク質の配列からAIを使ってその立体構造を予測するプログラムっていうのがあるんですね。
一昔前だとその精度がイマイチだったんですけれども、最近のは結構良い精度で構造を予測できるみたいなんです。
今回の論文では、最新のプログラムαFold2というのを使って構造を予測して、すでに知られているタンパク質の中から構造が似ているものがないかを調べていってます。
その結果なんですけれども、AVREはバクテリアのポーリンと呼ばれるタンパク質に立体構造が似ているということがわかったんです。
で、タンパク質の機能っていうのは立体構造で決まるっていうことなわけで、AVREがポーリンと同じような構造を持っているのであれば、機能も似ていると考えられるわけなんですね。
病原菌の機能と増殖
じゃあポーリンはどんなタンパク質なのかっていうところなんですけれども、チャンネルと呼ばれるタイプのタンパク質で細胞を覆う細胞膜っていうのがあるんですけれども、その細胞膜に存在して膜を超えて分子を移動させる穴みたいな機能があるんです。
で、それを聞くと、ひらめくわけですよね。
ひょっとしたら、病原菌っていうのはAVREを植物の細胞に送り込んで、で、そうすると植物の細胞に穴が開いた状態になって、水とか栄養素が溢れてきて、細胞と細胞の間の空間、アポプラストが水浸しになるのではないかって、そう、この研究グループは考えたんです。
で、まず先にですね、実際にそういう穴としての機能があるのかを調べていってます。
でも最初に話したように、植物の細胞にこのタンパク質を入れると細胞が死んでしまうんですね。
それで、この研究グループは動物、カエルの卵細胞に入れて検証しました。
カエルの卵細胞っていうのはすごく大きい細胞なんですね。だから、そう簡単には死なないだろうっていうことなんです。
さらにそれとは別に、人工的に作った膜だけのものに入れて検証もしています。
で、まず卵細胞の方の実験なんですけれども、このタンパク質を入れるとイオンが流れるようになるっていうことをまず確認したんですね。
で、さらに水が卵細胞の中に入ってきて細胞が膨れるっていうことも確認したんです。
それから人工膜の実験の方では、その人工膜の中に色素を入れておいたんです。
で、その状態でこのタンパク質がある状態にすると、中から外へ色素が出ていったということを示したんです。
で、卵細胞の場合は外から中へ水が移動したっていうことだったんですけれども、それが浸透圧によるっていうことだったんですね。
つまり、外側にどれだけ物が溶けているかによって変わってくるということでした。
病原菌の植物への感染とタンパク質の機能
だから、環境によって外から中に行くか、中から外に行くかが決まるみたいです。
で、いずれにしても、このAVREというタンパク質が水とか小さな分子を通す穴として機能するっていうことがわかったんです。
なので、さっきのアイデアですね。
植物に細菌が感染すると植物細胞から水が出てきて、それで水と栄養素が得られた病原菌が増えていくっていうこの考えが真実味を帯びてきたわけです。
もしそうであれば、このタンパク質を疎外すれば、病原菌は増えないはずですよね。
これもこのグループは調べていっています。
まず最初に、そういったこのタンパク質を疎外する薬物を見つけました。
この薬物を実際に、さっきのカエルの卵細胞を使った実験で使うと水を通さなくなるということも確認しています。
さらに実際に病原菌を植物に感染させるという実験もしていったんですね。
この時使ったのがAVREを作る病原菌でシュードモナスシリンガエっていうやつです。
この菌を植物の研究でよく使われるシロイヌナズナという植物に感染させていってます。
普通の条件だとこの菌を植物にふりかけると感染するんですね。
次に、このタンパク質の機能を疎外する薬物を一緒に導入するという実験をしたんですけれども、そうすると病原菌の感染が抑制されていたんです。
というわけで、今回の研究の結果をまとめると、植物の病原菌による感染にとって重要であるということはわかってたんだけど、
何をしているか全くわかってなかったタンパク質の機能を立体構造予測プログラムとユニークな実験系を使って明らかにしていったというわけなんです。
その結果、この病原菌は植物の細胞に穴を開けて植物の外に水が出てくるようにして、その水を使ってその空間で増殖できるようにしているのではないかということがわかったわけなんです。
さらに今回の研究の注目すべき点は、このタンパク質を疎外する薬物を使えば病原菌の増殖を抑制できているということなんですね。
だからこの薬剤みたいなものを使えば、農作物の病気の予防とか治療に使えるかもしれないという、そういうところまで明らかにした壮大な研究だったんです。
タンパク質の疎外と植物の病原菌感染抑制
今日登場した植物病原菌のシュードモナスシリンガエっていうやつなんですけど、これについてちょっと調べ物をしていたらすごい面白いことがわかったのでちょっと補足で話をさせてください。
この菌っていうのは氷核活性があるんですね。氷の核になるっていう意味なんです。普通のきれいな水っていうのは0度でも簡単には凍らないんですね。
その過冷却っていう現象があって氷点下、マイナスの温度であっても、例えばマイナス10度とかでも凍らないで水のままでいるっていうことも普通にあるんです。
でも水の中に異物があるとそれが核になって氷ができていくんですね。この菌、シュードモナスシリンガエは氷の核となるタンパク質を持っているんです。
この菌だけではなくて他にもいるんですけど、一番最初に見つかったのがこの菌なんですね。
このタンパク質っていうのが特に凍らせる能力の高い物質で、マイナス1度とかマイナス2度で水が凍るようになるんです。
普通の塵なんかだとマイナス5度とかマイナス10度でやっと凍るようになるんですけれども、このタンパク質っていうのは凍らせる作用が非常に強くて、今知られている最強の氷結剤なんだそうです。
これが霜による害をもたらすんです。
普通の植物、感染していない植物であれば凍らないような温度でも、この菌に感染すると植物の中まで凍ってしまうんですね。
そうすると植物の細胞が壊れて、その養分でこの菌が成長するっていうことなんです。
そういうメリットがあるから、こんなタンパク質をこの菌は持っているっていうことなんですね。
いや、なんかそれだけでもすごいなっていう感じなんですけど、さらにですね、この菌は雨を降らせるんだそうです。
雨とか雪が降る時っていうのは雲の中でまず氷ができるんですね。
雨の場合はそれが途中で溶けて、地上に液体の水が落ちてくるわけです。
この菌っていうのは空気中にも漂っていて、この菌が雲の中で氷を作らせて、その結果雨や雪が降るんだそうです。
これも雨とともに地上に降りていって生息している範囲を広げる生物としての戦略なのではないかと言われています。
さらにですね、これが人工降雪機で使われているんですね。
スキー場なんかで雪が足らない時なんかに人工降雪機が使われるんですね。
この機械では人工的に氷を空気中に作るわけなんですけど、
この過程にですね、この菌のタンパク質がすでに使われているんだそうです。
今回の論文にはこの話っていうのは関係ないんですけど、すごい驚いたのでちょっと紹介しました。
今日はこの辺で終わりにしたいと思います。
最後までお付き合いありがとうございました。