産経新聞紙面に掲載された「話の肖像画」。歌手の加藤登紀子さんが、自らの反省を回顧する、第4話。(代読は加藤さんの次女、 Yae さん)
‥‥「藤本との結婚を決めたのが昭和47年春、そのときはもう歌手を辞めてもいい、と思っていましたね。所属事務所の石井好子社長に伝えると、結婚も出産も賛成してくれました。石井さんは、『仕事はもうしなくてもいい。でもね、歌手を辞めるかどうかは、あなたの心の中にしまっておきなさい』って。「知床旅情」でレコード大賞歌唱賞を取った翌年だったから、既に仕事はいっぱい入っていたと思う。後で聞いたら、石井さんは周りから『何であんな結婚を認めたんだ』としかられたそうです。石井さんの決断には本当に感謝しています」
 夫妻は3人の娘に恵まれ、藤本さんは農業や環境問題にのめり込む。そして、平成4年の参院選に、ミニ政党を作って出馬することを決意。それが大きな波紋を呼ぶことに・・・

「戦後史開封」は、戦後日本の政治史、外交史、エンタメ・服飾芸能史などの様々な出来事を再取材、現代の観点で再構成するドキュメンタリー番組。埋もれていた逸話、報道されていない事実にも光を当てて戦後日本を振り返ります。

■番組のフォロー、評価をお願いします!

■産経Podcast おすすめの歴史番組

①『神田蘭の5分で恋する日本史列伝』人気〝講談師〟の神田蘭が語る、日本史に名を残す偉人列伝。教科書が載せてくれない偉業と生い立ち、思わず身の引き締まるお話を、情感豊かにユーモラスに語ります。
Spotifyで聴く(リンク)

ApplePodcastで聴く(リンク)
Amazon Musicで聴く(リンク)

②『歴史の真相―本当はこうだった』学校の授業だけでは分からない歴史の暗部。現代を生きる我々の想像を超える出来事が潜んでいました。歴史上の転換点や人物について、史実を掘り起こしていきます。
Spotifyで聴く(リンク)
ApplePodcastで聴く(リンク)
Amazon Musicで聴く(リンク)

■番組SNSでは最新情報をお届け
X(旧Twitter)
 
■産経Podcast 公式ウェブサイト
https://sankeipodcast.com/

■産経Podcastとは。
新聞紙面では伝えきれない情報を、産経新聞社の記者陣が厳選。
ニュース解説、ドキュメンタリー、歴史、エンタメ、インタビューなどオリジナル音声コンテンツをお楽しみください。 

■アンケートフォームはこちら(リンク)

See omnystudio.com/listener for privacy information.

サマリー

1972年春に獄中結婚を決めた加藤登紀子と藤本俊夫夫妻は、現在も3人の娘を育てながら、藤本さんが1992年の参院選に出馬することを決意したことで、離婚の危機に直面しています。

目次

00:00
話の肖像画
加藤登紀子と藤本俊夫の結婚と離婚危機
歌手、加藤登紀子④ 夫の参院選出馬で離婚危機、藤本俊夫との獄中結婚を決めたのが1972年春。
その時は、もう歌手を辞めてもいいと思っていましたね。
所属事務所の石井よし子社長に伝えると、結婚も出産も賛成してくれました。
石井さんは、仕事はもうしなくてもいい。
でもね、歌手を辞めるかどうかは、あなたの心の中にしまっておきなさいって。
しれとこ旅場でレコード大賞、歌唱賞を取った翌年だったから、すでに仕事はいっぱい入っていたと思う。
あとで聞いたら、石井さんは周りから、
なんであんな結婚を認めたんだ、と叱られた。
石井さんの決断には、本当に感謝しています。
夫婦は3人の娘に恵まれ、藤本俊夫は農業や環境問題にのめり込む。
そして、1992年の参院選に、政党希望をつくって出馬することを決意。
それが大きな波紋を呼ぶことに。
ずっと選挙に出るなら離婚する。
離婚するわよって言ってたんです。
でも彼は、男が一度決めたことをひるがえすわけにはいかない。
離婚も仕方がないって、ひかない。
今度は私が慌てる番。
なんで選挙ぐらいで離婚しなくちゃいけないのか。
女には二言があるのよ。
だけど、選挙運動を手伝うわけにはいかなかった。
ちょうど、時子がヒロインの声優を務め、主題歌も歌った、
宮崎駿監督の映画、紅の豚が公開される時期。
特定の候補者に肩入れすると、テレビのキャンペーンなどには出られなくなってしまうのです。
だから、歌詞として表のメディアには出られないけど、妻としては応援しますってね。
結局、
結局、藤本は落選。
開票日当日、夜遅く帰宅した藤本は、全員で出迎えた家族に対し、選挙の話は一切しなかった。
テレ隠しなのか、おい、テレビをつけろ。阪神巨人戦はどうなったんだって。
でも、いつも変化球なんですよ、彼は。
女にはつれなくて、男の情に熱い。これも高倉健さんかな。
昔、高知所にいる彼を思って作った、一人寝の子守唄を聞かせた時も、
こんな寂しい歌はやだ、って、ぷいっと部屋を出て行ってしまった。
本当は泣いちゃったのかもしれませんけど、結婚する時、父が私に言ったんですよ。
俺みたいな男と結婚したお母ちゃんは、えらい苦労しよった。
お前も同じ道歩むんやな、って。
そういえば、思いや男気は父と似ていたのかも。
藤本俊夫の死と加藤登紀子の立ち直り
2002年、がんを再発した夫は、58歳の若さで亡くなる。
最後は、もういいだろう。
って、自ら酸素マスクを外した。しばらく歌えなかった。
ラブソングも全部、冷血の歌になってしまいそうでね。
彼との思い出がまとわりついてくるんですよ。
3年たって、彼への思いをアルバムに託して出した時に、やっと立ち直れたかな。
運命の人だから、しょうがないわね。
話の肖像画
サンキー
05:08

コメント

スクロール